ゼロの奇妙な腹心   作:Neverleave

12 / 26
今日でこの次の13話も一気に書きました。
早く、早くフーケのとこまで! 早く!

そんな風に自分自身もせかしながら執筆するこの頃です。


12話

「魔法ってホントにすっげぇな……もう傷がほとんどなくなってるよ……」

「だからって今度またあんな無茶したら許さないわよ」

 

 ドッピオがトリステイン魔法学院を訪れて、数日が経った夕方。

 このときまで、ドッピオは学院の医務室に入院していた。

 もといた世界ならば、数週間はじっとしていないといけなかったような傷が、こんなにも早く治ってしまうというのにはさすがのドッピオも驚いた(とはいえさすがに体を激しく動かしすぎたので、未だにあちこちの筋肉がズキズキと痛いが)。

 

 そして今、彼らは食堂に向かって歩いている最中である。

 

「はいはい。悪かったって。反省してるから」

「全っ然信じられないんだけど」

「あ、やっぱりバレた?」

「バレた? じゃないわよこのバカッ!!」

 

 ガスッ! と。

 勢いよく、ドッピオの足にルイズの蹴りが撃ち込まれる。

 

「あ痛っ!? け、蹴るな蹴るなルイズ! 体中が今痛いんだってば!」

「知ってるわよ。だから蹴ったんだし」

「ちょっと前まで怪我人だったヤツになにしやがるんだよ!」

「うるっさいわね。ホントだったらあと五、六回は蹴りたいところなのにあと一回で済ませてあげるんだから感謝しなさい!」

「なにを感謝しろってんだコイツ! あ、ちょ、足構えるな! や、やめろ、やめろォ!!」

 

 

 ドッピオの必死の懇願もむなしく。

 その日の廊下では、スパーン! という小気味よい音が響いたかと思うと、その直後に絶叫がこだましたという。

 

 

 場所は変わって、食堂前。

 ドッピオは片足を引きずるようにしてその場へと赴き、ルイズはその様子を横からじぃっと観察していた。

 痛みでヒィヒィと悲鳴をあげるその様子は、ギーシュとの決闘で見事に勝利したときとはまるで別人のようだ。

 あのときは剣のように鋭く研ぎ澄まされた闘気が全身から出ていたというのに、今はその面影もない。

 いったい本当になんなんだろうか、この使い魔は。

 初日には、コルベール先生にはおとなしい態度を見せると思ったら主人であるルイズには度々歯向かい。

 かと思えば私のことを『ゼロ』と呼んで『侮辱』したギーシュに激怒して暴力をふるい、決闘を受けて立つ。

 平民の使い魔出し、戦うことなんてできないんじゃあないかと思っていたら、学生であるとはいえかなりの実力を持つギーシュ……メイジを相手に物怖じせず立ち向かったり。

 全くもって理解できない。

 

(……本当になんなのかしら、こいつ)

 

「ルイズ、どうかしたんですか? 入りましょうよ」

「ええそうね。あんた、早く扉を開けて頂戴」

「……怪我人への配慮は……最初っから皆無でしたっけ。そうでしたね。はい」

 

 ドッピオは独り言をしゃべりながら、食堂の扉をゆっくりと開いた。

 相変わらず、ここは何度見ても豪華すぎて萎縮してしまいそうになるな、と思いながらドッピオはルイズに追従する。

 

 その途中、何度も他の生徒たちからドッピオとルイズは視線を送られたが、ドッピオがその先に目を向けるとすぐにみんな目を逸らした。

 よくよく耳を澄ませてみると、ひそひそ話をしている者の中にはドッピオのことを悪魔の申し子だのなんだのと囁く輩もいた。

 だが誰一人として、以前のようにルイズをあざ笑ったり馬鹿にするようなことを言うヤツはいなかった。

 ギーシュとの決闘は、よほど彼らに強烈なインパクトを与えたらしい。

 そんな生徒たちの様子を見て、ドッピオはざまぁみろと心の中でつぶやく。

 

(……ん?)

