エヴァだけ強くてニューゲーム 限定版アフター 作:拙作製造機
寒風吹きすさぶ季節。世界に冬が戻って既に六年が経過していた。防寒具や暖房というものを使用するのが当たり前になり、かつてのセカンドインパクト時代を知らない子供が就学する程の時間が流れたのだ。
そんな中、その日シンジの部屋にアスカとレイの姿があった。シンジはスーツ姿であり、アスカとレイは着物姿である。成人式だったのだ。誕生日で考えれば遅いが、三人揃ってこの日までこの集まりを待っていたのだ。
「じゃ、こうして三人で約束を果たせた事を祝って……」
「それと、無事に大人になれた事もね」
「ええ。本当に」
「分かってるよ。とにかく、乾杯」
「「乾杯」」
それは、あのエヴァと共に戦っていた頃の約束。二十歳になったら三人で酒を飲もうというもの。今、彼らの手にはそれぞれがコンビニで買ったアルコールが握られている。シンジまでカクテルなのはご愛嬌。彼にはビールの味を間接的に教えてしまった存在が二人いたため、まずはと飲み易い物を買ったという訳だ。まずはというのは、冷蔵庫には一本のビールが冷やされているからである。
かつてのコーヒーでの文字通り苦い経験から、ビールも一人で全部飲むのではなく、三人で分け合って飲もうという事になっていたのだ。
それぞれが缶の中身を飲み下していく。そして、ある程度までで示し合わせたように口から離した。
「「「……美味しい」」」
その感想までも揃っていて、三人はそれに気付いて互いの顔を見て笑う。
「ね、シンジ。そっちの一口ちょうだい?」
「いいよ。ならアスカのもくれる?」
「碇君、私も欲しい。こっちのも飲んでいいから」
「ありがとう。そういう訳だからアスカ、残しておいてよ?」
「分かってるっつの。はい、これね」
「うん」
「私も先に渡しておくわ。アスカも飲む?」
「もち。じゃ、レイもシンジの後に飲んでいいわよ」
傍から見れば、どんな関係だと言われそうな三人であるが、ある意味で家族公認の三角関係とは思わないだろう。シンジの飲んでいた物がアスカへ渡り、アスカとレイの飲んでいた物がシンジへ渡る。
アスカが飲むのに少し遅れてシンジが缶へ口を付け、彼女よりも先に口を離してレイへ渡す。すると、レイは飲み口へ舌を這わせ始めた。その猫のような行動にシンジは目を奪われる。それが何を意図しているか察してしまったのだ。
(あ、綾波は僕の飲んだ後の残りを舐めてるんだ……)
若干のエロティシズムを感じつつ、シンジはレイの事を見つめた。と、感じる強い視線。内心でしまったと思いつつ、シンジは視線をゆっくりと動かす。そこにはとてもイイ笑顔を浮かべるアスカがいた。
「シンジ? レイの飲んで渡してくれない?」
「ご、ごめんっ! すぐに渡すから!」
「お願いね? ……で、レイ? あんたも何て飲み方してんのよ」
「……何かいけない?」
アスカの追及にレイの視線が一瞬泳ぐ。その瞬間をアスカは見逃さなかった。そして確信したのだ。今の行動は計算ずくだ。シンジへの遠回しのアピールであり、挑発行為であると。
(レイめ、この生活を始めてからやけに男の、シンジのツボを押さえてる気がするのよね……)
(やっぱりアスカには気付かれてしまうわ。それにしても、さすがお母さん。碇君の好きな事、よく分かってる)
唸るような表情でレイを見るアスカ。一方のレイは素知らぬ顔で飲んでいた缶をアスカへと差し出していた。
「あ、アスカ、どうぞ?」
「……ありがと」
そこへ差し出される元々レイが飲んでいた物。差し出すシンジはどこか焦り気味だった。何も二人の空気を感じ取った訳だけではない。
実はアスカとレイがアルコールを摂取した事で多少赤くなっていたのだ。その状態が可愛くもあり、格好もあってか色気もあった。そのため、彼はやや気付かれたくない状態となってしまっていたのだ。
シンジからやや乱暴に缶を受け取り、アスカはレイを見たままその中身を飲み干していく。レイもレイでアスカから差し出されたシンジが選んだ物を飲み干していく。しかも、二人は揃って飲み終わった缶をテーブルに置くと、若干据わった目で互いを見つめ合ったままこう告げた。
「「シンジ(碇君)、ビール出して」
「……はい」
