Untold Myth   作:トラロック

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#1-15 ドレッドノート

 

 満身創痍の【ロキ・ファミリア】の団員アイズ・ヴァレンシュタインとベート・ローガ。いや、彼はそれほどケガは負っていない。その彼に背負われている駆け出しの冒険者ポラン・ブーニディッカの流血による有様が印象的だっただけだ。

 会話も無く、ただただ大急ぎで上層を走破し、ギルド本部に出た彼らは現場に居る多くの冒険者、ギルド職員を驚愕させた。中には悲鳴を上げる者さえ――

 まず、ポランは意識不明の重体。

 【剣姫】は両手の指が欠損。顔は回復薬(ポーション)によって傷は目立たないが、それ以外の傷が実は多かった。といっても切り傷程度だが。

 灰色の髪の狼人(ウェアウルフ)は上半身を血まみれにしていたが、ポランの流血であって傷は多少の切り傷程度しか負っていない。

 

「……これは一体……」

「こいつを治療してくれ。それと……色々とあったんだが……。えーと、なんだ、こういう場合はどうすりゃいいんだ?」

 

 普段の討伐とは毛色が違う。

 上層階で半殺しに遭ったなど、普通に考えれば恥ずかしくて言えない事だ。だが、相手は紛うことなき強敵だった。でなければアイズがズタボロになる筈が無い。

 あまりの事に思考を放棄したくなる。ベートは何気なく天井を見上げる。

 本拠(ホーム)に帰った後はどう説明すればいいのか、それを考えるとさすがの彼も逃走を選びたくなった。

 

        

 

 ポランが採取した土砂の内、二つをギルドに。もう一つは懇意にしている【ディアンケヒト・ファミリア】に調査を依頼。

 それと散らばった指や耳などはすぐにでも再生させるべきなのだが、アイズは何を思ったのか『保存液』に入れるように指示する。これは別のギルド職員に依頼した。

 それとすぐ後に駆け付けてきた【ロキ・ファミリア】の団員達は変わり果てたアイズに驚愕したり、悲鳴を上げた。

 ほぼ連行される形で本拠(ホーム)に向かうのだが、ベート同様アイズも邪悪な建物として入りたくない気持ちを強めた。

 気のせいか、背景に稲光(いなびかり)が起こったような――

 無言の帰宅を果たしたアイズは包帯を――簡単にだが――巻かれた状態で幹部達の居る部屋に通された。

 案の定、彼女の姿を見たフィンは険しい顔に。

 リヴェリアは今にも殴り掛かってきそうな雰囲気を醸し出すが、踏み止まった。

 ベートは軽く身体を洗って着替えが終わってから連れてこられる予定になっている。

 この場に神ロキの姿は無い。まずはフィン達の要件を済ませてから、と判断したようだ。

 

「……僕の立場として……」

 

 まず代表として小人族(パルゥム)フィン・ディムナが口火を切る。

 【ファミリア】を取りまとめる団長として。

 言いたいことがたくさんあるけれど、と。

 

「………」

 

 対するアイズは黙ってフィンを見つめる。何も悪いことはしていないし、約束も反故(ほご)にしていない。何も(やま)しい気持ちは欠片も無い。

 そんな意思表示で睨むように佇んでいた。

 

「何故……僕の命令を聞かなかった。何故、約束を破った。何故、遠征が近いのにそんな無茶をした。何故、君は反抗的な態度で睨む」

 

 棒読み気味にフィンは言い続けた。それに対し、アイズは黙っていた。

 反論すべき事など何もない、と言わんばかりだ。

 それにフィンが今言ったことは――おかしい。

 

「……これで満足かい?」

 

 そうフィンが問おうたのは近くに居る碧玉の瞳を持ち、その色と同等の腰まで長い髪の王族(ハイエルフ)リヴェリア・リヨス・アールヴだった。

 横に長いエルフ特有の耳で黙って聞いていた彼女だったが、片目だけ開けてフィンを見返す。

 その後、アイズに顔を向ける。

 その表情は怒りでも歓喜でもなく――何かを見定めるような真剣なもののみ。

 

「……一体、何と戦った?」

 

 その問い掛けに一瞬、ビクリと身体を震わせるアイズ。しかし、恫喝ではなく単なる質問だ。だが、それでも今の状況ではお叱りに匹敵する言葉の強みを感じた。

 リヴェリアにとって今すぐケガを治せ、とかよく無事で戻ってきた、などと言いたい気持ちも少なからずあったのだが――

 彼女(リヴェリア)もまたどう声をかければいいのか悩んでいた。あまりに酷い姿はついぞ見たことが無かったので。

 

「……小さな……虫の様なモンスター」

「お前をそこまで追いつめるような強敵だというのか?」

 

 追い詰められた、というよりは油断したが正解かもしれない。

 相手の強さは未知数。事前情報も無く、駆け引きも失敗した。

 

「……油断……して……。ベートさんや……ポランが居なかったら……死んでた……」

 

 今になって思う。

 悔しいと。

 あれは想定よりも弱かった。けれども想定以上に手強かった。

 後悔と挫折が襲い掛かる。

 

        

 

 アイズが静かに泣き始めた。ドワーフのガレス・ランドロックはいまいち状況が理解できなかったが、アイズをズタボロにする小さな虫とはどんな奴なのか想像するも何も浮かばない。

 フィンとて初めて聞くので困惑していた。

 リヴェリアはアイズの為に椅子を用意し、そこに座るように言った。命令ではなく――

 その後でベートが訪れ、状況の説明が始まるがまるで真実味が無い。

 だからこそ恐ろしい、とフィン達は感じた。

 

「金槌で……。一体どんなモンスターだったのか、ますます気になるね」

「お前らなら余裕で倒せるかもな。だが、実際問題、本当に倒せるかは俺にも分からねえ」

 

 自信に満ちていたベートが意気消沈する程のモンスターが小さな虫と言うのだから信じられない。しかも、簡単に倒せる敵であることは確定している。なのにアイズが命からがら勝ちを得た。

 何が何だか分からない。

 

「例のポランという少女……。彼女が先に勝利したんだね?」

「結果的には、な。……そうだ。あいつが居なければ力押しで……全滅していただろうな」

「力押しで全滅じゃと? お主、何を言っとる」

「事実を言っているだけだ。奴らは正面からの攻撃に強え。アイズの魔法すら受け切った」

「……で、金槌で叩いたら勝てたと……」

 

 聞いただけだと実に間抜けなモンスターだ。そんなモンスターに勝てないベート達はもっと間抜けじゃないか、と。

 普通なら苦笑して終わりだ。

 

(……僕の予感には何も反応しなかった。対象が小さいから? そんなわけがない)

 

 ベートが嘘をついている、とは思えない。アイズに口止めされている、という雰囲気も感じない。

 神ほどではないがベートは嘘をつくような器用な男ではない事は分かっている。

 

「……だが、虫か……」

 

 ダンジョンには虫系モンスターが色々と居る。今まで勝てなかったモンスターには覚えが無いが、深層域にでも行かなければ出会わない筈だ。

 ベート達が居たのは上層だという。

 嘘を言っていると仮定すれば納得するのか。

 では、真実であれば――それはいかなるモンスターだというのか。

 

        

 

 事情を聴いても納得など出来るはずがない。しかし、話を聞いていても現物を見ていないので不毛な対話に始終してしまう。

 では、保留にしたとして罰則をどうするかで頭を痛める。

 謹慎で済ませるべきか。

 

「保護者としての意見が聞きたいな」

「……私に丸投げするな」

「ふむ。しかし、生きて戻ったのだからもうええじゃろう。ギルドの見解も聞かねばならんし」

「……なら、早速願いを叶えてやろう。アイズはしばらくその状態で居ろ。例の保存液を有効利用しようじゃないか」

 

 まるで、この事を予期したように用意されたアイテムのようで嫌な予感がするけれど、と。

 しかし、使わない手はない。他に言い訳も浮かばなかったので。

 

