真・幻想創星録   作:青銅鏡(銀鏡)

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第九十八話 壁

 

 

 「・・・げ、無い」

 

 

 「どうしたの?」

 

 

 家具が増え、少し古臭さの消えた龍一の家。

 龍一に対して紫が問うと、龍一は頭を掻いた。

 

 

 「いや、幸夜の家に預けてた荷物全部取ってきたから、要る物と要らないものの整理してたんだが、多分本が一冊」

 

 

 「大事なもの?」

 

 

 「いや、日記やら術式の記録やらみたいな物じゃない。未来の武器についての資料やらまとめた本」

 

 

 「幸夜が借りたとか?」

 

 

 「ん。そういやその線があったな。まあそれ自体本来ないものなんで大事ではあるんだが、唯一無二の物じゃあないしな。借りてんならそれでいいか。ああ確かに納得がいく」

 

 

 「じゃあ大丈夫?」

 

 

 「大丈夫。そもそももう要らんしな。さてと、今んとこ理想郷どうなってるんだ?案内してくれるんだろ?」

 

 

 えっと・・・と紫はスキマと龍一の名付けた空間を開き、地図を取り出した。

 

 

 「この前アリスが来たから・・・これね。見る?」

 

 

 「おう」

 

 

 龍一が紫から地図を受け取ると、二、三度端から端まで目を通し、ほう、と言葉を漏らした。

 

 

 「結構いるんだな。割と人と妖怪のバランスも悪くねえし、いいと思うぞ。・・・んで、今理想郷にいるのが、幽夜と風魔と壊夢と侵二か。って、侵二と幽夜は人間のエリアに住んでんのかよ」

 

 

 「ええ。幽夜さんは商売上の理由で、侵二さんは監督役って事になってるの。駄目?」

 

 

 「駄目じゃねえし、口出しはせんが・・・ん?そういや幻夜は?」

 

 

 「幻夜さんは幽香と来る予定なんだけれど、もう少ししてからだそうよ。だから今はいないわ」

 

 

 「成る程な。・・・んじゃとりあえず直に見せてもらおうかな。結構期待はしてるぜ?」

 

 

 「・・・ええ。期待に添えると、良いけれど・・・」

 

 

 ほんの僅かに表情を曇らせる紫に、龍一は肩を強く叩いた。

 

 

 「バーカ。そもそも完璧な理想郷なんぞ期待してねえよ。ある程度良けりゃ俺はそれで満足するさ。最もお前が満足行かんなら好きにいじれば良いだろうしな。・・・お、ここ良いかもな。最初ここでいいか?」

 

 

 「・・・ええ!勿論!」

 

 

 その言葉に紫は安堵したのか、眩しい笑顔を見せて、ゆっくりとスキマを開いた。

 龍一もまた微笑み、紫がスキマを通ったのを見届けた後、彼自身も潜り抜けた。

 そして二人がスキマを抜け出した時。

 先に龍一が口を開いた。

 

 

 「ぁ・・・」

 

 

 小高くなった全てを一望出来る丘の上、桜の花弁が風に揺られ、龍一と紫を覆う中。

 それはいつもの軽口でもなく、褒める言葉でもなく。

 龍一がつい漏らした言葉だった。

 

 

 「・・・龍一?」

 

 

 「ん、あ。ああ悪い悪い。・・・正直、驚いてる。今、俺の付近で未来に発生する凶事が視えるようにしたんだ。今後数十年がとりあえずの山場ではあるんだが、その先。何も凶事が見えない。・・・これ程安定する場所なんて出来たんだな」

 

 

 「・・・それって」

 

 

 「感動した。つまるところ、お前は本当に全てを平等とする世界を作ったんだよ。いやはや、よくやったよ」

 

 

 マジかよ、とまだ少し信用しきれないのか、それとも嬉しさを紛らわせるためか、龍一は呟くと、にっこりと笑った。

 

 

 「しっかしまあ・・・ああ、うん、良いじゃないか」

 

 

 ふらり、と龍一は崩れ落ちるように仰向けに倒れ込み、ははは。とどこか乾いた笑い声を漏らした。

 

 

 「出来たんだなあ。ああ、よくやったよ、うん、良くやった・・・」

 

 

 龍一は青い空に右手を伸ばし、掌で太陽を遮った。

 口は少し歪み、良い表情とは言えるものではなかった。

 しかし、紫からは龍一の表情は見えなかった。

 

 

 「龍一・・・?」

 

 

 「え!?ああすまん!・・・悪いけど、ちょっと此処で一人で眺めてても良いか?」

 

 

 「・・・良いけど、大丈夫?」

 

 

 「大丈夫も何も問題ねえよ。・・・ただちょっと、二時間くらい?視たいだけだから」

 

 

 そう?と紫は不思議そうに首を傾げると、二時間したら呼んでね、とスキマの中へと消えていった。

 龍一はそれを横目で確認すると、つう、と涙の筋が右目から流れ落ちた。

 

 

 「ああ、ちょっと先が視えるだけだったのになあ」

 

 

 龍一の顔は徐々に歪み、苦しそうな顔へと変わっていく。

 拳は強く握られ、体は震えていた。

 それでも、誰かに見られても良いように、口角だけは吊り上げた。

 

 

 「俺、いないのかあ・・・」

 

 

 どこか理解はしていたつもりだった。

 紫の理想の為には、犠牲はつきものだと。

 その犠牲に、自らを差し出す事になるかもしれないのは、分かっていた。

 

