Untold Myth   作:トラロック

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#1-17 シャクティ・ヴァルマ

 

 【ヘスティア・ファミリア】唯一の団員が【ロキ・ファミリア】の幹部達と争った、という噂は瞬く間に広まった。それ自体は当事者であるフィン・ディムナ及び説明を受けた冒険者ギルドの職員たちにも止めることは出来なかった。

 フィンは団員達に箝口令こそ敷かなかったものの自身の名声が下がらなかった事に安心した。

 みみっちいと言われるかもしれないが『小人族(パルゥム)』の再興を目指す彼にとっては死活問題であった。

 本拠(ホーム)の執務室にて難しい顔をしつつ、意識不明重体の団員ポラン・ブーニディッカの容態を逐一報告するよう下位の団員達に命令する。

 報復する意図は無く、痛めつけたお詫びが含まれている。それゆえに神ヘスティアが来ても快く出迎えるように通達していた。ただ、神ロキは嫌な顔をしていた。

 姿を見せなかったロキとて遊んでいた訳では無い事は承知している。

 

「……対処に困るモンスターというのは僕もいくらか知っているんだけどね」

「お前でなくとも対処に苦慮していただろう」

 

 長い緑色の髪の毛の手入れをしていた王族(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴは言った。

 直接戦いはしなかったがフィンと同様に戸惑っている自信があった。対する――どっしりと構えている――ドワーフのガレス・ランドロックであれば気にせず捕まえて締め落としにかかっている。

 彼の様な力――戦法ともいうが――が他の二人に無いから梃子摺(てこず)った。

 仮に力があったとしても見栄えが悪い。フィンやリヴェリアが野蛮な戦法を取るのは他人の目が無いダンジョン内でなければならない。

 有名な冒険者程素行を気にしなければならなくなる。これは宿命のようなものだ。

 

「倒されはしないけど……。評判が落ちるのは好ましくない。あくまで僕は正当な理由を背負って戦わなければならない」

「うむ。その意見には賛成だ」

「なんとも七面倒くさい事態になったのう」

 

 もし、逆の立場であれば同じことが出来たのか。そう問われればフィン達は躊躇いは見せないと答える。

 今回は大事なお姫様(アイズ)の要望で手を抜いたようなものだ。そうでなければ遠慮などするものか、と。

 

「肝心のお姫様はお見舞いか」

「数でねじ伏せるなら容易いと思うが……。私も未来ある若者を手にかけるのは……」

「老兵なら良かったんじゃが。アイズと同い年の駆け出しというのが、な」

 

 三人共に良いお歳の冒険者である。

 その後、経過報告に何人か訪れるも異常は今のところ無し。

 

        

 

 ポランは意識を回復しないまま数日が経過した。その間、モンスターが勝手に起き出すことはなかった。

 日に日に【ステイタス】の数値が下がるのでは、と危惧したものの変化は止まったまま。

 背中から煙が出た時が危険信号だと予想する。

 

「よー、ドチビ。生きてるかー」

 

 【ロキ・ファミリア】の主神ロキが狼人(ウェアウルフ)の青年ベート・ローガと女戦士(アマゾネス)姉妹の姉ティオネ・ヒリュテの二人を伴って摩天楼(バベル)の中にある治療院に訪れた。

 

「……冷やかしに来たのか? 今、ボクは君と言い争っている元気がなくてねー。賠償とかは勘弁してほしいんだけど……」

「……うわっ、ほんま黒い煙出とる。……賠償? 払えんクセになに言うとるん。ちゃうちゃう。うちも(くだん)のモンスターを見に来ただけや。ほら、敵対行動に出んかったらええんやろ?」

 

 朱色の髪に糸目の女神ロキが何もしなくともベート達の警戒心で飛び起きる可能性はある。

 一応、警戒しつつ近づかないように事前に伝えてはいる。

 

「その前に……。ヘスティア様」

「なんだい?」

「その子……。小人族(パルゥム)ではないですよね?」

 

 ティオネの質問に首を傾げるヘスティア。

 そう言われるとポランの背格好は小人族(パルゥム)と言われてもおかしくない。だが、本人も述べているように人間(ヒューマン)で十二歳の少女だ。あと半年も経てば十三歳になる。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインより少しだけ年下だ。

 

人間(ヒューマン)だと聞いているよ」

 

 そう言うとティオネは安心したように胸を撫でおろす。

 仮に嘘だったとしたらヘスティアが見抜けない筈がない。

 ティオネからすれば団長のフィンと死闘を繰り広げた事で多少の敵愾心が芽生えた。愛する団長がレベル1の駆け出しに負けるわけが無い。しかし――油断が生んだとはいえ――一撃を受けたので腹が立ったことは間違いない。

