「シッ!」
銀のナイフの壁が幸夜へと直進する。
幸夜は瘴気の漂うナイフを内ポケットから取り出し、軽く縦に振る。
するとナイフは長く伸びると、蛇腹剣のようにうねり始め、独特の軌跡を描いてナイフを全て薙ぎ払った。
薙ぎ払い終えた蛇腹剣は、上へと刃を飛ばし、そして肥大化した。
より重く、より大きくなった蛇腹剣は、目の前のメイド服に身を包んだ十五は超えたであろう少女、咲夜へと叩きつけられた。
斬ると言うよりは叩き潰すように振られたそれは、しかし地面を荒く削るのみに留まった。
「流石ですね、先輩」
「お前も相変わらず策なしだと相手しにくいな」
蛇腹剣はいつの間にか直剣へと変化し、幸夜の肩に乗せられている。
そして直剣を上段に構えると、ナイフを投擲し始める咲夜へ飛び込み、直剣を振り下ろした。
咲夜は投擲する予定だったナイフで受けようとする。
しかし幸夜は直剣を再度変質させて質量の塊、鉄槌に変えた。
「しまっ・・・」
直剣とは比較にならない質量が、咲夜の上へと降りかかる。
咲夜は悔しそうに口を歪め、能力を行使、回避した。
能力解除と共に、超巨大な質量の塊は地面へと叩き込まれた。
「後もうちょいだったんだがな。つってもお前も能力使わされたのが悔しいって感じだな」
周辺一帯の地面が吹き飛び、大きく大地が歪む。
そんな中鉄槌を双刀に切り替え、両手でもて遊ぶ幸夜。
咲夜は滴り落ちそうな冷や汗を拭うと、再度鋭く光るナイフを構えた。
直後放たれるナイフの嵐。
幸夜はそれに動じる事なく、双刀の刃を自分に向け、深々と腹に突き刺した。
当然背中まで貫通した傷からは血が吹き出し、双刀を紅い血で染める。
幸夜は表情を一つも変える事なく双刀を二本同時に引き抜き、嵐へ向けて大きくバツ印を描くように振り回した。
双刀に付いた血が飛び散り、周囲一帯に霧のように広がり、また双刀自身も刃が伸びたように血で軌跡を描く。
それらは赤く光ると瞬く間に爆発し、ナイフの嵐を吹き飛ばした。
そして、霧だったものはは短刀へ、まだ少し残る軌跡は刃へ。
瞬時にして嵐を上回る数の飛び道具を生み出し、それら全てが咲夜へ殺到し、爆風で視界を奪われた咲夜には、完全な不意打ちとなった。
「・・・どうして先輩は勝ったのに、私より瀕死なんです?」
結果、短刀と刃は咲夜の目の前で元の血へと戻り、地面にボトボトと落ちた。
咲夜はそんな幸夜の気遣いに嘆息しつつ、腕を組みながらも明らかに人間なら致死量の血を流し、顔色の悪い本人にさらに嘆息した。
「手持ちのナイフは猛毒みたいなもんだし、これはそう言う技なんだよ。こうでもしないとまた能力で逃げられるだろうが。砂鉄も集まる前に散らされるし、そもそも大したこと出来ないし、事前に罠仕掛けてないとこれしかねえのよ。・・・ああいてえ、ちょっと向こうに置いてる鞄から予備の血取ってくれるか?」
「・・・さっきの金槌で吹き飛びましたよ?」
「おいマジか。・・・仕方ねえな」
ゆっくりと幸夜は肩を回し、二、三度喀血し、気を取り直したかのように歩き始めた。
「まあしばらくは歩けるだろ。止血はしてるから、倒れたら後頼むな」
「別に良いですけど・・・」
「ありがとよ。・・・しかしこんなにちっちゃかったのに大きくなったよなあ」
「そりゃあ、私だって十年ちょっとあれば大きくなりますよ」
咲夜は幸夜の肩あたりまで伸びた身長を、ふふん、と誇らしげに言い、胸を張る。
幸夜は以前までは腰あたりまでしかなかった少女に笑うと、軽く頭を撫でた。
「まあ俺からすりゃ子供なんだがな」
「・・・なんですか、倒れても運びませんよ?」
「そう言うとこが子供だって言ってんのさ」
ほんの少しむくれる咲夜に幸夜はより一層苦笑し、ふらふらと幸夜は館の中へと入っていく。
道中すれ違った美鈴に呆れた顔をされ、半泣きの小悪魔に叱られる姿は、咲夜にとって見慣れた光景となっていた。
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「・・・はぁー、なんとかマシになったな」
クローゼットに衣服と同じように提げられていた輸血パックで輸血を終え、顔色が戻り始めた幸夜はゆっくりと立ち上がり、体に異常がないか確認していた。
腹部の傷は既に塞がり、念の為と包帯が巻かれていた。
そんな自身が死に瀕したと思ってすらいない幸夜に、咲夜は詰め寄った。
「先輩、お願いですから手合わせ中に死にかけないで貰えますか?」
「無理。だってこうでもしねえとお前に勝てねえもん。それに、あそこから死ぬまでは結構遠いぞ」
