彼は、アレとは違うから。
ゆっくりご覧ください。
紫にやや強引に連れられ、俺は人里を引き回されていく。
引き回される身ながらも人里の様子を見ているが、どこも活気に溢れていて、俺の最初の印象は良い場所だった。
ただやはり、紫がいても、侵二がいても、俺はその風景にいない。
そして、紫はこちらを向いて笑っている。
忘れられているのか、俺がいつか忘れさせるのか。それとも、新しい人がいるのか。
いずれにしろ現実に打ちのめされそうになるが、俺を掴む紫の手が震えている以上、表に出すことなど出来ない。
嬉しさと悲しさが俺の胸の中で対立する中、紫は足を止めた。
「ここにしましょ。・・・伊織さん!空いてるー?」
「はーい。あー!紫ちゃんと龍一さんじゃないですかー!向こうの席が空いてるのでどうぞー!・・・風魔ー!言ってた通り龍一さんが来ましたよー!」
紫が足を止めた先の食堂からは、俺の知り合いであり、風魔の嫁の伊織が現れた。
彼女はにこやかに迎え入れてくれると、お冷を出してくれた。
「好きなの頼んでくださいねー」
伊織は俺達にお品書を渡しながら言うと、忙しそうにぱたぱたと厨房へ消えて行った。
俺は紫にそっと耳打ちした。
「紫、どうなってんだ?」
「・・・形は出来たけど、まだ理想郷は完成してない。だから非常事態に備えての監視ということで、少し居てもらってるの」
成る程、と俺は厨房で鍋を掻き混ぜる風魔を見て苦笑した。
「ご注文は決まりましたかー?」
「ええ。あ、龍一は?」
「決まってる。先にどうぞ」
「ありがと。それじゃあ・・・」
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「御馳走様。確かに美味かった」
「それなら良かったわ。あ、お代は私が払うわね」
「いや・・・ああ、うん、そうしといてもらうわ」
「それで良いのよ」
俺も払う、と言おうとしたが、紫の目が明らかに不満そうになったので、甘えておくことにした。
「・・・悪いな」
「良いのよ。・・・ちょっと言ってみたかったしね」
にこりと微笑む紫の顔を正視出来ず、俺は顔を逸らした。
ふと、逸らした先で風魔と目が合った。
来い、と目が語っていた。
「・・・すまん、紫、ちょっと風魔と話してくる。しばらく伊織とでも頼む」
「え?・・・どうしたの?」
「ちょっと風魔に呼ばれた」
俺は紫に微笑むと、席を立った。
向こうも手配していたのか、すぐに伊織が紫に話しかけにきていた。
俺はそのまま厨房のカウンター前に立ち、風魔に話しかけた。
「・・・久しぶりだな。美味かったぜ」
「そうか、それは何より。そして少し気になっていたが、仲も良さそうだな」
「ん、まあな。おかげさまで。「何もしとらんよ」ありがとな。・・・で、なんだ?俺呼んどいてそれだけじゃないだろ?」
俺がそう言うと、比較的喜色だった風魔の顔が瞬く間に消え去り、無になった。
風魔はそのまま目を細めると、機械的に口を開いた。
「どんな視たくないものを視た」
「な、お前・・・」
「その通夜帰りのような面で隠せると思ったか、馬鹿が。・・・視たのだろう?お前のいない、お前だけがいないこの先を」
風魔のその言葉に返す言葉もなく、カウンターを叩いた。
「・・・じゃあなんだってんだよ!」
俺が叫ぶと、風魔は慌てて俺の口を押さえた。
「馬鹿、声を大きくするな・・・!?んんっ、なんでもないぞ、すまんな。・・・だから今焼くのはお節介だ。いつ死ぬか分からんなら好きなようにやれ。死ぬ時はある日突然来るのだから」
「んな事言われても、分かんねえよ・・・」
「まあそうだろうな。・・・まあ、なんだ。お前が最後にやりたいことをやれば、それなりに結果はついてくるさ。私が四桁目で上手くいったんだ、お前なら大丈夫だ。私よりも性根は真人間なのだから」
「・・・そう言うんなら、そうかもしれねえけどさ」
納得のいかない俺に、風魔が気を遣ってくれたのか、俺の頭の上に風魔は手を置いた。
力強く置かれ、その手を払おうとしたが、どうしてかそれが心地良かった。
「あまり言うと干渉になるから嫌なのだが。・・・お前は、満足して死ぬぞ。中途半端な終わりでも、その時お前はきっと笑う。私が知っているお前は、笑っていた。ただ悲しみに暮れて泣きはしない」
しかし、お前もまだ子供だったんだな、とカラカラと笑う風魔に、俺は顔を俯けて頷くことしか出来なかった。
「学生から精神面はあまり成熟せずか。まあ無理もない。割りかし不安定な状態だったのだな」
「まあ、多少はな。・・・で、なんでお前は学生だったことも知ってるんだよ。何処から見てた」
「・・・お前の学校の知り合いに、田中というのがいなかったか」
「いなかったか、ってお前、なんで俺のクラスメイトのこと・・・っておい、まさか」
