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次の日の昼前頃、龍一は「幻夜のクソ野郎に依頼された荷物をぶち込みに行く」と朝からおらず、侵二さんに「九尾を見に行きますが来ますか?」と聞かれたので行く事にした。
侵二さんは頷くと、何処からか編笠や修行僧の服を取り出し、それを着込んで行きますよと言われた。
侵二さんについて行くと、道行く人たちに声をかけられた。
「お、侵さんかい!今日は早いねえ!」
「あ!侵にーちゃんだ!おーい!」
「侵さん、また暇なら影鰐みたいにお祓いしてくれないかい?」
侵二さんはいつ行動していたのか、人脈が広かった。侵二
さんは、今日は仕事がありまして。おはよう、今日は忙しいからまたな。明日ならお祓いしますよー。と、それぞれに微笑むと、すたすたと歩いて行った。速い。
ここでふと気がついたのだが、龍一は私に歩幅を合わせるためわざとゆっくり歩いていたのかもしれない。その事に少し嬉しさと照れ臭さを感じる。それはともかく侵二さんの足が速い。
「・・・およ、紫殿、遅いですよ?」
「侵二さんが速いんじゃないの・・・?」
おやそうですか?と微笑む侵二さんに私は聞いた。
「侵二さん、人間と仲よさそうだけど、どうしてるの?」
「んー・・・人心掌握って言うんですかね?帝王学にそんなのがあったので使ってるだけですよ」
「帝王学?侵二さん王族なの?」
「・・・貴女みたいに勘のいい子は嫌いじゃないですよ。内緒です」
侵二さんは少し悪戯っぽく笑うと、大きな屋敷の戸を叩いた。
「以前玉藻様から呼ばれた侵ですー。入りますよー」
侵二さんは私を連れてずかずかと屋敷に入り、奥の部屋の引き戸を無言で開けた。不敬過ぎる。
「・・・ほら、あそこで寝てるのが九尾ですよ。クソジジの家系じゃないと良いんですけど」
侵二さんは九尾だと指し示した女性の肩を掴むと、強めに揺すった。
九尾だという理由だけであたりが酷い。
「玉藻殿ー、起きてくださーい。侵ですよー」
「うん・・・お、おお!侵殿!」
今まで突っ込んでいなかったが、よくここまでスマートに名前詐称が出来るものだ。もうなんかこの人は色々と酷い。
「はい、おはようございます」
「うむ。・・・ん?隣の女性は?」
「ああ、私の師匠の奥様です。彼女との散歩も兼ねておりまして。無論事情も存じております」
私は吹き出すのを精一杯堪えた。
シンプルに嘘をつく上に今は違うものの否定出来ない嘘をついてきた。侵二さんは知らないはずだが痛いところを突かれた。
「そ、そうか。・・・申し訳ないな、急に呼んで」
「いや、良いんですよ?既に防音しましたし」
この人は呼吸するように嘘をつき、片手間で防音結界を張るのだろうか。やはり龍一の言う通り龍一の式に常人がいない。侵二さんを良心だと思っていた私を殴りたい。
「そうか。なら早い。・・・何故私が狐だと分かったのだ?」
「獣臭かったんで」
「デリカシー無いの!?」
玉藻と名乗った狐も狐で、そうか・・・臭うか。とか落ち込まないでほしい。
「まあ冗談ですけど」
冗談が過ぎる。やっぱり狐というだけで辛辣過ぎる。
「前に依頼で旦那様に憑いてた蜘蛛をた・・・んんっ、祓った時に別の気配がしたので、まさか・・・といった次第です」
この人絶対蜘蛛を食べたと言おうとした。
「まあそれはそれとしてですね。聞きたい事があるんですよ」
「なんだ?」
「クソジジ・・・じゃなかった、貴女はひょっとして十尾の狐の子息だったりしますか?」
「な!?何故曾祖父の事を」
侵二さんが頭を抱えた。
「クソジジの家系か・・・!」
どうやら侵二さんの因縁の相手らしい。侵二さんは軽く舌打ちをすると、玉藻を眺めた。後口調が崩壊している。
「あのジジイのひ孫にしてはいろんな意味でよく出来てるな・・・まあ良いか。ジジイから聞いた事あるんじゃねえか?ジジイの元弟子の侵二だ」
「侵二・・・?まさか、四凶の・・・!?」
「おおそうだ。ジジイにゃ色んな意味で世話になった。俺はその借りを返しに来た・・・」
侵二さんの周囲の気温が一気に下がる。
私は唾を飲み込んだ。
「とかじゃなくてだな、お前この人の式にならんか?」
飲み込んだ唾でむせた。
周囲の気温が下がったのは・・・
「あ、やべ、バーイ」
唐揚げにレモンをかけない幻夜さんだった。と言うか龍一と用があったのではないのだろうか。
「式・・・?」
「ああ・・・じゃなかった。ええ、演算の式ではなく式神の式です。・・・まあ腐っても饕餮の前で要求を拒否するのがどういった行為かはジジイから聞いてるとは思いますが。・・・如何なさいます?」