 

「なんや。フィンが駆け出しにお熱になるわけないやろ」

「万が一ということがありますっ!」

 

 フィンとて男性である。伴侶を求める事はおかしなことではない。

 大声を出したティオネに口に人差し指を当てて静かにするようヘスティアは小声で言った。

 

        

 

 ティオネ達の騒動も眠っているポランは知ることも出来ない。

 意識がほぼ無の状態だったポランが目を覚ましたのは更に二週間ほど経ってから。

 アイズは不自由な身体のまま鍛錬に(いそ)しみ、合間にお見舞いに来る。遠征は今回は辞退した。

 ダンジョン探索の準備よりもポランを優先させた。それは友を救う為か、それとも人智を超えるモンスターを倒したいがためか。

 目が覚めたとはいえ、飲食を殆どを摂れなかった彼女の身体は十二歳の少女というよりは骸骨モンスターのようにガリガリに痩せていた。

 神ヘスティアは変化を見てきたのでそれほど驚きは無かったが、ポラン当人は自分の腕の細さに驚いた。

 声はまだ出せないし、身体は痛いし、頭痛は目覚めと共に強くなり、起きているのが辛かった。

 

「………」

 

 痛みと共に何もかもを失ったような気がして、涙が(こぼ)れる。

 常日頃から堅実で健康的な冒険を心がけてきたポランにとって今の自分の状態は到底容認できるものではない。

 ヘスティアすらどうすることもできない事態だった。過去形で伝えたところで気休めにしかならないけれど。

 

「よく……無事で戻ってきてくれたね。ボクはそけだけで嬉しいよ」

 

 返事ができなくなった眷族。

 前のような声をいつか聞きたい、などと言うのはやめる。とにかく、自由に歩けるまでは応援しようと――

 彼女の目覚めからまず基本的な食事療法とアイズを交えた身体の鍛錬が始まった。

 剣を握れないポランに戦い方を教えるのではなく、普通の日常で(おこな)う様々な事柄。本当にごく普通の日常生活を送らせるためのものを。

 他の団員にも協力を要請。これにはフィン達幹部も了承した。

 『青の薬舗』から見舞いに来た犬人(シアンスロープ)の女性店員ナァーザ・エリスイスも回復薬(ポーション)を持ち寄って体調の経過を図る。

 様々な助力を得るポランをはた目から見ていたヘスティアは羨ましいと思いつつ、いつの間にかたくさんの人たちに支えられている事に気づく。

 

(……ポランはたった一人で冒険をしていたんじゃないんだね)

 

 誰にも助けを求めず、一人で成り上がろうと考える冒険者が何処かには居る筈だ。そちらの方が勇猛果敢で強そうな印象を受ける。けれども実際はそんなことはありえない。

 休める場所もアイテムも無く、武器は全て手製。助言も無くダンジョンを踏破するような、正しく英雄譚に出てきそうな化け物冒険者はあくまで理想像。

 でも、どこかには居そう、と思わせるから多くの冒険者は無謀な道を進んでしまい命を落とす。

 

(……ボクはこんな子を切り捨てようと思ったのか。例え本意じゃなくとも、最後まで信じてあげなきゃ……。それなのに……)

 

 どうして胸が苦しいんだ、と。

 幸せそうな風景を見ていると尚更強く感じる悲痛な思い。

 いや、これはきっと眷族(ポラン)の気持ちが伝わっているからだ、なんて――都合のいい言い訳をするつもりか、と自分を叱咤する。

 これは紛れもない――

 

 ヘスティア自身が感じている心の痛みだ。

 

 神が定命の人間(ヒューマン)に対してそんな思いを抱くことは――本来ならば無い。

 確かに地上の命全てに対して愛おしさを感じる事は間違っていない。けれども、特定の人物に対しての独占欲などというものは幻想であり、娯楽の一部だ。

 ロキもフレイヤもタケミカヅチもミアハも。

 神は全てに対して()()()愛を振りまく存在だ。

 

(……弱音を吐くなんてボクらしくないかもね。……ああ、そうだ。アルテミスは今頃どうしているだろうか。オラリオの外で活動しているんだったか? 今のこんなボクを見たら……『何を言っておる、この軟弱(もの)っ』って怒鳴られそうだ)

 

 笑った顔をついぞ見たことが無いくらい生真面目な処女神の顔が浮かんだ。

 透き通るような繊細さで夜空の輝きのような蒼くて長い髪。神なのに滅法強い力を持つ猛々しい女神。

 眷族なんか要らないんじゃないか、という噂が届いたほど。

 今ほど彼女に会いたいと思った事は無い。

 