 

と、その中に他のものとは何か違う視線があることにドッピオは気付く。

 辿ってみると、キュルケがこちらを熱っぽい視線でじっと見つめているのを見つけた。

 ドッピオと目をあわせても、彼女はその目を逸らすどころか、ますます愛おしげにこちらを見つめ返してくる。

 

(……あれ?)

 

 なんだ? その視線は。

キュルケにそんな疑問をドッピオが抱いた、そのとき。

 

「あ! ドッピオさん!」

 

 どこからかドッピオを呼びかける声が聞こえてきた。

 声のした方向にドッピオが振り向くと、そこに立っていたのは彼と顔なじみのメイドだった。

 

「あ、シエスタ。こんばんは」

「こんばんは。もう退院していいんですか?」

「うん。もう怪我も治ったし、動いてもいいんだって。ただ全身が筋肉痛で痛いし……主人からは蹴り入れられたけどあだァッ!?」

 

 シエスタとの会話の最中、ドッピオは背後から足をルイズに蹴られた。

 思わず跪くドッピオ。涙目になりながらキッと後ろのルイズを睨むも、ルイズはそれを鼻で笑うと、

 

「椅子、引いて」

「……はい」

 

 有無を言わさず命令を下す。

 ドッピオも文句は言えず、フラフラと立ち上がるとすぐに椅子を引いてルイズを座らせた。

 

「あ、あの……本当に、大丈夫なんですか?」

「……うん、まぁ、大丈夫。気にしないで」

「は、はぁ……」

 

 しょんぼりとしているドッピオにシエスタが言葉をかけると、ドッピオは苦笑いを浮かべた。

 それを見たシエスタは、いったいどう話しかけたものやらと難しい顔をする。

 まぁそりゃあ、いきなり話しかけている人物(怪我人)が目の前で暴力を振るわれたら困った顔をするだろう。

 

「あ、そ、そうだ! ドッピオさんもお腹が空いてますよね? 厨房までいらっしゃってください、ごはんを出しますから」

「えっ、いいのォ!? 僕、あんまり働いてなかったのに」

「いいんですよ。今やドッピオさんは、私たちにとっての英雄みたいなものですし。ささ、こっちです」

 

 はい? とドッピオは首をかしげた。英雄?

だがシエスタはそのまま厨房に行ってしまう。仕方がないので、ドッピオは彼女を追いかけることにした。

 

「……すいませんルイズ。僕ちょっと行ってきます。食べ終えても帰って来なかったら、そのまま部屋まで戻っていてください」

「ん。いってらっしゃい」

 

 主人の許可を得ると、ドッピオはそのまま厨房にまで足を運んだ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おおっ、よく来てくれたな『我らが剣』よ!」

「……へっ?」

 

 厨房に足を踏み入れた途端、ドッピオは一人のシェフにそんな言葉をかけられた。

 いきなりのことだったため戸惑うドッピオだったが、シェフはそのまま他の同僚に声をかけて全員を集合させる。

 

「お~い! 『我らが剣』が来たぞ!」

「おっ、来たか!」

「やっと退院できたんだな!」

「歓迎するぜ、『我らが剣』!」

「俺らの料理、たらふく食ってくんな!」

 

 突然その場の全員から口ぐちにそんなことを言われるものだから、ドッピオは慌てだす。

 というか全員、ドッピオを囲うように集まるものだから威圧感が半端じゃない。

 いったいこれはなんなんだと思っていたら、ふと厨房の向こう側から声が聞こえてきた。

 

「マルトーさん、何もわからないのにドッピオさんにそう群がっちゃったら緊張しちゃいますよ」

 

 シェフたちの間から、シエスタがひょっこりと顔を出す。

 するとマルトーはうっかりしていたというように頭に手をあてた。

 

「おっとそうだったな! すまねぇな、ついこっちも興奮しちまってよ、気を悪くしねぇでくれ」

「は、はぁ……えっと、あなたは……」

「おお、自己紹介もまだだったか。俺はマルトー。この食堂の料理長をやってるもんさ。気軽に名前で呼んでくれてかまわねぇぜ」

「僕はドッピオです。ヴィネガー・ドッピオ」

「ほお、なかなかいい名前じゃねぇか。さあ、まずは腹ごしらえだ。腹減ってるだろ!」

 

