今回で、ギーシュとフーケのスタンドも明かしたいと思います。
どうぞ。
どうしてこんな想いを、自分は抱いているのだろう。いつから、こんな風になったのだろう。
あの決闘の後、出会ってからだろうか?
フーケの討伐に、彼が身を乗り出してからだろうか?
舞踏会で、いつもの学生服とは違う、凛々しい姿の彼を見て、思わずときめいてからだろうか?
あいつの、何気ない言葉に、惑わされてからだろうか?
以前の自分もこうだったのかと言われると、それは違うと確信をもって言える。
あいつと付き合っていた時――その時は、単に酔っていただけなんだと、思えた。ちょうど、慣れない酒を飲んで、クラクラとしてしまっていただけというような……ときめいていたのかもしれないけれど、それは長続きしない、一時のものだったと思う。おままごとのような、幼稚な感情であったとすら断じられる。
最初は、あいつの容姿から。ああやって振りかざして、かっこつけてはいるけれど、なんだかんだ言って(中身を知らなければ)似合う素振りをしていたように、私には見えていたのだ。その姿に、私はどちらかと言うと肯定的だった。
そして、私を褒めてくれるその囁き。自分を肯定してくれるその言葉、賛美してくれる口ぶりに、幼い私は容易く心を動かされていたのも事実。それを積み重ねただけで、あまり恋愛というものに経験がなかった私はあっさりとあいつに心を開いたものだ。この人は私を見て、私を大切にしてくれているのだと。簡単に、あいつを信じた。
振り返ってみると、自分は随分と簡単な女だったと思える。そんなのだから、あいつに恋することに夢中になって、盲目になってしまったのだ。彼が二股をかけて下級生に手を出していることも見抜けず、あんな惨めな思いを抱くことになったのも、ある意味私自身にも非がある。
だからといって、あいつに腹が立たないのかと言われればそうでもないけれど。
あいつがケティとかいう一年生と二股していることを知って、滅茶苦茶に気分が悪くなって。幼稚ながらも、結構真面目に恋していたつもりだった自分は、自分の部屋でいろんな物にあたって、その後は大泣きして。何もする気が起きなかった。
そうしていると、あのバカが、あのルイズの使い魔に決闘を挑んだ……という話が廊下から聞こえてきた。外は、面白そうだからと興味本位で観に行こうとしてる人で騒々しく、バタバタと走る音や話し声が響いてきていた。
自分が恥をかかされたと、八つ当たりで平民を虐めることにしたのだろう。その話を聞いて、あいつの矮小さを目の当たりにした気がした。
女子に対しては花だのなんだのと、それっぽいことを言っておきながら。結局は自分の安っぽいプライドが傷つけば、子供みたいに暴れる、そんなヤツなのだと。そう考えると、なんだか自分がこうして泣いているのが馬鹿らしくなって、気分が多少楽になった。
それからも、私は膝を抱えて部屋の隅っこで座り込んでいた。この後何かがあるわけでもないし、何をしたいわけでもない。小遣い稼ぎのためにしている香水作りもやる気が起きなくて、ただぼうっとしているだけの、非生産的な時間。
そんな時。
――聞いた? ギーシュったら、あのゼロの使い魔に負けたらしいわよ――
思わず、耳を疑った。
まさかと、思わずにはいられなかった。
いくら性格があんな奴とはいえ、彼は紛れもない貴族。魔法を使役する、選ばれた人間の一員であり……それが、平民の、しかもゼロの使い魔に負けた?
