翼に憑りつかれた者たち   作:Jasさん(Jasmine)

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異常活性化した体細胞により構成される深海棲艦。奴らは沈んでも蘇る。倒しても倒しても、「再びそこに現れる」。
何度でも、そう、何度でも。



噴式の胎動Act.2

「間宮さ〜ん、アイス二つお願いします〜」

二人が暖簾をくぐった店は、居酒屋「鳳翔」。鎮守府内の一角に構えられたその店は、戦い疲れた艦娘達の憩いの場所となっている。居酒屋という名前こそ付いているものの、昼間は設備を生かして喫茶店の営業を行なっている。だからこうして間宮が甘味を提供している、という訳だ。

「あら、瑞鶴さんに明石さん。そちらの妖精さんは?」

「高岡という。まさかまた間宮の世話になるとはな…人生、わからんものだな。」

彼は天井を仰ぎながら、自分が「まだ人間だった」ころを思い返していた。

「もしかして、『MX』系の妖精さんですか?」

「そう…だったな。昔は艦爆、艦攻に乗ってたよ。それと、テスパイも。」

「…なるほど、それで。そうだ、何かお出ししましょうか?」

アイスを用意しつつ、間宮は妖精に問う。妖精は苦笑しながら答えた。

「このサイズでは、な。彼女から少し分けてもらおう。」

高岡妖精は瑞鶴に目配せする。

「…了解。ところでさ、妖精って食べ物で動いてるの?」

「そうだな…少なくとも私はも」

「ストォーップ!それ以上はいけませんッ!」

明石がとんでもない形相で止めに入る。世の中には触れてはいけない事もあるのだ。数十年間にわたり連載の続く漫画で、キャラクタが全く年をとらない事のように。

「お待たせしました。アイス、どうぞ♪」

シンプルなバニラのアイス。特筆すべきような所は見当たらないが、このシンプルさが良いんだと皆口を揃えて言う。

「間宮さんのアイスも久しぶりだなぁ。昔は稽古の合間によく食べに行ってたけど。」

「最近は工廠に行ったり来たりですからね。んん〜♡ 労働の後の甘味は最高ですね!」

アイスを頬張る明石を余所目に、瑞鶴はいつか葛城から聞いた話を思い返していた。

「…葛城に、聞いたなぁ。橘花…艦載機型だったかな?」

高岡妖精がピクリ、と体を震わす。小さな匙で瑞鶴のアイスを頬張る手を止め、息を吐くようにして言った。

「…夢のまた夢でも無いのかもしれないな…T-1『初鷹』。知ってるか?」

「T…練習機?」

瑞鶴は無意識のうちに拳を握っていた。

「そうだ。国産のジェット練習機。1958年に初飛行。橘花のノウハウがあったとはいえ、たった十数年で世界に通用する飛行機を日本は作り上げたんだ。」

「でも今は…!10年も待てる訳…!」

瑞鶴は握る拳の力を強める。鉄の匂いが微かに広がった。

「…今だからこそ、出来るんだ。信じてはくれないか?あの人を…」

「…本当に、出来るの…?」

 

ーーーカタパルト、大事にしろよ?

 

瑞鶴の脳裏に響く言葉。あのどこか懐かしさを感じる暖かな声。ジェットエンジンに取り憑かれた男。瑞鶴に声をかけた理由が、あの言葉の意味が、わかった気がした。力の抜けた手が、じんわりと冷えていくのが心地よかった。

 

「信じる事に損はない。ま、後から後悔する事もあるが…今回は信じて良い。」

「その自信は一体どこから来るんですか…高岡大尉」

半ば呆れ気味で明石は問う。

「…勘だ。」

明石はあんまりな答えに辟易しつつも、一種の希望を抱いているのもまた事実。

「(私…橘花を整備出来る…んでしょうか)」

「あー、あー、航空母艦瑞鶴、執務室まで来てくれ。繰り返す…」

話がひと段落したのを見計らったかのようなタイミングで、提督の放送が入った。瑞鶴の肩がビクンと震える。

提督直々に艦娘個人を呼び出すという事はそうそう無い。あるとすれば定期検査で異常が見つかった等々、ろくな事がない。瑞鶴には呼び出されるような心当たりは無かったが、彼女のアイスは既に無くなっていた。引きつった顔で間宮に軽く会釈すると、瑞鶴は一人、そそくさと鳳翔を後にした。明石が小型艦ランチのご飯に刺さっている日の丸の小さな旗を振っているのが見えたが、まあ当然だろうと思った。

「はぁ…私、何かしたかなって…あああああーっ!」

突然海馬をぶん殴られでもしたかのように、瑞鶴は大変な事を思い出した。

「昨日のカレーの福神漬け、私と赤城さんで全部食べた事かなあ…」

『(それ、本当かが?)』

「こいつ…脳内に直接ッ…!なんて奴ずい…!」

 