        

 

 見守ってばかりいるとお腹が空くものだ。ましてヘスティアは働き手を失っている。黙っていると食費だけで貯蓄が減る続ける。

 やむを得ない事情により見舞いはナァーザやアイズに任せる事にして『あるばいと』に向かうことにした主神ヘスティア。

 いくら餓死はしないとしても眷族が気にしてしまう。今のポランには心の負担も背負わせられない。

 一念発起して働きに出かける。

 合間に休憩を挟むことは忘れずに。

 そんな生活を何日か続けているとアイズが朝方ジャガ丸くんを買いに来た。

 

「……君はボクの店のお得様になりたいのかい? 他にも店はあるだろうに」

 

 ジャガ丸くんを販売している露店は無数にある。その上でアイズとの遭遇は滅多にない筈なのだが、ヘスティアの知る限り彼女の来店頻度はかなり高かった。

 確かに、ジャガ丸くんは名物である。独自に作る事も可能で一部の酒場にレシピも提供している程。

 

「……ギルドに向かう通り道にあるのがこの店だから」

「ギルドは八本の大通りの中心地の筈なんだけどね。それともロキの本拠(ホーム)の位置関係がたまたまだったってことか。……ちっ」

 

 舌打ちしつつも気に入らないからといって客を追い帰したりはしない。

 アイズが好む味は抹茶クリーム味。これしか食べないわけではなく、一通りは制覇している。

 

「そういえば……。そのケガした手は元に戻るんだろうね? ボクはあまり詳しくないんだけど……」

「……大丈夫です。しっかり助言は聞いていますから」

 

 今のアイズは特製の皮手袋を着用し、物を持っている。とても指が欠損しているとは思えない。

 見舞いがてら日常生活を送るための手法を色々と相談して作ってもらっているとか。

 当然のことのようにポランにも皮手袋の事は打診していた。

 

「……そういえば、ずっと気になっていたことがあります」

「なんだい? ボクに答えられる事であればいいんだけど……」

「……ん。どうして、ポランには『君付け』じゃないんですか?」

「んっ? ああ、ヴァレン何某()とかのことかい? 特に意味は無いよ。……ボクも大抵は君付けにしているつもりだったけど……。あの子だと呼びにくいんだろうね。別に絶対君付けにしてるわけじゃないよ。ロキは呼び捨てだし、君にだって……。たまに忘れる事がある。気分だよ、その日の気分」

 

 口を尖らせつつも苦笑しながら答える。それを見たアイズは不思議と安心した。

 悪い神様じゃない、ということに。けれど、どうしてロキと仲が悪いのか疑問だったけれど、それはどうしてか尋ねなかった。

 自分もロキの事は大部分では嫌いではないけれど、どうしてか好きにもなれなかった。特に【ステイタス】更新時とか着替えとかお風呂上りとか、色々と――

 

        

 

 ポランが体力回復に努める頃、当初の予定通り【ロキ・ファミリア】は遠征へと向かう。だが、そこに【剣姫】の姿は無かった。

 日常生活に支障がないとはいえ戦闘には差し支える。そして、本人も苦渋の決断の下、冒険を諦めた。

 戦力外を通知される事は今後の活動にも大きく響く。けれども、それでもアイズは残る事を選んだ。自分の意志で。

 ポランとの再戦を果たすために。いや、打倒ドレッドノートの為に。

 フィン達が深層域に行っている間、【ロキ・ファミリア】は完全に人気が無くなるわけではない。最低でも主神ロキは滞在している。彼女の世話をする団員も数名常駐している。よって物取りなどによって荒らされる恐れは殆ど無い。

 

「……ポランが来た場合は出来る限り無防備で居る事。それと念のために武器は隠す様に」

 

 アイズは残っている団員達に対処法を教えていた。

 ドレッドノートはポランただ一人。中身はモンスターではあるが戦うすべを持たない少女でもある。おそらく叩かれる程度で済む。

 それでも念のために戦わないで済むようにアイズも色々と考えた。

 それは打倒とは別に身を守る事に特化した戦術であった。

 十二歳の若き冒険者の命令に【ロキ・ファミリア】の団員達は姿勢を正して聞き耳を立てた。

 

「もちろん、低階層を攻略する班分けも(おこな)います。基本は三人体制。……では、名前を呼ばれた人は……」

 

 フィン達から与えられた命令所に従って指令を下していく。

 単独(ソロ)戦闘の多いアイズにとって苦手分野でもある。慣れるまでは指令書付きだ。

 彼女の指令に異を唱える勇敢な冒険者は今のところ居ない。それぞれ【剣姫】に憧れを持ち、尊敬している。

 ベートのような反骨精神にあふれた者が居た方がいいのか、といえば扱いが困る。

 

(……みんな、私の命令を聞いてくれるけど、不満、とか無いのかな?)