あり得ない。そんなわけがない。そう思いながらも、扉の向こうから聞こえてくる話し声は、ギーシュが平民に負けたという話ばかり。
貴族が情けない。二股をかけたことをバラされて、しかも八つ当たり気味に決闘を申し込んだ挙句、その平民にやられるなんて。恥さらしもいいところだと。彼を酷評する言葉だけが耳に飛び込んできて、それを事実だと受け入れざるを得なかった。
先ほどとは違う意味で呆然としていたところで。不意に、ある言葉を私の耳が捉えた。
――滅茶苦茶に殴られたらしいわよ。あのままだったら、下手したら死んでたかもしれないくらい――
私は、気が付いたら部屋の外に出ていた。
私の足が動くその先には、あいつがいる。自分でも、なんでこの時こんな行動をしたのかは……ハッキリしない。
初恋の相手だったから、やっぱり未練でもあったのだろうか。それとも怪我したあいつの無様な顔でも見に行こうと思ったのだろうか。いや、そんな明確な思いはなく、ぼんやりとしたままの気持ちで、あいつのところへ向かっていたような気がする。振り返れば、なぜ自分はあんなことをしたんだろうって戸惑うばかりだけれど……その時は、そうするべきだって感じていたことだけは、覚えてる。
そうして、あいつのいる病室に近づいていくと。どこからか、泣き声が聞こえてきた。悔しさから思わず漏れてしまうような、くぐもった慟哭。その声は、私が歩を進めるたび、大きくなっていく。
やがて扉の目の前にたどり着いた時。こっそりと、私は部屋の中を覗いてみた。
そこにあったのは。誰もいない病室で、恥も外聞もなく涙を流す、あいつの姿。貴族として、名誉を失った彼は、誰からも労いの言葉も、激励の言葉も、慰めの言葉も受けることなく。一人ぼっちで、泣いていた。
ズキリ、と。不意に、私の胸は痛みを訴えた。
私に恥をかかせた男が、情けなく号泣している様は。私に喜びを与えてくれるでもなく。私の心を、スッとさせてくれるわけでもなく。
自分でもよくわからない、鈍い痛みをもたらした。
そこから、なんというか、私とあいつの奇妙な関係が始まった。
私に恥をかかせた、あの男と。恋人から友人に降格した、そんなところから私たちはリスタートすることになる。
それからの彼は、まるで人が変わったかのようだった。
誰彼構わず、臭い口説き文句を言いふらすことはなくなり、授業にも真剣に取り組むようになった。あの決闘から反省でもしたのだろうかはわからないが……どうせ三日坊主になるだろうと思っていたのだけれど、それは予想以上に長く、そして自分が思っていたよりも遥かに『深く』行われていた。
授業が終わってからも、自分の得意なゴーレムの魔法や、その他の魔法……土系統だけでなく、火や水、風の系統についても学び始め、貪欲なまでにいろんなことに挑み始めた。学友にも話を聞き、時には頭を下げてまで教えを乞い、打ち込んでいた。
そんなにまで、あのゼロの使い魔に負けたことが悔しかったのだろうか。そう思ってはいたものの、その目には雪辱を晴らすとか、そういう暗い熱意はなく……気高さを感じるような、そんな『熱さ』があった。
わからなかった。理解できなかった。
どうしてそんなにひたむきになるのか、何を思ってそんなことをしているのか。あまりにも昔の彼とは違いすぎて、納得が出来なかった。
思わず、私は問いかけた。何がそこまであんたを駆り立てるんだと。
投げかけられた問いかけに、あいつはうぅん、と唸って。照れくさそうに頬をかきながら、応えた。
――なんだろうね。うまく言えないけれど……僕も気高くありたいと思ったから、かな――
……僕『も』、とは、どういうことだろうか。
誰かに気高さを感じたのだろうか。あいつをそこまで突き動かす、何かがあったのだろうか。
結局、私が納得できる返答は得られず、時間だけが過ぎていく。
その間にも、彼は突き進んでいた。ひたむきに、前のめりに。その目に、見たこともないような情熱の炎を宿して。
フーケとの一戦の後は、それがさらに大きくなって。前よりももっと、彼は『何か』を求めて、杖を振るう。
自分の得意なものから、苦手なものまで、その理論と実践とを何度も反復し、納得できる結果に到達するまで。できなかった時の顔はすごく悔しそうに歯噛みして。全身が泥だらけになるまで繰り返して、ようやくできるようになった時の彼は……本当に嬉しそうだった。
