Untold Myth   作:トラロック

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#1-14 ランクアップ

 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインによって開けられた壁の穴の様子を伺いつつ駆け出しの冒険者ポラン・ブーニディッカはメモを取る。

 今後の役に立てるため。または単なる知的好奇心を満たすため。

 自分達が潜っているダンジョンという存在を理解するため。

 理由は様々だが何も知らないよりはマシだと赤毛の少女は考えていた。精一杯知恵を働かせて。

 

(……モンスターが抜けた分はどうしているのでしょうか。魔石をたくさん取られても平気ってことは無い筈……なんですけどね)

 

 それと何を栄養源としているのか。

 その根本となるものが無ければ魔石は――魔石とは一体何なのか。

 冒険者がいくら考えたところで魔石の事に一番詳しいのはギルドである。おそらく――そこまで考えたところで少し不毛さを感じた。

 冒険者は黙って仕事をしていればいい、というぶっきらぼうな言葉が浮かぶ。

 様々な冒険者が居るように様々なアドバイザーが居る。その手の言葉も自然と耳に入るものだ。

 

「……不思議だね」

「……はい」

 

 背中にかかるほどの長さの金髪に金色の瞳の少女が呟き、赤毛の少女が相槌を打つ。

 自然修復される壁をじっくりと眺めたことが無かったので、アイズは神秘的な現象として受け取った。それはポランも同様であった。

 生き物のように自身のケガを癒すダンジョン。

 

「……それで、これで終わり?」

「いえ。これからです。それとこういう現象中に腕とか挟まれたら……怖いですよね」

「……そうだね。普通はのんびりとは……待っていたりしないから、そういう事故は聞いたことが無い」

 

 冒険者がダンジョンに食べられる。

 修復速度や今までの噂話からもこの手の事故は話題に上ったことが無い。

 それは普通に冒険していて遭遇するような事故ではないから――

 もし、敵意を見せるダンジョンなら容赦なく壁を動かして潰しに来る。しかし、落とし穴のような事故はあっても密室に閉じ込めて圧殺するような事件は聞かない。

 もしそんなことがあれば立ち入り禁止にしそうなものだ。

 

「……私達の遠征でもそういう事故は聞かないな……。基本的に冒険者を閉じ込めたりしない。……だけれど隠し部屋の様な場所があることは確認されている」

 

 逆にモンスターを圧殺するダンジョンというのも見たことも聞いたことも無い。

 あればあったで脅威だとアイズとて思う。

 

        

 

 以前アイズは希少な鉱石もダンジョンの壁から出ると言った。

 モンスターではなく、魔石でもない。

 こうして話ている間、別の壁や地面から現れるモンスターは灰色の髪の狼人(ウェアウルフ)の少年ベート・ローガが討伐していく。

 ポランは事前に――モンスターの種類別に――魔石を小分けにまとめており、それらを入れた革袋を取り出す。

 どの魔石も見た目は同じ。アイズが知る深層のモンスターにも差はない。

 

「階層ごとに違うモンスターが出るなら、違う魔石を投入するとどうなるのか」

「……どうなるんだろう」

 

 危険度の低いモンスターの魔石を選び、開けた穴に投入する。

 一つ目にはレアモンスターの『ブルー・パピリオ』だ。ドロップアイテムを落とさなかったけれど、と。

 次は『ニードルラビット』の魔石を大量に投入。(こぼ)れ落ちない程度だが。

 最後の穴には全部、というのはさすがに怖いので『ウォーシャドウ』にした。

 

「上層で深層の魔石は……私も怖いと思うので無難そうなもので……」

「……階層主は確かに怖いよね。……あと大量に出るのも」

 

 穏やかな階層に大量発生しそうなモンスターが居たら他の冒険者に迷惑だ。

 それと現在の階層より下に居るミノタウロスも上に連れてくるわけにはいかない。ただ、滅多に階層を移動しないと言われるが絶対はない。

 不穏な予感を払拭しつつ魔石共々修復される壁を眺めるポランとアイズ。

 魔石は回収して換金するもの。だから、こういう使い方をする冒険者は()()居ない。

 もし他の冒険者が居れば勿体ないと呟かれているところだ。

 

(……魔石を飲み込んだらそのモンスターが出るのかな。……そうなると延々とモンスターを倒せたりする……。でも、それだとなんか……)

 

 仮定の想像だが魔石を持つモンスターを倒す行為が虚しくなる予感がした。

 凶暴で冒険者に襲い掛かってくる。そんな程度の認識しかなく、それでも憎いと思っていたモンスターが。

 アイズは自分の認識外の事に戸惑いを見せる。

 

(……ポランの言っていた効率的に魔石を取り出すのと……そんなに変わらない。私はただ……、モンスターを倒せればいい。でも、延々と出てくるモンスターを憎み続けるのは大変……)

 

 憎しみを持つ、と自分では思っているアイズだが、普段は淡々と仕事として処理している。

 深層域の強敵と戦うことを熱望し、強いモンスターなどには確かに憎しみのようなものを感じる。ただ、それは根本的な憎悪とは違う気もしていた。

 

        

 

 アイズが苦悩している間に壁は修復現象を起こし、魔石ごと飲み込んでいく。

 上層でアイズやベートが(おこな)った破壊行為でも壁の奥は生物的な様相を見せなかった。それと開けた穴からモンスターが出てくることも無かった。

 

「……あ」

「?」

(……魔石って砕けたらモンスターが死ぬから。壁に入れても無駄なんじゃ……)

 

 修復の際に砕け散る事まで考えが及ばなかったことに今更気づいて落胆するポラン。

 そうと分かれば別の方法を取るしかないが無機物の中に放り込んだ以上、それらを潰さずに済ませる方法は浮かばない。

 土壁ならまだ可能性はあるかもしれない。しかし、この実験は出来る限り上層で、しかも適度に広い方が望ましい。冒険者の数も少なければ尚――

 そう考えて十三階層というギリギリ条件に合う場を選んだ。

 

「……無駄な事をしたかも」

「……君もがっかりすることがあるんだね」

「ありますよ。……ああ、でも勿体なかったな。換金分は別に取っておいているからいいけど……」

「……そこは……たくましいよね」

 

 薄く笑うアイズ。

 ポランと共にダンジョンに潜るようになって彼女は幾分か笑うようになった。それを【ファミリア】の団員に指摘されたこともあるが本人は首を傾げるのみ。

 アイズ本人は人並みには感情があると思っている。だから、心外だと口を尖らせることがしばしば。

 そして、穴が完全に塞がり静けさが襲う。

 この階層のモンスターはそれほど頻繁に生まれることは無く、キラーアント並みの脅威も無い。

 ヘルハウンドの火力だけが強みである。

 十三階層はレベル1にとって最後の到達階層とも言われる。次の階層にはミノタウロスが居る。【ランクアップ】する場合は十一階層からが基本だ。

 レベル2になると潜れる階層は一気に増える。そもそもパーティを組んでいる事が前提になっているが。

 

「………」

 

 アイズは自然と――腰に下げた剣に手を伸ばす。

 それから一歩、壁より後退する。

 防衛本能が刺激されたのか、とても嫌な予感がした。

 

(……今、振動が……。階層全体から感じたような……)

 

 すぐさまベートに顔を向けるも新たに現れたモンスターを倒しているところだった。

 気の迷いと思わず、ポランに荷物をまとめるように()()()()

 大型階層主が現れそうな壁は無いとしても何かが起きようとしている事は感じた。

 

「……普段と違う気配……。気を付けて」

「分かりました」

 

 手慣れた様子で荷物をまとめ、武具を装備するポラン。

 いつも後方での仕事に努めていたので手際がいい。それと多くのモンスターを倒してきたことで臆することなく行動できている。

 余計な混乱を起こさない分、戦闘に意識が割けるのでありがたい存在だとアイズは思う。

 

(……上層には無く、ゴライアスとも違う。大きくはないけど嫌な気配……)

 

 自分の記憶にあるモンスター達で近い物は深層域くらいにあるかどうか。しかし、深層域よりは凶暴性が感じられない。

 少しずつ壁から遠ざかりつつベートの元にゆっくりと向かう。だが――

 ビキリ、と不協和音が木霊(こだま)した。それ自体は聞きなれたものだが気配がまるで違う。

 

        

 