これは下手に止めると厄介な事になる。そう判断し、シンジは溜息を吐きながら冷蔵庫へ向かう。そこからよく冷えた缶ビールを取り出し、それを三つのグラスへと注いで運んだ。
「はい、ゆっく」
シンジが言い終わる前に二人揃ってグラスを呷った。その飲みっぷりにシンジは、在りし日のミサトを思い出して懐かしい表情を浮かべるも、この後の事を想像して遠い目をする。悟ったのだ。二人がもう酔っていて、尚且つ厄介な酔い方をしている事を。
「っく、シンジぃ? 一つい~い?」
「な、何?」
「あたし、かぁいい?」
「勿論!」
即答。だが、その声に熱がある辺り、シンジも酔い出しているのかもしれない。とりあえず、彼の力強い肯定にアスカはだらしなくも愛らしい笑顔を見せる。
「えへへ、そっかぁ。あたしぃ、かーいい?」
「そりゃあもう」
「碇君っ!」
ドンッと響く音。それはレイがテーブルへ拳を叩きつけた音であった。そしてシンジは見た。レイの眼差しが完全に出来上がっているのを。
「なぁ~んでアスカばっかり構うのかなぁ? 私は? 私は可愛くないの?」
「そんな事ないよっ! 綾波だって可愛くて素敵だよっ!」
「本当にぃ~?」
「本当だよ!」
「じゃ、キスして。それも舌入れるやつ」
レイは絡み上戸のようだ。が、シンジも酔い始めているのか気付く事もなく、彼女の要求に応えるべく近寄ろうとして、アスカに腕を掴まれた。
「アスカ?」
「ダ~メ。シンジはあたしとキスするのぉ」
アスカは笑い上戸のようだ。しかも甘え癖のようなものまで併発していた。
「碇君? どぉ~してキスしにきてくれないの?」
ムスっとするレイだが、そんな顔はシンジも初めて見るため、その内心は戸惑いではなく喜びだった。そう、既にシンジも平常ではなくなっていた。ここにはただの酔っ払いが三人いるだけである。
「よし、分かったよ綾波。すぐそっち行くから」
「うん、待ってる!」
「や~だぁ~っ! いーかーせーなーいーっ!」
駄々をこねるアスカだが、その言葉はもう紡げなくなった。シンジが塞いだのだ。更にアスカを黙らせるように熱烈なキスをして、その結果彼女は嬉しそうに脱力してしまう。だらしなく笑うアスカを優しく引きはがし、シンジは満を持してレイへと近寄った。
「お待たせ綾波」
「だぁいじょーぶ。その分、期待してもいいのよね?」
「勿論」
互いを見つめ合い、二人は抱き合いながらキスをする。その舌を絡め合い、放すものかとばかりに求め合って。と、そこでシンジは背中に感じる温もりに気付いた。振り向かなくても分かる。何せ今ここにいるのはシンジとレイ以外には一人しかいないのだから。
「シンジぃ、あたしも~」
「……じゃ、いっそ三人で」
「いいけど、どうやるの? 私は知らないけど」
「あたしもよ。どーやんの?」
「えっとね」
こうして三人だけの秘密の成人式は過ぎて行く。まぁ、お約束のようにアスカとレイは途中からの記憶がなく、シンジも後半はうろ覚えという結果になり、揃って二日酔いとなっていきなりそういう洗礼を受けるのだが、それを後日聞いたそれぞれの親しい者達は苦笑しつつ、こう言って彼ら三人を喜ばせた。
―――おめでとう。これで大人の仲間入りだ。
その日、とあるランジェリーショップにアスカとレイの姿があった。示し合わせての外出だった。というのも、成人した事もあり、今後一層シンジとの時間もそういう事が増えて行くだろうと思った二人は、より彼が喜ぶであろう下着を見に行こうと決め、未だにそういう事に対する知識が少ないレイのためにアスカが同行を買って出たのだ。
「アスカ、これはどう?」
「……悪くないけどさレイ、今回はそういう時用のだからもっと派手なのにしたら?」
「そう」
レイの手にしていた下着を眺め、アスカは苦笑混じりに意見を述べながらさり気無く方向性を示す。そんな彼女の手には、中々に刺激的なデザインの真紅の下着があった。それを見てレイはそういう物を選べばいいのかと判断し、再び店内を見て回り始める。
「……いつかシンジを連れてくるべきかしら?」
店内をフラフラと歩くレイを眺め、アスカはぼんやりと呟いた。恋人同士でこういう店に来るのはそうおかしな事ではないし、場合によってはそうした方がいい事もある。そうアスカは思っていた。何せ、男女で良い悪いの価値観は異なるし、更に個人差もあるのだから察するにも限度があるからだ。