 

 ほぼ全員がアイズより年上の若者ばかりだ。

 程度の差こそあれ年上で年期も上の冒険者が圧倒気に多い。経験においてすらも。

 そんな彼らを若き少女が上に立っている。

 

(……そういえば、こんなに長く彼らの顔を見たのは初めてかも)

 

 身支度を整えて整列していく【ロキ・ファミリア】の団員達を見て思った。

 自分は随分前から彼らの事をろくに見ていなかった、と。

 こんなにたくさんの団員が居た事すら今日初めて知ったような気持ちに情けなさを感じた。

 大半の団員は既にダンジョンに向かった。それでも尚、数十人の集団がここに居る。

 これからもっと増えるかもしれない。

 深層域の探索は過酷を極め、全員が生きて帰ってこられる保証は無い。それゆえにロキも新たな団員を増やすことに余念がない。

 百人居るから遊んで良し、とは思っていない神は意外と(したた)かな存在である。

 

        

 

 アイズが新人教育をしている間、ポランの襲撃は無かった。

 油断はしないとしても緊張が解けたわけではない。そして、更に日にちは過ぎていく。

 事態が急展開する程オラリオは暇ではない、とでもいうように。

 空いた時間に見舞いに行けば食事療法に励んでいる赤い髪の少女が居た。それだけで心が休まる思いだ。

 金髪金目の【剣姫】は(ちまた)で噂されるような冒険譚を封印し、一指導者として仕事をしている事を伝えた。

 彼女とてずっとダンジョン探索を出来るような身分ではないので。

 

「……一応、次期幹部候補、ってことになってる。……ベートさんもティオナ達もそう」

「………」

 

 掠れて聞き取れないがポランは返事をした。

 反応自体は依然と変わらない。喜怒哀楽も。しかし、記憶障害についてはさすがに分かってない。どこまでの事を覚えていて、忘れているのか。

 分かっている範囲では身近な人物達の事は覚えているということ。

 

(……やっぱり戦闘時は完全に意識が無かったんだ。……もし起きてたら大変だっただろうな。痛い記憶とか思い出したくないよね)

 

 特にフィンの一撃は強烈だった。それは忘れていいよ、と言いたかった。

 逆に彼に回し蹴りしたことは覚えててくれたら良かったのに、という思いもある。

 思わず『よし』と思った事は内緒だ。

 ポランはアイズと違い、戦闘は――不得意とは言わないが――不得手である。しかし、技術はある程度備えている。半分くらいはアイズが教えた。

 急激に上達するタイプではなく、地道に強くなる長期間型、ともいうべきもの。それゆえに短期間で強くなるようなタイプから見れば実にもどかしい戦闘スタイルだ。

 

(だけれど、確実に強くなっていく。最初見た時の印象との差が出るのはかなり後になるから)

 

 低階層で手間取っていた冒険者と侮り、気が付けばヘルハウンドをものともしない。

 誰も指摘していないがポランは十二階層から必須と言われる『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』を使わずに攻略する技術を身に着けている。それがどれほど凄い事か、自慢したくてたまらないことがある。

 この事実を知るのはベートと女戦士(アマゾネス)の――妹の方――ティオナだけ。姉のティオネは気づいていない様子だった。というか、ほぼ団長(フィン)にしか興味が無いともいえる。

 ヘルハウンドは初見では確かに脅威のモンスターだ。しかし、攻撃は直線的。

 『敏捷』が高ければ避ける事自体は難しくない。ガレスあたりはまともに食らってしまうが――どうせ耐え切るだろうし、心配はしていない。

 

(……そういえば【ステイタス】が減ったんだっけ……。それでもモンスターを倒したらちゃんとまた増えるものかな? 私だったら……きっと焦ってる。取り戻そうと足掻いてしまう)

 

 今まで数値が減る、なんてことは考えたことも思った事も無い。どうしてそれがありえないと思ったのか――

 静かな戦慄が目の前に居る。

 もし――自分だったら。様々な条件でドレッドノートと遭遇し、敗北していたなら――

 自分の冒険を無為にされたら――

 

 きっとまともな精神ではいられなくなる。

 

 ポランはまだ駆け出しだから平気なところがあるのかもしれない。しかし、それはあくまでアイズから見た印象だ。彼女も人並みに落胆を覚えていてもおかしくない。

 かける言葉は無いが、復帰の応援は出来るだけ続けようと――思ったのも束の間。

 