 魔石を放り込んだ壁が全体的にひび割れる。それはこの階層ではありえない現象である。

 ヘルハウンド達ですら全体を破壊する程の現象ではなかった。

 通常はモンスターの身体に合わせた局所的な崩壊のみだ。それ以上と言うのは相当大型でもない限りは――

 

「撤退っ!」

 

 アイズは短く叫ぶ。

 それは遠くに居る冒険者にも伝える為にわざと大声で叫ぶ。例え誰も居なくても。

 声を聞いたベートは目に付くモンスターを倒しきり、拾えるだけの魔石を回収しつつアイズの元に近寄る。そして、彼女の動きに合わせて移動する。

 

「厄介なモンスターか?」

「分からない。けれど……、大型に警戒」

「了解」

 

 上層に現れるモンスターであれば希少種(レア)でもおそらく問題無いと自負する。しかし、それでも未知のモンスターに対して油断が禁物であることは理解している。

 アイズは上層への出口の確保をベートに命令する。

 ポランは彼らとの間でギリギリまで様子見。実験を(おこな)った責任として。

 そうしてそれぞれに穴をあけた壁――正確には高さ十(メドル)程の巨石の一部――が崩壊していく。

 通常であればすぐにモンスターの姿が見える。大型なら特に。

 

(……何も無い? でも、気配は……)

 

 大型が現れると思い込んでいたが巨石が壊れただけでモンスターの姿が無い。だが、気配は未だに消えていない。

 土砂による砂塵が舞うもある程度離れているアイズ達には影響はない。

 

「……階層全体が壊れるかと思った」

「……そうだね。でも、気を付けて」

 

 ポランが選んだ場所は落盤の恐れが無い巨石だ。安全な実験を心がける彼女とて全体崩落は望んでいない。

 しかし、モンスターが生まれずに壁だけ壊れるとはアイズも思っていなかった。

 

(……分かる気配は……三つ……。良かった、大群じゃなくて)

 

 安心したのも束の間、風を切るような音が耳に届くと同時に尋常ではない悪寒が襲う。すぐさまアイズは感覚だけで飛び退る。

 大きくはない。中型か、それ以下――

 

(何今の?)

 

 ポランとベートに意識を向けている余裕が無い。そう感じつつ戦闘に意識を向けるアイズ。既に剣は引き抜いている。

 姿が見えないが確かに気配はある。物凄い速度というわけでもない。

 主に下から――

 アイズが感覚を頼りに標的を補足しようとする。しかし、なかなか見つからない。

 透明なモンスターかとも思ったが、僅かに見えた感じではそうではなかった。

 見えたと言っても黒い(もや)のようなもの。それは決して『ウォーシャドウ』ではない。

 分かる事は標的は()()()小さい。それなのに尋常ではない邪悪な気配をまとっている。

 

        

 

 レベル1のポランが恐れるのは理解できる。けれど、レベル3であるアイズもまた驚いていた。

 気配から正確な事は読み取れないが嫌な予感がするという事は自分と同等か、それ以上である可能性があるということ。

 深層域のモンスターに似てはいるが、それよりも邪悪であった。

 悪寒が酷い。上層では滅多に汗をかかないアイズの顔は汗に濡れ始めた。

 近くに居るベートもアイズほどではないが、似たような気配を感じ取って警戒態勢に移っていた。それと彼の尻尾が珍しく逆立っている。

 

(……なんだこのヤベー気配は……。この階層に俺達を驚かせるモンスターなんか……)

 

 同じくレベル3であるベートも自分達の幹部より怖い存在が居る筈は無いと思いつつも感じる気配が幻ではない事を体感的に察していた。

 確実に近くに危険なモンスターが居る。それも飛び切りの殺意を持つ凶悪な何かが。いや、殺意というよりは純粋な攻撃衝動といったような――

 

(……ここで逃げるより倒さなきゃ。他の冒険者が危ない)

 

 それと――【ランクアップ】への道が広がるかもしれない、という思いがアイズにはあったがベートには無かった。

 彼の場合は強さこそアイズ並みにこだわりを持つもののモンスターへの警戒の方が強かった。

 

「……ベートさん。……ここで倒します。……協力してください」

「言われなくても分かってる。……これが『ケガの功名』って奴か」

「……ごめんなさい。……二人とも」

 

 ポランが頭を下げるもののモンスターの警戒度はベート並み。すぐに武器を構える。

 相手の強さは分からないが二人より三人で対処した方がいいとそれぞれ判断を下した。

 

「お前はいざとなったら助けを呼んで来い。……いや、最悪、警告しながらギルドに向かえ」

「はい」

 

 即座の返答にベートは満足する。

 足手まといは無理に責任を感じて残ろうとするものだ。だから、判断の早いポランは嫌いではない。

 実験については何か起きるか分からない事はベートでも分かる。だから責める事はしない。結果がどうあれ後始末をすればいいだけだ。

 

(三つの気配はそれぞれ別々に動いている。四つ目は……無い。……この動きは……)

 

 不規則だが流れるように移動している。

 空中には居ない。が、飛び上がらないとは限らない。

 

(……見晴らしがいいけれど広さが逆に怖い……。標的が小さいのも探索を困難にする……)

 

 特にベートにとっては相性が悪そうだと判断する。

 細身の剣を扱うアイズにとっても小さな標的は倒しにくいけれど――

 それぞれ対策を練りつつ敵の姿を探す。

 

「……ん。そこ」

 

 と、気配を頼りに剣をふるう。するとガキッと硬い金属音が響いた。

 防がれた、と驚愕しつつ相手の姿を確認する。

 それは黒い虫型モンスターだった。

 

(き、キラーアント……じゃない。亜種!? でも、形が……)

 

 レベル3の斬撃を――小さな身体で――小さな前足のような部分で受け止めていた。

 硬質的なところから外皮の硬い昆虫系か、それに類するものと断定。それを素早くベートに伝える。

 咄嗟の事とは言え破砕できなかったところから小さくても手強いモンスターだと判断する。

 

        

 

 アイズの剣を受けても平然としている小さな虫型モンスターは器用に跳ね飛びながら後退する。

 そのまま逃げるわけではなく、再突撃を敢行してきた。

 明らかに冒険者を狙っている。

 

「オラッ!」

 

 ベートの雄叫びの後、硬質的な打撃音が聞こえてきた。そのすぐ後で彼の驚愕が続く。

 力を乗せた蹴りに相手が耐え切った為だ。

 一撃で粉砕できなかった事にベートもまた驚いた。

 

「……やろう。小せえクセに……」

 

 飛んできたからこそ横蹴りが出来た。地を這ったままではベートの攻撃は踏み潰ししか出来ない。

 意外と取れる戦法が無いのは既に理解していた。

 地面ごと蹴り飛ばせばいい。そうは思っても身体に多大な負荷をかける。最悪、足を自分の力で痛めてしまうのは確実だ。

 

(凹凸の少ない現場じゃあ取れる戦法が少ねえな。ここは平坦過ぎる)

(……見えないほど素早くはない。……身体が小さいから捉えにくいだけ)

 

 大きな身体であれば同等の速度のモンスターを見失うことは無い。けれども小さな虫となると意外と捉えにくい事に警戒度が上がる。

 気配だけが頼りだが、やはり標的が小さいことが戦いにくい原因となっていた。

 

(二体は分かった。もう一体は動きが鈍いけど……壁の上の方に移動している。逃げる気……なの?)

 

 他の二体は今もアイズ達を狙っている。それは気配でそう思っただけだが。

 姿は三体とも共通と見て間違いない。

 キラーアントの亜種のようなモンスターは体長二十(セルチ)ほど。色は黒。甲殻類の虫型。蟻のようで蜘蛛にも見える。それ以外に気になる部分は見当たらない。

 何より小さくて形状が把握しにくい。

 

「……おいおい、小せえ虫に【ロキ・ファミリア】がやられるのかよ。ふざけるな!

