Untold Myth   作:トラロック

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#1-12 テンペスト

 

 ナァーザ・エリスイスによる『保存液』の濃度調整とアイズ・ヴァレンシュタインの『冒険者依頼(クエスト)』が続けられている頃、【ヘスティア・ファミリア】の唯一の団員であるポラン・ブーニディッカは【ステイタス】の一つが900(評価S)の大台に乗った事を知る。

 地道な討伐の繰り返しなので肉体的な実感は無いが、一つの目標を達成した事を嬉しく思う。

 

「問題は数字だけ達成しても【ランクアップ】した事にはならない。僕も詳しくは知らないから知り合いに聞いてみるつもりだよ」

 

 眷族に共通語(コイネー)に訳した【ステイタス】を渡しながら神ヘスティアは言った。

 毎回傷だらけの背中を見る事になるが意外にもヘスティアは慣れた様子で眷族に触れる。

 程度の低い回復薬(ポーション)では完全に治癒されない弊害ともいえる。

 ここまでの冒険において最初の頃に比べ、ポランも逞しくなったのかなと改めて様子を伺うが性格的な変化は分からなかった。

 いつも素直で真っすぐな赤毛の女の子。

 あまり変わってほしくないと思うのは我がままだろうか、と嘆息するヘスティア。

 ここしばらくポランの冒険は調度品の備蓄に終始していた。

 小汚い本拠(ホーム)そのものを改善することは難しいが必要な小物を用意したり、掃除を繰り返し、幾分かは寝泊りするのに楽になってきた程度。

 たまに大雨が降って雨漏りするのはまだ改善されていないが――

 

眷族(子供)が頑張っているというのに新しい団員が増えない。……全くどういうわけだい。たまたまなのかい?)

 

 仕事の合間に声掛けしてもそれぞれどこかしらに加入している事が多い。

 時期が悪いのか――

 知り合いの友神(ゆうじん)達にも相談するようになったヘスティア。

 

「塩と砂糖は……まだ大丈夫。胡椒も……」

 

 【ステイタス】の更新が終わった途端に点検するポラン。

 食育に夢中のようだ。

 彼女は街中を歩く冒険者達とは違い、冒険者らしくない。しいて例えを上げれば露店商の店員がダンジョンに潜って食材を調達するようなもの。

 名声や強さには全く関心を持っていない。

 

(そりゃあ命は大事だよ。そうなんだけど……いまいち迫力というものが……。ロキんとこと比べるのは酷だけど……。屈強な眷族(子供)が欲しくなるじゃないか全く……)

 

 ヘスティアが地上に降臨してから実は一年も経っていない。

 神ではあるが迷宮都市オラリオの事は未だに分からない事が多く、ダンジョンや【ファミリア】経営についても知らない事が多い。

 新人の神様であった。

 

        

 

 非番の日に友神(ゆうじん)が経営している『青の薬舗』に向かい愚痴を垂れる。

 ヘスティアが懇意にしている神は意外と多い。これは天界に居た時の付き合いが関係する。

 地上以外の事ならば他の神にも負けない。最大派閥と言われる【フレイヤ・ファミリア】の主神とも知り合いだ。

 

「なんかこう強敵に立ち向かうのが冒険者だと思ってた。もちろん、食中りが原因なのは分かってるけど……」

「ははは。ヘスティアよ。多くの冒険者が無謀な輩と思うでない」

 

 穏やかな微笑みを見せる男神(おがみ)ミアハ。零細【ファミリア】でありながら女性冒険者には絶大の人気を誇る。

 人当たりの良い甘いマスクと形容される微笑。それでいて裏のない自然な言葉使い。

 ただし、団員であるナァーザにとっては頭痛の種だ。

 

「ボクが言いたいのは神としてあの眷族()に何かしてあげられることは無いかなって事なんだ。武器を買って上げたくても金が無い。いや、あるにはあるんだ。値段がね……」

 