(……復帰……なんて出来るの? 無理だよ。……私が止めを刺すから。……予感はあくまで……希望的観測……。あてになるわけがない)

 

 自分はポランを殺すために下準備をしている。それが分かっていながら彼女の見舞いをするのは――ドレッドノートを監視する為、ではない。

 初めて他人に生きていてほしいと強く思ったからだ。

 ダンジョン探索にしか興味を持てなかった自分に様々な興味を教えてくれた。もちろん、仲間の教育という観点から全く他人に興味が無かったわけではない。

 ()()()()()()()()、という意味だ。

 

        

 

 自分から話を振るようになったのはいつからだろうか、と【剣姫】は自分の人生を振り返ってみた。

 モンスターとの戦い以外にはほぼ無関心だった。だからか、あまり思い出せない。

 

「………」

 

 ポランが話しかけてきた。けれども、聞き取れない。

 友人であるアミッドからは『失語症』ではないかと。

 冒険者には珍しく精神的な要因で声を失う病気だとか。

 

「………」

 

 ポランが何かに気づいたように包帯で覆われた手を叩く。痛み自体は既に引いていて物に触れたり、持ったりすることに支障は無いらしい。それと歩行も出来る。

 持ち込んだ荷物から紙と羽ペンとインク壺を取り出した。それにサラサラと文字を書く。

 識字率の低い世界とは言え、ポランは受付で登録する上で文字は学んでいた。さすがに神聖文字(ヒエログリフ)は理解できない。

 

「……冒険は……順調かって? 指揮に忙しいからこの頃は潜ってないよ」

「………」

 

 文字によるやり取りなら、という事はポランはアイズに自分の言葉が届いていない事を知っている事になる。

 気を遣わせたことに驚き、申し訳なさが襲う。

 ベートは滅多に他人の事を話さないが、その彼がポランは機転の利く冒険者だと言っていた。

 こうしてみるとこの言葉が間違っていない事が良く理解できた。

 

(……ポランを助けたい。けれども、私には乱暴な方法しか選べない。……この笑顔を私は……守る事が出来ない)

 

 せめて今この時のポランを覚えていようと。

 肩を震わせる【剣姫】にポランはただ苦笑する。

 更にポランは文字を書く。退院したら剣の扱い方や戦い方を教えて、と。

 そして、いつか【剣姫】に負けないくらい有名になる。

 

「……それはもう叶っている気がするけど」

「……ん……」

 

 口を尖らせて不満を表すポラン。

 有名になる方法が違う、と言いだけだ。

 

「……今はお互い手負いの身……。君がもし冒険を続けて追いついてくるようだったら……。その時は戦おっか……。君を好敵手と認めて……。当然、手加減はしないよ。健全だの堅実な冒険ばかりしている限り、私は君を……共に歩む者と……認めない」

 

 アイズの強い言葉にポランは微笑みながら頷いた。しかし、当の本人はどうしてこんなことを言ったのか、戸惑った。顔が次第に赤くなる。

 思っていた以上に恥ずかしい言葉だったから。

 

(あれ? なんで私こんなこと言っちゃったの!? ……言葉にすると恥ずかしい……)

 

 この場にロキが居れば――いや、他の神々が居れば長く茶化されること請け合いの風景だ。

 【剣姫】が恥ずかしいセリフを言った、と。

 しばらく顔を覆う【剣姫】を独り占めにできたのはポランだけ。これは【ロキ・ファミリア】の団員にも出来ない偉業ではないか。

 もし、充分な【経験値(エクセリア)】があればおそらく【ランクアップ】として認められる事もありえた――かもしれない。

 確かに現状の【ステイタス】でも条件は()()揃っている。けれども、間違いなく主神ヘスティアは認めないし、ロキも認めない。認められるわけがない。

 

        

 

 アイズから受けた言葉はポランの中に残り、明日への希望とする。しかし、それが楽な道では無い事は理解していた。いや、永久に叶わないとも――この時既に知っていたのかもしれない。

 無駄と知りつつ努力を欠かさないポラン。それをあざ笑うものは居ない。

 居るとすれば自分自身だ。

 

(アイズさんに追い付け追い越せ。というのは安易かな。……んー、何かいい目標とかあった方がいいのかな)

 

 頭部以外は実は調子が良い。それを利用して鍛錬を続け、食事も無理なく食べる。

 一番の懸念は欠損した指での作業だ。おそらくこれが一番大変だと予想していた。そして、それはアイズ側にも言える。

 

(……力の掛け方が上手くいかない。この辺りは……アイズさんと相談すべきか?)

