外の世界の方がフラグ多くね?   作:シュリエン

28 / 50
 自分はジブリの中でも、特にもののけ姫とラピュタが大好きです。

2022/05/06
一部表現を修正いたしました。


漆黒の特急(ミステリートレイン)編 with V3 ②

***

 

 

 

 少し歩いてみて分かったことが1つ。

 この列車、やたらアルコール臭い。

 

 クシビが駅のホームを歩くだけで察知した“仮装中”の人間は、俺達を含めて8人。そのうち俺達と協力関係にない人物が3名。

 

 クシビによれば、名前まで分かったのはどちらも有名な女優である工藤有希子とシャロン・ヴィンヤード……いやもうこの時点でツッコミどころしかない。特に後者。

 あのベルモットの変装までアッサリ見破っているだけでなく、現在彼女が表向きの仕事で使っているクリスではなく、死亡したとされるその母親のシャロンであると名指ししているのだ。

 おいまさか、あの親子はダブルキャストだったのか。そう訊ねると、双子やクローンであろうと血管の走り方まで全く同じ生き物は存在しないでしょと言う、さも当然と言いたげな言葉が返ってきた。どう返せば良いのか色んな意味で分からなかった。

 

 そして残る1人。テレビに出るような人物ではないため、変装をしていることしか分からないソイツの正体も、クシビからの証言で分かった。

 現在のベルモットが似せている体型が、ソイツの中身とよく似ているそうだ。

 

『ミャーン』

「っ!」

 

 被り物におふざけ機能として内蔵されている猫の鳴き声を発せば、ギョッとしたように肩を跳ねさせ、俺が廊下の角から顔だけ覗かして見ていることに気付くと、即座に踵を返してそそくさと去っていくその姿。

 うん、ライだな。この目元は間違いない。録画した映像を拡大して確認する。FBIの赤井秀一……と名乗っていたよな。何でベルモットはあいつに化けているんだ?

 

「ぼ、僕に何か用でも……?」

 

 そしてゼロはゼロで、元気にバーボンしているようだった。久しぶりの再会だと言うのに言葉を一切交わせないのが本当に歯痒い。そして俺を見る目があからさまに引き攣っていた。

 ふと、側面のカメラが扉の動きを感知した。薄く開いていたのが素早く閉じたのだと、映像を巻き戻して確認する。閉じる直前のその隙間に見える人物の画像をクシビに送信すれば、“仮装中”の3人目だと返事が来た。こいつがライこと赤井のようである。

 

 つまり、この列車には俺こと猫頭のスコッチ、ライに扮したベルモット、姿を変えたライ本人、そして唯一素顔で勝負するバーボンが乗っている。悪酔いしそうな字面だ。

 

 と言うかこの動物マスク、めちゃくちゃ目立つ外見だが、機能は物凄く諜報活動に向いている。恥や外聞を犠牲にする覚悟さえすればいくらでも情報を集め放題じゃないか。その上顔も声もバレない。

 見た目さえ、見た目さえコレでなければ……。

 

『ミィー』

 

 そして今、不運にも俺と正面で鉢合わせて固まるバーボンに向け、返事の代わりに適当に鳴くと、あいつの口元も引き攣った。

 

 どうやら仮装パーティーショックは発言者のクシビのみならず、被り物をしている俺達全員に効果をもたらしたようだ。ベルモットもバーボンも完全に俺に対して尻込みしている。

 

 そう、警戒ではなく尻込み。端的に言えば俺達のことが物凄く怖い。どんな形であれ関わり合いたくない。その気持ちは良く分かる。何せかつては俺も同じ立場だったのだから。

 考えてみろ。命懸けで身分や姿を偽っているのに、それをただ一瞥するだけで看破する得体の知れない仮装集団がいるんだぞ。任務放り出して帰りたくなってもおかしくない。

 よく人間は未知に恐怖すると言われるがまさにそれだ。恐ろしく疑り深い某銀髪野郎の勘の良さも恐ろしかったが、次に何してくるか全く予測がつかない奴の方がよっぽど怖いに決まってる。対策の立てようも無いのだから。

