「しっかしまぁ…よく出来てるな、これ…」
「外装は炭素繊維強化プラスチック製、選定条件はすべて満たしました。ですから後は…」
「判ってる。…だが良いものだ。良い環境、潤沢な資金、そして資源の中で、こうして開発が出来るという事は。」
「…それを失いたくはありませんね。」
「…当然だ。」
「提督さん!新型が回されないってどういう事!?」
どこから聞きつけたのか、瑞鶴がノックも無しに執務室の扉を思い切り開け、血相を変えて叫んだ。
先日、大規模改装を終え、技術本部の努力の賜物である「試製甲板カタパルト」と装甲化甲板を得た、今や正規空母のトップエースとなった彼女ーーー「瑞鶴」。
彼女でしか運用できないという、その新型艦載機を誰よりも心待ちにしていたのは、ほかならぬ彼女だった。
「これで
と、威勢よく、よりにもよって本人の前で豪語してしまった彼女は、これでは見せる顔が無かった。
焦るのも、無理のない事だった。
「俺も詳しいことは分からん。だがどうにも、エンジンの開発が難航してるらしくてな」
新型機は、燃料噴射推進器――つまりはジェットエンジンを発動機とする。
空技廠はこれまで、艦娘用艦載機の小型発動機を作成するところまでは成功していたが、全く別の推進機関であるジェットエンジンの開発は、非常に困難を極めていたのであった。
「目途、もう判ってるの?」
彼女の悲痛な表情に、提督も言葉を言い渋った。
『WH式エンジン完成の目途立たず』
そんな事、言えるわけが無かったのだ。
「…何か「FH戦闘機」に関する情報が入ったら、すぐに伝えよう。だから、もう少しだけ待っててくれないか?…ごめんな」
「提督さんが謝ることは無いよ…でも、あれがあれば戦局は…」
回れ右して執務室を後にする瑞鶴の背中は、彼女が着任したての頃、初めて練習用ではない本格的な艦載機の運用を許された時にそっくりだった。
「ごめんな…」
瑞鶴は空母寮に戻ると、昔、自分が鎮守府に着任して、初めて零戦21型を運用させてもらったことを思い出していた。
「あの時も、私のだけ遅れて運ばれてきたんだっけ…」
手違いで、彼女の搭載機だけが同時着任の翔鶴よりも後に回ってきたのだった。
結局、艦爆、艦攻は廃棄予定の旧型機を搭載することでなんとか補ったものの、艦上戦闘機が居なかったので、彼女の初陣では多数の艦載機を敵戦闘機隊に撃墜された。
かの「マリアナの七面鳥撃ち」を彷彿とさせるその状況は、今でも彼女のトラウマとなっていた。
そんな中、ついに搭載された零戦。深海艦載機を次々と撃墜していく、その圧倒的な性能。彼女は魅せられていた。その翼の力に。そして今また、彼女は新たな翼に渇望していた。
「捷一号作戦までには…間に合うかな…?」
彼女が新型機に拘る理由は、単に新人時代、さんざん指導を受けた加賀を見返すだけではなかった。自分が機動部隊の旗艦になる事が決まった、次の大規模作戦、「捷一号作戦」。それは彼女が沈んだ戦いだった。
あの結果を、繰り返すわけにはいかない。彼女はそう決意していた。
彼女が瑞鶴である限り、その「呪縛」から解き放たれる事は無い。彼女は変えなければならない。
彼女の結末を、彼女自身の手で。その為の大規模改装も、この作戦の為に急ピッチで行われたのに、それを生かす艦載機が存在しない。
これでは、形は違えど、まるで――
「…弓道場に居ないと思ったら、こんな所に。またサボり?感心しないわね。貴女、機動本隊の旗艦でしょう?」
弓道稽古を終え、汗を拭きつつ戻ってきたのは、同室の加賀だった。
「加賀……さん。」
瑞鶴が加賀を「さん」付けで呼ぶことは滅多にない。加賀はあからさまに動揺した。
「…どうしたのよ。いつものように反論しないの?貴女らしくないわね。」
が、加賀は瑞鶴に新型機の事を聞かされた身でもあるので、理由はすぐに判った。
だが、こればかりはやりようも無かった。実機が存在しないのだから、どうする事も出来ない。だからせめて、彼女なりのフォローをした。
「…シャキッとしなさい。貴女がそんな調子では葛城に顔向け出来ないわよ。」
