Untold Myth   作:トラロック

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#1-08 保存液

 

 【ロキ・ファミリア】の看板ともなりつつある【剣姫】『アイズ・ヴァレンシュタイン』の独断専行はどうしても許せない。しかし、それも時間の問題であることは教育係(リヴェリア)である彼女も自覚し始めている。

 次の【ランクアップ】を済ませれば彼女にも下級冒険者の何人かを任せたいと考えていた。

 

(……かの神ヘスティアの眷族がアイズに様々な影響を与えたようだ。今までの無鉄砲さが希薄となっている)

 

 それと折角受けてきた『冒険者依頼(クエスト)』を無駄にするのも勿体ない。

 単独先行する気が無いのであれば何人かでパーティを組んで()()()()取り組んでもらうことも(やぶさ)かではない。

 

「指定階層までなら……、許そう」

 

 年長者であり王族(ハイエルフ)特有の気品ある立ち姿が印象的な彼女も今だけは娘の成長を喜ぶ母親のよう――

 彼女の言葉に一番喜んだのは表情の乏しいアイズだ。

 子供らしいコロコロ変わる顔は出来ないが内心では精一杯喜びをアピールした。

 目的階層に単独で向かう実力があることはリヴェリアも疑わない。けれども、敵の多い【ファミリア】なのでモンスターだけに警戒することは出来ない。

 黙っていると勝手にダンジョンに行きそうなアイズを留め、パーティの選定をアイズ自身に決めさせる。

 大勢で攻略するのは物々しいので三人程度に留めるように、と。

 

        

 

 幹部の部屋から退出したアイズは早速行動を開始した。

 実際に攻略するのは明日からだが――今のうちに下準備を整えておくことは冒険者のとして当たり前だと教わった。そしてそれを実践する。

 単なる素材採取なので荷物持ちを一人。もう一人をポランにしようかと思ったが彼女は今は忙しいので自分達の【ファミリア】から選ぶのだが、自分より強い幹部は参加しない事は既に聞いている。

 本当はリヴェリアを誘いたかった。

 

(あと一人……。誰にしよう)

 

 煩い事を我慢すれば狼人(ウェアウルフ)の『ベート・ローガ』を誘う事も頭に入れておく。

 今回はいつもの攻略ではなく、アイテム探索だ。やはりアイテムに詳しい仲間が相応しい。

 本拠(ホーム)の中で適任者選びに奔走する少女(アイズ)。いつもと違う戦いが始まった。

 アイテム探索を始めて早二日――注文の品物を揃えるために必要なレアモンスターの捜索が難航。これは元々想定内なので仕方がないとはいえ、見つからないとイライラする。

 短気な冒険者には向かない仕事だとアイズは思った。

 

(……二十階層のドロップアイテムとかは回収し終わったけれど、上層にだけ現れるレアモンスターってこんなに数が……少ないものだとは……)

 

 ある程度の事前情報を得ていたとはいえ、滅多に現れず、またドロップアイテムを落とす頻度も低いとなると長期戦を覚悟しなくてはならない。ただ、アイズにとって辛抱強く待つことは意外と苦痛だった。特に精神面が。

 

(……狙った獲物を効率的に仕留められれば苦労は無い。……ただ、楽が出来ると冒険者は……きっと【ランクアップ】出来ない)

 

 強さにこだわらない冒険者であれば効率化はありがたい事だ。反面、下層の強敵と戦えなくなる。それは――何となく理解できた。

 【ロキ・ファミリア】だから、というわけではないがアイズとて強くなりたい願望がある。生活の為に冒険者になったのではない。

 

 モンスターに対する憎しみ。

 

 彼女が冒険者になった理由の一つだ。だからこそモンスターさえ倒せればいい。より強力な倒すべき敵、というものが居るならば強くならなればならない、と思っている。

 生活のための冒険は久しく見過ごしてきた概念のようなもの。

 仲間達の顔を見つつアイズは自分以外の存在に今まで気を配れていなかった事を改めて知った。

 

「……このまま現れなければ一旦……撤退します」

「了解しました」

 

