白竜に憑かれた少女も異世界から来るそうですよ? 作:ねこです
「―――で、これどうするんですか」
箱庭の都市の外。弥白は目の前に転がっている
「どうするも何も、やっちまったもんは仕方ねえだろ。放置するわけにもいかねえし、〝サウザンドアイズ〟に持っていけば換金してくれるんじゃねえか?」
「うん。あれは仕方ない」
「そうね。過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ、さっさと持っていきましょう。それに暑くて敵わないわ、帰ったらまずはお風呂ね」
満場一致で仕方ない、と結論を出す。全長6mはあろうかという巨大な怪鳥は、気を失ってもまだ陽炎が立ち上るほどの熱を放っていた。
弥白は暑さに参りながら、ギフトカードから大型の飛行型自動人形を召喚し、宙に浮かぶ白い魔法陣から出現した結晶製の鎖で怪鳥を拘束し自動人形に括りつける。
「これはまた黒ウサギが怒りますね。まあいいです、なら早く持っていきましょう」
怪鳥捜索の為に展開していた自動人形群を回収しながら、4人は黒ウサギの下に向かうのであった。
―――時刻は半刻ほど遡る。
〝六本傷〟の旗が掲げられたカフェテラスで、十六夜達は黒ウサギの言葉に耳を疑っていた。
「ギフトゲームが………全面禁止? この一帯でか?」
「YES! これはちょっとした緊急事態でございますよ!」
「どういうことだ? ギフトゲームが開催されないってことは、流通が止まるのと変わらないだろ? 金銭でのやり取りがあるといっても、メインはゲームの開催と参加のはずだ」
十六夜は不機嫌そうに首を傾げ、黒ウサギに問いかけた。その隣に座っている飛鳥が緊張した面持ちで続く。
「もしかして………魔王が現れたの?」
「町はそんな剣呑な雰囲気じゃない。怖がってるというよりも、困っている感じ?」
「住人達は生活物資を求めているようですし、魔王ではない普通の天災でも来るんじゃないでしょうか」
耀は膝上の三毛猫を撫でながら首を傾げ、弥白はペリベッド通りを眺めながら呟く。
普段は人通りが少なく穏やかなペリベッド通りの噴水広場は行商人が走り回り、住人は行商人を捕まえるの必死な様子だ。閑古鳥が鳴いている事の方が多いこの広場では、珍しい光景である。
「YES! 魔王ほどの脅威ではありませんが、困った事態になったのは間違いありません。実は箱庭の南側からこの東側に向かって、干ばつがやって来るそうなのですよ」
はあ? と4人は一斉に声を上げ、飛鳥と耀は眉を顰めて黒ウサギに問う。
「………どういうことなの? 干ばつに手足が生えて向かってくるとでも?」
「YES! 正確には、腕が一本と足が一本生えていたそうですけども」
「何それ奇抜」
黒ウサギの話に飛鳥と耀に加えて弥白も首を傾げだした。
しかし十六夜は1人、顔色を変えて驚く。
「腕一本に足一本でやってくる干ばつ………旱魃? まさか〝魃〟でも現れたのか?」
「YES! さすがに聡いですね十六夜さん。正確には、遠い系譜の末に当たる怪鳥ですけども。箱庭の南側は日照り続きで大損害を受けたらしいですよ」
困ったものです、と呟いて黒ウサギは説明を続ける。
曰く、〝魃〟とは中国神話に現れる干ばつを呼ぶ神獣であり、生まれつき陽の光を呼び込み、雨風を消し去る力を持っている。
魔王〝蚩尤〟と決戦の際、その力を行使した〝魃〟は穢れを浴び天に還れなくなる。しかし、只生きているだけで干ばつを起こす〝魃〟を地上で放置しておくわけにもいかず、黄帝は迷った末に〝箱庭の世界〟で保護する事にしたのだ。