 ガハハハハ! と豪快に笑うとマルトーは奥へと歩いていく。

 ポカンとドッピオが立ち尽くしていたとき、横からシエスタが話しかけてきた。

 

「すいませんドッピオさん。ビックリしちゃったでしょうけど、マルトーさんは悪い人じゃないんです」

 

 と、シエスタが自分に頭を下げるのを見て、ドッピオは首を横に振った。

 

「いや、いいよシエスタ。それくらい僕もわかってるから……それにしても、なんなの? 『我らが剣』って」

 

 さっきから、シェフたちは自分のことを『我らが剣』と呼んでいる。

 いったい何のことなのか気になったドッピオは、シエスタに訊ねかけてみた。

 

「ああ。先日、ドッピオさんが決闘をなさって見事に勝利したという話が、ここにもやってきたんですよ。マルトーさん、貴族嫌いの方でこの話を聞いたときはもう飛び上がるくらい喜んでらして……で、ドッピオさんは剣を振るわれたということから……」

「……あ~、『我らが剣』、っていうこと?」

 

 はい、とシエスタは苦笑いしながら首を小さく縦に振った。

 あれはあくまでクソ生意気な生徒たちを黙らせることさえできればいいと思って望んだ戦いだったのだが、どうやら自分が思ってもいなかったような効果もあったらしい。

 ……それにしても……『我らが剣』とは……

 

(なんかくすぐったい感じがするけど……まぁ、悪気もないみたいだしいい、かなぁ……?)

 

 そんなことを思いをしながら、ドッピオはマルトーたちのところまで行くことにした。

 

 

 

「うっわぁ、こりゃあウンマイや! イタリアでもなかなか食べられないよ、こんな立派でおいしい料理!」

「おお、そうかい! イタリアってぇのがどこかはわからねぇが、気に入ってもらったのならなによりだ! さぁ、まだまだ料理はあるんだ、たんと食べてくれ!」

 

 厨房の休憩室で、ドッピオはマルトーたちが腕をふるって作った料理を食べていた。

 それらはどれもとてもおいしいもので、イタリア人であるドッピオの舌鼓も打たせるほどのものだった。

 初日の食事がパンとスープだけであっただけにその感動も大きい。この世界に来て一番の喜びを、ドッピオは文字通り噛みしめていた。

 

「しかし『我らが剣』よ、話を聞くところによると、おまえはすげぇ剣の達人らしいな。いったい何をやってたんだ? 傭兵か何かか?」

「あ、いえ……武器の扱いなんて、僕はホントに大したものじゃあないので……傭兵というか、それに近いことはしていましたけど……」

「ほぉ! みんな聞いたか! 真の達人というのは自分の腕っぷしを自慢なんかしないで謙遜をするもんなんだな!」

「いえ、その……ホントに大したことないんですけど……」

 

 傭兵どころではなく、ギャングの一員だったのだが。

 しかしマルトーはドッピオの発言を何か勘違いしたらしく、『すごい実力を持っているにも関わらず謙虚な態度を崩さない誠実な人物』だと認識されてしまったようだ。

 

(……ホントに、あんな武器使ったこともなかったんだけどなぁ……)

 

ドッピオは、ふとあのときのことを思い出す。

 

当初は自分に起こった変異に戸惑いを隠せなかったほどだ。

元々ドッピオは数々のスタンド使いと戦ってきたため、戦闘経験だけで言えば豊富だ。

しかし、そのすべての戦いにおいてドッピオは武器なんてものは使っていない。使ったのは、ボスから拝借したキング・クリムゾンの両手とエピタフだけだ。

身体能力だけは普通の人間よりも上かもしれないが、彼の戦力とはなりえない。つまり、ドッピオは普通の人間と何ら変わりがないはずなのだ。

 

なのにあれはなんだ……? 武器を持った途端、それをどう振ればいいかが瞬時で理解でき、普段の自分では出せないほどの驚異的なパワーが出た。

刃の欠片を投擲したときだって、キング・クリムゾンならばともかく自分で投げて、人間の手に正確に命中させるのだ。

パワーはスタンドで言えばCクラス、精密性はBくらいはあったのではないだろうか。いや、下手をするとAかもしれない。

 

 普通の人間が、こんな力を持つことができるのか?