「……うん」

「……ベートは……説明役に少し働いてもらおうか。無事なのは君だけのようだから」

 

 面倒くさいのはフィンとて嫌だが、今は情報が必要だ。

 今以上に責め立てても不毛なので神ロキの意見を聞くことにする。それからアイズの身支度はリヴェリアに依頼した。

 厳罰で事が済む話なら分かりやすくて助かる。けれども今回は様子がおかしい。

 以前のように勝手に他の【ファミリア】の団員を危機に晒したわけではない。更に実験と称していたとはいえ安全対策の用意は整えていたことも聞いている。それを不備だと責められはしない。

 完全に『異常事態(イレギュラー)』の案件だ。

 用意を整えてギルドに向かおうと考えているとポランがお世話になっている主神ヘステイアが怒鳴り込んできた。

 門番を務める団員達は戸惑いつつ神ヘスティアを宥めにかかる。

 

「ロキは居ないのかい?」

「居るには居ますけど……」

 

 ドチビと会話したくない、と駄々をこねているので団長に連絡を向かわせた。

 合間に女戦士(アマゾネス)のヒリュテ姉妹が訪れた。

 

「神ヘスティア。団長が相手をするそうです」

「こっちも色々とごちゃごちゃしててさー。これからギルドに行くところなんだってー」

 

 妹のティオナの話し方は今更なのでヘスティアも指摘してこないけれど、礼儀として姉のティオネは謝罪する。

 唯一の団員が今も昏睡状態であるというので原因となったアイズ達に会いに来ることは想定内だ。

 いくら神同士が仲が悪くともポランとアイズはそれほど悪い仲ではない事は理解している。だが、それでもケジメとして来なければ泣き寝入りと変わらない。そうヘスティアは判断した。

 

        

 

 執務室に通されたヘスティアは開口一番、文句を言おうかと思った。しかし、それは意気消沈するアイズの姿を見て絶句する形で収まった。

 今まで見たことも無い酷い姿の【剣姫】に言葉を失う。

 

「……おいおいおい。どど、どうしたんだい、ヴァレン何某(なにがし)君……。まるでとんでもないモンスターにやられたみたいな格好して……」

「……言葉通りですよ、神ヘスティア。まあ、お座りください」

 

 と、温かく出迎えるのは団長のフィンだ。

 出かける準備をしている最中だったがギルドとの約束は取り付けていない。

 

「……ん? 君、……一体何と戦った?」

 

 匂いを嗅ぐようにアイズに詰め寄るヘスティア。

 何かを感じ取ったのか、怪訝な表情で尋ねてきた。それに対してフィン達にしたように答えるアイズ。

 

「虫? 小さな虫? ……それが君をこんなにコテンパンにしたのかい? ポランも……」

「……はい」

「それは上層のことかい?」

「……はい」

 

 同じ調子で答える。もちろん、嘘をついていない事は理解した。

 頭から足元まで眺めた後、アイズに身体を清めるように言いつける。

 

「……ボクの勘だけどね。君、相当悪いモンスターと戦ったようだね。……多分、君以上にポランは酷いんだろうね」

「……ごめんなさい。……力及ばず……」

 

 頻繁に会うわけではない。それでもポランは彼らとパーティを組んでダンジョン攻略をした後、楽しそうに語っていた。

 本当は許したくないけれど、彼女の笑顔に負けたから許した。

 そして、今回は――

 

「【ファミリア】の主神としてボクは君を許すわけにはいかないし、ロキも同様の事を言うはずだ。……だけれど、君たちが判断したことにボクらは口しか出せない」

「……はい」

 

 ヘスティアは諦めたようにアイズを見据える。

 下界の眷族たちは本当に――愛おしいと思わせる。

 それはアイズとて例外ではない。

 尋常ならざる敵に勝勘挑むように仕向けているのは――元々は神の恩恵のせいだ。

 彼らは神々の娯楽に付き合わされている。それを後から文句を言うのは筋違いである。

 

(……ボクら()にしか見えてないのか。彼女の身体にまとわりつく邪悪な気配は早く除去しなければ……)

 

 ヘスティアはリヴェリアを手招きする。そして、早々に風呂に入れるよう打診する。

 生きているならいつでも話は聞ける。だから、今すぐに、と強調した。

 もう一人意気消沈して部屋に佇むベートは特に何も感じない。だが、こちらも普段よりもしおらしいので珍しい光景だなと思った。

 

        

 

 今以上の情報を【ロキ・ファミリア】では得られないと知ったヘスティアはフィンと共にギルドに行くことを決意する。

 少しでも情報が欲しかったからなのと眷族(ポラン)の容態を見るためだ。

 

「……話だけだと信憑性は薄そうだけれど……、事と次第によっては情報封鎖もありえるかもね」

「それは経験からですか?」

「単なる勘さ。……ボクの見立てをあまり期待しないでおくれよ。その……虫のモンスター……想像以上にヤバイかもしれない」

 

 神が危惧する程なのだから何かあるのだろうと思いつつギルドへと向かう面々。

 途中、ティオネが供をしたいと言ってきたがヘスティアが許した。

 

「余計な噂を広げない事が条件だよ」

「は、はい。了解しました」

 

 ヘスティアの言葉に恐縮するティオネ。

 神ロキであればもう少し気楽な態度になるが、よその神となるとまだ慣れないようだ。

 道中はわりと目立った。なにしろ【ロキ・ファミリア】の幹部と神ヘスティアが生真面目な顔で行進しているのだから。

 何かあると勘繰るのは自明の理である。

 何よりアイズが重傷を負ったという噂はかなり広まっていた。それだけ彼女は迷宮都市オラリオでも噂になりやすい冒険者として充分に目立つ存在と言える。

 フィンも隠し通せるとは思っていなかったので成り行きを自然に任せる事にしていた。

 物々しい一団がギルド本部にたどり着き、ギルドを取りまとめる責任者への面会を求める。今回は事前の予約を入れていない突然の訪問だ。

 これに対し、職員たちに緊張が走る。

 

「……済まないが迷惑をかける」

「も、もうしばらくお待ちくださいませ」

 

 【ロキ・ファミリア】とて悠長にギルドからの報告を待っているつもりは毛頭ない。何しろ自慢の看板娘が大怪我を負ったのだから。

 慌ただしい一幕はあったもののフィン達はただ辛抱強く待つ。これには周りへの警告も含まれる。

 自分達の団員に手を出せばどうなるか、という。しかしながら、側に神ヘスティアが居るので余計事態が複雑化している。

 

「君たちが来るだけでいつも混乱するのかい?」

「……あはは。たぶん、たまたまですよ」

「……ボクなんて団員募集の為にしょっちゅう来ているけど、ここまで騒ぎになったことないよ」

 

 神なのに、と。

 しかし、もし神フレイヤであれば騒然となる。知名度がものを言うようだ。

 

        

 

 アイズ達がダンジョンから生還してまだ一日も経っていない。事情も本格的に調査されるのはもう少し後の筈だとフィンは予想していた。それでもこんな大騒ぎを起こすような真似をしたのはポランに非難が向かないように、という(フィン)なりの配慮があった。

 ヘスティアを伴っているのも――

 ダンジョン内で命を落とす事は良くあることだ。だから、実験をするにしても周りに配慮していれば問題は無い。ただし、異常事態(イレギュラー)はいつ何時(なんどき)発生するか分からないし、それを予測することは実質不可能である。

 物々しい雰囲気をまとわせる【ロキ・ファミリア】の元に現ギルド長である『ロイマン・マルディール』が脂汗を流しつつ頼りない足取りで現れた。

 彼は容姿端麗と名高いエルフの中でも醜いと揶揄された肥満体で、今も全力疾走してきたにもかかわらず移動速度が遅い為に時間がかかった。

 同族(エルフ達)からも豚呼ばわりされる始末。

 重役の任に就いて贅沢の限りを尽くしていると専らの噂である。

 