 

 普段の生活において頭部に巣くうと目されるモンスターの影響は感じない。ただ、ヘスティアからは定期的に黒い靄が出ているという。

 憑依されているポランの視界には靄は確認できない。それと特別誰かが憎いだとか殺したいだとか物騒な考えは現れない。

 武器を持つ冒険者を見ても特に何も感じない。普段通りだ。ただ――

 

(……本当に目が黒い)

 

 鏡で確認した自分の顔の酷さに元気を失う。

 衰弱による尚早も酷かったけれど、白目が黒いのは気持ち悪かった。虹彩は血のように赤いし――

 

「視力に問題は無い、と……。気持ち的にも特に変化も無い……」

 

 治療に当たってくれた治療師(ヒーラー)『アミッド・テアサナーレ』といつもお世話になっている『青の薬舗』の店員『ナァーザ・エリスイス』による診断を受ける。

 この二人は普段はとても仲が悪い。それはポランも知っている。

 しかし、今日は主神が居ない為か、言い争う姿は()()見ていない。

 

「身体を操られていた筈なのに何もないっていうのが……変だよね」

「頭部だけで身体を掌握するモンスターだと仮定すれば……、案外首より下は異常が無いのかもしれません。神ヘスティア様と神ミアハ様の見立てでも目の周り以外は嫌な気配は無いとおっしゃっていましたし」

 

 二人は何枚もの資料を見て相談事をしていた。それだけ見ると実はとても仲が良いように見えてしまう。しかし、そこは真面目に仕事をしているからであり、それが途切れれば睨み合う事になる。

 

「モンスターに声をかけても反応なし。これは無視されている、と見ていいのでしょうか?」

「眼球は動いているよね? ねえ? なんで無視するの? それとも……、何か条件でもあるのかな?」

 

 声をかけたり、資料を見たりと忙しい犬人(シアンスロープ)

 彼女達の普段の仕事ぶりはポランもほとんど見たことが無い。こんなに真面目なナァーザは尊敬に値する。

 アミッドの方はあまり面識が無いのでどういう人物なのか、これから知る事になる。

 

「その目は普段は自分で動かせるの?」

 

 筆談にて返答するポラン。

 今のところ視点移動は自分の意志で出来るし、視界も良好。特に変わった景色が見えたりはしない。

 武器を持つ人。攻撃性の強い人を見ても特に自分自身の気持ちに変化は生まれない。

 何も感じないわけではないけれど、普段通りとしか言いようがない。

 例えば怒りっぽくなったり、泣き喚いたり、性格的に変わったようには思えないし、見舞いに来る人もポランの様子がおかしいとは言ってこない。

 

        

 

 不安を抱えたまま退院する日が――気が付けば――来ていた。

 声はまだうまく出せないが会話に支障が無いまでには回復した。

 

「……あり……う……、……ました」

 

 自分でも他人の声のように聞こえる。

 掠れ過ぎてちゃんと相手に届いたのかも自身が無い。

 礼を述べた後、真っすぐギルド本部に向かい担当アドバイザーに挨拶をしに行く。すると黒服を着た職員に囲まれた。

 それぞれ何らかのアイテムをポランに向けたまま警戒している。

 

「……?」

 

 どういう事か聞こうにも上手く喋れない。出来るだけ相手の近くに行かなければならないから。

 知り合いが居てくれればまだ状況は変わったのかもしれない。

 

(……ああ。意識が無い間に色々と……。でも、どうしよう。何もせずに帰れって事かな……)

 

 それとも黒い目に警戒しているのか。

 が痛いとか細々としたものは本拠(ホーム)に戻ってから考える予定だった。着替えも薄着のまま。正直、少し恥ずかしい。

 周りの目がとても気になる。

 

「おい! 何もするな!」

「……っ、……い」

 

 怯える黒服の一人が叫んだので驚いた。

 手を前に出すのは()()()()()()()()ではなかったのか、と。

 あまりに怖い顔をしているせいか、右目が痛み出した。

 ギルドから出て行けと受け取り、ポランは引き返す。

 

「いったい何の騒ぎだ、これは」

 

 出口付近から声が聞こえた。

 両手に武骨なガントレットを装備した人間(ヒューマン)の女性冒険者。ただ、ポランには見覚えのない人物だった。

 首下で切り揃えられた藍色の髪に凛々しい顔つき。背は百七〇(セルチ)と高く、肩をいからせる歩き方も堂に入っていてカッコいいと思った。

 

あ、【象神の杖(アンクーシャ)】っ! その者は危険です。お下がりください」

「……どう見ても危険なのはお前達だ」

 