「三十八度目の私だ」
「知るかそんな事」
冗談だ、とカラカラと風魔が笑う。
「その田中の友達が私だ」
「知らねえよ」
冗談になってねえぞコイツ。
そう思いながら遠くの席で談笑する伊織と紫を見て、自然と笑みが漏れる。
「どうだ、私の嫁は美人だろう」
「馬鹿言え、紫のが美人に決まってんだろ」
珍しくレベルの低い冗談と言えない冗談を風魔が言うので、俺は風魔に冗談とは言い難い冗談を返した。
そんな中、俺は呟くように言葉を漏らした。
「・・・俺、アイツに何してやれるのかな」
「さあな。私は物を残してやりたいと思うがな」
いかんせん思い出は酸いも甘いも過去含めて多すぎてな、と自嘲気味に言った。
「俺は、思い出かな」
「なら作ればいい。もっとも、今まで以上の思い出を残せるかは怪しいがな」
「違いねえや」
二人して綺麗とは言い難い笑い声を上げると、俺は風魔に背を向けた。
「んじゃ、そろそろ戻るわ。・・・ありがとな。ちょっと考えてみる」
「うむ。・・・そろそろ向こうの話が惚気に近づいた。流石に店内で言われると気まずいのでな。ついでに伊織を連れて来てくれると助かる」
「はいよ」
風魔に言われ、伊織も送り出そうと紫の側に歩くと、話し声が聞こえて来た。
「それでですね、私がどうしようか考えてると風魔が急に手を掴んできて、「嫌か?」って笑いながら聞いて来たんですよ!」
「良いなぁ・・・」
「あの人、いっつもお仕事ばっかりですけど、時々そうやってしてほしい事分かってくれるんですよね。だから大好きなんですけどね」
「龍一は、どうなのかな・・・」
「龍一さん、すっごく控えめですもんね・・・」
「・・・悪いけど、そろそろ止めてくれない?伊織は気付いてるよな?」
「はひっ!?」
「お話ししてたら来ましたねー」
飛び上がる紫と、待っていたかのようにニコニコと笑う伊織。
風魔の影響か、伊織も掴みにくいようになった気がする。
「そろそろ他のとこに行こうと思ってな。・・・後伊織、風魔が呼んでたぞ」
「はーい」
「じゃ、行くぞ、紫」
俺は紫の固まった手を握ると、軽く引き上げた。
「わ、え、ちょ、手・・・」
「嫌か?」
「・・・う、ううん!!」
目視できるほど赤くなった紫と手を繋ぐ俺に、伊織は目を輝かせていた。
「ほわぁぁぁぁ・・・って!龍一さん、そんな事出来たんですね!」
酷い言われように過去の行いの酷さを痛感する。
ただ、ふざけんなと暴言で返すのも簡単だが、折角なので軽く気取って返すことにした。
俺は紫の手を引いて思いっきり引き寄せ、肩に手を置いて薄く笑った。
「まあね。・・・御馳走様」
固まる紫をそのままに、軽く紫を引っ張るように、しかし躓くことが決してないように俺は店を出た。
しばらくの間固まっていた紫だったが、宛てもなく歩き回っているうちに、俺の腕を引っ張って来た。
俺が紫の方を向くと、満面の笑顔を咲かせて俺の腕に腕を絡ませてきた。
嬉しそうで良かった。
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龍一が店を出た後、ふらふらと伊織が厨房に戻ってきた。
僅かに頬は紅潮し、嬉しそうに顔を緩めていた。
「・・・上機嫌だな」
「そうなんですよ!聞いてください風魔!あの龍一さんがですよ!こうやって・・・ちょっと来てください。「こうか?」そう、こうして腕を引いて肩に手をおいて、『まあね』ですよ!なんであんな急にカッコよくなったんですかあの人!?」
「・・・元が良かったから吹っ切れたんだろう」
「吹っ切れたとしても凄すぎですよ!あんなの風魔がいなかったら落ちてます!」
「そうか。・・・まあ、アイツが吹っ切れたなら何よりだ」
龍一が去った方角を眺めていると、そう言えば、と伊織がやや声のトーンを落とした。
「龍一さんが貴方と話してたこと、本当なんですか?」
「聞こえていたか。・・・アイツが死ぬ事か?」
「・・・まあ、そうなりますね」
少し顔を暗くする伊織に苦笑し、答えてやった。
「知らん。誰がアイツの未来を知っとるんだ。そう奇跡的に奴に会うわけが無かろうが」
「だって、田中って人のクラスメイトのって・・・」
「田中なら何処にいてもおかしくなかろう。それに、クラスメイトの友人だ。そんなもの誰が誰かわかるまい。要は龍一からすれば他人なのだから」
ハッとしたように伊織は顔を上げ、私の服を掴んで前後に揺らした。
「また騙されましたー!」
「何もお前を騙しとらんだろうが。それに、アイツの未来も知らん。せいぜい己の顔でも洗えばいい」
「もしかして意味深な事言ってますー?」
「さあな。言えばつまらんだろう」
むう、と頬を膨らませる伊織に、私は笑った。
次回へ続く。
彼は、まだ人間なのだから。
次回もお楽しみに。