とはいえ自分の考えたものなので、あしからずご了承ください。
ではどうぞ。
13話
「うぅ……ひどい目にあった……」
ドッピオは泣きそうな顔になりながら、夜中に一人で寮の外を歩いていた。
彼は主人であるルイズから散々『お仕置き』をされた挙句、今日は外にいろと命令されてしまったのである。
全然自分は悪くないというのに、なんでこんな目にあわなきゃならんのか。
ドッピオは全く『納得』できなかった。
「ちくしょお……春とはいえ寒いなぁ……ここで一晩過ごすのかよ」
任務のときに、仕方なく野宿をしなければならないという場合もあったことにはあった。
しかしそれでも事前に準備をしていたものであったから、何もなしにこんな場所で寝るなどということはなかったのだ。
せめて藁でもあるなら幾分か楽なのだが、そう簡単に見つかるはずもない。
そんなもので当然眠れるはずもなく。ドッピオは寮の外で散歩をすることになった。
「なんとかあいつを説得できないものかなぁ……いや、どれだけこっちが言ってもあいつ話を聞かなかったもんなぁ……もうこんな時間なら寝てるかもしれないし、無理か」
ハァ~と、嘆息するドッピオ。
ちなみにキュルケの部屋で世話になるということも一瞬考えたが、即座に却下した。
今度こそ逃げることもできずに『喰われる』し、それをルイズが知ったらもう言い逃れできない。こんなものよりももっとひどい罰を受けることとなるのは必至だ。
シエスタやマルトーならばどうにかしてくれるかもしれないが、あいにく彼らの寝床や部屋までは把握していない。
他に頼れる人がいるわけでもなし。
どうしたものかと思いながら、ドッピオは行く当てもなく歩き回る。
「……あぁ、こんなときにボスがいてくれたらなぁ……」
ドッピオは、イタリアで自分のことを何度も助けてくれたボスのことを思い出していた。
ドッピオは、彼の顔も知らない。いつも彼は電話からボスの指令を受けては、それに疑問を抱くこともなく遂行してきた。
どうしてそんなことをしてきたかといえば、一言でいうならば彼には『恩』があるからだ。
彼の出身は、イタリアのサルディニア島だ。
そこで彼は神父の養子となって生活をしていたのだが、そのときの彼はドン臭くて臆病で、周囲の子供たちからもいじめられていた。
そこにいた大人たちも、自分を見ては『バカ』だの『のろま』だのと罵倒してきて、自分のことを心配してくれる人などいない。
自分の言いたいことを言えず、ただ彼は周囲に流されるだけで、いつも都合のいいように利用をされてばかり。
父にもそのようなことを相談できず、一人で問題を抱えていたドッピオは、日に日にストレスを蓄積させていった。
そんなある日のことだった。
彼はいつものように街のいじめっ子から執拗にいびられていたとき、ふと意識が途切れたのだ。
彼が目を覚ましたころには、彼をいじめていた子供たちはボロ雑巾のようにボコボコになり果て、もはや虫の息だった。
いったい何が起こったのか、ドッピオには全くわからない。自分の服装を見てみればそこには大量の返り血がついていたものだから、危うくドッピオは失禁しかけた。
そんな状況でも、ドッピオはなんとなくだがわかることが一つあった。
誰かが、こんな弱虫の自分を助けてくれたのだと。
名も顔も知らぬその人間に、ドッピオは心から感謝した。
それからというもの、彼の人生は変わっていった。
自分をいじめていた子供たちは仲良くしてくれ、以前ならば自分に暴言を吐いてきた大人も『いい子だね』とか『元気でなによりだ』とか、愛想よくしゃべりかけてくれるようになった。
それもすべてドッピオは、名も知らぬ誰かが自分を助けてくれたのだと直感した。
やがて彼は、心の底からその人物に感謝するとともに、会ってお礼がしたいと思うようになる。
だがそんなものはすべてドッピオの推測でしかなく、誰かにそのことを訊ねても『そんな人はいない』と首を横に振ってばかりだ。
何時までたっても、彼は会いたいその人物と遭遇することはできない。それでも彼は、どこかにその人がいると信じて、探し続けていた。
もしかしたら外国へとその人が渡ったかもしれないから、船乗りになりたいと父に話したこともある。
そのときの父は、『夢をもってくれるようになったか』と、喜びで目を輝かせていて……ドッピオも、自分の夢を歓喜してくれた父に感謝した。
そうして彼が、その人物を捜索し続けていたある日のこと。
彼の故郷の村は……謎の焼失を遂げることとなった。
彼は奇跡的にその場から逃げることができ、生き残ることができたのだが……父と友人たちは、すべて死んでしまった。
いったい誰がやったのかは、未だにわかっていない。
どうして、そんなことになってしまったかも、現在に至るまでそれは謎のままだ。
だが、理由や過程がわからずとも、『結果』だけはあった。
彼が家族と友をすべて失ったという、『結果』だけは。
「……………………………………………………」
そうして、ドッピオは路頭をさまようことになった。
まだ子供だったドッピオは、まともな職にありつくことすらできず、その日暮らしの生活ばかりを繰り返す。
食事が一回でもできるなら、まだいい。大抵は金を稼いでも、すべてスリや置き引きに奪われてしまうのだから。
宿なんて滅多に取れたものじゃあない。寝るときはいつも裏通りで、身ぐるみをはがされないように気をつけなければならない。
……空腹のあまり、ゴキブリを食べたことだってあった。
