白竜に憑かれた少女も異世界から来るそうですよ?   作:ねこです

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第17話

 生贄―――そう呼ばれた弥白の反応は劇的だった。顔を青ざめさせ覚束ない足取りで一歩、二歩と後退る。有り得ないものを見るかのような表情で男を見つめ、震える声で絞り出すように言葉を発した。

 

「………な、なに、を言って、」

 

「おや、今のでは分かりづらかったか。では〝846番〟とでも呼んだ方がよかったかね?」

 

 大げさに首を傾げるアンディール。弥白は傍目から見ても分かるほどに怯えて取り乱し、他の者達は訳が分からずに置いてけぼりを食らっている。

 これ以上喋らせてはいけないと、冷静さを失いながらもそう直感した弥白は半狂乱のまま強硬手段に打って出た。

 

「―――ッ、黙ってください!!!」

 

 玉座の間に絶叫が響く。普段の彼女からは考えられない声量に耀達は度肝を抜かれ、弥白は結晶の翼を形成すると即座に床に突き刺した。途端に玉座の間は結晶に蝕まれ、無数の杭となってアンディールに襲い掛かる。

 彼は後ろに跳んでこれを躱したが、すでに回廊も弥白の領域へと変貌している。こうなればもう逃げ場はない。アンディールは龍の顎の如き結晶の牙に噛み砕かれ、悲鳴を上げる間も無く無惨な死体と化した。

 その際に千切れ飛んだ右腕が足元に転がり、ジークバルトは思わず声を上げる。

 

「うおっと………む?」

 

 指に嵌められた指輪を見て眉を顰めるジークバルト。

 一方で敵を磨り潰した弥白は膝から崩れ落ち、怯え切った様子で震えていた。顔面蒼白のまま俯いて言葉にならない声を漏らし、自分の体を掻き抱いて何度も首を振る。

 唖然としたまま状況を殆ど理解できていなかった耀だが、大切な友達の痛々しい姿に居ても立ってもいられず、弥白を落ち着かせようと声を掛けた。

 

「弥白、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」

 

 震える体を優しく抱きしめてゆっくりと背中を擦る。不器用な彼女なりにやってみたが効果はあったらしく、呼吸を乱れさせて震えていた弥白は耀に縋り付いたまま、少しづつ落ち着いていった。

 

(………生贄。846番―――ううん。考えるのは後)

 

 浮かぶ疑問を端へと追いやる。今はそんな事より大切な事がある。それに―――この件に触れてはいけないと、己の腕の中で震える友を見て強く思った。

 しかし、そんな2人に追い打ちを掛けるかのようにジークバルトが声を荒げる。

 

「まだだ! まだ終わっていないぞ!」

 

 彼が叫ぶと同時、アンディールが嵌めていた指輪が砕け散る。指輪に嵌め込まれていた赤紫色の宝石が欠片となって光り輝き、千切れ飛んだアンディールの右腕も結晶に磨り潰された肉塊と血糊も()()()()()()()()()()()()

 

『―――やれやれ。先程はああ言ったが、喋り過ぎもよくないな。此方としては穏便に済ませたかったのだがこうなっては仕方がない。―――Soul summon 〝Oceiros, the Consumed King〟』

 

 虚空から響くアンディールの声。つい先程、確実に死んだはずの男の声は玉座の間に反響し、何処から声を発しているのか耀ですら感知できない。

 彼が召喚式を唱えた直後、床から闇が染み出して結晶に蝕まれた玉座の間を黒く染めていく。溢れ続ける闇から青白い巨大な腕が這い出てきて床を削り取り、次に現れた頭部を見て誰もが息を呑む。

 小さな池のようになっていた深淵の闇、其処から這い出してきたのは悍ましい姿の醜龍だった。痩せ細った手足と後付けされたかのような歪な翼、龍のような姿でありながら鱗を持たず肌の質感は両生類を彷彿とさせる。頭部にあるべき瞳はまるで刳り貫かれたかのように存在しない。そして、その胸には何かが埋め込まれているのか異様な輝きを放っていた。

 オスロエスと呼ばれた醜龍は瞳無き眼孔で弥白を凝視し、右腕に握った巨大な杖を突いて彼女に近づきながら聞くに堪えない醜い声を上げる。

 

「オ、オォ―――アァ、私の愛しいオセロット。〝龍の御子〟よ。さぁ、此方においで。何も怖い事は無いんだよ」

 

 まるで狂っているかのように。或いは実際に狂っているのだろう、醜龍は恍惚とした声音で弥白に呼びかける。

 既に心身とも限界に達していた弥白は泣きそうになりながらも醜龍の胸から溢れる白光に目を奪われていた。

 

(あの光―――ッ!)