 そして実際、クシビはそんな人間の典型例でもあった。あの変装看破だってほんのジャブ……のつもりですらない。手を出される前に無自覚のまま相手を爆散させるまでがいつものパターンだ。悪の組織の総統たる彼が護衛に選ぶのも分からなくはない。

 

 そんな危険極まりない連中に一方的に正体を掴まれたとなれば。あのベルモットの慌てようも、目の前のゼロの狼狽えようも、当たり前と言えば当たり前の反応である。

 

 しかし……どうしようこの状況、意外に面白い。向こうは必死だってことは十分承知しているはずなんだが……。

 

「あっ、猫のお兄さんだ!」

「猫さーん!」

 

 被り物の中で堪えきれずにニヤニヤしていたら、不意に声をかけられた。見ればそこには、列車に乗る前に話しかけてきた子供の一団が、保護者と思しき女子高生2人に付き添われて廊下を歩いてくるのが見えた。

 すると、ゼロがこれ幸いと声を上げる。

 

「おや蘭さんっ! あなたも乗っていらしたんですねっ!」

「まあ、安室さんじゃないですか」

 

 そんなにムキになって俺から視線を外さなくても良いじゃないかゼロ。ちょっと寂しいぞ。こんな猫頭の相手はそんなに嫌か。そりゃそうだよな。

 俺は俺で、子供達に話しかけられたので、彼らの目線に合わせるべく屈む。

 

「猫兄ちゃんは何が起きたか知らねーのか?」

「何がって、さっきのアナウンスで言ってた事故のことか?」

「うん、本当に殺人事件が起きちゃったの」

 

 ああ……本当に起きたのか。

 彼らがいる以上はきっと死んだフリだろうが。阻止するとは言っていたが、殺人の決行自体は止めなかったらしい。

 

「すまない。俺は何も知らないんだ。列車に乗ってからは、ずっとあちこちを歩き回っていたんだ」

「探検してたんですね!」

「そうだ、探検だ。……久しぶりの旅行で、高揚してるんだ」

 

 旅行ではしゃぐなんて、我ながら子供っぽい。その上、正体こそ明かせないが友人にもこうして再会できた。俺は自分の思っている以上に浮かれているらしい。

 今日ここに来て、本当に良かった。

 

 ふと、プリーツ型のマスクをした少女がジッとこちらを見つめているのに気付く。

 

「風邪かい?」

「え、えぇ……」

 

 病を押してでも来たかったのか。

 

「無理はするなよ。せっかくの旅行で体調を悪くするなんて、悲しいもんな」

「……」

 

 おずおずと頷き返す少女。

 

 ……でもこの子、何処かで見た気がするんだよな。何処でだっけ? クシビが関わっていたような……ダメだ、今ここでは思い出せない。とりあえず写真撮っておくか。

 

「喉が痛かったら鹿に言えばいい、フルーツ味のノド飴くれるぞ」

「あり、がとう……?」

「あはは、本当は知らない人から物をもらっちゃダメって言うべきなんだけどなぁ」

 

  今日の俺はトコトン浮かれてるようだ。今日1日ぐらいは、許してほしい。

 

 

 

***

 

 

 

 彼は狐につままれたような気分であった。いや、実際には馬につままれたのだが。

 

『ねえおじさん! オレ達が手伝ってあげるよ!』

 

 列車の乗車直後、突然彼の部屋を訪ねてきたのは、白いスーツを着て白馬の被り物をした男であった。成人男性にしてはやや低めの身長。声は変声機で変えられ、怪しいという単語がそのまま愉快な方向で人の形になったかのような風貌であった。

 しかし、口にするのは殺人や復讐といった物騒な単語ばかり。彼本人にも全くその気が無かったワケではなかったが、実際にそれを口にされると、覚悟よりも恐怖の方が勝ってくる。

 

