白竜に憑かれた少女も異世界から来るそうですよ?   作:ねこです

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第6話

 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

 ゲーム再開が目前に迫り、宮殿の大広間に集まった人員の数は僅か650人程度だ。

 全体の1割にも満たない人数だが、これは黒死病で倒れた者の他に、1週間前にラッテンによって屈服を強制された者や、ジャックなどの『出展物枠』には参加資格がないことが影響している。

 

「今回のゲームの行動方針が決まりました。動ける参加者にはそれぞれ重要な役割を果たしていただきます、ご清聴ください。………マンドラ兄様、お願いします」

 

 サンドラはざわつく衆人の前に現れ、不安を掻き消すような凛然とした声で話す。傍に控えていたマンドラは、参加者側の行動方針を決める書状を読み上げた。

 

「其の1。3体の悪魔は〝サラマンドラ〟とジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟が戦う。

 其の2。その他の者は、各所に配置された130枚のステンドグラスの捜索。

 其の3。発見した者は指揮者に指示を仰ぎ、ルールに従って破壊、もしくは保護すること」

 

「ありがとうございます。―――以上が、参加者側の方針です。魔王とのラストゲーム、気を引き締めて戦いに臨んでください」

 

 おおと雄叫びが上がる。ゲーム再開の間際ではあったが、クリアに向けて明確な方針が出来た事で士気も上がったようだ。魔王のゲームに勝つため、参加者達は一斉に行動を開始した。

 参加者達と共に耀とレティシアも準備を進めていたが、そこに宮殿の上から翼を広げた弥白が降りてきた。

 

「弥白か。今までどこに行っていたんだ?」

 

「十六夜と少し話をしていました。ペストは黒ウサギとサンドラが、ヴェーザーは十六夜が相手をします。わたし達は捜索組を護衛しつつ、ラッテンとシュトルムを片付けます」

 

「黒ウサギが? てっきり十六夜がすると思ってたけど」

 

 意外そうに小首を傾げる耀。十六夜なら真っ先に魔王の首を取りに行くと思っていただけに予想外の采配だった。

 

「黒ウサギの方から言い出したらしいです、『魔王に一矢報いてやらねば気がすみません』だとか。勝算もあるそうです」

 

「そうなんだ。でも、シュトルムって本当にまだいるの?」

 

「間違いなくいるだろう。主殿によればあの巨兵はハーメルンとは無関係の魔物だ、複数体いたとしても不思議ではない」

 

「別に何体いても関係ありません、全て叩き潰せばいいだけです」

 

 耀の疑問にレティシアは真剣な声音で答え、弥白はどうでもよさそうに話を続ける。どうやら今も機嫌が悪いようだ。

 そんな弥白を窘めるように、レティシアは弥白の額を軽く小突いた。

 

「気持ちは分かるが、少し冷静になれ。足を掬われるぞ」

 

「………分かっています」

 

 プイッ、と弥白は顔を背ける。レティシアはやれやれと弥白の頭を撫でると、気を引き締め真剣な表情で2人を見る。

 

「よし、では私達も行こう」

 

 弥白と耀はその言葉に頷き、3人は行動を開始した。

 

 

 

 ゲーム再開の合図は、激しい地鳴りと共に起きた。

 境界壁から削り出された宮殿は光に飲み込まれ、天を衝くほどの巨大な境界壁は跡形もなく消え去る。

 代わりに、見た事もない別の街並みが宮殿の外に広がっていた。

 

「おや、これはまた。恐らくはハーメルンの街。魔導書を使って召喚したか、それとも造り変えたのでしょうか?」

 

 周囲を見渡すと尖塔群のアーチは木造の街並みに姿を変え、パステルカラーの建造物が一帯を造り変えている。

 ステンドグラス捜索隊は一時混乱を見せたが、ジンとマンドラの指示の下教会を探し始めた。

 耀とレティシアと別れた弥白は、街全体を揺らす地鳴りが起こる中ラッテンを探して飛び回る。この地鳴りは恐らく十六夜が原因だろう。

 

「そこにいましたか」

 

 底冷えするような無機質な声で呟く。視線の先には〝サラマンドラ〟の同士である数十匹の火蜥蜴を従え、ジンや捜索隊と睨み合っているラッテンがいた。

 

「さあ! 仲間同士で戯れてごらんなさいな!」

 

 フルートを振ってラッテンは火蜥蜴達に命令を下し、火蜥蜴達は屋根の上から一斉に火球を吐きだす。

 参加者達に降り注いだ火球の雨は、横から飛んできた青白い光の矢によって全て撃ち砕かれた。

 