「……目標……レベル3相当と認識……」

「不本意だが……了解だぜ」

 

 気合を入れ直したベートは突貫する。

 標的はあまりにも小さい。それゆえに小回りでこそがモンスターの強みである。

 視界も自然と地面に向けられることから戦いにくいことこの上ない。

 通常の小型モンスター以上に腰にかかる負担が大きくなるからだ。特にベートは長身であるから更に不利が予想される。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 剣を構え、魔法を唱える。

 相手がどんなモンスターであれ、倒す事に変わりはない。

 速度を上げて自分に一番近いモンスターに切迫する。

 

「【エアリエル】」

 

 正確無比の刺突攻撃を小さな標的めがけて繰り出す。するとガキっと受け止める虫型モンスター。

 身体の動きが一瞬止まる不快感を覚える。

 地面を砕いて埋まるでもなく、力のみで押し留められたことに。

 

(……そんな。……これはレベル4相当!?)

 

 アイズはレベル4への【ランクアップ】間近の【ステイタス】を持っている。その上でモンスターに攻撃を止められるとは思いもよらなかった。

 良く見ると前足によって剣が挟まれるように止められていた。風の付与魔法(エンチャント)がかかっているというのに。まるで魔法をものともしていない。

 外皮に阻まれているわけではない。どう見ても単なる腕力で止めている。

 驚きも一瞬。すぐに次の攻撃に移る。

 

(おいおいおいっ! アイズの魔法を止めたってのかよ。想定以上かよ。……面白え……)

 

 強敵相手ならば()()()ケガは安いものだと判断し、攻撃に神経を研ぎ澄ませる。

 小さい身体を除けば特殊な攻撃はしていない。隠し玉があるのかもしれないけれど、それはその時に考える。

 

        

 

 その後、数度の激突が起きた。ただ、アイズの斬撃は初手から止められるので連続技に移行できない。ベートの方は叩きつける瞬間、前足による防御によって耐えられてしまった。

 このモンスターは少なくとも知恵があり、相手の攻撃を避けるよりは受け止めにかかっている。

 つまり自身の防御に絶対の自信を持っている。不敵極まりない。

 

(……やろう。随分となめた真似を……。しかし、どうする。こちらの攻撃はほぼ見切られていると見ていい)

(……技を見切られている? 速度も同等以上?)

 

 二人はそれぞれ分析しつつ攻略の糸口を探っていた。

 ただ、地上に残されたポランは二人の動きについていけず、見守る事しか出来ないが巻き添えを避けるために避難だけはしていた。

 残る三匹目のモンスターはアイズの知る限り、動いていない。というか安全な場所で戦いを見守っているようだった。それと仲間を呼ぶ気配もなく、新手は確認できないのが救いか。

 

「そろそろ……、ぶっ飛べや~!

「【リル・ラファーガ】!」

 

 ベートの渾身の蹴りを受けたモンスターは地面に激突。

 アイズの渾身の突進攻撃も――やはり――受け止められつつ地面に打ち付けられた。しかし――

 

「……なっ!?」

「……えっ!?」

 

 打撃の手ごたえはあった。けれども地面への激突の際、()()()衝撃が小さかった。

 アイズの方は激突させたかと思ったが地面を抉っただけでモンスターの姿が掻き消えていた。

 そう。激突だと思っていたのはそれぞれの攻撃によって発生した衝撃波だ。モンスターを打ち付けた跡ではない。

 途中で脱出したのは感覚で理解した。一体どうやって、と疑問に思う間もなく敵意がすぐ側まで来ていた。

 剣で応酬するも今度は軽くいなされる。明らかに戦闘技術が高い。いや、高くなっていると見て間違いない。

 

(学習するモンスター!?)

 

 それが事実なら充分にアイズ達の動きを読んだモンスター達が反撃に出る時、恐ろしい事態が起きる。

 それはもう予感ではない。確定事項だ。

 短時間で決着を付けたいところだが三匹目が安全圏に居るのが憎たらしい。二匹を打倒した――出来たとしてもただでは済まないかもしれない。

 こんなモンスターはアイズやベートの記憶に無い。深層域の恐ろしいモンスター達並み――またはそれ以上――に厄介だ。

 

「アイズ。勝てそうか?」

「……正直に言って……難しい。こんな相手は初めてだから」

「そうかよ。全く……、面白くなってきたじゃねえか」

 

 言葉とは裏腹にベートは笑っていない。

 ここでモンスター達を撃滅しなければ弱者と蔑んできた多くの冒険者が危機にさらされる。

 もし、戦闘に打ち勝てば【ランクアップ】出来るかもしれないが――まともな勝利が確信をもって描けない。

 元より勝てる確信があっては【ランクアップ】など出来はしない。しかし、今は勝てなければ駄目だと身体に警告が来ている。

 この戦いから逃げることは出来ない。勝利一択だ。

 

        

 

 二人が苦戦しているほどのモンスターにポランが参加する事など出来はしない。単なる足手まといにしかならない。と、頭では思っている。

 それでも勝てなければ危険であることは二人と同じくらい感じていた。

 元々は自分の実験により生まれた『異常事態(イレギュラー)』だ。無責任に撤退などしていい筈が無い。だが、対抗策が浮かばないのも事実。

 【ステイタス】が評価Sだとしても駆け出しだ。何が出来るというのか。

 武器はアイズ達に比べれば安物。他には壁を破砕する為に持ってきた道具くらいだ。

 確かに何かしらのモンスターが出ると予想はしていた。だが、想定以上の強敵とは流石に思っていなかった。しかもアイズ達の知らないモンスターともなると焦りや罪悪感で身体が震えてくる。

 正直、おしっこもちびりそうだ。

 そんな中でも二人の為に必勝法を模索していた。

 先程から――見えている範囲で――彼らの攻撃を真正面で受け止めている。少なくともそう見えた。

 前面の攻撃に強い。

 硬いモンスターが存在するのは分かっている。それらの殆ども弱点があったり強引に力押しで倒したりする。

 効率を目指すなら弱点を狙うのが基本だ。例えば関節部分とか。

 アイズの必殺技を受け止めた腕の状態から、関節でも強そうに思える。恐ろしく柔軟な肉体を隠し持つのか、それとも――

 モンスターであるならば弱点となる魔石を体内に持つ筈だ。そこさえ破壊できればいいわけだ。しかし、そう簡単に弱点を露出する者ではない場合は長期戦を強いられる。

 下層に現れるミノタウロスは肉体が強靭で刀剣類では決定打にならないと言われている。それに似たような部類か。

 魔石といっても小さい身体に胴体部分はかなり細く見える。剣で突くよりベートのように力で叩き潰すしか方法が無さそうだ。

 攻撃を受けて止めているところから捕まえる事も出来そうにない。

 それよりも――

 

 彼ら(アイズ達)の攻撃を受ける一方だ。

 

 モンスターは身体の小ささを利用して翻弄こそしているが攻勢には転じていない。それがアイズとベートには恐ろしく感じられた。

 たかが虫と侮れない何かがあるのだと――

 充分に学習した後での攻勢に対抗できるのか。

 ベートがポランの近くに移動してきた。その時、ポランはバッグから色々と道具を取り出した。

 

「……ベートさん。……もう一度、あいつを地面に叩きつけ……られますか?」

「……ああ? まあ、やってやるよ」

 

 突然の声掛けにも関わらず、ベートは疑問を差し挟まなかった。

 出来るのか、ではなくやるしかないことを本能で理解していたから。

 

        

 

 すばやく判断を下したベートは土煙をあげつつ小さな標的に向かって飛び上がった。そこで『やはり』とベートは確信する。

 モンスターも跳んだからだ。確実に攻撃を受け止める気でいる。

 それはつまりお前(ベート)の攻撃など通用しない事を思い知らせてやる、という意志表示として受け取る。

 学習するモンスターだ。そろそろ人並みに調子に乗ってくるはずだと踏んでの攻勢だ。少し腹は立つが致し方ないとベートは表情には出さないが諦めた。

 

「今度こそあの世へ送ってやるぜっ!」

 

 空中で二回転ほどして遠心力を付けた渾身の蹴りをお見舞いする。

 攻撃を受ける気満々なのでむしろ狙わなくても相手側が合わせてくれる。そして、それは証明された。

 先程よりも硬質的な激突。身体が硬くなったわけではない筈だが、重いと感じた。それもベート側が。

 

「それが……どうしたぁ!