(それにしても、あたしも変わったなぁ……)
視線をレイから手にした物へ戻し、噛み締めるようにそう思いながらアスカは一人苦笑する。あの頃、下着に色気がないとミサトに言われていたアスカだが、今やそういうものの方が少なくなりつつあった。色も真紅だけでなく黒や紫なども数点所持し、シンジの反応などを確かめながら楽しむぐらいになっていたのだ。
「いっそ、大事な部分が隠れてないやつとかの方がいいのかな?」
元々甘えん坊の気があるアスカは、シンジと肌を重ねてからその温もりや満たされる感覚にすっかりはまっていた。レイはシンジから求められる方が多いのに対し、アスカは断然彼女から求める方が多い事からもそれが分かるというもの。
そのため、アスカはもうシンジと肌を重ねる事に積極的であり、一歩間違えれば依存しかねないところまできていた。まぁ、その辺りはアスカもシンジも分かっているので大丈夫ではあるのだが。
こうしてアスカもレイとは違った意味で店内を見て回り出す。そして、まるで意図したように二人は別々の場所で似たような下着を手にしていた。
((これ、どうなんだろう……?))
それは、一見するとやや過激な下着。だが、よく見ると要所要所にスリットが入っており、完全にそういう事に使うための物である。こんな物をアスカやレイが身に着けていようものなら、シンジでさえも思わず顔を背けて赤面する事間違いなしである。
余談であるが、カヲルはこういう下着をケンスケの持つ雑誌などを参考にかなりの数所有している。コスプレなどにも積極的で、まさしく男の理想をいく女性となっていた。
「「……これ、買ってみよう」」
二人して俗に言うエロ下着を購入する事に決め、他にも数点の下着を購入して店を後にする。
「これからどうする?」
「本屋に行きたい。アスカは?」
「あたしは特にないのよねぇ。ま、だからついてくわ」
「そう」
「ね、そこの彼女達」
突然二人へ声をかける男。いかにもな外見と漂ってくるタバコの匂いに、アスカだけでなくレイも嫌そうな顔を隠そうともしない。それに気付かないのか無視しているのか、どちらにせよ男は調子を変える事なく二人へ近寄っていく。
「折角の休日に女二人だけで寂しくない? よかったら俺とさ」
「アスカ、任せるわ」
「はいはい」
呆れるような声でやり取りする二人。顔には嫌悪感をはっきりと露わにし、男へ向こうへ行けと全身から告げている。それでも良く言えばめげない男に、アスカがため息を吐いてからスマホを取り出して、それを突き付けて面と向かってこう告げた。
「これがあたし達二人の彼氏よ。これよりも良い男だって自信があるなら付き合ってあげるわ」
待ち受けにされているのはシンジの画像。それも、普段の柔らかい笑みではなくアスカとレイに何か言われたのか、その顔は凛々しく二人を抱き寄せている。その眼光はどこか二人へ手を出そうとする相手を威圧するかのようだった。
「……さすがに冗談だよね?」
「あたし達と付き合ってるって事? それとも、この人が良い男って事?」
「いや、当然付き合ってる方だって。君達ぐらいのレベルなら二股なんてかける男なんて」
男が言えたのはそこまでだった。二股という表現を聞いた瞬間、アスカだけでなくレイまでも、かつて使徒と戦っていた頃と同じぐらいの、あるいはそれ以上の怒り顔を見せたのだ。
「……どうしたのよ。続けなさいよ」
「さ、最低だろ! 普通は」
「貴方の普通は世界の普通じゃないわ。人の数だけ普通がある。私はそう思っているし、そう知っている。それと、二股を私達に納得させている以上、そんな事を言い出す貴方よりも彼の方が男として強いわ」
「レイ、そこまでよ。もう行きましょ」
レイの発言に気圧されるような男へ踵を返し、アスカは彼女の手を引いて歩き出す。もう男が二人へ近寄る事はなかった。
「で、本って何を買うのよ?」
「メインはファッション誌。あとは……」
二人は後ろを振り返る事もなく、まるで最初から男に声などかけられなかったとばかりに会話を始める。男に声を掛けられる事はそこまで珍しい事ではない。だが、ここまで食い下がるのは中々いない。そして、食い下がった者達の末路はいつも同じであった。
(シンジの事を最低ですって? あいつがどれだけ悩んで苦しんであたしとレイへ告白してきたかを知らないくせにっ!)