 その問いの答えは決まっている。できるわけがない。

 ゆえにドッピオも、自分にいったいなにが起きたのかわからず混乱していたのだ。

 

 自分に何が起こったのか。病室で横になっていたドッピオは暇だったので、推理をすることにした。

 

 身体能力を上昇させる魔法を自分にかけられたという仮説がふと浮かぶ。しかし、これはあまり考えられない。

 あのときの自分は、貴族の大衆を前にして、その貴族に喧嘩をふっかけたのだ。

 敵こそいるが、味方なんて皆無だ。ルイズなら魔法を失敗させてしまうし、これもない。

 魔法による補助とは考えられないだろう。

 

 次に、自分の才能が開花したという仮説。言うまでもなく、論外だ。

 さっきも言ったが、自分の戦うための手段は、ボスから借りたキング・クリムゾンだから……銃ならともかく、剣もハルバートも持ったことなんてない。第一、現代でそんなものを扱うなんて時代錯誤もいいとこだ。

 というかそんなことできるなら、ドッピオはスタンドとともに自分自身で戦ってる。

 

 ではいったい何か。

 そうして思考しているとき、ふとドッピオは元いた世界にいたときと今の自分とで、一つだけ相違点があることに気が付いた。

 

(……この、左手のルーン……)

 

 ドッピオは、左手の甲に目を落とす。

 そこに刻まれているルーンに何が書かれているのか、ドッピオにはわからない。

 だが、もしかしたら自分はこのルーンから加護を受けているのではないだろうか。

 例えば、『武術が達人並のものになる』だとか、『武器を持ったとき、力が増幅される』だとか。

 そうだと考えると、ドッピオはいくつか納得できることもあった。

 突然自分に力がみなぎったこと。持ったこともない武器を自分の手足のように扱えたこと。

 いろいろと、理屈は通っているのだ。

 

(まだ確証はないけど、これはやっぱり正しいと考えた方がいいのかな)

 

 だとすれば、今のドッピオは都合がよかった。

 戦う術を持たないドッピオにとって、この加護は唯一の自己防衛手段だと言っていい。

 今後また戦うことがあれば、これだけが頼りの綱なのだ。

 これからまたこのルーンについて調べて、仮説を検証しないといけないな……そんなことを考えていると。

「あの……ドッピオさん?」

「ん? どうした『我らが剣』。手が止まってるぞ? それ、まずかったか?」

「あ……いえ、ちょっと考え事をしてたので」

 

 マルトーとシエスタが不安げに顔をのぞきこんできたので、ドッピオはとりあえず腹を満たすことを優先することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、おいしかったぁ……」

 

 食欲を満たし、美味しい食事を満喫したドッピオは満足げに廊下を歩いていた。

 お腹いっぱいになるまで食べたこともこの世界に来て初めてのことだというのに、それがイタリアの一流店顔負けの料理だというのならもう言うことはない。

 ただ、食べるということだけでこんなにも幸福な気分になれるのか。

 そんなことをドッピオは浮かれた気分で考えていた。

 

 そして、ルイズの部屋のすぐ近くにまでドッピオが戻ってきた、そのときだった。

 ドッピオは、その隣の扉の前で、キュルケの使い魔がいるのを見つけた。

 

「ん? フレイム……だっけ? なんでこんなとこにいるんだ?」

 

 ドッピオがフレイムに近寄ってそう訊ねても、フレイムはきゅるきゅると鳴くだけだ。

 まぁ、言葉を話せないのだから、それは当然なのだが。

 フレイムはそのままドッピオの目をじぃっと眺めたままだったが、やがてフレイムはドッピオのズボンを甘く噛むと、それをくいくいと引っ張った。

 