 

 受け止めるのであればそのままで構わない。寧ろ遠慮なく力を発揮できるので都合がいい。

 更なる力を込めて地面に叩きつけようとした。

 ベートが装備している白銀のメタルブーツは【ヘファイストス・ファミリア】製。第二等級特殊武装(スペルオルズ)『フロスヴィルト』で魔力伝導率の高い『ミスリル』という金属で作られている。

 魔法を付与することができ、それを打撃力に上乗せする攻撃を可能とする。

 強固な前足を持つ小さなモンスターに対しても破損の兆候は見られない。だから、遠慮なくぶつけた。

 渾身の一撃にすら耐え切るモンスターに驚きつつも構わず力を込めて押し込む。

 何の魔法も付与されていないけれど脚力のみで圧倒する。いや、圧倒しようとした。

 

(……身体が小さいから抵抗が少ないのか? クソ)

 

 想像よりも決定打が弱く感じた。

 おそらくそれほどダメージは受けていない筈だが――要望には応えられた。

 地面に真っすぐ落下する小さなモンスターは大した衝撃も受けずに地面に降り立つ。

 

 傲慢になりつつあるモンスターはその特性を恨むべきだった。

 

 落下地点を注意深く観察していたレベル1のひ弱な冒険者を無視していた為に接近に対して()()()()()取らなかった。取る気が無かった、が正確か。

 ひ弱と言えど力は評価Sである。他の駆け出しよりも実は強い。

 そんなポランの敏捷もまた評価Sである。他の冒険者よりも――

 ズガン、と振り抜くようにモンスターの身体を打ち付けたのは単なる金槌である。音は僅かに大きく聞こえた程度で、一瞬で静まった。

 油断大敵という言葉がその時ほど適切に機能したことはないのではないかと。

 

「………」

 

 ポランは単に叩きつけたわけではない。

 前面が硬いことは把握していた。だから、前面を避けて背中と思われる部分を狙った。

 それだけでモンスターは呆気なく潰れて肢体を飛び散らせた。

 黒い染みはモンスターの体液のようだが疑問に思った。

 

(……灰に……ならない。……魔石が見当たらないから? それとも砂粒くらいの大きさ? いや、潰したから倒した、でいい筈……)

 

 ベートは拍子抜けしていた。

 あれほど強固な存在だと思われていたモンスターが単なる打撃で死んだ。それは気配を読んでいたアイズも察知していた。

 敵性モンスターの気配が一つ消えたことに。

 討伐は成功したとみて間違いない。

 

(飛び散った手足は……ドロップアイテムとして見ていいのかな。でも、調査用として持ち帰らないと……)

 

 すぐに判断を下したポランは出来るだけ冷静に。しかし、身体は震えていた。

 ベート達が苦戦するモンスターだったのだから怖くないわけがない。

 水筒の一つをすぐに空にして地面の土砂ごとモンスターの残骸を詰め込む。そして、すぐに次の行動に移る。

 ベートが走り寄り、小さく『よくやった』と誉めた。だが、すぐに表情をアイズ達に向ける。

 戦いはまだ続いているから。

 

(……奴らにも弱点はあるわけだ。……単独(ソロ)じゃあ討伐は無理そうだな。しかし、機転の利く女だ。だが、悪くねえ)

 

 敵が一匹減った。アイズは見張り役のモンスターの動きに意識を傾ける。だが、未だに動きは無い。

 一匹倒されたことに動揺している、ともいえる。見た目では分からないけれど。

 

「……なら、私も頑張らないとね」

 

 連続で斬撃を叩き込みたいところだが最初の一撃を止められると次が出せない。

 アイズが相手にしているモンスターは斬撃に対してかなり有利な戦法を取ってくる。

 もし、不壊属性(デュランダル)でなければ武器を壊されていてもおかしくない。それほど剣に尋常ならざる力が加えられていた。

 確実に剣を壊そうと試みている。

 絶対に壊れない武器を腕力で破壊しようとする。それだけ自分の力に絶対の自信を持っているといえる。

 

不壊属性(デュランダル)だと理解していない? ただ丈夫な剣だからって事も……)

 

 冒険者の武器を破壊すれば脅威は無くなる。

 どのような思考をしているのか分からないが、こんなに戦いにくい相手は久方ぶりだった。

 出来れば単独撃破したいところだが嫌な予感が続いているし、ポランが不安そうにしている。

 それでも、と突っ込むべきか迷う所。

 

        

 

 その一瞬の気の迷いをモンスターは見逃さなかった。意識の間隙を狙って虫のモンスターは(デスペレート)を足がかりにして回転するようにアイズに向かって登って行く。

 振り払おうにも腕部は尋常ならざる力を持つ。簡単にはいかない。かといって剣を捨てることも出来ない。

 そのこだわりが勝敗を分けた。

 

「ギャッ!」

 

 片手剣の持ち手を狙われたアイズは想像以上の痛みによって――普段なら手放さない『デスペレート』を――取り落としてしまった。

 いや――正確には握っていられなかったのだ。

 武器が不壊属性(デュランダル)でも素手はそうではない。

 地面に落下したのは剣だけではなかった。剣に追随するように利き手の指が二本。

 三本目は半ばまで切り込まれた。

 

「……くっ。こ、この……」

 

 残った左手を拳にして殴りつけようとしたのは痛みによる興奮状態だったのと冷静さを欠いた失策と言える。しかし、それを責める事は今は出来ない。

 十二歳の少女が受けるにしてはあまりにも大きなケガだったからだ。

 単なる拳の打撃が通用する程モンスターは甘くなかった。

 

「うわっ!」

 

 無造作に振るわれたモンスターの前足はアイズの指を容赦なく切り飛ばす。

 中指と薬指が落ち、人差し指も浅く切り込まれる。

 激しい痛みに耐えて、ギッと血が出るほど唇を噛みしめてモンスターを睨みつけるのは闘争本能が消えていない証拠。

 それはアイズの()()()()()()()()()()()によるものか。

 モンスター憎しで戦う少女はその感情が昂れば昂るほど戦意が上昇する。

 普通の少女であれば痛みで泣き叫ぶところだ。

 ――だが、アイズは『普通の少女』ではない。

 

 第二級冒険者【剣姫】の二つ名を持つアイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

 彼女(アイズ)がケガをしたことはベートも確認している。

 剣を握れない今の彼女は無力極まりない。分が悪くなった事だし、無理に戦闘行為も――普通ならば――出来ない。だが、撤退は出来ない。

 この危険な虫のモンスターは今ここで倒さなければならないからだ。

 

「ポラン。あいつの指を拾っておけ。……出来るか?」

 

 同じ少女とてポランにとっては気持ち悪い部位ではないのか、と思いつつも余計な杞憂である。

 モンスターを解体するすべを一緒にやってきたパーティメンバーだ。

 出来ないわけがない、とベートは()()()()()()()

 声をかけられたポランは今にも泣きそう――いや、既に泣いていた。身体も震えていた。

 あまりにも酷い惨状に平然としていられるほど彼女の心は強くなかった。

 

「道具を寄こせ」

「……ふぁ、い……」

 

 震えている様子からまともに動くことも難しいかと判断したベートは勝手に持ち物から必要な道具を探し出す。

 今回ポランが持ってきた荷物は実に多彩であった。これらは単独(ソロ)で活動する上で、色々と必要なものが取り揃えられていた。

 

        

 

 敵に警戒しつつ散らばった指を拾い、空の革袋に無造作に放り込む。いちいち奇麗に並べている暇が無かった。

 それから接合の為のアイテムも持ち合わせていない。

 自分達が次にすべきは迅速に残り二匹のモンスターを撃滅する事だけ。

 

「……二人でやんぞ。お前(アイズ)は魔法で牽制しろ」

「……ぐっ。……分かった」

「よく頑張ったな。……さっさと駆除するぞ」

 

 一つ頷いてアイズは魔法の準備を始める。だが、予想以上の痛みに集中力を欠き、魔法がうまく発現しない。

 両手からダラダラと垂れる血の感触が今はとても気持ち悪かった。

 利き手はまだ武器が握れる。ただし、持てるだけで攻撃は難しい。左手は完全に力が入らない。

 

「……あ、ああ……。ううっ……て……目覚めよ(テンペスト)……えあ……【エアリエル】……

 

 今まで体験した事のない痛みで頭の中が焼け付くように熱くて痛い。

 愛剣『デスペレート』を拾おうとするだけで結構な重労働と化している。

 

「……うう」

 

 身体の一部のように扱ってきた剣が今はとても冷たく、そして重く感じられた。

 握り込むだけで手首が破裂しそうだった。こんなに強く握れないのはいついらいだろうか、と。

 