 

 頭痛に襲われて頭を押さえる。だが同時に確信した。此処に来てから度々襲われていた謎の頭痛の原因は間違いなく、あの醜龍の胸で輝いている何かだと。

 一方、醜龍を危険だと判断したジャックとジークバルトは弥白達の前に立って醜龍へ武器を向け、耀に向かって声を上げた。

 

「春日部嬢! 弥白嬢とガロロ殿を連れて今すぐ逃げなさい!」

 

「わ、分かった!」

 

 有無を言わせぬジャックの声音に頷く耀。本心で言えば逃げたくなどなかったが、こんな状態の弥白や非戦闘要員のガロロを抱えたままでは2人が危ないとは分かっていた。

 彼女はすぐさま2人を抱えて玉座の間の窓目掛けて飛ぶ。今まで恍惚としていた醜龍オスロエスはその様を見て激昂し、金切り声を上げながら杖を振り上げた。

 

「待て! 何処に行く!? 私の〝龍の御子〟をどうするつもりだ!!?」

 

 相も変わらず訳の分からぬ狂言を繰り返しながらも手に持つ杖からは青白の光が溢れていく。耀を狙い撃とうとしていたその光は、嵐の大剣の一振りによって阻まれた。

 

「薙ぎ倒せ、〝ストームルーラー〟―――!」

 

 解放される嵐の斬撃。玉座の間への被害を最小限にするよう超圧縮されたその一撃は醜龍の手足を容易く引き千切って胴体を磨り潰し、その奥に続く回廊を一直線に粉砕して空中城塞の外まで突き抜けた。

 仕留めたと確信したその刹那、2人は信じられぬ光景を目の当たりにする。無残な亡骸と化したはずの醜龍はまるで時を巻き戻すように傷が修復され、何事も無かったかのように復元されたのだ。

 

「邪魔を、するナァァァァアアアアア――――――!!!」

 

 背後で響く醜龍の絶叫を聞きながら耀達は外に飛び出した。最後の欠片を持ったままだが、一先ずは弥白とガロロを安全な場所に避難させるためにアーシャ達に合流するべきだろう。

 しかし、そう上手く行く筈もない。彼女の正面には漆黒の敵が翼を広げて待っていたのだから。

 

「………ッ! 黒い、グリフォン………!?」

 

 耀が敵を視認すると同時、黒い鷲獅子は雄叫びを上げて突風を吹かせた。為す術もなく巻き込まれた耀達は地面に叩きつけられ、懐に仕舞っていた最後の欠片が足元に転がる。痛みに悶えていた彼女達は降り立ってきた鷲獅子のその異様な姿に目を見開いた。

 鷲の頭、獅子の胴、その全てが黒く塗り潰され、頭上に巨大な龍角を備えた鷲獅子。だが真に驚くべきはその容姿ではない。耀が驚愕した理由は、その胸元に刻まれた〝生命の目録〟だ。

 

「グライア………! 生きていたのか!?」

 

『久しいな、ガロロ殿。継承式で別れて以来か。………しかし今は、お前に構っている暇はないッ!』

 

 顔面を蒼白にさせながら敵を睨むガロロ。グライアと呼ばれた黒い鷲獅子は再び黒翼を羽ばたかせ、ガロロを廃墟の壁に叩きつけて意識を奪う。

 

『この星の廻りに感謝せねばなるまい。コウメイの娘、兄・ドラコ=グライフを打ち破った血筋よ! 我が名はグライア=グライフ! 今一度、血族の誇りに決着を付けようぞ―――!!!』

 

「な、何を、」

 

 嬉々として宣戦布告したグライアは気焔万丈の雄叫びを上げて耀に襲い掛かる。辛うじて攻撃を躱す耀を見た弥白は、不安定な精神状態ながらも無理やりグライアに攻撃を仕掛けた。

 

「耀………!」

 

 周囲に白い光球が浮かび、一斉に閃光となって襲い掛かる。しかし、あのような精神状態で繰り出される攻撃など脅威たり得ない。グライアは鼻で笑いながら悠々と避けて見せた。

 とはいえ目障りには違いない。先に排除しようかとも考えたが、城の壁を粉砕して姿を現した醜龍を見てその必要もないかと耀に向き直る。

 

「オォォセェロォォォォォォオオオット―――!!!」

 

「ッ―――!」

 

 執拗に自分を狙う狂った醜龍に、弥白は再び恐怖で足が竦む。

 オスロエスを追いかけて城から飛び出したジャックとジークバルトだが、2人の追撃はアンディールによって妨害された。

 