「何ッ………⁉」

 

 ラッテンから余裕が消え、攻撃が飛んできた方向を見る。そこには感情の一切を感じさせない能面のような表情の弥白がいた。

 

「探しましたよ、ラッテン」

 

「あら、綺麗な翼と白髪。貴女がマスターの言ってた娘かしら? うんうん、貴女もお人形みたいで結構いいかも」

 

 火蜥蜴達の中心で、ラッテンは恍惚とした顔で弥白を見つめる。弥白はそんなラッテンを無視してジンの隣に降り立ち、右手をラッテンに向けると白い閃光を放った。

 不意打ちで放たれた閃光をラッテンはステップを踏むようにクルリと避け、弥白とジンに向き直る。

 

「あら、せっかく褒めてあげたのに。この仕打ちは酷いんじゃない?」

 

 ラッテンは茶化すように笑うが、眼光の鋭さは先ほどまでの比ではない。

 弥白は殺気の籠った瞳でラッテンを睨みつけながら問いかけた。

 

「一応確認します。飛鳥を攫ったのはあなたであっていますか?」

 

「だったらどうするのかしら、人間さん?」

 

「こうします」

 

 パチン、と指を鳴らす。瞬間、弥白の左右に2つの魔法陣が展開され、青白の閃光が横一閃に放たれた。閃光は着弾と同時に爆発し、ラッテンや火蜥蜴達が乗っていた建物を消し飛ばす。

 すぐさま屋根から飛び離れたラッテン達は地面に降り立った。

 

「怖いわね。大切な同士を奪われて怒り心頭ってところかしら?」

 

 膠着するように2人が睨み合っていると、彼方で雷鳴と紅い炎、黒い風の奔流が数多の柱となって立ち上る。黒ウサギとサンドラがペストと交戦を開始したのだろう。

 十六夜達の戦いもこの場まで振動が伝わるほどに激化している。

 

「ふふ。いい感じに祭りっぽくなってきたじゃない。じゃ私も、切り札(ジョーカー)投入といこうかしら?」

 

 魔笛に唇を当て、高く低く、疾走するようにハイテンポなリズムを刻む。まるで何かを目覚めさせるかのようなその曲調はやがて大地を迫り上げ、陶器で出来た巨躯の兵士を数多に造り始めた。

 舞台各地に現れた10体以上の陶器の巨兵は、一斉に雄叫びを上げた。

 

「「「「「BRUUUUUUUUUM!!!!」」」」」

 

 嵐の中心のように、全身の風穴から大気を吸い上げ放出するシュトルム。

 まさかこれだけの数が一度に現れるとは想定していなかったのか、ステンドグラスを捜索していたコミュニティも各所で悲鳴を上げている。

 

「いつまでも立ち止まってないで、ステンドグラスの捜索に行ってください。ここにいると巻き込まれますよ」

 

「わ、分かった。弥白さんも気を付けて」

 

 暗に邪魔だと言われたのを理解したのか、それだけ言って、ジンと捜索隊は弥白に背を向け走り出す。ラッテンはにやつきながらもそれを見逃した。

 弥白を包囲するように広がる火蜥蜴達に加え、3体ものシュトルムに囲まれているが、弥白は意にも介さずラッテンを睨んでいる。

 先に動いたのはラッテンだった。再び魔笛に唇を当て、高く、低く、人心を操る妙なる魔笛の旋律は弥白を支配、

 

「なんだ、この程度ですか」

 

 する事はなかった。まるで小馬鹿にするように呟く弥白。

 

「なっ! 嘘、効いてない⁉」

 

 完全に予想外だったのだろう、驚愕した様子のラッテンは直ぐに怒りで表情を歪ませる。1週間前の金髪の少年といい、ネズミと人心を操るラッテンにとって人間を支配できない、という事実は彼女のプライドを傷つけた。

 

「くっ、潰せ、シュトルム‼」

 

「BRUUUUUUUUUM!」

 

 3体のシュトルムに命令を下す。陶器の巨兵は嵐のように大気を揺らし、瓦礫と化した周囲の建物を吸い込み始める。

 吸収した瓦礫を圧縮し、シュトルムは臼砲のように一斉に撃ち出す。火蜥蜴達も一斉に火球を吐き出した。

 直撃すれば間違いなく命はないだろう瓦礫の砲弾と数多の火球を前に、しかし弥白はその場から動かない。

 砲弾と火球は弥白に命中し爆発、地面を砕き土煙を巻き上げる。ラッテンは口元を歪めながら嘲笑った。

 