(……初めてダンジョンに挑んだ時よりも痛い……。モンスターを倒さなきゃならないのに)

 

 決意と現実は同一ではない。冒険者となって初めて味わう敗北感。

 強くなろうとしたのは身体か、心か。

 気持ちだけは一人前だとしてもなにも出来なければ一般人と大差が無い。

 

(……痛い、痛い……。感覚が……揃わない)

 

 五体満足だったアイズも覚えのない苦痛。

 それは喪失感と呼ばれるもの。

 見た感じと実体験の差はあまりにも大きかった。

 特に利き手は力がかかる指の一本が千切れかかっている。変に残っている分負担も大きい。だが、邪魔だとして取り払うことも出来ない。

 要らないからと言って手足を簡単に切り捨てられる冒険者は()()居ない。

 それはオラリオ最強と謳われている冒険者にも簡単には出来ない所業だ。――ただ、親愛なる主神の命令があればどうなるかは――

 

        

 

 剣を不揃いの利き手で掴み上げる。その腕は激しく震えていた。

 気が付けば止め処も無く涙があふれている。それは悔しさからか、痛みの激しさかは分からない。

 歳相応の反応であるならば誰にも責められる謂れは無いのだが――今、この時だけはベートが叱咤する。

 

 剣を握って戦え、と。

 

 てめえは何のために今まで武器をふるってモンスター倒してきた。そう無言で()()()()狼人(ウェアウルフ)が側に居る。

 常識ある者なら大怪我を負っている健気な少女に戦えとは言わない。言えるわけがない。

 悪意ある者なら【剣姫】なんだろ、と揶揄するかもしれないが――

 

「……うあああ」

 

 風の魔法を身にまとい懸命に敵を見据えるアイズ。

 まともに武器はふるえない。それでも行かなければならない。

 ここに至って強くなろうとは思わない。

 ただ、モンスターを倒しきる。それだけだ。

 

「俺が先行する。お前は背後を狙え。無様でもいい。二人でやんぞ」

「……りょ……うかい」

 

 今まで以上に精神が研ぎ澄まされたベート達にとって小さなモンスターであろうと逃がす気は無い。

 確実に狙い撃ちにする覚悟を決めた。そして、それはポランにも――

 まずベートが気配を頼りに突貫する。

 敵モンスターは先ほどよりも邪悪さの気配を強くしていたので目を瞑っていても何処にいるか分かるほど。

 防衛から攻勢へと変じた為にベートの蹴りを避けて、前足による斬撃を敢行してきた。

 通り抜けるように切り裂かれる脇腹。その鋭さはアイズの斬撃を参考にしたような感じだった。

 迷いが無い。

 確実に相手を倒そうとする意志が大きな塊となって見た目以上に姿を大きく見せていた。

 

(……あいつも成長したってのかよ。……推定レベル4に認定って奴か)

 

 もっと上かもしれない。そんな予感がした。だが、だからといって怖気づくことは出来ない。

 速度に変化はないが対象が小さいので狙いが付けにくい。

 更に攻撃が重い。それは打ち合って初めて感じるものだ。

 アイズはただ剣を持つだけで何もできないような状態だ。だが、(まと)でもいいから立っていてくれればそれでよかった。

 (はな)から戦力として期待していない。

 自分(ベート)彼女(アイズ)(まと)になれと命令した。彼女もそれを承諾したのだ。

 前面さえベートが担当すればアイズとてこのモンスターは倒せる。

 その絶好の機会を作れれば勝機はある。ただ、相手側はまだもう一匹存在する。もし、知性の高いモンスターであるならば三匹目はもっと手強くなるはずだ。

 

(数を減らすごとに強くなるってことか? 冗談じゃねえぞ、全く……)

 

 ただ、救いなのは三匹より増えていない事だ。

 仲間を呼ぶタイプであればもはやお手上げ。駆逐されるのはモンスターから冒険者に変わるだけ。

 そんなことを認めるわけにはいかないが最大戦力が役に立たない状態にされた。そして、一人では勝てない事も理解した。してしまった、と言うべきか。

 

        

 

 二度三度と交戦を交わして理解する。

 虫型モンスターは戦闘狂だと。所謂、戦いに酔いしれる悪質な(たぐい)だ。

 明らかに冒険者を殺そうという意思が感じられない。――最初はそう思っていた。

 

(……少しずつだが動きが良くなっている。それと(わら)っている気配がさっきから強くなってやがる。ふざけやがって。……いや、それは俺達も同類か。……あいつらはレベルが上がって浮かれている)

 

 高レベル冒険者は周りを見下す事が多々ある。かくいうベートも弱者はいらねえ、と(はばか)る事を知らず吹聴しまくっている。

 自分も調子に乗る事はある程度自覚しているが、虫に(わら)われるのは我慢がならねえ、と。

 

「虫けらの分際でいい度胸だ!」

 

 体長が小さな敵に対して大声で威嚇するのも――僅かばかり――恥ずかしいが、今はそんなことは小さな悩みでしかない。

 それと戦闘を楽しむのであれば、それはそれで好都合でもある。

 ベートの攻撃に()()()()反応してくれるのだから。

 保身に走るモンスターであれば既に取り逃しているところだ。

 蹴り技主体のベートも苦戦こそすれど上を目指す冒険者だ。諦めが悪い。

 防御から攻撃に移った事で身体のあちこちを切られている。が、致命傷には至らない。

 多少、服が血で汚れて匂いによる索敵が不自由しているけれど気配だけはアイズ並みに探れるから問題は無かった。

 少し興奮状態である彼の執念はどんどん燃え上がっていた。

 

(突進力に斬撃の攻撃力はかなりのもんだが……。こちらの攻撃が全く通用しないってわけじゃねえ。上層で退屈していたから身体が(なま)っていたようだ。……全く俺としたことが)

 

 冒険を忘れているなんて恥ずかしい。そうベートは独り()ちる。

 未知なる強者に挑める機会はそうは無い。例え虫型だとしても見逃すわけにはいかない。なにより、存在が気に食わない。

 大物ぶるなら身体も大きくしてこい、と。

 

「いっくぜえ!」

 

 何度渾身の蹴りを放った事か。その(ことごと)くを受け止められていた。

 しかし、身体の大きさゆえに結局は吹き飛ばされる。

 膂力に限界があるようだ。

 

(確信したぜ。こいつらは別に急激に強くなっているわけじゃねえ。相手の動きを学び、最適解を導き出しているだけだ)

 

 その予測が正しければ推定レベルに変化は無い。

 元々持っていた実力を隠していただけに過ぎない。それをアイズ達は過大評価してしまった。

 姑息ではあるが逆の立場なら――自分なら頭くらいは使う、と。

 

 まるで冒険者のようだ。

 

 各階層に出現するモンスターは基本的に基礎的な能力しか出さない。出せないともいえる。

 成長するモンスターには覚えが無いが、極稀(ごくまれ)に通常のモンスターより強い個体が居る事は前々から知られていた。

 それらは通常『強化種』と呼称される。

 

(……だが、こいつらは何の『強化種』なのかさっぱりだ。キラーアントに似てるのは下半身……。上半身は……どう見ても蜘蛛だよな。良く見えねえが……、複眼があるのか?)

 

 蜘蛛系だとしても糸は出していない。それに攻撃はほぼ前足によるものだ。

 それともあえて出し惜しみをしている、という事もあり得る。

 その仮説が事実ならベートの身体は既にバラバラに散らばっていてもおかしくない。あえてしないのか、余裕ぶっているのかは分からない。

 

(……その時はその時だ。俺だっていつ死ぬか分からねえしな。だが、お前は確実に殺す!)

