Untold Myth   作:トラロック

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#1-16 エクセリア・イーター

 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが不自由な身体で戦い方を模索しているころ、神々の間では様々な噂が飛び交っていた。

 多くは剣を持てないのに【剣姫】とか如何なものか、と揶揄する内容だ。

 実力が大幅に下がってしまったとしても【ロキ・ファミリア】にとっては外すに外せない。本人も努力している最中である。それを邪魔されるのは神ロキにとって普段以上にイライラさせられる。

 パーティを組んだらしい眷族の主神ヘスティアは会合に出席する権利を持っていないとはいえ、名前が出ないわけではない。

 露店で働くロリ巨乳はそれなりに知名度が高かった。

 

(アイズたん。うちは頑張って耐えとるからなー)

 

 厄介なモンスターにやられたとはいえ戦意は失っておらず、余計な気を回すよりは放任がいいと判断したが――

 不思議といつもと変わらないのは神でも疑問であった。

 大抵の冒険者は大怪我をすると引きこもりがちになる。あるいは絶望して姿を消すこともある。

 例の眷族との交流がアイズの心象を変化させたと言えるのかもしれない。しかし、それが良い事なのか、ロキには判断できないし、してはならない気もした。

 

        

 

 足技を中心に戦い方を変えてみたとはいえ武器が握れない事が一番の悩みだった。

 力の入れ方がまるで変ってしまった。痛みは既に消えているとはいえ、多少の恐怖心が残っている。

 戦えない、という――

 

「……アイズー。ずっと鍛錬ばっかだねー」

「何かに打ち込んでないと駄目なのよ、きっと」

 

 少し離れたところで見守る女戦士(アマゾネス)姉妹。それ以外にも【剣姫】を心配する団員は数多くいた。

 アイズをズタボロにする原因を作った【ヘスティア・ファミリア】への報復は神ロキが禁止を言い渡している。もとより弱小を相手にするのは品位に関わる、という意味も込めた。しかし、幹部達は一応の体裁を取るのが良い、ということでロキに働いてもらった。

 黙っているよりははっきりとした指針を提示する。それだけでも団員達の心境にも区切りが出来る。

 

「しかし、我らの姫君は意外というか……。メンタルが強くて助かっているよ」

 

 窓辺からアイズの鍛錬風景を眺めていた団長フィン・ディムナは苦笑した。

 幼い子供が負うには大きすぎるケガにもかかわらず、今も闘志は燃えている。

 (くだん)の【ミアハ・ファミリア】には定期的に『保存液』の改良などを支援しつつアイズ復活のための準備を進めていた。

 

「そういえば……。愛剣以外はすぐに使い潰す武器がこのところ無事だとか」

「財政的には助かっているけれど……。それを喜んではいけないんだろうね」

「五体満足でなければ冒険できんでは困る。今のアイズはようやくにして冒険者としての苦境を味わっておる。ここからの脱却はきっと良い結果につながるはずじゃ」

「……アイズはまだ子供だ。大人としては……家で大人しく絵本でも読んでいてくれた方がいいのだろうな」

 

 遠征に間に合わないかもしれない。けれども、それでもいいのかもしれないと幹部達の中では思い始めていた。元より無茶だったのだ、と声に出して言いたかった。

 他人の気苦労も当人(アイズ)に伝わっているのか怪しいが、雑念無しで鍛錬する彼女に今は余計な気遣いは無用だと判断する。

 幹部以外の【ファミリア】の眷族たちは無理をしているように見えたり、買い物などに誘おうか悩んだりしていた。寧ろ、そちらの方が気掛かりであった。

 

        

 

 十三歳とレベル4を控えているアイズとは裏腹に未だ昏睡から目覚めない赤い髪の少女ポラン・ブーニディッカ。

 手当を担当する者。一緒に治療を受けているケガ人たちに異常はなく、けれども神々から見れば異常そのものが現場に満ちていた。

 神の視点ではポランの頭部は黒い靄に包まれている。だが、それは濡れタオルで拭くと剥がれ落ち、離れた部分は霧散していく。

 それなのに嫌な気配は感じる。実に摩訶不思議な現象である。しかも、それによって何か異常事態でも起きるのではと危惧していたのだが、一向に何も起きない。

 それはそれで結構な事なのだが――

 

「神々に嫌悪を抱かせる黒い靄……。けれども人体に影響は未だ現れず……」

 

 様子を見に来た神ミアハから見ても不思議としか言いようがない。

 原因となる右目から止め処目も無く溢れ出る黒い靄は神にしか見えていない。

 一般に見えているのは顔に浮き上がった黒っぽい血管の跡だ。採血してみると赤い血液になっている。

 謎のモンスターの体液が浸透して眷族の身体に変化をもたらしている。そうとしかいえないが、だからといって誰かに迷惑をかけたわけでもない。

 ポランはただ眠っているだけだ。危険だと分かっていても手が出せない。いや、そう思っているのが神だけなのが問題だ。

 数か月もの時を要するかと思われたが、ミアハの見舞いから二日ほどで意識を取り戻した。彼自身はただ見舞いに来ただけで何もしていない。

 意識を取り戻したとはいえ長く食を断っていたため、身動きはまだ出来ない。

 黒い靄に注意しつつ離乳食で栄養を得る。

 

「記憶障害は無さそうだね」

 

 厳重に厚い手袋やマスクなどで防備したナァーザ・エリスイスが看病を担当した。

 他の治療師(ヒーラー)はポラン一人に構っている余裕が無く、世話しなく働いていた。

 

「痛みは……あったとしても鎮痛剤が効いているから……」

 

 淡々とナァーザはポランに説明する。どの道、自分で理解することになるから。

 こういう役割は好きではないが大事な事だと理解していた。元より自分自身がそうだから、と。

 冒険者に己の身体の状況を伝えられるのは人によっては狂乱する。

 両手の指が欠けているのだから不安が増大してもおかしくない。それはアイズとて同様だが、向こうは既に割り切っていた。そこはナァーザも驚きであった。

 

「耳も無いけど、聴覚自体は無事の筈……。顔の傷は深く……」

「………」

 

 聞いているのかいないのか分からないが説明は続けた。

 現実をありのままに受け入れてすぐに納得できる冒険者であれば大したものだが、ポランはまだ十二歳の少女だ。

 いくら冒険者だとしても未来ある若者が酷いケガをして平然としていられるわけがない。もし、それがありえるなら、その冒険者は何らかの異常を抱えている事になる。

 健全な冒険者であることを望むナァーザからすれば泣き叫んでくれた方が気が楽だった。

 

        

 

 受け答えについては日に日によくなってきている。ケガの程度はモンスターにやられた目の辺りが一番ひどい。頭痛が定期的に起きるので睡眠もおぼつかない。

 治療法が無いまま過ごしているわけだが、本人は早く冒険をしたいと熱望していた。

 生活がかかっているのでずっと休んでいるわけにはいかない、という気持ちがあった。

 気持ちではそうでも武器を持てないし、戦えない今の状況ではギルドのアドバイザーも探索を許可しない。

 我がままではないけれど現実を突きつけられるポランは確かに意気消沈した。

 

「君が持ち帰ったモンスターの死骸とかは調査中だから。場合によれば報奨が出るかもしれない」

 

 罰則の方が強い気もするが、誰もが予想できない新種のモンスターともなればさすがに叱りつけるだけでは体裁が悪くなる。

 せめて治療費くらいは軽減させてやらないとやられ損だ、とナァーザは思う。

 保存液の品質改善の為に【ロキ・ファミリア】が全面協力してくれている。このアイテムは性質上、大量生産には向かない。しかし、将来的には役に立つはずだと――

 理想はサポーター用のアイテムだ。

 切断面に塗るだけで済むのが理想だが、そこまで行くにはたくさんの試作品を作らなければならない。

 

「……声はまだ出しにくい?」

「……なん、とか……」

 

 声帯が潰れてしわがれた声しか出せない。これは魔法や薬品でも治せなかった。

 潰された右目からは数時間おきに血が垂れてくる。痛みは無いらしいが完治は未だに出来ていない。

 痛いのはずっと奥で、今は左目も開けにくい。

 日中は顔にタオルを巻いて過ごしている。失明していない左目は負担を軽減する為に見えなくてもいいように休ませていた。

 頭部を除けば歩けないことはないポランだが、ここしばらくは安静にしていた。

 歩くと頭に響くから、という理由もあったが――迂闊に動いて悪化させたくない気持ちが強かった。

 更に三日後、痛みもだいぶ引いた頃合いに街中を歩く訓練を始めた。味覚は失っていないので食事療法も無理の無い範囲で続けている。そんな中、鍛錬の為に走り込みをしていた金髪金目のアイズと出会った。