そして長い月日が流れ、世代を繰り返しても天に還ることを望み続けた〝魃〟の末裔は、やがてその姿を怪鳥に変え、箱庭を彷徨っているのだという。
説明を聞き終えた十六夜は呆れたように閉口した。
「………ギリシャ神話の〝ペルセウス〟、仏話の〝月の兎〟。次は中国神話の〝魃〟と来たか。ハッ、流石は神様の箱庭。もう何でもありだな」
「それはNOですよ十六夜さん。〝月の兎〟も〝ペルセウス〟も、外界での功績が認められたからこそ箱庭に招かれているのです。〝
ふっと黒ウサギが遠い目をするが、一転して明るい表情に変わり、
「やや脱線いたしましたが! つまり二一〇五三八〇外門に住むコミュニティは、これから訪れる干ばつに備えて大忙しという事でございますよ! これは我々〝ノーネーム〟にとっては、備蓄を増やす大チャンスでございます!」
ブンブンと両腕を振り回して黒ウサギははしゃぐ。
十六夜達も察したようにニヤリと笑った。
「なるほど。俺達には〝水樹〟という大きな水源がある。他の連中がどれだけの水源を確保しているかは知らないが………この慌ただしさを見る限り、多くの蓄えがあるとは思えないな」
「そうね。あの水源を私達のコミュニティだけで使うのは勿体無いもの。コレを機に、他のコミュニティと契約して定期収入にするのも悪くないわ」
「うん。あの立派な宝物庫も、いつまでもガラガラだと寂しいし」
「ふむ。やり方が少々アレですが、仕方ありませんか」
ヤハハと笑う十六夜に他の3人も続く。黒ウサギも苦笑いしながら頷いた。
「黒ウサギとしても、本当はこんなヤラシイ手段など使わず、堂々と契約者を募りたいのですが………我々〝ノーネーム〟は、組織の〝名〟も〝旗印〟も魔王に奪われている身分。広報しようにもできない状態です。しかし干ばつ期に水源がある事をアピールすれば、必ずや希望者が現れるはず! そこで皆さんには、〝魃〟が現在どのような状況にあるかを確認してきてほしいのです。一種の情報収集ですね」
「ま、ゲームが開催されない状況だし。暇つぶしには丁度いいか」
「とは言っても、この無駄に広い土地で鳥1匹を探し出すとなると少々面倒ですね」
「あら、そこは望月さんお得意の人海戦術の出番でしょ? それに幻獣の情報収集をするなら春日部さんの得意分野。頑張って」
「うん。確認するけど、腕が一本に足が一本の大きな怪鳥………でいいの?」
「YES♪ 大きさは個体差がありますけど、特徴としては〝左右の足の大きさが違う怪鳥〟を探していただいた方が見つけやすいと思います。あと、常に高温を発しているそうなので、不自然に陽炎が発生している場所を探してもいいですね。………でも、くれぐれも気を付けてくださいまし。危険を感じたら帰ってきても構いませんから」
心配そうに身を案じる黒ウサギに見送られ、4人の異邦人は都市の外に神獣〝魃〟の状態を確認しに行くこととなった。
―――そして現在、時刻は正午。都市の内外を繋ぐ、虎のレリーフが彫られた石造りの門前。黒ウサギは叫び声を上げていた。
「お馬鹿様ッ! お馬鹿様ッ‼ このっ………お馬鹿様方ッ!!!」
戻ってきた十六夜達を正座させ、黒ウサギは4人の異邦人を叱りつける。
「皆さんが出発してからまだ一刻! あっという間に帰ってきたと思ったら………あーもう、何でこんなことになってしまうのですか………⁉」
痛い頭を抱える黒ウサギ。その前で、素知らぬ顔をする異邦人4人組。
その周りには不自然な数の人だかりまでできている。
衆人環視の的になっているが、人目が気にならない程に怒っている黒ウサギは長い髪とウサ耳を淡い緋色に変えて、4人に向けて怒声を上げた。