『オレ、ぜーんぶ知ってるよ。奥さんの敵討ちがしたいんでしょ』

 

 そんなことはない。自分はただ、奴が何を思ってここにいるのかを確かめたいだけだ。

 咄嗟にそう言いかけた口は、言葉を発することなく閉じた。それを言ってしまえば、奴と少なからぬ因縁があることを認めてしまうのも同然だからだ。

 

 いや、そもそもこの馬は何故そんなことまで知っているのだろうか。誰にも悟られぬよう、慎重に準備をし続けていたのに。

 

 そう思案したところで彼は自覚した。

 誰にも悟られぬように行動した時点で、やはりその気が……奴を手にかけようとする気があったのだと。

 

『大丈夫、オレ達はあんたの味方だ。その感情は、間違ってないよ』

 

 胡散臭い。そうとしか言いようがない。

 だが不思議と、その言葉が嘘であるとも思えなかった。

 

『もしおじさんがソイツをぶっ殺したかったらこの弾を使って。確実に息の根を止められる魔法の弾丸だよ!』

 

 手渡されたのは、一見彼が用意したそれと殆ど変わらない1発の弾だった。

 

『それを使ったら、オレ達はしっかりあんたのことサポートしてやるからさ!』

 

 それだけ言って、馬マスクの男は部屋から去っていった。言うだけ言って行ってしまった。まるで嵐のような男であった。

 

 これは、自分への牽制なのだろうか。自分の計画を止めに来たのだろうか。そう考える方が自然なような気がする。

 しかし、あの男が言った言葉。“その感情は間違っていない”の一言は、彼の中に強く響いた。ずっと己を苛み続けた、この後ろ暗くも苛烈な感情。それを赤の他人に認めてもらえるなんてことは予想もしていなかったし、期待もしていなかった。

 

 彼は手のひらに乗せた銃弾を見て悩む。

 

 本当にこんなことが許されるのだろうか。これを使うだけで、彼らは本当に自分の味方となってくれるのだろうか、と。

 

 結局彼は、悩み抜いた末にその弾丸を使った。殆ど衝動的であった。

 人を殺めておきながらもあんな反省のカケラもない態度を見せられて、冷静でいられるわけが無かった。

 半信半疑で拳銃に仕込んでおいたあの弾丸。確かにそれは特殊なものだったようで、何故か撃ち抜いた頭に穴は開かなかったが、復讐相手はグッタリと体を弛緩させた。

 そうか、血を流させず余計な証拠を減らせる仕様になっていたのか。ついに取り返しのつかぬことをしたとボンヤリと霞みがかった頭で、そう推測する。

 

『お疲れ様。やっちゃったねぇ』

 

 自分と事きれた復讐相手しかいなかったはずの密室に突然現れたのは、鹿頭だった。悲鳴もあげられぬほど憔悴していた彼は、本当にサポートを寄越してきたと少し場違いな感動を覚えていた。

 

『この後もおじさんの計画通りに動けば良いよ、こっちはそれっぽく仕上げておくからさ』

 

 鹿頭は腰が抜けた彼を立ち上がらせ、叱咤する。そうだ、まだやらなくてはならないことがある。アレを、回収しなくては。

 

『……本当に、君達は、私の味方をしてくれるのかね……?』

 

 部屋を出るタイミングを見計らいながらそう訊ねれば、鹿頭は勿論だと力強く頷いた。

 

『私達は被害者の味方だよ!』

 

 ……確かに、そう言ったはずなのだが。

 

 隠蔽してくれるのかと思いきや、事件はそのまま発覚し、名うての探偵による捜査が始まった。列車は終着駅まで止まらない。逃げ場は何処にも無い。

 

 酷い詐欺にあった。いや、自分にはそもそも彼らを恨む資格もない。こんなことを考えた罰なのだろうと、証言を聞きにきた探偵達を見送った後、彼は自嘲の笑みをこぼした。

 

 

 

***

 

 

 

『クシビ、この子知らないか?』

 