 回復薬(ポーション)一本だけでも結構な出費だ。その上、良い武器と防具を揃えるとなると更に資金を稼がなくてはならなくなる。

 安全志向のポランでは数か月がかりで一つの武器を購入できるかどうか。

 せっかくアイズ達とパーティを組んでも報酬面で大幅に削り取られてしまう。それが少し悔しいが契約に記載されており、尚且つギルドの規則にも書かれているから不満をぶつける事が出来ない。

 ただ、いくつかのドロップアイテムを融通してくれるので、それを換金して資金源の糧としている。

 零細ではあるが貯金は既に二十万ヴァリスに到達している。しばらく食生活は安泰である。

 

「ポランは一日に二十体まで、とか規則を独自に作って健全なダンジョンアタックをするようになってるから。……なんだか地味なんだよね」

「健康に気を遣う良い眷族(子供)で何が悪い。おそらく長期的な生活を視野に入れておるのだろう。短期間での名声は意外と冒険者生命を脅かす」

 

 ミアハの眷族であるナァーザはモンスターに酷い目に遭い、恐怖心が拭えずダンジョンに潜ることが出来なくなった元冒険者だ。

 それを思えばヘスティアの悩みは実に贅沢だと言わざるを得ない。

 神達の話を横で聞いている犬人(シアンスロープ)のナァーザはいつもの愚痴だと判断し、研究に没頭していた。

 濃度差による『保存液』の効能と新薬の出来栄えをメモしたり、試薬を小分けにして管理状況を書き留めたり――

 客が来なくても仕事は山積していた。

 

        

 

 ヘスティアが本拠(ホーム)を留守にしている間、ギルドの待合室の椅子に座っていたポランは少し過去を思い出していた。

 評価Sの到達。それは少なからず嬉しかった。

 路地裏で嘔吐していた時は何か危ない病気にかかったのではないかと()()()恐怖したものだ。それから【ステイタス】が300を超える頃、身体の不調は起こりにくく、けれども心配なので無理のない攻略に移った。

 何か才能でもあればレベル1から何かしらのスキルが発現するらしいが、そんなものは未だに現れない。

 【ランクアップ】しても何も起きない確率はあるし、無理な希望を抱くことは()()()やめた。

 元より自分には何もない。その日を精一杯生きること以外は――

 オラリオで冒険になってもうすぐ半年。長いようで短かったような気がする。

 

「いやがった」

 

 今は友人と呼べそうな人達と出会えて不安を覚えていた。なにせ自分よりも強い人たちだから。

 いや、灰色のボサボサ髪の狼人(ウェアウルフ)の少年の存在が怖い。

 会うたびに睨まれているし、すぐ壁を蹴りつける乱暴者なので。

 

「……ベートさん。……ポランを脅かさないでください。そんなことするから……彼女強くなれないんです、恐怖で……。特にベートさんのせいで」

「ああっ!? うるせえな。それはこいつ自身の問題だろうがよ」

 

 隣に居る金髪金目の少女アイズとは同い年。元より攻略経験が違うので強さの差についてはどうしようもない。

 頑張って追いかけていけばいい。

 ただ、数字だけ増えても【ランクアップ】した事にはならないのがいまいち分からなかった。

 

「……いつも思いますが、うるさいのはベートさん、です」

 

 今日はアイズとベートの三人でダンジョン攻略をする約束を交わしていた。

 ポラン以外は単なる散歩程度。目的は十三階層辺りでの探索になっている。

 ただし、ポランの【ランクアップ】は目的としていない。よその【ファミリア】の団員にそこまでする義理はそもそも無いので。

 そういう区別をちゃんとするのがパーティを組む条件でもある。

 

「早速パーティ申請をしてきます」

「……了解」

 

 いつもの調子でギルドの受付に向かうポラン。

 事務手続きがこなれている為、アイズは彼女に任せていた。逆にアイズは戦闘以外は――食べる事を除けば――不器用この上ない。ベートはそもそも自分から細々とした作業をしない。

