Untold Myth   作:トラロック

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#1-18 障害者

 

 モンスターの能力上昇によるものかは分からないけれど下げられた【ステイタス】を上げるため、ダンジョン探索に向かう準備を始める赤い髪の少女ポラン・ブーニディッカ。

 重症の為、戦えなくなった金髪金目の少女【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 二人に共通するのは僅かしかなく、実力も雲泥の差がある。

 ここで一つの騒ぎが起きた。ギルドがポランのダンジョン探索を阻止しようと動いたのだ。

 受付まではいつも通りだった。それ以上は進めない。

 

「お引き取りを」

 

 いつも親身になって相談してくれたアドバイザーからの冷徹な対応。そこに悲しみは無く、あるのは恐れ。

 大抵の事は自分の責任として受け取るポランも心に痛みを感じた。

 生活が懸かっている冒険者であれば抵抗するところをポランは優しい性格の為か、苦笑しつつも素直に引き下がる。

 外に出た後、ギルドの近くにある中央広場(セントラルパーク)に設置されている椅子に座って黄昏(たそがれ)ていると【ミアハ・ファミリア】の主神ミアハが近寄ってきた。

 ここしばらく資金を稼げていないので買い物もままならない。それでも世間話をしてくれる数少ない神様である。

 

「……ギルドから追い出されたのか」

「……い」

 

 筆談用の紙は事前に購入できたが、それが尽きれば喉の回復まで誰にも意思疎通が出来なくなる。

 最悪、地面に木の枝でも使って伝えるしかないけれど――

 ポランの懸念はいくつかあるが、資金が稼げないと指が欠損したまま。より深い階層にも挑戦することが出来ない。というよりダンジョン探索そのものを禁止されている。

 『あるばいと』なるものをしようにも頼れるところは『豊穣の女主人』だけ。だが、料理が作れない。皿洗いと掃除しか出来ない。それでは給金が少ないまま。

 

「……金を借りる、という選択はダメなのだろうな」

 

 一時的には助かるも返済が出来ない。その手段が無いに等しい。

 幼いポランに出来る仕事は意外に少ない。なにより大事な声が出せない。

 

(こんなに弱気な彼女は見たことが無い。ナァーザよ。私はダメかもしれない)

 

 悩みを打ち明けられたとしても解決策が浮かばない。

 そなたの頑張り次第だ、と言える雰囲気でもない。仕事ならたくさんあるであろう、とも――

 様々な条件に制約がかかっているポランに余計な助言はかえって重しが増えるだけ。

 それが何となく理解できてしまったミアハはただただ慰めるための言葉しか出てこなかった。

 

        

 

 眷族の苦悩にヘスティアも頭を悩ませていた。

 こういう時は神友(しんゆう)に頼るのが一番なのだが、役に立ちそうな友達に覚えが無い。天界からの腐れ縁であるロキは論外。

 まず頼ったのは【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストス。

 赤い髪に右目を眼帯で覆った女神だ。久しぶりに会う事になり、ポランみたいだと思った。

 鍛冶を司る神で多くの武具を製作している。

 

「金の無心かと思ったけど、眷族(子供)の面倒を見てほしいだなんて……。聞きようによっては狂気の沙汰よ、全く……」

 

 恥も外聞も捨てられる希少な友神(ゆうじん)にヘスティアは頼った。そして、即座に他の友神(ゆうじん)である【タケミカヅチ・ファミリア】の主神タケミカヅチから伝授された伝家の宝刀『土下座』にて頼み込んだ。

 

「私よりガネーシャに相談したら? ……悪いけど、うちは鍛冶系【ファミリア】だし、ギルドの口利きも出来ないわよ。いくらアンタの頼みでも仕事の斡旋は……アンタで手一杯なんだから」

 

 天界でも自堕落で有名だったヘスティアが露店で働いているのはヘファイストスのお陰であった。ついでに摩天楼(バベル)内の飲食店でも働いている。

 稼ぎは少ないけれど当初はそれで飢えを凌いでいた。今はポランの貯蓄を切り崩している。

 その貯蓄とて無限ではない。

 

