ゆっくりご覧下さい。
熱い、熱い、熱い。
脳が焼きつくほど熱い。
耳鳴りも酷く、周りの音は何も聞こえず、ただ金属が擦り合うような音しか聞こえない。
体はピクリとも動かず、今こうして思考出来ているだけで十分な驚きだ。
なんなら、まだ生きていることが不思議だ。
今このまま倒れていたとしても、もって数十分だろう。
せめて、アリスだけでもなんとかならないものか。
奇跡でも起きれば、話は別なのだが。
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アリス・マーガトロイドは目を覚ました。
手足は鎖で繋がれており、何か箱の中に乗せられて運ばれているようであった。
彼女と同じように鎖で繋がれている者もおり、その中の一人、彼女より小さな少女は泣いていた。
アリス自身も不安ではあったが、その少女に声をかけた。
「貴女、大丈夫?」
アリスが声をかけると、少女はさらに泣き出した。
慌てながらもアリスは少女をあやし始めた。
それは幸運にも、倒れ伏した幸夜の事を、暫しの間忘れさせてくれた。
「どう?落ち着いた?」
「うん・・・」
少女が泣き続ける事十分。ひとしきり泣き終えて落ち着いたのか、少女は目を腫らしてはいたが、アリスの問いかけに頷いた。
「そう。良かった」
それにしても、とアリスは周囲を見渡した。
大半の拘束されている人間は女性であり、どうやら人攫いか、それとも魔女狩りか。
どちらにしろ碌なものではないとアリスは思った。
途端に怖くなり、無意識に体が震えた。
しかし隣で自分よりも不安そうにする少女を見て、その気は少し紛れた。
「私、どうなるのかな・・・」
ぎゅう、とアリスの衣服を少女が握る。
その手はやはり震えており、また、目には再び涙が滲んでいた。
「お母さん・・・」
気がつくと、アリスは少女の肩を掴み、震えながらもにっこりと笑っていた。
少女のぽかんとする表情を前に、アリスは言葉を紡いだ。
「大丈夫。きっと、助けが来るから・・・」
当然それは幸夜の事で、来れないことなど分かり切っているのだが、彼女はそう言い、目の前の少女を、そして自分を励ましていた。
少女は何も言わず、頷いた。
「・・・なんだか、止まってない?」
そんな時、アリスは他の女性がそう言うのを耳にした。
実際、先ほどまで揺れていたが、今は揺れていない、それに何より、外がどうしてか騒がしい。
そっとアリスは壁の隙間から外を覗くと、数十人の兵士が剣や松明、槍を構え、周囲を警戒していた。
「何かいるの・・・?」
警戒の様子は非常に緊迫しており、物音が一つでもすれば、皆そこに殺意を向けそうなほど、兵達は顔を険しくしていた。
「いやあ、緊張してるねえ」
どこか聴き慣れた、それでいて聞いた事のない声が背後からして、アリスはその場から飛びのこうとした。
しかしその声の主はそんなアリスを抑え、近くで固まっていた少女の頭を撫でた。
「ごめん、大丈夫大丈夫。今は何もしないよ。アリスってのは君?」
アリスの背後から囁くような声がしたので、アリスは振り向く事なく頷いた。
声は嬉しそうにそっか。とだけ言うと、アリスから手を離し、少女を抱き抱えた。
「そのまま叫ばないようにしてこっち向いてね」
アリスが恐る恐る振り向くと、目の前に男が立っていた。
その姿は一瞬幸夜かと思ったが、目や髪の色が若干違っていた。
「あなた、は・・・」
「僕?僕は幻夜。幸夜の父親だね。・・・ここにいる理由は待ってればわかる。僕がするべきことはここで君達の拘束を解くことと、君達を別の場所へ連れて行く事だからね。・・・君もちゃんと連れて行ってあげるからね」
幻夜は人懐っこそうな笑みを浮かべると、アリスや少女達の拘束を解き始めた。
最初に解かれたアリスは鎖を凍らせて砕く幻夜に問いかけた。
「あ、あのっ、幸夜は・・・」
「ん?幸夜がどうしたの?」
「あの、その、頭に矢が刺さって、その」
「そうだったね。とりあえず能力で耐えてたみたいだから抜いておいたよ。・・・おーよしよし、怖かったねー」
「能力?」
「ん?あの子言ってなかったの?」
幻夜がそう答えると、外で兵士の一人が悲鳴を上げた。
ついで甲高い金属音が鳴り響き、再び悲鳴が聞こえた。