「えっ? あ、ちょっと、ズボン燃えちまうよ、口離せって」

 

 ドッピオがどれだけ言って聞かせても、フレイムはドッピオのズボンを離さなかった。

 引っ張る方向をよく見てみると、どうやらフレイムはキュルケの部屋の中に彼を招きたがっているらしい。

 なぜだろうかと疑問に思ったところで、ドッピオはハッとした。

 使い魔というものは、確か主人の目となり、耳となる能力が与えられるということを、初日にルイズから聞いていたはずだ。

 ということは、フレイムが行っているこの行動について、キュルケはすべて把握しているということになる。

 ドッピオが拒絶の意思を見せても、キュルケがそれを止めないということは……

 

(……もしかして、キュルケがフレイムに命令して、僕に部屋に入らせようとしてるってのか?)

 

 どんな理由で自分を招こうとしているのかはわからないが、そう考えるのが妥当だろう。

 もしかしたら、この前の決闘のことで自分に敵愾心のようなものをもっているという可能性もある。待ち伏せで攻撃されてもやっかいなので、ここは注意すべきだ。

 そこまで考えて、ドッピオはフレイムに導かれるままキュルケの扉の前に立った。

 ノックしようとしたところ、ひとりでに扉が開く。いよいよあやしくなってきたものだ。

 精神状態を戦うときのそれに変えて、ドッピオはキュルケの部屋の中へ入っていった。

 

「扉を閉めてくださる?」

 

 真っ暗な部屋の中。部屋の奥から、キュルケの声が聞こえてきた。

 ドッピオは入口を背にしたまま、扉をゆっくりと閉める。

 廊下からの明かりも消え、まったく何も見えない部屋の中でドッピオの警戒心がマックスにまで上がろうとしていたそのとき。

 パチン、と指を弾くような音が聞こえると、床のロウソクが次々と灯りだす。

 それらはまるで、道をドッピオに示しているかのようで……その道の終着点に、キュルケがいた。

 

 

 ――ベッドの上に、ベビードール一枚というかなり際どい服装で。

 

 

「――へっ?」

「あたしの部屋へようこそドッピオ。歓迎するわ、まずはこちらまでいらして」

 

 艶めかしい声色で、キュルケはドッピオを自分のそばに誘った。

 いったいこれはなんだと一瞬混乱するドッピオだったが、すぐにまた緊張の糸を強く張る。

 彼らギャングの世界で、もっとも用心すべきものの一つとしてあげられるのが、『女』だと、ボスに散々言い聞かせられていたからだ。

 もしかしたら色仕掛けで自分をたぶらかし、よからぬことを企んでいるのかもしれない。

 そう思いながら、慎重な足取りでドッピオは彼女の隣まで近寄った。

 

「ベッドに腰掛けてくださいな」

「僕はここでいいです」

「そう警戒しなくったって何も悪いことはしないわよ。大丈夫だから、ここに座って?」

 

 だがキュルケがそう優しげな口調で言ってもドッピオは彼女の隣に座ろうとはせず、ただ鋭い目つきで、キュルケのことを油断なく観察している。

 その目にはまるで感情はなく、『下手なことをすれば何であろうとぶち殺す』という決意だけが見て取れた。

 

「あぁ……いいわ、その目……それよ、あたしが心を奪われたのは……見ているだけでもゾクゾクしちゃうっていうのに、見られる側になっちゃうと、もう……」

「……はい?」

 

 ドッピオは、思わずそんな声をあげた。

 ……この女、いったい何を言ってやがる? 真正のマゾヒストか?

 罠か? それとマジの告白か? いったいどっちだ?