『君達はこれの相手でもしていたまえ。―――Soul summon 〝soldier of the Nadra〟』

 

 召喚術式によって2人の周囲から闇が漏れ出し、何十体もの虚ろの鎧が這い出てくる。それを着る者は無く、黒霧によって操られる鎧の兵隊が一斉に2人に襲い掛かった。

 その隙に醜龍は弥白の眼前まで迫り、彼女に向かって手を伸ばす。助けに向かおうとする耀だったがグライアだけで手一杯の彼女にそんな余裕がある筈も無い。

 

「い、嫌………こ、ないで、ください」

 

「ああ、愛しいオセロット。さぁおいで。大丈夫、だってお前は〝龍の御子〟。そう生まれついたのだから」

 

 後退ろうとしてバランスを崩し倒れ込む。オスロエスの手が彼女に触れたその瞬間―――醜龍の()()()()()()()()。何の前触れもなく突然に、醜龍は四肢と首を切り飛ばされたのだ。

 

「え………?」

 

 血を撒き散らしながら崩れ落ちる醜龍オスロエス。

 弥白は何が起きたのか分からぬまま唖然とした。自分は何もしていない。それ以外の者も助ける余裕など無かったし、そもそも如何なる手段で攻撃されたのかすら分からない。

 呆然としたまま動けない弥白だが、その間にも醜龍の肉体は驚異的な速度で再生していく。その光景を見ていた耀は空中でグライアの攻撃に晒されながらも精一杯に声を張り上げて叫んだ。

 

「弥白! 逃げて―――!!!」

 

 耀の叫びでハッと我に返り、醜龍と耀を順に見つめた弥白は翼を広げて城下街の方へと飛び去って行った。だがオスロエスも肉体を復元させその後を追いかけて行く。

 

『他人の心配をしている余裕があるのか!』

 

 弥白を心配して気が散っている耀に一喝。グライアは龍角の火と旋風によって炎の嵐を巻き起こす。周囲一帯を焼き払い、逃れようとした耀は灼熱の暴風によって吹き飛ばれた。鷲獅子の恩恵で身を守っていなければ、炎に直接触れずとも肺を焼かれて死んでいただろう。

 

(つ………強い!)

 

 体勢を整えながらお互いの実力差を理解して戦慄が走る。真正面から戦って勝ち目がある相手ではないと判断し、耀は時間稼ぎに徹しようと方針を固めた。

 十六夜が本当に空中城塞に来ているなら時間を稼げれば十分に勝機はある筈だ。そう希望を胸に、耀は弥白と合流しようと城下街へと降下した。

 

 

 

 ―――吸血鬼の古城・黄道の玉座。

 レティシア以外誰も居なくなった玉座の間。其処で独り、何も出来ずに玉座に囚われていた彼女は醜龍が口にしていたある言葉について思考していた。

 

(〝龍の御子〟―――あの醜龍は弥白をそう呼んだ)

 

 思い起こされるのは金糸雀に誘われコミュニティに入った直後、1人の同士と初めて会った時の会話。

 ―――初めまして、レティシア=ドラクレア殿。聞いていると思うが私はキサラギ、しがない探究者をやっている。………ふむ、龍の子(ドラキュラ)か。私が求める〝龍の御子〟とは違うようだが、これはこれで興味深い。ともあれ、同士としてこれからよろしく頼むよ。

 

(―――十六夜は金糸雀と関わりがあった。耀はコウメイの娘だった。なら弥白は………お前なのか? キサラギ)

 

 ならば飛鳥は? と更なる疑問が浮かぶ。

 4人中3人が〝ノーネーム〟の旧メンバーと何かしらの関わりがあったのだ。であれば最後の1人だけ無関係ということは無いだろう。彼らが召喚されたのは偶然ではなく、必然だった。そう考えた方が自然だ。

 

(いや待て、焦るな。まだそうだと確定した訳じゃない)

 

 頭を振って冷静になろうと努めるレティシア。だが、彼女の思考は跡形もなく砕かれた回廊から姿を現した男によって中断された。

 

「考え事かね? それとも己の無力を悔いているのかね?」

 

「―――ッ、貴様!!!」

 

 煽るように問いかけるアンディールに対し、レティシアは牙を剥き今にも襲い掛からんと身を乗り出す。動けさえすれば今すぐにでもその首を食い千切っていただろうが、今の彼女にそれは不可能だった。

 アンディールは殺気を放つレティシアを気にも留めず、耀が落とした最後の欠片を手で弄びながら歩いていく。

 