「だいたいロキに真っ向からケンカを売った【ファミリア】の眷族を雇う店なんかオラリオにあると思う? あったとしても黒いわよ、そういうの」

売ってない! それはやむを得ない事情があるからで……。それに本当に抗争事ならロキの眷族(子供)達にとっくに本拠(ホーム)を壊滅させられている」

「……確かにねー」

 

 貧乏零細【ファミリア】で眷族が一人しかいない。そんな状態で大手にケンカを売るのは無謀以外の何物でもない。

 その辺りはヘファイストスも承知している。

 

(でもねー、ギルドにも目を付けられる眷族(子供)っていうのがねー。一体何をやらかせばそうなるのかしら)

 

 昔なじみのよしみから、と言いたいところだが――ギルドを敵に回すのは得策ではない。

 今は騙せても後々査察が入れば言い逃れが出来なくなる。もちろん、ヘスティアが眷族にした冒険者が()()()危険な存在だとは信じていない。

 そうでなければこんな痴態を晒しに来てまで助けを()うはずがない。

 

「とにかく、私のところは無理。ガネーシャのところで無理ならどこでも無理だからね。まあ、当たって砕けてきなさいよ」

「ううっ。薄情ものー」

 

 涙ぐむヘスティアの頭をペシンとヘファイストスは叩く。

 今まで自堕落だったクセに、と言いたい気持ちがあったが飲み込んだ。

 

(……ホントにもー。どうしてこんな(やつ)を見捨てられないのかしら、私は……)

 

 ため息をつきつつも最後には助けてしまう自分が情けないと眼帯を触りながら思う鍛冶を司る女神。

 彼女(ヘスティア)の為に紹介状のようなものを(したた)める。ただし、金銭は与えない。

 

        

 

 迷宮都市オラリオで大手は何処かと尋ねれば探索系では【ロキ・ファミリア】だ。

 眷族も多く、有名人も――

 強さでは【フレイヤ・ファミリア】に一歩及ばない。これはオラリオに存在する中で唯一レベル7の冒険者が居るからだ。

 【ロキ・ファミリア】が量なら【フレイヤ・ファミリア】は質で勝っている。

 だが、眷族多さで一番と言えば圧倒的に【ガネーシャ・ファミリア】の名前が挙がる。

 古くからオラリオの治安を守り、人々の絶大な支持を集める神ガネーシャは良くも悪くもいい名物となっていた。

 質で言えば良い神だ。性格を抜きにすれば悪い噂は聞かれない程。

 

「はっはっはー! 俺がガネーシャだ!」

 

 常に大声でそう叫ぶ男神は何処に居ても声が届くような気さえ覚えさせる。ある意味では洗脳に近い。

 抱える眷族の多くはモンスターを調教する調教師(テイマー)だ。これは人々にモンスターがいかなる存在かを見せるためでもあり、過度の不安を抱かせない目的があるらしいが――

 当の男神は常日頃からモンスターと戯れ、死闘を演じていた。本神(ほんにん)は仲良くなりたい気持ちで触れ合おうとしているが、モンスター側は敵意をむき出しにしている。いくら調教(テイム)したモンスターであっても制御は完璧ではない。

 何度も食われそうになる男神(バカ)に眷族たちはいつもハラハラさせられっぱなしだ。

 

「……入る前からガネーシャの声が聞こえるとは……。彼は相変わらず声量が半端ないな。声とか嗄れないのかい?」

 

 神ヘスティアは【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)『アイアム・ガネーシャ』の門番にそう言った。

 中央広場(セントラルパーク)を中心にオラリオを奇麗に八等分した中――南西に位置いる広大な敷地が彼らの本拠(ホーム)となっている。

 巨大な象頭の座像の股座が入り口になっている。

 主神は像の仮面をかぶる浅黒く精悍な肉体の持ち主。なにより声がデカイ。

 性格は豪放磊落。誰彼構わず人当たりの良い民衆にとっても人気のある神だ。

 【ロキ・ファミリア】とは違い、敵意を剥き出しにされる事も無く、中に案内される。元よりヘスティアにとっては暑苦しい男神という印象はあっても嫌ってはいない。

 

(ただ、相変わらずデカイ像の中に入るのが……、ちょっとな……)

 