 部屋から出ようとしたタイミングで、スコさんから通信が来た。マスクはマスクでも、自分達のしているのとは違う、病気用のマスクをした女の子の画像が同時に送られてくる。

 

『うーん? 知らない。スコさんの知り合い?』

『いや……ただ、何処かで見た気がして』

『外に出られないスコさんが見たことあるって、だいぶ限定されない? テレビとか?』

『少なくともその類のメディアではなかったはずなんだが……』

 

「今度は鹿さんだ!」

 

 幼い声がスコさんとの会話を遮った。マイクが拾ったその声に、気を利かしたスコさんが黙る。通信は繋げたままだ。こちらに手を振ってくるのは、東京駅のホームで見た子供達と女子高生達だ。

 

『あの子?』

『そう』

 

 女子高生の後ろに隠れる少女が、ついさっきスコさんから送られた画像の女の子であることが分かり、とりあえず自分が見ている映像も生中継する。

 

「鹿さん! 猫さんから聞いたんだけど、ノド飴くれるって本当?」

『……すまない、俺が勝手にそう言った』

 

 いや、別にそれくらい何ともないんだけどね。よっぽどテンション上がってるのね。

 

 コートの内ポケットから列車に乗る前にコンビニで買った飴を取り出す。この際だ、全員に配ったろ。

 

「ホントだよぉ、安っぽい市販のノド飴で良いなら貰っちゃってー」

 

 未開封であったその袋をバリッと開け、その開け口を彼らに向ける。子供達はそれぞれお礼を言いながら、個包装された好きな味の飴を1つずつ取り出していった。戸惑う2人の女子高生達にも向ければ、お互いに顔を見合わせた後、ありがとうございますとお礼を言いながら遠慮気味に手を入れた。

 

「ほら、おじょーさんもどうぞ」

「……」

 

 残るはマスクの女の子のみ。一番ノド飴が必要な立場だろうに、警戒心も一番強い子のようであった。まあこんな鹿頭相手じゃ当然の反応だろう。

 彼女はしばらくノド飴の袋を睨んでいたが、私がそれを引っ込める気配が無いのを悟ると、諦めたように手を突っ込んでくれた。すぐに引っこ抜かれた彼女の手に摘ままれていたのはメロン味だった。好きな味選んでって言ったのに無作為に取っちゃって! でも小さくお礼は言われた。ただの良い子だ。

 

「あっ、そうだ鹿さん。この女の人を見ませんでしたか?」

 

 その場で飴を口にした子供のうち、最も丁寧な口調の男の子が、自分の携帯電話を弄りながらそう訊ねてきた。すっかり警戒を解いているようだ。甘味は偉大である。

 スコさんにも人を訊かれたし、今日はそういう日なのかな。そう思いながら画面を覗き込めば、そこには目の前にいるヘアバンドをした女の子を横抱きにする女性が映ったムービーが再生されていた。

 誰やねん。その前にどういうシチュエーションなんだ。これ背景燃えてね?

 

『思い出した。助かったぞクシビ』

 

 お役に立てたようで何よりです。特に何かした覚えも無いけど。スコさんとの通信は向こうから切られた。

 

「ほら、この人もベルツリー急行のパスリングをしているので、きっとここにいるんじゃないかと思ってるんです」

「歩美達の命の恩人なの!」

「会ってお礼が言いたいんだけど、なかなか見つからねーんだ」

「んー……悪いけど見てないなぁ……」

 

 強いて言うならそこにいるマスクの女の子と声がよく似てるよね。あと髪色や髪型も。その子を高校生くらいにしたらそんな感じじゃないかな。

 

「ここまで探しても見つからねーなんて……」

「もしかしたら、ここにいないのかも」

「こうなったらネットで探すしかありませんね」

 

 私の答えにガッカリした子供達のその言葉は、流石に聞き捨てならなかった。

 

「ちょっ、ちょちょ、待った待った。ダメダメダメダメ、それだけは止めとけ!」

「え? 何でですか?」

 

 何でじゃないのよ!

