憧れの彼は、優しいだけではないようです   作:黒豆

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名探偵との距離感

 

 ポアロを出て、宣言通り送ってくれる気満々のコナン君と並んで歩く。天気は快晴。私の胸中とは正反対だ。しかし吹く風が心地よく、決してポアロの居心地が悪いということではないのだが、外に出てから気分はいくらかましになった。

 下手なことを口走ってはいけないかと思い、コナン君がまだ私の体調が全快してはいないと気を遣ってくれているのを利用している。本当に全快というわけでもないから許してほしい。

 

「あの、さ……咲姉ちゃんって呼んでいいかな」

「え……いいけど」

 

 ポアロを出て五分程経ったところでコナン君が立ち止まった。私の家までは残り半分。あれ。これはもしかして場所までご存じなのでしょうか。小学生の時にはポアロで出会った蘭ちゃんともっと話してみたくて家に招いたり逆に招かれたりはしたけど、工藤君に教えた記憶はやはりない。彼に知られたところで悪用されるようなこともないだろうから、別にいいけど。

 

「安室さんにはあんまり近づかない方がいいと思うんだ」

「う、うん…………うん?」

 

 急に本題。殊自分に関しては鈍感な癖に私が密かに安室さんに憧れを抱いていることは正確に把握済みか。私は小学校だけは別だったけれど、小学生の時に気恥ずかしくて蘭ちゃんのことを急に毛利と呼び始めたことだって知っているんだからな。あ、今これは関係ないか。

 

「どうして、そう思ったの?」

 

 そう問い返すとコナン君は黙り込んでしまった。詳細を説明できる筈もないことなので少し意地悪な質問だったかもしれない。でも当然そう返ってくるとは予想できただろうに、どうしてしまったんだ名探偵。

 中身が高校生だと分かっても、見た目は小学一年生のままなのだ。あまりに自分のことを見抜かれていたので、ちょっと鼻を明かしてすっとした気分にもなったが、俯いたコナン君のつむじを見つめていると少しいたたまれない気分になってくる。

 

 ……蘭ちゃん達ではなく私に言ってきたのは、多分。彼女達と私の気持ちの毛色が異なることをやはりコナン君が正確に感じとっていたからなのだろう。私の身を案じての発言。嬉しいような胸が痛いような、不思議な気持ちになる。それでも、素直に分かったとは頷けそうになかったのは、私にとってまだ現実味がなく、どこか工藤君の記憶がドラマの中の出来事のように思えているからなのかもしれない。

 

「と言うか、コナン君がそういう事を気にするにはちょっと早すぎるんじゃないかなーなんて。あはは……」

「……咲姉ちゃんのスマホの暗証番号」

「待って待って待って! からかってごめん言わないで!!」

 

 前言撤回である。急速に顔に血が集まっているのを感じる。小学一年生の呆れ顔はとてもいたたまれない。

 あまりマメにパスワードを変えるタイプではない私が、その数字を変更したのはかれこれ一週間前のこと。偶然にも近くのパーキングエリアに車を停めて誰かと話している安室さんを見かけたことがきっかけだ。生年月日とか、電話番号とか。今まではそんな数字ばかりを使っていたから「少しはマシになったんじゃないの?」と友人Aには呆れ交じりに言われたが、早めに変えた方がいいのだろうか。安室さんの誕生日とか教えてもらえないかな、なんて考えて軽く頭を振った。

 

「それ、安室さんには……」

「言ってないけど、安室さんなら気づいてるんじゃないかな」

 

 私は気付かれていることに全然気付いていなかったけれど、この名探偵達はあっさりと気付いてしまうらしい。私が分かりやすすぎるのだろうか。

 自分の車のナンバーを暗証番号にされている、なんてストーカー一歩手前の行為だ。偶然と言い張れる気がしない。これからどんな顔をしてポアロに、もとい安室さんの前に行けばいいのか。行けない方がコナン君にとってはいいのか。

 

「と、とにかく帰ろっか」

「うん!」

 

 時間にして一、二分だったろうが体感ではたっぷり十分以上。しゃがみこんで顔の熱を冷ましてから本来の目的を思い出してコナン君に声をかけた。話が逸れてしまい、私は返事をしてないままなことには勿論気づいているのだろうけど、コナン君はいかにも僕小学一年生です、みたいな顔で私の提案に乗ってきた。忠告はしたぞ、ということなのだろうか。

 

 結局、それ以上はお互いに安室さんについては触れず、自宅の前まできっちり送ってもらってからコナン君とは別れた。

 送っていこうか、なんて聞いてしまったが蘭姉ちゃんも心配するからゆっくり休んで、と強く言われて、走り去る姿が見えなくなるまで背中を眺めて家に入った。

 

 もうすっかり頭痛は鳴りを潜めていた。今日も両親はまだ帰ってきていないが、今はそれがちょうど良かった。

 皺にならないようブレザーをハンガーにかけて、ラップにくるまれた夕飯をちらりと見て、テレビをつけた。特に見たい番組もなかったから、ニュースをぼうっと聞き流す。毎日なにかしらの事件が起きているこの町は、今日も例にもれず事件が起こっているようだ。

 

 椅子にどっぷり持たれ掛かると目を瞑り、ゆっくり深呼吸をしてから、机に思いっきり突っ伏した。

 

「ま…………まずいでしょ、これは……!」

 

 私は別にクラスの中心にいるような明るいタイプではないけれど、特別無口なタイプでもないのだ。返答に困ったら黙っていても怪しまれる気がする。少しの間なら体調が回復しきっていないからという理由で納得させられるかもしれないがこのままでは今後もあの名探偵を誤魔化しきれる自信はない。

 それこそやはりポアロに行かないようにするべきなのか。でも、工藤君にはともかく、どういう流れになったら私が安室さんと酒はおろかバーボンやら犯罪者集団と結び付けて話をするのだろう。安室さんに黒の組織ってどういう集団なのかなんて聞けるわけがないし、正式には黒ずくめの組織らしいですよ、なんて答えられても困る。

 

 こんなに悩むのは、工藤君の記憶には黒の組織の一員として行動する安室さんが少ないせいだ。工藤君が悪いんじゃないんだけどさ。安室さんが直接、何かをしている記憶があれば、悩まなくてよかったのかな。でも、そんな姿は見たくないや。ああ、でも銃を持って怪盗キッドを脅したんだっけ。物騒だなあ。

 誰に問いかけるでもなく、答えの出ない悩みを延々繰り返して、時計を見ると一時間も経っていた。

 

「あ、今日夜はバイトじゃん!」

 

 帰宅部である私の放課後の予定のほとんどは、ポアロに行くか、バイトに行くか、その両方かだ。今日は三つ目の日。課題は終わらなかったし、急いで準備してダッシュしないと間に合わないだろうし、あんなに快晴だったのに夜は雨が降るらしい。とことんついてない日だ。

 ごめんね、コナン君。ゆっくり休むという約束はどうやら守れそうにない。

 

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