 なにせ出入口が股間だ。正気沙汰を疑う。それは眷族たちも気にしている事だった。

 これらを踏まえて中を突破すれば牧草地帯の平原が見える。といってもオラリオの中なので範囲は限定的だが。

 主にダンジョン内で捉えたモンスターを調教する為の場所で、そこかしこに首輪の繋がれたモンスターの姿が見える。

 ギルドに飼育を許された唯一の【ファミリア】でもある。

 そして、凶暴なモンスターを相手にしているせいかは分からないが、眷族たちは皆――熱い。主神は更に暑苦しいが。それに負けない暑さ(熱さ)を持っている。

 

(……これだけのモンスターを調教しようとしてるんだから気弱な眷族には務まらないだろうね)

 

 ヘスティアはモンスターが目的ではないので無視して進むがあちこちから上がる叫び声に正直怯んでいる。

 血気盛んな彼らはそれなりの実力者揃い。それに加えてオラリオの治安も守っている自警団も兼任している。

 

        

 

 主神のガネーシャは事務作業やロキのように根回しと言った細々とした事はしない。

 オラリオの興行に携わってもいるけれどほぼ団員任せだ。

 神として(おこな)っているのは眷族たちの無事を祈ったり、信じたり――

 人々に笑顔を振りまくために明るいイメージを心がけていた。それが定番の名乗りに繋がっている。

 神の言葉で言う『えんたーていなー』こそが彼の持ち味だ。素行に(いささ)かの不安を感じるものの嫌っている者は殆どいないのではないか、と。

 

「おお、ヘスティアよ! よく来た!」

 

 大声で出迎える象頭の男神(おがみ)

 近くに居るのに大声を出すので耳に痛い。

 

「ガネーシャ。そんなに大声じゃなくても聞こえるよ。というかいつもそんな声量なのかい? 耳がおかしくなりそうだ」

「あっはっは。それは済まなかった。それで何用か」

「……実は頼みにくいことがあるんだ。ボクの眷族の事さ」

「ヘスティアの眷族? それは……【ロキ・ファミリア】と抗争したという……」

「抗争はしていない。第一一人しかいないんだ。ボクだって無謀な事はやらせないよ」

 

 本来なら執務室で話すことだが、二人はモンスターに囲まれた牧草地帯の一角に居た。もちろん周りはガネーシャの眷族が見張りをしている。

 青空を頭上に抱き会談するには些か、場違い感があるが。ガネーシャを前にするとそんなことは些事だと思えてくる。

 まずヘスティアは眷族のポランの人となりを伝える。

 ギルドから伏せられている情報についても言えるだけは説明した。

 

「真面目で優しい。結構じゃないか。つい先日シャクティがその眷族に会ったというが……。それで……俺に頼みとは?」

「簡単に言えば仕事が欲しい。ダンジョン探索を止められている彼女は何もすることが……、というか何が出来るのか分からない。探してはいるんだけど……。急に生活を変えなきゃならなくなったから、物凄く悩んだりしないか心配でね。それと……ロキんとこの騒動で狙われたりしないかも……」

 

 こうしている間にもポランに余計なちょっかいをかける(やから)が居ないとも限らない。しかもヘスティアには止める手立てがない。相談したくともギルドは役に立たない。

 という事で天界の(つて)でここに至る。

 

「仕事の斡旋か。それは……」

 

 大変なのは分かっている。それを簡単に言葉に出していいものか。

 シャクティから聞いた内容では特に問題がありそうには見えなかったという。

 【ファミリア】として(くだん)の冒険者に出来る事は殆どない。それが結論である。

 モンスターの調教(テイム)などは出来そうにないし、ダンジョン探索は禁止状態。であれば露店などの仕事だが、こちらは狙われやすい、という観点からお勧めではない気がした。

 かといって街の警備に取り込めるかというと、これは団員達の許可が居る。命令として与えられなくはないが、ガネーシャとしては眷族の自主性に任せているところがあるので、口出しはしたくなかった。

 

(ガネーシャ、超ピンチ。いくら友神(ゆうじん)の頼みとはいえ、はいそうですか、と出来ないのだ)

 

 ――だが、主神の悩みとは裏腹に(くだん)の団長シャクティ・ヴァルマを呼び寄せてヘスティアの話を聞かせた。

 すると――

 

「構わんぞ」

「へっ?」

 

