真・恋姫†無双 ~凌統伝~   作:若輩侍

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長らくお待たせしました。
三か月の間放置してしまい、申し訳ありませんでした。
それでは、どうぞ。


第七話

その日、俺達将軍勢に冥琳様から緊急招集が掛けられた。

その内容は言わずもがな、雪蓮様が袁術に召喚された件についてだ。集合場所である王座の間には既に俺を含め数人の人物の姿が見える。祭さんに穏、俺の付き添いとして軍師見習いの瑾。

 

そして――

 

「ふむ、久しく吾輩まで呼び出すとはな。流石に冥琳の奴も今回ばかりは余裕が無いらしいのぅ、ほっほっほっ」

 

決して若くはない、皺の刻まれた顔を愉快そうに笑わせる御年輩が一人。その姿は知らぬ人が傍から見ればただの好々爺にしか見えないだろうが、侮るなかれ。彼は祭さんと同じく孫家の先代、孫文台の頃から呉に仕えている老将の韓当だ。まだ俺が幼かった頃に、おやじこと凌操と共に数々の戦場を駆け抜けた猛将であり、そして俺に地獄に勝るとも劣らない修行をつけたじいさま連の纏め役でもある。ちなみに彼の真名は海苑(かいえん)という。

 

老いても未だその実力は健在で、流石にもう負ける事は無いが戦うとなると未だに俺も苦戦を強いられる。本人曰く、老いているのは顔だけで体の方はまだまだ現役との事だ。実際その体に余分な贅肉は見当たらず、あるのは鍛え抜かれ見事に引き締まった筋肉と韓当が歴戦の戦士である事を物語る数々の傷跡のみ。首から下だけを見比べるならばそこらの若者よりずっと逞しい事だろう。

 

今はじいさま連を率いて後人の育成に従事しており、前線に出る事は殆ど無いのだが……そんな人物にも召集を掛ける辺り、どうやら今回の袁術の命令は余程の内容らしい。一体どれほどの無理難題を押し付けてきたのかと考えていると、冥琳様が明らかに不機嫌そうな顔をした雪蓮様と共に王座の間へとやってきた。

 

「待たせた。皆、揃っているな」

 

王座に仏頂面の雪蓮様が座り、その隣に冥琳様が並ぶ。俺達将軍勢も一同に佇まいを直して軍議に臨む姿勢を取る。それを見渡した冥琳様が静かに口を開いた。

 

「では、軍議を始める。まず、今回皆に集まって貰った理由だが……」

 

言って冥琳様がちらりと雪蓮様に目を向ける。相変わらずぶすっとしていた雪蓮様だが、冥琳様の視線に気づくと然も面倒臭そうにため息をつきながら口を開いた。

 

「黄巾党の本隊を倒せ。ちなみに地方の本隊じゃなくて、正真正銘の大本営。それが袁術からの新しい命令よ」

 

雪蓮様の言葉に冥琳様以外、その場にいたほぼ全員が絶句した。俺は勿論の事、隣りにいる瑾も。祭さんですら目を見開いて驚愕を露わにしている。海苑のじいさんは……あー、なんか笑ってるし。とうとうボケたのか?

 

「別にボケとりゃせんよ。冥琳が吾輩の様な老い耄れを駆り出すくらいじゃからな、どれほどの無理難題かと思いきや……ほっほっほ、袁術の小猿もなかなか馬鹿には出来ぬのぅ」

「さいですか。っていうかじいさん、人の考え読むなよ」

「ほっほっ、まあそう怒るでない浩牙。むしろ師匠が元気な事を喜ばんか、ん?」

「俺はじいさんが元気じゃない姿を見た事が無い気がするんだが?」

「そんな事はないぞい。ほれ、最近は腰の調子があいたたた」

 

じいさんがあからさまな様子で腰をさする。いやいやじいさん、顔が笑いそうになるのを抑え切れて無いぞ。俺は呆れながらどうつっこんでやろうか、というかいっそのこと腰に抜き手を突っ込んでやろうかなどと考えていると、ゴホンとわざとらしい咳を冥琳様が吐いた。

 

「浩牙、海苑殿。今は軍議の最中なのだが?」

「す、すみません冥琳様」

「うむ、少々おふざけが過ぎたかの。すまなんだな雪蓮ちゃん、続きを頼む」

「えー、私としてはもう少し見ていたかっ――」

「……雪蓮?」

 

本音が出そうになった雪蓮様を冥琳様が一睨みする。雪蓮様は慌てた様子で取り繕った笑みを浮かべた。

 