「おっ、お待たせいたしました」

「……私が言うのもなんだが……。貴様はもう少し痩せた方がいい」

 

 残念な生き物を見るような目で王族(ハイエルフ)のリヴェリアは言った。しかし、そんな苦言は既に何度も聞いている筈だが、それでも体重が増えるのは摩訶不思議な事である。

 

「強引に面会を頼んだ僕らも悪いが……。早速だが分かっている情報だけでもいい。聞かせてくれるかい? それと神ヘスティアの眷族の容態も一緒に」

「わ、分かりました。……しかし、こちらも事態の把握に努めている最中でして……」

 

 そんなことは百も承知で乗り込んでいる。

 これは言わば他の冒険者への警告の意味も含まれている。

 何らかの事態が起きて【ロキ・ファミリア】は何かをしようとしている。

 ダンジョンに異常事態が発生した。だから、気を付けろ、と。

 それに気づこうが気づくまいが冒険者を止める権利はフィン達には無いけれど、察しの良い冒険者ならばより警戒して攻略に臨むはずだ。

 

「じゃあ、場所を変えようか。落ち着いて話せる部屋に案内してくれ」

「そちらの都合を無視する形だ。……しかし、ことは深刻であると我々は判断した。お互いの情報を共有したいと思っている」

「悪いね、ギルド長。……ついでにボクの眷族(子供)の様子を見せてもらえると助かるよ」

 

 それぞれの主張に対し、汗を拭きつつ何度も頭を下げるギルド長。

 お役所仕事は辛いと身体で体現しているようにそれぞれ見えた。

 

        

 

 あまり観客が居るのは好ましくないとフィンは判断し、厳重な防音施設のある部屋での会議を希望する。

 それと【ロキ・ファミリア】が来たのは情報の共有であり、ギルドに報復とか厄介な事件を起こす気は無いと告げておく。それと神ロキが来ないのは嫌味を言うに決まっているので本拠(ホーム)に置いてきた、と。

 詳しいことはフィンにも分からない。けれど、ヘスティアの様子から不用意に広めて良い案件とも思えなくなった。

 物々しい会議室に案内された後、ギルド職員たちによる飲み物やら食べ物が運ばれ、追いついた話し合いの場が設けられた。その後はごく限られたメンバーだけ残し、静かな時間が流れ始める。

 

「さて、始めようか。と言っても当事者を置いてきたから噛み合わない事も多いと思う」

 

 今回連れてきたのは口の堅そうなメンバーばかり、の筈だがベートは説明がおそらく下手だと認識している。それでも現時点でまとな精神を持つメンバーであることは疑いようがない。

 

「まず、分かる範囲で説明してくれ」

 

 ベートにアイズ達とどんな攻略をしてきたのか、説明させた。出来る限り詳細に、という注文だったが実のところ彼は多くを見ていない。

 ダンジョンの壁を壊して何かをしているのは気配で察した、と。

 

「……それが十三階層……。ヘルハウンドが出る階層だね」

「最初にあらかたモンスターを片付けて、それから壁を壊した。といっても小さな穴程度だが……」

「……ロイマン。ここまでで異常は認められるか? 正直、特にこれと言って問題があるようには思えない」

「は、はい。私も同様であります」

 

 ロイマンはフィンに恐縮しているというよりはリヴェリアの厳しい視線が気になるようだ。しかし、彼女はギルド長に文句を言いに来たわけではない。

 ただ単に真面目に話を聞いているだけだった。

 それに対して神ヘスティアなど空気のような扱いだ。認識しているのかさえ怪しい。

 

「アイズは端的にしかものを言わない。……ここはやはり神ヘスティアの眷族から事情を聴くのが早いのだが……」

「残念ながら昏睡状態のままであります。特に頭部の損傷が激しいようでして……。目覚めるかも……」

 

 ヘスティアはアイズにしたようにギルド長にポランの身体を清めるように通達する。そこで初めてヘスティアの存在を認識したようでかなり驚いていた。

 単なる野次馬とでも思っていたらしい。

 

        

 

 次にモンスターの特徴を説明させる。どの道、どのような条件で現れたのか、ベートは良く見ていなかったので説明できなかった。

 専用の黒板を運び込み、大体の様子を描かせる。

 詳細な姿は戦闘中だったため曖昧な部分が多い。というより時間が経つに連れて像がぼやけて途中で描けなくなった。

 それでも端的な情報は伝えた。

 

「小さな虫である。仲間は呼ばない。学習する……か」

「前方の防御に絶対の自信を持つ。……なんだそれは」

「脅威レベル3に認定……。だけれど駆け出しでも倒せる……。それはつまり弱いモンスターってことじゃないのかい?」

 

 そう言われる事は覚悟していた。

 実際に戦えばフィンとて考えを改めるかもしれない。ベートをして、理解不能の領域だ。安易に強い弱いと断定できるのか、今も迷っている。

 それ以前にアイズをボロボロにしたことを忘れてはいけない。

 

「待て。アイズの剣技はそうそう破れない筈だ。それも上層域に出るモンスターに……」

 

 リヴェリアが慌てた調子で言った。

 出現した階層で侮りそうだが、実際は階層で物を見てはいけないのかもしれない。フィンはそう判断した。

 そのモンスターは実験の過程で現れた。であれば下層域にも出現する可能性がある。

 

「そこの女戦士(アマゾネス)だったら……。足は無くしている。俺は『フロスヴィルト』を装備していたから助かった、とも言える」

 

 ベートの例えに出されたティオネは口を尖らせたが口は出さなかった。

 武闘派で知られるベートの意見は貴重だ。その感覚はおそらく正しいのだと幹部達は判断した。

 だが、ロイマンは疑問に思っていた。たかが小さな虫のモンスターにそれほどの脅威があるのか、と。

 そして、大事なことは駆け出しにも容易に倒せる点だ。どうしてベートはその程度のモンスターを恐れるのか、と。

 アイズがボロボロにされた、と言っても彼女の姿を彼は見ていない。駆け出しがボロボロになるのはいつもの事だ。だから大事(だいじ)だとは思えなかった。

 

「……ふん。ベートの意見を聞いてもいまいち分かりづらい。それは確かに認めるところだ。だが……前方の防御が硬い。攻撃も同等……なんだったね?」

「ああ。同階層のヘルハウンドを鮮やかな斬撃で細切れにしやがった。ありゃ、ミノタウロスでも簡単に倒すだろうさ」

「バカな!」

 

 ミノタウロスは確かに強い。討伐推奨レベル2のモンスターである。

 駆け出しが単独で相手にしていい存在ではない、と認知されている。

 ヘルハウンドは駆け出しがなんとか倒せる中では強いのだが、それとミノタウロスが同等のわけがない。

 

「確かにバカみてぇだが……。一つ言っておくぞ。あいつはアイズの魔法を……。必殺の攻撃を真っ向から防ぎ切った。攻撃に使う前足だけで、だ」

 

 アイズの必殺技の中で良く使われる『エアリエル』は雑魚を一掃する突進技。

 『リル・ラファーガ』はロキに(そそのか)されて使うようになった必殺技だが、エアリエルの上位というわけではない。使い方が違うだけだ。

 

「攻撃も相当ある筈だが……。奴はまだ本気じゃねえと俺は思う。……というかその前に倒したから実際の強さは……もっと上に行くかもな」

「ミノタウロスを容易に倒せるだけの強さはあるけれど、それを発揮することはなかったわけだね。そして……駆け出しで倒せた理由は……。後方の防御力が無いに等しい」

 

 フィンの推測に『おそらくな』と小さく返答するベート。

 だが、本当にそうなのかは今でも疑問に思っている。

 

「魔法攻撃に関しては分からない。防いだのがたまたま風属性だけだったからな」

 

 聞けば聞くほど不可解なモンスターとしか言えない。

 強いのか弱いのかはっきりしないところだ。

 