…………ああ、そうか。
この時だ。きっと、この時なんだ。
最初に見た、その時の、何よりも喜びを噛みしめたような、その顔を。
貴族なのに、華々しく振る舞うことなく。自分が追い求めるもののために、なりふり構わずに進むその様を。
前よりずっと大人びたように佇んで。それでいて、嬉しい時にはそれを隠さず子供のようにはしゃいで表現する、それを。
それらを見た私は、ときめいた。あいつに愛を囁かれた時よりもずっと大きくて。ずっと深い、充実した何かが、胸をよぎった。
そして……こう思ったんだ。
……なんてロマンチックなの、と。
*
「…………うぅ…………なんか、緊張してきた…………」
ドッピオ達の寮で、騒動が起こっていた一方の、男子寮。
今日は虚無の曜日であるということから、皆が思い思いに休日を過ごす準備をしていた。街に出かけ、遊んだりお洒落のための服を買う者、書籍を購入する者、己の使い魔と戯れる者、あるいは睡魔に身を委ねて惰眠を貪る者……貴族の卵とはいえ、彼らもまだまだ大人と呼ぶには幼い身。様々なことに興味を抱き、遊び回りたい年頃だ。
浮ついた気持ちの男子たちで廊下が賑わう中……たった一人で、しかも少女が歩いている光景は、かなり目立つものだった。
その特徴的な金髪の縦ロールに、大きな赤いリボンをつけたその少女の名は、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。ルイズやキュルケ達と同じ、トリステイン魔法学院の二年生である。
他の男子たちからの視線を集めてしまうのも、モンモランシーがあがってしまう要因の一つだった。それもそうだ、休日の朝に、男子寮に足を運ぶ女子生徒というのはかなり目立つ。仕方のない話だろう。
それに今日の彼女は、今までと違って――なんというのか、安易な表現になってしまうのだが――ものすごく、可愛いのである。まだここは学び舎であるから服装こそ学生服のままだが、その髪や化粧、細かなところを見てみると、気合の入りようが違うことが見て取れる。
それに、表情がいつもと違い――〝女〟の顔をしているのである。
上気して赤みがかったその顔と、何かを期待し、そして同時に不安に揺れているようなその表情。せわしなく自分の身の回りを気にしているその様子。
そんな姿を見ていれば……そして、彼女がここにきているという、その事実から、男子生徒たちは何となく察していた。
――さて。そんな彼女がなぜここにいるのかというと、彼らの予想通り、ギーシュの部屋を訪れるためであったりする。街に一緒に出掛けないかと声をかけるつもりで、朝早くからこうしてやってきたのであった。
特にどこに行こうとか、約束事をしていたわけではないし、彼女自身もどこかに行きたいわけではない。ただ、『ギーシュと』どこかに行きたいというその気持ちだけで、モンモランシーはここまで来ていた。
のだが。
(……あぁ、やばい。なんだか顔が熱い。それに……すごく、クラクラする)
一歩一歩、部屋に向かって足を進める度、自分の中で何かが膨らんでいく。
自室を出る前に、何度も今日の見たしなみを整えて。化粧や髪がおかしくなっていないか見直して。
自分でもおかしいと感じているのに、そのおかしさを受け入れている自分がいる。
苦しいのに。これでいいと思える自分がいる。
沈むような、それでいて浮いているような。矛盾した感情が自分の中で渦巻いて、嵐の中の大海原のように波打っている。
何かを恐れている。それでも、何かを求めて突き動かされる。幸福と不幸の狭間にある、細い手綱の上を歩いているような……形容するならば、そんな感覚だった。
全く理解できない……いや、理解というものを超えた『衝動』に、今の彼女は支配されていた。
そして。彼女は、辿り着く。
(……う、わぁ……すごく、喉が渇いて……お、お腹もなんか……キリキリする)
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と。早鐘を打つように、胸の奥が強く鼓動する。
