あれから幾らかの時間が過ぎた。
自分が隊長になってから五年後に平子さんが新隊長に就任。
その五年後には拳西さんが隊長に就任、久南さんも副隊長に昇進した。
さらにその三年後には愛川さんが七番隊の隊長に就任。
数えると自分が護廷十三隊に入ってから六十三年の月日が流れていた。
それは知り合いが一気に台頭してくるわけだ。
そう思うと自分が年をそれなりに取っているのが実感できる。
こちらは後進を育てながら強さに磨きをかけている。
東仙の卍解の能力や綱彌代の能力も事細かに分析を行っていた。
恐ろしい能力は綱彌代であった。
『閻魔蟋蟀』は触覚以外の全ての感覚を遮断。
刀の持ち主には干渉されない系統のもの。
『獲姫大蟷螂』は大鎌以外にも隠されたものは有るはずだ。
二つ目の鎌をどこからともなく出現させていたので、条件付きで大鎌の二刀流になるのだろう。
その二つ目の鎌に隠されているものがいまだに判明しない。
『眠計画』を涅と共にやり続けていたが成長度合いから未だに五號のままである。
殆どの問題も論理も取り払えている。
しかし抜けが有るはずだと凝って考えたり、よりよいものの生産に重点的に考えを持っていく。
あえての方法など試しての経過観察を続けているのだ。
そして『義骸』といった考え。
代わりの入れ物と言って差し支えない。
この研究結果は別に晒すつもりもない。
ただ、どうしても『魂』が存在していない。
そのせいもあるのか、いまだに話す事が出来ない。
検査をしたが脳の成長、神経伝達に不備は見当たらない。
しかし、現実としては凍結と言ってもいいほどの行き詰まりだ。。
もう一つは藍染との関係。
なんとか長年の説得のおかげで現状は問題がない状態まで持って行けた。
もし、急いだ場合の犠牲などもすり合わせて話し合った。
急がなければ待っていれば条件は整っていくだろう。
それにあの塊もこれ以上は大きくすることもない。
心を開いてくれているのか食事にも頻繁に行くようになった。
相も変わらず、平子さんからは距離を取られているらしい。
食事に誘ったりしたら一緒には行くが、瞳の奥が笑っていない。
もしくは取り繕っているというのが透けそうだと言っている。
あの人、救いようがないな。
「なんであいつを警戒しているんですか?」
そうは思いながらも、平子さんに聞きに行く。
食事をしながらなら少しはするっと出るだろう。
正直、俺としてはもう藍染に寝首掻かれる理由は自分で作っていると思う。
不信感しか今の藍染は持っていない。
実際、一回だけあいつと木刀で勝負したけどかなり強かった。
確実に東仙や綱彌代以上はある。
もし、本気を出したら平子さんよりも強いんじゃないか?
「あいつはわいの斬魄刀が見た結果、恐ろしいほど何かを隠してる、危険な奴や」
それを聞いた瞬間、溜息をつきそうになる。
斬魄刀の判断よりも、自分の判断を信じてみろ。
あいつが裏切る可能性があるとしたら……
「危険な奴が裏切るとしたらそう言う態度やふとした言葉が引き金になるんですよ」
それだけ言って食事処から出ていく。
霊術院時代の先輩だからこそ、それなりに敬意はあったがもはやその気持ちもわかない。
拳西さんはまだ理解するし面倒見は良い兄貴分で通っている。
次期隊長候補の愛川さんも優しい事に加え仁義を通す人だから、人気がある。
そういう人たちには敬意を払っている。
人を信じて、事を成そうとするし腹に一物あろうとも見捨てようとはしないから。
「しかし藍染が不幸だな……」
歩いていくと臭いがする。
風が運んできたのは嗅ぎ覚えのある臭いだ。
侵入者の報が入る。
既に重傷者数名。
賊は僅か二名。
幼子が一名。
この時点である存在を予感していた。
そして次の男性の特徴と共に『天挺空羅』を卯ノ花隊長に向けて放つ。
鎮圧のための戦闘許可。
それを快く受諾されたことでさらに速度を上げる。
「削枷隊長は!?」
そう言って見るがなんとかまだ立っていた。
とは言っても流血が酷い。
残念だが死なないだけで敗北というのは変わらないだろう。
その人の海を飛び越えて男に向かって刀を振るう。
相手もその一撃に振り向いて刀同士を打ちつける。
火花が散って高い音を響かせる。
「会えて嬉しいぜ……」
その男が微笑む。
獣のような笑み。
それに対し、刀を向けて射殺すように視線を向ける。
「瀞霊廷を揺るがす輩であれば斬らねばならん」
そう言ってこちらは刀を振り抜く。
