今回は理不尽でもやり場のない怒りをぶつけるというのをやってみました。
全死神の夢であった『眠計画』。
苦節数える事、八拾年。
理論を組み立ててから長い時が流れた。
今、その結晶ともいえる存在が目の前に映る。
「目を覚ますんだ『眠六號』」
その言葉に反応する赤子。
目は瞑ったまま泣き声を上げる。
産声があばら家に響く。
反応は上々。
涙という分泌物もある。
女の子としてできてしまったのは予想外だったが。
男性の遺伝子情報と肉体だからてっきり性別は男になるとばかり思っていた。
「ついに成功だな、涅」
感慨深く言うと笑みを浮かべているのがわかる。
自分たちの夢にいつの間にか変わっていたかもしれない。
しかしすさまじい、ある種の偉業を成し遂げたのだ。
「これが『眠計画』の成功例ダネ」
そう言ってありとあらゆる角度から見るように観察する。
今後の経過も残していくようだ。
当然の行いだと頷いてこちらも筆と紙を用意する。
「今後の観察が重要になるからな」
そう言って一旦隊舎へ戻る。
俺も仕事があるからな。
十番隊の隊舎で仕事をしていた時に、阿近が訪れてきた。
「十二番隊の隊長があんたを呼んでいるぞ」
口の悪いまんまだな。
東仙と狛村も少し苦笑いと怒りの混じった表情をしている。
「分かった、行くよ」
立ち上がって曳舟さんへ会いに行く。
多分『義魂』についての話だろう。
「うちの若い者からの伝言受け取りましたよ」
お互いが隊首室で向かい合う。
人払いをした状態での話し合い。
「そっちは開発しきったみたいだねぇ」
義魂と義骸の一致。
人造死神の完成の話だろう。
あの段階では手の入る余地があるのを分かっているくせに、いけしゃあしゃあと……
この人は肝が太い、男顔負けだ。
「でも、あれは完成形とはまだ言えそうにない」
まずは小型化の方法。
あの体の丈夫さの限界まで張り詰めた義魂。
暴走している器官への影響等が考えられる。
「言いたいのは……」
一拍おいて羽織の中に手を突っ込む。
そして数瞬後、取り出した内容は……
「これの事だろう?」
自分たちよりも小ぶりな義魂だった。
しかしこれは流通は良くても、一つの欠点があるのではないかと思った。
この寸法では改造魂魄しか入りきらない。
結果としては今の方が『眠計画』に適している。
そして自分たちの研究で小型化せずに大量に生産できればその方が具合がいい。
「その眼は気づいているようだね」
そう言って服に忍び込ませる。
おそらく指摘しているの欠点だけの話ではない。
この開発の成果によりもたらされる栄誉とそれに伴う別れ。
俺達が始まりではあるが、確実に零番隊に選ばれるのは曳舟隊長の方。
そう考えると胸が苦しくなる。
今まで世話になった人に二度と会えないのでないか?