 中層域まで行ける仲間を募ったけれど誰も大きなケガもなく任務をこなせている。

 足手まといとは言わない。彼らもたくさんの戦闘を経験し、それなりの場数は踏んでいる。

 さすがに駆け出しは気が引けたので連れてこなかったが、彼らには彼らなりの訓練方法がある。

 

「今回採取したドロップアイテムでどんなアイテムが出来るんでしょうか?」

 

 仲間のふとした疑問に対し、知識を持っていないアイズは首を傾げた。

 通常、依頼内容は聞いてもその後の詳細まで尋ねる事はしない。だから、自分達が採取したものの使い道は当然、知らない。

 制作系【ファミリア】であれば団員共々それなりの知識を有していると思われるけれど、探索系であるアイズ達には窺い知れない。ただ、年長者であれば色々と知っている事もある。

 

「種類が多いから……。でも、そういう詮索はしない方がいいと思う」

「すみません」

 

 何を創ろうとしているのか親切な依頼人であれば教えてくれる。けれども見ず知らずの冒険者が全員善人とは限らない。

 性善説に基づくとはいえ、その辺りの駆け引きぐらいは――『青の薬舗』の店員である『ナァーザ・エリスイス』――出来るはずだ。

 

        

 

 入手困難なドロップ品を諦め、中層域分だけを先行で引き渡すことにした。

 無理をしない冒険もまた立派な仕事である、と。

 一先ずアイテムを届け終わり、僅かばかりの物品を渡された。零細【ファミリア】だから充分な報酬は出来ないと言われていたが、アイズ以外からは不満が漏れた。

 これでは釣り合わないと。

 

「うちは貧乏だから。【ディアンケヒト・ファミリア】のように大手のお得意様が居ないんだ」

 

 間延びしつつも真剣な表情で言ったナァーザ。

 利益を出さなければ報酬はどうしても払えない。更に【ミアハ・ファミリア】には多額の借金がある。だから許せ、と。

 元々アイズ一人が請け負った仕事だ。他が文句を言うのは筋違い、ではあるのだが――

 

「……それから、研究しているアイテムは……儲けが出るほど売れる物とも言えない。それでも聞きたい?」

「聞いても分からないと思う」

 

 アイズの仲間達は不満げだが理由が判明した以上は今以上に責めても仕方が無いと判断し、諦める事にした。

 代わりにどうしてこの依頼を受けたのか、問い詰めた気持ちが湧いた。

 二十階層でレアアイテム集めに奔走して得られた魔石は相当数に上るので、実際の損失は殆どない。けれども報酬は別物と考えていたからついつい文句が出る。

 

「……簡単に言えば『保存液』……。冒険者はケガをする。だけれど全員が満足な回復手段を持たない。……私のように……」

 

 長袖に包まれた右腕をさすりつつナァーザは言った。

 彼女の説明によれば欠損した身体の部位を保存する溶液の作成。資金が溜まれば強力な回復手段にて再生の可能性が高まる。

 もし、ダンジョン内でモンスターに()()()食べられるような事態に陥れば魔法や回復薬(ポーション)類では決して再生できなくなる。

 

「……だから頑張って持って帰った部位を入れて少しでも時間的余裕を作る方法が必要になる。……でも、切り落とされた自分の腕とか気持ち悪いよね」

「………」

 

 アイズは冒険者となってからたくさんケガをしてきた。けれども切断に至るケガの経験は無い。モンスターの腕や首はよく切り飛ばしてきたが――

 そういう事態を想定していなかった。だから、急に恐怖が湧いてくる。

 今まで考えないようにしてきた。けれどもあり得ないことは無い。

 強ければケガもしない、というのは単なる言い訳だ。もし、そういう事態に陥れば――

 自分はそれでもまだ冒険者で居られるのか。

 アイズはナァーザの顔をじっと凝視する。対する彼女は少したじろいだ。

 小さな少女が敵意を向けているように――感じられたので。

 

「ちゃんと保存されているかどうかって分かるものなのですか?」

 

 アイズの仲間の一人が訪ねた。あまり実感が湧かないのか、それとも単なる興味本位か。

 平然とした態度にアイズが少し驚きを示す。

 