周りが全く見えていなかった彼女だが……そこにはもう、誰一人、生徒たちはいなかった。
いや、いたとしても、彼女を見ればそそくさと退散するのだ。全員が、彼女を見ただけで理解し。そして、邪魔をせぬように去る。
ある種の優しさに見守られて、モンモランシーはギーシュの扉の前に立っていた。
(な、なんて声をかけようとしてたんだっけ……あ、あれ? 私、どうやって誘うかとか、考えてたっけ……ヤバい、どうしよ、何も思いつかない。街に出かけましょうとか、そんなのでいいのかな……馬鹿らしいわよ、なんでこんなことで悩んでるの。いつも通りでいいじゃない……)
思考に意識をもっていかれて、ドアノブに手を伸ばすこともできずにいるモンモランシー。
どうしてこんなにも、難しいことのように思えてしまうのか。今までなら、気軽に声をかけることが出来ていたのに。なぜこんなにも、今日は出来そうにないと考えてしまうのか。
いつも通り。そう、いつも通りでいいのだ。簡単なことじゃあないか、そんなにひどく緊張することなんてないじゃあないか。
……なのに。
(……いつも通りって……どんな、だったっけ)
なのに。どうして。
何がこんなにも、自分の手を、足を、留めるのだろう。口を、重く閉ざしてしまうのだろう。
自分が、自分でなくなってしまったような感覚。でも不思議と、それに違和感も、恐怖もない。そうであって当たり前だと、妙に納得した気持ちでいる。
彼女が、自分の想いのその支離滅裂さに気づくことはなかった。その余裕は、今の彼女にはなかった。
ゆっくりと、ドアノブに手を伸ばす。不思議なことに、ドアノブに手を伸ばそうとする本能の根源たる想いと。それを制止しようとする理性の根本たる感情は、全く同じものだった。しかし本能が理性を凌駕し、徐々に手とドアノブの距離は縮まっていく。
(ああ……どうしよう……なんて……言葉をかけたら……私……ギーシュ……)
やがてその距離がゼロになって。その掌が、金属質な構造物を握った――――。
『ダメだ、モンモランシーッ!!』
突然の叫び声を聞いて。モンモランシーはハッとして、ドアノブから手を離してしまう。
唐突な大声に驚愕し、目を見開く彼女だったが……ふと、どこか聞き覚えのあるその声に、違和感を覚えた。
聞こえてきた方向。それは間違いなく、彼女が開けようとしたドアの、
「……ギー、シュ……? その声、ギーシュなの?」
それは、彼女のよく知るギーシュの声に似ていた。だが先ほど聞こえてきたその声は、彼のモノとは似つかぬ、ひび割れたような、低く唸るような響きがあった。
知人が聞いたならば、初めはきっと誰のものか理解できなかっただろう。ギーシュの声と指摘されれば、それに似ているかもしれないと思える……そんな程度しか、類似点はない。
だが、モンモランシーには、ハッキリとわかった。これが、ギーシュの声だと、直感した。
そして。奇妙だと思った。
(…………私、ノックしたっけ? 声、かけたっけ?)
自分の記憶が正しければ――いろいろと曖昧なものではあるのだが――彼女は、ノックも何もしていないはずだ。声も出せず、勇気を振り絞ってようやく扉を開けようとしていたはずだ。
思い返してみると、礼を失した行為であったと軽く後悔してしまうことなのだが……この時は後悔よりも、疑念の方が強く感じた。
なぜギーシュは、ノックもなにもしていないのに、
なぜギーシュは。
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ドド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『モンモランシー……今すぐ、引き返してくれ……何も言わず、ここを去ってくれ……』
再び、獣の唸り声のような言葉が響く。
その声を聞いたモンモランシーは、戸惑うしかなかった。その声は今まで聞いたことがないほど弱々しく、何かに追い詰められているような響きがあったから。
「な、なんでよギーシュ……急にどうしたの? なんで……その声、どうしたの? 風邪でもひいちゃったの?」
『……あぁ。なんだか、とってもタチの悪い風邪みたいなんだ……君に移ったら、悪いだろ?』
嘘だ。理屈ではなく、モンモランシーは、そう感じた。