 ドッピオの頭がそう混乱してしまうのも、無理はなかった。

 

 ――このキュルケという女、今までのドッピオとの会話の中で、一度も嘘のサインを出していないのである。

 

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…………

 

 

「……あなたは、あたしのことをはしたない女だと思うんでしょうね」

 

 まず今、要注意危険人物に加えて変態の容疑もかけられてるんだが。

 そんなドッピオの心境も知らず、ドッピオは冷たい目でキュルケを見下していた。

 それに相反してキュルケはドッピオを熱っぽい視線で見上げていた。

 

 ――あー、ダメだ。こいつ、汗をまったくかかない。マジで俺に惚れてるっていう目だ。

 

「でもね、これは仕方がないの。わかる? 私の二つ名は『微熱』」

 

 するとキュルケはベッドから立ち上がり、ドッピオに近寄ろうとしてきた。

 この場をどうしたらいいものかわからないドッピオは、ますます困惑する。

 女性から、こんなふうに言い寄られるなどという経験は、ドッピオの人生の中でも皆無だったからだ。

 いや、相手はもしかしたらこんなことには手馴れていて、自分を危機的な状況に陥れるために近づいてきているのかもしれない。

 うん。そうだ。きっとそうだ! ――たぶん。

 

「あたしはね。松明のように燃え上がりやすいの。いきなり殿方を自分の部屋に招いて、こんなはしたない恰好をするだなんて……いけないことだとはわかっているわ。でもどうしようもないの」

 

 いや、頼むから自分でどうにかしてくれ。

 最初のときと比べると、ドッピオはどんどんと自分が弱腰になってきているのがわかった。

 ヤバい。どうしよう。こんな状況ならボスはいったいどうする?

 こんなときほど、ボスからの電話が来ないことを恨みがましく思うことはなかった。

 ちくしょう! なんだってこの世界には電話がないんだ! クソッ!!

 

 泣き言を心の中で吐き散らしながら、ドッピオは自分にすり寄ってくるキュルケに戸惑うばかりだった。

 

「でもね、きっとあなたは許してくださると思うわ」

 

 いよいよキュルケはドッピオを捕まえると、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

 その距離なんと50サント! などとどこかのドイツ軍人が自慢げに解説しやがるのをドッピオは聞いた。

 とりあえず、言えることは一つ。これ、半端じゃないほどに破壊力デカいです。うん。

 

「いや、あの……」

「あたし、あなたに恋してるのよ、ドッピオ……全く、恋はいつも突然ね」

 

 何か話そうとドッピオが口を開こうとするも、その前にキュルケが一方的にしゃべるばかり。

 もうマジでどうすればいいのか、ドッピオにはわからなかった。

 とりあえずその胸にある豊満な脂肪を俺に押し付けるのはやめろ。いろいろとやめろ。

 まずい。何か話をして気を逸らしてやらないと、喰われる。

 さっきまでとは全然方向性が違う危機感を、ドッピオは全身で感じていた。

 

「あ、あの~なんで僕なんか? 僕はただの平民で、貴族のあなたと釣り合わない気がするんですが……」

「釣り合わない? そんなの問題なんかじゃあないわ。あたしの国では、きちんとした功績さえあげれば平民が貴族になることだってできるのよ?」

 

 何かしらの話題をふっかけてみたが、ドッピオはすぐにこれが失敗だったと悟る。

 さっき以上に、キュルケの視線が熱をおびることになってしまったからだ。

 

「それにあなたはそこらへんの名ばかりの貴族とは違う……誰かの名誉のために憤怒し、そして『侮辱』した相手には誰だろうと徹底的に制裁を下し、そのためなら命すらかける覚悟を決められる……こんな人、この学院のどこを探したっていないわ」

 

 ドッピオは頭を抱えた。

 まさか自分の行動で、こんな結果も出てしまうことなんていったい誰が予測できるだろうか。

 ここからすぐにでも逃げ出してしまいたいドッピオだったが……彼は、キュルケに思いきり体を引かれて、キュルケに倒れこんでしまう。

 

「えっ――う、うわっ!?」

 

 その先にあったのは、ベッド。

 ドッピオはなんとか腕をつくことでキュルケの上に倒れこむことを回避した。

ズキズキとドッピオの腕が痛むが、すぐにそんなことはどうでもいいと思えた。

……これはこれでディモールト(とても)まずい。

 なんか、今の動きはまるで自分がキュルケを押し倒したように見えなくもないからだ。

 