 ヘスティアのみならずガネーシャも驚いた。ほぼ即決。

 何の悩み事も無い、という風にシャクティは言い放った。

 

「金の話はおいといて仕事であれば別に面倒を見る事に支障はない」

「【ロキ・ファミリア】と問題を起こしたというのにか?」

「それはモンスターの話だろう? 彼女自身は大丈夫のはずだ」

 

 背の高い人間(ヒューマン)の麗人シャクティは迷いなく言った。

 完全に迷わないわけではない。ただ、見掛けた印象としては問題がありそうに感じなかっただけだ。

 

「あのフィンに一泡吹かせたという冒険者には興味がある。使えるかは別として……、他人の噂だけでは計れまい」

 

 主神より頼りになる眷族にヘスティアは驚き、そして、感謝した。

 明日にでも連れてきたいところだが、ポランに何も言わないで来てしまったので予定が出来たらどうしよう、と悩むことになったのは本拠(ホーム)に戻ってからだった。

 

        

 

 突然、収入源を断たれたポランは必死に頭を働かせた。その矢先に帰宅した神の言葉に驚き、そして喜んだ。

 一条の光は正に僥倖、という風に。しかし、それでもまだ不安が拭えたわけではない。

 面接に落ちればまた路頭に迷う。

 

「君がダンジョン探索じゃないと嫌だ、と言うのなら……」

 

 声が出せないポランは紙に『いいえ。今はとにかく収入を確保しなければなりません』と力強い文字で書いた。

 少しインクを使いすぎて慌てる彼女(ポラン)を見てヘスティアは苦笑する。

 ダンジョン探索は禁止されたが、買い物は通常通りだ。ここまで禁止されたら餓死するしかない。

 

「そうかい? 行ってほしいのは【ガネーシャ・ファミリア】さ。君も知っているかもしれないけれど、そこの主神は見た目と声に……驚くかもしれないけれど、いい奴だよ。ボクが保証する」

 

 素直なポランは神の言いつけ通りに教えられた場所に向かう。

 出てすぐに気が付いていたが象頭の巨人像にこれから向かう事に緊張が走る。

 普段とは違う道は新鮮であり、何が出てくるか分からない怖さがあった。

 ダンジョンの探索と同様で初めて歩く場所は何処でも怖い。知らない人と触れ合うことも。

 目印となっている巨人象の足下まで来たものの上ばかり見ていたせいか、首が痛い。

 どうしても頭の方を見てしまう。

 

(近くで見ると更に大きい。……これが本拠(ホーム)ってことは凄いたくさんの眷族が居るってことだよね)

 

 【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)『黄昏の館』もお城のような立派な外観だったが、こちらこちらで凄まじいの一言に尽きる。

 ダンジョン以外で探索する事が殆どなかったのは治安が悪いと聞いていたからだ。だから、自然とオラリオで知らない所には行かなくなった。そんなことを思いつつ入り口を探す。

 ヘスティアの言葉が正しければ門番が居る筈だ。

 オラリオ最大の眷族を擁する【ガネーシャ・ファミリア】――

 有名人は殆ど知らないけれど【ファミリア】としての活動は街の治安維持とモンスターの調教、年中開催される行事である。

 

(……像の足下が入り口……)

 

 首を押さえつつ目線を下に移動。

 右目は今のところ通常の機能で痛みは無い。当初酷かった頭痛も嘘のように解消されていた。

 黒目の謎は解消されていないが――視界には異常が認められない。

 広大な敷地を高く白い塀に囲まれた【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)『アイアム・ガネーシャ』に向けて歩き出す。

 

        

 

 門番を担当する人物達を発見し、ポランは面会の為の書状を渡す。

 最初、彼らはポランの黒目に驚いたが一礼してきた赤い髪の少女に()()警戒が緩む。しかし、その直後、彼らの背後から例の雄叫びが轟く。

 

「俺がガネーシャだっ!」

「!?」

 

 突然の事だったのでポランは体勢を低くして警戒態勢に移った。

 オラリオに来てからポランは殆ど地下のダンジョン探索に向かっていたので、この雄叫びを聞くのが今日が初めてであった。

 さすがにガネーシャの声は地下世界にまで届くことは無かった。

 