 両手は何重にも巻かれた包帯で丸くなっていたが、それ以外は特に異常は見当たらない。

 対するポランは顔の傷が深くていかにも重傷者然とした姿だった。

 

「……ん。久しぶり」

「……ご、ご無沙汰してます」

 

 声は未だに嗄れたまま。小声のアイズよりも聞き取りにくい。

 それでもアイズはポランの言葉を聞き取った。

 一週間を少し超えた程度の間出会わなかったが、半年ほども開いたような気持だった。

 散歩のポランに対し、鍛錬のアイズ。共に話せる話題は少ないがケガの程度の情報は交換した。

 広場にある椅子のような構造物に座り、日々の出来事を話す様は歳相応の女の子の会話風景そのままであった。

 

        

 

 アイズは不慣れな状態のまま剣を取ったり、足技を鍛えている事を伝える。対するポランはようやく外に出て散歩をするまでに回復した事を伝えた。

 モンスターにやられた右目は良く分からないが一日の多くは暗闇の中で生活している、と。

 

「……何も見えない生活は……怖いです。特に頭痛が酷かった。今は……幾分か軽くなってきたけれど……。何にしてもこれからってところです」

「……そう。……私もそんな感じかな。深い階層に挑戦する為にはどんな状態でも戦えなくちゃね」

「……本当にごめんなさい。……遠征に行けなくなるかもしれない」

「それはいいの。……早くからこんな事態になるって想定してたから……。でも、好きで重体になんかなりたくないよね」

 

 鍛錬の為だけに手首を切り落とせるか、と言われれば無理だ。アイズとてやりたくないし、体験もしたくない。

 大怪我は確かに想定しなければならない問題なのだが、想定と現実は違う。

 アイズには戦う理由がある。ポランはアイズとは違う。その辺りはそれぞれ思うことがあるようであえて話題に出さない。

 互いの手は包帯やらタオルで包まれて、まるでジャガ丸くんのよう、とアイズは小声で呟く。するとポランは小さく苦笑した。

 

「……剣を握れない事が怖くて……、それを克服する為に頑張ってる。……私は何のために剣を握り……、それが出来ない私の価値はどの程度なのか……」

 

 今だからこそ思うことがある。

 今までの無敵ぶりが嘘のように無くなった【剣姫】はそれほど強くなく、ここから強くなろうとしても怖くて前に進めない。

 それでも強くなりたいと今でも言えるのか、と。

 

「……ポ」

 

 ランと続けようとしたところ『ブチ』またはバチっという音が聞こえた。

 咄嗟に目を瞑るアイズは己の本能のまま飛び退る。

 ほんの一瞬までなかった気配が生まれたためだ。

 

(……なっ。たった今まで……何も感じなかったのに)

 

 完治したとはいえ顔に痛みが走る。それは幻ではあるが同時に目を開けるのが()()()()()()()

 つい先日に感じた邪悪な気配は未だに身体が覚えていた。

 迫る気配はなく、恐る恐る瞼を開けてみれば顔を血に染めているポランの姿があった。

 右目に当たるタオルは既に赤い。左目の方は気絶の為に白目状態。けれども出血しているわけではなかった。

 

「ポラン」

 

 呼びかけるも応答は無い。

 グラリと傾き、背後に倒れるところで周りを行き交う通行人たちが気づき始める。

 アイズはすぐに応援を頼む。

 

「治療院の人かギルドを。それと【ロキ・ファミリア】に応援をお願いします」

 

 何人かに頼みつつポランから目を離さない。

 それはこの場から去る事はとても危険だと判断したからだ。

 

(まさか目に卵でも植え付けられた!? じゃあポランは……どうなるの?)

 

 通常、ダンジョンに現れるモンスターは生殖行為をしない。卵を産むのは外の世界に既に進出したモンスターだけだと言われている。

 その辺りの知識はアイズも持っていたが、冒険者に寄生するモンスターについては覚えが無い。

 かなり長い期間彼女の身体は調べられていた筈だ。それなのにこういう事態が起きるのは想定外も(はなは)だしい。

 

「ちょ~っと待ったぁぁ!」

 

 大きな声を上げつつ迫る存在にアイズは驚く。

 声の主は一抱えもある容器を携えつつ走るヘスティアだった。

 予想外の(じんぶつ)に呆気にとられる。しかし、すぐにポランに近づかないように警戒体制に移行する。

 

「おう、ヴァレン何某君。君だったか。だが、そこを退くんだ」

「……えっ? 神様の方が危ないと、思います」

「そうかい? だけど、今回は君が退く番だ。さっさと言う事を聞いて」

 

 切羽詰まった迫力で迫るヘスティアに負ける形でアイズは警戒しつつ数歩引き下がる。それを見計らったヘスティアが容器の中身をポランにぶちまける。

 撒いたのは先ほど来る途中で汲んだ噴水の水だ。

 

        

 

 血まみれの顔を洗う為ではない。

 ヘスティアにしか見えない黒い靄を払うためだ。

 

「ちっ。根源までは無理か。よし、ヴァレン何某君。……君は大丈夫そうだね。とにかく、逃げるよ」

「駄目。……ポランを見捨てるわけには……」

「よその【ファミリア】なのに心配性だね。でも、嫌いじゃあないぜ。なら、少し離れようか」

 

 ポランから距離を取ろうとするのだが、当の彼女は気絶しているにもかかわらず動きを止めない。

 だいたいの予想は出来ているが信じたくない気持ちが強かった。しかし、それも一瞬だ。

 アイズは腰に提げている剣に手を伸ばす。力はまだ十全に入れられないが持つことは出来る。

 

「……こんな時だからこそ言うけれど……。ポランを救ってくれ。これは……君にしか出来ない仕事かもしれない」

「……はい」

 

 ヘスティアはアイズから離れてみた。それで顔が自分に向くようであれば神に敵対する者と認定する。

 しかしながら、ポランは意識が無いとはいえ顔はアイズに向かっている。

 

(標的は彼女ってわけかい。謎のモンスター君。……いつものヴァレン何某君なら造作もないんだろうけれど……)

 

 今のアイズは手負いだ。戦えるかも怪しい。

 ヘスティアに出来る事は共に逃げる事だけ。しかし、当のアイズはそれを望まないし、無理な戦闘は――おそらく――しない。その辺りの判断力は歴戦の冒険者が(まさ)っている。

 神は危機的状況でも役に立てないのが悔しい。けれども地上に進出する時に交わした約束事でもある。

 

(ああ、ポランの顔が酷い事に……。鼻血が出過ぎじゃないか)

(さっきのは血管が破れた音? だとしたら早く治療しなければ……。でも、気絶している筈の彼女をどう倒す?)

 

 頭では敵だと思っていても――やはり身体はポランだ。アイズとてすぐに剣を振るう事が出来ない。

 友に冒険した(よしみ)もある。それに敵対する意思がとても弱い。

 まるで今にも死にそうな――

 命の灯が消えそうになっている相手に止めを刺すのはモンスターでもない限り、したことがない。

 

(彼女の主神の前で倒せる? ……無理。無理というか……私が私でなくなるような……。じゃあどうするの……。どうすればいいの)

 

 迷う【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 幽鬼のようにゆらゆらと揺れながら迫るポラン。

 右目と鼻から血が流れているが左目は今のところ無事だ。

 

(動きが鈍いのはどうして? 肉体に慣れていないから?)

 

 武器を構えてみたもののポランは無手だ。形状変化でもしようものならもはや手遅れとしか言いようがない。

 出来れば穏便に事を収めたい。その方法が今のアイズには浮かばない。

 ポランはアイズを前にして両手を前に突き出す。その仕草は猫人(キャットピープル)が通行人を招く様によく似ていた。

 モンスターで例えると蟷螂(マンティス)の威嚇する構えだ。

 

「………」

 

 体勢を低くし、敵であるアイズを迎え撃とうとする。

 人間(ヒューマン)がどういう構えを取ろうと迎撃する自信はある。しかし、どうにもやりにくい。

 武器による攻撃は決定打にはならないが、どうしたらいいのか。

 モンスターを数多(あまた)屠ってきたアイズをして初めて戸惑いを見せる。

 

        

 

 ポランは意識を失っている。右目はおそらくモンスターだ。そう見当をつけてみたものの奇妙な風景であることに変わらない。

 神を狙わず、武器を持つアイズを標的にする。

 モンスターの時の脅威は感じないが、倒し方が全く浮かばない。

 

(……本体は倒した筈……。四匹目は確かにいなかった。黒い体液のせい?)