引退ならば、瀞霊廷に居て教鞭をとるなどの道もある。
その可能性すらない。
そしてひよ里さんの悲しむ顔が頭によぎる。
止めておけばよかったのではないかという後悔。
しかし止めてしまうと憧れの人の夢を打ち砕く極悪人として罵倒される。
板挟みに苦しんでいたのは事実。
何故ならば必ず成し遂げられるだろうと思っていたから。
「あの人には俺から伝えます」
それこそがしてやれること。
いつになるかはわからない。
しかし、その日まで十分な時間を過ごさせてやりたい。
「余計な手間取らせてしまうね」
曳舟さんが言えばそれで解決する。
だが、行き場のないモヤモヤとした気持ちを抱えてしまうだろう。
それならば止めなかった悪者に自分がなればいい。
ひよ里さんも俺になら存分にぶつけられる。
ひ弱な人だったら流石にあの人も途中で躊躇うだろう。
「そうと決まれば話は速い」
それだけ言って副官室に向かう。
扉を叩くと声が返ってくる。
「タケルか、何の用事や?」
呼び方が変わって数年。
『イカ』から『タケル』となった。
単純に食べ物のほうでも同名の生き物がいる。
それを調理の工程で切り刻むとかになったら、さすがに心苦しいのが理由らしい。
「猿柿副隊長にとって非常に重要な話なんです」
下の名前で呼んでいないと分かると扉の向こうの気配が変わる。
緊迫した空気の中、入ってくるようにと声が聞こえる。
扉を開けると手を叩いて茶を出すように平隊士に頼む。
「うちに重要な話ってなんや?」
座るように促されるので座ってお互いが向かい合う。
机ではない畳の上。
真剣な話である以上、遮るものがないのが好ましい。
「前に俺の開発については話しましたよね?」
その言葉に頷く。
次に絞り出す言葉とその後の展開も考えて繋いでいく。
少し間違えた情報を伝えないように。
「曳舟隊長も魂魄について研究している死神の一人です」
その言葉に驚く。
まさか、自分の知らない一面があるとは想像してなかったのだろう。
俺が知っているのは同種だからだと納得してくれていた。
「そしてあの方は俺の開発以上の代物を作成してしまいました」
真剣な眼差しを受け止めているのだろう。
固唾を飲んで聞いている。
そして次に出る言葉を一言一句聞き逃すまいとしているのが分かった。
「王族特務、零番隊からの声すら有り得ます」
零番隊へ行くこと。
それはただの異動ではない。
分かっているわけではないが、こっちの目を見ることでただ事ではないのは理解しているはずだ。
「それは二度と曳舟さんとウチは会われへんようになるんか……」
顔を俯かせてしまう。
その言葉に頷くと次の瞬間、拳が飛んできた。
避ける事もせず顔に吸い込まれていくのを待つ。
視線を顔に向けると悲痛な顔をしていた。
「なんで分かってて止めへんかったんや!!」
自分でも理不尽だとわかっているはずだ。
それでも納得はできない。
ならばその気持ちを全て吐き出させてやろう。
「黙らずに何とか言えや!!」
次は頭へ蹴り。
振りぬかれたことで頭が僅かに揺れる。
体全体でぶつかってきたことで、ぐらりと体勢を崩してしまいあお向けに倒れてしまう。
馬乗りになりながら拳を幾度も振り下ろす。
やりきれない気持ちをぶつけるように。
「はぁはぁ……」
息が荒くなってから俺の上から体を退ける。
無抵抗で受け続けていたがゆえに顔は腫れている。
しかしそれ以上に痛々しいのは皮が捲れるまで叩き続けていたひよ里さんの拳だった。
「手、借りますね」
包み込むように手を握って回道を使う。
捲れていた皮膚も治っていく。
痛みでしかめていた顔も徐々に柔らかいものへ変わっていた。
「無理やり止めたり壊しても、それでひよ里さんは納得できましたか?」
その問いに再び悲しい顔をする。
俺が頓挫させてしまうという事は、曳舟さんがつらい思いをするという事。
それを自分が喜んでしまう現実がある。
もしそうなったら、自己嫌悪に陥っていただろう。
そんな事を考えていると容易に想像がつく。
「それならこのような結果になってでも夢を叶えた笑顔の方がいいでしょう?」
それで俺が貴方に殴られても。
夢を叶えても壊してもどちらにせよぶつけてしまっていた。
それを察したのか俯く。
申し訳なさそうな顔を浮かべている。
「そんな顔より笑顔の方が貴方には似合ってる」
それだけ言って手を広げて迎えようとする。
しかし恥ずかしいのか躊躇された。
「お前も今後零番隊に行く可能性あるんか?」
それは十分に有り得る。
良い質問だ。
「俺は絶対に断ります」
七代目の剣八が断ったと聞いている。
俺は別にそれは栄誉とは思っていない。
それに俺個人での功績ではなくマユリとの合作だ。
だがそれだけが理由ではない。
「……貴方に会えなくなるのはあまりにも辛い」
消え入りそうな声で呟いてしまう。
栄誉以上の存在であるという事。
もう優先順位が一番である。
それを勘違いされて枷になっていると思われたくない。
だからこそ囁くほどの声だった。
「それに今が一番自分の性に合っているから」
ごまかすように笑顔を浮かべる。
そして困った顔を浮かべているひよ里さんの顔を覗き込む。
「曳舟さんとあと何年一緒に居れると思う?」
正直に考察すると分からない。
明日かもしれないし、何年後かもしれない。
だが別れの覚悟は決めておくべきだ。
「確かな年数は言えませんが、思い出を作った方がいいですね」
そう言って首をこきりと鳴らす。
それは時間を作るという事。
どうやって作るのか?
