Untold Myth   作:トラロック

22 / 49
#1-19 襲撃

 

 朝は飲食店でのお手伝い。昼からは【ガネーシャ・ファミリア】で雑用の仕事。夕方以降は身体検査の為に摩天楼(バベル)に赴く。

 その循環(サイクル)の途中で【ロキ・ファミリア】の眷族アイズ・ヴァレンシュタインと僅かな交流を持つ赤い髪の少女ポラン・ブーニディッカ。

 通常であれば何もおかしなことはないが、神々の視点で見るとポランの黒く染まった右目から定期的に黒い靄が立ち上っているという。それはポラン自身には触れられず、神以外の存在の目にも映らない。

 彼女の主神ヘスティアも見守る事しか出来ない事を嘆いていた。

 右目は働きに出かける時は眼帯を付けているが靄は関係なく立ち上る。

 

「……装備を新調してみた。これならポランでも扱えるんじゃ、ないかな?」

 

 そう言いながらアイズは自身が身に着けている装備を見せに来る。

 お互い同じケガの度合いなので何かの役に立てば、という思いで接してくる。ポランはよく気遣ってくれるアイズに何かお礼がしたいのだが、金銭的な理由で諦めざるを得ない状況だった。

 言葉も今は出ないので。意志疎通がどんどん難しくなっている気がして気持ちが焦ってくる。

 

「長剣は握りが甘いと、危ないけれど……」

「……す。……も、……ご……せ……」

 

 喋りながら紙に字を書く。

 少しでも発生の練習をしなければどんどん声が出せなくなっていく気がした。

 完全に再生不能になってもいいように。覚悟だけは持とうと――

 それでも諦めたくない気持ちがある。

 

「……諦めるつもり? ようやく掴みかけた希望、だと思うのに……」

 

 冒険者ギルドから危険分子と認定されたポランにとって他人に迷惑をかける事は気持ち的にも認められない。

 いつも話しかけてくれるのはありがたいが、戦闘に関しては諦めようと思っている。

 魅力的な装備である事は認める。けれども、それを使う機会は――おそらく無い。

 強くなるのは自衛のためでモンスターを倒したいためではない。

 

「………」

 

 それでも戦いを強要するのであればポランとて腹を立てる。

 生活に必要のない殺戮は好まない。あくまで仕事として冒険者家業に務めたいだけだ。

 それでも尚、一縷の望みをかけて復活を望むのであれば――何年も先になる。今すぐには出来ない。

 気持ちはとてもありがたいけれど、ごめんなさい、と何度も謝るポラン。

 折角の申し出だが、苦渋の決断は既に下していた。

 対するアイズは心の中では意気地なしと言いたいところだった。けれども、彼女は自分とは違う。ポランには彼女なりの戦い方がある。

 そうだと分かってはいるが諦めたくない。現にアイズは今も鍛錬を続けている。彼女と共に復活する為に。

 ケガは出来れば一緒に治したかった。それが叶わないのは本当に残念な事だ。

 

        

 

 よその団員にこだわりを見せるのは自分らしくない。

 アイズはがっかりしたまま本拠(ホーム)に戻り、洗面台の自分を見た時、そう思った。

 いつもの【剣姫】ならば何よりもダンジョンに潜り、モンスターを多く倒す事が大切だと思っている。それなのに一緒のパーティを組もうと考えているのはどうしてか。

 ポランは脱落した。ギルドも禁止令を発令した。どうしようもない。

 

「……うあぁ!」

 