 

 そうだとしても邪悪な気配は今まさに発生したばかりだ。

 神ヘスティアからすれば兆候はあったのかもしれないけれど。

 

(彼女の中に魔石があって……。その影響が……)

 

 迎撃態勢は取るものの一向に攻めてこない。好戦的な時と違って今度は慎重に行動することにしたのか、と。

 学習する能力があるのならば今のモンスターは更に賢い筈だ。

 攻撃力は幾分か落ちている。それが勝機への道かもしれない。

 一歩前に踏み出すとポランは驚いたように引き下がる。警戒していると見て間違いない。

 

(……敗北したモンスターが私に警戒? 新しく生まれ変わったわけではないの?)

 

 前足のつもりだとしてもポランの両手は戦いには不向きだ。

 それ以前に戦闘にはならない。

 かといってのんびりと分析している暇は無い。それは今も顔から血が流れているから。

 早く治療を受けさせなければ命に係わる。

 

(……それともここで倒しきる? 出来るの、それが私に)

「ぽ、ポラン君? しっかりするんだ。モンスターなんかに負けるんじゃない」

 

 遠くからヘスティアが呼びかける。それによって緊張が幾分か和らぐ。

 モンスターポランもヘスティアの声に驚いてさらに一歩下がった。

 

「君はまだ……冒険者だろ? きっとなんとかなる。地道な努力こそ君の長所だ」

 

 鼻水と涙を流しながら応援する神ヘスティア。

 どうにもならないことを分かった上での応援か。

 希望がまだあると思っているのか、と言えばアイズにも分からない。けれども、神が諦めないのであれば自分もそれに倣うのみ。

 問題は包帯で見えないポランの右目だ。

 あれは狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガによって引っこ抜かれて空虚な穴だけしかないと聞いている。それなのにどうやってアイズの動きを見ているのか。

 独自に再生させたのか。

 

(だとしても目を狙ってみたところで動きは止まるの? 液体として浸透していたら頭そのものを吹き飛ばさないと……)

 

 そうなればもうポランを殺すしかなくなる。

 そんなことが果たして出来るのか。

 

        

 

 モンスターに身体を乗っ取られたからとて放置するわけにはいかない。生け捕りにするのか、このまま倒しきるのか選ばなければどんな被害が生まれるか分からない。

 しかし、それでもアイズは攻め込めなかった。

 

「お前が出来ねえんなら、引っ込んでいろ」

 

 そう大きな声が聞こえた。

 怒鳴るような、優しい応援の様な。その言葉の後に疾走してきたのは灰色の狼。

 レベル3の冒険者ベート・ローガだ。

 

「……殺してはダメです。……神ヘスティアはまだ……諦めていない」

「まあ、適度に痛めつけてから判断する」

 

 彼にしては珍しく優しさが込められた言葉だった。元より彼とて不本意なのだろう、と。

 けれども地上に進出したモンスターを野放しには出来ない。

 

「急いできたものの……。全く厄介なことになっているようだね」

 

 アイズの側にフィン達幹部三人が到着する。そのあとで女戦士(アマゾネス)のヒリュテ姉妹もやってきた。

 頼もしい仲間だが、敵はか弱い女の子一人。過剰戦力も甚だしい。

 

「被害状況は?」

「……ポラン一人だけ。他は何も起きてない」

「……分かった。ティオナ達は避難誘導を。見世物にするわけには……、無理そうだが一応は、ね? あと、何か起きたら困る」

「了解です、団長」

「……そうだよね。あたしたちがよってたかって殴ったり蹴ったりするのは……、ちょっと嫌だなー」

 

 それぞれ役割を与えられ、行動を開始する。

 泣いているヘスティアはリヴェリアが介抱する。

 迅速な対応で周りの喧騒は止むが、敵性体ポランは未だに戸惑ったまま。

 急速に近づくベートの蹴りを防御しようとするも身体が思うように動かず、逃げようにも足が遅い。

 

「なんだこいつ。動きがトロいじゃねえか」

「学べるモンスターだからのんびりしていたらやられる」

「分かってる。……分かってるが……やりにくい」

 

 ある意味、これはこれで強敵である。

 容赦のない攻撃であれば迎撃にも手心は加えなくていい。しかし、今は完全に弱い者苛めだ。それはベートの理念に反する。

 

        

 

 ゆっくりとベートはポランに近づき威嚇する。するとポランも手を出して威嚇し返す。しかし、声は無かった。行動のみだ。

 軽く腕を蹴ると飛び掛かってくるが、彼が一歩下がっただけで追撃は止まる。

 距離感が掴めていないのでは、とアイズ達は予想する。であれば学んだ後は一気に来る可能性がある。

 頭では戦い方が固まってくるのに攻め込めない。

 

「モンスターだった頃の威勢はどうした。ああん?」

「………」

 

 顔を大きく逸らすポラン。

 ベートを無視するような仕草に見えたが、離れていたアイズにはそうは思わなかった。

 敵は言葉を聞いている。そうとしか思えない。その証拠にポランの耳をベートに向けている。

 乗っ取った身体の機能をモンスターも学んでいると見て間違いない。

 

(……まさか。攻め込めないのをいいことに……)

 

 そう危惧した途端にアイズに悪寒が走る。

 モンスターは戦い方以外も学べるのではないか、という仮説だ。

 

「あまり余計なことは言わないで。そのモンスターは……学べるから」

「ああ? そりゃあどういうこった」

「アイズが言いたいのは我々の言葉を学ぼうとしているってことだよ。まさかとは思うけれど……」

 

 槍を携えた【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナが苦笑しながら戦闘に参加する。

 彼もまたか弱い冒険者と戦うことに抵抗を感じていた。しかし、そこは大手【ファミリア】を率いる団長である。余計な雑念はアイズ達以上に払える。

 だが、それでも命を奪うまでには至らない。

 

「確か……前面の攻撃には無敵なんだったかな。今の君はその能力はどこまであるのか……」

 

 挑発するようにフィンが言うとポランは一歩後ずさる。

 声は聞こえている。小さな虫型モンスターから随分と大きくなったものだと苦笑を覚える。しかし、一冒険者の肉体を乗っ取るとは思わなかった。直接見ても信じられない。

 摩天楼(バベル)が建設されてから今まで地上に這い出たモンスターは居ない。全て多くの冒険者達が討伐してきたからだ。

 神々の恩恵(ファルナ)を授かった眷族達を相手に勝ち残っ者は未だに居ない。けれども、目の前のモンスターは初の勝者かもしれない。

 だからと言って祝福を与える気はフィンには無い。

 

「やり難いな。……ある意味、アイズ達が梃子摺(てこず)るのも理解できるというもの」

 

 なにせ、か弱い冒険者を人質にしてるいようなものだから。

 いくらフィンとて敵が目の前に居るのに仲間ごと殺すような冷酷さは無い。時には必要かもしれないと思うだけで。

 

「とりあえず、……彼女(ポラン)を叩き起こせるかどうかやってみようか」

 

 もし、アイズ達が話していた脅威があれば容赦はしない。そうでなければ実力を確かめてみるのも悪くない。

 なにより、神ヘスティアの眷族だ。主神が見ている前での殺戮は目覚めが悪くなる。

 軽い足取りで迫るフィンに対し、ポランの構えた両手で頭の包帯を取ろうとした。

 手は何重にも包帯とタオルが巻かれているので細かい作業は出来そうにない。それでも無理矢理な行動はフィンを充分に驚かせる。

 左目は完全に白目をむいた状態なのにどうやって位置を把握しているのか。

 それはきっと音だ、と予想する。

 

(聴覚が優れているのか、彼女の身体を掌握した結果なのか)

 

 薄暗いダンジョンのモンスターは何をしでかしてくるのか分からないから恐ろしい。

 槍を無造作に突き出すと迎撃してきた。その正確さは確かに驚きに値する。

 肉体は人間(ヒューマン)のものなので強固さは無いけれど。

 