(二股は二股でも、碇君は私達へ隠す事なく打ち明けてくれた。二人と付き合いたいって。それを出来る男なんて、そして出来ても納得させられる男なんてそういない。こういう事がある度にそう思う)
二人とて自分達の関係性が世間からどう見えるかは分かっている。だからこそ胸を張って生きようとしているのだ。年齢も成人を迎え、いよいよ結婚という言葉が現実として見えてきた事もそこにはある。
彼ら三人の親達はその関係に対して好意的であるし、環境が回復した後も未だ人口が緩やかにしか増えていない事もあってか、多夫多妻を容認する風潮が世の中には息づいていたのだ。
だからと言って全ての人々がそう思っている訳でもない。むしろ表立っては否定する方が主流である。彼らも人口問題が改善したり、時が流れていく程その傾向は強くなると分かっていた。故に結婚自体は早く済ませてしまおうと考えていたのだ。
「アスカ、一ついい?」
「ん?」
「私、お母さんのような研究者になりたい。アスカは、どうしたい?」
「……あたしは、ママになりたいかな」
「ママ……?」
「専業主婦ってやつ。正直、やってみたい事や興味ある事は沢山あるわ。でも、あたしは自分が小さい頃感じた気持ちを自分達の子供にさせたくないから」
やんわりと、実の母であるキョウコと同じ道への気持ちを告げながらも、アスカは科学者ではなく母親の道を選んだ。彼女が心の中に感じた強い苦しみや悲しみ。それを生んだ要因の一つが母が研究者であった事がある。だから、アスカは子供と一緒にいられる時間を少しでも多くする事を選んだのだ。
「じゃ、家の事をやるのね」
「そうよ。今はシンジに勝てなくても、いつか同じぐらいかそれ以上になってみせるわ。あたし、天才だもの」
「ふふっ、ええ。アスカは才能があるわ。私よりも」
「当然よ!」
「クスッ、単純」
「なぁんか言ったぁ?」
「別に?」
互いに笑みを浮かべながら二人は歩く。二人は気付かない。それは、あの共同生活初日の浴室での会話に近いと。あの頃はまだ棘が互いに見えたアスカとレイは、今や親友以上の関係となっていた。時に言い合い、時に笑い合い、時にふざけ合う。今の二人はシンジなしでも強い繋がりを持っているのだから。
―――レイも、リツコ程仕事人間にならないようにね。子供って、中々頑張ってる親見てると本音言えないから。
―――分かった。また色々聞かせて。そういうのはお母さんもあまり感じてなかったみたいだから。
共に科学者を母としているアスカとレイ。だからこそ選んだ道は対照的だった。その背を追う事を決めたレイと、その背にはならないと決めたアスカ。これも彼女達が同じ男の妻となるからこその選択かもしれない。人は互いに影響し合い、変化していくのだ。かつてシンジが変化する事で周囲が変わったように、アスカとレイもまた同じ男を思い合うからこその変化があったのだろう。
この日の夜、シンジは彼女達の来訪を受ける。その理由は言うまでもない。翌日、どこか疲れ切ったシンジと艶々とした表情のアスカとレイが買い物に出かける姿があったとかなかったとか。
「まさか、こんな日が来るとはな」
目の前のグラスに注がれた黄金色の液体を眺め、ゲンドウが噛み締めるように呟く。その言葉に頷きながら同じくグラスに黄金色の液体を注ぎながらリョウジが笑う。
「本当に。ま、俺からすればゲンドウさんと飲んでいる事さえも同じなんですがね」
「かもしれんな。本当に、思いもしなかった」
互いに手にグラスを持って笑みを浮かべ合う。そして揃ってその視線を相手から別の人物へと動かした。そこには、彼らと同じように黄金色の液体が入ったグラスを手にしているシンジがいた。
場所は彼が暮らす部屋。そこにゲンドウとリョウジを招いての初めての宅飲みを行おうとしていたのだ。
「僕はどこかで信じてたよ。具体的には母さんとミサトさんが箱根に旅行行ってた時辺りで」
「あー、ミサトの腹の中にセイジがいた時だな。ほら、俺がすき焼きの材料と酒を土産に来た時です」
「ああ、あの時か。あの酒は美味かった」