「よく分からないんだが……。あいつらは俺達が力任せに地面に叩きつけようとしたのにどうやってか威力を消しやがる。それと衝撃は確かに加えたのに防御が薄い筈の下半身は無事だった。……これ、理屈は分かるか?」

 

 頑張って説明しているベートの言葉をヘスティアは全く理解できなかった。そもそも戦闘に詳しくない。

 とにかく頑張って倒したことは理解できた。

 

「それよりも……。狼人(ウェアウルフ)君は……どうしてピンピンしているんだい? かなり苦戦したんだろう? 回復薬(ポーション)のお陰かい?」

「単に攻撃を受けなかっただけだ」

「全員平等でなければならない、という理由は無いからね。無傷で終わる事もあるだろう。だからこそ、説明が出来ている」

 

 毎回ズタボロにならない限り本拠(ホーム)に帰ってきてはいけない、という規則は無い。

 無傷でも無事に戻れば主神は安心する。神ロキとてそう思っている。

 アイズがボロボロになったのは少なからずロキも気にしているようで、今頃自棄酒を(あお)っている頃だと予想する。

 

        

 

 フィンは拙い説明から色々と推測していく。しかし、それでも推測は推測だ。

 どれほど強かったかを説明されても実感が伴わなければ信じるに値しない。けれど、アイズ達が苦戦したことは確かだ。

 戦闘が未熟だったかもしれない。

 駆け出しに容易に倒される程度に苦戦する、という事はベート達に油断があった。

 色々と反省すべき点はあるが、それがもし――

 

 自分達の身に降りかかった場合、同じことが言えるのか。

 

 そう思っていると執務室の扉がノックされた。

 緊急会議である事を知った上での面会だが、特別な場合を除いて許可は出されている。

 

「……神ウラノスがお呼びです」

「……ん? ダンジョンで祈りをささげているだけの神がかい?」

「え、はい……。それから、神ヘスティア様。眷族の面会はそのあとにしてほしいとも……」

 

 あからさまに不機嫌になるヘスティア。しかし、職員は伝言を持ってきただけであり、文句を言う相手は別に居る。

 神ウラノスが会いたいというなら、内容は既に察しがついている。

 

「……なにやら大事(おおごと)になってきたようだね」

「……既になっている」

 

 他人事のように苦笑して言うフィンに対し、リヴェリアは呆れつつ言った。

 眷族(こども)の好奇心が意外な展開を生み、ヘスティアは自分に降りかかるであろう罰則などが脳裏に浮かんで膝が悲鳴を上げ始めた。

 ポランが原因かもしれないけれど、怒られるのは嫌だ、と。

 その辺りは【ロキ・ファミリア】を道連れにすればいい。問題は今後の活動だ。

 強制送還だけは勘弁してほしいと自分以外の神に祈る。主に知神(ちじん)のミアハやヘファイストスだ。絶対にロキは含まれない。

 部屋を出ても物々しさに変化はなく、次に向かうところは最重要施設である。

 迷宮都市オラリオはダンジョンからモンスターが湧き出ないように天まで聳える『摩天楼(バベル)』という塔で蓋をしている。しかし、それだけでは完璧とは言えない。

 ギルドにも主神が存在し、それがウラノスである。

 普段は人知れず特別な部屋でダンジョンの荒ぶる特性を抑え込む祈りを捧げている。

 モンスター達には地上への進出という悲願があり、太古の昔から現地の者達と戦いを繰り広げていた。

 その手助け――とは思えないが――神々たちが地上に降臨し、この地に安寧をもたらした。

 神々にとっては『遊びに来た』程度の事だったようだが――

 

        

 

 ギルド長ロイマンの案内で神ウラノスが居る神聖な場所に移動する。もちろん普段は関係者以外立ち入り禁止の場所である。それは例え神であっても許可が居る。

 今回はウラノス自身が招集を願い出たので案内が出来るが、ロイマンからは前代未聞の出来事だと思われ、脂汗を拭く作業をずっと繰り返していた。

 リヴェリアから見ればそれで少しでも痩せれば御の字だ、と。

 ギルド本部の奥底で一人佇む神ウラノスの部屋に訪れるフィン達。ロイマン達ギルド職員は案内だけで室内には入らない。

 

「やあ、ウラノス。天界以来かな?」

 

 まず気さくな挨拶をしたのは神ヘスティア。

 地上では出会いは殆どないが天界では大抵の神と顔なじみである。

 

「そなたも息災のようだな。怠惰が辛うじて衣服を身に着けてる女神が……」

「怠惰は余計だよ」

 

 口を尖らせるヘスティア。

 ウラノスは祭壇に設置された玉座に座って祈祷を続けている。身長は2(メドル)ほどある老神(ろうじん)である。

 ヘスティア以外はかの神の威光でも感じ取ったのか、それぞれ片膝をついたり、畏敬の念を表していた。それは王族(ハイエルフ)のリヴェリアも同様に。

 

「【ロキ・ファミリア】の者達もよく来てくれた。……神ロキは息災かな?」

「はい」

「お前達を呼んだのはダンジョンでの事だ。余計な詮索は無しにしよう。……しかし、私とて教えられる事は少ない」

 

 ウラノスはダンジョンの――ほぼ全ての階層の――気配を知ることができる。けれども、完璧ではない。

 ダンジョン内で暗躍する者達の動向まで捉えているわけではない。

 例えば同じ神によって探索を妨害されたり――

 

「それより先に聞かせておくれよ。今回の事件でボクの……ポランはどういう処分になるんだい? そりゃあただで済むとは思っちゃいないけれど……」

「行動自体は……咎めるものではない。ただ、運が悪かった。……それについてはもう少し考慮する時間が欲しい」

「……運が悪いと……」

 

 フィン達にとっては運が悪かったで済むとは思えない。大事な眷族が大怪我をしたのだから。

 通常であれば【ファミリア】同士の抗争に発展してもおかしくない。ただ、それは気持ち的な問題であり、アイズ自身が求めなければ何もできない。いや、何もしない事もありえる。

 

「冒険者の問題は【ファミリア】同士で解決するもので、私が介入する事ではない」

「……確かに」

「問題は現れたモンスターの方だ。……ヘスティアはどう思う? いや、どう感じたか、だ」

 

 荘厳な雰囲気をその身にまとわせた老神(ウラノス)は下界のものを睥睨するように威厳ある言葉で投げかけてくる。

 同じ神であるヘスティアはいちいち芝居がかって疲れないかい、と言いたいところだった。

 自分の役割を全うしているので文句は言えないのだが。

 

「直接は見ていないけれど……。おそらく危険な部類だね。ちょっと見た感じだけど……、呪いに近いのかな? 洗えば落ちる程度というのが……」

「その意見には賛成だが……。そうなるとそなたの眷族はその最もたる影響を受けてしまったとみていい。あれをそのまま帰すのは危険だと判断する」

「……そうなのかい?」

 

 気楽そうに言ってみたもののケガの状況から尋常ではない事は察しがついている。

 神の恩恵(ファルナ)を与えた眷族のだいたいの様子は離れていても感じられる。その感覚で言えば重篤ではあるがポランはまだ生きている、という事だけしか分からない。

 そして、危険だから返せない。そうか、じゃあ仕方ないね、と諦められるわけがない。

 

「けれど返してもらわないとボクとしても困るんだ。(おや)としてもね」

 

 腰に手を当て、真っすぐにウラノスを見据えるヘスティア。けれども、どこかで思っている。

 ポランがそのまま帰ってくるのは危険だと。

 能力を制限された神の元に戻せば更にる混乱が広がる。しかし、自分にはそれを解決するすべがない。

 

        

 

 しばし見つめ合うヘスティアとウラノス。

 それに割って入るのはフィンであった。別にヘスティアの肩を持とうと思ったわけではない。単に話が急に止まってしまったからだ。

 