「……しかし、おかしい」

 

 フィンは疑問に思う。

 先程からギリギリまで近づけるのに密着までには至れない。

 既に本気を出している。

 静かな歩調で耳に頼るとしても捉えるのは簡単ではない筈だ。

 

(戦闘の学習能力は既に高いのか。しまったな。まだ序の口だと思ってた)

 

 レベル6の第一級冒険者であるフィンの【ステイタス】をもってしても驚愕を覚える。

 確かにアイズ達が警戒するのも納得する。しかし、だからといって互角とは思っていない。

 低いレベル帯でも【ステイタス】によってはフィンを圧倒する者は何人かいる。そうでなければ【ランクアップ】が不可能になってしまう。

 

「てえい!」

 

 槍で牽制しつつ速度を上げて接敵し、掛け声とともにがら空きになっていた腹部を()()()()殴りつけた。

 それと同時に、しまった、とフィンは思った。

 つい調子に乗って力を込めてしまった。そのせいで、拳に嫌な感触が届く。

 肋骨や胸骨の砕ける様。口からは勢いのついた血が噴き出る。

 うめき声が出なかったのが精神的に助かったと言える。しかし、普通であれば今ので充分致命傷となる。

 ポランはまだレベル1の駆け出しだ。レベル6が本気で殴れば最悪死ぬ。

 前面の攻撃に対して無敵のはずがあっさりと攻撃が通り、血を撒き散らしながら吹き飛んでいく。

 これで終わりかと思うもののフィンは安心しない。

 ポランは倒せてもモンスターにダメージがあった、という確証が無い。最悪、無意味に彼女を撲殺して終わりになるかもしれない。

 それでは単なる殺人だ。

 自分達の目的はあくまでモンスターの討伐だ。生意気な冒険者を殺す事ではない。

 

「ぎゃああぁぁ」

 

 案の定、後方で見守っていたヘスティアが絶叫した。

 眷族を素直に撲殺されて平気な神は余程豪胆な性格の持ち主だ。少なくともヘスティアは優しい神様であるから、その悲しみや辛さは人並みに備わっている。

 

「ぶっ、【勇者(ブレイバー)】君っ! いい、今、お腹を貫通しなかったかいっ!」

「……したようなしなかったような……。生きていたら回復は任せてください。今は戦闘中なので」

 

 貫通はしなかったが、背骨を砕くところまではいったかもしれない。

 そうなれば通常の冒険どころか日常生活もままならない。そんな状態にして平気だと思えるわけはないが、やり過ぎたことは素直に認める。

 

「アイズ、ベート。ここは僕に譲ってもらうけれど。済まないが下準備だけは整えてくれ」

「……分かった」

「了解だ」

「……ポランはいい子。……だから」

「善処する。今のは確かに……僕が悪かった」

 

 誰かを心配するアイズの言葉だ。それを無下にする事などフィンには出来ない。

 (ようや)く人としての温かみを覚えたお姫様の頼みだ。二つ名に恥じないように戦わなければならないと肝に銘じる。

 と、思ってはいるのだが――

 どうにも勝手が分からない。

 

(何だかいいように遊ばれているような……。それともこれがモンスターの(手段)なのか?)

 

 攻撃。動作共に脅威とも思えない。けれどもやる気だけは一人前。

 今も立ち上がろうと必死になっている。

 出血量からみて身体の方はもう限界の筈だ。それとも攻撃する場所が違うのか、と疑問に思う。

 

        

 

 槍を後方に投げ捨て、蹲るポランに近づく。

 情報によれば彼女は魔法を覚えていない。実直な戦い方しかしない。だからといって油断はしないが、周りの目も一応気にしなければならない。

 ほぼ一方的に痛めつけているから。

 

(行動不能にするにも。モンスターそのものが何処に居るのか……。どうすれば勝利なのか。……ほんと、誰か教えてほしいよ)

 

 攻撃の意思があろうとポランの身体はもう限界だ。治療しなければ死んでしまう。

 それでも腕だけは今も動かしている。

 包帯を解き終わり、現れた顔は酷いものだった。

 右目付近は血まみれ。大きく腫れ上がっているわけではないが、赤黒く染まった眼球の無い顔がそこにはあった。

 

 フィンにはそう見えた。

 

 酷い顔だなと思っていると流れ出ていた血が集まり、一つの塊を形成していく。その速度はフィンが気が付くほんの一瞬の出来事だった。

 本能で危険を悟り、一歩引く。追撃は無い。

 

(自己再生? それとも何かの意図が?)

 

 何にしても異常だ、と判断。しかし、槍を拾うべきか迷う。

 相手はもう動く事すらままならない。いや、それは本当にそうなのか、と疑問を抱かせる。

 未知の能力を隠し持っているのは確かだ。確証が無いのが恐ろしい。

 

(全てが手探り。確かに強敵だ)

 

 だが、自身の親指は今も何も警告を発しない。

 それともこのモンスターには適応されない未知の危機があるのか、と勘繰る。

 その予想が果たして――

 

(んっ? なんだ? 彼女の背中から煙?)

 

 フィンの判断が正しかったのか、それとも間違っていたのか。それは誰にも分からない。しかし、確実に何かが起ころうとしていたことは誰の目にも明らかだった。

 もし、この場にアイズや他の冒険者が居たとしても幼い少女を殺すことができる()()()()冒険者は――きっと――居なかったに違いない。

 

「【勇者(ブレイバー)】君っ! 気を付けるんだ! とても嫌な気配がする!」

 

 凄惨な現場にもかかわらず。尚且つ眷族が血まみれで瀕死の重傷にもなっているのにヘスティアはフィンに注意を促す。

 確かに嫌な気配がするのは理解できる。だが、感じる程度が神と冒険者とでは違うようだ。

 

「まさか、この期に及んでパワーアップかい?」

「……そんなんじゃ……。いや、そうかも。だけど……きっと何かしてくる。……神の恩恵(ファルナ)を食らっているようだからね」

「……なんだって?」

 

 聞き捨てならない単語が聞こえたが、それを確かめるすべはない。

 先程から訳の分からない状況が続いている。ここらで誰かに説明してもらいたいものだと胸の内で愚痴を言うフィン。

 神の言葉を素直に受け取るのであれば顔の再生もその一環と見て間違いない。しかし、それで攻める材料になるかと言えば――

 

(恩恵を……ねえ。つまり……あのモンスターは【経験値(エクセリア)】を食べるって……、ええっ!? そんな馬鹿な!?)

 

 驚愕に彩られるフィンに見守っていたアイズ達のほか、リヴェリア達幹部も驚く。

 普段は冷静沈着な【勇者(ブレイバー)】が激しく動揺したのだから。ただ事ではない。

 何を知ったと言うのか、すぐに問い(ただ)したい。

 

        

 

 フィンは僅かな時の中で分析する。虫型モンスターの謎を。

 単なる攻撃に優れたモンスターでは無い事は予想していたが能力まではどうしても分からなかった。これは仕方がない。暢気に分析するわけにはいかないものだから。

 多くのモンスターは実際に戦って学んでいく。まさに目の前のモンスターのように。

 だから、大半のモンスターにはまだまだ隠された部分があるのかもしれない。未だ未発見の情報――

 

(名付けるなら『経験値喰らい(エクセリア・イーター)』か。虫型といい、凶暴性といい、性質といい……。冒険者を狙うところからも、本命はそこなのか……)

 

 自分で考えた事とはいえ、いやにピッタリと似合う名称にフィンも参った。何度も驚かされる事に。

 性質は冒険者と同じく学習型。もしかすると【ランクアップ】も出来る可能性がある。信じたくはないが――

 

(ただ、それには己の【経験値(エクセリア)】を貯めなきゃいけない。食べるのであれば消費一辺倒だ。……確証は無いけれど、強化種に至るようでは厄介極まりない)

 

 見つけ次第速やかに討伐しなければならない事は理解した。しかし、冒険者の身体に寄生されてしまうと打つ手が無くなる。この辺りは今後の課題とする。

 攻撃を受けたアイズは神の目から見ても異常は無いらしい。であれば本体の侵入さえ防げれば希望はあるということだ。

 それを簡単にできないから困ってしまうのだが。

 

「……全く。うちのお姫様の友人に酷な事を……」

 

