先日よりサービス開始しましたアイドルマスターシャイニーカラーズ、三峰結華とアンティーカの短編です。
季節外れの4月の雨は、滾々と耳障りのいいメロディを奏でながら東京の街を濡らし続けていた。
事務所の電気は私しかいないせいか今はその半分しか灯っていない。窓越しに響いてくる雨音と、点けっぱなしになっているテレビの音だけが部屋の中の静寂をより一層引き立たせ、より深く私の意識を活字の海へと沈めていく。
そんな私だけの空間の中でふとがちゃり、とドアを開く音が私の耳に入ってきた。どっかに出かけていたはづきさんでも帰ってきたのだろうか。
「やあ、結華。生憎の雨だね」
先ほどまで目を落としていた文庫本にそっと栞を挟むと私は声の主の方へと視線を向ける。
「……さくやん」
「見たところ結華一人のようだね。誰も居なかったらどうしようかと思ったよ」
そう言いながら見慣れた笑顔でこちらに歩いてくる同僚はいつ見てもその立ち振る舞い一つ一つが少女漫画の世界から飛び出てきたようだ。
「うん、今はづきさんはどこかに出かけちゃって、三峰は留守番を頼まれているのですよ。そろそろ戻ってくるとは思うんだけど……」
「なるほど、はづきさんが居たのか」
「そういえば、さくやん今日はオフだよね?事務所になんか用でもあった?」
彼女、白瀬咲耶は同じユニットのメンバーだ。レッスンや仕事等で一緒になることが多いから、彼女に限らず私はユニットメンバーの予定をある程度は把握しているつもりだ。これも推しのライブやイベントの日程をきっちり把握しておかなければならない普段の追っかけ活動の賜物ってやつですかな?
「いや、特に用という用は……。そういう結華も今日はオフだろう?」
私がここにいる理由をわかっている癖にそういう風に聞くのは正直ズルいと思う。しかもイタズラっぽく笑うその笑顔すら様になってるっていうのだから困る。
「……私も結華と同じさ。あの時の興奮と、悔しさが未だに全身に残っている。一人でいるとおかしくなりそうだったんだ」
「……なんだ、やっぱりわかってたんじゃん」
そういうこと。私がここにいる理由はさっきさくやんが述べたのとほとんど変わらない。4月に似合わない雨が未だに興奮冷めやらぬこの身を鎮めてくれると思っていたのだけれどそうは問屋が卸してくれず、気づいたら私はこの事務所をめがけて足を進めていた。ここまで私が言葉にできない想いを抱えている理由は、5日前に遡る。
その日、新人アイドルの祭典、ワンダーアイドルノヴァグランプリ通称「W.I.N.G」のステージの上に私は立っていた。キラキラに光るスポットライトとサイリウム、パフォーマンスの一挙手一投足に沸く歓声、そしてステージを彩る華やかなアイドル。
その全てが私には眩しくて、熱くて、そしてどこまでも行けるような気にさせてくれて……まるで、翼が生えたかのようだった。
結果は惜しくも決勝で負けてしまったのだけれど……。それでも。
あの瞬間、私、三峰結華は確かにアイドルだった。
「私もアイドルというのを甘く見ていたと改めて感じたよ。ファンの熱気、スタッフの熱気、そして同じ舞台に立つアイドルの熱気。全てが一つになって私の心を熱くさせてくれた」
「うん、三峰も同じ。未だに何かのドッキリなんじゃないかって疑ってるよ」
「もしそうだったら8か月もかけるとは随分手間のかかったドッキリじゃないか」
「そだねー、年末の特番もびっくりの収録期間だよ~。……でもさ」
「ん?」
「でもね、時々思うんだよ。私ってほらあれじゃん!所謂アイドルオタクって奴じゃないですか。今まではずっとアイドルを見守って応援する側だった」
点けっぱなしのテレビからはとある事務所の人気投票の中間結果が流れていた。
「画面の向こうのアイドルたちを、ステージの上のアイドルたちを応援していた私が今は応援される側なわけじゃん、こんなの未だに現実感ないよ……?」
