ビルライブ!サンシャイン!!〜School idol War〜   作:ブルー人

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今回の話はBernageの過去編ということで……ラブライブ要素がほぼ無くなってしまっていることを先に添えておきます()
ただなんとか1話でまとめることはできたので、何卒お付き合い頂ければと……(その分前回よりもさらに文字数が増えてしまいましたが)


第53話 ユイちゃん

火星から飛来したパンドラボックスによって引き起こされたスカイウォールの惨劇から4年。

 

我が国は東都、北都、西都の3つに分かれ…………混沌を極めていた——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————“足りない”。

 

 

 

 

 

 

「……葛城。おい、葛城!」

 

黒板前に立っていた教師が声を荒げながら1人の生徒が突っ伏している席へと歩み寄る。

 

窓際で堂々と居眠りをしていた彼女は、軽く小突かれてやっとその顔を上げた。

 

「……ふぁい?」

 

「前回赤点だった身で睡眠学習とはいい度胸だな」

 

「いやあ……真面目に聞こうとはしていたのですが、どうにも科学の授業って身が入らなくて」

 

「ったく……そんなことでは難波重工に貢献できる人材にはなれんぞ」

 

呆れた表情でその場を離れ、授業を再開する教師。

 

相変わらず眠たげな様子で瞼を閉じかけている少女に————氷室ミカはひっそりと語りかけた。

 

「寝ちゃダメだよユイちゃん、今注意されたばっかりでしょ?」

 

「だってぇ……昨日の夜は遅くまでずーっとμ'sのPV見てたから、あんまり眠れなかったんだもん」

 

「またその話……?飽きないよね、ほんとに」

 

「飽きるわけないじゃん!!みーちゃんだって名前くらいは知ってるでしょ?あの伝説のスクールアイドルの————!」

 

「葛城ィ!!」

 

「ひぃ!?」

 

急に立ち上がっては熱弁し出したユイにまたも教師の怒号が飛ぶ。

 

もはや様式美と化したやりとりを見て、ミカは微かな笑みをこぼさずにはいられなかった。

 

 

 

————“足りない”。

 

 

 

 

春の終わり頃。

 

高校1年生として新たな生活にも馴染んできたある日のことだった。

 

「みーちゃんみーちゃん!スクールアイドルやろうよ!一緒に!!」

 

前触れもなく鼻息を荒げながら身を乗り出してきたユイに、ミカは座席を少し引きつつ尋ねる。

 

「どうしたの急に……?」

 

「あたし思ったんだ!今まで難波重工って、アイドル業に進出したことはなかったよね?」

 

「それはまあ、難波は元々重工業メーカーだし……幅広い層に優秀な人材を送り出してるとは言っても、ポップカルチャーな面で見ればまだまだ————」

 

「だからだよ!今流行りのスクールアイドルとして成功すれば、より注目度が上がるんじゃないかなって!」

 

子犬のような笑顔でそう力説する親友に対し、ミカは若干面倒に感じながらも一考する。

 

 

 

自分達が通っているこの難波高等学校は————難波重工が運営している教育施設。

 

政府の要人や科学者……と、これまで様々な場所に卒業した先輩方が就任に成功してきた名門校。

 

ユイが言うには今まさに長い最盛期を迎えているスクールアイドルとして活動すれば……難波重工のさらなる発展に貢献できるかもしれない、とのことだった。

 

いや、というよりも…………

 

「ユイちゃんがスクールアイドル好きだからやりたいだけじゃない……?」

 

「あは、バレた?」

 

あっさりと白状する幼馴染に苦笑する。

 

キラキラと目を輝かせている彼女を見て、ミカは吐息のような呟きをこぼした。

 

「……いいよ」

 

「え、ほんと!?」

 

「うん。ユイちゃんと一緒に何かひとつのことを始めるって……とっても楽しそうだから」

 

「やった!キャハハー!!じゃあチーム名決めなきゃだね!!」

 

何度も飛び跳ね、拍手しながら一層話すスピードを加速させるユイ。

 

彼女が嬉しそうにしている姿を見て…………ミカの心も不思議と暖かくなった。

 

 

 

 

————“足りない”。

 

 

 

 

 

「————って、勢いで始めようとはしてみたけど……」

 

「部員不足かぁ……厳しいね」

 

 

放課後。

 