「ふん、所詮は人間ね。つい殺しちゃったけど、別に1人ぐらい―――」

 

「誰が死んだのですか?」

 

 聞こえるはずのない声を聞き、ラッテンは信じられないものでも見るかのように目を見開く。

 土煙の中から、白霧を球状に展開した弥白が姿を現した。あれだけの攻撃を受けたにも拘らず、弥白には傷一つ付いていない。先ほどの攻撃は躱せなかったのではなく、単に躱す必要がなかったのだ。

 宙に浮かんだ弥白は右手をラッテンに向け、今までの無表情から一転、小首を傾げながら笑みを浮かべる。その表情は決して友好的なものではなく、獰猛で残忍なものだった。

 

「さて、返礼です。―――疑似再現術式展開『(シュトルム)』」

 

 刹那、シュトルム3体が起こしたものとは比較にならない暴風が吹き荒れ、周囲の建物を軒並み破壊し火蜥蜴達を明後日の方向に吹き飛ばしていく。

 ラッテンと僅かに残った火蜥蜴達は何とか踏みとどまるが、巻き上げられた瓦礫が弥白の前に集まり、圧縮され、結晶に覆われると、シュトルム目掛けて撃ち出された。

 放たれた瓦礫はさながら散弾のように3体のシュトルムに襲い掛かり、一瞬にして全身を粉々に砕く。シュトルムに命中しなかった瓦礫は街に着弾し、まるで砲撃にでもあったかのように建造物を破壊しクレーターを作り上げた。

 

(シュトルムのギフトを模倣(コピー)した⁉ 何なのよアイツ………!)

 

 魔笛が効かず、シュトルムも倒された以上もはや打つ手がない。ラッテンは残った火蜥蜴達を盾にして逃走し、飛んでくる白い光線を紙一重で回避しながら叫んだ。

 

「逃がしません」

 

「蜥蜴共、私を守りながら奴に飛び掛かりなさい!」

 

 火蜥蜴達は灼熱の吐息を吐きながら、一斉に飛び掛かる。ラッテンへの攻撃を中断し、白霧で火炎を防いだ弥白は面倒くさそうに火蜥蜴を一瞥した。

 

「邪魔です」

 

 パチン、と再び指を鳴らす弥白。周囲に8つの魔法陣が展開され、そこから結晶の鎖が出現した。鎖は物理法則を無視した動きで火蜥蜴を拘束し、あっという間に自由を奪う。が、その隙にラッテンは路地裏へ下り、姿を隠して逃走していた。

 

(マスターから聞いてた話より出鱈目じゃない! だいたい、なんで私の魔笛が効かないのよ………!)

 

 シュトルムで抑えられずとも、魔笛で支配してしまえば問題ないと考えていた。ラッテンは頭を抱えながら逃走し、やがて諦めたように立ち止まって溜息を吐く。

 

「………仕方ないわ。癪だけど、使わせてもらうわよ」

 

 心底嫌そうに懐から1冊の本を取り出し、それを開いた。

 

 

 

 

 

 一方、耀は〝サラマンドラ〟の同士達と共にシュトルムの相手をしていた。旋風を操り、乱気流の隙間を縫ってシュトルムの背後を取ると体重を象へと変幻させ、後頭部を蹴って押し倒す。

 

「このッ………!」

 

「Bur………⁉」

 

「今だ! 総員、放て!」

 

 号令と共に火蜥蜴達は火球を斉射、シュトルムを焼き尽くす。周囲に出現した陶器の巨兵を殲滅し、一息つく耀とサラマンドラのメンバー達。

 異変は―――その直後に起きた。

 

「何………⁉」

 

 いきなりの事に耀は思わず地面から飛び離れる。突如地面が輝きを放ち、光の線が街中を駆け巡った。捜索隊は混乱を起こし悲鳴を上げる。

 

「こ、今度はなんだ⁉」

 

「魔王の攻撃か⁉」

 

「落ち着け、下手に動くな!」

 

 統率を取り戻そうと部隊の指揮を任されていた男が叫ぶ。耀は上空に飛ぶと街全体を俯瞰した。

 

「これって、もしかして」

 

 建物などが邪魔でよく見えないが、光の線は街全体に魔法陣を形成していた。耀ではどういったものかは分からないが、少なくとも弥白が展開したものではないというのは確かだ。

 緊張した面持ちで捜索隊の下に戻ろうとした瞬間、下から悲鳴が聞こえた。

 

「なんだこいつら⁉」

 

「地面からいきなり現れやがった!」

 

 見れば、捜索隊を包囲するように、巨大な斧を持ったミノタウロスを彷彿とさせる牛頭の化け物と両手に大鉈を持った山羊のような頭をした人型の化け物。そして、炎をまき散らす蜘蛛に似た大型の異形が捜索隊に襲い掛かっていた。

 

「はぁッ!」

 

 耀はすぐさま加勢に向かう。頭上の優位を活かして急降下し、3種の中でもっとも大型だった牛頭の頭蓋を蹴り砕いた。悲鳴を上げる間すらなく、牛頭の化け物は光の粒子となって消滅する。勢いそのままに今度は山羊頭を狙うが、大鉈によってガードされ、弾き返された。

 

(お、重い………!)