「神ヘスティアの眷族は……具体的にはどう危険か教えてもらえませんか?」

「それが……はっきりしない。当初は邪悪と言うか……殺戮衝動……。または純粋な(よこしま)なる塊であった。……それが今は幾分と薄まっておる」

 

 だが、時間経過で呪いが無くなる保証は無い。そうウラノスは暗に告げている。

 根本原因が分からないものを素直に返せない、と。

 

「つい数年前だ。……似たような事件があった」

「……ダンジョンでは様々な事件があるのは僕も承知しているよ。多くは深層域で起きたものと記憶している」

 

 【ロキ・ファミリア】がまだ無名であった頃から居たフィンはギルドが箝口令を敷いた事件のいくつかを知っている。当事者であったことも何件かある。

 そのどれか一つだ、と言われても困るほどに。

 

「今から話す事は他言無用に願う」

 

 ウラノスはヘスティアを見据えていった。それはまるでヘスティアが狂いの軽い女神だと言わんばかりだ。

 零細【ファミリア】で信用が無いのは自覚している。しかし、秘密を安易にばらすほど口が軽いか、と言われると――

 酔った勢いで言ってしまう自信はあった。

 その事に思い至った女神は脂汗をたくさん流して黙った。それは側に居たフィン達にも察しがついた。

 

(守れそうにないんですね)

(……そもそも神ヘスティア様の事を我々はあまり知らんな。ドチビとロリ……しかロキから聞いてない)

 

 ロクな情報をロキから聞いていない為にフィン達は苦笑するしかなかった。

 眷族たるポランは実際に会って色々と話も聞いているのである程度の事は分かるけれど。

 その彼女からヘスティアの事を聞いたことがあったかといえば思い出せないくらいに無い。

 

(……ジャガ丸くんを売っている所しか浮かばない)

(……ジャガ丸くん。あとは……)

(そういえば私、ジャガ丸くんを売っているヘスティア様を見掛けたっけ)

 

 思い返せばポランはしっかり者だ。よその【ファミリア】だと認識して情報を流さなかったのかもしれない。自分の事は二の次と考えれば意外と(したた)かな女の子だとも言える。

 単なる素直な女の子が地道に【ステイタス】の評価をSにまで上げられるものか、と。

 

「……なんだか、ボクに対する評価が君たちの中でダダ下がりした気がする」

「自覚があるのでしたら、もう少し団員募集に力を入れてください」

「うむ。五万ヴァリスほどの冒険者依頼(クエスト)を定期的に出すとか」

「……急に手厳しくなったね、君達」

 

 それだけポランは日頃から真面目に働いていたという事だ。

 健康に気を使い、本拠(ホーム)を住みよいところに改装しようとし、アイテムの備蓄をこまめに(おこな)っていた。

 これほど良い眷族()が居るところならパーティ申請くらいあってもおかしくない。尚且つ【ロキ・ファミリア】のアイズと懇意にしている。割と優良物件である筈だ。

 ポランがパーティに恵まれないのは年齢や名声、経験不足によるもの。もし、小人族(パルゥム)であればサポーター要因として勧誘される可能性はあったかもしれないが――

 

        

 

 大手【ファミリア】の厳しい視線を受けて更に居心地が悪くなるヘスティア。

 彼女は彼女で努力はしていると言いたいところだろうけれど、実際のところ露店の仕事以外はサボり気味だった。更にダンジョン経営についてはズブの素人でギルド申請すらまともに勉強していない。もちろん今も分かっていない。

 可愛い女神が居るならそれだけで勝手に来るものと――自信を持って――思い込んでいる程だ。

 巨乳だけで団員が増えるなら【ロキ・ファミリア】が大手である理由は何なのか。

 

「……話を続けていいか?」

 

 急に無視された事に戸惑いを覚えるウラノス。

 彼もヘスティアの事をそれほど知っているわけではないし、下界での暮らしについても同様だ。雰囲気からあまり信用が無いのは感じ取った。

 

「あー、はい。すみません」

 

 ウラノスに謝罪し、話を促す。

 老神が語るのは数年前――ごく最近に起きた事件だ。深層域の『遠征』において噂程度でしか知らない程だったが確かに大きな事件があった。

 それは一人の神が天界へ送還されるほど――

 

「……【アストレア・ファミリア】の壊滅事件……ですか」

「うむ」

 

 新進気鋭の武闘派【ファミリア】の一つで団員が全て女性。これは三大処女神と言われる【アルテミス・ファミリア】と双璧を成す女性主体の【ファミリア】であった。

 正義を執行する彼女達は闇派閥(イヴィリス)の壊滅に奮闘していた。

 それがある日、団員が()()全滅し、主神は生き残りの団員の願いによってオラリオから去ってしまった。

 

「かの【ファミリア】を壊滅に追い込んだのは闇派閥(イヴィリス)ではない。間接的には関わっているが……。本命はある一匹のモンスターだ」

 

 本来ならば秘匿されるべき情報だが、アイズ達が遭遇した謎の新種が似たような気配を漂わせていた。

 もし、かのモンスターであればいかに【剣姫】といえど生きて戻る事などありえない。

 そのモンスターはギルドの極秘資料にこう記されている。

 

 ジャガーノート。

 

 ダンジョンが自らの脅威と感じた時に生み出す破壊者であり、その階層に居る冒険者を鏖殺する為だけに遣わされた『抹殺の使徒』――

 目撃者は【アストレア・ファミリア】の生き残り、または生存者。それと現場に居合わせていた闇派閥(イヴィリス)が流した噂などを調査した結果。それとダンジョンの管理を携わる神ウラノス。

 だが、今回このモンスターの事はフィン達には告げなかった。無駄に混乱するのを避けるためだ。

 

「……そちらが見たというモンスターの詳細と同じであれば秘匿を解除しよう」

「そうだね。他にもいた場合、対処しなければならないからね」

 

 (つたな)い説明だっが、聞いた範囲でフィンとリヴェリアはウラノスにアイズ達が戦ったモンスターの情報を告げた。それに対してウラノスは僅かに眉を寄せる。

 自分の知るモンスターと特徴が一致しない。だが、気配は似ている。

 似て非なるモンスターか、それとも亜種か。

 どちらにせよ、危険であることは変わらない。

 

「……その……冒険者……、どれほどの破壊行為をしたのだ? 当時の事件では一階層を丸々爆砕したほどと記録されている」

「……あの子に階層を破壊するほどのすべはないと思うよ」

 

 ウラノスの説明ではとんでもない爆弾を持ち歩いている危険人物になってしまう。

 少なくともアイズ達とパーティを組んでいて大量の火薬を持ち歩いたり、購入したという事実はない。少なくともフィンやリヴェリアの知る範囲では。

 

「ベートも一緒だったし、荷物も見ている筈だ。神ウラノス。アイズを連れてきてもいいかな?」

「うむ。しかし、【剣姫】は満身創痍なのだろう? 歩けるのか?」

 

 ウラノスはダンジョン以外の情報は耳に入っていないようだ。

 直下(ダンジョン)の制御に全能力を割いているからと言える。

 

        

 

 ティオネを向かわせている間、今も目覚めないポランについてヘスティアは尋ねようとした。今のところ緊急事態の報告が無いので安静にしていると思われる。

 もし、異常があればすぐにでも駆けつける所存だ。何もできなくても自分の眷族()だから。

 

「ベート。もう一度僕らに説明したモンスターの様子をウラノスに伝えるんだ」

 

 フィンに促されてモンスターの姿形、戦い方などを説明する。

 戦闘一辺倒の彼の説明は大雑把ではあったが正確性はその際問題ではない。

 体験した内容を素直に伝えるだけで充分だ。元よりそれ以上に言いようがない。

 

「……小さな虫か……。それはかのモンスターと違いすぎるな」

「【アストレア・ファミリア】を壊滅させたモンスターは一体だけでとんでもないモンスターという事だね?」

「……そうなるな」

 