 それは自分か、モンスターの事か。きっと両方だ、とフィンは苦笑する。

 ポラン自体はきっと素直で優しいのは変わらない。憎むべきは――何なのか。

 未知の発見に挑む事か。弱い事か。

 そんなことじゃない筈だ、と強く言いたかった。出来ない理由は単純明快だ。

 今の状況を見て誰が【勇者(ブレイバー)】に賛同してくれるというのだ。他ならない自分が一番理解している。

 

 お前(勇者)のしている事はただの見せしめだ。

 

 アイズの身代わりと言うのも(いささ)か身勝手だが。

 多くの団員を率いる立場の者としてはやり切れない役回りである。

 丸い穴となっていた空洞に血だまりが収まる。それは不気味に蠢き一つの形を成した。

 黒目に赤い瞳孔を持つ異質な眼球。その周りに黒い血管が無数に浮き出ていた。ただ、反対側の目は今も白目のまま。

 

(彼女の意識は未だ戻らず……。これだけのケガだ。ずっと気絶していてくれた方がいいかもしれない)

 

 切り落とされて無くなった右耳から、鼻から、口から、右目から今も流れ出る血。殆ど動いているのが奇跡の様な有様だ。足元の血溜まりは少しずつ範囲を広げている。

 内臓は壊滅状態。

 それでも活動するのは――出来るのは理解不能である。

 

「どうすれば勝てるのかね、あれに」

 

 残る手段は徹底的な粉砕だけだ。しかし、モンスターと違って魔石を持たない人間(ヒューマン)をいくら痛めつけても灰にはならない。

 いや、そんなことをしていいのかさえ怪しい。

 根源と思われる眼球を引き抜いて終われるなら、そうしている。しかし、黒い液体状で浸食している場合は頭部そのものを叩き潰さない限り動き続けそうだ。

 それとも――もうポランは死んだものとして諦めるか。

 

「……冒険者である僕が諦める?」

 

 それはもう冒険者ではない。ただの人殺しだ。

 一つを諦めれば次もきっと諦めてしまう。冒険者はしぶとく足掻いて希望にすがるのが相応しい。

 アイズやベート、ヒリュテ姉妹だってそう思うはずだ。

 

        

 

 しかし、守るものが多くなった今、フィンは一人で希望を求めようとは思っていない。

 もはや自分一人の冒険は出来ない。

 

(……全く、歳は取りたくないものだ)

 

 見た目は人間(ヒューマン)の子供ほど。しかし、これでもアイズの何倍も長生きしている小人族(パルゥム)だ。

 苦笑するフィンにガレスやリヴェリアが状況を察する。だが、アイズ達は手間取るフィンに驚いていた。

 先程から攻めあぐねていたので。何かを警戒していると思っていた。

 

「酷な事を問おう。……アイズ。君はあの冒険者と共にまたダンジョンに行きたいか?」

 

 ポランを見据えたままフィンは言った。

 これは最後通牒だ。ヘスティアにすら文句は言わせない。そういう気持ちで尋ねた。

 

「無理に二人で……、とは考えてない。でも……」

「助けたいか?」

 

 フィンの問いに小さく頷くアイズ。

 共に研鑽を積む相手。そういう認識を持っていた。けれども、今は討伐すべき敵である。迷惑をかけたくない気持ちもある。

 だからこそ、自分の【ファミリア】に迷惑がかかるくらいなら切り捨てる覚悟は――持たなければならないと思った。

 

「ベート。君はどうだい?」

「俺はそこまで思い入れはねえよ。敵はぶちのめす。それだけだ」

 

 だが、多少は気にしている気持ちがあるのは認めるところだ。しかし、それでもやはり助けたい、という()()()()()には至らない。

 (むし)ろ自分の手で倒したい気持ちが強い。

 

「なんだよ、それっ!」

 

 大声を出すのはヘスティアだ。

 当然とばかりにフィンは嘆息する。いや、そうでなくては困る。

 主神だけは眷族を守り、信じ抜いてもらわなければ。だからこそ、安心した。

 

「ヴァレン何某君っ! どうにかならないのかい!」

「……申し訳ないが……、アイズを責めるのはやめていただきたい。戦っているのは僕だ」

「わ、分かってるよ、そんなことは」

(……ヘスティア様もそろそろ限界だな。ああいう風に気持ちを発散してくれる方が僕には好ましいけれど……。それにしてもうちの主神(ロキ)は何をしているんだか。傍観を決め込むつもりなのかな)

 

 それはそれで責任を押し付けられたようで腹立たしいが。

 神の考えはよく分からない。それは今も昔も――

 

        

 

 選択は成った。

 大勢の為に一人が犠牲になる。それが最適解だ。

 顔を前に向けたまま後退し、槍を拾う。

 

(出来る事なら……、ダンジョンで戦いたかった)

 

 フィンが槍を構えるとポランは内股気味になって地面に座り込む。両手は相変わらず猫人(キャットピープル)が客を招くような仕草。見ようによれば命乞いだ。それから空に顔を向ける。

 天気は良好。雨の降る気配はない。

 

「ニャー! 【勇者(ブレイバー)】がか弱い女の子を惨殺してるニャ!」

 

 広場に轟く悲鳴に似た叫びは『豊穣の女主人』の店員のものであった。

 買い出しに来ていた猫人(キャットピープル)が現場の惨状に思わず声を上げた。それに対してフィンは反論しようとしたが言葉が出てこなかった。

 どう言い繕っても見たままの感想で間違っていないのだから。

 

「ニャニャ。しかも、相手は……ポランニャ。どど、どういうことニャ!?」

「折角気持ちが固まりかけていたのに……。深い事情があるんだ。いくら君でも邪魔はしてくれないでほしいな」

 

 普段の調子でフィンは言った。

 慌てふためく様子など頂点を目指す【勇者(ブレイバー)】には似合わない。けれども、時と場所が今回は悪すぎた。

 悪目立ちした今の自分はどこからどうみても【勇者(ブレイバー)】とは言えない。

 重そうな買い物袋を持ったまま口を出してきた猫人(キャットピープル)はアーニャ・フローメルであった。

 朝方は各店員たちは午後の開店の為に店の掃除や買い出しで走り回っている。店主のミア・グランドも同様に。

 そして――

 

「へー、邪魔をするなってのかい?」

 

 人ごみの奥から姿を見せるのは偉丈夫ミアその人だ。

 冒険者も大概背が高い者が居るが、彼女の場合は存在感も相まって見た目以上に姿を大きく見せている。よって、迫力で自然と人の壁が割れていった。

 買い物の時は意外と騒ぎにならない。

 

「確かに惨殺死体みたいな有様だね。おや、神様も居るのかい? こりゃあ、本当に機会が悪かったとしか言いようがないねえ」

 

 暢気そうな声ではあったが、ポランの姿を一瞥しただけで惨状は大体理解できた。だが、フィンほどの冒険者がどういうわけで少女に武器を向けるのか。

 噂自体は既に耳に入っている。それでも納得は出来ない。いや、正直な気持ちとしては納得したくなかった。

 

(なんだいこの有様は。これじゃあ……、あの子を殺さない限り何も終われないじゃないか。……【勇者(ブレイバー)】も損な役回りでご苦労な事だよ。っていうかアタシでも場を治める自信が無いけど)

 

 助けに行こうにも事情を()()()()()()()()ので行くに行けない。それはミアであってもそう思うほど。

 これだけの騒ぎにもかかわらず肝心のギルド職員の姿が見当たらない。おそらくフィンに責任を押し付ける算段では、と。

 大手【ファミリア】は何かとギルドの手足として動かされて気の毒だなと思った。

 

        

 

 ミアはアーニャに荷物の運搬といくつかの言付を託す。

 そのあと戦闘が始まらない広場に乗り込んでいく。本来なら邪魔するな、と言われてもおかしくないが彼女を止められる者は【ロキ・ファミリア】の幹部を除けば【フレイア・ファミリア】しか居ない。

 

「この喧嘩、アタシが買おうじゃないか」

「ははは。そうきたか。……だけど、そんなことがまかり通るとでも?」

 

 武器こそ構えなかったがフィンとて引き下がるわけにはいかない。尋常ならざるモンスターを目の前にして見逃すことは出来ないし、してはならないことだから。

 単なる喧嘩で片付ける事も同様に。

 だが――

 

(まさか、()()()()()来る気かい? ここまで頑張った僕の面目が丸潰れになるんだけど)

 