 

「世の中はキミ達みたいな良い子ばっかじゃないんだ。悪ーい大人も使うネットにそんな個人情報を勝手に流しちゃイケマセン!」

「でも……」

「キミ達がその人にお礼を言いたいのなら、尚更やっちゃいけないことだよ。世の中にはキミ達の想像もつかないような悪いことを平気でやらかす人間がワンサといるんだ。命の恩人がそんなアホンダラに迷惑をかけられたら、キミ達も不本意だろう?」

「そ……そうですね! 止めます!」

 

 よし、素直な良い子達で私は嬉しい。何だか大きなブーメランが脳天に突き刺さった気がするがこれくらい平気だ。……ネットやテレビのような不特定多数の部外者に漏らさないだけマシだと思う。

 

「……ノド飴、もう1個要らない?」

「えっ」

 

 マスクの女の子にもう1つノド飴をあげた私は、お馬くんの言う通り分かりやすい奴だと思う。

 

 

 

***

 

 

 

 ここまで盛大に計画が破綻するとは全く想定していなかった。

 

「あら、沖矢さん!」

「昴お兄さんも来ていたんだ!」

『キョンッ!!』

 

 どうしてあの一団に例の鹿まで混じっているのだろうか。

 子供達に手を引かれているその鹿は、俺を見るなり鋭い鳴き声を発した。ご丁寧にも周囲に注意を促す警戒音である。その鹿の真後ろにピッタリくっつき、こちらの様子を警戒心剥き出しで窺う保護対象の姿まであり、目眩がしそうになる。

 確かに変装こそしているが、決して敵ではない。いや、変装している時点で怪しさしかないのは分かる。分かるのだが……何故よりにもよって、その鹿の方を信頼しているんだ……!?

 

「あなた達も来ていたんですね」

「本当、偶然ですね! こんな場所でこんなに知り合いに出会えるなんて……」

「ほーんと、凄い偶然よね?」

「おや、他にも知り合いが?」

「ええ、そうなんですよ」

 

 知ってる。安室君のことだろう。俺も猫頭に絡まれている気の毒な彼を見かけた。そして今度は俺が鹿頭に絡まれそうになっているわけである。状況を探るため部屋から出たばかりに。最悪だ。

 

「……それで、こちらの方は?」

「鹿さんですよ!」

「凄い格好してるけど、中の人はとっても良い人なんだぜ!」

『キョンッ!!』

 

 少なくとも俺に対しては友好的ではないのは確かだな。ここまで面と向かって堂々と警戒されたのは初めてだ。俺を例の組織絡みの人間と疑う彼女が信用するのも分からなくはない。納得はできないが。

 

「鹿さん、もう一回さっきの手品見せてくれよ! 昴の兄ちゃんならタネが見破れるかもしれねーしさ!」

「手品、ですか?」

「十円玉を使ったマジックなの」

 

 もしかして、コインの移動マジックのことだろうか。サムパーム……親指と人差し指の付け根隠し持つテクニックを使い、コインを自在に消したり現したりするように見せかける、あの。

 

「ホー……それは興味深いですね」

「鹿さんったら凄いんですよ! 十円玉を握った手を開いたり閉じたりする度に、製造年が1年ずつ増えていくんです!」

「……??」

 

 待ってくれ。そんなパターンは初耳だぞ。

 

「凄かったよねー! 十円玉が五十円玉になって、百円玉になって、五百円玉になって!」

「最後は両手で包んだ五百円玉が、50枚の十円玉を集めた棒に両替されてたんだ!」

「!?」

 

 ちょっと待ってくれ。十円玉に戻るならまだしも、重量も体積もある十円玉の棒金を手首付近に隠せるトリックは流石に想像がつかない。どうなっているんだ。

 

「是非見せていただけますか?」

『グ、グ、グ、グ……!』

 

 純粋にトリックが気になって直接声をかけたら、ついに威嚇されてしまった。そんなに俺は怪しく見えるのか。誠に遺憾である。しかし手品は気になる。俺は一体どうすれば。

 