 どれほどの脅威度があるのかは想像でしかないが、その手のモンスターは大抵数が少ない。というよりは一体が基本だと言える。

 群体系であれば封鎖しなければならないし、深層域へ遠征に向かう【ロキ・ファミリア】にとっては避けては通れない通路がたくさんある。それら全てを封鎖することはギルドには出来ない。

 

「新種のモンスターと断定した方がいいかな。それとも同一個体で大きさだけが違うとか?」

「……差異はあるが情報は伝えよう。かのモンスターは大型。虫ではなく竜の化石ような姿だという。それと……魔法を反射する能力を持っている」

「アイズの魔法を受けていた時は反射しているような雰囲気は無かったぜ」

 

 お互いの情報には大きな隔たりがある事はウラノスもフィンも理解した。

 つまりベート達が相手をしたのは新種であると――

 その後、ティオネに背負われたアイズが姿を見せる。ただ、ベート以上に説明が下手なのでフィンは先に謝罪した。

 

「んー、しっかり清浄されたようだね。嫌な気配が無くなってる」

 

 にこやかにヘスティアはアイズに言った。

 後から再復活する場合も考えられたので。

 

「……ありがとうございます」

「モンスターの事は聞いた。やはり虫で間違いないのか? それも複数現れた事も」

「……はい。三匹……出てきました」

「では、質問を変えよう。……それらはどうやって出現させた? 突然出てきた訳ではない筈だ」

 

 偶然で現れる場合もあるにはある。しかし、かの壊滅した【ファミリア】が遭遇したのは偶然の産物ではあるが、人為的に引き起こされたものでもある。

 その条件はウラノスとて()()()()把握していないけれど情報はある程度知っている。

 

「……壁に穴を開けて……。自動で直る様子を眺めていたら……」

 

 フィンとリヴェリアは苦笑する。

 ダンジョンの壁は確かにモンスターが現れる時に壊れる。そして、時間経過とともに修復する。それを人為的に起こしていたのか、と。

 ただ、それだけでは驚異的なモンスターは現れない。

 話だけでは単なる希少種のモンスターが現れたに過ぎないからだ。

 

「……いくら上層の希少種(レア)モンスターだとしても……。君、レベル3だった筈だ」

「……はい」

 

 上層はレベル1の駆け出しが多く潜る階層である。いくら希少種でもレベル3が苦戦するようなモンスターが現れるはずがない。一般的な常識ではそうなっている。

 各階層には決まった強さが設定されていて、下層に行けば行くほど強いモンスターが出るのは歴史が証明している。それを覆す事象があるものなのか、と。

 

「……お前と共に居た冒険者は……どれほどの破壊行為を(おこな)った? いや……どのように壁を壊した?」

「金槌と杭」

「……何? そ、それだけか?」

「……うん」

 

 ウラノスが驚愕している事はフィン達も理解した。しかし、聞いているだけだと何もおかしなことは無い。

 金槌がとんでもないアイテムだとか、ではない筈だ。

 少なくとも驚くような事をアイズが言っていないのは確かだ。

 

「……剣だと派手に壊してしまうから。ポランは丁寧に仕事をする。……小さな四角形になるように私も手伝った。……全部で五つ。そのうち二つは修復現象を眺めただけ」

 

 子供が興味を持ちそうな実験だ、とフィンは素直な感想を抱く。

 想像すると楽し気な雰囲気が脳内に再現された。それが邪悪な儀式である様子は微塵も感じられない。

 自分達も深層域ではもっと大々的に破壊活動を(おこな)う――やむを得ない事情で――ので、そちらの方が問題だと思うほど。

 

「……あの子らしい発想が原因か……。アイズ、ただ穴を開けただけで終わったわけではあるまい。その眷族()は何をした? 火薬を放り込まなかったか?」

「……それは危ないから持ってきてないって」

(……安全志向)

(まあ、そうなるな。あの子は堅実な冒険者だ。おそらく実験も安全にしようと心がけたのだろう)

 

 幹部二人が苦笑しながら頷いた。

 話からも微笑ましい様子しか感じられない。

 

        

 

 ウラノスの心配とフィン達の苦笑でヘスティアはどう判断すればいいのか困惑してきた。

 どうにも話が噛み合っていない。

 

(ウラノスはポランがダンジョンでとんでもない破壊活動をしたと見ているのか? 言っちゃあなんだけど、あの眷族()にそんなことができる力も道具も無い。……それともボクの知らない一面があって、火薬とかゴロゴロ出てきたらどうしよう)

 

 色々と備蓄している事は知っている。基本的に購入したものはポランがきちんと管理しているし、貯金もしている。神ヘスティアの食事代も別に取っておいているほど。

 仮に裏の顔があるとしても神を騙せるものかな、と。

 

「……開けた穴に魔石を入れ、ました」

「何!? そ、その後は?」

 

 と聞いたがすぐに理解する。

 魔石を入れて修復されたらどうなるか、その結果を見ようとした。

 正に実験そのもの。そして、大規模な破壊活動とは到底思えない。

 

「ちなみにどういう場所かまで決めていたのかい?」

「……そうみたい。大きな一枚岩みたいなところは避けてた」

(……きっと落盤を避けたんだな)

(用意周到。いや、安全に作業するにはきちんと下調べをするのは基本だ)

 

 うんうんと納得していくフィンとリヴェリア。それを見ていたティオネもなんだかおかしな空気になってきて戸惑った。

 フィンとリヴェリアは(くだん)の駆け出し冒険者ポランと会話をしたことがある。その時の雰囲気で言えばどこもおかしな事が無く、(むし)ろ納得出来る事が多くて助かった。

 ある意味、ベートやアイズの説明よりも分かりやすい。

 

「……魔石は上層で倒したモンスターを中心に。……下層域だと怖いからって」

(……しっかりしている)

(うちに欲しいくらいだ)

「大型モンスターが出たら怖いって言ってた」

「……そうか。モンスターの再生産だ」

「なんだと?」

 

 リヴェリアの言葉にウラノスが怪訝な顔で言った。

 今のでフィンはウラノスがポランという冒険者をよく知らない、という事を確信した。

 自分達も話を聞いていなければ目的を理解することは出来なかった。しかし、こうも簡単に理由が判明すると現場で何が起きたのか、様子に想像がつくのが――不謹慎ではあるが――面白い。本当は面白がってはいけないんだが。

 

「ウラノス。ダンジョンに穴を開けて魔石を入れたら……どういう風になるんだ?」

「修復時に潰れるだろうな」

「じゃあ、潰れない場合は? それがあり得たら?」

「……そんなことは誰もやったことが無いから記録にも無い筈だ」

「……だろうね。魔石は壊せるからね」

 

 効率的に魔石を取り出すには、まずダンジョンの事を知る必要がある。

 限界知らずのダンジョンにもし、魔石を戻してあげたとすれば――

 モンスターとして生み出すダンジョンはどう判断するのか。

 

「つまりどういうことなんだい? あの子は魔石を戻してモンスターを生み出そうとしたのかい?」

「聞く限りでは危険行為ですが、ドロップアイテム目的だと納得できます。それを落とすまでモンスターを倒し続ければいい。特に希少種(レア)モンスターは発見するだけで手間ですから」

「なるほど。頭いいね、それを考えた眷族()は」

(それがまさに神ヘスティアの眷族なんですけど)

 

 フィンは苦笑した。リヴェリアも同様に。

 二人は同じ考えに至った。

 実に面白い眷族だと。

 

        

 

 ポランが(おこな)った実験は普通であれば見向きもされないものだ。その理由は単純だ。

 基本的に――アイテムや資金稼ぎに入る以前に――冒険者は強くなるためにダンジョンに挑戦する。効率化はその延長線上に存在する。

 無欲な冒険者は実は少ない。だからこそ、ともいえる。

 安全に冒険者が資金稼ぎなどを出来るように。しかし、これはリヴェリアが否定してしまった。

 次のアイテムはフィンに対して否定した。だが、その続きが存在したとは思いもよらなかった。

 