「あ、あはは……じょ、冗談よ冥琳、じょーだん」

「そうか。ならば早く話を進めてくれ。これではいつまで経っても軍議が終わらん」

「りょーかい。それから、ありがとう海苑。おかげで少し気分が晴れたわ」

「うむうむ、雪蓮ちゃんは笑ってる方が似合うでな」

 

皺の入った顔で海苑じいさんがにかっと笑顔を浮かべる。さっきまで不機嫌そうだった雪蓮様も釣られた様に微笑みを浮かべていた。なるほど、さっきのはじいさんなりに雪蓮様を気遣っての事だったのか。どうやら俺は上手くダシに使われた様だ。流石というか、じいさんには敵わないな。

 

じいさんの年の功に感心していると、表情を改めた雪蓮様が話の続きを始めた。

 

「さてと。まあ、話はさっき言った通りなんだけど、今度の作戦は黄巾党本隊の殲滅。で、みんなに集まって貰った理由っていうのが、どうやってこの作戦を成功させるか、なんだけど……」

 

勢いを取り戻して話を続けようとした雪蓮様も、将軍勢の眉間に明らかに皺が寄ったのを確認した所為か見る間に勢いを失い、消沈しながら愚痴をこぼした。

 

「正直、無謀って言葉も裸足で逃げ出す話よね、これ」

 

雪蓮様の言葉に祭さんが腕を組みながら厳しい表情で頷く。

 

「うむ、話にならぬな。大賢良師率いる軍勢は十万以上とも聞く、城中の兵士をかき集めたとしても到底足りぬ」

「ならば袁術に兵を出させると言うのは……いえ、失言でした。お許しを……」

 

げんなりした表情を浮かべた雪蓮様に瑾が発言半ばで口を噤む。まあ、あの顔から察するに袁家からの支援諸々は期待できない事が確定しているんだろう。それに関しては何時も通りと言えばそれで終いだが、今回ばかりは猿とは言わず猫の手でも借りたい状況か……。

 

「大体察してるとは思うけど、今回の件で袁術からの援助は無いわ。その代わりに、各地に散ってる旧臣達を呼び戻す許可を取り付けたけどね」

「ほぅ……」

「なんと……」

 

海苑じいさんがスッと目を細め、祭さんが驚きと感嘆が入り混じった様な表情を浮かべる。蒼志と穏は何時も通りだが、俺はと言えば些か以上に動揺していた。

 

旧臣を呼び戻す……雪蓮様のその言葉が俺の中で繰り返し響く。それが意味する事を理解し、俺の中に深く根付くあの黒い感情が燃え盛る様な熱を帯びてゆっくりと這い出して来る。忘れもしない過去が、あの光景が脳裏に鮮明な絵となって蘇る。喉を穿つ一本の矢、光を失った双眸、そして風が運んだ一つの鈴の音……。

 

一年半も前も出来事だと言うのに、厭味なくらいに鮮明。忘れてしまえればいいのに、忘れられない。最近は頻繁に夢にさえ出てくるほどだ。日に日に酷くなっていく。俺はこの、収まりのつきそうにないこの黒い感情を、俺は何時まで理性という名の蓋で封じておく事が出来るのだろうか……。

 

またも暴れ出しそうになっていた感情を理性で強引に抑えつける。そして改めてこちらに向けられている視線に気付きハッと顔を上げれば、雪蓮様を始めとした全員の目が俺へと一点に集中していた。いつの間にか会話は途切れ、ただ沈黙のみが王座の間を支配している。

 

少し前に祭さんに注意されたばかりなのに、どうやら俺はまたやってしまったらしい。

 

全身からブゥワッと汗が噴き出すのを感じながら、俺はどうにかして場を取り繕おうと必死に顔の筋肉を動かし笑みを浮かべた。

 

「え、えっと……そんなに見つめられちゃうと照れるなぁ、なんて……」

 

頭をかきながら茶目っぽくあははと笑ってみる。全員の俺を見る目が更に厳しくなった様な気がした。

 

「浩牙、あなた大丈夫?」

 

心配というよりも警戒の色の強い声で雪蓮様が言う。とりあえずその場しのぎになればと俺は何時も通りを意識してその言葉に応える。

 

「……はい、大丈夫です」

「応えるまで微妙に間がありましたね」

「それに顔の筋肉が強張っているな」

 

ええい、瑾も穏のそんな分析をするんじゃない! 余計に心配を掛けてしまうだろうが! そんな言葉が喉から出かかったが、喰って掛かる訳にもいかずに笑顔を強靭な意志で貫き通す。

 

ギゴッ

 

……なんか顔から変な音が聞こえた気がするけど、たぶん気のせいだろう。

 