 二つ名で呼ばれた麗人の冒険者は呆れたように言った。

 この二つ名もまたポランにとって聞き覚えの無いものだった。

 彼女は迷宮都市オラリオの治安を守る第二級冒険者(レベル4)で名を『シャクティ・ヴァルマ』という。

 所属は【ガネーシャ・ファミリア】だ。

 戦闘形態(スタイル)は肉弾戦を得意とし、今日も警備の為に拳装(メタルフィスト)金属靴(メタルブーツ)を装備していた。

 

「ようやく事後処理が終わると思っていたのに……。何なんだ、この状況は? そこの……冒険者か?」

「……い。……じ……して」

「……あー。声が出しにくいのか。すまんな、気が利かなくて。ほらほら、誰か紙とペンを持ってこい。というか字は書けるか?」

 

 頭を掻きつつシャクティが尋ねるとポランは無言で頷いた。

 これで字が書けないようであれば打つ手がない。

 見た目にも薄着の少女を大勢の冒険者が行き交うギルドの中に晒し者のようにしておくわけにはいかない。シャクティの仕事柄でもそれは許されない。

 

(見たところ特に問題がありそうには見えない。というか薄着だしな)

 

 ただ、右目が黒いのが気になった。詳細な情報を持っていないので、それが原因なのかは予想でしかないが、それでも印象としては異常は感じられない。

 歴戦の冒険者としてオラリオの治安を守ってきたシャクティの経験からも――

 

        

 

 警戒は解かれないもののシャクティの要望で用意された紙による筆談により、簡単な情報が手に入る。ただ、手渡そうとするポランをいちいち警戒するギルド職員が――そろそろ――煩わしく感じた。

 それほどの危険人物がいるなら自分の下にも情報が上がる筈だ。知らないという事はギルド側が隠蔽していないとおかしい事になる。

 そう思ったシャクティは何やら面倒ごとに自分は巻き込まれている気がした。

 

(……えーと、所属は【ヘスティア・ファミリア】。名前はポラン。女性で人間(ヒューマン)。レベル1……。おいおい、駆け出しに警戒しているのか)

 

 ため息をつきつつ職員たちに責任者を呼べと命令する。

 下っ端職員が居る限り絶対に物騒な事態しか起きない。そう思った。それは確信ともいえる。

 それから五分ほど経過した頃、奥からギルド長『ロイマン・マルディール』が息を切らせつつ走り寄ってきた。

 

「こ、これはいったい何の騒ぎだ」

 

 肥満体型の男性エルフであり、多くのエルフ達から蔑まされている人物だ。

 現場の喧騒に驚きつつもシャクティの姿を認めると嫌な予感を感じたようだ。

 

「事情を聴きたいのはこちらの方だ、ギルド長。薄着の冒険者を取り囲むように命令したのは貴様か? 明日から非番だと思って楽しみにしていた私の仕事を増やすとはいい度胸だ」

「あいや、これは……。何かの誤解だ。お前達……って、あいつは……。お、おい。武器を向けるんじゃあない。すぐに引っ込めろ」

「しかし、奴は第一級冒険者を退(しりぞ)けた化け物ですよ」

「バカ者。その話は保留になったのだ。これは神ウラノスも承知している事だ」

 

 そうロイマンが言うと職員たちが大慌てでポランから離れていく。しかし、武器は構えたまま。

 恐怖心が彼らから武器を手放す意思を削いでいるようだ。

 ポランからある程度職員を下がらせた後、ロイマンは額の汗をぬぐう。

 余計な運動で拭いても追いつかない有様だ。僅かな距離を走った程度で。

 

「その姿、という事は退院したのか。それで……何しに来た?」

 

 ポランは太ったエルフのギルド長の為に紙に文字を書く。

 意外と落ち着いている事にシャクティは()()()()()なのかな、と。

 書きあがった紙を渡そうとするがロイマンは怖がって受け取ろうとしない。その様子を見ていたシャクティは面倒を早く済ませるために紙を奪う様にひったくる。いや、完全に奪い取った、が正しいか。

 

(退院したのでアドバイザーに挨拶に来ました……。普通じゃないか!)