(たぶんポランは……)

(……おそらくあの(ポラン)は)

 

 ヘスティア以上に理解できてしまったフィンとリヴェリアは同じ結論に至った。

 赤毛の小さな冒険者の目的を。

 そうとしか考えられない。

 

 誰よりも優しい冒険者だ、と。

 

 モンスターを倒すから荒くれ者と断ずることは出来ない。冒険者であるからには強くなることもポランは受け入れている。

 完全に無欲というわけではない。

 好奇心旺盛で皆が幸せになれる方法を模索していた。いや、いつも他人の事を考えていたのかもしれない。

 

「二つは見物用として。残り三つの穴に魔石を投入か……。それぞれどんな魔石か覚えているかい?」

「……うん。一つはブルー・パピリオ。次はウォーシャドウ。……もう一つは……たくさん出るキラーアントは避けた筈……。あれ、何だったかな」

「ああ、確か……アルミラージ……じゃねえな。あれは同階層だ」

 

 ベートの言葉でアイズは最後の魔石を思い出せた。

 上層のモンスターの情報は深層攻略を思とするアイズ達にとって記憶に残りにくいものだった。それだけ敵とも思っていなかった、と。

 

「そうそう。ニードルラビットの魔石をたくさん入れてた」

「それで……どうなった? あえて聞くが……」

「……うん。魔石を入れた岩が壊れた。三つとも。その時、確かにダンジョンの雰囲気が変わった。振動も感じた」

「だが、今の話だと……。ありえない現象とは思えない。下層域に行けば取りこぼしの魔石が放置されることは良くあるはずだ」

 

 それについてはリヴェリアに覚えがある。

 地面に置いた魔石をダンジョンが取り込むことは無いし、放置してもモンスター化はしない。そう自分が言った。ただし、例外がある。

 

「それぞれ違う魔石を入れたのに現れたのは同じモンスターだったと」

 

 フィンの言葉にアイズは頷いた。

 ここまでの話の中で子供の実験に対し、何か罰則を下さなければならないのか、という問題について考えなければならない。

 偶然の産物によって生まれた脅威。確かに想像もつかない事故、または事件だ。

 しかし、それは【ファミリア】を壊滅させる悪意があればフィン達も黙っているわけにはいかない。かの【アストレア・ファミリア】は悪意との戦いの中で散った。今回のはそれとはまるで違う。

 アイズ達はレベル3だ。ちょっと強い『強化種』が現れても対処できると踏んだ筈だ。それが見込み違いを起こしてしまった。

 

「危険な実験であれば僕も黙っていることは出来ない。しかし……、これはギルドの規則にあったかな? ダンジョン内で危険な実験はしてはならない、のは当たり前として……」

 

 安全対策を充分に取った上での事故だ。せいぜい保護者同伴が義務です、とでも言うつもりか、と言いそうなほど。

 駆け出しの警護にレベル3が二名。充分な戦力だ。しかも上層階。無難なモンスターの魔石を使用。尚且つ火薬は危ないと認識すらしている。使用したアイテムは金槌と杭。これがどういう風に危険なアイテムなのか説明する方法を逆に教えてほしいくらいだ。

 

「大規模な破壊活動でもないし、今まで事故が起きなかったのも運がいいというか……。ポランの発想勝ちというか……。あの子、とんでもないスキルを持っているんじゃないのか? その辺りはどうなんですか、神ヘスティア」

「……あー、ごめん。難しい話でよく理解できなかったよ。あの眷族()のスキルは……何も発現していないよ。それは間違いない。ごく最近の更新にだって出ていない」

「ほ、本当ですか?」

「疑うのも無理は無いけれど……。ボクも伸びがおかしいところは疑問に思ってたさ。でも、事実だ。……ただ、【ランクアップ】時に現れる可能性もあるけどね。どういうスキルとかアビリティが出るのか。秘かに楽しみにしているんだ」

 

 【ステイタス】の数字の伸びは倒したモンスターの数より多かった試しは無い。これは自己申告だから信憑性は低いけれど、嘘は言っていない。それは理解している。

 ただ、今まで倒したモンスターの種類に区別なく、数字は残酷に結果を表していた。

 分け隔てなく増えるのは一つずつということ。おそらく階層主を倒しても一つしか数字は増えない、筈だと。

 

        

 

 ウラノスはアイズの話を聞いておかしいと思った。

 かのモンスターはダンジョンの大破壊によって生まれたと記載されている。生まれ出るモンスターの詳細な情報まで把握することは出来ないが、全く新しい側面からの誕生は素直に驚いた。

 であればそれは確かに新種といえるかもしれない。

 

「……犠牲になったのはお前達だけか?」

「……はい」

(冒険者がたくさんいる場所でやろうとは思わない筈だ)

闇派閥(イヴィルス)であれば巻き添えを狙う。だからこそ危惧する気持ちは理解できる)

 

 アイズが結構な大怪我に対し、ベートは脇腹を切り込まれた程度で済んでいる。

 単なる力量不足ともいえるが――

 

「ならば一応、類似の事故……事件が起こらないようにせねばなるまい。だが……」

「それだとアイテム採取の冒険者依頼(クエスト)に支障が出ますね」

 

 フィンの言葉にウラノスは頷く。

 希少なアイテムを掘り起こす場合にもダンジョンを破壊するような行為を(おこな)う。それまで規制することになってしまうからだ。

 最終的にはダンジョンの壁や――そもそもダンジョン自体に触れるな、となってしまいかねない。

 

「規制なんかしなくても倒せるようになればいいだけだろ」

 

 ベートの意見にフィン達は顔を輝かせる。

 対象のモンスターは少なくともアイズ達が知恵を出せば倒せることは実証された。倒し方さえ共有すれば恐れる程のことは無い。

 初見殺しのモンスターは色々と居る。大事なことは無敵ではなく倒せるモンスターだということ。

 しかも運がいいことに駆け出しでも倒せた。

 

「ただ……、そいつらは学習する。どれほどまでかは分からねえが」

「短期決戦が必要ってわけか。……君たちの説明よりは実際に僕が確認したいところだよ」

 

 より詳細な情報を得るために。

 問題は確実性だ。

 ポランだから出来たという事もある。

 

「……推論ではあるが似て非なるモンスターか、系統を同じくする下位種族と見た方がいいな」

 

 ウラノスも話を聞いている内に想像と違っていたので戸惑った。

 調査は継続して続けられているが報告が来るのはまだ先だ。それまですり合わせた情報を総合すれば単騎での討伐はレベル3ほど。それ以上ともいえる。

 念のために呼び名を決めなければならない。形状は不定形という訳ではなく同じ個体という事なので。

 小さな身体にも関わらず、レベル3冒険者を敵に回して健闘したところから暫定的に『ドレッドノート』という呼称に決定する。

 

        

 

 今回は報告のみということでウラノスから【アストレア・ファミリア】の情報は打ち切られた。

 発生条件だけで充分と判断したからだ。

 罰則等については検討次第沙汰を下すことにして、フィン達を退出させる。

 それと帰り際にポランの面会を許した。

 さっそくヘスティアは駆けだそうとしたが嫌な雰囲気の事を思い出したので、リヴェリアに護衛を依頼する。

 

「……正直に言って会うのが怖いよ。……全く何なんだい、現れたモンスターというのは……」

「ベート達の説明では要領を得ないからな」

 

 フィンはティオネとベートを連れて本拠(ホーム)に帰る事にした。聞くべき情報は少ないが、今以上の発展が無いと理解したので。

 思っていたより大事に至らず、けれども小さくない犠牲は忘れていない。

 たかが子供の実験――けれども充分に対処した結果を思えばあまり強く言えない。

 

(……機転の利く眷族(子供)だ。……もし、単独(ソロ)であったら……。案外、倒してしまいそうだね。アイズ達の力が通用しなかったことに動揺しなければ被害はもっと少なかった事も……)