それは俺が今の隊と掛け持って十二番隊の業務を行う。
巻き込む形であいつを登用する。
「お前はそれでええんか?」
俺のやろうとしている事を察するひよ里さん。
顔が曇っている。
それは構わない。
貴方が納得できるまで語り合えばいい。
自分がその分、一緒に居られる時間が少なくなっても。
「少しでもあなたが楽になるならそれを喜んでしたいんです」
それだけ言う。
顔は身の詰まった果物の様に腫れている。
擦過傷や斬られた傷なら治せるがこればかりは冷やすなりしないと。
「何があったんですか?」
巻き込むために五番隊に行って藍染に会う。
顔を見るなり、噴き出しそうな顔をしながら聞いてきた。
「馬乗りになられた状態からどうやって振りほどくか実験した結果だ」
結構全力で殴られたんですね。
そう呟きながら肩を震わせて顔を逸らす。
お前の事だから気づいているんだろう。
「顔、冷やさないんですか?」
大丈夫だと手を振ってこたえる。
そして本題に入る。
「お前は他の隊の書類仕事に興味あるか?」
単刀直入に伝える。
最初に戸惑いを見せるがすぐに意味を理解。
そして頭を掻きながら困ったような顔で言葉を発する。
「私に手伝ってほしいってことですよね」
まあ、そうなんだけどな。
また、面倒ごと舞いこませたと思っているんだろう。
自分から飛び込んでいるから問題はない。
「あの人が真面目じゃないんで承服できません、申し訳ないです」
凄い苦い顔で断ってきた。
さっきよりも心底申し訳ないと思っている顔だ。
「だから十番隊に来いって言ったんだよ」
あの人の性格も嫌だろう。
それにしわ寄せが凄い来るし。
「でも、今更転籍したら他の隊士に迷惑が掛かりますから」
其れだけ言って笑う。
逃すとしんどいものだからな。
とにかく本題の十二番隊の仕事請負は俺が頑張ればいい。
義骸を使ってもよくは無いだろう。
改造魂魄に仕事仕込む方が時間がかかるし。
「また、昼一緒に食おう」
そう言って五番隊の隊舎から出る。
歩いていると矢胴丸さんに見られた。
顔を背けて笑いそうになっている。
「流石に失礼じゃありません?」
確かに腫れてますけど。
普通に考えて隊長格が誰かにやられているのに、堂々としてるのがおかしいんですけど。
「いや、ひよ里を怒らせたにしては随分かわいい被害やなと思て」
流石に刀なり来たはずやのにな。
そう言ってくるので組手で馬乗りになった時に、振りほどこうとして無理だったと伝える。
「邪推はしないでくださいね」
首を鳴らして去っていく。
顔を冷やして、明日からまた別の作業に力を入れていかないと。
そう考えて十番隊の隊舎に戻っていくのだった。
ぶつけられるだけまだ、そういう事をやっても問題の無い相手。
甘えてもいい存在と認識しているのは進展かと思います。
何かしらの指摘などありましたらお願いいたします。