 不意に怒りが沸き立ち、思わず拳で鏡を叩き割る。

 十二歳の少女とはいえレベル3の冒険者の一撃だ。壁を粉砕するほどの威力が出る。

 たたでさえケガを治していない拳だ。無事であるわけがない。

 骨折こそしなかったが擦過傷と普段から力が入らない状態の指に余計な力が加えられたため、脱臼していた。

 粉砕音に気づいて慌てた団員が駆けつけ、治療に当たる。そして、思った以上に軽症であることに驚いたが念のために包帯を巻く。

 保護者を自認する幹部の一人リヴェリア・リヨス・アールヴはアイズの様子を見て、ため息をつく。

 深層攻略に一段落を付け、地上に戻ってきていた。明日にはまた地下に潜る予定だ。

 王族(ハイエルフ)とはいえ、アイズの前では優しい母親の様な佇まいを見せる。

 

「何か嫌な事でもあったのか? お前が感情を見せる事は滅多にないから他の団員達が驚いていたぞ」

「……ごめんなさい。急に……、こう、怒りみたいなのが出て……」

 

 戦う人形とまで言われた娘にも怒りの感情があり、その事に対して後悔の念も抱けることに安心した。

 おそらくいつも会うポランの事だと推測する。

 それ以外には――ジャガ丸くん――感心を持たない娘だ。ここ最近は団員達の教育に熱心に取り組んでいたと思っていた。

 洗面所の壁に穴が開いたくらいで感情が収まったのであれば安いものだ。もし、トイレであれば少し困るのだが。

 

「お前が怒ろうが無理強いは駄目だ。それぞれに冒険の形がある」

「……分かってる。だけど……、何もできない無力な自分が許せない」

 

 そう言わしめるポランは確かに傑物かもしれない。リヴェリアは感心した。

 何の変哲ものない冒険者だった筈なのに。やはり目をかけてランクアップを待ち、現れるスキルが何なのか確かめてみたかった。もちろん、それは興味本位である。

 無理に覗かなくとも冒険者ギルドで公開される最低限の情報として閲覧する機会が、あるかもしれない。

 もし、スキルが現れるとしたらどんなものなのか。

 

        

 

 次の日の昼頃、モンスター達の餌を運んでいる最中、調教中のモンスターが暴れ出して通りかかったポランは吹き飛ばされた。

 大きなケガは無かったものの相手はかつてポランが倒した事のある十層域に出現するモンスターだった。

 『耐久』のお陰で大事には至らなかったが、痛みはあった。

 

「だ、大丈夫か!?」

「……い」

 

 ダンジョン攻略を中止して久方ぶりの攻撃だったので驚いた。

 大きなモンスターの一撃は駆け出しでも危険だが運が良かったと安心する。

 やはり防具は身に着けておいた方がいいと思った。

 その後は威嚇される事はあっても仕事には支障が無く、この日は無事に乗り越えられた。

 団長のシャクティ・ヴァルマとは会えないが、よその【ファミリア】である自分を受け入れた事に感謝の念を抱く。

 夕方、打撲と診断された以外は特に変化はなく、そのまま本拠(ホーム)へと帰宅する。

 ヘスティアは午前の仕事が終われば退屈な本拠(ホーム)で寝ている事が多い。

 たまに神専用の浴場に向かう事もあるらしいが、退屈させていないか心配になる。

 季節的はまだ温かい。いずれ冷てくる。その場合、この部屋だとかなり冷える恐れがある。今のうちに暖房設備を整える準備を計画することにした。

 今の給金で大幅な改善は難しいが、住みよい場所は心の平穏を(もたら)す。

 

(……そういえば、ドレッドノート。君、私を守ってくれなかったよね? あれはどういう意味なのかな?)