それに対して相手も刀で再度受け止める。
邪魔になってしまっている十一番隊の奴らに指示を出す。
「お前らは隊舎に入るなりしておけ、それと速く削枷隊長を四番隊に連れて行ってこい」
巻き込まない自信は無いからな。
三度目の刀の一閃。
それを見てから相手は動く。
回避ではなく前へと進んでくる。
肩口にめり込むのが見える。
その痛みや損傷を意に介さず逆の手に持ち替えて振るってきた。
腹部に刀を迫らせるが舐めるんじゃない。
「ふんっ!!」
跳躍をして腕に乗る形で回避。
そのままの落下を活かして懐に入り込む。
しかし相手も強いものであることは変わらない。
「易々と入らせるかよ!!」
膂力を活かして胸倉をつかんで放り投げてくる。
着地を決めたところへ突きの一撃が迫る。
前へ踏み込んで頬に喰らいながらも距離を詰める。
「この程度か?」
袈裟切りを見舞う。
それを半身になって踏み込んで浅くする。
その勢いのまま回転切りを放ってくる。
こっちの腕を盾にして止める。
斬り落とせずに止まった相手に対し、頭突きを放って互いに頭を打ち付けあう。
一度の攻撃から繋がる流れはめまぐるしい変化がある。
両者の損傷もさほど違いはない。
そう……
「俺が『これ』を使わなければの話だがな」
腕の傷が癒えていく。
あの人が認めた男がお前なら、俺はあの人との錬磨を長きにわたり続けた男。
あの人の刀の流れを汲んだもの。
「楽しむために使わせてもらう」
よもや卑怯とは言うまいな。
刀のように鋭い眼で相手を見る。
相手は顔を歪ませていた。
だがそれは怒りなどではない。
純粋すぎるほどの喜び。
霊圧が地面に染み出すように体の外から漏れていた。
「まだ斬らせてくれんのか!!」
振りかぶる相手。
踏み込む自分。
殺すつもりで振り下ろす相手。
倒すつもりで斬りあげる俺。
「ちっ!!」
舌打ちをする俺と相手。
無理もなかった、交錯した結果は芳しくはない。
紙一重の差。
皮一枚しか裂けてはいないようなもの。
心があの日の様に沸き立つ。
溶岩のような熱を伴って。
血が徐々にせり上がり俺の思考を獣の様に血生臭いものへ変えていく。
「しゃあああああ!!」
雄たけびの一閃。
その刀の一撃をただ事ではないと思ったか。
振り下ろした一撃を刀で受けてすぐさま前に転がり、頭突きを顎に放ってくる。
顎を跳ね上げられてたたらを踏む。
だがすぐさま言葉を返す。
「痒いんだよ、もっとしっかりやれ」
その言葉にさらに喜びを見せる。
本気で戦える相手が目の前にいる。
それがこの男にとっては至福なのだろう。
「そうだ、もっと喜べ」
俺が相手してやるからよ。
そんな思いを乗せて刀を振るう。
その攻撃を受け止めて前蹴りを放ってくる。
こちらはその前蹴りを半身に体を翻して避ける。
そして幾年ぶりにあの風景が眼に映り始めた。
「相も変わらず煌いていやがる……」
腹を裂いてしまおうか。
腕を斬ってしまおうか。
ああ、ご馳走が目の前にある。
「その眼、その顔、それを求めて彷徨い続けてきたぜ……」
相手が何を言っているのかはすでに聞こえない。
ただひたすらに求めるように進む。
相手の刀が腹にめり込む。
裂かれるが気にも留めない。
その振り切った腕を切り裂いていく。
「きええええええ!!」
足を斬られるがそれも無意味。
痛みなどとうに無い。
毛の先ほども感じてはいない。
「がっ……」
首筋を切り裂く。
血が袖を濡らし、流れる。
床に雫が落ちると同時に踏み出してきた。
それを迎え打つために構える。
「もう良いだろ……」
侵入者の捕縛の為に駆け付けたのはひよ里さんと曳舟隊長。
隣の隊だからな。
そんな曳舟さんの呟きにくるりと首を向ける。
俺の顔を見てひよ里さんが強張った。
「片や足と腹を裂かれ、片や首と腕を深く斬られ」
曳舟さんが見比べている。
お互いの深手は同程度。
このまま続けているとどちらかが死ぬ。
「こんな戦いは辛いだけやろ、そこまでする必要があるというんか!!」
それを察したひよ里さんが悲痛な顔でこちらに止まる様に言葉を繋ぐ。
だがもはや止まれない俺はその優しさに対して冷たく言葉を返していた。
「辛くない殺し合いのどこが楽しいんです?」
その言葉に珍しくきょとんとした顔になる。
ひよ里さんに対しては今まで優しく言う事を聞いていた姿しか見せなかった。
そんな俺からの反論。
「えっ?」
自分に対して何時でも優しかった男。