 

 建造物の上まで後退する耀。身長自体は耀の3倍弱程度だが、かなりのパワーだ。正面からやりあっては確実に押し潰される。しかし、耀に気を取られた隙を見逃すほどサラマンドラは甘くない。すぐさま火球を浴びせた―――が、耐性があるのか殺すには至らなかった。

 そして最後の1種、異形の蜘蛛は捜索隊に向け、溶岩のようなモノを吐き出して攻撃を仕掛ける。間一髪で全員回避したものの、火蜥蜴達はそれを見て背筋に悪寒が走った。歪で禍々しい、異質な炎。危険だ。コレは自分達が知っている火ではない、そう本能が警鐘を鳴らす。

 蜘蛛の異形に火が有効ではないのは明白だ。慎重に相手の出方を窺っていると、先ほど倒した牛頭の化け物が再び出現した。牛頭は捜索隊を無視し、息を荒げ怒り狂った様子で耀を睨む。

 

「GRUAAAAAA!」

 

「コイツ、なんで………⁉」

 

 咆哮を上げ、屋根の上にいる耀に突進する牛頭。耀に向かって大斧を振り下ろし、建物を粉砕する。咄嗟に耀は上空に退避するが、牛頭は忌々しそうに唸る。その様子から耀と捜索隊の面々は直感した。この化け物は紛れもなく、先程頭蓋を粉砕されて死んだ個体と同一の存在なのだと。

 

「クソ、退却だ! 他の部隊と合流する!」

 

 指揮者の判断は早かった。殺しても蘇る化け物の相手などしていられない、間違いなく圧殺される。

 耀とサラマンドラのメンバーを殿に、捜索隊は全力で逃走を図った。

 

 

 

 

 

 己の〝影〟のギフトを操り、瞬く間にシュトルムを一掃したレティシアは現在、捜索隊を庇いながら次々と召喚される異形を相手にしていた。牛頭に山羊頭、単眼と短い角を持ったカバに似たオーガ。ワニのような大きく裂けた口と紅く光る6つの瞳、まるで牙のように蠢く肋骨を持った黒い毛皮の犬に似た化け物。炎を上げ、全身が固まった溶岩で構成されたかのような巨大な異形の犬。

 上空にいるレティシアには見向きもせず、異形の群れは捜索隊に向け走っていく。

 

「行かせるかッ!」

 

 叫びと共にレティシアの影は無尽の刃へと姿を変え、異形を次々と切り刻んでいく。抵抗むなしく光の粒子となって消滅する異形達。

 2匹の黒い犬の化け物は器用に影の刃を掻い潜り屋根の上に飛び乗ると、口から雷撃を放ち十字砲火を仕掛けてきた。

 

「雷を使う上に頭も回るのか………!」

 

 予想外の攻撃だったが、レティシアはすぐさま影を盾にして雷撃を防いだ。レティシアの動きが止まると、炎を纏った異形の犬は大きく口を開き、灼熱の火球を吐きだす。

 火球は影に直撃し大爆発を起こす、がレティシアには届かない。しかし、その隙に残りの化け物は捜索隊に襲い掛かる。サラマンドラの同士達も応戦しているが、潰しても潰しても次々と召喚されキリがない。

 

(〝ハーメルンの笛吹き〟と無関係なのは間違いないだろうが、何なんだこいつ等は………⁉)

 

 見た事も聞いた事もない異形の群れ。このままでは捜索隊にも被害が出始めると焦るレティシア。

 直後、

 

「「「「「GYEEEEEYAAAAAAAAA!!!!」」」」」

 

 街を揺るがす咆哮が響いた。

 

 

 




 面白い話を書けるようになりたい。
 本当は最後まで書くつもりだったんですが、文字数がやばいのと書けないので分割。
 ちなみに出てきた化け物、全種類わかりましたかね。1匹だけブラボから出張というかゲスト出演してるのがいますが。
 それと多分次回も遅くなります。すみません。

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