「今のはモンスターを前にした時の声だ」

「驚かせて悪かったな」

 

 門番はいつもの事として処理し、笑顔でポランを迎えた。

 毎日のように声を張り上げているガネーシャだが大声の回数自体は少ない。

 警戒を解いた後、門番達の案内により本拠(ホーム)に入る事になった。

 

(目が……少し反応した様な……。神様に迷惑をかけないでくださいね)

 

 既に自分の右目はモンスターだと割り切って、事あるごとに大丈夫だとか落ち着いて、と思うことにしている。

 学習する未知のモンスター『ドレッドノート』にもし自分の気持ちが伝わったらどうなるのか。肯定か否定かは分からないけれど、挑戦してみない事には始まらない。

 討伐一辺倒の存在である筈のモンスターと意思疎通が出来たら――

 

(今までの恨みつらみとか言われそう。それはそれで怖いな)

 

 生活の為にモンスターを倒してきた自分としては謝れと言われて済むような気がしない。

 この場合、どういう方法が良い結果に繋がるのか。

 

(……もし、この思いが伝っているのなら……)

 

 色々と教えてみて何らかの反応が返るのであれば挑戦しない手はない。

 ――出来れば仲良くしたい。自分の身体なので。自衛手段は残さなければ。

 

(どうかな? ドレッドノート。君の名前らしいけど……)

 

 いきなり問いかけてすぐに返ってくるとは思わないが、一歩は必要だと判断した。

 ただ、意識が散漫になる気がしたので今日はこの辺りで中止する。

 門番の指定した場所は中庭ではなく執務室。そこには主神のガネーシャではなく団長が居る。

 団員の一人に案内されつつ【ガネーシャ・ファミリア】団長は主神とは違い、叫ばない落ち着いた雰囲気の冒険者と説明を受けた。全員が主神のようであれば奇人変人の【ファミリア】だ、と愚痴を言っていた。とにかく、主神に振り回されて毎日が苦労の連続だとか日頃の鬱憤がかなり溜まっている様子。

 ただただ相槌しか打てないポラン。しかし、とても賑やかで楽しそうな【ファミリア】なのは理解した。

 【ヘスティア・ファミリア】は貧乏零細に加え団員が一名。しかも、その団員は問題児と来ている。そういう自覚を覚えつつも新たな団員を募集しなければならない。

 曲がりなりにも探索系【ファミリア】なのでどうしてもパーティを組まざるを得ない。

 

        

 

 歩きつつも外から主神の声が定期的に届いていたのだが、その度に右目が勝手に動き出す。軽い動揺か、興味でも覚えたのか。何にしても感触が気持ち悪い。

 自分の意志ではない、というところが。ただ、視覚は自分のもののようなのが不思議だ。

 勝手に動く時は景色が揺れる。今は平気だが、いずれ吐き気を覚えそうだ。

 

「ここが執務室だ。では、失礼する」

 

 ポランは頭を下げて返礼する。

 そして、大きな扉をノックしてから開けた。

 自分のところがあまりにも酷い本拠(ホーム)のせいか、どの部屋を見ても豪華に見えてしまう。

 それなりに掃除はした。それでも生活するには不安が残る。今は天気がいいが雨季の場合はジメジメとし、夏は蒸し暑く、冬になったら凍死しそうな雰囲気がある。その為に(まき)を事前に用意したかったが、そこまでにはまだ至っていない。

 部屋に入ってすぐ一礼する。声が出せないのが痛い。

 

「よく来た。歓迎する」

 

 そう言ったのは見覚えのある人物だった。つい先日出会ったばかりなので覚えていた。

 【ガネーシャ・ファミリア】団長にして二つ名【象神の杖(アンクーシャ)】と呼ばれた偉丈夫の麗人。

 首元で切り揃えられた藍色の髪の毛の冒険者。

 

「声が出ないんだったな」

「……い」

「私はこの【ファミリア】の団長……『シャクティ・ヴァルマ』だ。先日は世話になった。世話というか色々と教えてもらって恐縮だが……。早速だが仕事についての話をしようか。椅子を持ってきて、そこに座り(たま)え」

 

