ここで感動したら僕のこと褒めて褒めて(´・ω・)
「ふぅ……だいたいこんなもんかな」
ドッピオは一息入れながら、壊れた教室を見渡した。
ルイズが錬金に失敗して教室が崩壊し、教師のシュヴルーズも気絶したことから、授業は中止となった。
そのままルイズには、魔法を使わず教室を片づけることが言い渡され、ドッピオも今までそれを手伝っていたのだ。
掃除もだいたい終わり、ドッピオはルイズに話しかける。
「終わったよ、ルイズ。行こう」
だが、ルイズの方は俯いたままで、ドッピオの呼びかけに対して何も反応を示さなかった。あの失敗から、ずっとルイズはこんな感じだ。
(やれやれ……どうしたもんかなァ)
どうすればいいか、ドッピオはわからない。
失敗についてはとりあえず触れないでいるが、たぶん本人はだいぶ落ち込んでいるのだろう。
そっとした方がいいか……と、そんなことをドッピオが考えたとき。
「……なによ……」
不意に、ルイズがぽつりと声を出した。
「……なんであんた、私のこと何も言わないのよ……」
「……」
少女の問いかけに対して、ドッピオは黙ったままだった。
ルイズはそんなことも構わず、言葉を続ける。
「あんたもわかったでしょ? 私の二つ名……『ゼロ』のこと。そうよ、私はみんなが使えて当然の魔法すら使えないの。生まれた時から、いくら魔法を使っても必ず失敗して、爆発ばかり起こったわ」
まるで地獄の底から響くような、冷たい言葉だった。
クスリ、と。ルイズは冷笑する。
「いつもいつも……みんな失敗する私を見て、笑ったり、馬鹿にする。やーい、魔法の使えない『ゼロ』のルイズ、って……」
ドッピオは、それを黙って聞き続けていた。
何も言葉を挟むことなく、ただただ耳を傾ける。
「あんたもどうせ、あいつらと同じでしょ?」
不意に、そんなことをルイズはドッピオに聞いてきた。
「あんたもどうせ……心の中では私のことを馬鹿にしてるんでしょ? 今まで散々偉そうにしてきたくせに、魔法が使えない主人なんて……お笑い草もいいとこだわ」
ルイズの声が、震える。
それとともにルイズ自身もガタガタと体を揺らしていた。キュルケのときのように、しかしあのときとは違う、もっと絶望的な理由で。
そして、少しの間をおいて。それは、爆発した。
「そうでしょ!! どうせそうよ、あんたもあいつらと同じ、魔法が使えない私をあざけって、罵るに決まってるわよ!! 無能なご主人なんかに召喚されて、そいつにはこき使われて、笑わない奴なんかいやしないわ!!」
心の中から、すべてを呪うように、少女は叫んだ。
それは、まるでこの壊れた教室のように荒んでいて。見ているととても哀れで……悲しかった。
「どうせ――どうせあたしなんか――」
「ねぇ」
と。
今まで沈黙を貫いてきたドッピオは、重い口を開いた。
ルイズは途中で言葉を止め、ドッピオはそのまま言葉を続ける。
「なんで、君の手って、うっすらと火傷の痕みたいなのがあるの?」
「……………………は?」
ルイズは、思わず淑女らしからぬ間抜けな声をあげる。
いきなり、自分の使い魔がこんなことを言ってくるとは、彼女も予想していなかったからだ。
「この世界では、魔法で治療してるんだよね……たぶん、水属性の魔法かな? きっとすごいんだろうね、治せない傷なんてほとんどないんじゃない? 『痕も残らない』くらいに、さぁ」
「……だから?」
と、ルイズはドッピオに聞き返す。するとドッピオはルイズに歩み寄り、目の前で止まった。
そして。
ルイズの手を、突然掴み上げた。
「ッ!?」
いきなりだった。反応すらできず、ルイズは慌てふためいてドッピオの顔を見る。
その目には、激昂の光が宿っていた。
「なのにさぁ……なんで『痕がある』の?」
それはルイズに向けられたものではない。もっと別のものに対する、激しい怒りだった。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ … … …
「何度も何度も……ひどい怪我をするくらい……繰り返したんだろ……?」
不意に、ルイズの腕を握る、ドッピオの手に力がこもる。
今度は、ルイズがドッピオの話を聞く番だった。
「失敗しても……いつか成功すると信じて……手がボロボロになるくらい繰り返したんだろ……え? ルイズ」
「わ……私、は……」
ドッピオの眼光を堪えられず、ルイズは目を逸らす。
だが、ドッピオはルイズの顎を掴むと顔をこちらに向けさせた。
「こっち見ろよルイズ」
鳶色の目が、使い魔によってじっと見つめられた。
「――ぁ――」
はたから見れば、ドッピオがルイズを口説いているようだ。そう考えるとルイズは恥ずかしくなった。
そんなことも構わず、続いてドッピオの目はルイズの手を見やる。
そこにあったのは、注意深く見なければ見えないほどうっすらとした、あざがあった。
完全に、文字通り跡形もなく傷を治せるはずなのに、どうして?
