ゆっくりご覧ください。
ザア、とどこか生暖かい風が吹き、はるか先まで伸び続ける石階段。
顔を斜めに通るような切り傷を持つ男は、先の見えない石階段を見上げ、目の前に立つ壮年の男を見やる。
壮年の男は二振りの刀を構え、切り傷を持つ男を睨みつける。
そんな姿を見て切り傷を持つ男、風魔は、どこか気怠げな、しかし興奮を秘めた表情で、背に掛けていた大太刀を抜いた。
「客、なのだがな。まあそれを理解した上でも、貴様は私にソレを向けてきた、な・・・ああまったくもって剣士らしいではないか。素晴らしい」
「名を名乗らない無礼に始まり、数々の無礼を先に詫びさせて頂く。しかし、どうしてもこの気は抑えきれぬのです。一手、お願い致す」
「構わない。私が死ぬか、貴様がぶっ倒れて寝るまでだ。五つ数えたら行くぞ」
すう、と互いに神経を尖らせ、刀を鈍く輝かせる。
そしてほぼ同時に、二人は動いた。
「セアッ!」
先に一撃を振り翳したのは風魔だった。
その姿、身に纏う気迫からは感じられないような激しく、力任せの一撃。
縦に振り下ろされた大太刀は壮年の男から逸れ、目前の石階段を叩き切った。
更にそれに留まらず、振った衝撃は暴風へと変わり、切り裂いた石を巻き込んで吹き飛ばした。
常人ならば反応すら出来ない即死の一手。規格外の一撃を放った風魔だったが、壮年の男には通じず、逆に刀を振り下ろしたが故の隙を晒した。
「はあっ!」
壮年の男が太刀を閃かせ、風魔の右腕を断たんと横に薙ぐ。
しかし風魔は振り下ろした大太刀の勢いを全て殺し、振り上げ、男の太刀を受け止めた。
「なっ・・・!?」
「戯けが。この私を並大抵の人外の物差しで測るな」
あまりにも無理矢理な太刀の受け止め方に男はほんの少し後退る。
風魔は再度大太刀を振り翳し、叩き切るように見せかけて再度勢いを殺し、横に振った。
男は瞬時に反応して受け止めるが、そのあまりにも法外な腕力と速度に吹き飛ばされた。
男は口に溢れる血を吐き捨て、体勢を立て直し風魔に飛び込んだ。
風魔は再度尋常ならざる速度で大太刀を振るう、が。
大太刀は何に掠ることもなく、逆に己の肩に刀傷が現れていた。
風魔は目を見開き、男の姿を追った。
男は風魔の横薙ぎをしゃがんで躱し、あまつさえ背後に立ち、その刀には風魔の血がついていた。
風魔はそれを見て、苦笑しながら口を開いた。
「どうやら、私も人の事を言えんようだ。互いに力量を測り損ねていたようだな」
「そのようです」
互いに振り返りざま刀を振る。
しかし以前とは違い、男の剣はより速度を増して鋭く、風魔の剣はより軽いものを振っているかのような振り方に転じた。
キィン、と甲高い金属音が鳴り響き、火花が散る。
互いに瞳孔の開ききった目で睨み合い、口元は吊り上がっていた。
そして数百合はいとも簡単に石段ごと切り結び終えた頃、男が飛び退いた。
風魔は追う体制を取り、空気を蹴って男に迫る。
男は目を閉じ、居合の姿勢で構えた。
「セルァッ!!」
「断ッ!!」
風魔の衝撃を全て乗せた、全てを叩き切らんとする振り下ろし一閃。
それに対して居合の体制から抜き放った、男の横薙ぎの一撃。
互いに一撃で相手を仕留める技を放った。
男の一撃は衝撃波となり、風魔の一閃を真正面から受けた。
衝撃波は霧散し、風魔は吹き飛ばされるように背後に退いた。
しかし、霧散した衝撃波から男が飛び出して来たのには一瞬判断が遅れ、再び構えるのが遅れた。
風魔はそれに苛立ったのか目を細め、鋭く息を吐いた。
「加速」
「・・・ッ!?」
直後、風魔の頭部が斬り払われた。
しかし男は霞を切ったような感覚を風魔に覚えた。
現に風魔の頭を二つに断つように深く切り裂いたはずだったが、なんの手応えもなく、出血もなかった。
それはまるで、風魔がそこから消えたようだった。
直後、風魔は男の目と鼻の先に迫っていた。
そして、男の腹部に意識を刈り取るに十分な横薙ぎの一撃が叩き込まれた。