 無駄な社交辞令は抜きだ、と言わんばかりのはっきりとした迫力で物言いするシャクティ。

 先日会った時、シャクティは武装していたが、今は――当たり前のようだが――普段着のような格好になっていた。代わりにポラン側はしっかりとした身なりとなっていて見違えた。

 黒い目は先日見たままだが、一度気にするとなかなか無視できない事に苦笑を覚える。

 

「手先については聞いている。手袋を着用していれば簡単な作業は出来るんだな?」

 

 重い物。武器を握ること以外であれば日常生活を送る上で出来ない事は少ないと言ってもいい。

 手袋が無い状態だと仕事はほぼ出来ないのではないか、と。

 それらを懸命に伝えるポラン。

 

「再生の為の資金を稼ぎたいところをギルドに止められてしまった……。全く何を考えているんだか。しかし、やはり気になるな、その黒い目は」

 

 今のところ人体を乗っ取られることは無い、らしい。

 フィンとの戦闘時は完全に意識が無かったので。今わかる範囲では自分の意思とは関係なく動くことがあり、多少気持ち悪い程度。

 シャクティは恐れずに淡々とポランの話を聞いた。多くは筆談だが。

 

「眼帯でもしておくか? 体面的にも問題が起きにくい」

 

 シャクティの提案にポランは頷いた。

 何人かの団員にまず面通しを(おこな)い、それからポランを参加させることにした。

 現行、ダンジョン攻略を禁止されているポランも日銭を稼がなければならない事情がある。

 物乞いをしろ、とはシャクティも言えない。

 

        

 

 【ガネーシャ・ファミリア】はダンジョン内で見つけたモンスターの捕獲と調教の他にオラリオの治安維持と興行を司っている。仕事は多い。

 その中でポランできそうなことは少ない。出来ればレベル2になっている方が都合がいいのだが、と。

 信頼できる眷族と共に行動してもらう。

 

「初日は道具類の整理から。この散らばった汚い部屋を掃除してもらおうか」

「……はい」

「では、役割を決めて作業に当たってくれ」

 

 作業はポラン一人ではなく複数人が担当する。

 団員の数は膨大なのでポラン一人に任せる事はしない。必ず、何人かで行動させている。

 物が無くなっては困るので。

 他の眷族と違い、作業の遅いポランは出来る限りの努力をした。それでも力が通常よりも弱い。

 皮手袋の恩恵があっても欠損した部分はやはり難儀する事になる。

 

(重い物は無理そう。でも、冷たい水には平気……。でも、絞れない。……なんだろう)

 

 慢性的に痺れた状態が続いているようで上手くいかない。

 試行錯誤しながら作業を進めていく。

 荷物整理の後はゴミ拾い。こちらはわりと楽にできた。

 

(他の人より多くの量が扱えない)

 

 大きな石は足でも使わないと駄目。こちらは許可を得て作業に当たるが見栄えが悪い。

 全身の使える所は何でも使わないといけない。それが今のポランに出来る事。

 そして、一日二日と経過していく。

 三日目はモンスターの餌運びだった。中庭にいくつかの檻が運ばれ、調教師(テイマー)達が仕事をしていた。その彼らの手助けがこの日の仕事だった。

 

「……うぞ」

「ありがとう」

 

 大量の餌が入った箱を運ぶ。これには滑車が取り付けられているのでポランにも扱える。ただし、方向転換が難しい。

 多少下がったとはいえ【ステイタス】的には造作もない範囲だった。

 

(ダンジョンに居るモンスターを地上に運べるのは【ガネーシャ・ファミリア】だけ)

 

 ここに居るのは十階層より下のモンスターばかりだ。彼らの手に余るようなものは当然、連れてこれない。

 中にはポランの知らないモンスターも居た。

 ダンジョンから生まれたモンスターとてお腹が空く。そんな彼らの食事は地元でとれた野菜や肉に魚。だいたい雑食傾向が強い。

 

        

 

 昼間は【ガネーシャ・ファミリア】。朝方の余裕がある(時間や体力)日は『豊穣の女主人』に向かい、お手伝いで日銭を稼ぐのが日課となってきた。

 ダンジョン攻略はほぼ諦めた。無理に向かうよりは確実なところを優先する。ただ、ヘスティアはそんな彼女の為に何かできないか、悩んでいた。

 新しい団員は未だ現れず。ギルドの厳しい目にたじろぐ始末。

 露店での仕事中に集中力を欠いて、火傷をしてしまった。当然のごとくポランは慌てた。

 自分のケガよりも重く受け止めてしまった。

 