 

 けれど、龍一の目からとめどなく溢れるものは、それを否定していた。

 

 

 「折角頑張って言えたのになあ。俺はどうして居ないんだろうなあ・・・」

 

 

 神界へ帰ったのか、何処かでふらついているのか、それとも。

 いつも通りの事。視たくないものが、ほんの少し見えた。

 そして、夕日の中、泣く紫の顔がちらついた。

 

 

 「嫌だよ、死にたく、ない・・・」

 

 

 もう、その時にはこの世にいないのだろうか。

 後悔が、喪失感が、彼の厚く隔ててきた壁に覆われた心を刺し貫いた。

 そして何よりも、仕方がないかと何処かで思う自分が怖かった。

 

 

 「嫌、だ。離れたくない・・・!!死にたくない・・・!!」

 

 

 数億年以上の間、龍一が隠し続けていた、殺し続けていた感情。

 生物が本能的に必ず持つ感情。死への恐怖が、再び戻ってしまった。

 

 

 龍一の長年閉じ込められてきた恐怖の感情は、声にならない泣き声になり、しばらくの間、紫が戻る一時間前まで泣き続けた。

 

 

 ____________________

 

 

 「・・・龍一?迎えに来たけど・・・、あ」

 

 

 いつもなら五分前には何かしらのアクションを起こすはずの龍一が音沙汰もなかったので、少し不安になった紫は龍一のいた場所へと戻り、そして言葉を呑んだ。

 

 

 「すぅ・・・」

 

 

 龍一が、寝ていた。

 右腕で顔を隠すようにして眠っているので、寝顔は見えない。

 しかし寝息から眠っているのは確かなようで、疲れていたのだろうか、と紫は思った。

 起こさない方がいいと思い、また様子を見に来よう、と隙間に戻ろうとした時だった。

 

 

 「ゆ、か、り・・・」

 

 

 紫の心臓がどきんと跳ねた。

 起こしてしまったのか、そんな不安もよぎったが、ただの寝言だと理解し、安堵して、そして微笑んだ。

 

 

 「いるわよ、ここに」

 

 

 そっと龍一の隣に腰を下ろし、空いている左手をギュッと握る。

 すると、龍一の左手は紫の手を強く握り返した。

 

 

 「・・・?」

 

 

 そこでふと、龍一の左手が昨日と同じように、少し震えているのに気がついた。

 すっ、と紫の背中を不安感が突き抜け、そして彼女は、そっと、しかし素早く龍一の右手を顔から離した。

 そして彼女は、見た。

 

 

 「ゆかり・・・」

 

 

 彼女が今まで見たことが無いほど、龍一の顔は負の感情で溢れていた。

 涙の跡が何重にも残り、悪夢でも見ているかのように苦痛で顔が歪んでいる。

 何故か吊り上がった口は僅かに開閉しており、何かを呟いていた。

 彼女は耳を近づけた。近づけてしまった。

 

 

 「死にたく、ない」

 

 

 たった六文字が、強烈な術式を持っていたかのように紫をその場に縫い付けた。

 紫の顔から冷や汗が流れ、呼吸が浅くなる。

 昨日もこうだったのか。

 そうだ、いつか龍一は言っていなかったか。自分は元人間だと、本当は神様なんかじゃなかったと。

 その時は冗談として受け取っていたが、もし本当だとしたら?

 もし、それで今の六文字を封印していたとしたら?

 それは誰にも理解されず、そして、

 

 

 「龍一ッ!!」

 

 

 「え、ぁ、ゆか、り・・・夢?」

 

 

 どれだけの傷を彼に刻み込んでいたのだろうか。

 紫は眠る、というより気を失っていた龍一を叩き起こすと、強く、今までで最も強く、骨が折れそうになるくらい抱きしめた。

 

 

 「あ、紫、痛い!痛い!痛いから離せ!」

 

 

 必ず今のことを聞けば、彼はそれを隠そうとするだろう。

 彼女にはその確信があり、そして、隠させまいとすることを誓った。

 だから、この場だけ知らないフリをする事にした。

 

 

 「いつまで寝てるのよ馬鹿!案内するから早く起きて!」

 

 

 「え、あ、ああ!ごめんな紫!今起きるから!」

 

 

 がばりと起き上がる龍一から離れると、急かすように爪先を地面に何度も叩きつける。

 ごめんなさい。私には今、こうする事しか思い浮かばないの。

 そして、後で、話したくなった時にちゃんと聞かせて頂戴。

 紫は龍一に心の中で謝ると、声を張った。

 

 

 「ほら!行くわよ!お昼もここで食べるからね!」

 

 

 いつもより積極的に紫は龍一を引っ張る。

 そんな紫を見て、龍一は少しだけ微笑んだ。

 

 

 「分かったよ。折角なんだから良い場所教えろよ」

 

 

 「勿論!えっとね!ここからあそこに見えるのが人里よ!行きましょ!」

 

 

 ああ、どうか、と紫は誰に願うのでもなく、一人心の中で呟いた。

 ・・・龍一と、離れることがありませんように。

 

 

 「・・・ごめんな」

 

 

 視えていることを知らずに、彼女は願うのだった。

 

 

 次回へ続く




 そりゃ人間ですから。
 幸せなときは死にたくないですよね。


 次回もお楽しみに。
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