夕日の当たる窓際の席で互いに慰めるように向かい合った2人は、直面した問題に肩を落とし嘆いていた。

 

我が難波高校が名門と謳われる由縁は主に生徒の学力や卒業生の躍進にある。難波重工に身を捧げるつもりで勉学に打ち込んでいる者が大半を占めているせいか、部活動も盛んな方ではないのだ。

 

……必要な部員数は最低でも5人。これはメンバーを集めるだけでも骨が折れそうだ。

 

「もういっそのこと、自分達で始めちゃうっていうのは?」

 

「それじゃあ部費降りないじゃん、衣装作れなくなっちゃうよ?」

 

「スクールアイドルなんだし制服で踊れば————」

 

「やーだぁー!かわいい衣装も着てみたいー!!」

 

足をバタつかせながら抗議するユイに肩をすくめる。

 

 

「やっぱりお金って重要なんだなあ……」

 

不意に彼女がこぼした言葉に、ミカは小さく身体を震わせた。

 

…………また“金”だ。お金にはこれから先もいい思い出ができるとは考えられない。

 

 

 

「ま、愚痴を言ってもしょうがないし…………とりあえず勧誘のチラシでも作りますか!」

 

白い歯を見せながら笑うユイ。

 

どんな問題も解決できちゃうんじゃないか————そう思えるような安心感が、彼女の笑顔にはあった。

 

「そういえばユイちゃん、前より髪伸びてきたよね」

 

ふと栗色の髪が胸元辺りまで到達しているのに気付き、ミカは何気なく尋ねてみる。

 

「ん?ああこれ?……実はねー……えへ、みーちゃんの真似して少し伸ばしてみようかと思って」

 

「えっ……わ、わたしの真似……!?」

 

「嫌だったかな?」

 

「う、ううん!全然!とっても……似合ってると思う!!」

 

少し照れ臭そうに自らの毛先をいじるユイに、ミカは爆発しかけた何とも言えない感情を押し留めながら弁明した。

 

……嬉しかった。彼女と“同じ”というだけで、自分の心は歓喜で満たされるどころか溢れんばかりであった。

 

(ユイちゃんとお揃い……)

 

はにかみながらも自分の黒髪に触れる。

 

これまでなんとも思っていなかった自分の一部が、途端に誇らしく思えた。

 

 

 

 

 

————“足りない”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長!——難波会長!!」

 

湯気が充満した大浴場の扉が勢いよく開かれ、職員と思しき男がスーツ姿で中に入ってくる。

 

「なんだ騒がしい……」

 

貸切風呂に興じていた老人は不快そうに眉をひそめつつも、血相を変えてやってきた男にそう尋ねた。

 

「それが……今年新たに難波高等学校に入学した生徒のなかに、ハザードレベルが3を超える者がいたのです。それも2人……!」

 

「……なに?」

 

職員の話を聞いた重三郎は目の色を変え、彼が所有していた資料を取り上げてはそこに記載されていた文章に目を通していく。

 

それは毎年行われる、在校生の身体検査結果の詳細だ。

 

「……ははっ……」

 

添えられていた2人の少女の顔写真を見るなり、老人は薄ら笑いを浮かべた。

 

「スマッシュの研究はどこまで進んでいる?」

 

「は…………現在安定して誕生できるまでには至っています。このままいけば自我を保ちながら力を扱える技術もいずれ完成することでしょう」

 

「よし、そちらに関しては問題ないだろう。————では、例の“遺伝子”についてはどうだ?」

 

声色を変えそう職員に問う重三郎。

 

 

 

……それはパンドラボックスが東都政府に回収されたのとほぼ同時期のことだった。

 

難波重工の調査団体がスカイウォール周辺の大気を調べて回っていた際、明らかに地球には存在しない物質で構成された微小物体が西都で発見された。

 

分析を進めていくうちにやがてそれは()()()()()であることが判明し、パンドラボックスと同じく火星からやってきたものだという推測が成されるようになった。

 

「実は————驚くべきことに、あれは他の生物に寄生することで自らの細胞を増殖させています。これまで実験に用いていたのはモルモット等の小動物ばかりでしたが…………人間に憑依した際には、一体どれだけの進展が望めるか……!」

 

そう早口に語る男の表情は、さながら餌によだれを滴らせる獣のようだった。

 

「ふむ……素晴らしいではないか」

 