 

 合間に声かけをするも返答はない。特に決まった時間は設けていないが思い出した時は尋ねようと心がけている。

 もし、何らかの返答があれば驚くのか、それとも嬉しくなるのか。

 モンスターではあるが新しい発見は好きだった。

 そして――

 ふと気づけば地面に押さえつけられている。

 

「……?」

「よ~し、捕まえた。……全く手間を駆けさせやがって」

 

 急な場面の転換。ポランはしばらく呆けていた。

 というより何故、知らない声が聞こえるのか。それも大勢。

 様々な音が耳に届く。右耳は奇麗に無くなっているが聴覚は無事だ。

 

「う、動くなっ!」

 

 強く押し付けられ、苦しさが襲う。

 ここは何処だと首を回そうにも自分よりも強い力で押さえつけられているので動けない。

 

「俺がガネーシャだ。……で、賊は捕まえたのか?」

「はっ。こいつです。先日入ってきた新人の……」

「なんとポーラか」

「……ポランです」

「そうか。……はっ? 待て待て。ガネーシャ、超困惑。賊がチャランだと!? どういうことだ?」

 

 今の言葉に他の団員は付き合わなかった。その事に気づいた象の仮面を付ける主神ガネーシャは軽く咳ばらいをし、言い直す。

 ここは【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)にある中庭であった。

 

「おい、アラン。……っと黒い煙がガネーシャの行く手を遮っている。確か水を駆ければ払えるんだったか?」

「俺達には見えないんですが、振りかけるように撒けばいいんですか?」

「やってみろ。それより、何故、こんなことをした?」

 

 そう問いかけてポランが何も言えない状態であることに気づくのに数分を擁した。

 挨拶以外顔を合わせる機会が無かったので。

 ガネーシャは紙とペンを持ってこさせようとしたが、がっちりと固められているので字が書けない。尚且つ事態が事態なので解けない。

 

        

 

 桶に入れた水を柄杓(ひしゃく)の様なもので散水する。黒い煙は神の目にしか見えないので団員達は手探りで(おこな)った。

 煙の元凶はポランの右目なので完全には消せない。

 

「本当にこんなことで払えるとは……。摩訶不思議。それで、ウラン……。いや、ポランよ。どうしてこんなことをした? 事情によれば許してやらない事も無い」

「……ガネーシャ。声が出せない相手に何を言っても無駄だとそろそろ気づいたらどうですか?」

 

 それはそうなんだが、と思いつつ迂闊に開放も出来ないのでどうしようか悩むところだ。

 ポランを拘束してしばらくすると団長のシャクティが武装した姿で現れた。

 現場の惨状に顔を顰めつつ周りの眷族たちに指示を飛ばす。ポランの耳には何らかの破壊工作が起き、その後始末に右往左往している。そして、その犯人が自分である、と。

 なにがどうなってそういうことに至るのか。

 

「お前達、そう押し付けていれば何もできないのは当たり前だろう。もう少し工夫しろ」

 

 シャクティの言葉にポランを拘束している団員は緊急時の為に、と言い訳をする。

 ガネーシャには一旦離れてもらい、ポランを見据える。

 

「……もしかして……、何も覚えていないのか? もしそうだとすれば……。おい、一旦介抱してみろ」

「……しかし。こいつを捕まえるのに……」

「いいから。私が責任を取る。それとケガ人をさっさと運べ」

 

 的確に指示を飛ばしつつ、解放されたポランの首を掴むシャクティ。その感触からも先ほどまで大暴れした不審者とは到底思えなかった。それに顔はとても落ち着いていて現状を理解していないように感じる。

 

「……声は聞こえるな?」

「……い」

「どうしてここに居るのか……、知らないんだな?」

 

 シャクティの言葉に頷くポラン。その後で盛大にため息をつく団長は首から手を離した。

 自分の推測はあながち間違っていなかった、と。

 返答に苦慮するポランに事情を説明する。

 中庭に居たモンスターを突如ポランが現れて肉弾戦で打倒した。それに慌てた団員が取り押さえようとして何人か吹き飛ばされた。その後はレベル3以上の冒険者によって拘束され今に至る。

 

「? ……え?」

 

 事情を説明されても理解が及ばないポランに自分の身体を見てみろと告げる。

 すると手が真っ赤に染まっていた。というより、左腕が折れていた。痛みはそれを確認した時、襲ってきた。

 おそらくポランを取り押さえた団員がへし折ったものだ。

 