ただの風邪なんかじゃあない。そんなのだったら、ここまで彼は何かに怯えたような声を、出すわけがない。
普段通りの彼ならば、きっと看病してほしいと自分に甘えてくるはずだ。
何より。こんな風に、強く自分を拒絶するはずがない。
『……頼む、モンモランシー……本当に、悪い風邪なんだ……お願いだから……ここから、離れてくれ』
嘘をついてまで。ギーシュはなぜ、自分を遠ざけようとするのか。
何がそこまで彼を追い詰めているのか。なぜ、彼はそれを自分に教えてくれようとしないのか。
それが悲しくて、そして無性に腹立たしかった。
考えるよりも早く、モンモランシーはドアノブを握り。それを思い切りひねって、戸を開けようとした。
ガッ!! と。彼女の行動は鍵によって阻まれる。苛立ちながら懐から杖を取り出し、素早く『アンロック』の呪文を唱えるモンモランシー。
『ダメだ!!!!』
必死に止めようとするギーシュの声も空しく。彼女は鍵を開けて、勢いよく扉を開け放つ。
一発殴ってやる、という確固たる意思を以て踏み込んだ、ギーシュの部屋。
そこに足を踏み入れた彼女は――目を疑うような光景を、目撃することとなった。
「……え?」
何度か訪れたことのある、ギーシュの部屋。以前からキザったらしく振りかざしていた薔薇が机の上に活けられている以外に、このところの修練や勉学のために手に入れた書籍、文献、彼の手書きのメモらしきものが散見している。何かの魔法の練習をしていたのか、普通の生活を送っていたのならばつきそうもない凹みや傷が、家具や壁のあちこちについている。
そんな部屋の真ん中で。毛布に包まる、一つの『生き物』がいた。
それは、男子生徒を覆い隠すには十分な大きさがあるはずの毛布でも隠れきれない、巨躯を誇っていた。姿かたちは、人間のような四肢を持っているのに。その腰部からは巨大な尻尾らしきものが伸びていて、手足には肉食獣のそれのような、鋭い爪が生えていた。
奇怪なのは、それは人間の衣服――寝間着らしきものを着ていたことだった。獣のような外観なのに、人間の服を着ていて……しかし大きさがまるで合っていないその有様は、不気味さを醸し出している。ところどころで露出しているその肌は、爬虫類を彷彿とさせるような鱗で覆われており、明らかに人間とは違う生物であることが見て取れた。
まるでそれは……ドラゴンと人間が合体してしまったような、歪な容姿をしていた。
『う……ぅ、ぅ…………っ』
〝それ〟は、必死に毛布で頭部を隠していた。
絶対に、そこを見られないように。その中身を、モンモランシーの視線から隠すように。
キラリと、光を反射する何かが、〝それ〟の顔から見えた。流れているのが涙であると理解するのに、時間はかからなかった。
泣き声を漏らす〝それ〟は、恐れていた。彼女にその顔を見られることを……何よりも恐れていた。
〝それ〟を見たモンモランシーは、驚愕で目を大きく見開く。
見たこともない生き物を目前にして、それは当然の反応であると言えるが……しかし彼女が抱いた感情は、未知の生物に遭遇した驚きではなかった。
自然と。モンモランシーの口が動く。
「……ギーシュ?」
恐る恐る、モンモランシーは、〝それ〟に向かって問いかける。
その言葉を受けた〝それ〟は、大きく身体を震わせた。返答はなかったが、その反応を彼女は肯定と受け取った。
「……ギーシュ……なの……?」
彼女が抱いたのは。この竜と人とが入り交じった、醜悪な獣を目撃した吃驚ではなく。
獣でありながら、人のような成りをしたその姿への嫌悪感でも、恐怖でもなく。
その獣の正体への……疑念だった。
そして。その一言が、決定的だったのだろう。
観念したように、その獣の手から力が抜け……するりと、毛布が頭部から外れる。
ひび割れ、鱗で覆われたその頬。耳まで裂け、鋭い牙が並び立つその口。血走り、縦に瞳孔が伸びた眼。
そして――金色に輝く、その髪。
『うっ……ぐ、う、う゛ぅ……っ』
それが、何よりの証拠だった。それが、何よりの証だった。
間違えるはずもない。見間違うはずがない。
モンモランシーのよく知る、やや癖のついた、輝く髪。
「……ギー……シュ……」