答えは決まっていた。
何度も何度も、想像すらできぬほど酷い傷を、負ったからだ。
「努力したんだろ」
ドッピオは小さく、しかし確信をもってつぶやいた。
「負けじとがんばって、成功させることを……それがいつになるか、わかりもしないのに……ずっと目指してたんだろ? え?」
ドッピオの口調は、とても優しかった。
まるで娘を労わる父親のようなそれは、ルイズの胸をきつく締め付けた。
「なのにどうして馬鹿にできるってゆ~んだよッ、何もしねぇで泣き言ほざくマンモーニ(ママっ子)ならともかくよォ~~。オメーは座学だってトップらしいじゃねーか」
こつん、と。
ドッピオはデコをルイズのデコに当てた。
ルイズの目に、涙がたまっていった。
「で、でも……わ、私……ずっ、と……成功、しな、くて……どれだけ、がんばっ、ても……だって……だって……」
もはやルイズの声は、涙声になって震えて、とぎれとぎれになっている。
カタカタと、ルイズの体も震えて止まらなかった。
「人の成長は、未熟な過去に打ち勝つことだ」
ドッピオは、そう強く言ってのけた。
「俺の尊敬する人が言っていたことだ。人には誰だって、『未熟』だったときの『過去』がある。オメーなら『魔法が使えない過去』、『それを乗り越えるために努力した過去』だ」
ゆっくりと。言い聞かせるようにドッピオは言葉を続けた。
「オメーはきっと、他の人と違う方法で努力しなきゃいけねーのに、その方法を知らないってだけだ。『過去』からそれを学ばなきゃいけねー。そして成長するんだ。いつか」
「…………せ、成、長?」
初めてそんな言葉を聞くように、ルイズは聞き返す。
「そーだよッ、方法を知らなきゃいけねー。でもオメーはそれよりもずっと大切なもんを持ってる。すべての人が持つべき、すっげー意味のあるものだ」
「……なに、それ……そんなの、私……」
再び俯くルイズを、またドッピオは無理やりに顔を持ち上げた。
「『成長』するために、努力っつー過程を歩もうとする『意志』だ」
ドクン、と。
ルイズの心臓が、跳ね上がった。
「人は『結果』だけを求めれば、近道をしたがるんだ。そんなもんを通れば、真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。大事なのは『真実へ向かおうとする意志』だ。それさえあればいつかたどり着くんだよ。そこに向かってるんだからな」
ルイズは、口元を掴まれていない方の手でおさえた。
おさえずには、いられなかった。
震えが大きくなる。
目元がとても熱くなって……心が、大きく動いた。
「オメーはすげえヤツだ。だから自信をもっていいんだよォ~~。使い魔になっちまったんならしょうがねーッ、俺もオメーのために一緒に探してやるから、な? もう自分を卑下すんな」
それだけ言って、ドッピオは手を離す。
ルイズは、使い魔の目を見た。
そこには、嘘の濁りが全くない光があった。
彼の語る全ては……真実だった。
「う、うぅ……」
視界が、霞んだ。
声が、おさえられなかった。
胸がとても苦しくなって、息がうまくできない。
私が、すごい?
私でも、自信をもっていい?
私が……成長できる?
今までそんな言葉を、ルイズはかけられたことがなかった。
何度も何度も失敗しては。皆、ルイズの失敗という『結果』だけを見る。
こっそりと隠れて、何度も練習したのに、誰もそんなことは見てくれない。
やってくるのは、罵倒だけ。
それが、この世界の残酷な真実だと思っていた。
なのに目の前の使い魔は……あまり自分と年が離れていないであろう、青年は。平民は。
自分の努力を。見てくれた。
そして……自分を、認めてくれた。力強い言葉で。声で。
認めず嘲笑する他のすべてに、怒ってくれた。
「あ……あぁ、ふぁ……あ……」
声がうまくでない。
どうしてだろう。こんなにも嬉しいのに。
未だかつてないくらいに。嬉しいのに。
感謝の言葉の一つくらい、言ってやりたい。
ぼやけた視界の中で、ルイズは使い魔を見て。
ルイズは、口を動かして……そして……
「う、わぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ――――――――ん!!」
――ダメだった。
出てくるのは泣き声だけで。とても『ありがとう』だなんて。言えやしない。
目からは涙がいっぱい出ている。きっとグジュグジュな、みっともない顔になってるんだろうなぁ。
隠したいけど、そんなこともできない。泣くことしか、もうできない。
「……………………………………………………」
ルイズの使い魔は、もう何も言わない。
主人が泣いても、慰めの言葉も、制止しようとするのも、何もしようとしない。
――まるで、好きなだけルイズが泣けるように、見守っているようだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――ん!! うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!」
壊れた教室の中で。
ルイズは自分を認めてくれる人と出会ったことに歓喜して……泣いた。
ルイズは、ドッピオとの間に確かな友情ができたことを、感じた。
これは、自分にとって忘れられない日になるんだろう――ルイズは、そんな予感がした。
落ちてきそうな空の日の、もうすぐ昼食の時間になるときのことだった。
次にオメーは……『ドッピオッ! オメーいつからそんな兄貴キャラになったッ!』と言うッ!!