「さあ、いらしてドッピオ……大丈夫、あなたの好きなようにしてくれれば、それでいいのよ」

「え、あ、その、いや……ぼ、ぼく、は……」

 

 もはや先ほどまでの威圧感もどこへやら。

 今のドッピオは、ただただ何も言えずにもごもごと口を動かすだけしかできない青年に成り下がっていた。

 ボスが見たらどんなに彼を叱責することだろう。

 

「あら? こういうことはもしかして、初めて? だとしたら嬉しいわ、あなたとの最初の相手があたしだなんて……ふふ、可愛らしいわね。ますます燃えちゃうわ」

 

 ――ああ、喰われる。

 もうどうにでもなっちまえと、ドッピオは投げやりになって観念した。

 

 

 そのときだった。

 

「キュルケ……待ち合わせの時間に来ないと思えば……その男は誰だい!?」

 

 不意に窓から、男の声が聞こえてきた。

 いったいなんだとドッピオとキュルケは窓に視線をうつすと、そこにいたのはこの学院の制服を着た、好青年だった。

 たぶん、魔法で空に浮かんでいるんだろうな。そんなどうでもいいことを、ドッピオは考えていた。

 

「ベリッソン! ええと、二時間後に!」

「話が違う!」

 

 うらめしそうに叫ぶベリッソンにもかまわず、キュルケは胸の隙間から杖を取り出すと軽く振った。

 ボンッ! と。ベリッソンのいたところに小さな爆発が発生して、彼は消えた。

 

「…………………………………………………………………」

「まったく無粋なフクロウね。盛り上がってきたっていうのに、やになっちゃうわ」

 

 ドッピオは、さっきとは打って変わって冷めきった目でキュルケを見ていた。

 キュルケはそんな視線を受けても、興奮したように体を震わせるだけだったが。

 

…………………………あぁ、この女、一つのことに夢中になったらすぐに他のことを忘れるタイプかよ。

 

「…………………………僕もう帰っていいです?」

「帰る? どうして? 勘違いをしてもらっちゃ困るけど、あたしが愛しているのはあなた――」

「キュルケ! 誰だその男は! 今夜は僕と過ごすんじゃあなかったのか!」

 

 ドッピオがキュルケに呆れ、キュルケがそれでもドッピオを引き留めようとしていたそのとき。

 窓の外から再び、ベリッソンとは違う声が聞こえてきた。

 そこにいたのは、これまた異性に好かれそうな顔をしたこの学院の生徒だ。

 

「スティックス! ええと、四時間後にまた!」

「話が――」

 

 言葉の途中だというのに、キュルケは無言で杖を振るとスティックスを炎の魔法で吹き飛ばす。

 

「……………………………………………………」

「いやねぇ、このところあたしのところへ寄ってくる野鳥が多くって。さぁダーリン、いよいよ熱い夜の――」

「「「キュルケ! 恋人はいないと言っていたじゃないか! 誰なんだその男は!」」」

 

 今度は、三人でご登場。

 さっきの二人も含めると、五人も今晩相手をするつもりだったのか。

 ドッピオは軽蔑のまなざしでキュルケを睨むが、その彼女は慌てふためいて外の三人に返事をする。

 

「マニカン! エイジャックス! ギムリ! ええと、6時間後にまたね!」

「「「朝だよ!」」」

 

 さすが三人同時にやってきただけあって仲よくハモったものだ。

 もう杖を振るうことすら面倒になってしまったのか、キュルケは、

 

「フレイム~!」

 

 と、自分の使い魔に呼びかけると、フレイムは窓の外に向かって炎のブレスを吐き出した。

 そのまま外にいた三人は、仲良く下まで落下していった。

 この女、鬼である。

 

「さあ、これでもう邪魔者は――」

「僕もう帰りますね」

 

 もはや相手の返事すら聞かず、ドッピオはそのまま扉の方へと歩き出す。

 それを見たキュルケはドッピオの背中に跳びかかり、彼を制止しようとした。

 

「うげっ!!」

 

 未だに全身が痛むというのに、そんなことをされては耐えられず、ドッピオは床に倒れこんでしまう。

 