「……ミアハ様が判断してくれる。神様は大体の事は分かるらしいから。……自分でもどうしてわかるのか分かってないみたいだけど……」

 

 苦笑しながらナァーザは言った。

 超越存在(デウスデア)である神達の能力はオラリオに住む一般の者達には窺い知れないものだ。尚且つ、その力も全て公開されているわけではない。

 そういうことができるから神様だ、という単純な認識程度しか持っていない。

 

「腐り難くすれば……、なんて考えていたけれど……。ダンジョンに持っていくとなると重量が(かさ)むから意味が無いかもしれない。けれども何らかの役に立つ可能性もなくはない」

 

 ナァーザの中では完成形が出来ている。その運用方法も。

 後は作るだけ。

 ただし、それによる利益は自分が想定しているよりも低い筈だと――

 大抵の冒険者は手足を失った時点で諦める。その実例が自分だ、と言わんばかりだった。

 

        

 

 まだ実験段階なので詳細な情報が出せないし、同業にも知られたくないとのことなので秘密を約束させられた。

 その同業【ディアンケヒト・ファミリア】には特に秘密にするようにと強く言われてしまった。

 

「……ケガをしないように……。なんて言えないよね」

 

 アイズが今まで以上に深刻に受け止めたらしいと感じ取った団員達は言葉を失った。

 確かに五体満足であれば何も問題は無い。更に高レベルの冒険者は滅多に大きなケガをしないほど身体的にも強くなる。

 もし、耐久などの【ステイタス】に頼りっぱなしのまま酷いケガをすれば混乱するのは必定――

 想定していなかった事態が一番怖い事だ。

 

「……悪いけど依頼(クエスト)を続行する。レアモンスターの情報……なんとか集めてほしい」

 

 アイズは仲間達に頭を下げた。

 危機意識を持ったがゆえの行動だが、仲間達は大いに驚き、そして――

 

「わ、分かりました」

「そうすると次の攻略は日をまたぐ形になりますよね?」

 

 それぞれ意見を出してきたので可能性の高い方法をまとめてから再攻略となった。

 ――そんな状況を本拠(ホーム)に居る幹部にも説明するアイズ。

 つたない言葉ではあったがフィンやリヴェリアは黙って聞いていた。

 保存液の価値は今の段階では分からないけれど、アイズが必要だと判断したのであれば無下にするわけにはいかない。

 それが失敗に終わるかもしれなくとも――

 

「……遠征には向かないかもしれないがアイテム探索には何かと便利かもしれないな」

「だが、回復手段が限られてくる。部位の再生は高度な技術だ。まして一般の冒険者では……」

「だからこそ長期保存で余裕を持たせるんだろう? その為には仲間が必要だ。もし、単独(ソロ)であれば尋常ではない努力が必要になるね」

「……ああ」

 

 三人の幹部の内ドワーフの『ガレス・ランドロック』は難しい話には参加せず、ただ聞き耳を立てていた。

 彼の場合は自身の身体を強化すればいい、という考えがあるのかもしれない。事実、彼の肉体は相当に強化されており、深層域のモンスターでもはじき返すのではないかと思われるほど。

 

「……ああ、あとこの話は秘密……という事になってる」

「秘密?」

「まだ実験段階だから、じゃないかな。同業には秘密ってことだよね?」

 

 フィンの言葉に何度も頷くアイズ。

 説明が下手なのは自覚しているがちゃんと伝わると頬を赤くするほど嬉しくなる。

 それだけ見れば年相応の少女だ。

 

「楽しみというのは不謹慎だが……。冒険者にとって必要になる可能性は秘めている。折角増強した冒険者達が不意の事故で簡単に居なくなっては【ファミリア】運営もままならない」

「都合よく良い人材に恵まれる保証もない」

 

 可能性の段階ではあるがアイズの依頼は応援する価値があるとフィン達は認めた。

 だが、大手のアイテム制作系【ファミリア】がこの手の情報を持っていないのは未知の概念だからか、と疑問に思う。

 確かに神にしか理解できない事柄というのはたくさんあり、おそらく神ロキであれば有効な知恵を出してもらえる。

 問題なのは神ロキが秘匿性を重要視しているか、だ。

 何にせよ形がまだできていない問題なのでアイテムの詳細は幹部達の中で処理することにした。それと聞いた限り保存液という名称は幹部を除けばアイズと件の少女ポランが聞いたのみ。