その存在が恋愛以外で聞き分けがないのだ。
反応としては当然だろう。
「辛くない殺し合いのどこが楽しいのか聞いているんですよ!!」
両手で刀を握り、駆けていく。
相手は片手で刀を握り、眼を光らせてこちらを見ている。
「そうだ、痛みも死もすべて戦いの代償に過ぎねぇ!!」
そこからはさらに斬り合いは熾烈さを増していく。
皮膚より深く肉を斬ろうとする。
その肉を斬ろうとすれば骨まで断とうとする。
隊長羽織はどちらの血で染まっているのか分からない。
鬼道を使えば勝てるはずだ。
それをしないのは一つの意地。
あの人の刀の流れは最強である。
それを汲んできた己も強いはずだ。
その証明の為に斬り合うのだ。
「ひゅっ!!」
呼気を吐き出す。
相手の片手による僅かな隙。
それは楽しみではない、驕りである。
それを知らしめてやる。
「しゃああああああ!!」
一撃を振り下ろす。
俺よりも高い背丈から放たれるもの。
並の隊士や隊長なら切り殺されるだろう。
だが集中しておけばなんという事もない。
ここで一つ技を拝ませてやる。
「はっ!!」
柄の部分で刀を受け止めて、すぐさま相手の刀を弾くように滑らせる。
技巧としては恐ろしく難しいし、間違えれば深手を負う事は確実。
それを成功させて、刀を跳ね上げる事で無防備な状態を作らせる。
そして深く踏み込み、力を込める。
「かあああああっ!!」
気合の声とともに刀が振り下ろされる。
腕が深々と斬られた相手。
肩口から斜めに切り裂き、相手から血が噴き出す。
手応えはあった、斬りあげて止めを刺す。
そう思って相手に向かおうとする。
「っ……」
しかしそれよりも速く懐に入り込まれていた。
その深い傷の激痛も意に介さない。
踏み込んで笑みのまま、こちらの振り下ろした後の硬直を虎視眈々と狙っていたのか。
「貰ったぜ」
刀が一閃。
煌きだけを残して振りぬかれる。
髪の毛がはらりと落ち、額から血が噴き出る。
それでも此方の表情は笑みを崩さず。
深く斬ったから終わりとで思ったのか、警戒がない。
そんな詰めの甘さには反吐が出る。
あの人相手にそんな真似をしたら、次の瞬間には首が地面に転がるぞ。
「これにてお終い」
餞別に卍解を行う。
左側頭部を縦に一閃。
手応えは十二分にある。
「やっぱり、被って見えるだけある……」
相手は血を噴き出させて崩れ落ちる。
俺は頭に横一文字に切り裂かれている。
「ちっ……」
深手と疲労で体がまともに動かせずに仰向けに倒れ込む。
倒れる際に頭部から流れる血が雨の様に降ってきた。
そんな俺を見下ろすひよ里さん。
曳舟さんは隊長として更木を運ぶために四番隊に話をしに行った。
「生きとるか?」
腕を組んだ怒りの姿勢のまま、問いかけてくる。
体が動かないし口もひくひくとしか動かない。
流石にこれは駄目だ。
「全く阿保な事しくさりおって……」
足を持って引きずられる。
抱えられる大きさではないから仕方ない。
あの時、ひよ里さんの瞳に映った自分が見えた。
あの日以上に凄惨な笑みを浮かべていた。
そんな姿を見せて怖がらせたことを深く恥じる。
「笑顔で恐怖感じさせるってあるんやな」
ふとした時にひよ里さんが呟く。
相手が強かったさかい、あの顔になるんやろ。
そう言われて苦笑いで返す。
卯ノ花隊長の時はあの笑顔にはならない。
更木剣八だからなのだろう。
それとも卯ノ花隊長の時は死を意識しているからなのかもしれない。
確実にそうなりかねないと平隊士の時からの刷り込みが、楽しみを感じる以上に恐怖を感じている。
「まあ、滅多にあの顔はないやろ」
頭が徐々に地面を擦り始めた。
痛いのでここでほったらかしにして十番隊の隊舎まで行ってください。
そして東仙を連れてきてください。
そうは思うが口が動かない。
「お前、やっぱり重いわ」
そこで待っとけ。
そう言われて、地面に置いてどこかへ向かう。
数分後に拳西さんと愛川さんが来て、二人がかりで運んでくれた。
卯ノ花隊長とも戦いの結果について話をしたり、その数日後に護廷十三隊の隊首会で削枷隊長の進退を確認。
この度は削枷隊長の引退となり、後任は決闘で勝利した更木剣八が就任する形で騒動は終止符を打ったのであった。
強さ的には59巻の戦いをしているのとさほど変わりません。
しかし、まだ全力出させる前に引き分けたので残念な結果です。
指摘事項などありましたらよろしくお願いします。