真・幻想創星録   作:青銅鏡(銀鏡)

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第百十二話 遥か先へ

 「んで、先生自体の用はなんです?何も紫さんが気になってここまで足伸ばしてるわけじゃないですよね」

 

 

 「ん、まあな。どっちかと言うとお前の問題なんだが」

 

 

 「俺?」

 

 

 湯気立ち昇るコーヒーを再び啜り、龍一は自身の首の前で親指を横に引いた。

 

 

 「心当たりはあるだろうが、お前狙われてるぞ」

 

 

 「でしょうね」

 

 

 当然の報いだと言わんばかりに幸夜は苦笑し、龍一の飲み干したコーヒーカップを回収する。

 龍一はサンキューと呟くと、話を再開した。

 

 

 「かと言ってお前が死ぬ恐れがあるかと言われると、ない」

 

 

 「まあ、あったら先生一人で来ませんよね」

 

 

 「そうだな、あの目つきと口が悪い右腕が付き添いで来るわな」

 

 

 遥か遠くで誰かのクシャミがしたようだが、気にすることなく龍一は更に続けた。

 

 

 「まあ、注意するに越した事はないってだけの話なんだが。一回死にかけてるし、な?」

 

 

 「ああ、ありましたねそんな事。・・・そう言えばあの時、なんで普通の人間の弓が頭に刺さったんですかね」

 

 

 「さあな。あり得ない話ではないだろうから、偶然としか言いようが無いんだな、これが」

 

 

 「ですよねえ。・・・んで、用件それだけです?それだけなら手紙とかでもいいですよね?」

 

 

 「いや後ちょっと紫との話聞いてもらおうかと」

 

 

 「あんたもか」

 

 

 バツが悪そうに龍一は視線を逸らし、幸夜は嘆息して、そして笑う。

 

 

 「ほんっとに変わりましたね。先生ってそんなでしたっけ」

 

 

 「あー、前まで口に出してなかっただけで、今口に出すようになったくらいか?」

 

 

 「常このテンションかよ。よく言わずに耐えてましたね」

 

 

 「まあ・・・紫が俺のことそう見てたと理解するまではちょっとキツかったがな。それ以降はまあ、お前らと真面目な話してるときに会いたいとか二回に一回くらい考えてただけだしな」

 

 

 「二回に一回」

 

 

 「普通だろ?」

 

 

 「急に惚気るようになりましたね」

 

 

 「そうか?」

 

 

 そうでもないと思うんだけどなあ。と呟く龍一の顔は、誰が見てもわかるほど蕩けていた。

 幸夜は早々に自分の師が手遅れであることを察して内心十字を切った。

 

 

 「だってしょうがねえじゃん、誰があいつの事逆に好きにならねえのよ。自らの理想の為に遮二無二突っ走って、人の為に容易く膝折って、そのくせメンタルは弱くてすぐ落ち込んで。今みたいに有り得もしない事考えて苦悩して。全部愛おし過ぎるんだよな。そりゃ気になって他より注目するだろ?」

 

 

 「なんか、やけに上から目線というか、上位視点から見てません?」

 

 

 「そりゃ、長年俯瞰して世界見てたからな。・・・あいつみたいな奴しかいない世界だったらなあ。どれだけ良かったことか」

 

 

 「先生も紫さんに要らないこと考えすぎだって言えないじゃないですか。普通そんな事考えませんよ」

 

 

 「無理言うな、元々そう言う立ち位置だったんだからぼんやりと考えちまうんだよ。ああコイツは世界に必要ねえわ。とか、コイツみたいな奴がもっといたらなあ。とかな」

 

 

 「なんか、大変だったんですね」

 

 

 「って事を考えとかねえと紫の事が単純に好きって事になってただろ?」

 

 

 「逆かよ。勝手に考えてしまうとかじゃなくてごまかす為に考えてたのかよ」

 

 

 「・・・てな具合に適当な事言ってるとどっちが嘘かわからんだろ」

 

 

 「うわタチ悪いなこの人」

 

 

 元からこんなだぜ。と龍一は笑い、続けた。

 

 

 「まあ、この誤魔化し方はどっちにしろ紫が好きだってことは変わらねえんだけどな。まあその辺は仕方ねえよな」

 

 

 「頭のネジ飛んでます?」

 

 

 「至って正常だが?・・・いやちょい恥ずかしいか」

 

 

 「ちょっとで済むのか・・・」

 

 

 人が変わったように惚け、嬉しそうに微笑む龍一に、幸夜は呆れたと言わんばかりに嘆息した。

 そしてしばらく龍一の惚気話を聞いていた幸夜は、思い出したかのようにふと立ち上がった。

 

 

 「あ、そうだ」

 

 

 ふらりと幸夜は自室の棚に並ぶ瓶を一つ取ると、龍一の目の前に置いた。

 