本心では、大切な後輩。不器用な加賀からの、時に優しい言葉。瑞鶴も、そんな「先輩」に似たのか、彼女もまた、不器用だった。
「アンタなんかに心配される筋合いはないわよ!…散歩してくる」
瑞鶴は回れ右をすると、足早に出て行ってしまった。
「あの子…」
※
町を歩く。鎮守府のある港町は、深海棲艦によって漁業が大きな打撃を受けても、養殖や艦娘の護衛を付けて船を出すなどして、健気に存続していた。
「お嬢ちゃん、シケた顔なんかするんじゃないよ!可愛い顔が映えないぜ?ガハハ!」
威勢の良い魚屋の主人が、大きなマグロを担ぎながら言った。この町は、瑞鶴にとっても、艦娘たちにとっても、心が温まる場所だった。
戦争になっても、皆が互いに手を取り合って、皆が一生懸命に毎日を生きている。鎮守府とも交流が深いから、艦娘だから、という理由で何か区別されるわけでもない。
ーーーそれを護るために、私達は戦っているのだと。フィリピン、レイテが落ちれば、敵の侵攻は増々激しくなる。
いずれ本土空襲も現実の物となるだろう。それに彼女自身、ケリを付けたい戦いでもあった。だからこそ、絶対に負けるわけにはいかないのだと。
「アンタ…艦娘かね?」
ふと振り向くと、見慣れない老人。この港町はほとんどの人が顔見知りだったから、ここの者では無いのだろうか。老人は、瑞鶴に声をかけた。白髪の坊主頭に、未だ夢を抱き続ける、少年のような瞳を据えた一人の老人だった。
「えっと…そうだけど…」
老人は瑞鶴の持っていた飛行甲板をまじまじと見つめた。
「その切れ込み…
甲板先端に設けられた、二筋の切れ込み。これこそがカタパルトなのだが、普通の人間はそんな事、気付ける訳が無い。
「おじいさん、なんで分かるの?」
老人はニッコリと笑うと、自身気に答えた。
「そりゃ、おれはウン十年前…」
その時突然、奥の交差点から血相を変えて走ってくる中年の男の姿が見えた。
「永野さん!やっと見つけた、急がないと納品マズイって、種子島さんが!」
「おいおい、こんな老いぼれにまだ仕事させる気か?…ったく、しょうがねぇなぁ…」
「12B…アレで大丈夫なんですか?」
「同じなのは名前だけだ。そう心配するな。おれの設計だぞ?」
瑞鶴を置いてそんな会話が繰り広げられていたが、どうやらこれで老人ともお別れらしい。
「それじゃあな、艦娘の嬢ちゃん。カタパルト、大事に使えよ?」
「あの娘、艦娘だったんですか?どうりで美人さんなワケだ。」
内心僅かに名残惜しい。
結局何をしてるのか、分からず仕舞いだった。
それよりも頭を冷やすどころか、むしろ頭を捻らす種を作ってきてしまった。鎮守府に戻った瑞鶴は、あの老人のことを考えていた。
「あの人…どこかで見たような気がする…永野、って言ってたっけ…」
「明石さんなら、知ってたりするのかな?」
甲板先の切れ込みをカタパルトと一瞬のうちに判断出来るのは、当然その「分野」に精通している人物の筈だ。
確証は無いが、明石なら知っているかもしれない。一種の希望を抱いていた瑞鶴は、そそくさと工廠へと足を運んだ。
工廠にて
様々な音と独特の香りが漂う、お世辞にも良い環境とは言えないだろう、開発工廠。明石はどこかと周囲を見渡すと、奥の作業机で何かやっているようだった。
ここから叫んでも、気付かないかもしれない。瑞鶴は、床に散らばる鋼片を乗り越えながら、駆け足で向かう。明石は丁度仕事が一息ついたらしく、すぐに瑞鶴に気付いた。
「おはよう、瑞鶴さん。」
「明石さん…」
明石は、ニッコリと笑うと、先程まで弄りまわしていたらしい、震電改を瑞鶴に見せた。妖精も一緒だった。
「鈍重でしょ?本来ならこんなの艦載機には向かないんだけどね。」
震電改。元は局地戦闘機だ。高高度迎撃用に、過給器やら、対爆撃機用の30mm機関砲を載せているから、非常に重い。瑞鶴も使った事はあったが、着艦に失敗してプロペラを盛大に壊してしまった。あの加賀でさえ手こずった代物だった。
「今までのエンジンだと、肝心の6000あたりでもたつくでしょ。」
「…息継ぎだ。」
震電改に跨る妖精が口を開く。
「息継ぎ?吸気経路が切り替わるの?」
瑞鶴は飛行士では無いが、それぐらいは知っていた。
