シーズン・ガールズ   作:風呂

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いつかの夏の君

 八月のある日、小学校中学年くらいの子供たちが公園で遊んでいた。

 少々手狭な印象のある公園だが、一通りの遊具はそろっている、そんな公園だ。

 日差しの強い日ではあるが外で元気に走り回る子供たちには関係ないらしい。

 そして、そんな子供たちを少し離れた木陰で眺めている人たちがいる。親たちだ。

 大人たちはこの天気でも涼しめる木陰に陣取り、レジャーシートを広げその上に座って世間話に花を咲かせていた。

 そのやりとりに耳を傾けると、どうやら今日はご近所で集まってこの公園がある山にピクニックに来ているようだった。

 住宅地からほどほどの距離にあるこの公園までは、裏道を通ったりなど変に近道をしなければ急な勾配も殆どなく、子供と一日遊んで過ごすにはちょうど良い場所にあるのだ。

 今はそれぞれの家庭で作ってきたお弁当を食したあとの昼下がり、といったところ。

 エネルギー補給した子供たちはよく笑ってよく遊び、大人たちはそれを眺めて和み、時々公園の外に出ようとする子供に注意する、そんなのどかな夏休みの風景が展開されていた。

 と、そこで大人たちの中で妻と息子の三人で来ていた唯一の男性は、遊んでる我が子の姿を見つつ思う。自分もこういう時代があったなあ、と。

 今もそうだが、男性がまだ子供の頃から既にテレビゲームは全盛だったが、その年齢ではまだまだこうして外で走り回るのが楽しい時分だ。

 そうして昔を懐かしんでいると、そういえばあの頃の友人たちはどうしてるかと男性は考える。

 全員を思い出せるわけではないが、覚えてるだけでも半数は自分と同じく家庭を持って子供もいるはずだ。

 結婚してない奴もそれぞれの仕事に精を出している、と風の噂で聞く。

 その中でふと、あの子はどうしているだろう? と、とある人物が思い浮かぶ。

 それは自分たち男連中に混じって遊んでいた女の子だ。

 とにかく身体を動かすのが好きな少女で、男顔負けの運動神経をしていたと記憶していた。というより当時の仲間内で、運動であの少女に勝てた男子は一人もいなかった。

 自分たちが外で遊んでいるとどこからともなく現れて、いつの間にか輪に入っているのだ。

 サッカー、野球、虫取り、鬼ごっこ、かくれんぼその他、体を動かす遊びであれば常に一番輝いていた。

 その反面、ゲームになると絶望的に弱かったが。それを嫌がっては皆を外に連れ出し、日が暮れるまで付き合ったのはいい思い出である。

 オレンジ色の帽子、通気性の良さそうな白いシャツ、デニムのハーフパンツに運動靴。明るい茶色の短髪に、快活で真っ直ぐな瞳。袖や裾から伸びる程よく日焼けした肌の手足に、初めて綺麗だと思ったのは男性の恥ずかしい思い出だ。

 ともかくそんな子だった。名前は――、

「あ、なっちゃんごめーん!」

「夏ぅー、取ってきてー」

「うん、いいよー!」

 そうそう、確かそんな名前だった。

 目の前に転がってきたボールを拾いつつ、男性はようやく思い出す。

 夏。確か周りからはそう呼ばれていたし、自身もそう呼んでいたはずだ。

 その名の通り、夏の季節そのもののような少女だった。

 いつでもどこでも元気一杯で、彼女といるととても楽しかった。

「はいどうぞ」

「ありがとう、たっくん」

 え? と、ボールを渡した少女に目をやる。

 するとそこには、今まさに思い出した少女と瓜二つの姿が目の前にあった。

 記憶と寸分違わぬ姿に、忘れていた日々が蘇ってくる。

 シュートを決めて喜んだ姿、一番大きなカブトムシを手にして満面の笑みを浮かべた姿、夏祭りで珍しく着た浴衣を恥ずかしげながら見せる姿。様々な姿の彼女が男性の脳裏に思い浮かんでくる。

 一瞬、ではあるが男性にはもっと長く感じたその時間。気がつけば少女はボールを受け取りニッコリと微笑んでいた。

「大きくなったね」

 去り際にそれだけ言って走り去る少女。

 呆然と少女の後ろ姿を眺めていたら、妻にどうかしたのかと尋ねられた。

 なんでもない、と返す男性は暫くそのままであったが、やがてフッ、と笑みを零した。

 上を向く。

 風に揺れる木の葉とその隙間から覗く青い空。煌く太陽は今日も眩しい。まさに夏というに相応しい一日だ。

 帰ったら息子に思い出話の一つでもしてやるか。

 唐突にそんな考えが浮かんだ。悪くない考えだと思った。

 しかし妻には聞かせられない話でもある。理由は恥ずかしいからとか、色々あった。

 妻が風呂に入っているときにでもするのがいいだろう。

 彼女は入浴時間が長いので、ゆっくりと語ってやることができる。

 せっかく思い出した大切な話だ。その時の自分と同じ年頃の息子に知ってもらうのも悪くない。

 

 男性はそう考えた。何故ならそれは、初恋の話だったのだから。


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