 苦笑しつつフィンが想像するミアの取りそうな一手――予想ではあるけれど――は現状をひっくり返すだけの力がある。そう断言できるのは手段に覚えがあるからだ。しかし、正しかろうとも()()()暴論である。周りが認めるだろうか。

 いや、周りではない。(くだん)の組織が見て見ぬふりをするとも思えない。

 

「はっきり言ってやろうか?」

「……やめてくれ、ミア。それ以上は僕の評判がガタ落ちだ。それに……、お姫様(アイズ)の期待を背負っている」

(いくら道化を演じろと……、と続けることになるに決まっている。……ロキ、助けてくれないか。少しは神の威光を発揮してくれ)

 

 いつになく弱気のフィン。ミアが相手だから、ではない。

 状況をよく理解したからこその弱気だ。

 それからポランはケガが酷い為か、攻めてこなかった。ただ、ミアに顔を向けて大人しくしているのが不思議に思えた。

 戦闘は何故か止まっている。見物人達も固唾をのんで見守っていたのだが、一向に進展しない事に疑問を感じている。

 それからしばらくして先ほど立ち去ったアーニャが大荷物を携えて戻ってきた。

 所謂(いわゆる)『猫車』と呼ばれる運搬用の一輪車にいくつもの革袋を詰め込んで。

 

「か、かき集めてきたニャ」

「約束通り報酬だ。残りはギルドの口封じ……まあ、そんなもんだ。とにかく、こんな茶番は終わりにしなきゃならない。文句は受け付けないよ」

「……金で買収かい? ミアらしくない。だけど、彼女はそれで救われるわけじゃないよ。どうする気だい?」

「どうしようかねえ。こんなに珍しい人種はうちで面倒を見た方がいいんじゃないか。それともなにかい、他に仲間でも居るのかい?」

 

 ミアがどうしてポランを気に入ったのかフィンには窺い知れない。だが、問題解決は一人ではできない事を知っている。

 正直なところ、買収に応じる気は無い。それとまだモンスターの危険性を把握していない。

 一人の冒険者がフィンの手ではなくモンスターによって殺されようとしている。それを金で見逃すことが出来ると思うのか、と。

 

        

 

 結果論から言えばフィンの手でポランの人生は終わる。であればミアの提案は僥倖である。

 自分の名声にも傷がつかない。しかし、納得は出来ない。

 それに――主神であるヘスティアを無視していい問題とも思えなかった。

 

「あ、えと……。ミア母ちゃん。……本当に使っていいのかニャ?」

「早くおし。のんびりしてたら死んじまうよ。……全く手加減ってものが出来ないのかね」

 

 アーニャは事前に購入してきた『万能薬(エリクサー)』を数本、取り出してポランに使おうとした。

 その時、突き出していた手をアーニャに向けるも疲労困憊なのか、座ったまま動かなかった。

 乗っ取った冒険者の身体が自由に動かない為だと思われる。

 黒い瞳だけが不気味にアーニャを見据えるものの、殺気はどんどん消えていく。

 飲ませようとすると襲い掛かってくるかもしれないので、高い位置から万能薬(エリクサー)を振りかける。

 じゅう、と何かが焼けるような音が鳴ったが、すぐに治まりビチャビチャという液体の音だけになった。

 重傷者すら短時間で癒す万能薬(エリクサー)といえど一本だけでは完治には至らない。だから、何本も使う必要がある。

 二本目を使おうとした時、ポランは二本の腕だけでアーニャの腕に飛び掛かる。

 

ニャ!? あ、慌てるニャ。ちゃんと使うから。お、おお、落ち着くニャ」

「身体が人間(ヒューマン)のままなら大丈夫だろうさ。何かあれば逃げるんだよ」

 

 不自由な手ではアイテムを奪えないと判断したのか、口を開けて飲ませろとアピールする。その光景に苦笑しながらアーニャは従うことにした。

 学習するモンスターを遠くから眺めていたアイズも心配になってきた。

 回復方法を知ったモンスターが次にすることは何なのか、を。当然、そのアイテムを奪うのではないか。

 二本目を飲み終えた後、三本目を狙うと思われたが動きは無かった。ただ、黙ってアーニャとミアを見比べる。その後、軽く血を吐いて転げまわったが、すぐに治まった。

 

(よ、よく分からニャいけど……。これでいいニャか? ……いいのかニャ? めっちゃ血尿を吹き出しているけど……)

 

 内臓を潰された事による弊害ではあるが、勢い良く噴き出る様は驚きに値する。

 大衆の面前での痴態。しかしそれは激しい攻撃を受けた為によるもの。それを我慢しろ、というのは酷である。

 アイズとて思わず顔を背けたくなる。

 

        

 

 数本の万能薬(エリクサー)によって瞬く間に回復するポラン型のモンスター。

 痴態が終わった後、ゆっくりと立ち上がる。

 黒目は未だに健在。左目は未だ白い。もう意識が戻らないかもしれないと思う者も少なくない。

 ポランは両手を前に突き出したまま倒れ込む。誰もが肉体の限界を迎えたと思った。けれどもそうではなかった。

 両手を地面に一度だけ打ち付けて体勢を整える。あたかも四足獣のように。

 そして、駆け出す。慣性の法則に身を任せるように両手を後ろに靡かせながら――

 向かう先は【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

 思わぬ事態に槍を構え直すフィン。アイズも手に力を籠めるも痛みで顔を顰めた。

 

「君はまだ戦う意思を持っているのか。大したものだ。……ならば、その挑戦に応じよう」

 

 地面を砕くような走法ではないがしっかりとした足取りはアーニャをして驚かせるものであった。

 いや、違うと思ったのはアイズだ。

 ここに来てモンスターの目的が理解できた。

 

(フィンが武器を構えているから……。違う……。あのモンスターは攻撃の意思を持つ者に反応しているんだ。それが強ければ強いほど……)

 

 ドレッドノートは冒険者の強敵となりうるに相応しい特性を持っている。

 おそらく、この予想は正しい、と。

 であれば――武器を持たぬ者に襲い掛からない。その仮説は証明されていないがアーニャやミアに対する反応に殺気が無かったのは不思議と納得できた。

 神が恐れるのはモンスターであるという特性ゆえ。敵愾心が無くても警戒されるのは仕方がない。

 しかし、当初見せた残酷性は何なのか。それを考えている余裕は今は無いけれど。

 

(ずっと僕の親指(警戒)に反応が無い。それでも向かってくるのだから迎撃しなきゃいけない。……ほんと、損な役回りだ)

 

 体制を低くし、ポランに備えるフィン。しかし、何処を責めればいいのか、未だに分からない。

 この堂々巡りのような戦闘はもう二度とやりたくない、と。

 

「フィン。そのモンスターは武器に反応する。だから、捨てて」

「なに!?」

 

 アイズからの言葉に身体が硬直するも、何とか脇に槍を放ってみた。するとポランは捨てられた槍に向かって進行を変えようとした。しかし、途中で強引に身体を引き戻してフィンに向かう。

 フィンは捨てるのが遅かったと後悔した。そしてすぐに拳で迎撃する用意を整える。

 

(……なるほど。警戒していたのは僕らじゃなくて武器……。攻撃性に反応するのか……。全てが逆だったというわけか)

 

 そして、(ようや)くにして親指から警告が届いた。

 今度は紛れもない危険信号だ。

 

        

 

 ダンジョンにおいてモンスターと対峙する時、武器を捨てる者は居ない。魔法詠唱者でもない限り。

 その見方でいえばドレッドノートから逃走するのは意外と難しい。武器を持たずにダンジョンを走破するのは自殺行為に等しいから。どうしても武器は必要だ。

 

(特に攻撃性を持って武器を構えたら、後は自動的に向かってくる)

 

 学習能力が高いなら、持っている相手も認識してしまえば逃走も難しくなる。

 それに冒険者は基本的に現れるモンスターを皆殺しにする。それが今回、逆の立場に立たされただけだ。文句を言う筋合いは無い。

 それはそうなのだが――

 いや、それでいい。分かりやすい構図の方が気が楽だ、そうフィンは苦笑しながら迫りくるポランを見据えた。

 

「んっ?」

 