 

 五度目の蹴りを放ち、今度はアイズ方面へ吹き飛ばすことに成功する。

 後は彼女の行動次第だ。運が良ければ、だが。

 地上に落下してきた虫型モンスターを迎撃しようとするものの剣での攻撃は既に出来なくなっていた。

 ただ剣を持っているだけの張りぼての様な【剣姫】は悔しさでいっぱいだった。だが、それでも出来る事はある。

 魔法を身にまとった彼女は一気に標的に駆け出した。

 おそらくモンスターはアイズの状態を理解している。だから、いやに無防備でいる。

 それはお前には何もできない、と侮られている。だが、そんなことは百も承知であった。

 急加速したアイズは地面に一度着地したモンスターの態勢が整うことを許さない。

 

        

 

 普段、突進する時は前傾姿勢になる。しかし、この時のアイズは前転するように回転力を付けた。

 これは剣での攻撃を()()()からだ。

 後は至極断純なものである。

 (すなわ)ち――

 

 力いっぱいに踏みつけるだけ。

 

 一般的に『(かかと)落とし』と呼ばれる攻撃方法だ。もちろん狙いを外すような真似はしない。正確無比といわれる繊細な攻撃を気が遠くなるほど続けてきたのだから。

 強固な外皮を持つモンスターに有効かと言われれば――それは実に有効な攻撃である、と答える。

 アイズはポランよりも力が強い。地面を砕くほどに。

 役立たずだと認めた今の彼女は脚一本犠牲にすることも厭わない。

 ズガン、と大きな音を立てて地面を砕く。と、同時に叩きつけた反動で激痛が襲ってきた。しかし、両手の痛みよりは軽微なので我慢は出来た。

 

「……やったか……」

 

 ベートの問いに少しの間、答えが無かった。

 しくじったか、と思うものの気配を察知できる事を思い出した彼は確信する。

 

「……二匹目討伐……完了です」

「よし。最後だな」

 

 アイズの答えに納得し、すぐに次へ移行する。

 今まで全く動かなかった三匹目は遥か上に陣取っていた。おそらく二匹以上に手強い筈だと――

 地面から足を引き抜くと黒い体液が靴に付着していた。

 それを見たポランはモンスターが灰にならなかったことを確信する。それと同時にその体液はとてもよくないものであると感じて、すぐに彼女の元に向かい、洗い流しにかかる。

 無言で作業を(おこな)うポランの顔は酷いものだった。自分の責任が招いた結果に酷く後悔しているように。

 薄汚れた死人の様なありさまだった。

 

「………」

 

 使ったタオルや地面を掘り起こしてモンスターの残骸を集める姿をアイズは黙って見つめる。

 今(おこな)っている作業はポランなりの戦いだ。それを邪魔してはいけないと思った。

 

「……後一匹。それを倒したら帰ろう」

 

 アイズの優しい言葉を受けてポランは頷き、作業を続けた。それと同時にアイズは疑問に思う。

 あれほど強かったモンスターが単なる踏み付けで倒せたのだから、どうしてもおかしいと。

 強いのか弱いのかが分からない。

 

(……身体の強度は強くはない。……攻撃態勢にだけ注意すれば討伐出来ない相手じゃない。……やはり推定はレベル3か……。でも……、まだ)

 

 痛みに耐えつつモンスターを懸命に分析しようと試みるが有効な情報が出てこない。

 出し惜しみしているのか、それともこれがモンスターの本気なのか。

 もし、今以上に厄介な攻撃を出されては全滅する恐れがある。何の能力を隠し持っていようが引き出している余裕は無い。

 

        

 

 気配を頼っているとはいえ小さな身体のモンスターが離れた場所に居るだけで視認が難しい。

 このまま何処かに逃げられるのはとても厄介だ。かといって追跡する方法が浮かばない。

 残念ながら射撃武器はポランの荷物には入っていないし、射撃する魔法も無い。

 攻撃が来ない間、ベートが使っていないタオルでアイズの両手を覆う。利き手は剣を握らせたまま。

 踏み潰した時に痛めた足はモンスターの攻撃は受けておらず、単なる自爆なので問題は無い。立って歩けるだけ幸運だと思うことにした。

 そうしている合間に新たなモンスターがそこかしこから生まれ出る。それらの中に虫型モンスターは居なかった。

 この階層特有の希少種であれば他にも居る筈だが今までそのような情報は聞いたことが無い。

 今回限りの特別なモンスターであれば新発見として(たた)えられるか、大目玉。

 

(……ま、普通に考えて後者だな)

(……ポランは未知の発見に寄与しただけ。……こういう事態を予測できなかった。……だけれど、彼女は……ある程度の予想はしていた。……ギルドはどう判断するの?)

 

 出てくるモンスターが小型の虫なのは仕方がない。何が出てくるかまで予想は出来なかった。

 想像以上の強敵とは思ってなかった。そもそも十三階層はレベル3にとっては攻略するのに造作もない。そんな自分達が苦戦を強いられるとは――それも【ロキ・ファミリア】の幹部候補と目されている二人が――誰が想像できるのか。

 使用した魔石は上層階のモンスターばかり。精々強化種程度と思っていた。

 

(……強さ的には間違っていない。……予想された範囲内。……予想外は……私達だ)

 

 たかが虫三匹に重傷を負わされている。それも同レベル帯と推定されるモンスターによって、だ。

 深層域を攻略する自分達がこうも苦戦するとは――

 

「……全く、情けないよね」

「ああ、そうだな。俺もそう思う。……それよりアイズ。お前の方は……大丈夫なのか?」

 

 両手を封じられた――剣も扱えない。

 今まで味わったことのないケガを負った事に、と。

 

「……大丈夫……とはいえないけれど……。骨折くらい私もするよ……。……こういうケガも……覚悟はしてた」

「……そうか」

「……でも、とても痛い。……感覚が無いのが……怖い。もう戦えないのが……」

 

 もっと怖い、と小さく呟く少女(アイズ)

 ここまでズタボロになった【剣姫】を彼は見たことが無い。まして剣を握れないアイズ・ヴァレンシュタインなど。

 二つ名が瓦解した今はただのか弱い少女だ。誰もが羨望の眼差しを向ける【剣姫】はもう居ない。

 本当なら負け犬と侮辱しているところだ。だが、相手が悪いことは自分も理解した。だから、そんな事は言わない。

 時と場合が違えば今のアイズはもう一人の自分でもあるのだから。

 両足を切り飛ばされ、前足だけで這いつくばる哀れな狼人(ウェアウルフ)と嗤われるのはベート自身だ。

 

(ひゃっははは。おい見ろよ。狼人(ウェアウルフ)らしい惨めな生き物が居んぞ)

 

 内なる心で再生するも顔は笑っていない。

 明日は我が身。それを理解しているからこそ負けられない。

 弱いからそうなる。確かにそうだ。

 

「……(わり)いが撤退は無しだ」

「……うん」

てめえ(ポラン)も……、いつまでもメソメソしてんじゃねえ。そこらのモンスターくらいは倒せんだろ。ちょっと殺ってこい」

「……そこは優しく。今のポランには危険……。武器も握れない……」

「は、い……。やって……きます……」

 

 震える身体で武器を探し出し、たどたどしい足取りでヘルハウンドやアルミラージの集団に向かっていった。

 涙で現在、ポランはまともに前が見えないのでは、と危惧したアイズは(ベート)彼女(ポラン)の顔を拭くよう、少し強めに命令する。それにベートは――普段なら不服を申し立てるところだが、今回は黙って――従ってくれた。

 ついでに走り寄ってきたヘルハウンドを蹴り飛ばす。

 

        

 

 戦闘は継続している。最終目標は三匹目の虫型モンスターの討伐。これは既に決定事項だ。

 本当なら一目散に逃げだしてギルドに駆け込み討伐隊を組むか緊急依頼(クエスト)を発令してもらう。だが、このまま見逃すのは危険だとアイズ達が判断し、独断専行ではあるがやむを得ない事情の為の措置として罰則覚悟で臨むと決めた。

 もちろん【ランクアップ】が目当てではない。

 互いにこのモンスターから逃げる事は今以上に危険であると認識したからだ。

 

「……動いた」

 

 アイズの言葉にベートが身構える。

 最後のモンスターは壁から跳躍し、現れたヘルハウンドの頭に着地。

 身体が軽いからか音もなく、また落下による衝撃も起きなかった。寧ろ頭に虫が止まったとすらヘルハウンドが気づいていない様子だ。

 

(……軽量? 打撃に対して強固な外皮を持つはずなのに?)