「お、来た来た。・・・詳しい話は当人に聞いたらいいよ。まあとりあえず、死んではないからね」
幻夜はそう言うと、アリスの背後の壁に手を置き、氷壁を作り上げ、叫んだ。
「ここにいるぞ!ここにいるぞ!ここにいるぞ!」
三度、幻夜が叫んだ。
すると、氷壁の一部にヒビが入り、タイミングを見計らったように幻夜が氷を解くと、氷壁を張った部分のみ崩れ去り、太刀を持った男が納刀していた。
「おい、幻夜、お前の息子をどうにかしろ。止める気にならんので御しきれん」
「はいはい。ちょっと見てくる。後お願いね」
「・・・子供は苦手なのだが」
「いい子だから大丈夫」
そう言い残して幻夜は跳躍して男の横を通り過ぎた。
太刀持ちの男はゆっくりとアリスの前に立つと、無事か。と顔を顰めた。
「あ・・・はい。あの、貴方は・・・」
「風魔。龍一と幸夜と幻夜の知り合いだ。・・・よく無事だった」
風魔は優しく微笑むと、少女達に口を開いた。
「お前たち。もうしばらくここで待っていろ。じき左右で瞳の色の違う奴が来る。そいつに故郷を聞かれたら、帰りたいところを言うといい。・・・すまないが、時間がない。失礼する」
風魔はそう言うと、その場から姿を消した。
そしてふと、アリスは悲鳴や喧騒が消えていることに気がついた。
聞こえるのは少女達の安堵の囁き声と、足音だけ。
その足音はしだいに近づいてきており、やがて止まった。
「・・・悪い、遅くなったな」
氷壁があった穴から覗いた顔は、申し訳なさそうに笑った。
「ごめんね、ちょっと暴れてたから抑えてたんだよね・・・」
「幸、夜・・・!?」
「・・・何故か知らんが生きてた。ご都合主義甚だしいが・・・偶然親父がいたらしい」
「ほんと、ちょっと様子見に来たら玄関で頭に矢が刺さってたんだから。・・・良かったね、偶然僕が人体にそこそこの理解があって、偶然脳が取り返しのつかないギリギリ前で、偶然僕が傷を治せたんだから。ほんと幸運だよね。・・・一応言っとくけど、まだ軽く縫ってるだけだから、あんまり動かさないでね。追い追いの話は帰ってからしておいで。あと今しばらくは勢いよく抱きつくのなしね。傷口開くから」
幻夜はそう言って微笑むと、それじゃ他の人達は安全なとこまで案内しまーす、とアリスを除く他の少女達を先導し始めた。
幸夜は気まずそうに頬を掻くと、アリスの手を取った。
「とりあえず・・・帰るか?」
「ええ!」
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アリスの家に戻り、改めて座り直した二人。
そして幸夜は頭を下げた。
「改めて・・・申し訳なかったと思う。お前を守れなかったのもあるし、死にかけてたのもそうだし、何より、怖い目に合わせてしまった。・・・ごめんな」
「その、確かに怖かったし、不安だったわ。・・・けどそれより、幸夜は?頭は大丈夫なの?」
「え、俺の方?・・・いや、確かに脳に当たって貫通はしてたが、まあ、偶然親父がいたからな。今は大丈夫だぜ、ただの深い切り傷しか残ってねえからな」
そう言いながら苦笑し、幸夜は頭の包帯を軽く触る。
包帯に血は滲んでおらず、傷口付近を触れても、幸夜は顔を顰めなかった。
「・・・そう。良かった」
手を貸して。とおもむろにアリスは言った。
幸夜は首を傾げて右腕をテーブルの上に出すと、アリスはその手を両手で握った。
幸夜の顔が曇った。
「・・・怖、かった」
「ああ」
「死んじゃったかと思った」
「ごめん」
「生きてて、良かった」
「ああ」
「ちょっと、このままにして・・・」
「・・・ああ」
二人はそれ以上何も言わず、ただ黙っていた。
そんな二人を窓から覗いていた風魔は、溜息を吐いた。
「・・・やはり少なからず、負担はあったか」
「まあ、そりゃあね。アリスは人間なんだから」
二人がどうなっているかは当に理解出来ていたのか、風魔の背後で幻夜は首を横に振った。
風魔は僅かに顰めた顔を窓から逸らすと、真顔のままの幸夜を振り返った。
「しかし。よく間に合ったな」
「何が?」
「幸夜の怪我だ。あと少し遅ければ死んでいたんだろう?」
「まあね」
「そこで、ふと疑問に思ったんだが」
「今回の首謀者、お前ではないのか?」
次回へ続く
ありがとうございました。
次回もお楽しみに。