 最初こそ勢いがあったのだが、途中から腰砕けになり地面に倒れ込む。

 度重なるケガのせいで体力が限界を迎えた。主にポラン側が。

 いくら万能薬(エリクサー)を使ったとはいえ無限に行動できるわけがない。精神的な疲労などは蓄積したままだ。

 まして、強烈な攻撃を受け過ぎた。すぐに動ける筈がそもそもなかった。

 モンスター側が強靭な存在だとしても身体はレベル1のまま。

 

(……挑発が過ぎたか。だけど、このまま野放しにもできない。その身体は若き冒険者のものだ。返してもらわないと。……ん。また背中から黒い煙が)

 

 ポランの背中はどうなっているのか、フィンもそうだがヘスティアも心配だった。

 恩恵が奪われているのは感覚で察している。それがどの程度なのか知りたくはないが、かなり、としか分からない。

 今まで努力して集めた【経験値(エクセリア)】が無駄に消費されている。それがとても悔しくて悲しかった。

 

(悲しい生き物だ。敵がいる限り向かわなければならないなんて。だけど、そのまま見逃すことも出来ない。……やはり右目を狙うしかないのか)

 

 一度は手放した槍を拾い、構えるフィン。

 回復したとはいえ体力的にも限界を迎えつつあるポラン。

 双方の戦いの決着は簡単には終わらない。これは勝負ではなくモンスター討伐だ。そうであるならば片方の死は確定事項である。

 

(ミアも邪魔をしないようだし。やるだけ頑張るけれど……。神ヘスティアにもお姫様にも恨まれたくないな)

 

 深くため息をつく。そして、意識を敵に向ける。

 もう引き延ばしは無しだ、と決意する。

 

(さようなら、若き冒険者よ。未知なるモンスターよ)

 

 最初の一歩目で地面を砕き、次の動きで全ては終わる。それに反応するようにモンスター側が急激に体勢を変え、迎撃に移る。

 自然な仕草で起き上がり、両手は祈りのポーズに似たものとなる。

 何度も見せていたが、相手の首を狩ろうとする蟷螂(マンティス)に似ているそれ(動き)を黙ってやらせるわけにはいかない。

 狙いは黒い瞳ただ一点。渾身の一撃を繰り出す。もはや誰にも止められない。

 

        

 

 フィンの攻撃が始まり、槍は猛烈な速度を伴ってポランに向かう。

 普通であれば心臓を狙うものだが、今回は顔だ。魔石の存在が不明なモンスターといえど一番目立つ部分を潰されれば一時(いっとき)くらいは止まる筈。

 それで駄目ならミアに託す。問題は攻撃が通用しなかった場合だが――

 それはこの際考えない事にする。

 はっきり言って手の打ちようがない。

 無心に繰り出した槍は狙い(たが)わず。しかし、その時、敵は逃げるでもなく攻撃に視点を合わせていた。

 そして――

 

 目覚めよ(テンペスト)

 

 聞きなれた魔法の詠唱がフィンの耳に届いた。

 たったそれだけで全身の筋肉が戸惑いの為に硬直する。

 ありえない、と頭では分かっている。しかし、それはあまりにも聞きなれた言葉だ。

 

(な、に……? それは……いや……喋った、のか?)

 

 フィンとて歴戦の冒険者。レベル6である。そんな彼でも油断する事はある。

 慣れ親しんだ戦闘だからこそ不慣れな現象に身体が驚いてしまう。それはフィンだけではない。誰にとっても起こりうる。

 全くの未知の攻撃に強い冒険者など存在しないように。

 フィンは確かに見た。

 見慣れ過ぎた冒険者の姿を。目の前に幻視した。してしまった。

 存在するはずのない、剣を構える【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが今まさに魔法を唱えようとしているところを。

 普段であれば仲間と敵を見間違える筈が無い。しかし、それがありえてしまった。

 刹那の一瞬の事ではあるが、そこに確かに彼女(アイズ)が居た。

 油断は一瞬で充分だった。

 噛み合わない幻が別々の行動を取り、フィンに襲い掛かってくる。どちらを迎撃すればいいのか、既に動いていたフィンに避ける手立ては本能のみ。

 警戒を感じさせないモンスターの攻撃だ。どうやって避けるというのか。

 魔法を唱えたアイズであれば体勢が低くなる。しかし、ポランは真逆。

 飛び上がるように腰を使って空中で回転する。その遠心力を利用してフィンのこめかみに強烈な回し蹴りを食らわせる。

 

「ぶっ!?」

 

 首の骨が軋んだ。しかし、折れるほどではない。

 自身の『耐久』の高さに救われた。しかし、それだけで体勢を崩され、渾身の一撃は不発に終わった。

 地面に無様に転がる事は無かったものの攻撃を防がれたことにフィンはもちろん、周りの見物人も驚いていた。

 真っ向勝負において【勇者(ブレイバー)】が打ち負けたのだ。たった一回だけとはいえ、負けは負け。

 それもレベル1の駆け出しによって、だ。

 態勢を整えるために一歩後退するフィン。無理に攻め込むのを諦めた。

 周りからは更に驚かれた。戦略家のフィンを諦めさせた、と。

 

        

 

 追撃は無かった。ただ、一人の女の子が直立不動のまま立ち尽くしているだけ。

 まるで勝者のように。

 

「……それはアイズの……。……って、しまった。欺瞞(ブラフ)か……」

(普段からアイズと一緒だから僕も油断してたのかな。……しかし、まさか魔法まで学んでいたなんて……)

 

 魔法と言っても言葉だけ。効果は全く発揮していない。

 仲間の魔法を疑うことは少ない。まして、一番頼りにしているものだ。フィンとて手許が狂っても仕方がない、と思うほど。

 しかし、それ以前に――

 モンスターが喋った。それは本当にありうるのか。

 途中からポランが意識を取り戻して喋った、の間違いではないかと。

 改めて立ち尽くすポランを見ても左目は白いまま。いや、その状態で覚醒しているのか、と。

 

(動きは無い。やはり意識はまだ……)

 

 そう思った次の瞬間、ポランは自身の腕を動かした。攻撃ではなく意味のなさそうな適当なもの。

 前方に繰り出すも、すぐに諦めたように戻して、だらりと下げる。

 身体の把握は済んだようだが、本調子ではないと理解したのか、口をきつく結んだまま動かない。

 フィンが試しに槍を構えると一度は気が付いて顔を向ける。だが、すぐに興味を失ったように横を向く。

 

(なんだ、このモンスター……。何か言いたいことでもあるのか。まさか、言語や発声能力まで学習したというのか)

 

 フィンの知る限り、言語を操るモンスターに出くわしたことはない。

 しかし、確かに言葉を操ったのは認めるほかない。とすれば想定以上の高い知能を有するモンスターという事になる。

 このままいけば冒険者との区別が出来なくなるおそれもある。

 

「……フィン。少しいい?」

 

 今まで見物していたアイズが近づいてくる。もちろん、ポランを警戒しながら。

 当の彼女はアイズに顔を向けているものの襲い掛かってくる気配は無い。それはおそらく、(デスペレート)を鞘に納めているからだ。

 

(……ドレッドノート。まだ色々と謎がありそうだ)

 

 殺戮を好むと思っていたが、そうではない。そう思っていたのは自分達側だが――

 考察は後にしてアイズを迎える。

 

「手痛い一撃をもらった僕にお小言かい?」

「そうじゃないけど……。ごめんなさい。……ポランに技を教えたせいで……」

 

 アイズの真似をしたわけではなく、ポランの記憶を読んだのか。それとも――身体の記憶の方か、と。

 言葉の通じないモンスター、だと思っていたが今は自分達の言葉を理解し始めている。それを暢気に眺めているのは危険ではないか、とは思った。しかし、戦闘を終えた今は不思議とどうでもいいと思えていて戦う気が起きない。

 

「それはいいけど。このままだとあのモンスターは君の友人を掌握してしまう。そうなればもう彼女は戻ってこない」

「……そうかもしれない。だから……。あのモンスターは私が倒す。……これ以上はフィンの迷惑にしかならない」

 

 確かにアイズの言うとおりだった。このまま戦闘を続けているとどんどん評判が落ちてしまう。

 レベル6が下級冒険者を苛めている。モンスター退治に見えるのは現場を知る者だけだ。

 そして、大事なことは――これはギルドの冒険者依頼(クエスト)ではない。ただの私闘という点だ。

 既にミアがギルドを買収しに店員を向かわせているし、これ以上長引かせる意味はもう無くなったも同然だ。

 

「しかし、どうするつもりだい? あれは殺す以外の選択が取れない」

「……その必要は無いかもしれない。……なんとなくだけど」

 

 根拠のない言葉。それは冒険者としての勘か。しかし、時にはそれが有効に働くことがある。

 特にアイズは鋭い感覚の持ち主だ。

 

        

 

 彼女を殺す以外に方法が見当たらないフィンとしてはアイズに譲るのが最適な選択かもしれない。しかし、それでもポランの身体が気になる。

 モンスターに乗っ取られた彼女の今後とかを。

 リヴェリア達に顔を向けると黙って頷いていた。それはアイズを支持するという意味のようだ。であれば多数決でフィンは引き下がるを得ない事になる。

 

「……分かった。……ギルドからも()()()依頼(クエスト)を受けたわけではない。でも、どうする気だい? 何があっても応援したい気持ちはあるけれど……」

「戦うことしか、私には出来ない。私もポランも共に手負い。それに……モンスターもその事を理解していると思う。周りへの被害は多分……無い」

(だから、その根拠が何なのか僕は知りたいんだけどね。感覚に頼る冒険者は……、どうして大雑把なんだろう。……僕が細かすぎるのかい?)