「い、いいですか⁉ 黒ウサギは干ばつに備えて〝魃〟の情報を収集してきて欲しいと頼んだのです‼ 情報とは巣を作っている場所、体の大きさなどを言うのです! なのになんでッ‼ どうしてッ………⁉ 一体誰が、〝
「「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています」」」」
「黙らっしゃい!!!」
スパパパァーンッ!!! と定例文になりそうな言い訳をする4人へ黒ウサギはハリセンを奔らせる。すっかり問題児の仲間入りを果たした弥白を見て内心かなり複雑な心境の黒ウサギだったが、これは余談である。
そう、衆人達は彼ら5人を見ているというよりも、彼らが狩ってきた獲物に群がっていたのだ。十六夜達が座るすぐ脇には、結晶の鎖で縛りあげられた〝魃〟が転がっている。
―――日照りを呼び込む神獣〝魃〟。穢れを浴びて世代を繰り返し、神気を失ったとはいえ、人間が容易く勝てる相手ではない。しかし彼ら4人は人間の中でも、特例中の特例だ。
黒ウサギは十六夜達に今回の任務を頼む際に、最も大事なことを忘れていたのだ。彼らは―――世界屈指の、最強問題児集団だったのだと。
はぁあああぁぁぁ~~~………。と、長い長いため息を吐き、黒ウサギは脱力した。
「うう………憂鬱です。これでようやくコミュニティ再建の大きな足掛かりができると思いましたのに………なんで倒してしまったのですか………?」
「諸行無常」
「弱肉強食」
「世道人心」
「不可抗力」
「ええい、言い訳するならせめて一つに絞ってくださいっ!」
ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。しかし問題児4人は明後日の方向を向いたまま、頑なに理由を話そうとはしなかった。
捕まえた〝魃〟を放置するわけにもいかず、彼らは〝サウザンドアイズ〟の商店に向かう。
自動人形に吊るされる形で運搬されていた怪鳥を店先に降ろし、十六夜は女性店員に笑いかけ、
「か」
「帰って下さい」
「いやだ。換金してくれ」
「やかましいです。うちは〝ノーネーム〟お断りだと何度申し上げればよろしいのですかっ」
八重歯を剥き、竹箒を振り上げて威嚇する女性店員。やれやれと一同は肩を竦めた。
しかし門前払いを受けた程度で引き下がるわけにもいかない。120人もの子供達を抱え、明日食う種が無いコミュニティにとって、換金の可否は死活問題なのだ。
その後、多少時間がかかったものの、交渉の末〝魃〟を売り払う事には成功した。
「―――まあ、そういう事なら特例を認めましょう。下層の秩序を守るのは本来、オーナーの務め。その代行をしたと言えば誰も文句は言わないでしょうから」
「悪いな、迷惑かけて」
「全くです。………少々そこで待っていてください。店の鑑定士を呼んできます」
竹箒を脇に置いて店の中に戻る女性店員。黒ウサギは安堵したように肩の力を抜き、問題児4人に振り向いた。
「ナイスフォローです、十六夜さん」
「別に嘘は言ってねえからな。だろ、お嬢様?」
「そう? 一部は嘘だったと思うけど。2人はどう思う?」
「うーん………でも、一部本当だったよね」
「結果論で言えば嘘は言っていないですし、問題ないんじゃないでしょうか」
そうだな、と問題児達は顔を見合わせて苦笑いを噛み殺すのだった。
5人の帰りは、本拠の外装が夕焼け色に染まる時分になった。飛鳥と弥白は本拠に戻るなり、真っ先に大浴場に向かい汗を流していた。
「んっ―――。髪を洗ってくれるのはありがたいですが、楽しいですか?」
「ええ。意外と悪くないわよ。それに、以前と比べると髪に艶が出てきたんじゃないかしら」