「……事情は理解した。そして、お前は自らを危険な存在へと変貌しようとしている。……といっても自覚は無いだろうがな。……こういう場合はどうすれば正解なのか……」

 

 回復アイテムを持ってくるように命令するシャクティ。抵抗があるのは理解しているが団長命令にょって実行に移させた。

 ポランは何も知らないし、何も悪くない。けれども、現状はそれを許さない。

 (もっと)も、単身のポランに襲撃されて大慌ての【ファミリア】に少なからず失望している。

 相手は確かにうちに仕事に来ているよその【ファミリア】の眷族だ。だからといって襲撃を簡単に許しては沽券にかかわる。

 

        

 

 ケガの手当てを受けた後、しばらくあまりの事に放心していたポラン。

 予想だにしない事態に思考が働かない。

 複数人の監視の下、事務室に連れていかれた後で今日の事を紙に書かされた。

 

「冬場の用意をしようとしていたところまでは覚えているのか」

 

 それ以降が何故か思い出せない。

 唐突な変化だった、と思うと紙に書く。

 シャクティにしてみれば急に襲撃に来る理由が浮かばない。団員達が意図的に情報を隠蔽でもしているのであれば。しかし、それとて神の前では無意味だ。

 

「……右目に宿るモンスターが勝手にやらかした、と考えるのが自然だな。しかし、武器も持たずに素手でシルバーバックを倒すとはな。それはそれで感心するぞ」

「団長……」

 

 もし、剣でも持っていればもっと事態は深刻になっていた筈だ。打撲程度であれば運がいいと思える。それにポラン自身は評判が良い事を知っている。

 つい先日、たまたま出会ったリヴェリアから話を聞いていた。とても良い眷族だと褒めていたのが印象に残っている。

 

「それで、目玉のモンスターとは意思疎通が出来るのか?」

 

 この質問に首を横に振る。何度か問いかけたことはあるが未だ返答は無い、と。

 それが今回はどういうわけが急に顕現したらしい。

 どういう理由でそうなったのか、全く分からないから困っている。

 

(もし、仮に興味本位だとして私がポランを殴り飛ばしたら、後で復讐しに来る、という可能性はあるのか? こう、いきなり殴ったり……、なんてことをしてはダメだろうな)

 

 シャクティは(くだん)のモンスターに少し興味があった。

 もし、自分の推測通りに現れたとして現場が混乱する事は変わらない。当然、ポランもただでは済まない。

 それに――

 

「……もういい、離してやれ。()()元に戻っている」

 

 シャクティの言葉に戸惑いつつもポランを解放した。

 地面に倒れ伏していた彼女はしばらく起き上がらない。それは他人に迷惑をかけてしまったから、という気持ちが強く表れているから。

 迂闊な行動は出来ない。それを()()知っているがゆえ。

 

(己の立場を理解できる眷族……。歳若いのに大したものだ。私の妹が居たら……)

 

 素直で優しい冒険者に優しくしてしまうのは立場的には不味いのだが、それでもやはり怒れない。

 ポランの頭を撫でるシャクティに小声で指示を出すガネーシャ。

 黒い煙に触らないように、という配慮だ。

 

        

 

 無罪放免とはいかないが、ポラン本人に罪は無い。彼女は野生児ではなく、憑衣したモンスターの仕業なのは明白だ。

 もしそれらが演技だとするならばヘスティアが虚偽報告している事になる。

 神の前で嘘を付ける冒険者に覚えが無いし、ガネーシャ達もそんな存在は知りえない。

 

「モンスターの仕業だとして、彼女から引き離すことは出来ないものか」

「目玉を引っこ抜いてみるか? 私はヘスティア様に恨まれたくないのだが……」

 