「私だって同じさ、雑誌のモデルが所変わってアイドルと来たものだ。私もプロデューサーに初めてこの話を聞いたときはびっくりしたものだよ」
「さくやんと私を比べて貰っちゃ困るよ~。さくやんは女の子の王子様、私はしがない一般人だったわけですよ?」
「結華は元々魅力的だったさ。その魅力に世間が気づかなかっただけだよ」
「……もう、またそんなことを言っちゃって。王子様キャラはブレませぬなぁ~」
「私だってたまにはお姫様っぽく扱って欲しいものだけどね」
「お~?これは重要発言ですかな!?で、話は戻すんだけどさ」
ふう、やっぱり真面目な話は私には似合わないかなぁ。すぐこうしておふざけに入っちゃう。それでも、この言葉は口にしておきたい。いや、しておかなきゃならないと私は思った。
「決勝戦、三峰負けちゃって悔しかったよ……。やっぱりアイドルの壁は高いなって感じた。でも、それ以上にね、私はあの壁の向こうの景色を見てみたいと思った。どこまでも高く、羽ばたいてみたいと思った」
テレビからはとあるSランクアイドルのインタビューVTRが流れている。「どこにでもいる普通の女の子」そんなキャッチコピーで登場した彼女はこのアイドルという茨の道をただひたすらに突き進んでいっている。あの場所こそ、そして彼女が行きつく先こそ、私が目指すべき場所だ。
「ねえ、さくやん……」
いつもは暖かく私のお調子を見守ってくれる彼女も、今だけはライブ前のような真剣な表情で私を見ている。仕事の同僚で、大切な友人で、そして同じ場所を目指すライバルとして、私はこの思いを打ち明けたい。
「三峰は、」
がちゃり、とまた事務所の扉が開き、私の言葉は遮られてしまった。
「あ、結華と咲耶たい!」
「こんにちは」
「あらあら、こがたんときりりん~どしたの?」
扉を開けたのはさくやんと同じように私のユニットであるアンティーカの一員である「こがたん」こと月岡恋鐘と「きりりん」こと幽谷霧子の二人だった。因みにアンティーカのあだ名は私が勝手にそう呼んでいるだけだ。
「今日は霧子と一緒に買い物に行ったとよー、せっかくやけん事務所にお土産でも買っていこうと思って寄ったとけど、結華と咲耶しかおらんと?」
両手いっぱいの荷物を事務所の机の上に乗せつつこがたんは手際よく給湯室からお皿とポットを持ってきた。
「はづきさんは今ちょっと外に出てるらしくていつ帰るかわからないらしい」
「ということははづきさんはお一人だったのですか?」
両手を前で組み、こちらに心配そうな表情を向けるきりりん。確かに雨の中静かな事務所に一人ぼっちは寂しかっただろう。そんなはづきさんを慮るような仕草が非常に可愛らしい。三峰ポイント3000点。いや、集めても何かに交換できるとか言うわけじゃないんですけどね。
「いやー、お昼過ぎからはこの不肖、三峰がいましたよー。それではづきさんが出かけるってことで一人寂しく留守番していたところに王子様が助けに来てくれたのですよ」
「私は普通にここに来ただけなんだけど……まぁそれでいいや」
「あ、咲耶が諦めたたい」
「まぁ、いつもの結華ちゃんだから……」
なんか心外なことを言われた気がするけど、三峰はこれくらいじゃめげませんっ。
「で、なんだかんだアンティーカのメンバーがそろってきてる訳だけど……まみみんは?」
「摩美々は今日はラジオの収録たい。でも、もう終わってる頃やと思うけど……」
あ、そうか、私としたことがうっかりしていた。ユニットメンバーのラジオ収録は毎週決まった時間じゃないか。これはまだまだ修行が足りないなぁ。
「おはようございまぁす」
「お、噂をすればおはよう摩美々」
両手に大きな袋を引っ提げて現れたのはアンティーカ最後の一人、田中摩美々ことまみみん。あれ、逆?まぁいっか!