 

 ロイマンに渡す前に紙を丸めて後方に捨てた。それに対してポランは驚く。

 何事か喋ったようだが、正確な文言は聞き取れなかった。ただ、印象としてはゴミを捨てないでください、みたいな――

 その予想は実際に捨てられた紙を拾う姿を見て確信する。

 自分のしたことを後悔するシャクティ。

 

「つい、な。おい、この子はアドバイザーに挨拶がしたいそうだ。退院したからって。……で、それがどうして警戒態勢に繋がるんだ? というか詳細を教えろ。いい加減私も我慢の限界が近いんだが……」

 

 拳同士を打ち付けてイライラを募らせる。

 ロイマンはすぐに側に居た職員に尋ねまわった。本来は冒険者が受付に行けばいいのに、と思う者の。その受付がポランを警戒し、職員も警戒したために不可能になった。

 

        

 

 第三者目線でポランとアドバイザーのやり取りを見ていたシャクティはギルドの警戒態勢について、理解はやはり出来なかった。

 赤い髪の少女は本拠(ホーム)に戻って鍛錬と食事療法を重ねてからダンジョン探索に赴きたい、という事だった。

 

(私の感覚がおかしいのか? 外の警備に行っている間に何が起きたんだ、一体……)

 

 口を尖らせて不満を募らせるシャクティはギルド職員が製作した報告書に目を通す。すると目の色が変わる。

 ここ最近起きた騒動の中で目を引くのは先ほども聞いた【ロキ・ファミリア】との戦闘だ。

 嘘を書いていないとすれば気弱そうなポランがフィン・ディムナと一騎打ちしたことになる。

 

(全く想像できん。何なんだ、この報告書は? ……元凶が黒い目のモンスター……)

 

 正しくはポランなる冒険者にとりついた目玉モンスター、ということになる。

 それにしては物腰が丁寧で人のよさそうなモンスターだ。しかもゴミ捨てを咎めてくる。

 

(武器を持つ相手に向かう習性がある、と……。それにしては私の武器に反応しなかったのは……、武器だと思わなかったのか)

 

 何にしても外を回った感じでは建物が倒壊したり、死人を出したという報告はギルドに来るまで聞いていない。

 これほどの騒ぎを起こしておいて主神(ガネーシャ)が知らない、という事はありえるのか。いや、団員か、と。

 待合室に通された事で見えなくなったポランが捕縛されるかもしれない。それを自分には止める権利は無いとしても関わった以上は――出来るだけ――情報を知りたいと思った。

 様々な疑問を浮かべている間、要件を済ませたポランがシャクティの側にやってきて一礼してきた。ついつられて返礼する。

 どう見ても脅威とは思えないし、いくらか伏せられた情報があるのかもしれないが、緊急依頼(クエスト)でもないかぎりシャクティが直接捕縛する事は出来ない。

 特に問題も無く去っていくポランを見届けた後、盛大な溜息を吐く職員たちと首を傾げるシャクティが残った。

 

「……おい。これは何の茶番だ?」

 

 憤慨するも開示できる情報以上のものはギルドは提示しなかった。

 とにかくポランという冒険者は要注意人物である、としか一般職員は聞かされていない。

 それにシャクティは満足するはずはないが、今以上に追求する理由が無かった為に諦めざるを得ない。

 

        

 

 アドバイザーへの挨拶を済ませたポランは懐かしき本拠(ホーム)へと帰る道すがら、取り囲まれたことを思い出す。

 自分に非は無くとも――とは思わない。ダンジョンにて(おこな)った実験によって発生したモンスターが原因なのは理解しているから。

 ただ、地上で面枠をかける事になるとは想定していなかった。せいぜい地下世界での責任だけだと。

 

(……どのような事であれ、独自に調査をしなければなりませんね)

 

 とはいえ、十二歳の小娘に出来る事は限られている。

 まずモンスターを御せなければならない。その為には体力をつける必要がある。今はまだ痩せ型でひ弱な冒険者だ。

 それと必要量の【経験値(エクセリア)】を貯めなければならない。

 レベル3でも苦戦したのだから。

 

(数年単位になりますか……。それまでモンスター側が待ってくれるかどうか。……そのうち自然消滅でもしてくれれば御の字ですが……、そう簡単に行くとも思えない)

 

 ひ弱な冒険者に憑依された事は運がいい。そうポランは()()()思った。

 命は大事だが他人に迷惑をかけてまで生き延びようとは思わない。しかし、安易に死にたくもない。

 その辺りは一人で考えても仕方が無いようにも思う。

 こういう時は誰かに相談するのが良いものだ、と。

 

(……それに……消えるのが私になったら神様やアイズさん達が悲しむかな。それとも……迷惑をかけてしまうのかな)

 

 神様を困らせたくは無いし、アイズ達に迷惑をかけたくない。けれども打つ手は無い。

 そんな状況の中で自分に出来る事は情報を残すことだ。多くの冒険者達の為に。

 その為には少しでも長く足掻き続けなければならない。

 痛みを知って安易に死ぬ事など出来ないと知った。それは更なる苦痛以外の何物でもない。

 方針が固まりかけたところで廃墟の協会が見えてきた。

 

「……よし」

 

 軽く気合を入れてから新たな目標を掲げ、一歩を踏み出す。

 何事も進まなければ始まらない。

 

 

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