「浩牙、凄まじく顔が引き攣っとるぞい」

「な、なにいってるんだいじいさん。俺は何時も通りだぞ?」

「それが何時も通りの顔ならば、私はお前に医者に行く事を勧めるぞ?」

 

何気に冥琳様が酷い。というか、今の俺は一体どんな顔をしてるんだ。一応、俺としては笑っているつもりなんだが。

 

「何と言えばいいのか……いや、とりあえず無理をしているのがまる分かりな表情だ」

「そうですか……」

 

どうやら相当酷い顔をしているらしい。まあ、無理をしてるのは自覚している。それでも素直に出来ないのは一武官としてのちょっとした意地という奴だ。今は孫家にとって大事な時期だ、俺個人の感情の始末なんて孫家が独立を果たしたその後で構わない。

 

その事を雪蓮様に伝えようと口を開きかけたその時、

 

「今回の戦、浩牙は城に残していく方が賢明かしらね」

 

俺よりも一瞬早く開いた雪蓮様の口から飛び出したその言葉に、俺は思わず耳を疑った。

 

「それは、どういう――」

 

雪蓮様の意志を問おうと乾いた口を必死に動かす。しかし俺の言葉は最後まで紡がれる事は無く、冥琳様の冷静な声によって遮られた。

 

「それは私が却下する。浩牙は我が軍の主戦力だぞ。それとも、浩牙の代わりになる人物がいるとでも?」

「いないわね。でも、今の浩牙は危うい……それは冥琳、あなたも気付いたでしょ」

「ああ、そうだな。だがそうであっても浩牙を戦力から外す事は出来ん。黄巾党の本隊が相手ならば尚更だ」

 

口論を繰り広げる二人を前にして猛烈な自己嫌悪に駆られる。俺が自分の感情をしっかりと操れていればこんな口論も起こらなかった。まったくもって自分の不甲斐なさに嫌気がさす。雪蓮様が留守番を命じたくなるのも理解できるというものだ。

 

自分の不甲斐なさが招いた結果を目の前で見せつけられたためか、穏やかでなかった感情の波がスッと引いていく。思考も冷静さを取り戻し改めて自分の失態を自覚した俺は、黙ったまま近くの壁へと近づく。瑾などは訝しげな視線を俺にくれていたが、気に留めず俺は壁に両手をつき、そして――

 

「だっらぁっ!」

 

思いっきり自分の額を柱へと打ち付けた。ゴンッと鈍い音が響き打ち付けた反動で一瞬視界が白く染まる。加減無く打ちつけたためか壁にはひびが走り、額はじんじんと痛みを訴え生温かい何かが鼻筋を伝う。恐らく額が切れてしまったんだろう、唇まで伝って来たそれを舌で舐めとると案の定鉄臭い血の味がした。

 

「っしゃ!」

 

気合を入れた掛け声を一つ、それから改めて王座へと向き直る。集まった面々は先程まで口論していた二人を含め全員が唖然とした表情を浮かべていた。まぁ、気持ちは分かる。突然殺気を撒き散らしたかと思えば今度は無言で壁に向かって全力で頭突き。誰かどう見ても頭がおかしい人にしか見えない。何せやらかした本人がそう思ってるし。

 

だがおかげで頭の中に渦巻いていた余計な感情その他諸々の一切合財を砕いて散らす事が出来た。おまけで額も砕けかけた気がするが、幸いにして少し深めに切れただけだ。正直、全てを排除しきれたとは言わない。悲しいかな、あの黒い感情は今も俺の中に根付いてる。だが当分の間はそれに思考を揺さぶられる事はないだろう。いや、断じてするまい。この額の痛みと共にそう誓いを胸に刻みこむ。

 

「こ、浩牙? あなた本当にだいじょ――「雪蓮様!」な、なに?」

 

ドクドクと額からあふれる熱い情熱をそのままに雪蓮様の言葉を部屋に響き渡るくらいの声量で遮る。さっきとは別の意味で大丈夫と問われる事を阻止したかったとか、そんな狙いは断じて無い。俺は王座の前へと無言で向かうとそのまま膝をついて臣下の礼を取る。それだけで何かを察したのか、冥琳様は一歩離れた位置へと引き、雪蓮様は王座を背にして俺の前へと立つ。

 

「言ってみなさい」

 

先程の動揺など一切消えうせた静かな声。王の威厳に当てられながらも、俺は口を動かし言葉を告げる。

 

「雪蓮様。正直に申しまして、我が身に巣くう憎しみは残念ながら未だ消えません。しかしそれに揺さぶられていた不甲斐なき我が身は、たった今砕け散りました。凌公積の名にかけて誓います。次の戦、我が鉄鎚の一撃が鈍る事は断じてないでしょう」