味も食感も、最悪。細菌もついているから、食べたら必ず腹を壊す。死にかけたこともある。
それでも、空腹には勝てなかった。
そうして数か月が経過した日には……彼は、心が荒みきっていた。
あのときの自分は、もう人間ですらなかったとドッピオは思う。
信じたすべてに裏切られ。奪われ。そして道に放り出される。
謂れのない暴力も受け、強盗にはなけなしの金を出すよう要求され。
世界の何もかもが、灰色に見えた。
このまま自分は、誰にも知られないままのたれ死ぬのか……
身も心もボロボロになって、裏路地で倒れこみ……そんなことを、他人事のようにドッピオが考えていた、そのときだった。
どこからか、電話が鳴ったのだ。
周囲を見渡してみても、まず人そのものがいない。電話なんて、あるはずがなかった。
いったいなんだろうかと、ドッピオが不思議に思ったとき。彼は電話を見つけた。
ゴキブリのような形をしていたが、確かにそれは電話だった。
手に取って、それに出るドッピオ。
それが、ボスとの出会いだった。
電話で、ボスはドッピオのことを気にかけてくれた。
怪我はひどくないか? 腹は減っていないか?
きちんとした生活ができているか? と。何度もドッピオのことを心配して聞いてきた。
まともな生活ができていなくとも、とりあえず生きているということを知ると、ボスはほっとしたように息を吐くのが聞こえた。
それから、ボスはドッピオにいろいろと話した。
いつもサルディニア島で、ドッピオのことを見守ってくれていたこと。
街の子供たちがあまりにひどいいじめをするものだから、自分が制裁をしてやったこと。
大人たちにも、これ以上ドッピオを罵倒するならば容赦しないと脅したこと。
そして……ドッピオの故郷が焼失したと聞いて、ずっと彼のことを探し続けていたということも。
ドッピオは、なんて奇妙な運命をたどることになったんだろうと思った。
こんなにも死にそうなときに、会いたいと思っていた人物と話ができるだなんて。
そしてその彼も、ずっと自分のことを探してくれていただなんて。
神様がいるというのならば、彼は感謝したかった。
だが、ドッピオはすぐにまた、ボスに感謝することになる。
空腹だったドッピオに、ボスはあるレストランへと足を運ぶように言ってきた。
そこは、彼なんかのような金も品格もない人物では到底入れないような高級店だった。
言われるがままにそこを訪ねてみたが、どう考えても自分はそこでは場違いだ。
入っていいものかと迷っていると、ドッピオはそこにいた黒服の男性に声をかけられる。
――ヴィネガー・ドッピオ様ですね。ボスから、あなたが来られるということを聞いております。どうぞこちらへ――
そして男に招かれえるまま、彼はレストランへと入った。
レストランの個室で。彼は、最初にピッツァと店員から差し出される。
恐る恐るドッピオは手を伸ばしてそれを手に取り……食べた。
何度も咀嚼し、味わって食べるドッピオ。そのうち手は止まらなくなり、あれよあれよと次々に口の中へとピッツァを運び、腹を満たした。
食べている最中……ドッピオはあまりに料理がうまくて……泣いた。
涙が止まらず、それでも身体は正直で、泣きながらドッピオは料理を頬張る。
だが、彼を咎める者は誰もいない。ただ彼の食べる様を、黙って見続けるだけだ。
彼のすべてが、感謝と歓喜で満たされた。
そのときの彼には、サルディニア島にいたときのように……世界が色づいて見えた。
それから、ドッピオはボスの側近として仕えることになる。
幼い頃から自分を助けてくれたボスの恩に、自分は報いたい。
最初はそんな思いで動いていたが、次第に彼の心の中には、ボスに対する崇拝に近い感情が芽生えることとなる。
ボスの言葉は絶対。ボスの命令こそが、神からの啓示。
聖書の言葉よりも、ボスの言葉を信じる。
『尊敬』こそが最高の美徳、『侮辱』こそが根絶やしにすべき最悪だという教えも、その一つだ。
「…………なつかしいな」
ふとドッピオは自分を振り返ると、自然に笑みがこぼれた。
現実に意識を戻してみると、どうやら寮から離れたところまで自分は来てしまっていたらしい。
学院の……何かの塔らしき場所にまで、ドッピオはやってきていた。
夜が深く、明かりは空の二つの月以外になにもない。
見るからに立派で頑丈そうな建物だ。もしかしたら学院にとって重要な何かを保管する場所かもしれない。
そう考えて、ドッピオは来た道を戻ろうと踵を返した。
そのとき。
塔の付近で、巨大な土の塊が出現した。
「――へっ?」
ドッピオは間抜けな声を出すと、ポカンと口を開けたまま呆然としていた。
土の塊はドンドンと形を成していき、やがて人のような姿をするようになった。
といっても、デカさは30メイルほどのビッグサイズだが。
人間の姿になったと思うと、その土の塊は塔に殴り掛かったのだ。
ビリビリと地面が振動で揺れるが、奇妙なことに音はまったくしない。魔法ですべての音が消えているのだ。
「な、なんだ!? いったいなんだっつーんだこれ!?」
慌てふためくドッピオだったが、すぐに落ち着きを取り戻すとその土の塊を観察する。
サイズとパワーこそ段違いだが、どうやらギーシュのワルキューレと同じ、土のゴーレムらしい。
ということなら、誰かがこのゴーレムを操っているはずだ。
そう考えたドッピオは、さっそく周囲やゴーレムを観察して、術者を探すことにする。
そうしてあちこちに目をやっていたとき、ドッピオはゴーレムの肩の上に人影を見つける。
(あれが術者か!)