「安いものですがね。つまみもプライベートブランドのでしたし」
あの結婚式からもう五年以上が経過し、ミサトの産んだ子供も既に自分の足で歩き、元気よく遊び回るようになっていた。シンジも成人となり、父親と兄代わりでもあった男性と初めての飲み会を行う事になった。
その申し出は、当然のようにシンジからである。ゲンドウもリョウジも言われた時は軽く驚いたものだが、同時に嬉しくも思ったのだ。片や息子であり、片や弟のように思っていた相手である。それが酒を飲めるようになり、しかも自分と飲みたいと言ってきた。男として感じ入るものがないはずがない。
リョウジの話でゲンドウも記憶を呼び戻したのか、懐かしむように頷いていた。その顔は、かつてネルフの司令であった頃の面影など欠片もない。今や二人の子供の父であり、シンジの時の事を踏まえ、次男であるライトの遊び相手などを進んでやっている程である。
「リョウジさんも、父さんもまずは乾杯しない? 思い出話はその後でさ」
「そうだな」
「よし、なら音頭を頼むぞシンジ君」
「え?」
「ああ、これもいい経験だ。将来する事もあるだろう」
「そ、そうかもしれないけどさ……」
ニヤニヤと笑いながらシンジを見つめるゲンドウとリョウジ。その視線に困り顔を浮かべながらも、拒否しようとはせず何とか文言を考えていた。
「えっと、あの頃は自分が大人になるなんて想像も出来なかった。それぐらい目の前の事を何とかするので精一杯だった。エヴァのパイロットとしても、碇シンジとしても。だからこそ、父さんや母さんとの生活も、ミサトさんとリョウジさんの結婚式も、僕にとっては頑張った結果としてとっても嬉しかった。勿論、この時間も。これを今後も続けて行きたいって、そう思ってる。だから」
「よし、そこまでだシンジ君。君の気持ちはよく分かった。だが、乾杯の音頭は短くが基本だ。その続きは結婚式にでも頼む」
色々と言いたい事があるため、シンジの雰囲気などが飲み会の音頭らしくないと察して、リョウジが苦笑いでそれを中断させる。ゲンドウも同意見のようだが、こちらは苦い顔をしていた。どうやら過去に似たような事をしたのか言われた事があるのだろう。それを察してシンジは複雑な気分となりつつ、ならばと咳払い。
「今後も、二人とお酒を飲んで話していきたい。これからは、新人成人として色々と教えて欲しいので、よろしくお願いします。乾杯っ!」
「「乾杯」」
照れと恥ずかしさからやや顔を赤くするシンジに、微笑ましいものを感じて笑う大人二人。軽く澄んだ音を奏でる三つのグラス。男三人での飲み会はこうして静かに始まった。
一方、同じ頃碇家にはアスカとレイの姿があった。こちらは飲み会ではなく座談会とでも言えばいいのか。ユイとリツコだけでなくミサトも入れての大所帯。更にミサトの子であるセイジにシンジの弟であるライトもいるので賑やかではある。
二人の子供はそれぞれアスカとレイの腕の中で笑っていた。その姿を眺め、三人の女性は小さく微笑む。
「何か感慨深いですわ」
「そうよねぇ。あたしもよ。あのアスカとレイが、だもん」
「こうなると、お祖母ちゃんになるのは私とリツコさんは同時になるのね」
「……そう、ですね。レイが子を産めば自然とそうなります」
「あたしは当分先で良かったわぁ。それに、セイジが子持ちになるかも分からないし」
「何言ってるのよ。リョウちゃんの子よ? 貴女みたいな女性を引っかけるか引っかかるかするわ」
「ふふっ、凄い説得力ね」
リツコの言い方に返す言葉がなく、複雑な顔をしたミサトにユイが苦笑しながらとどめを刺す。こうしてテーブルに突っ伏したミサトに二人の笑い声が上がる。そんな三人の母親を眺め、アスカとレイはどこか呆れるように息を吐く。
「いつかああなるのよね……」
「そうかもしれない。出来るなら、笑い合えるようでいたいけど」
「大丈夫でしょ。ね? セイジ?」
「うんっ!」
よく分からないでも頷くセイジにアスカとレイが微笑む。ミサト曰くやんちゃな彼だが、ユイが言うには男の子などそんなものらしい。ちなみにセイジにとってライトは弟のようなもので、その関係性を見たリョウジとシンジが自分達をどこか重ねたのは言うまでもない。