老人がタオルを腰に巻きつつ湯船から上がる。

 

「次は人間で試す他あるまい」

 

「よろしいので!?」

 

「ハザードレベルが高い者を選出するといい。ちょうどいい人材が2人ほどいるのだろう?——ああ、だが実験に使うのは片方だけにしておけ。もしものことがあった時に予備が必要だからな」

 

「し、しかし……」

 

思わぬ許しに声を上ずらせる男だったが、すぐに冷静さを取り戻して重三郎へ問いかける。

 

「確かにこれまで実験に使っていた動物自体に目立った変化はありませんでしたが…………人間でも同じ結果になるとは限りませんよ?」

 

「構わん。……何のために私が多くの子供達を育てていると思っている?」

 

不敵な笑みを浮かべる老人に男は底知れぬ狂気を覚え、頬にだらりと汗を伝わせた。

 

 

 

「きっと受け入れてくれるだろう。難波が引き取った者は皆————“いい子”ばかりだからな」

 

 

◉◉◉

 

 

 

一ヶ月後。

 

活動になんの変化もなく、普段通りの生活を送っていたある日————

 

 

「みーちゃん!聞いて聞いて!!」

 

「わひゃっ……!?」

 

興奮気味な様子で目の前に現れたユイに驚き、ちょうど机の横に掛けようとしていた鞄が手から滑り落ちる。

 

「びっくりしたぁ……。今度はどうしたの?」

 

「今朝ねえ、難波会長に呼び出されてさー!」

 

「会長に……!?ってユイちゃん何かしたの!?」

 

「ち、違うよ!何もしてないよ!ほんと急なお呼ばれだったんだってば!」

 

ぷりぷりと頬を膨らませながらそう返してきたユイを見てさらに疑問が深まっていく。

 

「じゃあどうして……?それも会長直々だなんて……」

 

「それがさ!あたし達だけでも部を立ち上げていいって!しかも活動中は難波重工から全面的なサポートを受けさせてもらえるらしいよ!」

 

「えっ……?ぇぇぇぇええええ……っ!?」

 

事態を飲み込めきれずに語尾を伸ばすことしかできなかった。

 

……どういうことだろう。

 

(難波会長って…………スクールアイドルに興味があったりするのかな?)

 

いくら傘下の学校とはいえ……成功するかどうかもわからない新入生の()()にそこまでの支援を施すものだろうか?

 

「でもなんか条件付きみたいでさー……あたし放課後にまた行かなきゃならないんだよね」

 

「行くってどこに?」

 

「なんとか研究所?とか言ってた気がする」

 

……話が見えない。研究所といえば難波重工が保有するものがいくつか浮かんでくるが————そもそもどうしてそのような施設の名前が出てくる?

 

(まあ……あの人なら大丈夫かな)

 

腑に落ちない点もあるが、難波会長の提案であるのなら仕方がない。

 

信じてもいいだろう。ユイと自分を引き合わせてくれた、“施設”の子供達にとって父のような存在なのだから。

 

……いや、本当は心に残っていたモヤから目を逸らしながらも……従うしかなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでどうだったの?」

 

「なんか1本お注射されたけど……別段変わったことはないかな」

 

翌日、ユイはいつも通りの元気な様子でミカの前に姿を現した。

 

「注射……新薬の研究とかかな?」

 

「さあ?詳しいことは聞かされなかったけど……」

 

茶髪を翻し、ユイがミカの隣に並ぶ。その矮躯も、仕草も、声も、全てが昨日と同じだ。

 

「ともかく!これであたし達、難波グループの支援を受けられるって!部室ももう用意されてるみたい!」

 

「よかったねユイちゃん」

 

「うん!」

 

ご機嫌にスキップしながら先を行くユイに置いて行かれないよう、ミカも駆け出す。

 

(こんな風に隣に居られる時間が……永遠に続けばいいのに)

 

幸福感に満ちた胸に手を当て、それを強く刻み込む。

 

(ああ————こんなに幸せで、いいのかな)

 

 

 

 

 

————異変が起こったのは、それから3日後の夕暮れ時だった。

 

 

「ん、みーちゃん何か言った?」

 

「え?」

 

なんの前触れもなく、ユイにしか聞こえない“声”が彼女の頭に響き出したのだという。

 

「ううん、なにも……」

 