 聞いた話しでは液体状のモンスターだから浸透した部分がある限り復活する恐れがある。

 駆除する方法はポランを殺すこと以外に無いと言われている。だからこそシャクティは躊躇っている。

 それとうつ伏せになっているポランにガネーシャは戸惑っていた。

 神に対して不快感を与える黒い煙。これがあるかぎり近づけない。無理を通せば可能だが、嫌な予感が全身を駆け巡る。

 

(攻撃対象が分かれば後は対処方法を敷くだけだ。けれど、彼女の気持ちは……混乱していそうだな)

 

 もし、このまま迷宮都市オラリオから追放という事になれば更なる被害が別の場所で起きる、可能性がある。かといって謹慎や監禁はポランの人格を壊す。

 総合的に考えて被害はモンスター一匹分と巻き添えでケガをした数名。モンスターを除いた死者が居なかった事は幸運だとしても、どういう沙汰を下せば納得するのか。

 意思疎通に難があるとはいえ、懸命に努力を重ねてきた事は報告で知っている。

 

(追い出した後は物乞いになるか、そのまま何者かに襲われて人知れず死ぬか……。私個人としては不幸な目に遭ってほしいとは思わない)

 

 なにより幼い少女だ。懸命に頑張る姿を見れば誰もが保護欲を掻き立てられる。

 それは他の眷族にも言えるが。

 

(モンスターとの対話……。それに望みを託すしかないか。しかし、そんなことが果たして可能なのか、ではなくやるしかないんじゃないか?)

 

 丁度、熟練の調教師がたくさんいる。ただ、見た目が悪い。印象も悪くなる。

 ため息をつくシャクティ。自分が思いついたとはいえ、何とも酷い案だと軽蔑しそうになる。

 

「罰を……受ける気はあるか? まことに不本意な事だが……」

 

 シャクティの提案にうつ伏せのポランは頷いた。

 潔いところがまた良心を攻撃する。

 早速他の団員から調教に使う首輪を持ってこさせ、ポランに身に着けさせた。

 

(モンスターとしての特性があるなら何らかの反応がある筈だ。……最初からこうすれば、なんて出来るか)

 

 冒険者としてのポランには何の意味も無い物だが魔石を持つモンスターならば制御出来るはずである。

 被害を抑制するためにも心を鬼にする。

 

        

 

 見栄えがとても悪いし、ガネーシャがとても心配しだした。

 そもそも人間(ヒューマン)の少女に首輪を付けるのだから神々の会合に――もし――情報が洩れたらいいように遊ばれる。

 シャクティとしては主神に涙を飲んでもらうしかない。一緒に話しの種にされる覚悟は決めた。

 

(後はモンスターの特性が現れた時に発動させるだけだが……。一発殴るか?)

 

 罰という事なら拳骨一発はありえるけれど、少し抵抗を感じる。

 腕を骨折しているという事だから、後々勝手に表れるかもしれない。だが、念押ししておく意味でも、と。

 苦渋の選択の末、シャクティはポランのこめかみに拳を見舞った。

 ついうっかり。思考の中では子供を叱る程度の一発にする予定だった。それがどういうわけかモンスターを倒す(くせ)が働き、遠くに吹き飛ばした。

 

「うあっ!」

 

 レベル4の()()本気の一撃だ。顔面の一部が粉砕骨折していてもおかしくない。なによりシャクティの力は相当に強い。

 らしくない、と思いつつポランに駆け寄るも彼女は口や左目、無事な左耳から血が出ていた。

 

(うわぁぁ! 私は何て愚かなんだ。ああ、アーディ……。幻なのにえらく怖い顔にならないでくれ……)

 

 かつて存在した大切な人物の顔を幻視したが、それがまた深層域のモンスターも逃げ出すような憤怒の形相だった。

 か弱い女の子に容赦のない顔面攻撃(パンチ)。怒るなという方が無理だ。

 

むっ!? シャクティ、気を付けろ。気配が強まった」

「そ、そうか」

 