 違う【ファミリア】なので箝口令は敷けない。

 方針が決まった後はアイズの判断に委ねる事にし、話題は打ち切られた。

 一人の少女が少しずつ、確実に成長する様を見てリヴェリアも安堵の表情を見せた。

 

        

 

 報告を終えたアイズは仲間と共にダンジョンアタック(攻略)に向かう予定だが闇雲な探索が出来ない以上、情報収集に重点を置くことになる。

 それと念のために行きつけの【ディアンケヒト・ファミリア】に顔を出していく。

 変な噂を立てられて勘繰られては困る、というフィンの提案を飲んだ。

 もし冒険者依頼(クエスト)をこちらでも受けられるのであれば『借り』を作ることができる。もちろん、階層指定は忘れず――

 

(……問題があるとすれば主神が……ちょっとアレな(ヒト)というくらい)

 

 (くだん)の【ディアンケヒト・ファミリア】の主神ディアンケヒトは同業【ファミリア】の主神ミアハと仲が悪い。というかいつも貧乏人と(さげす)んでいる。あと、笑い声が鼻につき、大きな声にも――

 団員はとても人当たりの良い人間(ヒューマン)だが、主神のせいで気苦労が絶えない模様。

 アイズも会いたいとは思わない、そんな神様であった。

 ――案の定、店に行ったら大きな笑い声が聞こえてきた。とても不快で長く居たいと思わせない程に。

 

「ガハハハ!」

 

 一度開けた扉をつい反射的に閉めてしまうほど。

 数秒程深呼吸した後で治療院の扉を開ける。

 神ディアンケヒトは豪快な老神である。声も大きしお金にがめつい。その影響か、品物の値段もそれ相応に高い。けれども効果は折り紙付き。信用もあるのだから驚きである。

 対照的な神ミアハは困っている人が居れば自分の製品を――平然と――無償で提供してしまう。そのせいで団員のナァーザはいつも苦労していた。

 

「おお、【剣姫】ではないか」

 

 いつも店の奥に居て滅多に姿を見せない主神だが、顔見知りではあった。

 大量注文だと思ったのか、近づいてくる。

 

(……どうしよう。買い物という訳じゃないのに……)

 

 小さな子供のアイズにとって豪快な人物は幹部のガレスであれば平気だが、神ともなると委縮しそうになる。

 大人は怖い、という印象が少なからずあるので。――よく叱られているから仕方が無いのだが。

 

「……商品の様子と、冒険者依頼(クエスト)でもあれば……と」

「なぁにぃ!」

 

 いちいち厳めしい顔と大きな声で言うので話しかけるのが苦手になってくる。

 カウンターに居る団員の『アミッド・テアサナーレ』に助けを求めたいところだが、身体も大きい主神によって姿が見えない。

 はっきりいって邪魔だった。

 

「お主が冒険者依頼(クエスト)を要望とは……。随分と成長したのだな。殊勝な心掛けよ」

「ディアンケヒト様。そんなに近くで大声を出すと彼女が怖がってしまいませんか?」

「ふん。冒険者で『二つ名』を持つ者のクセに神を(おそ)れるか。【剣姫】であれば言い返す程度……造作もないであろう」

「……普通に委縮しているように見えますが。話は私が聞きますので」

(……ありがとう、アミッド)

 

 年齢で言えばアミッドは五つ以上も年上の女性だが顔見知りとなって以降、砕けた言い方で接している。

 冒険者という事もあり、アミッドの方からも敬語で話せとは言ってこない。

 自分の主神を何とか脇に追いやり、アミッドはアイズに話しかけた。

 厄介な客相手においてディアンケヒトは頼りがいのある神だが、いつもの調子で近づく性格が災いして他の客が寄り付かない事態がたまに起きる。あと、貧乏人に対して大柄な態度で馬鹿にする。それらが眷族にとっては頭の痛い問題となっている。

 

 

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