見たこともないような獣へと変貌し、涙を流す想い人の姿を見て。モンモランシーは、戸惑いを隠すことができなかった。
*
夢を見ていた。
一日も、一瞬たりとも忘れたことがない。忘れられない、昔のことを。
――忌み子じゃ、忌み子じゃ――
――王族でありながら、あの恐ろしい一族とまぐわった――
――忌々しいエルフの子。なんて気味の悪い――
エルフと、人間の子供。
それだけで、奴らは忌諱の眼差しをあの娘に向けた。偏見と、差別の視線。まだ幼い子供に向けて容赦なく放たれた、おぞましい侮蔑の呪詛。
異種族と、愛を育んだ。それだけで、奴らはあの娘の全てを否定した。
父親を、母親を、その命の価値を。何もかもに負の烙印を押し付け、権利を奪うことを当然と宣う。
その理不尽から守ろうとした人でさえ、奴らは躊躇せずに排除した。無慈悲に、呆気なく。その者の命と、家族を切り捨てた。
一方的で、短絡的な、救いようのないその思考。それに何も違和感を感じることなく、己の行いを正義だと断言する愚かさ。何もかもが、彼女の憎悪を膨らませていく。
――ぐあうるるるるるるるるるるるるるるるる。じゅしゅるるるるるるるるる――
ふざけるな。
何が当然だ。何が報いだ。
お前らに何が分かる。何を以てそうだと決めつける。
お前らは神にでもなったつもりか? 自分たちが受け入れられない全てが、悪だと言い張るつもりなのか。
――うじゅるるるるるるるるるるるるるるるる――
ふざけるな。
ふざけるな。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!!
そんなものが、正しくあるものか。そんなもの、正義であるものか!!
認めるものか。首を縦になど振るものか。従うものか。
否定してやる。壊してやる。潰してやる。砕いてやる。
何もかも…………殺してやる!!
――うばぁしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!――
自分でもわかるほどに、その負の感情は肥大化していき……荒れ狂う嵐となって、夢の世界へと反映される。どす黒くドロドロとした塊が渦を巻き、何もかもを巻き込んで、憎い貴族たちを次々に飲み込んでいった。何もかもが朽ち果て、いなくなったその果てに。流れ落ちた黒い塊は、生きているかのようにお互いに収束し合い……一つの
体の一部分を除いて描かれた、紫と白のひし形の模様。首や両手足等の付け根にはツギハギが施され、その頭部には甲冑のようなものが装着されている。その瞳孔は大きく見開かれ、獲物を追い求めるように、せわしなく動いている。
大量の涎を垂らすその口も相まって、様相は見るものに恐怖と不快感を与えるものだった。形容するならば、まさしくそれは――化け物だった。
ギョロリ、とその双眼が動き、私を捉えた。
ゆっくりと立ち上がるそれは、私に向かって歩み寄り……目の前で、止まる。お互いを向き合って、私と化け物はそこに立ち尽くしていた。
驚くほど静かな気持ちで、私はその化け物を見つめていた。
何もかもを殺し尽くす凶暴さと。嵐のような荒々しさを感じているのに。それ以上に私が感じたのは……〝虚しさ〟だった。
怒り狂っているようなその表情。血走ったその目に、光はない。中身のない、空っぽの抜け殻のような……悲しさが、そこにあった。
心が、理解した。
これは、『私』だと。
あらゆる理不尽に憤怒し、全てを薙ぎ払いたいと願う私の黒い願望と。
その理不尽がまかり通る、世界への嘆きが混ぜ合わさった。『私』なのだと。
理屈も理由もなく。わかった。
「……『私』もお前も。この様なんだな」
私は苦々しく、笑みを零す。
貴族を恨み。奴らから奪い尽くした果てで。行き場のない怒りを、年端も行かぬ子供たちにぶつけた自分。
憎んだ何もかもを飲み込み。一人ぼっちになった、『こいつ』。どちらも無様で。どちらも、情けない体たらくだ。
こんな傷だらけになって。こんな、土くれに塗れた体になって。
どこまでも汚く。どこまでも惨めな生き様だ。
そうしてお互いに見つめ合っていた、その時。その化け物は、片膝を着いた。
私に服従を誓うように。その頭を垂れた。
それに、戸惑いはなかった。夢の中であるからなのか――それを〝当然〟だと、私は認識していた。