「その欠片は………!? 貴様、一体何をするつもりだ!」

 

「実はな、地上は楽に制圧できるはずだったのだが、4桁クラスの化物が2体も居たお陰で此方の予定が狂ってしまったのだよ。私も手塩にかけた双頭龍をこんな所で使い潰す羽目になって大損失だ」

 

「何………?」

 

 怪訝そうに眉を顰める。4桁と言えば箱庭でも上位の存在であり名のある修羅神仏が跳梁跋扈している。そんな大物達の中から2人もこの収穫祭に来ていたというのか。しかも奴が言った双頭龍とは()()双頭龍のことだろう。それを打倒できる程の実力者だというなら並ではない。

 だが、今の話とゲームクリアに必要な欠片がどう結び付くのかが分からない。

 

「私が思うに、化物を倒すにはより強大な化物をぶつけるのが手っ取り早い。という訳で大変申し訳なく思うのだが、()()()()()()()()()。〝魔王ドラキュラ〟」

 

 そう口にした瞬間、アンディールは最後の欠片を窪みへと嵌め込んだ。そう、ゲームクリアへと至る最後の欠片を自ら嵌め込んだのだ。

 明らかに矛盾したその行いに疑念を抱くレティシアだが、その疑問はすぐに解消された。途端に彼女は瞳を見開き驚愕の声を上げる。

 

「これは、まさか………!?」

 

「その通り、あの娘は()()()()()()()()。実に惜しかったな」

 

 本当に惜しかったと嗤うアンディール。その直後、ゲームはクリアされず―――

 

「――――GYEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEEEYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!」

 

 巨龍の咆哮が〝アンダーウッド〟を揺るがした。

 

 

 

 ―――吸血鬼の古城・城下街。

 訳の分からない言葉を並べながら己に執着する醜龍を振り切り、弥白は城下街の廃屋に身を隠していた。耀達を置いて逃げたことに罪悪感を感じながら今も震える身体を掻き抱き、必死に心を落ち着かせていた彼女は空中城塞を揺るがす巨龍の咆哮にびくりと体を跳ねさせる。

 

「―――っ、今のは………巨龍………?」

 

 ですが何故、と疑問が浮かぶ。

 休戦期間はまだ終わっていない。にも拘らず巨龍が動き出したのは何かしらの要因がある筈だ。

 

(まさか、ゲームをクリアしようとしたせいで………?)

 

 考えられる理由はそれぐらいしかない。あるいはあのローブの男が何かしたという可能性もあるが、現状では確かめようもない。

 思考が別方向に逸れたお陰で少しだけだが落ち着いてきた。何時までもこうしている訳にもいかない。耀達を助けるためにもすぐ動くべきだろう。

 

(本当に十六夜が此処に来ているなら、合流さえできれば)

 

 方針を定めて気合を入れる。十六夜と一緒に飛鳥や黒ウサギも来ているなら百人力だ。

 飛鳥と再会できればこんな恐怖もすぐに消え去る筈だ。それまでの辛抱だと、両足に力を入れて立ち上がる。

 

「飛鳥は、ずっと一緒だと、そう言ってくれました。だから、わたしは大丈夫、大丈夫です。何も怖い事なんてないんです」

 

 自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。飛鳥の事を、飛鳥の言葉を思い出すだけで気持ちが随分と楽になった。

 歩き出し壊れかけの廃屋の扉に手を掛ける。しかし、そんな弥白の希望を打ち砕くかのように、城下街に醜龍の大絶叫が響き渡った。

 

「――――――オォォォォォオオオオセェェェェェェロォォォォオオオオオオッッット!!!」

 

 弥白を探して城下街の廃屋を次々と粉砕していく醜龍。居もしない誰かの名を叫びながら荒れ狂い、無差別に破壊を振りまくその様は到底正気とは思えない。

 体を跳ねさせた弥白は扉から離れて息を潜める。だがそれでは駄目だと、恐怖を振り払うかのように頭を振った。

 隠れていてもいずれ建物ごと砕かれるだけだ。相手は不死とはいえ攻撃が全く通じない訳ではない。一時的に動きを止めてその隙に離脱、耀や十六夜達と合流して敵に対応するのがベストな選択肢だろう。

 

「オセロット! 何処だい? 何処にいるんだい!? さあ出ておいで、オセロット!!!」

 

 崩れた家屋を砕きながら聞くに堪えない声で狂言を繰り返す。廃屋を砕いて巻き上げられた土煙によって視界は制限されているが、あの瞳を刳り貫かれた醜龍がどのような手段で周囲の状況を知覚しているか分からない以上、此方に有利に働くかは分からない。