 努力はしている。アイズとて格下の教育をしなければならない立場になっているので。

 レベル3ともなれば大手では教育係が必然的に各上に委ねられる。

 人数が多いので一人が担当できる数は限られてくる。大雑把な事をすれば誰か彼か目の届かない者が現れ、後々何かしらの騒動を振りまく。

 フィン達はそういう者を出さないように各上になった者に色々と教育を施す。だからこそ事務作業の労力がダンジョン攻略より多くなり、椅子に座る時間が必然的に長くなってしまう。

 

「しっかし、毎回あいつとつるんでて楽しいのかよ」

「……戦闘以外で様々な発見を得る事はユウイギだ、ってリヴェリアが……」

「あのババァ(リヴェリア)も何考えてやがんだか」

 

 アイズと同い年という事もあり、ポランはどういう訳かリヴェリアに気に入られてしまった。代わりにフィンとガレスはあまり接する機会が無かった為にリヴェリア程の興味は持たなかったようだ。

 ガレスは特に会う機会に恵まれず、フィンは(もっぱ)ら『保存液』の有用性について独自に資料をまとめ始めた。これは団員を易々と減らさない為の予防策として――

 申請を終えて戻ってきたポランと共に三人でダンジョンを下りていく。その後姿を眺めるのは碧玉の長い髪と瞳を持つ耳の長いエルフだった。たまたま別件で来ていただけで声もかけずにすぐに立ち去った。あと、自分の事を侮辱する気配を感じて眉根を寄せていた。

 

        

 

 レベル3が二人。レベル1が一人のパーティとはいえ、今ではすっかり上層域の攻略も慣れてきた。ただ、ポランはキラーアントの集団にだけは気を付けるようにしている。

 戦闘は基本的に単独(ソロ)であるため。

 アイズ達はあくまで自分の興味でパーティを組んでいるだけでポランの育成には興味を持たない。特にベートは顕著である。

 理由は単純。

 

 よその【ファミリア】の団員だから。

 

 他の【ファミリア】でも同様に扱うのでアイズもポランの味方をするより自分の【ファミリア】を優先する。だから、ベートの態度を()()()黙認している。もう半分は威嚇部分だ。

 

「……本当なら荷物持ち……の『サポーター』を同伴したいけれど……。みんな忙しくて呼べなかった」

 

 単なる興味でダンジョンに潜ると言ってしまったのだから、そんなアイズ達と一緒に向かうほど【ロキ・ファミリア】は暇ではない。

 それぞれ【ステイタス】を上げたり、ダンジョンについての講義を受けている。

 それと深層域の『遠征』に耐えうる人材育成こそが本来の目的だ。

 アイズ達が許されているのは精神面での『余裕』を持たせるため。息抜きはどうしても必要である。

 攻略を終えればアイズ達も自身の鍛錬に長い時間を取られる。

 

(……今日はポランに『技』を教える日……。……えーと、互いにケンサンを積んで強さを競い合う方がいいんだっけ? ……確か)

 

 倒す相手がモンスターばかりだったので、強いモンスターだけ倒していればいい、という認識を持っていた。

 本当なら同レベル冒険者と訓練をするのが効率的だが、都合よく居るとは限らない、という発想の元でポランとの訓練に臨む。ここにベートは含めない。

 今日のアイズは二振りの剣を携えている。一本は愛剣『デスペレート』だ。

 もう一本は特別に用意してもらった不壊属性(デュランダル)の小剣。

 

        

 