「だ、大丈夫だよ。ちょっとだけだから」

「……うですか? 気を付け……い」

 

 自分のケガより他人を心配する。それはそれでこそばゆいものだが、神側からすれば痛々しい姿のポランが気になって仕方がない。

 睡眠と食事はきちんと取っている。一緒に食べているから断食のような事をしていないのは確認済みだ。

 このところ吐く姿も見ていない。最初の頃より食事に気を付けているお陰だ。

 

(……神様を一人にする事態を何とかしたいけれど。それには団員を増やさなければならない。声の出ない私には呼び込みは出来そうにないし……。困ったな)

 

 ダンジョンで使う予定だった回復薬(ポーション)もヘスティアの為に使う。

 今はあるものを何でも有効的に使用しようと。

 そんなある日、夕方から入った『豊穣の女主人』の店先で喧嘩をする現場に遭遇した。

 他の店で酔った客が言い争いを始めた。呂律が回っていないくらい泥酔しているので何を言っているのか全く分からない。

 

「うちの客じゃニャいんなら出て行ってくれニャいかな? 他の客の迷惑ニャ」

「うぁ? ぶぼげがぁうぁ?」

 

 ポランにも解読不能の言語だった。

 女性店員のアーニャ・フローメルは慣れた様子で喧嘩をしている冒険者と思しき者達に水をひっかけた。

 ひ弱そうな外見だがアーニャは相当の実力者である。そこらの酔っぱらいに負けることは無い、というのは主人ミア・グランドの(げん)だった。

 荒くれ者の多い客の大半が冒険者。レベル2からが多い為、駆け出しには当たりが強い。

 自分は偉業を成して【ランクアップ】した、という自負が強く出ているためだ。しかし、そんな彼らよりも店員が強い事は意外と知られていない。

 ポランが慌てている間に手慣れた様子で酔った客を店から放り出すアーニャ。

 

「おととい来やがれニャ」

「……店を荒らすだけで片付けもしやしない」

 

 片づけはポラン達店員の仕事だ。客はただ飲み食いして帰るだけ。

 酔った客が出てくるのは酒場なので仕方がない反面、命を懸けた冒険の後で調子に乗って助かった命を無駄に無くさないように()()()心配している。

 地面に落ちた食器や散らばった食べ物を片付けながら、勿体ないなとポランは思いつつ仕事をする。

 細かい部分は彼女の担当でミアもアーニャも特に言及しない。客はどんどん入れ替わっていく。それらの対応に次第と追いつかなくなる。

 

        

 

 翌朝、店の余りものにて食事を済ませたポランは『青の薬舗』に向かう。

 冒険者ギルドでは警戒されていたが、懇意にしていた店の()()は今でも利用に問題は無い。

 ここでは主に身体の様子と包帯の替えをしてもらう。ついでに神様用の小物も。

 

「経過は良好?」

「……声以外は……」

 

 潰れた声帯は回復薬(ポーション)でも治らず、半ば諦めている。

 手先の方は資金稼ぎが出来ない為、こちらも絶望的であった。それはそれで諦める選択もポランにはあった。

 有名になりたいわけではない。日々の生活こそが何より優先される。

 

「黒い眼から煙が出ているそうだけど、身体の調子が悪いとかは……ある?」

 

 喉以外は特に問題なし。その黒い煙もミアハの見立てではすぐに消えている、とのこと。診察を担当するナァーザ・エリスイスには接近し過ぎない事を厳命している。

 無謀な事をするつもりが無いとはいえ、興味は無くせない。

 

「寝ている間に動き出す……、という時は……分かるわけもないか……」

 

 フィンとの激闘の記憶は無く、モンスターに意識を乗っ取られている間の出来事は何も残らないようだ。

 普段の生活ではモンスターらしい異常行動というのは特になく、ナァーザの知る限りでは目立った噂は耳に入っていない。

 黒い瞳と化しているモンスターが大人しくしているだけ、とも思われるが今のところは何もできない状態だ。これは聖水などで清めようとしても意味がない事は確認済みだ。

 