「あれー?疲れてるのかなぁ……」

 

 

 

 

 

そしてさらに2日ほど経ったある時。

 

 

「うあっ……ぁああぁあぁあ……ッ!!」

 

先日与えられた部室で歌詞の構想を練っていた際、ユイは突然頭を抱えながら呻き声を発し始めた。

 

「ユイちゃん……!?」

 

「知らない……!あたし知らない……!!こんなことしてないよう……っ!!」

 

「ユイちゃん!?どうしたの……!?ねえユイちゃん!!」

 

————ミカは幼馴染の異常行動を見て、ようやく秘めていた疑問をとある人物に尋ねようという決心がついた。

 

 

 

 

 

「ユイちゃんに……なにをしたんですか……?」

 

座り心地の良さそうな椅子にどっしりと体重をかけた老人へ問う。

 

普段通りの和服姿でこちらを見据える彼は、今にも激昂しそうなミカに対してなだめるように穏やかな目を浮かべていた。

 

「なに、単なる新薬の実験に付き合ってもらっただけだ。多少幻聴や幻覚が見える可能性もなくはないが……言ってしまえばそれだけだ。身体が壊れるようなことはないはずだぞ」

 

「ふざけないでください……!どう考えてもあの症状は普通じゃないでしょう!!今すぐやめさせてください!!」

 

「構わんが……君はそれでいいのか、ミカ?」

 

「は————?」

 

意図が理解できない質問を返され、一瞬思考が停止する。

 

「実験を中止するのはいいが……スクールアイドル、だったかな?君達が行っている部活動への支援は当然打ち切らせてもらうぞ?」

 

「そんなの……ユイちゃんの命に比べれば、大したものじゃありません」

 

「————彼女と過ごせる時間が失われてもか?」

 

 

…………「そうです」と即答できなかった自分を、ミカは強く呪った。

 

 

 

 

 

「——————ぁ」

 

 

 

 

…………足りない。

 

 

足りない。

 

足りない。

 

足りない。

 

 

 

この程度じゃ、まだ足りない。もっとユイと一緒にいたい。

 

朝起きる時も、昼食をとる時も、授業を受ける時も、寮に帰る時も、夕食をとる時も、夜眠る時も————死ぬ時も。

 

ずっと一緒にいたかった。他に欲しかったものは何もなかった。

 

自分はただ————痛みを与える他に自分を守る方法を教えてくれた、ユイと共に過ごしたい。

 

例え数時間、数分でも…………それだけは奪われたくなかった。

 

 

「…………」

 

口の中を強く噛む。

 

じわじわと広がってくる血の味すら軽薄に感じながら、ミカは心の中で何度も————「ごめんなさい」と、呪文を唱えた。

 

 

◉◉◉

 

 

「ねえ聞いてみーちゃん。実験ね、今日で最後なんだって」

 

「え?」

 

以前より痩せたようにも見える笑顔を見せながら、ユイはミカと視線を交わす。

 

「もともと数回に分けて少しずつお薬の量を増やしていく予定だったんだって。それでね、今日の放課後に打つ分で実験に使ってたのは無くなるみたいなんだ」

 

……そう、異変が起き始めたあの日からも、ユイは欠かさず会長の言う“実験”とやらに付き合わされていたのだ。

 

何も知らないユイの笑顔を視認した途端、これまで内包していた罪悪感が一気に弾けそうになった。

 

「あの、ね……ユイちゃん……」

 

上手く声が出ない。

 

「ん?」と小さく首を傾ける彼女に————ミカは最後まで真実を伝えることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行くね」

 

「……うん」

 

複数人の職員達に連れられていくユイに別れを告げ、その背中を見送る。

 

 

 

 

「……助けて、みーちゃん

 

「え————?」

 

 

発した言葉が大気に溶ける。

 

研究所へと向かう車に押し込められる彼女の姿を、ミカは眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

その日、ユイは寮に戻ってくることはなかった。

 

ベッドの中に身を潜め、地獄のような時間を過ごした。

 

「————」

 

夜が明け、一睡もできずに爛々としていた瞳で着替えようと自室を歩き回っていた時————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよーみーちゃん!もう起きてる?」

 

 

軽快なノックと共に、彼女は再びやってきた。

 

「ユイちゃん……!?」

 

寝間着のまま脇目も振らずに走り出す。

 