勧誘じゃなくて脅しだ。酷い、ひたすらに酷い。
「うむ・・・、もう少し待ってくれないか?」
「良いですよ。理由を聞いても?」
いや緩い。そこはかとなく緩い。
玉藻はしばらく唸ると、首を横に振った。
「私は今の旦那と離れたくない。・・・私の外見しか見てはいないが、悪い奴ではないから。捨てるのは相手に悪い・・・」
「・・・お前まさか九尾にもなって男も捨てられない処女か?」
条件反射で侵二さんの後頭部に肘鉄を当てた、が受け止められた。後九尾に対しての意識がおかしい。
玉藻は恥ずかしそうに俯いた。
「そ、そうだ。・・・悪い、か?」
「聞くなそんなこと。俺が知るわけなかろうが」
侵二さんは欠伸をしながらやれやれと首を振り、ニヤリと笑った。
「なんなら・・・今喰ってやろうか?」
流石に酷かったので壊夢さんの拳骨と侵二さんの後頭部をスキマで距離を無くし、壊夢さんの素振りが直撃した。慌ててやり過ぎたかとスキマを消した。
侵二さんはもろに喰らったが微動だにしなかった。
「あ、いや、その・・・」
「・・・すまん、流石にやり過ぎた。そんな反応をされると困る」
侵二さんがぽかんとした表情をしながら謝った。
待った、喰ってやろうかとはつまり
「あの、侵二さん・・・その、食べたこと、あるの?」
「・・・どっちの意味でも食べましたけど」
聞くんじゃなかった。
「言いませんでしたっけ?私に元婚約者がいた事」
「え!?侵二さんに!?」
「と、饕餮殿に相手が!?」
「なんで九尾のお前まで食いつくんだ。・・・いたぞ。両方の意味で喰ったけどな」
私と玉藻の顔が赤く染まり、次に二つ目の意味を受けて青く染まる。聞くんじゃなかった。
「・・・数億も生きてりゃ当たり前だろうが。年中睡眠欲以外枯れてる風魔と情緒不安定の幻夜と興味なしの壊夢と下界前は身内ばかり、下界に来てクソ忙しい主上じゃあるまいし。紫殿もあるでしょう?」
「無いわよ!」
「こりゃ失敬。・・・あると思ったんですけどねえ」
侵二さんはわざとなのか自然にしているのか頭を書きながら唸っている。
この人相当おかしい。
「あ、あの、饕餮殿!」
「侵二で良い。・・・なんです?」
「今、侵二殿にはお相手は・・・その、いるのか?」
「いませんよ。なんです?紫殿と付き合ってるように見えましたか?」
「い、いや、そうではなくてだな・・・その、昔から曾祖父から貴方の事を聞かされていてな」
「はあ」
「優しく、強く、美しい人だと聞いていて・・・」
「うん。・・・うん?」
「今直に会って・・・」
「待てそれ以上言うな。・・・あのクソジジイ、やっぱ孫辺りに俺の要らんこと吹き込んでんじゃねえか。・・・あのな、俺は独り身で通す。昔主上にタイプを聞かれたがあんなもの適当だ。要らん」
侵二さんが玉藻の言葉を遮り、あのクソジジ・・・とまた呟いていた。
「やはり良い人だと思った」
「続けんなって言っただろ!?そうだよ見ての通りクソ野郎・・・あ゛?」
侵二さんが一瞬牙を剥いたが、すぐにいつもの顔に戻った。
「曽祖父から聞いていた通り。割と口は悪いものの気を遣い、相手を傷つけない限度を守る。やはり良い人だと私は思う」
「チッ、あのジジイ・・・」
言葉とは裏腹に侵二さんがほんの少しだけ照れているように見える。
などと思っていたら睨まれた。
「率直に答えてくれ・・・俺を見てなんだと思った」
玉藻は答えた。
「饕餮だとは思えなかった。貴方は本当に饕餮か?」
「・・・ああ」
ジジイに似やがって・・・と侵二さんは舌打ちをした。
「式の件、また来る。紫殿、話すことがあるなら話しておいでください。私は帰ります」
「帰ってしまうのか?」
「まだ昼だが仕事を頼まれた。・・・男と付き合うなら尻尾を出すなよ、九尾だけにな!」
侵二さんに似つかわしくない台詞を吐き捨てながら侵二さんは去っていった。
玉藻は咳払いをすると、私に深々と頭を下げた。
「せっかくのお誘いを断る事になって申し訳ない。また別の機会にお願いします」
「あ、はい。こちらこそお騒がせしました。・・・侵二さんの事が気になるのですか?」
「あ、いや、別に・・・いや、でも・・・また来て欲しいと言ってくれないか?」
「分かりました。伝えておきます」
その日以来今までの敬語は何処へやら、行きたくねえー!と叫びながら侵二さんが玉藻の所へ行く姿がしばしば見られるようになった。
次回へ続く
侵二のこれをツンデレというのか、単に付き合い方が分からないのか、どうなんですかね。
次回もお楽しみに。