 攻略と言っても現れるモンスターを倒して目的の階層に向かうだけ。丁寧な対策は今回はしない事に決めていた。

 キラーアントが出てくる階層からアイズ達が率先して蹴散らし、灰色の風景が広がる十階層目に一時間ほどで到着する。

 広い空間の出現にのんびりとせず、どんどん降りていく。合間に倒したモンスターの魔石やドロップアイテムの回収はポランに任せた。

 無駄に荷物が嵩張ると帰りが大変になるので出来るだけ少なくすることを心がけた。

 ポランの実力では充分に十六階層のモンスターと渡り合える。だが、無難な攻略を心がけているので率先して戦おうとはしない。

 冒険者であるならば戦えよ、とベートは言いそうだが全ての冒険者が血気盛んな存在ばかりではない。リヴェリアも無理に戦闘を勧めないし、強制も許さなかった。

 あまりに行き急ぎ過ぎては身体が持たないと判断したからだ。これは同い年のアイズには適応しない。

 それぞれに戦う理由があり、アイズとポランは同じではないからだ。

 

「【ランクアップ】するにはミノタウロスを倒すくらいやってもらわねえとな」

「一匹なら……」

 

 渡り合えることと倒せることは違う。

 装備の観点からも今のポランに討伐出来るモンスターは――十階層より下の――意外と少ない。それゆえに今回、アイズ自ら戦い方をいくつか伝授しようと考えていた。

 スキルやアビリティ、魔法を持たないので大したことは出来ないけれど、【ランクアップ】時に何らかの能力が開花する可能性があるかもしれない。

 さすがに何が向いているのかは誰にも予想できない。それは神さえも。

 一般的に欲しい能力は強く願うほど発現しやすいと言われる。それを実際に実践しているのは鍛冶師(スミス)に多い。

 

「……戦闘に特化した戦い方をしないポランじゃあ危ないから、今回は戦いません」

 

 いくら力が900を超えていても身体の動きが早いわけではない。強烈な一撃を腕に受ければ骨折もありえる。

 それ以前に彼女を【ランクアップ】させるために同行しているわけではない。

 ベートの言葉を受け流しつつ目的階層に到着し、目に付くモンスターを素早く駆逐する。その後でポランによる回収任務――

 彼女(ポラン)は彼女で()()()()()()()を模索していた。

 

        

 

 場にあらかたモンスターが居なくなったところで小休止に入る。

 冒険者と言えども休息は必要である。それはレベル3のアイズとベートも同様に。

 魔法をほぼ使わなかったので精神力(マインド)の損失は無い。

 荷物は壁から少し離れた位置にまとめる。これはモンスターの出現時に潰されることを防ぐためだ。

 アイズは用意した剣の一振りをポランに渡す。

 

「……じゃあ、構えて。本当は木の棒とかがいいのかもしれないけど、私が扱うとすぐ割れるから……」

「よろしくお願いします」

 

 ベートは訓練に参加はしないが後から来る冒険者の見張りやモンスターへの警戒のため、待機する。

 暇にはなるがダンジョンでは何が起きるか分からない。だから、気は抜かない。

 キン。カッ、と甲高い金属音が広い空間内に響き渡る。

 体勢を低くし的確に攻めるポランに対し、自然体で迎え撃つアイズ。

 強さの差はかなり離れているのでポランの動き自体はよく見えていた。

 長くダンジョンに潜っているお陰か、初期の食中りさえなければもっと積極性が高くなっていたかもしれない、と予想する。それと、堅実性の観点から今の戦法も決して悪いとは言えない。

 我流であるアイズの剣技は確実にモンスターを倒すすべに()けている。ゆえに長く打ち合うことは本来はしないが、今は()()()打ち合っている。

 

「……うん。私の動きは……見えているようだね」

 

 余裕のある発言を裏付けるようにアイズは一歩も動いていない。

 攻め込まれる攻撃に対し、圧力を全く受けていないからだ。

 対するポランはアイズの防具を執拗に狙っているが、未だ一つも当たらない。

 同年代とは思えない腕力の差。いや、剣捌きが見せる妙――

 三十分続けて十分の休憩。合間に現れるモンスターはベートが討伐する。それを四度ほど続けた。

 アイズとて生きているので多少の汗をかく。さすがに一滴もかかないのは最初だけだ。

 ダンジョンの内部温度が高ければベートも服を脱ぎたくなるほど。

 ポランは無駄な動きが多いせいで既に汗まみれ。尚且つ息が上がっている。

 