 

 確かに地面に叩きつけようとしてもあまり有効打にならなかった。

 このモンスターは一体何なのか、余計に謎が深まる。

 今ほど神達の意見が欲しいと思った事は()()()無い。

 

「ウ?」

 

 頭に虫を乗せたヘルハウンドがアイズ達の視線を受けて戸惑ったようだ。しかし、次の瞬間、虫型はかのモンスター(ヘルハウンド)の頭部を容赦なく切り裂いた、ように見えた。

 身体が小さいので何をしたのか、視認するのが難しい。

 斬撃は縦と横、の筈である。

 

(……まるでアイズの乱撃にそっくりだ)

 

 ベートの感想そのままに切り刻まれたモンスターは頭部だけ微塵切りにされて絶命する。

 頭蓋骨とか関係なしの攻撃。切れ味は想像以上に鋭いことが判明。

 蟻や蜘蛛の前足が刃物である筈が無い。キラーアントは強靭な顎で冒険者に襲い掛かる。蜘蛛型モンスターも似たようなものだ。

 

蟷螂(マンティス)系か? ……そうじゃねえな。あれは……)

 

 近いモンスターを探していたが、そもそもが間違いだったとベートは(ようや)くにして気づいた。

 自分達が相手にしているのは正しく新種。全く未知のモンスターであると認識した。

 キラーアントでもない。蜘蛛(スパイダー)でも蟷螂(マンティス)でもない。

 唯一かは別として新たな系統を持つ可能性があるモンスターだ、と。

 

(あの調子だとミノタウロスも容易に倒しそうだな。……推定がレベル3なら当然か……)

 

 分析している間にも虫型は次々とモンスターを撃破している。

 見た目が奇異で分かりにくいが知能が高く、学習する。その上、的確に冒険者と渡り合う。更には他のモンスターを仲間と思わず倒していく。

 自身の強さを鼓舞するのは冒険者も似たようなものだ。

 安全な場所で大人しくしていたのも冒険者にとっては様子を窺う事と一緒だ。

 (したた)かに攻略方法を分析していたのであれば脅威だ。長期戦は望めない。迅速撃破のみ。

 ベートはすぐに反応するもののまだ湧き出るモンスターが邪魔で一足飛びとはいかなかった。ましてアイズは戦えない。

 

(……あいつ、逃げながら他のモンスター共を……)

 

 ベートの姿に気づいたのか、虫型は現場から離脱し別のモンスターに襲い掛かる。

 自分で倒さない分には手間が省けるが、それはそれで不安を呼び起こす。

 何を考えているのか分からない。当たり前かもしれないが、とベートは苛立つ。

 

(いや違う。あいつの狙いは!)

 

 気づいた時にはもう遅い。

 次々とモンスターを討伐しつつ跳躍する先に居るのはポランである。

 小型のアルミラージをなんとか倒しているのが見えた。彼女の視界を()()()()()()不味かった、と思う間もなく――

 接敵してきた虫型モンスターの速度はアイズ並みか、それ以上。

 ポランに対抗するすべなど、と思っていると剣を振りかぶりギリギリのところで受け止める姿が見えた。

 

        

 

 良くやったと思ったのも束の間、あのモンスターは武器を破壊しようとする。

 ポランの武器は不壊属性(デュランダル)ではない。

 応援に駆け付けるには距離が離れすぎている。更に別方向からヘルハウンドによる火炎攻撃が放たれていた。

 それをポランは剣を滑らせつつ、更には火炎から飛び退(すさ)る。

 敏捷は高い。避けるだけなら一人前だ。もちろん、虫型も別方向へ跳躍する。

 

(何なんだよ、この状況は)

 

 ()()熟練した冒険者が居る。

 過度の心配をせずとも独自の判断を(おこな)える者がベートの想像よりも二つほど多かった。

 だが、目的は変えられない。

 動けるならば命令する。

 

「ポラン。可能ならそいつを倒せ」

「了解」

 

 乾いた声がポランから発せられた。

 どういうわけか喉が()れていたらしい。声が出るだけ深い詮索は時間の無駄だと判断する。

 食中りで倒れていたポランは半年前のもの。この場に居る彼女はベートの知る弱者よりは少し強くなっていた。

 その誤差が今になって噛み合ってきた。

 

(……俺はいつからあいつを名前で呼ぶようになった?)

(……良かった。ポランはまだ……戦える)

 

 頼りなさそうに見えるが虫型を既に一匹討伐している。結果を出している。

 ベートのせいで冒険者としては弱い方と思い込んでしまっていたのかもしれない。

 性格と【ステイタス】に大きな開きがあるだけだ。

 荒々しさだけは一人前のレベル2は()()()と居る。

 

(……推定レベル3って決めちゃったけど、ポランはそれを倒しているんだよね? ……これってすごい気がする。……えっ? ……それだと私……弱いって事?)

 

 ポランのような駆け出しに倒せるモンスターに重傷を負わされているアイズ。

 この場合はどういう評価になるのか。

 口を尖らせつつ不満を示すも、それらは戦いに勝ってから改めて考える事にする、と。

 もし、この場にフィンかリヴェリアが居れば『無謀』と『堅実』の差だと教えてくれる筈だ。

 ポランは日頃から安全志向で冒険を続けてきた。極力無理をせず、けれども冒険心は無くさずに。

 アイズはただモンスターを倒せればそれで満足していた。堅実に分析するなどせず、人任せ。

 最初の戦闘でもそれが謙虚に表れていた。しかし、それは結果論だ。

 無謀なアイズが居たからこそ冷静に分析できたと思えばポラン一人だけの勝利とは言えない。

 ベートにしてもパーティを組んでいるという意識に気づいたからこそ二匹目を倒せた。

 ここに個人の強さは関係ない。

 それぞれが最適な解を懸命に導いた結果だ。部外者が後から別の解答を示したところで、それが本当に最善であるとは限らない。

 

        

 

 アイズはモンスターに対する評価を修正する。

 一人での討伐はレベル3では無理。不可能かは今は考えない。

 二人以上のパーティが望ましいと付け加えた。おそらくベートも文句は言わない筈だ。

 レベル4以上が一人で倒す可能性もあるかもしれないし、オラリオ最強の冒険者からすれば一人で充分と言い切るかもしれない。しかし今はその可能性を無視する。

 戦っているのは自分達だから。自分達の判断を信じる。

 

(……案外。魔法で簡単に倒せちゃったりしたら……かっこ悪いな)

 

 その可能性も(ゼロ)ではない。しかし、パーティに遠距離魔法詠唱者は居ない。

 アイズの【エアリアル】は無効化されたようだが、他の魔法までは分からない。

 ――本当に無効化されたのかもよく分かっていないけれど。

 再度、虫型モンスターがポランに襲い掛かる。その後ろを狙ってベートが襲い掛かるも、やはり小さすぎる為に狙いが付けにくい。

 他のモンスター共々乱戦に突入しているがポランはしっかりと戦えていた。

 勝てそうにないことを理解しているのか、可能な限りの戦闘を避けている。しかし、それを見越しているかのように虫型は執拗に追いかけていく。

 

(……クソ。意外と狙いが付けられねえ)

 

 ポランやアイズはまだ身体が小さいから適応出来たのかもしれない。

 おそらく団長の『フィン・ディムナ』ならば、もっと効率的に勝利をもぎ取れる筈だ。

 体格の差で不満を漏らしている余裕は無い。なんとか機会を得るしかない、と判断。

 

「オオラァ!」

 

 雄叫びを上げつつ虫型モンスターにメタルブーツの一撃が当たった。しかし、虫型は彼の攻撃を素早く身体を反転させて防御態勢で凌いで見せた。

 粉砕は免れたものの天井まで吹き飛ばされる。

 

「チッ」

(いい反応だ。伊達に観察はしてねえな)

 

 危機回避能力の高さに驚きつつも次の攻撃の間まで生き残っているモンスターを蹴散らす。

 乱戦では狙いが付けられないので。

 ポランはアイズの側に駆け寄り、様子を窺う。

 

「……そういえば回復薬(ポーション)が……」

 

 説明もそこそこに試験管を取り出して栓を抜き、それをアイズに飲ませる。それとケガをしている足には膝上まであるブーツを一旦脱がして振りかける。

 部位の再生は出来ないけれど痛みの軽減くらいは出来ると判断した。そして、それは顕著に効果を示す。

 手の痛みは取れないが足の痛みは薄れた。

 

「……ごめん、なさい……」

「……うん」

 

 ケガをするたびに謝っているとキリが無い。だからアイズも必要以上に責めようとは思わなかった。何より虫だと侮って大怪我したのは自分の責任だ。

 自身の能力を信じた結果だ。

 ポランも安易に逃げ出さず、一匹を討伐した。そこはやはり冒険者だと感心するところ。

 ダンジョンで実験することが悪いと言えばアイテム採集などすべきではない、と言い出すことにつながりかねない。更には危険だと分かっているダンジョンに潜るな、という事に発展することも。

 

        

 

 再度落下してくる虫型に対し、正攻法が通じないベートは苛立ちを覚える。

 力でねじ伏せる戦略が取れないのは彼にとっては痛手でもある。

 更に金槌、踏みつけで討伐できるという事からも納得のいかない事に不満を募らせる。

 

(強いんだか弱いんだかはっきりしねえモンスターだな)

 

 前面が無敵のモンスター。そんな馬鹿な事があってたまるか、と。しかし、今は時間をかけられない。

 こうしている間にも新手のモンスターが生まれてきてしまうので。

 攻撃も間抜け度合いとは裏腹に強力である。

 

(正面からの打撃に強いといっても衝撃まで伝わる筈だろ。……どうしてそのまま潰れない?)