だが、見つけたはいいが、今のドッピオには何もない。
おそらく近寄ったところで踏み潰されるのがおちだし、投擲や射撃をしようにも投げられるものも銃もありはしない。
攻撃する手段が、見つからない。
「ちょっと! これなんなのよ!?」
すると、背後から突然声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのはドッピオの主人であるルイズと、キュルケだった。
「ドッピオ、一体何が起こってるの!?」
「わからない! 突然ここに出現したかと思ったら、塔を攻撃し始めたんだ!」
ドッピオの説明を聞いて、ルイズとキュルケは塔とゴーレムを見た。
「大きいわね……間違いなくトライアングルクラスのゴーレムだわ。そしてあれは確か、学院のマジックアイテムが納められた宝物庫だったはず」
「トライアングルクラスの土メイジに、宝物庫? じゃあ、もしかしてあれは――」
「ええ。十中八九、土くれのフーケよ!」
ルイズとキュルケの間で会話が行われるが、ドッピオはその内容についていくことができない。
「おい、なんなんだ? 土くれのフーケって」
「ここ最近、トリステインで出没している盗賊のメイジよ! どんな場所からも宝物やマジックアイテムを奪い去る、凄腕のメイジ!」
ドッピオは、ここまで聞いて現状を理解できた。
あの塔には、どうやら学院にある宝物やら何やらを集めた場所があるようだ。
そしてこのトリステインに出没するフーケという怪盗は、それを奪い去りに来た。
今は、その塔を壊すためにゴーレムで攻撃しているのだ。
「ねえ、どうにかしてあれを止めることはできないの!?」
叫ぶルイズだが、その言葉を聞いてもキュルケは首を横に振るばかりだった。
「ダメね。あんなにも強力な魔法なら、あたしの魔法でもどうしようもないわ。ここは教員の人たちがこっちに来るまで待つしかないわよ」
ダメか、とドッピオはひそかに落胆する。
彼女らの魔法でも無理だというのならば、今のところ自分たちにできることは何もない。
できることといえば、教員たちがこちらへ来れるように呼びかけるくらいしかないだろう。
だがルイズはそれでも『納得』できず、杖を取り出した。
「そんなの待ってられないわ! このままじゃ、宝物庫が破られちゃうわよ!」
そのままルイズはゴーレムまで近寄り、呪文を詠唱し始める。
「ルイズ!」
ドッピオはそれを制止させようとするが、それよりも早くルイズは魔法を発動させる。
案の定魔法は失敗し、爆発が起こる。その爆発はゴーレムが殴っていた塔の壁付近で発生した。
そのとたん、塔の壁は崩れてしまった。
崩れた壁へと、ゴーレムの肩に乗っていた人影は近寄り、そのまま宝物庫へと入る。
「そんな!?」
驚愕するルイズとキュルケ。
ルイズは杖をゴーレムへ向けたまま、そこにたたずんでしまう。
ドッピオはそんな彼女をどうにかこちらへ戻そうと、彼女の元へと近寄り、
「とおるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるん」
電話が、鳴り響いた。
このドッピオの過去は、『ねつ造された記憶』なのか?
それとも『本当にあった出来事』なのか?
どちらかなんて今ではわからない。だが、どちらにしてもドッピオがディアボロに忠誠を誓ったという『結果』があることに変わりはない。
ドッピオを救ったのは、あの『ディアボロ』だッ! 以前変わりなくッ!