 冒険者だけではいつ襲い掛かってくるか分からないが、黒い靄を見る事の出来る神が側に居た事を思い出し、納得する。

 自分達側も警戒してみたものの気配は掴めない。

 無言のまま団員達に離れるように合図を送る。その後ろ側では何体かのモンスターが騒ぎ出した。

 暴れ出した、というよりは神と同様に嫌な気配でも感じたようだ。それに彼ら(モンスター)は決して調教師(テイマー)を傷つけなかった。

 左が白目を向いたポランはゆっくりと上半身を起こす。

 何度かせき込みながら猫人(キャットピープル)のような腕使いで殴られた顔や口から出た血などを眼帯で確認する。

 それからすぐに唸りだした。その様子を見たガネーシャの視界では黒い靄がたくさん吹き出し、怒りを表しているようだった。

 他の団員達に守られた神をよそにシャクティは迎撃の構えを取る。

 肉弾戦を得意としているが相手は先ほどまで大人しかった少女だ。気持ち的には抵抗がある。

 

(……あいつ。攻撃されたら恨みを抱くのか……。それで仕返しに……。モンスター相手でも構わないとなると……、厄介ではあるな)

 

 そう思索している内に物凄い足さばきで接敵してきた。思わず驚いてしまったが、気持ちをすぐに切り替えて迎撃態勢を取る。

 長身のシャクティに対し、小柄なポランは大人相手には厄介な存在であった。事実、懐に飛び込まれたシャクティは迎撃の困難さを知る。

 

「……調教師(テイマー)。スキルを使え」

「は、はい」

 

 複数人による『スキル』の使用により、直ちに首輪が発動する。

 基本的にモンスターに痛みを覚えさせる、というよりは屈服させ主従の誓いをさせるのが目的だ。あまり力技を好まない主神の命令で普段であれば長い時間をかけて信頼関係を築く。

 今回は緊急時の為、多少痛めつける事も視野に入れていた。

 

「……はぁ?」

 

 急に身体の動きが止められ、ポランは辺りを見回す。といっても黒い眼帯だが。

 上手く『スキル』が効果を現したようだ。

 様子を見ようと顔を近づけてきたシャクティの顔を殴ろうと威嚇しながら右手を繰り出す。

 

「威勢がいいな。……今のは私が悪かった。痛かったろう。……回復薬(ポーション)を持ってこい」

「いいん、ですか?」

「ガネーシャが許す。団長の指示に従ってくれ」

 

 心の広い主神で本当に良かったとシャクティは思った。

 分け隔てなく生き物を愛そうという心を持つガネーシャ。それゆえに人望が厚い。団員数もオラリオで一番と言われている由縁である。

 

        

 

 拘束されたポランはシャクティの手によって顔に回復薬(ポーション)を塗られると先ほどまでの憎悪の炎を消沈させた。もちろん、ガネーシャの見解だ。

 唸り声は続いているが落ち着きを取り戻しつつあるのは分かった。

 実際に目にして驚く変化にシャクティも言葉を失うほどだ。

 

女戦士(アマゾネス)の狂化に似ていなくもないが……。これが憑衣か……。本当に厄介だな)

 

 安心したのも束の間、脛を蹴られた。

 駆け出しの力とは言え、結構響き、思わず体勢が崩れる。それを見計らったように身体を回転させて後ろ向きからの一撃を加えてきた。

 知る者が見ればその攻撃をこう呼ぶ。

 

 裏拳。

 

 意表を突かれる形で打ち込まれた一撃にさしもの【象神の杖(アンクーシャ)】も今度こそ地面に倒れ伏す。

 痛み自体は大したことは無い。けれども衝撃は大きかった。特に気持ち的な部分が。

 

「だ、団長っ!?」

「……だ、大丈夫。大事は無い……。驚いただけだ」

 

 脚の攻撃からの連携に驚いた。そして――

 こんなに簡単に地に伏せるとは思わなかった。

 

(……おいおい、なかなかやるじゃないか。こんな攻撃で倒されたのはいつ以来だ?)