 

 フィンはポランに顔を向ける。

 敵意を霧散してみればなるほど、と。

 もうモンスターは別の標的に顔を向け始めた。つまり新たな敵に。

 どちらがモンスターなんだか、と呆れてしまうが理解してしまえば何のことは無い。

 

(武器を持っているから襲ってくると思ってたけど、それは違った)

 

 ドレッドノートは武器ではなく『敵意』に反応する。冒険者は武器を持ってモンスターと相対する場合、少なからず敵意を持つ。

 鍛錬であれば何のことは無いが、ダンジョン内ではそうはいかない。

 周りは敵だ。モンスターは殺すべき敵である。

 

(『恐れ知らず(ドレッドノート)』……。レベル6の僕を相手に一歩も引かない。低階層で生まれたにしては随分と生意気に育ったものだ。……いや、それこそが『勇敢なる者(ドレッドノート)』なのかな)

 

 フィンは引き下がり、アイズは剣を構える。

 今のドレッドノートには武器が無い。自慢の前足は人間(ヒューマン)の腕――

 前面に対する無敵装甲も無い。あるのは前に進む勇気だけ。

 

(構えない? フィンとの戦いで疲れた?)

 

 疲れたというよりは憑衣先の肉体が限界だと判断したのかもしれない。いくら勇敢なモンスターとて自ら死ぬと分かってて突っ込んでくるものか。

 いや、モンスターであるば尚の事だ。

 

(……ポランが死ぬから来れない? 何故? なんでそう思うの。モンスターなのに)

 

 アイズは髪の毛が逆立つほどに怒りを覚える。

 モンスターのクセに冒険者を気遣うな、と。

 しかし、その怒りも武器を持つ手の痛みによって霧散する。今の【剣姫】はただ武器を持っている事しか出来ない小娘である。

 戦えない【剣姫】だ。そして、それはお互い様でもある。

 

        

 

 膠着状態が長く続くと思いきや、現場に大声が木霊する。この主はミア・グランド。

 喧嘩は終わりだと高らかに宣言した。

 

「この喧嘩はアタシが買ったんだ。文句は言わせないよ」

 

 フィンは納得したくなかったが敵側が動けないし、ポランをどうすることも出来ない。

 アイズも今は満足に戦えない。

 

(モンスターを野放しにするのは不本意だけど、どの道眷族殺しを見世物にしてはいけない。なんとも面倒な事をしてくれたよ、ドレッドノートは)

「再戦を希望するならアタシが叶えてやるよ、【剣姫】。今日のところは帰んな」

「……うん。あっ……」

 

 ミアの言葉の後でポランを見ると黒目だった部分がいつの間にか白くなっていた。

 立ったまま気を失っているかのように静かに佇む。

 既に満身創痍だった彼女からは何の気配も感じない。

 

(えぐ)り取られた筈の目があるってことは……。力尽きただけ? いったい何を目的としてたの?)

 

 動かないポランを改めて見ると全身血まみれ。足元は今も流れ出る血によってどす黒い水たまりが出来つつあった。そして――しばしの時間が流れた。

 修復に向かうはずだった内臓がフィンとの戦いによって痛んだのではないかと診察に当たった治療院の者が言った。

 とにかく、騒動は収まり、平穏が訪れる――筈だった。

 現場の喧騒は【ロキ・ファミリア】が治め、ギルドは対応を迫られる。そして、ポランは摩天楼(バベル)の治療院へ送られた。

 神ヘスティアは改めてポランのお見舞いに向かうのだが、予想通りというか念のために調べた眷族の【ステイタス】は減っていた。それも百単位で。

 通常、冒険者の【経験値(エクセリア)】によって増えた【ステイタス】の数値は減らない。上がる一方なのが通説となっている。

 事実を突きつけられたヘスティアはただただ悲しみに暮れた。何が悔しいって、素直で優しい眷族の努力が良く分からないモンスターのせいで簡単に無にされた事だ。

 気丈な精神によって『仕方ないな、これも運命だ』なんて言える筈が無い。

 ヘスティアとて人並みの感情を持っている。

 

「……ヘスティア様……、大丈夫、ですか?」

「うるさい。うるさい……。君に心配されたって……僕は何にも嬉しくもなんともないやい」

 

 だいたいよその【ファミリア】じゃないか、と言葉には出さなかったが嫉妬心によって思った事は事実だ。もちろん、その後でみっともない自分に後悔を覚える事になる。

 もし、言葉に出していればもっと後悔していた。けれども言おうが言うまいが惨めなのは変わらない。

 折角眷族(ポラン)を心配して見舞いに来てくれたアイズに対し、戦いを収めてくれてありがとうと言えなかった。

 それが心残りではあったが、眷族の事で頭の中は混乱していた。

 

「……君は自分の心配をしなよ。冒険者はモンスターを倒すのが仕事なんだろ? この子だって同じようなケガをしたのにダンジョン探索の事ばかり考えてたんだぜ。君とまたパーティを組んでもいいように。ははっ、すっかり仲間の一員気どりだ。……一人で探索しようとせず、仲間との連携を考える。……たぶん、新しい団員が来てもいいようにって意味なんだ」

 

 顔は眠っているポランに向けられたまま。愚痴るように。誇るようにヘスティアは言い続けた。

 見舞いに来ているアイズは黙って聞き届ける。

 大声で説教を受けてもいい覚悟で来たのに、予想外の言葉が続く。いや、実際、ヘスティアはアイズの事が嫌いなんだと思う。

 アイズというか【ロキ・ファミリア】全体が。

 周りを取り囲んで確実な死を(たまわ)ろうとしたから。そんな現場を見る事になってしまったから。唯一の眷族を大手が潰そうとしたから。

 

「ボクは悔しいんだ」

「……はい」

 

 涙ながらに吐露されるヘスティアの気持ち。

 捉えどころのない神の中にも色んな神種(じんしゅ)が居るのだとアイズは感じた。

 神ヘスティアは今まで出会った神達の中でも自分達に程近い存在である、と。

 

「せっかくだ。戦いに詳しくないボクに教えておくれよ」

「はい? ……分かる範囲であれば」

「ドレッドノートとかいうモンスター……。そいつを倒したら……ポランは……どうなると思う?」

 

 どうなるのか。たぶん、というか十中八九ポランは死ぬ。それを言葉に出そうとしたが出てこなかった。

 どうしてか言えなかった。言ってもいい気がしたのに。

 

(……ポランは死ぬ。モンスターだけ死ぬわけじゃないって……私は……)

「………」

 

 モンスターを倒すにはポランの頭を吹き飛ばす必要がある。いや、もう全員に体液が浸透していると思うから、確実に心臓も潰さなけばならない。

 魔石の位置が特定できない。そもそも無いのかもしれないし、黒い体液そのものかもしれない。

 そうなればポランを救う方法は限られてくる。

 

「……でも、たぶん大丈夫だと、思います」

「どういう意味だい?」

「上手く、説明できません。でも、そうなるには……、時間がたくさんほしいです」

 

 すぐに解決することは出来ない。性急であれば、どうしても相手を殺さなければならなくなってしまうから。しかし、アイズの予感によれば時間をかければ解決への糸口が見える、気がしていた。

 おそらくドレッドノートというモンスターは――

 

 

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