 

 「これなんですけど」

 

 

 「・・・どっからどう見ても水銀だな、それが?」

 

 

 「水銀って、飲むと血液内に溜まるじゃないですか」

 

 

 「ああ、そうなるな、多分」

 

 

 「その他の体液にも水銀って影響します?」

 

 

 「いや、多分内臓系に溜まることになるから出ねえと思うけどな・・・って知ってどうすんだそんな事」

 

 

 いやね?と幸夜がおもむろに自身の右人差し指をポケットから出したナイフで切り、血を落とす。

 血は幸夜の掌を滑り落ちると、赤かった血は銀色に、そして個体へと変形した。

 

 

 「こうなったんですけど、大丈夫ですかね」

 

 

 「何してんだお前」

 

 

 こうですよ、と目の前で幸夜が水銀の入った瓶を口につけ、水銀を飲み干した。

 毒を体内に入れると言う動作からか、幸夜の体は少し揺らいだものの、しっかりと両足で立った。

 

 

 「いや、俺の能力って手に触れたものを武器にするじゃないですか。だったら最初から自分の血液に毒なり水銀なり含ませてりゃ、体そのものが武器になるんじゃないかと。・・・その分体に異常は当然出ますけど」

 

 

 「・・・そりゃそう考えるのも間違ってはいないが、だからってほんとにやらんだろ。いくら人間じゃないからって、結局毒飲んでることには変わりないんだが?」

 

 

 「ただ、こうでもしないとあんたらに追いつけないでしょう?」

 

 

 幸夜の悔しさが少し入り混じった呟きに、龍一は瞠目し、そして穏やかな目つきへと変わる。

 

 

 「・・・ああ、そうだな。追いつけるわけがないな。費やす年月が数十倍長くてようやく追いつくような存在には。そしてお前は俺より遅く生まれたもんな」

 

 

 「そう。年老いることがほぼなく、未だ羽を休めないあんた達に、年月で勝る事はできない」

 

 

 幸夜は、幻夜と風見幽香の息子である。

 風見幽香と言う存在自体、日本の、それも大妖怪の間柄では名を知らない者がいない程の実力はある。それが彼の母だ。

 それに加算して、今やその名は捨てられたものの龍神に並ぶ実力者の幻夜が、彼の父だ。

 幸夜自身にどれだけセンスがあろうが、どれだけ強かろうが、比較される対象が空の彼方にいる。

 そして更に上が、今幸夜の目の前にいる。

 

 

 「俺は先生の事を尊敬してるし、人間的にも好きだよ。・・・ただ、龍神のあんたが凄く羨ましいし、妬ましい。きっと気の遠いような時間を鍛錬に費やしたんだろうけど、誰よりも先に場数を踏めた」

 

 

 「ま、そうなんだよな。・・・おそらくお前が俺と同じ時期に生まれてたら、比較にならないほど強くなってるだろうな。なにせ場数だけが俺の取り柄だからなあ」

 

 

 「それは言い過ぎだと思うんですけどね。ただ、俺はアリスを守ると言った限り、どんな理不尽が来ても負けるなんて事はあっちゃいけないと思ってる。・・・ま、そんなわけで俺の体も賭けに出したんですが、流石にアリスに自分から毒飲みましたとも言えないんで、上手いこと誤魔化せませんかね」

 

 

 「・・・お前も人の事言えねえな。ほらよ」

 

 

 龍一が指を鳴らす。

 すると、幸夜は一度大きくふらついた。

 

 

 「おっと・・・?」

 

 

 「とりあえず解毒と、血液内にしか循環しないようにしておいたから、要望通りにはなっただろ。・・・ただ、その分血液内の水銀濃度は高まったから、以前よりコントロールの勝手が変わる。そこは勘弁しろよ」

 

 

 「いや、ありがとうございます」

 

 

 「ああ。・・・まあ、くれぐれも無茶して死ぬなよ。先生より先に死ぬ生徒なんぞ許さんからな」

 

 

 「それは保証出来ませんね」

 

 

 自分を入れた算数が出来ないような、侵二や風魔に似た笑顔を見せる幸夜に、龍一は諦めたように嘆息し、笑った。

 

 

 「やめてくれ、お前みたいなやつはもう腹いっぱいなんだ。・・・と、そろそろ帰るとするか。紫が心配する」

 

 

 思い出したかのように龍一はコーヒーを飲み干し、幸夜に背を向けて一歩前に歩く。

 それだけで龍一はその場から消え、空のコーヒーカップのみが残っていた。

 幸夜はそんな龍一に実力とはまた別の羨ましさを感じ、そしてそれに気がついた自分に馬鹿ではないかと自嘲した。

 

 

 

 次回へ続く




 ありがとうございました。

 次回もお楽しみに。
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