「そう評価して頂けるのは嬉しいんですが、それで手合わせしてもらっても素直に喜べないんですよ」
先輩が死ぬの嫌ですし・・・と顔を逸らして呟いた咲夜に、幸夜は笑った。
「お前残して死なねえよ、俺は」
「そう、ですか・・・」
「他にも大事な約束があるしな?」
「・・・そこで私以外の女の人の話をするのって割と酷いと思うんですよ」
ふいと顔を背け、少しむくれた表情をする咲夜に、幸夜はやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「・・・なーんでお前はそう一見クールに見えるのに子供っぽいかなあ」
「ふふ、冗談ですよ」
「・・・ああヤダヤダこんな後輩。小悪魔みたいな素直な子が良かったなあって痛っ!?おい馬鹿脛はやめろ脛は!やっぱ子供みてえな癇癪起こしてんじゃねえか!」
「そろそろお嬢様達を起こす必要があるので失礼します」
「子供みたいな言い訳やめろ。もう旦那様と起きてたろうが」
不機嫌そうに幸夜の脛を蹴り、かかとで幸夜の爪先を踏みつけると、咲夜は姿を消した。
幸夜はそんな後輩に溜息を吐くと、何処か嬉しそうにニヤリと笑った。
「・・・ま、子供らしくなってくれて嬉しいんだけどな」
その言葉は誰にも聞かれる事なく、夕暮れの空に吸い込まれていった。
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「・・・って感じで、策なしで俺が確実に自傷しないと勝てなくなってるんで、ほぼ一級の実力なんじゃないです?メイドとしても文句なく、紅茶はともかくコーヒーは俺より上手く淹れるようになってますしね」
「ふむ、そこまで見事に育つとは。・・・流石と言うべきかな?」
「いや、アイツ自身が稀に見る素直さだったってのもあると思いますよ。・・・今はちょっと俺に対して子供っぽくなるのがアレですけど、元々表情一つそんなに変えない上に、意図なく旦那様方殺そうとしてた掃除から逃げるクソガキだった頃思うと、いい傾向なんじゃないですかね」
月が煌々と輝き、咲夜も仮眠を取っている頃。相変わらずオルゴイに呼ばれ、幸夜は召使いにあるまじき言動で咲夜に対しての評価を述べていた。
「なら、そろそろお前もお役御免。と言った辺りかな?」
「事実上のクビっすね、それ。・・・ま、そろそろ俺がいなくなっても大丈夫だと思いますよ」
「少し、寂しくなるな」
「急にしんみりすんのやめてもらえます?と言うか知ってるんですよ紫さんに幻想郷に勧誘されてるからそろそろ向こうに行く話。俺もそろそろ幻想郷に行こうかなって言ってんのに同じとこ行ってりゃ寂しいもクソもないでしょう。俺が泊まって働くか時々面見せに来るかの差でしょうに」
「なんだ、知っているのか」
「知ってますよそりゃあ。週に何回あのクソ甘カップルが二、三時間俺の部屋にいると思ってるんです。居心地いいからって週五ですよ週五。土日以外休ませる気ねえんですよあの人」
「クク。難儀だな」
「ホントですよ。・・・まあその分世話になってるんで、止めろとは言わないんですけどね」
「ふむ・・・」
幸夜。とオルゴイが名を呼ぶ。
しかしそれは先程までの会話とは違い、柔らかさが消え、何処か命令を下す王のような威厳を持った呼び方だった。
幸夜もそれに気がついたのか、身なりと姿勢を整え、館の当主の前に膝をついた。
「なんでしょう、ご主人」
「少し、幻想郷の賢者殿に頼まれたシナリオを変えさせて貰おうと思ってな」
「と言いますと?」
「我々が幻想郷の一員となるその時に、お前を紅魔館の一員として持ったまま挨拶へ向かいたい。どうかな?」
「それはつまり、俺を紅魔館の保有する戦闘員として使わせてくれって事ですね?何かしら起こすから幻想郷に牙を向けと言う事ですね?」
「それ以上は私からは言えんな。・・・まあ、賢者殿の旦那には一泡吹いてもらいたいのだよ」
幸夜は呆れたように首を横に振り、獰猛な笑みを浮かべ、瞳孔の開いた目をギラつかせた。
「ええ、ええ。いいでしょうともよ。ならば条件は言わずもがなでございますね?」
「ああ。幸夜、その時は貴様に紅魔館の全権を預ける。そして勝て」
「御意」
「・・・と、どうだろうか。まだ威厳は落ちてそうにないか?」
「現役じゃないですかね。いやあ俺も一回言いたかったんですよね、御意って」
明るい笑い声が、屋形の一室から響く。
彼等が幻想郷へ現れるのも、そう遠い話ではない。
次回へ続く
ありがとうございました。
次回もお楽しみに