楽しそうに弥白の髪を洗い、シャンプーを洗い流しながらなぜか得意げな様子で飛鳥が答える。彼女の言う通り、弥白の白い長髪は召喚された当初と比較するとだいぶ状態がよくなっていた。
髪を弄られ、無表情ながら弥白も満更でもない様子を見せる。
「望月さん? どうして私の後ろに回り込むのかしら」
髪を洗い終えるといきなり背後に回り込む弥白を見て、飛鳥は戸惑いの声を上げた。
「いつもして貰ってばかりというのもよくないかと思いまして」
「え? い、いえ、別にいいわよ、気にしないでも。私が好きでやっているだけだもの」
やんわりと拒否しようとする飛鳥だが、「駄目ですか?」と小首を傾げながら聞いてくる弥白を見て、結局彼女の方が折れる事になった。
その後、湯に浸かりながら2人は本日の騒動を振り返っている。
「それにしてもあのユニコーン、何も言わずに逃げる事ないんじゃないかしら」
「まあ仕方ないでしょう。向こうからすればわたし達も得体の知れない相手ですし。当初の予定とは違いますが、そこそこいい稼ぎにはなっただけいいと考えましょう」
「本来は定期収入が得られるはずだったのだけれどもね」
はあ、と飛鳥はため息を吐く。それなりの額の臨時収入が入ったと言っても〝ノーネーム〟には120人もの子供達が在籍している。彼らを養うとなれば、やはり定期的にコミュニティの収入源となるものが必要不可欠なのだ。
ちなみに先ほど話に出たユニコーンとは、十六夜達が〝魃〟を討伐することになった原因である。〝魃〟を発見したまでは良かったのだが、ちょうどユニコーンが襲われているタイミングで遭遇し、勢いで〝魃〟を討伐してしまった、というのが今回の一件の真相である。
その後、2人が湯から上がり、飛鳥が先に夕食―――若鳥と筍、山菜類の天麩羅と菜の花のお吸い物、そして筍飯―――を取っていた十六夜と耀を見て若干機嫌を悪くしたり、件のユニコーンがお礼をしに〝ノーネーム〟の敷地内にやって来たりしたのだが、これも余談である。
―――そして翌朝。
黒ウサギは十六夜達と共に二一〇五三八〇外門を訪れ、満面の笑みで、
「それでは皆様! ギフトゲームも解禁された事ですし、今日も元気に参加いたしましょう♪」
「それは別にいいが、面白いゲームなんだろうな」
「YES! 行商にきておりましたコミュニティ〝八百万の大御神〟の分隊が、行商を止めてゲームを開催するそうです!」
黒ウサギの返答に、十六夜は今度こそあきれ返ったように呟く。
「………。仏話に、ギリシャ神話に、中国神話に、次は神道ときやがったか。日本の年末年始より節操ねえな。つか、八百万の神のくせに大御神とはどういう了見だオイ」
「ふふん、それは後々に分かりますヨ! 兎にも角にも、〝八百万の大御神〟は〝サウザンドアイズ〟に匹敵する超巨大コミュニティ! 期待度は当社比にして特大でございますよ!」
「そう。当社比なのに特大なの」
「何処と比べた当社比なのかよく分からないけど、何だか凄そうだね」
「黒ウサギは時々変にボケますよね」
容赦のない飛鳥・耀・弥白の言葉に黒ウサギはやや肩を落とすも、めげずにウサ耳を伸ばし、
「さあ、それでは参りましょう! ギフトゲームは神魔の遊戯! 必ずや、皆様が満足できるだけの恩恵と奇跡が用意されているはずです!」
くるり、とスカートを靡かせて明るく笑った。
弥白が順調に染まっていく回。
基本時系列順に書いていこうと思います。ただドラマCD→小説の変換がしんどかったのでコミックの話は保留。
話は変わりますが、単独で軍隊を組織運用できるって書くと凄い強そうですけど、アルゴールとか巨龍とか三頭〇さんとかは下準備なしかつ一瞬で同じ事が出来るという現実。この世界ほんと怖い。