 

 このモンスターの不可解な強さの謎が未だに理解できない。

 直に弱点を狙うとあっさりと死ぬ。それ以外では打倒できないというところが。

 ()()()()()()()()()モンスターだと認識を改めねばならないのかもしれない。

 それが事実だとすれば実に戦いにくい。

 可能性は――やはり――【ランクアップ】しかない。しかし、小手先も有効である。

 なんでも力任せでは今後の戦いに無駄な負担がかかってしまう。

 

「お前ら、次が来るぞ」

「……はい」

「……分かった」

 

 声は頼りないが動けるポランは有用だ。五体が無事なうちは働いてもらう。

 それとこの階層のモンスターはだいたい討伐できるので少なくとも雑魚モンスターは任せられる。

 ベートが虫型に突進するも今度は受け止める事をやめ、ヒラリと(かわ)した。

 そもそも身体が小さいので小回り良く行動すればベートの攻撃が当たる事は無い。

 学習するモンスターはとても手強いものだ。

 

「……生意気に避けやがって」

 

 だが、逃がす気は無いと素早く態勢を整えたベートが追いすがる。

 運が良ければそのまま踏み潰せばいい。

 ――そう簡単に潰されたくないと思ったのか、虫型は戦闘不能のアイズに向かって跳躍した。

 声をかける間もなく――ブーツを履く余裕を与えないように――彼女に接敵する。

 

「……くっ」

 

 取り落とさないように縛り付けられた『デスペレート』で迎撃しようとする。だが、右手を振り上げようとするだけで手首が発火したように痛み出した。

 だが、それを我慢しつつ防衛体制に移る。

 いつも以上に鈍い動きだった。敵は容易に腕を掻い潜り、彼女の顔を大きく切り裂いていく。

 袈裟掛けに――鼻は深く切り込まれた。しかし、それで終わりではない。

 身軽な身体を持つモンスターは彼女の肩に前足を軽くひっかけて舞い戻る。今度は逆方向に切り裂こうとするものの顔を背けられ、同じように深くは傷を作れなかった。

 ただ、瞼を浅く切られてしまい視界が一つ潰された。

 ポランが慌てて回復薬(ポーション)をアイズの顔にぶちまける。

 

「馬鹿野郎!」

 

 咄嗟にベートが怒声を上げるもののアイズは小さく大丈夫と告げる。

 気配を読めばなんでもない、と。

 彼が叫んだのは液体をかけたら完全に視界が塞がってしまう。それを咎めた。

 顔から血が噴き出た事に動転したポランの失策ではあるが、治癒させようと行動したことは――アイズは――お礼が言いたかった。

 これは中々できる事ではない。

 

(……動けない私を狙ってきた。なら……囮になるのが最善……)

 

 切り傷であれば後でも治癒できる。今は戦えるベートとポランに戦闘に集中してもらう方がいい、と判断する。

 それを見越したのかは分からないが、戦意を消失させたアイズから慌てているポランへ標的を変更する虫型。

 再度アイズを狙うものと危惧していた彼女はまさかの軌道変更――急襲――に驚き、武器を取り落としてしまう。

 動転している今が絶好の的である。

 振り払おうとするポランの腕を容易く払いのけ――いや、斬撃によりアイズ同様に指を散らしつつ顔を狙う。

 虫型は冒険者の弱点――人型として最も弱そうな部位――を狙ってくる。

 腕の様な大きなものより指先を狙うのは実に嫌らしい戦法である。それによって武器を封じる事が出来る。

 だが、それで終わりではなかった。

 勢いのついた突進によってポランの右目に突き刺さる。

 

「ぎゃっ!」

 

 目の奥に異物が混入。それも動き回る事で不快感が増大する。

 身体ごとポランの右目に突っ込んだ虫型モンスターはゆっくりと這い出てきた。

 払い除けたいが両手が激しく痛い。

 

「あー! うぁあー!」

 

 喉が嗄れた状態で更なる絶叫を繰り返すポラン。しかし、モンスターはそんな彼女に慈悲は与えない。

 (おもむろ)に飛び出てきたモンスターは何を思ったのか、彼女の耳を無造作に切り落とす。

 それはまるで弱者をいたぶる加虐趣味の権化であった。

 そのあと、ポランの顔をゆっくりと切り裂いて傷を増やしていった。

 

(……野郎っ!)

 

 ベートは激高するも対抗策が浮かばない。蹴りを繰り出せばポランの頭を吹き飛ばすことになるだけだ。

 唸る狼人(ウェアウルフ)とは裏腹に冷静に惨状を見ていたアイズは心の中で謝罪する。

 

(……ごめん、ポラン)

 

 痛む手に力を籠め、愛剣『デスペレート』をポランの右目に向かって突き入れた。

 対象のモンスターが眼球に埋まったままだったのが勝敗の分かれ目だった。

 不意の攻撃に油断していたのか、弱者をいたぶるのに忙しかったのか。

 あっさりと上半身と下半身に分断される虫型モンスター。それと更に剣が深く刺さった事で想定以上の激痛にのた打回るポラン。

 落ちた上半身は気が付いたベートが思い切り踏み潰す。

 形が残らないように何度も。

 

        

 

 邪悪な虫型モンスターの気配が消えたのはすぐだった。

 戦闘には勝利したが様々なものが失われた。

 そして――

 それで終わったとアイズとベートは思っていたが、そうではなかった。

 ポランの右目には()()虫型モンスターの下半身が残っている。

 

「ぎゃあぁぁ」

 

 分断されたことで黒い体液がポランを穢す。

 体内に浸透した事により、不可解な痛みが襲っていた。そうしてなすすべもなくポランは意識を失う。

 ベートは申し訳ないと思いつつも虫型モンスターの残りを引っ張り出した。

 潰れた眼球の残骸が付いてきたがまとめて引っこ抜く。

 血まみれの顔。黒い体液によって不気味に浮かぶ血管が不安を呼び起こす。

 

「……何とも厄介なモンスターだ。……死んでも……。まあいい」

 

 最後の下半身だけになったものも丁寧に踏み潰しておく。変に形を残すと復活しそうな予感がしたのでやむを得ず――アイズも止めなかった。

 代わりに土砂と混ぜたものは持ち帰ることにした。

 ベートは念のために実験に使った岩壁を調査する。それはすぐに見つかった。

 完全に粉々の瓦礫となっていて修復されたとしても同じモンスターが出るとは思えない。

 一応、細かい瓦礫をどかして怪しい物が無いか確認はした。

 調査を終えた後はポランの指を集めたり、アイズ達に包帯を巻いたりと忙しく働く。というか細かい作業が出来るのがベートしか居なかった。

 意識を失ったポランはアイズが背負うことになった。――単に女の子同士だから、という意味以外に他意は無い。その代わりとしてベートには荷物を全て持ってもらう。

 前代未聞のモンスターとの戦闘は終わりを告げた。心身ともにボロボロになったアイズは自身の弱さを嘆く。いや、弱いだけで勝てないと言えるのか、と自問する。

 冷静に分析すればレベル1の駆け出しだったポランにさえ勝てた相手だ。

 ただ強ければいいだけでは――

 今一度強さとは何かを考え直す段階にきているのかもしれない、と思いつつ帰路に就く。

 

 

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