 と、その時。

 

『ブァーヒヒヒヒヒィン!!!』

 

 聞く側の心境によっては、含み笑いだらけにも聞こえる馬の嘶きが響いた。

 

「鹿ちゃーん! 探したよー!」

 

 何たる事だ、馬頭まで合流してしまった。今日は厄日か。

 

「あっ、誰だよソイツ! オレというものがありながら浮気だなんて、酷いやぁ!!」

『キョンッ!!』

『バルルルルゥ!!』

『ピャッ!』

『ヒヒィーン!』

 

 頼むから人間にも分かる言葉で会話してくれ。こんな馬鹿コンビの理不尽コントに付き合えるほどの余裕は俺には無いぞ。

 

「……まあそれはさておきましてと。そろそろ仕上げに取り掛かるから、準備しに行こう!」

「あいさー」

 

 おふざけに満足した馬頭に連れて行かれそうになる鹿頭に向け、あろうことかその後ろにいた彼女が名残惜しそうに手を伸ばしかけたのが見えてしまった。だから何故そこまで心を許しているのか。

 

 ボウヤの友人3人組のうちの少女が首を傾げ、馬頭に問うた。

 

「仕上げって……何の?」

「そりゃあ決まってるじゃないか! このミステリーツアーを盛り上げるサイコーにリアルなショーの、クライマックスだよ!」

 

 気分としては列車に乗る前からクライマックスを迎えたつもりであったが、まだコイツらは何か起こす気らしい。そろそろ許されたい。

 

 

 




・鹿ちゃん
 アニマルフェイスその1。人の判別には顔の造形ではなく別の身体的特徴を用いる。イケメンにも一切の容赦をしない相貌失認気味な変人。自分達が嫌な思いをしたので、他人のプライバシーを侵害するような活動には多少なりとも罪悪感や抵抗感を覚える。ただし自身の聴覚や視覚などによるものは除く。
 彼女の見せるクソ手品は頭が良い人ほど混乱させる。考えなしにやると収拾がつかなくなるので、それっぽく見せる手法を専門家の友人に教わり中。


・お馬くん
 アニマルフェイスその2。お馬よりあ熊的な振る舞いが得意な悪の総統。ツアー客を楽しませるべく活動中。


・猫さん
 アニマルフェイスその3。旧友に出会えてテンションが上がりっぱなし。5人目の酒の存在に気付き、知り合いの発明家へ連絡や諸々の映像を送る。文字通り猫を被って行動中。


・風邪ひき少女
 病人フェイス。風邪で弱っている故か、アニマルフェイス達の中身が、これまで出会った大人の中で最も安全を保障してくれる部類の人間であることを本能的に見抜く。ひとまず怪しい人間達がこぞって恐れる鹿の後ろにいれば安全だと判断する(正解)。毒をもって毒を制すを実行中。


・天才少年
 小学生フェイス。捜査中。


・怪盗くん
 メイドフェイス。下見中。


・某FBI
 沖矢昴フェイス。馬と鹿に挟まれるというド災難の真っ只中。


・某母さん
 一般客フェイス。アニマルフェイスがウロついているため、マトモに動けず部屋の中。


・ハリウッドの超有名な現役の女優さん
 某FBIフェイス。鹿狩りどころか鹿に狩られそうな気分。意味深に鳴く猫頭から逃げて咄嗟に個室に入ったところで、逃げ場が無いのは自分の方だと気付いた。鉄の蛇の中。


・猫さんの旧友
 トリプルフェイス。降谷ー! 目の前、目の前! 猫を被った旧友にほんのりと絡まれ困惑中。


・恐ろしく疑り深い某銀髪野郎
「あんたが鹿狩りなんて言うから!(´;ω;`)」
 という趣旨の八つ当たりメールを同僚から受け取り、何かの暗号かと疑う。夜はデイダラボッチテンションになる鹿を乗せた鉄の蛇が到着する名古屋駅で待機中。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。