「ったく、こういう調子のいいとこはミサト似よね」
「意外とリョウジさんもそういうところはあるわ」
「……じゃ、なるべくしてなってるって事か」
「ええ」
「お願いだからセイジは誠実な大人になりなさいよ?」
「せーじつってなに?」
小首を傾げて問いかけるセイジにアスカとレイが思わず笑顔になる。更にライトがこっちを見ろとばかりに両手を伸ばして声を出す。それがより一層二人の笑みを深くする。
「アスカ、私、ライトといると子供が欲しくなるわ」
「大丈夫。あたしもだから」
「じゃ、おねえちゃんたちもおかあさんになるの?」
二人の会話を聞いてセイジが尋ねた言葉に二つの淡い赤い花が咲いた。アスカもレイも色々な事を想像したためだ。今更と思うかもしれないが、求め合う事と子供を望む事が一致していない今の彼女達は、母親になるという言葉の持つ意味が色々あるのだから。
何も言わなくなった二人に疑問符を浮かべつつ、ならばとセイジは更なる追撃を無意識に繰り出した。
「ぼく、らいとがおとうとみたいだから、こんどはいもうとがほしー」
「「っ?!」」
無垢なる希望が二人の新成人女性を見事に赤面させる。二人の脳裏には自分に良く似た小さな女の子と、それを抱き上げて微笑むシンジが浮かんでいた。
そんな風に赤面して沈黙してしまったアスカとレイを眺め、ユイ達は微笑みを見せる。何故ならそれは彼女達が経験しなかった気持ちだからだ。それが羨ましくもあり、微笑ましくもありというところだった。
「ミサトさん、妹ですって」
「あたしも欲しいは欲しいですけどねぇ……」
「そうね。私達も女の子が欲しいと思ったけど……」
「こればかりは希望通りにはいきませんから。何ならユイさん、私が産みましょうか?」
暗に、女遊びした男には女の子が生まれやすいというジンクスを告げるリツコ。ユイはそれに彼女の本音が混じっていると察して少しだけ目を釣り上げる。
「リツコさん?」
「言ってみただけですわ。それに、今のゲンドウさんはユイさん以外に手を出せませんから」
「出させる事は出来そうだけど?」
「ミサト?」
「いーえ、今のはミサトさんが正しいわ。リツコさんの方があの人としてたんだもの」
「代わりに愛情は欠片としてなかったですわ」
「さ、セイジ。あたし達と一緒に別のお部屋にでも行きましょうか」
「ライトも行きましょうね」
聞こえてきた内容にアスカとレイは阿吽の呼吸で別室へと移動を開始する。何となく察したのだ。これは鎮火に時間がかかると。二人して幼子を抱き抱えて一度だけ視線をミサトへ向ける。
((何とかしてよ(ください)))
火に油を注いだ彼女へ言い放つように思いを眼差しに込めて。それを受けたミサトは苦笑いを浮かべながらリツコとユイに視線を動かし、ため息を吐きながら手でOKサインを返すのだった。
その後、ユイとリツコの女の鞘当てを、ミサトが必死に沈静化しようと努めるも結局止める事は出来ず、赤ら顔で帰宅したゲンドウに両手を合わせて後事を託して逃げ出す事となる。ぐっすり眠るセイジを抱え、外で待っていたリョウジと共に帰宅の途に就く彼女の背を、アスカとレイがため息混じりで見送った。
―――あたし達も帰ろっか。
―――……そうね。
余談ではあるが、酔ったゲンドウはユイとリツコの争いを聞いて「俺が悪かったからもうやめてくれ」と言って終わらせた。これで同居話がなくなるかと思われたが、そこはなくならなかった。
後日その決着を聞いたミサトは、ユイがリツコを監視する事も含めて同居を無くさない決断をしたんじゃないかと邪推したものの、それを問われたユイは無言でにっこりと笑うだけで、否定も肯定もしなかった事を記す。
それぞれ部屋に帰ってきたアスカとレイはシャワーを浴びて、髪をバスタオルで拭きながら何気なくベランダへと出た。そこから見える星空はいつか見上げたものよりも綺麗に見えた。
(あの時よりも大気が綺麗になったのかな……?)