「だから、一度スロットルを切るのがコツ。」
「それ、誰に教えてもらったの?」
明石が目を丸くする。
「コイツに乗った事のある奴なら…今もいる奴なら、誰でも知っている。必要だから、知っている。」
明石は笑わなかった。
「それで、今は何を?」
瑞鶴は話を戻した。
「本当に息継ぎするようにしてみたの。」
明石はまた白い歯をみせて笑った。
「ここなんだけど、分かるかな?」
明石はカウルを外し、小さな小さなバルブのサイドを指差す。
「切り替わる瞬間は、ほんの一瞬、この穴から圧力が抜ける。吸引が一瞬だけ遅れる。だから、もうそのコツとやらは、もう不要って事。」
「余計な事じゃないのか?」
妖精はあからさまに怪訝そうな表情をする。
「良い?絶対にスロットルを絞らないで。一気に押し上げるの。」
「…そんな事をして…やられた奴を何人も見た。」
「だからやられないようにしたの。信じて。」
「…元に戻してくれないか?」
明石は溜息を吐くと、苦笑い。
「駄目。もう穴、あけたから。」
妖精は大きなため息をつくと、消えてしまった。
「さて…明石に御用ですか?」
「永野さん、って名前、聞いたことある?」
興奮している。無自覚のうちに早口になっていた。
「デザイナーの?エルガイム、カッコいいですよね!」
「それ多分違う…航空機関連で、その名前を聞いた事、あったりする?」若干呆れながらも、瑞鶴は話を続ける。
「永野…永野…どこかで聞いたような気はするんですが…」
流石に知らないだろうか。諦めかけていた時だった。
「永野…永野修技術少佐の事か?」
突如再び視界に入った妖精が口を開く。
「その人は!?」瑞鶴は、思わず声を上げた。
「ああ、思い出しました!IHIの!」
「IHIって…あのIHI?」
IHI。石田島播磨重工業。幕末より160年を越える長い歴史を持つ、重工業においてはこの国を代表する企業。
造船も行っており、あの「速吸」、「あきつ丸」はそこで産まれたのだ。海軍にも、かかわりの深い企業だった。
「私、その人に会ったの!町の方で!私の甲板にカタパルトが付いてるって、それで…」
「あの人が!?なんでまたこんな所に居るんだ!?」
「妖精さん、何か知ってるの?」
「知ってるも何も、私は退役してこの姿になる前は、高岡進という名前でね。『橘花』のテスパイを務めていたんだ。そしてその橘花のエンジン、『ネ20』の開発責任者が…」
「永野修技術少佐、って訳ですね。というか高岡中佐だったんですか!?」
妖精の製造法は少し特殊だ。ここでは割愛するが、かつての飛行士の記憶を受け継いでいる場合もある。だが、それは所詮「個体差」であり、明石もそれらを把握出来ていないのも当然なのだ。
「…君の施した改造とやら、実戦で使うのが楽しみだよ。」
「直します、今すぐ直しますッ!」
「ハハハ、構わんよ。それより、あの人は何か言っていたか?ネ20かネ12Bだとか…」妖精は問う。
「12B…って言うのは聞いたけど…あと、『同じなのは名前だけ』だとか…」
「本当か!?それは!」
「うん、確かに聞いた。」
「ネ12B…と言いますと、橘花に搭載予定だった主機ですか。機首用の初風エンジンはありますしね。しかし、なんで今更それを…」
「最もだ。今になって何故それを…」
「うーむ、分かりませんねぇ…」
三人と言ってよいのか分からないが、二人の艦娘と一人の妖精の間には、重い空気が漂い始めていた。思案はどん詰まりである。情報が足りない。これ以上は、分からなかったのだ。
「少し、間宮さんの所で頭を冷やしましょう…私も作業続きで疲れましたし…」
「そうだね…」
なんで小型レシプロエンジンは作れてジェットエンジンは作れないんだ、とか、レイテまで侵攻されてなんで資源が潤沢なんだ、って話ですが、前者はともかく後者はあくまで橘花製作時である1945年当時と比較した上で、という体で書いています。
また、少なくとも当時の日本よりはかなり状況は良いです。深海棲艦の出現で、太平洋の諸国は互いに援助しあっているので、あの米帝も味方です。
FH-1ファントムが配備予定、という話も、それが理由です。