 

 それを実証することは出来ない。けれども、アイズ達が何らかのタイミングで遭遇していたら、今よりもっと酷い結果になっていたのは確実だ。

 少なくとも生きて帰って来ることは難しい。

 そんなことを思いながらギルドを後にする。

 『摩天楼(バベル)』内にある医療施設に向かったヘスティアとリヴェリアはポランが居る病室に訪れた。

 急に起き上がったり、叫んだりするようなことは無く静かに眠っているとのこと。しかし、不穏な気配だけはダダ洩れしているようでヘスティアの顔色がどんどん悪くなっていた。

 

「それほど酷いのですか?」

「……ああ。黒い靄のように……。でも、すぐ消えていくから時間の問題かもしれないね」

 

 神にしか知覚できない謎の黒いオーラ。リヴェリアに至っては王族(ハイエルフ)の存在ですら感知できなかった。

 代表して病室に入る。そこには顔や両腕を包帯に包んだ少女が眠っていた。

 赤毛は相変わらず。それ以外は――肌の色など――特におかしな点は見当たらない。

 ヘスティアの指示により、身体を清めるように依頼する。勇気を出して覗き込んだ主神は眷族の痛々しい姿に絶句する。それと不穏な気配の元凶が右目辺りから噴出しているのが分かった。

 身体の靄はその後の処置であっさりと霧散したものの頭――特に顔――のところだけはどうしようもなかった。

 

(なんなんだい、これは。全身……には行き渡っていないようだけど……。その『ドレッドノート』とかいうモンスターの影響なのかい?)

 

 どのような呪いなのかは分からないけれど、不穏な気配は今も変わらず。

 変わり果てた姿にヘスティアは号泣する。それは悲しさからか、悔しさか。

 滂沱の涙は何を意味しているのか、自分でも分からない。

 

        

 

 ポランは衰弱はしているが命に別状はなく、けれども目覚める気配はない。

 担ぎ込まれて日が浅いから何とも言えないけれど、と担当医が言った。

 激しい戦闘の跡か、生傷が痛々しい。これは彼女の背中に匹敵するほどだ。

 

「……ポランは勇敢、でした」

 

 アイズの言葉に一瞬だけ睨むような目つきをしたヘスティア。しかし、それは単なるやっかみである事を理解しているので、すぐに顔を逸らした。

 惨めな【ファミリア】の主神らしく、大手を妬むように。だが、それでもやはり心から憎むことは出来ない。

 

「き、君だって勇敢さ。逃げずに倒したんだろう? そんな大怪我をしたにも関わらず……」

 

 自分だったら痛みで転げまわったり泣き叫んで惨めに這いつくばっている自信がある、とヘスティアは改めてアイズの頭から足元まで見据える。

 歳若い冒険者とはいえ、軽くないケガだ。物が持てない冒険者というのは失業と変わらない。

 ポランも似たような状態ではあるが起きぬけに怒鳴り散らしたり、小言を言うのはやめようと誓う。

 少なくともまだ生きているのだから。

 現行の医療設備では何とも言えない状態だが、ヘスティアは残って看病するか、本拠(ホーム)に戻るかしなければならない。

 廃墟とはいえポランが(もたら)した備蓄やら貯金が置いたままだ。決して少なくない金額を黙って持ち去られるのは我慢できそうにない。

 主神は奇跡を行使できない。しかし、それが下界で活動する神々の制約だ。それを破ることは出来ないし、破れば天界への送還に繋がってしまう。

 

(ボクは君がどのようになったとしても待っているよ)

 

 素直で優しい眷族に背を向ける。今の自分には何もできない。

 惨めな気持ちになりつつも気を引き締めて本拠(ホーム)に戻る事を決意する。後は現場の者達に任せて――

 それから数日後、アイズ達と分かれたヘスティアはアルバイトと並行してお見舞いに訪れるも眷族の意識は未だに戻らず。けれども悪い事ばかりではない。

 最初こそ衰弱していたが今以上の悪化は起こらず、現場も落ち着きを取り戻していた。

 アイズはポランの元に数日の一度は顔を見せに行き、空いた時間の殆どを鍛錬に費やしていた。

 自由な時間を生かして次なる戦術を得るために。

 

        

 

 指が揃っていないだけで物を持つのも辛い。いつもは気にしたことが無いくらい当たり前のように握れた剣が今は全く異質な存在として感じられた。

 両手に力が入らない。ただ持っているだけ。いや、持てるだけまだマシかもしれない。

 剣を扱えない【剣姫】という二つ名が今ほど滑稽なものとして聞こえる。

 

(……指二本だけなのに剣がここまで重く感じるなんて)

 

 軽量で細身の剣なのに、と。

 いや、これこそが武器の重みなのだと思い知る。

 最初は一度振っただけで取り落とした。それだけで気持ち的にも愕然とした。

 便利なアイテムや魔法によって元に戻るとしても今より過酷な状況の現場であれば再生など望むべくもない。

 今の自分でも戦わなければならない場合、敵に対して悠長に構えていられるのか。

 

(足技だけでも倒せない事も無いけれど……。それでも上層のモンスターで手一杯だと……思う)

 

 女戦士(アマゾネス)のような肉体そのものを武器とする種族ではないし、そういう戦い方をしてきたこともない。

 慣れない戦術を身に着けるのはアイズとて時間がかかる。

 武器以外にも食事などの日常生活も激変し、着替えや食事、風呂に排泄。今までの常識の殆どが通用しない状態に陥ていた。

 それでも諦めずに一人で努力を続ける。【ファミリア】に迷惑をかけている自覚はあるものの半分近くは鍛錬の一環と思っていた。

 歳若いゆえの柔軟な発想のお陰か。もし、もう少し年齢の高い冒険者であれば諦めを見せたり、全てを投げ出すことも充分にありえた。

 幼いアイズの努力にフィンを含む幹部達も陰ながら応援していた。しかし、今度の遠征に彼女を外すかどうかの苦渋の決断を迫られていた。通常であれば――そんな事態に陥れば彼女は食って掛かるところだが、今回ばかりは足手まといを自覚した為に大人しい。

 【ロキ・ファミリア】にとって大きな戦力の喪失は攻略の要を失うことと同義である。彼女は既に【ファミリア】にとって無くてはならない存在だった。

 自身の【ランクアップ】の事を忘れて鍛錬に打ち込むアイズ。強さへの熱望を保留にした生活は新鮮なものであった。もちろん、それが良い事とは思っていない。

 

「……強く握らずに剣を持つ……」

 

 無理なら使い方を変えればいい。ここは様々な発想の転換が必要だと判断する。

 もし、女戦士(アマゾネス)であれば足で持つ、という離れ技に挑戦するかもしれない。けれども、見た目が格好悪いので今は保留にする。

 出来ればベートのような足技の方がいい。

 仲間に頼んで庭先に木の杭を用意してもらい、蹴りつけてみるもすぐに痛みでダウンする。

 慣れない攻撃は身体に多大な負担を掛けるようだ。

 

「……何やってんだ」

 

 鍛錬の様子を見物しに来たベートが呆れ顔で言った。

 目の前には無様に転げまわる【剣姫】の姿がある。しかし、それを笑おうとは思わなかった。

 黙って強くなるわけがない。鍛錬は必要だから。それをベートは()()()()分かっている。

 

「ひ弱な人間(ヒューマン)が付け焼刃でそんなことしても足を痛めるだけだ。硬いブーツを用意しろ」

 

 ベートのブーツは彼専用なので貸せない。

 他の仲間に頼んで鋼鉄製のブーツを取り寄せてもらう。しかし、アイズに合う小さなブーツは見つからず。仕方が無いので専用に作ってもらうしかないと諦める。

 そんなやり取りを窓辺から見つめる王族(ハイエルフ)のリヴェリアはアイズの快復を陰ながら祈っていた。

 

 

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