*
「……ん……」
不意に、目が覚める。
光を遮断しているカーテンの向こうからは、眩い陽の光が差し込んでいた。
ベッドから身を起こし、そこからゆっくりと立ち上がると、窓へと歩み寄る。暗幕に手をかけると思い切りそれを開き、彼女は自室に太陽の恩恵を迎え入れた。
「んぅ…………っ!!」
大きく背伸びするマチルダ――もとい、フーケ。夢の内容は最悪なものだった。お世辞にも機嫌がいいなどとは言えないが……今の胸中にあるのは嫌悪感や憎悪ではなく……困惑だった。
(……変な夢、だったねぇ……ていうかなんだいあの化け物は。思い返したらおっかないったらありゃしない。それにあのドッピオの……『キングクリムゾン』とかいうのにも似てたし……なんであんな平然と接することが出来たのやら)
夢は夢だと言ってしまえばそれまでだが、どうにも引っかかる何かを感じずにはいられない。今まで散々あれと似た夢を見てきたが、あんな化け物が現れるのは初めてだ。
まぁ、つい先日、あれとよく似た物と遭遇したばかりだ。それが反映されて、あんなものを見たのかもしれない。
――というか、夢の中であるにしても、いろいろと自分の思考もぶっ飛びすぎだ。あんなおぞましい外見をしたヤツを、『自分自身』だと錯覚するなど、どうかしてるとしか思えない。
(あークソッ……何をマジになって考えてるのやら。馬鹿らしい、今日は休みだし何か気分転換にでも出かけるかね)
軽く苛立ちながら、髪をくしゃくしゃと掻くフーケ。
身支度を整えるため、自室の化粧台に座り込み、彼女は鏡台を覗き込んだ。
そして。彼女はその鏡に映る、〝それ〟を発見する。
「……は?」
〝それ〟は、彼女のすぐ後ろに立っていた。
大きく見開かれた目。特徴的なひし形の模様。ツギハギ。涎に塗れた口。
『うじゅるるるるるるるるるるるるるるるる…………』
夢の中で見たものと同じ姿で。夢の中で聞いたものと同じ、唸り声をあげて。
〝それ〟は、フーケのすぐそばに立っていた。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「………………は」
ボタッ、ボタッ、と。〝それ〟の口から、涎が垂れる。
膝に落ちたその液体を見て、〝それ〟は袖でゴシゴシと汚れを拭きとった。
『ぐげげ……ぐぅ……ンガッ!!』
汚れを拭きとれたその膝を見て、〝それ〟は満足げに唸る。が、代わりにその袖が汚れたのを発見すると、急いで反対側の袖でふき取った。
しかし、そんなことをすればどうなるかなど明白である。袖の汚れは取れるどころか、もう片方の袖に汚れを移す始末。
『うが、うが、うが、うがががっ!!』
どうにかして汚れを取りたい。でもどちらの袖も汚れてしまっている。
そうこうしていると涎がベチャリと膝に落ちてきて、綺麗にした膝がまた汚れてしまった。
袖と膝を交互に見合わせ、どうするべきか戸惑う〝それ〟は涎をあたりにまき散らし、困惑していた。
「……は…………はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」
驚愕の叫びが響く中。フーケは自らの内に宿る〝怪物〟と、再会する。
この世界の理不尽全てに憤慨し、不条理が蔓延する世界を嘆く、己自身と。
例え何であろうと、『生きるもの全てを淘汰する』脅威の力を秘めた、おぞましい〝怪物〟と。
ギーシュは七部SBRのスタンド、『スケアリー・モンスターズ』。フーケは言わずもがな、五部のスタンド『パープルヘイズ』です。
ギーシュについては、嗅覚が鋭くなったということから『ハイウェイ・スター』を予想されていた方が多くいらっしゃいました。
自分としてはヒントを出していたつもりなのですが……わかりづらかったのでしょうか。上手く表現することが出来ず、申し訳ないです。
かなりバランスブレイカーなスタンドをフーケが所持することになりましたが、なんとかそこを上手く調整できればと思っています。
また、感想欄にてご指摘いただいたことなのですが、下地の世界観がゼロ魔のものならば、原作はジョジョではなくゼロ魔ではないか? ということでした。その通りだと思い、原作をジョジョの奇妙な冒険から、ゼロの使い魔に変更いたしました。