 

(―――それでも、やるしかないんです)

 

 ただ逃げるだけでは振り切れない、ならば戦うしかない。覚悟を決めた弥白は翼を広げ、地面に突き刺す。攻撃地点を悟られぬ様地面の下を侵食し、暴れる醜龍の足元から一気に攻めた。

 

「グガッ………!?」

 

 突然出現した結晶の杭に不意を突かれ身体を貫かれる。夥しい量の血を吹き出しながらも力技で杭を砕き、醜龍はようやく見つけた白髪の少女に歓喜の声を上げた。

 

「アァ、私のオセロット。其処に居たんだね。さぁおいで、コッチに来るんだ! オセロット!」

 

 身体を貫く杭など意にも介さぬまま弥白目掛けて一直線に突撃する。

 地面スレスレを飛行しながら逃げる弥白だが、その距離は瞬く間に詰められてしまった。

 手を伸ばせば届く距離、醜龍は弥白を捕らえようと痩せ細った両腕を伸ばす。

 

「人違いです。帰ってください………!」

 

 切実な叫びと共に結晶の鎖が醜龍を襲う。四方八方から放たれた数多の鎖は一瞬にして醜龍の動きを封じ、地面からも先程以上の数の杭が醜龍を貫いた。

 

「オセロッ―――GYa!?」 

 

 なお足掻く醜龍に駄目押しとばかりに魔法陣から杭を投射して頭を潰し、全身を杭から伸びる棘が貫いて無残に引き裂く。

 そこまでやって漸く攻撃を止めた弥白は肩で息をしながら恨み言をぶつけた。

 

「これだけ、やれば、再生しても動けないでしょう。というより動かないでください」

 

 また動き出されては堪らないとばかりにそそくさと背中を向けて飛び去る。結晶による侵食が上手く働かないのは気がかりだが、この際仕方がない。

 弥白はその場を離れるとやや高度を上げて周囲を見渡し―――上空で黒く巨大な三つ首の犬の怪物と戦う耀を見つけた。

 

「耀―――!?」

 

 彼女を噛み殺さんと三つの頭が連続して襲い、牙が左足を掠めただけで大量の鮮血が舞う。

 耀は直後に化物の鼻先を蹴り上げ、その勢いで急降下していった。あれだけの無茶な勢いで降下すればまともに減速もできず受け身を取れるかも分からない。

 急いで耀の下に向かおうとする弥白だが、三つ首の化物はその姿を黒い鷲獅子へと変幻させて急降下していく。

 

「肉体を造り変えた? まさかあれが―――」

 

 その言葉が最後まで紡がれることは無かった。黒い鷲獅子の力を目の当たりにして思考に意識を割かれ、周囲への警戒を疎かにした弥白に、下から巨大な影が襲い掛かったのだ。

 

「―――GEEEEEYAAAAAAaaaaaa!!!」

 

「なっ………!?」

 

 人語ですらない絶叫を上げて襲い掛かる醜龍オスロエス。未だ全身に杭が突き刺さり、何故動けるのか理解できない状態で大口を開けて飛び掛かる。

 躱そうとした弥白だが既に遅い。醜龍の顎は彼女の自動防御を貫いて左腕と左翼を食い千切り、追撃に尾を振るって地面へと叩きつけた。

 

「ア、ガッ―――ッァア!!?!?」

 

 絶叫する程の激痛を咄嗟に魔術を使い痛覚を遮断することで対処する。食い千切られた左腕から血が溢れ彼女を染めていく。起き上がろうとする弥白だが、痛みを誤魔化した所で傷がなかったことになる訳ではない。

 動けぬままの彼女目掛けて、醜龍は大口を開けて急降下してくる。

 

「………ぁ」

 

 此処で死ぬ、とどうしようもなく理解できてしまった。

 元の世界の記憶、箱庭での思い出が脳裏をよぎる。

 ああ、これが走馬灯というやつですか、と他人事のように思った。

 元の世界では良い思い出など一つもなかった。けれど、箱庭に来てからは本当に楽しくて、幸せだと思えた。飛鳥や〝ノーネーム〟の皆に出会えて良かったと思えた。

 なのに、元の世界に捨ててきた筈のものがこんな所まで追いかけてきた。

 

(―――嫌……!)

 

 こんな所で死ねない。死にたくない。もっと皆と一緒にいたい!

 醜龍の牙が眼前に迫る。弥白は渾身の力で手を伸ばし―――鮮血が舞った。

 

 

 


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