 

胸に刻んだ誓いを今一度、言葉にして雪蓮様の前で誓う。頭を垂れたまましばらく無言でいると、頭上から一つため息が漏れる音が聞こえてきた。

 

「何と言うか、浩牙のやる事なす事いきなりすぎて、何を言ったら良いのか分からないわね」

「まったくだ。流石の私も今回ばかりは呆れたぞ。まさかいきなり壁に向かって頭突きとはな」

「ほっほっ、たまに馬鹿をやるくらいが浩牙にはちょうど良いて。かく言う吾輩も若い頃はやんちゃしたものじゃよ」

 

心底呆れた様子で雪蓮様と冥琳様が呟き、海苑じいさんが愉快そうに笑う。いやまあ、頭突きに関しては正直反省してる。何と言うか、その場の勢いでやってしまった感が半端じゃないし。今思えば色々と思考がぶっ飛んでたのかもしれん。

 

「まあ、気持ちは分からんでもないが、少しは加減というものをせい。洒落になっとらんぞ。ほれ」

「あ、どうも」

 

祭さんに差し出された手拭いを受け取り血の流れ出る額へと当てる。後で洗って返さないと。いや、いっそのこと新しいのを買って渡すかな。血の汚れって染みになりやすいし。

 

なんて事を思いながら立ちあがり、額を抑えながら元の位置へと戻る。隣りの瑾がこれ見よがしにため息を吐くのに苦笑で応える。いやほんと、やり過ぎたと思ってます、すんません。瑾に加え穏にも視線で謝罪を念を送ると、にっこりとした笑顔で穏は頷いてくれた。

 

「とりあえず、次の戦は浩牙さんも参戦という事で良いと穏は思いますよ。不安要素も無くなったようですし」

「自分も同じく。公積不在は前衛部隊に大きく響きますので」

「冥琳と穏、それから蒼志は同意見と。海苑と祭は……聞くまでも無いか」

「無論、吾輩も同じ意見じゃよ」

「うむ。相違ない」

 

軍師三名、将軍二名が俺の参戦に賛成の意を示す。それを確認した雪蓮様はやれやれと言いたげな表情を浮かべて苦笑した。

 

「分かった。予定通り、浩牙には前線部隊を率いてもらうわ。ただし、不穏な様子を見せたらふん縛ってでも後ろに回すからね?」

「御意」

 

雪蓮様の言葉にしっかりと頷き返す。そこで俺に関する話し合いは終わり、今回の軍議の本題である黄巾党本隊討伐の話し合いへと内容は移る。俺の所為で時間が取られたため足早に軍議は進み、懸念事項の話し合いや役割分担などを決めていく。結果、旧臣達の下へ派遣する使者の選定は穏が、兵站の準備は瑾が、軍編成は俺と祭さんと海苑じいさんが、雪蓮様と冥琳様は大まかな軍略の決定を役割分担として受け持つ事となった。討伐行の方針としては話し合いの結果、旧臣勢の部隊とは行軍の途中で合流する事となった。

 

それぞれの役割が決まり軍議が解散となる。各々自分の持ち場へと向かっていく中、

 

「浩牙」

 

冥琳様に呼ばれ、傍へと近づく。今回は色々とやらかしてしまっているため冥琳様の視線に少し身構えてしまったが、すぐに冥琳様の視線が優しいものへと変わるのを感じ、俺も体の力を抜いた。

 

「すいません、軍議をかき回しちゃって」

「まったくだ。何の前触れも無くいきなり殺気を当てられて、焦ったぞ?」

「面目次第も御座いません」

 

その場で深く頭を下げる。今回俺には非しかないので言い訳も立たない。

 

「まあ、江賊の時の件もあったからな。焦る気持ちは分かるが、今は孫呉にとってようやく巡ってきた大事な時期だ。くれぐれも宜しく頼むぞ」

「分かってます。お任せ下さい」

「ああ。お前の事は信頼している、失望させてくれるなよ」

 

発破をかけようとしてくれたのか、冥琳様がニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。それに応える様に俺も笑みを返すと、満足そうに頷いて冥琳様は踵を返す。そしてそのまま立ち去るのかと思いきや、ふと立ち止まり冥琳様はその場で首だけを俺の方へ振り返ると、先程とは違うとってもイイ笑みを顔に浮かべて言った。

 

「ああ、それから。壁の修理代はお前の給金から引いておくからな、そこの所も宜しく」

 

それきり冥琳様は振り返る事無く静かに王座の間を去っていく。その場に一人ポツンと残された俺は、今回は本当に色々とやらかしたなぁと、改めて実感しながら一つため息を吐いた。




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