「仮面やフードを被ってダンジョンに潜る方法もあるけれど……。そういうのは……」

 

 真面目なポランからすれば取りたくない方法だ。それとサポーターの背負い袋に入る、という手段も浮かんだ。

 ただ、それらを成すには協力者が必要不可欠。ナァーザの知り合いに――都合の良い――友好的な存在は浮かばなかった。

 

(……謎のモンスターの死骸を調査しているギルド側から何の発表もない。隠蔽するつもりみたいだけど……。アミッドのところはどうなんだろう。あいつも情報統制で隠す気かな)

 

 自分で調べようにもダンジョンに潜る事が出来ないナァーザにはどうしようもない。

 だが、ポランを優先的に調べられるので悔しくはない。

 

        

 

 地上に戻って様々な騒動に遭ったものの気が付けば結構な日数が過ぎていた。

 冒険者になって半年を越え、気が付けば自警団や飲食店の店員に――

 様々な経験が出来る今は不幸かといえば、そういうこともなく。比較的充実しているといってもいい。

 懸念はただ一つ。

 他人に迷惑をかけていること。

 

「………」

「どうしたんだい、ポラン……君」

 

 アイズに指摘されたせいで呼び方がおかしい。やはり呼び捨てがしやすい名前である、とヘスティアは感じた。

 ダンジョンに行けなくなってから目に見えてがっかりしている。食欲はあるようだから元気がないわけではない、筈なのだが――

 一か月の食費を数えている眷族の姿がどうしてか痛々しい。完全に収入が無くなったわけではない。その点は恵まれていると言える。

 

「……ままで……かと……」

 

 目からあふれる黒い靄を避け、聞き耳を立てる。

 このままでいいのかと、と言ったようだ。

 声帯が潰れ、人との挨拶が不自由になったポランはこの先、一人で生きていくのは難しい。いくら読み書きができるとしても。

 初対面の相手に書面でのやりとりは迷惑だと思われる。ヘスティア自身も紙で出されたら不審がる。

 

(……このままだと冒険者としてやっていけない。神は困っている眷族に出来る事と言えば信じる事と応援くらいだ)

 

 【ガネーシャ・ファミリア】とてよその【ファミリア】をいつまでも雇い入れてくれる筈はない。あくまで一時的な処置だ。

 滅多に弱音を吐かないポランが泣いていた。それに気づいた時は驚いたものだが、やはり歳相応の女の子だったか、と。

 

(一番の問題は働くのに多くの障害を抱えてしまったこと。それを解決するためには金がどうしても必要だ、ということ……。圧倒的に資金不足なんだうな)

 

 だからこそ数か月もかかる下準備をしてきた。

 こういう事を想定して。そして、今だからこそヘスティアは理解した。

 ポランはただ優しいだけじゃない。堅実さと危機意識を持つしっかりした眷族である、と。

 

「……バカだな。そんなに焦らなくてもいいのに……」

(そうさ。貧乏で零細【ファミリア】のままだっていいじゃないか。ボクは廃墟暮らしでも君と一緒なら平気なんだ。君を失うくらいなら毎日ジャガ丸くんだけでも平気だぜ)

 

 神は不変なんだ、簡単に餓死はしない、と思う。

 ヘスティアは言葉に出して言おうとしたが出来なかった。

 焦らなくていい。そんな心にも無い言葉で誤魔化しても駄目だという事は理解していた。

 ポランは堅実な冒険者だ。何度でも思う。

 堅実だからこそ方法を失う恐怖を知っている。

 

(……ポランはもう冒険者じゃない。ギルドが奪ってしまったから。ここに居るのはただの赤い髪の障害者だ。ただの一般人ですらない)

 

 未来が閉ざされた人というのは弱い。貧民街で生活している者達の姿をヘスティアは知っている。

 彼らは未来に希望を持っていない。そんな中にポランも入ろうとしている。止めたくても出来そうにない。

 翌日には昨日の事など嘘のように仕事に向かう眷族ポラン。

 仕事がある限り、彼女はこれからも進み続ける。そして、それらが無くなった時、それを考える事がヘスティアには一番つらい時だと感じた。

 

 

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