「……戦闘続きで疲れたでしょう」

「は、はい……」

 

 もし、単独(ソロ)で長期戦に持ち込まれれば今のポランはとても危険な状態になる。

 汗が目に入るだけで生存確率はガクンと減る。それでも続けるのは深い階層に挑戦するために必要な事だからだ。

 健全な攻略を悪いとは言わない。けれども、ずっとそう(健全)である事などありえない。

 用意したタオルと冷たい水筒をポランに渡す。それとベートには遠くに移動してもらい、汗にまみれた服を着替えてもらう。これは事前にリヴェリアに用意してもらったものだ*1

 残念ながら女戦士(アマゾネス)は期待できなかったので。

 長期間ダンジョンに潜る上で衣服は基本的に着替えない。ただ、歳若い女性が異臭を振りまくのは哀れであると判断した上での措置だ。

 

        

 

 水場が無いので乾拭(からぶ)きだが、(あらわ)になったポランの背中は傷だらけ。

 対するアイズは彼女には見せる気は無い――【ステイタス】は隠蔽されているけれど――が傷一つない奇麗で色白の素肌である。

 (ヘスティア)が眷族の【ステイタス】の扱いをろくに知らないのか模様が浮かんでいる。

 通常であれば【神聖文字(ヒエログリフ)】が読める者にとってはポランの【ステイタス】を読むのは造作もない。しかし、傷のせいでアイズでも読み解くのが難しいありさまだった。

 指摘しても眷族にはどうすることも出来ないので知らないフリをする。代わりに背中を拭いてあげた。

 他人のお尻を見て、小さくて可愛いとか感想を抱きつつ――

 

「ありがとうございます」

「……どういたしまして」

 

 汗に濡れた服や下着類は近くの岩に張り付けて水気を取る。

 そこでモンスターが現れるようであれば諦めるしかない。

 ポランにとってダンジョン内で素っ裸になるとは予想していなかった。冒険者ではあるが女の子なので羞恥は感じている。だが、アイズは平気なのかと疑問に思う。

 聞いてみると匂いを我慢するから普通は脱がない、と回答。

 

「……本拠(ホーム)のお風呂場は個室になってないから皆に見られるのは変わらないよ?」

「……冒険者って大変ですね」

「……そうだね。ダンジョン内でトイレに行きたくなったりすると……、もう大変」

 

 我慢し過ぎるのは良くない、とリヴェリア達から言われているが実際に体験するのは嫌なものだと感慨深げにアイズは語る。

 レベル3にもなると食中りは起きにくく、『耐異常』のアビリティを貫通するような『猛毒』の方が冒険者には怖いと言われている。

 新しい下着と服に着替えたポランの次の特訓は新技であった。

 ――と言ってもアイズの動きを真似するだけだ。

 

「……私の技は一つだけ。……風の付与魔法(エンチャント)を利用する」

 

 そう言いつつ剣を垂直に構えるアイズ。

 ポランは巻き込まれないように距離を置いた場所で待機。

 

「……【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 静かに超短文詠唱を発動。

 アイズの全身から風のオーラが噴出し、自身の身体を包み込む。

 ――本来なら次に魔法名を唱えて攻撃に移るが、今回は途中で解除する。

 魔法を不用意に暴走させることはとても危険だ。アイズもその辺りを充分に考えて行使している。

 

「……ふぅ。……じゃあポラン。やってみて」

「魔法を?」

「……魔法じゃなくて私が取った姿勢とか態勢とか。……風を出せとは言わないよ?」

 

 魔法を使えない相手に魔法を出せ、と言われて出せたら苦労はしない。

 ポランは剣を握ってアイズの指導の下、()()に集中する。

 