(あの時よりも背が伸びたから……?)
そこで柔らかな風が吹き、二人が同時に目を細める。と、そこで大あくびが聞こえた。聞こえた方へと彼女達が顔を向けると、シンジがどこか赤ら顔で夜空を見上げている。酔ったため、火照った体を冷ます事も兼ねてベランダで星を見ていたのだ。
「「シンジ(碇君)?」」
「あれ? アスカと綾波? 帰ってきたんだね」
三人してベランダの手すり近くに立ってお喋りを始める。酔っている事もあり、上機嫌に笑みを浮かべているシンジにやや苦笑しつつも、アスカとレイも機嫌良く会話を続けた。
とはいうものの、ほとんど会話はシンジが主体であり、その珍しさも手伝ってアスカもレイも意外な印象を覚えたのか、軽い驚きを表情に浮かべていたが。
やがて話はあの三人揃って夜空を見上げた時の事へ移っていく。それを切っ掛けにエヴァパイロット時代の思い出話が始まった。
「あの使徒を支えてる時、本気で初号機が凛々しく見えたわ」
「あー、たしかにね。そうそう、凛々しいと言えばあたしは十四使徒の時かな? 弐号機の盾になってくれた時」
「後ろ姿だったのに?」
「碇君、十分カッコイイから。あの第七使徒の時もそうだった」
「うんうん。あっ、第七使徒って言えばさ」
話題は尽きない。話せば次々と思い出が甦るのだ。世界中で彼らしか知らない思い出であり、絆の記憶である。今やエヴァの事を話題にする者は皆無に等しい。表向き世界環境を回復させた存在ではあるが、今はもう現存していないため、エヴァの名は歴史の中に残るのみであった。
そして、当然ながらそのパイロットが誰かなどは伏せられており、その正体を知っているのは一部の限られた者達のみ。それもあって、その戦いの記憶を話題に詳しい話が出来るのは彼らだけなのだから。
「それにしても、最後の戦いからもう六年以上経ったのよね」
しみじみとアスカの言った言葉にシンジとレイが同意するように頷いた。
「それと、私達が付き合い始めて六年以上」
噛み締めるようなレイの言葉にシンジとアスカが彼女と同じ顔をする。
「そして、僕が二人から愛してるって言われて、言い返して六年以上だよ」
照れくさそうなシンジの声に、アスカとレイも似た気持ちなのか、少しだけはにかんで彼へ視線を合わせた。その視線を感じ取って、シンジも左右の最愛の女性へ顔を向けていく。と、その時女性二人が揃ってくしゃみをした。
「二人共、お風呂上りなんだよね? いくら春だからって夜は冷えるから部屋に戻った方がいいよ」
「……そうする」
「ええ」
「じゃ、おやすみ。僕ももう寝るから」
「ん。おやすみシンジ。ちゃんとベッドで寝るのよ?」
「分かってるって。母さんみたいな事言わないでよ」
「ふふっ、シンジ? お腹を冷やさないようにね?」
「綾波の真似は笑えないから。本気で声だけだとそっくりだから」
そんなやり取りを結局十数分してから、三人揃ってもう一度シャワーを浴びて就寝となった。この日から丁度一年後、彼ら三人にとって忘れられない日となるのだが、それは別の話……。
書きたい話はほとんど書けました。アフターと言いながら短編集みたいになりましたが、やはり描きたいものが部分部分なところだったため、こういう形となってしまいました。
ここまで読んで頂きありがとうございます。拙作製造機の次回作には過度な期待をしないでください。