執務室の重い扉を押し開ける。いつかこの扉を片手で勢いよく開けていたことがあった気がするが、あれは火事場の馬鹿力と呼ばれるものの一種だったのだろう。

「失礼しま〜す…って加賀さん!?」

そこには提督、傍らには加賀がいた。

「…福神漬け。赤城さんはともかく、貴女も共犯だったのね。」

「お前ら…ま、ともかく本題に入ろうか。」

提督は引き出しから何やら紙を一枚取り出した。

「…空母葛城。彼女の実戦練度向上を、大規模作戦前に行えとのことだ。参謀本部直々の指令でな」

苦笑しつつ、提督は続ける。

「瑞鶴。君に頼めるか?」

その言葉は、瑞鶴に重くのしかかった。

「…どうして私なの?戦闘訓練なら私より適任なのはいくらでも…」

「そこを何とか、頼めないか?」

「でも…」

瑞鶴には、確かに大きすぎる任務だった。言ってしまえば空母の鍛錬はこの鎮守府で最高練度を誇る赤城・加賀に任せるべきなのだ。

「…葛城の為だけではないわ。教える事はね、教えられる側だけが成長するものでは無いわ。それは貴女も知っているでしょう?」

瑞鶴に負わされた責務。何度も繰り返された新型艤装のトライ&エラー。「栄光」の機動部隊旗艦。失敗の許されない最重要作戦の敢行という重責。毎日修正される作戦要項。その上、新人の教導もやれと言う。彼女のフラストレーションは、暴発寸前であった。

「…わたしに…私にこれ以上どうしろって言うのよ!こっちはね…こっちはね…!」

 

瑞鶴の脳裏にフラッシュバックする、港町の人々。

《私が勝たなければ、この人たちも》

葛城から聞いた、燃え盛る呉の街の話。逃げ惑う人々を容赦なく吹き飛ばす、無慈悲な爆撃。

《ここで食い止めなければ、繰り返される》

敵艦攻隊を迎撃せんと猛り立った数機の零戦。重い魚雷を抱き、足の鈍い星のマークの艦攻に殴り込み、一機、また一機と撃墜していく。だが、勝負は既についていた。空を埋め尽くすような、紺色の編隊。

あの地獄のような光景。一つ、また一つと投弾された爆弾は、一直線に瑞鶴へ吸い込まれていった。

《悲惨は徹底されなければならない》

何のために、今を生きる? 

戦争は終わったのに、それでも戦場に行く理由は何故?

何故、奴らは現れた。何故、奴らは私たちを攻撃するのだ。

いったい何の為に? もう犠牲が増える必要はないのに。

戦争は、終わったのに。犠牲は戻ったりしないのに。

 

何故戦うのか。

 

何故?

 

瑞鶴が振り返ると、そこにあるのは扉。この扉の先に、何が待ち受けるのか。扉は驚くほど軽かった。

彼女は無我夢中で走った。気づけば彼女は新調された艤装の数々を身に纏い、鎮守府を飛び出していた。

だれも止められない。だれも止めようとはしない。

艦載機もろくに積まず、燃料もろくに補給せず。わかっていても瑞鶴は止まらなかったし、わかっていてもだれも止めようとはしなかった。

「これ以上、何しろっていうのよぉっ!」

 

叫びは、遠い空に消える。

 

邪魔するものは、何もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「日向さん!やっと見つけた…これ廃棄しても良いですか!?」
明石の声が工廠に響く。ここの隅に置かれた大量の筒状の部品の数々。周りには規制線が張られている。
筒の一つに、無造作に張られた薄汚れた注意書きにはこう書いてある。
『劇薬につき、取り扱いに注意』
「…使うときがくるかもしれないだろ。私の瑞雲オービターとおなじだ。」
そう言うと、日向はカタパルトから無人の瑞雲を射出した。
瑞雲22型。ファイバー・ケーブルによって、母機からの無人操縦を可能とした特殊型だ。
発動機に火は入っていない。機体は失速寸前でふらふらと飛び、床に着地した。
「…それ、紐取りたいですね」
日向は瑞雲を拾うと、またカタパルトに配置し、射出する。ぽん、と気の抜けた音が響く。
よろよろ飛ぶ瑞雲を眺めながら、明石は手元のタブレットで何やら作業しているようだった。彼女の目は生き生きしていた。
そんな明石に、日向は静かに訊く。
「一つ、頼めるか」
「何なりと」
「噴式瑞雲」
明石は硬直する。が、すぐに悪い顔になる。
「む。Yak-15?」

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