「ねぇ待って! あたしの話を聞いてちょうだい! 確かにあたしはあなたとの決闘前まであの5人を誘っていたわよ、でももう違うの! あたしが見ているのはあなたのことだけだから!」

「あんなの見て今更信じられますか! そんなことをされたって、僕はもう帰るんですイタタタタタタタタ!!」

「ねぇドッピオ、お願い! あたしの話を聞いてよ! あたしの目を見て! これが嘘をついている目に、あなたは見えるの!?」

 

 見えねーよ。だからこそ信用できないんだけど。

 頭の中で冷静につっこむドッピオだったが、なんとかこの窮地を脱するべくドッピオは扉の前まで這うようにして近づいていく。

 

 このまま他の男がキュルケの部屋にやってきて、自分の姿を目撃でもされればどうなるだろうか。明日にはありとあらゆる男子生徒が自分に襲い掛かってくることになるだろう。

 それだけは避けなければならない!

 初日の早朝、これほどどうでもいいことで理不尽なほどの危険にさらされたことはないと言ったが……すまん、ありゃあ嘘だった。

 軋む全身に鞭打ち、抵抗するキュルケもおさえつけながら、やっと出口が目前となったそのとき。

 

 その扉は、思い切り開け放たれてドッピオの顔面に直撃した。

 

「ぶげェ!?」

 

 今日の夕方に顔と頭の傷が治ったばかりだというのに、これはあまりにも酷い。

 顔をおさえ悶えるドッピオ。

 誰だいったいこんなことをしでかしてくれたのは! と怒り心頭でドッピオはドアの向こうを睨みつけた。

 そこに立っていたのは。

 自分と引けをとらないほどの怒りを宿した目でドッピオとキュルケを睨みつける、ルイズだった。

 助かった。これならルイズがキュルケをどうにかしてくれ、自分はルイズの部屋にまで戻ることができる!

 思ってもいなかった助け舟がやってきたことを手放しで喜ぶドッピオだったが……

 

「隣がやけにうるさいから文句の一つでも言ってやろうと思ったら……なぁ~にしてんのかしら、この犬は」

 

 ……………………………………………………あれ?

 

「さんっざん人のことを待たせておいただけじゃあなくて……まさかキュルケともお楽しみだったなんて、ねぇ……これはいったい、どうしたものかしら」

 

 なんだろうか、この危機感。

 危機は脱したはずじゃあなかったのか?

 というか、今のこの危機感を感じる相手って……もしかしてルイズ?

 

「あ~らルイズじゃない。どうしたっていうのよこんなところまで。そんなに眉をひそめてたら顔のしわが増えちゃうわよ?」

 

 一方のキュルケはルイズを見てもこの余裕である。

 いや、頼むからこの場で相手を挑発するとかそういうのはやめてくれ。

 なんか、あんたに降りかかる不幸すらこっちにまで吹き飛ばされてきそうなんだが。

 

 ルイズはそれでも何も言わず、二人を見てプルプルと震えるだけだった。

 

「……文句言いながらも、いろいろと私のためにがんばって、私の名誉のために戦ってくれて……少しは、良いヤツなんだなーって見直してたっていうのに……」

「え、ちょちょ、ルイ――」

 

 ヤバい。噴火寸前だ。

 どうにかして止めようとするも、ドッピオの主人を呼ぶ声は届かず。

 

「お仕置きが必要みたいね! このさかりのついたバカ犬――――――――――――――――――――ッ!!」

 

 そのままドッピオはとんでもないパワー(ブラックサバスも勝てるかどうかわからない)でルイズに引きずられ、主人の部屋まで強制的に帰還させられる。

 その後彼は、ギャングである自身すら顔を真っ青にさせらえる『お仕置き』を実行され……ルイズの『ヴァリエール家』とキュルケの『ツェルプストー家』の間にある、因縁の話を延々聞かせられた。

 

 




明日投稿されないとわかっていてもッ! 覚悟があるから幸福なんだッ!

いや、ごめんプッチ神父。もし自分の好きな作品が投稿されないとわかっても俺はそんなの幸福にはできんわ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。