「『テンペスト』」

 

 瞼を思いきり開いてはっきりとした声で言った。

 しかし当然、何も起きない。

 

「……それでも何も知らない相手は驚く。……大事なのは駆け引き。……相手はポランの技を知らないし、それを逆手に取った戦法もいずれは役に立つかもしれない」

「……でも、これってアイズさんの技ですよね?」

「私が教える内容はフィン達にはちゃんと伝えてある。……下位のメンバーが新たに加入すると混乱するかも、だけど……」

 

 それでもアイズ公認の技に文句は言わせない。そう強い眼差しをポランに向ける。しかし、言葉にして発していないので伝わったかどうかは不明。

 その後、アイズは技の詳しい内容を伝えて演技指導をしていく。

 

        

 

 【ランクアップ】前の【ステイタス】の数値は高いし、運が良ければアイズと同じ能力が授かるかもしれない。それはそれで色々と問題があるかもしれないとアイズは思いつつも折角出来た友達に技を教えるのは嫌いではなかった。

 もし、同様の力が授かるのであれば――

 敵として相対することになれば自分の糧にすることも出来る。

 冒険者は結局のところ最大敵は自分自身である、とガレスなどが言っていた。もし、その仮説のようなものが真実なら強い自分が居ないと不可能な事が出来てしまう。

 【ステイタス】の数値を伸ばす良い方法は強い敵と戦うことだ。それは世間一般的に言われている法則のようなもの。しかし、そんな敵と簡単に戦える筈もなく、負ければ死が待っている。

 死にたいわけじゃない。

 強くなりたい。その為には死なないで強くならなければならない。

 それを叶える方法に近道は無い。

 

(……自分で自分の敵を作ることは愚かな事だけれど……。それでも相手が居る事は大事だと思う)

 

 大手【ファミリア】に所属し、制限のあるダンジョン探索では思うように強くなれない。

 であれば知恵を働かせるしかない。

 それにポランもいずれは【ステイタス】の頭打ちにぶつかる筈だ。他の冒険者たちも壁にぶつかった経験を持つ。おそらく例外は無い。

 だからこそ楽観視してはいけないのだが――

 現時点でもアイズより強い冒険者はたくさん居るわけだし、焦ることは無い。

 これこそがアイズの()()()()()である、と言ってもいいくらいだ。

 

(……私もレベル4への【ランクアップ】を控えている。……偉業の達成は結局のところ自分では不可能だと思うことへの挑戦……。今から諦めていたら何もできない)

 

 【ランクアップ】の条件はアイズの言う通り、不可能への挑戦だ。しかしそれは冒険者の数だけ千差万別でもある。

 どれが正しい方法かなど誰にも分からない。

 分かるのは冒険者自身の前に現れる壁だけだ。

 

「……さ、練習の続き」

「はい」

 

 まずは構えから。次いで発声。内容を加味して動きを矯正していく。

 それから剣技に移る。こちらはポランに合わせて改良する。全く同じである必要は無いが、形くらいは真似てもいいのでは、と。

 

「『目覚めよ(テンペスト)』」

「……そうそう。最初より形になってきた」

 

 アイズの知る魔法は長文詠唱が多い。さすがにそれを教えるだけで頭が痛くなりそうなので短文詠唱で妥協している。

 本当は色々と教えたいところだった。仕方なく諦めた次第だ。

 

(……吹雪け、三度の厳冬……とか。我が名はアールヴ。……でも、これってエルフの人達じゃないと意味ないよね)

 

 演技は真に迫っているほど効果が上がる。それは例え何も出てこなくとも――

 彼女が【ランクアップ】したり新たな魔法を習得したらどのようになるのか、それはそれで楽しみではある。

 この特訓は次の月まで続けられた。もちろん、ポランが新たな能力に目覚めることは無かったけれど。

 

 

*1
多くはアイズの為にロキが用意した衣服である。

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