玄関のチェーンを手際よく外し、扉を開けた先には————

 

「えへへ……ごめんね、連絡もせずに」

 

以前よりも大幅に短いカットが施された髪の毛。

 

ショートカットの茶髪を備えた、葛城ユイの姿がそこにあった。

 

「ユイ……ちゃん……?」

 

「わっ!どうしたのみーちゃんその隈!昨日ちゃんと眠れなかったの?」

 

「えっと……その髪————」

 

「ああ、これ?鬱陶しいから切っちゃった」

 

さらりと返答したユイに言葉を失う。

 

お揃いに、と。わざわざ伸ばしてくれていた髪を…………彼女はなんの躊躇いもなく——————

 

「最後の注射を受けた時からスッゲェー……じゃなくて、すっごく気分が良くてさぁ!」

 

「どう……して」

 

「でもなんだか同時にこれまで溜めてきたストレスも爆発しちゃったっていうか?ちょっとみーちゃんに物申したくなって、真っ先にここへ来ちゃった」

 

いつもと変わらない笑顔。そのはずなのに…………今は、とても恐ろしい。

 

「みーちゃんってさぁ……ほんっっと気持ち悪いよね」

 

「えっ————」

 

「いつもあたしの後ろついて回ってばっかでさー……小さい頃に一度優しくしてあげたくらいで調子に乗ってるっていうか?」

 

「あ、あの……!」

 

「普段は根暗なくせにあたしと話す時だけにやにやにやにや……って」

 

どうしてそんなことを言うのか、ミカには全く理解できなかった。

 

いつも見せていた表情は偽りだったのか。それならどうして自分をスクールアイドルに誘ってくれたのか。

 

わからない。何もかもがわからない。

 

 

 

 

 

「ごめん……なさい……!」

 

 

 

 

 

涙を流したミカが崩れ落ちる。

 

「…………またそれ?なにかあればすぐ謝ってその場をやり過ごそうとするんだから」

 

ごめんなさい。状況を飲み込めないまま、ただひたすらにそう繰り返す彼女を————ユイは変わらず、笑いながら見下ろした。

 

「だーめ、許してあげない」

 

「へ……!?」

 

「みーちゃんには悪いんだけどさあ……たぶん今のあたしって酷いこと言っちゃってるよね?“そういうこと”を口走っちゃうようになったのも、きっと実験のせいだと思うんだよね。まったく誰かさんが止めてくれたら、こんなことにはならなかったかもしれないのにねぇ」

 

「そん……な……っ……!」

 

ユイの瞳の奥が怪しく光る。

 

紅色の双眼をミカへと向け————ユイは低い声で口にした。

 

「君が償える方法はただ一つ、あたしに隷属することだよ。あたしが許すその日まで、永遠にね」

 

 

 

 

 

 

 

そこから先のことはよく覚えていない。

 

嬉しかったのか、悲しかったのか。当時の自分が考えることを放棄してしまったせいで、ほとんど記憶に残っていないのだ。

 

……辿ろうとしても役に立たない。

 

ああ、心底腹が立つ。

 

氷室ミカという人間は————()()()()()嫌われる存在なんだ。

 

 

◉◉◉

 

 

まだ戦闘の痛みが残滓するなか、灰色の地面に横たわりながら想う。

 

(なにも…………変わってない)

 

以前の自分は私欲を満たすために、そして今の自分は嫌悪される恐怖から逃れるために。

 

なにも変わってなどいない。

 

 

 

 

霧で身を隠し大空を羽ばたいても、

 

 

 

 

硬い装甲に身を包んでも、

 

 

 

 

 

 

(ユイちゃんのためと言っておきながら、わたしは————)

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

————自分のことしか、考えていなかったじゃないか。

 

 

 

 




また重い話を……。
ミカのトラウマはユイと過ごせる時間を大切に思うあまり、彼女よりも自分の欲求を優先してしまったことにありました。
そしてユイが豹変してしまったのも全て○○○○って奴の仕業なんだ(一応まだ名前は伏せておきましょう)。

おそらく次回で2章は完結になると思います。
ここから最終章へどう繋がっていくのか、どうぞご期待ください。

完結後に何かしらの続編はいりますか?いりませんか?

  • 後日談として日常もの
  • シリアス調のもの
  • 両方
  • 別にいらない。

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