「まみみんそのおっきな袋どうしたのー?」
「あ、三峰おはようーって、アンティーカのメンバーがそろってるんだねぇ。これ、衣装がたくさん入ってるのー」
衣装かぁ……さぞ重かっただろうなぁ。
「ってまみみん今日の仕事ラジオ収録だよねっ!?」
「ばれちったー。衣装ってのは嘘で、この前三峰と着せ替えっこするって話になったでしょ?だから今日事務所に運んでおこうと思ってー」
あー、確かにそんな話をしたような気がする。
「よりによってなぜ雨の日に」
「その方がロックでしょうー?」
「意味わからんとよ!って、そうだ、お土産の紅茶があるけん摩美々の分も淹れちゃるけんね」
「あ、恋鐘ありがとー」
「気にせんでよかとよー!」
「恋鐘ちゃん、私も手伝うね!」
来て早々ソファにぐったりと座り込むまみみんとは真逆に、きりりんはせかせかと給湯室へと向かおうとする。なんというか、いい子だなぁ。
「霧子は気ぃ遣わんでよかとよ。座っときんしゃい」
「そ、そう?」
「そうたい。今日も重いもの持ってくれたやろ?」
「でも……」
「頑張り屋の霧子の為に、うちが美味しい紅茶を淹れちゃるけん待っとって?」
「わ、わかった……」
仲良きことは万事良いことかな。ここの二人のやり取りはどことなく姉妹みたいでほっこりする。
「じゃあ私もう一つのお土産の方出して待ってるね」
きりりんは先ほどこがたんが乗せた荷物の中から小さな子袋を取り出すと、それを先ほどこがたんが持ってきた小皿の上に広げる。
「お、クッキーとは三峰ポイント1000点!」
「なんなんだそれは。それにしても紅茶にクッキーか。優雅な午後のティータイムが楽しめそうだね」
「外は雨だけどねぇ~。甘いものは素直にうれしいな」
私も含め中身を知らなかったメンバーは思い思いの言葉を発していく。
「アンティーカのみんなと過ごす時間だったら、天気なんて関係なくいつだって素敵なものだ」
「相変わらず漫画の王子様みたいなセリフば吐くたい」
給湯室の方からお湯を入れたポットを片手にこがたんがこちらに戻ってくる。
「まぁ、それが似合うのがさくやんの魅力みたいなものだからね」
「そ、そうかな……」
さすがのさくやんも照れくさそうに頬をぽりぽりと掻いている。普段やられ放題な分、ちょっと反撃できたかな?
そうこうしないうちにこがたんときりりんの手によって人数分の紅茶が机の上に並べられていく。
「そんじゃあ、さくやん音頭よろしく!」
「えっ、私がとるのか!?」
「だってー買ってきてくれたのはこがたんときりりんじゃない。まみみんはさっきまでお仕事だったし、私も事務所で本読んでたし」
「結華のは全く関係ないじゃないか!」
「もう、しょうもなかことで揉めんとたい。それじゃあいただきます」
「え!?あ、いただきます!」
「いただきます」
「いただきまぁす」
「いただきますっ」
こがたん……。それはないとよ……。
「そんでね、霧子、今度はこがん服ば着てみらんね?」
「えっと、私には派手すぎないかな……?」
「そがんことなかたい!霧子は何でもよく似合うたい」
「摩美々、今日はちゃんと喋れたかい?」
「え~私はいつも喋ってるよぉ~?」
「そうかい?私もおしゃべりな方じゃないけれど摩美々よりは……。でも、それが摩美々のラジオの人気の秘訣……?」
「あ、そういえば恋鐘と霧子はどこに買い物行ったの~?」
「今日は原宿の方に服ば見に行ったとよ。摩美々も今度お休みが一緒になったら連れてっちゃるけんね!」
「ほんとー?ありがとー」
各々が思い思いに言葉を発し、楽しいアンティーカのお茶会の時間は進んでいく。今こうして考えてみても私がアイドルに囲まれてお茶会をしているのが夢だったりするんじゃないかと思ってしまう。
「よぉおっす未来のトップアイドル!」
その時勢いよく事務所の扉から見慣れた顔が入ってくる。
「プロデューサー、なんでそんなどこぞのジムの入り口に立ってる人みたいなセリフで入ってくるんですか」
「三峰がいるってはづきさんに聞いてたからな。って、アンティーカ揃い踏みか」
扉を開いたのはこの283プロダクション唯一のプロデューサー。私をこの世界に引っ張ってくれた人であり、私に翼をくれた人だ。
「おっ、クッキーじゃないか!一枚頂きっ」
「それ三峰が最後に食べようとキープしてたやつっ!」
「あ、すまん。後で一緒に打ち合わせしてやるから」
「じゃあ許してあげる。……ってなるかい!それただの仕事じゃない!!」
先ほどまで静まり返っていた事務所は、いつの間にかいつもの騒がしさを取り戻し喧騒に包まれていく。こういう楽しい時間も、つらいレッスンも、ライブに負けた悔しさも、いろんなことをみんなで共有していきたいな。
「そういえば結華、みんなが来る前に何か言いかけたことは何だったんだい?」
気づけばさくやんが隣にいてこっそりと私に耳打ちしてくる。距離が近い。ドキドキするからやめちくれ。
「えっと、それは……」
大好きなユニットのメンバーと、信頼できるプロデューサー。そして私。これからも夢が覚めない限りどこまでも一緒に羽ばたいていきたい。
「みんなと一緒に、私はトップアイドルになるよ」
拙い文章ですが最後までお読みいただきありがとうございました!
シャニマスの発展とアンティーカ、そして三峰結華の今後の活躍を祈って!!