 

 追撃があるかと思ったが無かった。

 転がりつつ距離を取って確かめると腰に手を当ててシャクティを見据えている姿が見えた。実にふてぶてしい態度で。

 レベル4の冒険者をものともしないモンスターは深層域くらいだと思っていたが、と自然と湧き上がる闘争心にシャクティは思わず(わら)った。

 はたから見れば邪悪な笑みだ。一部の団員達は嫌な予感を感じたり悪寒を感じたりしている。

 

(あ、いや。駄目だ。攻撃してはダメだ。落ち着け私……。モンスターに見えるがポランだ。か弱い少女だ。駆け出し、駆け出し……)

 

 本気で戦うとなったら確実に殺してしまう。少なくとも身体はポランのものだ。彼女の意思とは関係ないところで攻撃を繰り出したモンスターに責任がある。

 見た目には凛々しい麗人のシャクティも年下には弱かった。もちろん、誰でもいいわけではない。

 その後、落ち着いて拘束するように言いおいて団員達がポランの手を取り、静かに組み伏せていく。ここで大事なことは焦らないこと。それと攻撃の意思を見せない事だ。

 その結果、大人しく地に伏せる事になる。

 

        

 

 何も情報を得ていなければポランを地面に押さえつけるだけで何人か吹き飛ばされていた筈だ。それが情報一つ貰っただけで被害が無くなる。

 取り扱いが難しい眷族は初めてで思わず苦笑が漏れる。

 

「……対応策を敷くだけでここまで容易になるとは……。全く不思議な生き物と化したな……」

「ガネーシャもびっくりだ。伝え聞いた話では背中から煙が出たら気を付けろと言われた。それは眷族にも見えるらしい」

「私も聞いたが、今のやり取りでは確認できなかった」

 

 複数の団員達に抑え込まれたポランに声をかけるガネーシャ。自分達は怖くない。友達になろう、と。

 しかし、当のポランは唸るだけだ。それと左目が白いので気絶状態だと気づいた。

 

「しかし、これで益々安易に追い出せなくなったな。この場合はどうすればいいのだ、ガネーシャ?」

 

 安易に殺すわけにもいかないし、もう一度殴ってモンスターの方を上手く気絶させる。

 そんな器用な事を出来る自信が無かった。

 ならば、餌付けしかない。幸い、回復薬(ポーション)の恩恵は理解しているようだ。それと無尽蔵に欲しがらない。

 凶暴性は増すが肉体変化は確認できなかった。気絶した相手を起こすには、と考え顔に冷水をかけてみる事にする。

 すると意識を取り戻したポランが何事かと慌て始める。

 

(……もしかして、このモンスター……。水が弱点なのか? 黒い靄は聖水か何かで簡単に洗い流せると聞いた気がするし。もしそうならとっくに右目の黒い部分が解消しているか……)

 

 シャクティはポランに顔を見ずに鎮める事を頼んだ。もちろん、窒息しないように気を付けると約束して。

 モンスター乗っ取られて暴れるのは本意ではなかった彼女は快く承諾した。

 早速、水桶に水を並々と入れたものを運ばせ、それに右目を沈めるように顔を付けさせた。

 ほぼずっと発生していた黒い靄はガネーシャが見たところ、水中に消えていっているという。ただ、黒目だけは解消できない。

 眼球を抉ってもう一度、顔を沈めるかという考えが浮かんだが残酷性によって良心が痛んだ。特に幻で出てきたシャクティの妹の形相が一段と怖かったので。

 

(ごめん、ごめん、ごめん)

 

 幻の妹に叩かれるシャクティ。今回は仕方ないので諦めるが危機に陥ったら妹が止めてもオラリオを守るために眼球は抉ると誓う。

 多くの団員とたくさんの住民の安全こそが優先される。

 ここに個人の感情は持ち込めない。だからこそ心を鬼にする。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。