男は目を見開き、悔しそうに、そして名残惜しそうに歯を食いしばると、ゆっくりと前のめりに倒れた。
風魔はそれを良しとせず、倒れそうになる男を支え、肩に担ぎ上げた。
「空間はまだ斬れんか。・・・さて、もう向こうはくつろいでいる頃だろうな」
風魔は飛翔しようと構えるが、肩に担ぐ男を見て躊躇したのか、ゆっくりと一歩ずつ石階段を登り始めた。
粉々になり、ところどころ階段の役目を果たせていない段を飛び越えながら、肩の上で呻く男に呟いた。
「中々楽しかったぞ」
男の呻き声が止まり、鼻で笑った。
そしてそのまま、気を失った。
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「はい、お茶」
「ん、サンキュー」
粉雪が降り積もる中、紫から湯呑みを受け取る。
そんなこの場所は冥界。死者の魂が辿り着く場所であり、そして、紫の友人がいる場所だ。
今回は後者の理由でここに呼ばれ、その件の友人、西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)と話していた。
「へえ、それじゃあ龍一さんはあの龍神様なのねえ」
「今となっちゃ、ただの化け物に成り下がってるがな。・・・しかし外でとんでもない音してるが大丈夫か?」
「妖忌(ようき)なら大丈夫よ。あの子強いもの」
「だといいんだが、相手がな・・・」
何処かで空気を破る音が鳴り響き、再び瓦礫が崩れるような音が鳴り響く。
そしてそれ以降音が消えたため、決着が付いたのだろうと思っていると、肩に妖忌を担いだ風魔がいた。
風魔は幽々子を一瞥し、妖忌を縁側に置く事を伝え、当人は庭の玉砂利の上に座り込んだ。
「勝った」
「・・・みたいだな。その肩は?」
「斬られた。・・・中々に疲れた」
風魔は苦笑して肩の傷をなぞると、瞬く間に傷は消え、跡形も無くなった。
幽々子はそんな風魔を見て、まあ。と掌を口元に置いた。
「あらあら、妖忌より強い剣士さんがいたのねえ」
風魔はそれを聞いて恥ずかしげに口元を吊り上げ、首を横に振った。
「剣士と呼ばれるなどおこがましい。いざと言う時になれば己の魂の刀すら棒切れや包丁同然に扱う奴に、剣士と名乗る資格などない。人しか剣士とは名乗れんよ」
「随分と真面目そうな方ねえ」
「何、これくらい言わねばただのろくでなしだろう?」
「自分にも厳しい人なのね」
「さあ・・・生憎他人にしか分からんからな。そう思うならそうなのだろう。・・・だが危うく、此処を斬られかけた。それは流石に譲れなかったのでな。まあ空間を断てるようになれば別だが」
トントン、と風魔が龍一に向けて顔に浮かぶ切り傷を指した。
俺は嫌そうに口を横に引き結び、首を横に振った。
「あーおっかねえ。そんな強くねえっての。武器のおかげだ武器の」
風魔がそうか?と笑っていると、幽々子は首を傾げた。
「その傷は龍一さんがつけたものなの?」
「ん?ああ、その通りだ。その時私はコイツを人間くさい神様としか思っていなくてな。その時はいかにも斬られたような流れでいたが、中々の衝撃だった」
「・・・やっぱり強いじゃない」
「マグレだっつってんだろ。後やっぱりってなんだやっぱりって」
「事実じゃない。あんまり強いって実感させることがここ最近なかったんだもの。・・・でも、やっぱり龍一は強いのね」
「あらあら、惚気話なんて聞くとは思ってなかったわ」
「これ惚気なら全部惚気だろ」
くすくすと幽々子が笑い、それにつられて恥ずかしそうに紫も笑う。
そうしているうちに妖忌が目を覚まし、風魔を相手に謝罪し、そして談笑する。
俺はその光景に満足し、遙か先にそびえ立つ花のない桜の木を眺めて笑う。
そして確信する。
あれこそが、幾度も見たあの光景の舞台。
ようやくか、と吐き捨てたくなる不快な光景。
俺、神矢龍一は、
もうじき死ぬ。
はい。
次回もお楽しみに。