普段は活気に満ちた通りの一角――この日は特に顕著に暗く沈んでいた。
大勢の通行人や住人たちが詰め掛けているわけではない。居るのはごく少数の顔なじみばかり――
それでもそれだけの少数でも――暗黒空間のごとき場を作り出すのに成功しているのは不可思議としかいいようがない。
現場は『豊穣の女主人』の裏手の空き地。
小雨が止まない悪天候にも関わらず、十数人ほどの地元人が立ち尽くしていた。
その中でもひときわ目立つのが偉丈夫のドワーフ『ミア・グランド』の存在感だろうか――巨漢ではある。
居合わせた者達の中で泣いているものはごく少数――
殆どが元は冒険者だったり裏家業出身の者達――他人の死に慣れ過ぎているほどの猛者達が揃っていた。
「たかがゴミ捨て一つ頼んだだけなのに……。どこをどうすればこんな惨状が出来上がるっていうんだい」
大きく残念な気持ちを吐露しつつ息をつくミア。それに答えられる者は居らず、けれども単なる独り言にしては大きな声だった。
†
現場は破壊の痕跡が今も残る廃墟寸前の有様。
倉庫は無事だが辺りの家屋は崩壊が激しい。
戦闘に巻き込まれては堪らない、と思った住人は耐えるか、早々に逃げ出す。
『迷宮都市オラリオ』は一見平和そうだが、派閥抗争や犯罪者が跋扈する意外と物騒な一面がある。――当然のように貧民街があったりする。
惨状を作り上げたのは鋭利な刀剣によるものではなく、鉄塊や無骨な武器でも使われたような――乱暴な得物による仕業としか言いようがない様子だった。
「単なる賊ってわけではないみたいニャ。……ポーラを相手に随分と苦戦を強いられたって感じニャ」
普段は酒場で従業員として働いているが、今回はミアの命令でギルドの調査が入る前に現場検証を
それと――不都合な証拠隠滅も兼ねて。
「あの子はレベル0だったんじゃないのかい?」
「それが本当だったら【剣姫】が【片翼剣姫】になってないニャ」
その『二つ名』は正式なものではなく、暫定的――または限定的な呼称となっている。
【ランクアップ】前のレベル3冒険者を駆け出しが半殺しにする。――普通に考えれば夢物語もいい所――
どういう方法を取れば可能となるのか――
ミアたち赤の他人には窺い知れない事だが。
「……で、
流石に遺体まで隠蔽する事は出来ない。現場を保存する事は最低限度の規則に入っているし、ミア達もそれを遵守する気持ちがあった。その上で問題の『頭』とは言葉通りの意味だ。
「排水溝にでも落ちたのかも……。あちこち穴だらけだし……。先日の大雨で大量の水が流れ込んでいるところから……」
「……ああ、分かったよ。しかし、困ったね~。……本当に……」
頭が無くとも居なくなった従業員が
幼い子供の体型で使いに出したのは一人だけだから。
「これだけの惨状だから相手も手負いの筈……。母ちゃん、命令してくれれば下手人を探してくるニャ」
ただし、と付け加える。
大雨により匂いでの探索は絶望的だと告げる。
足跡は論外。
であればどう探すのか。
ミアの手には『証拠品』がある。だが――彼女は迷っていた。
単なる怨恨なのか、と。
†
沈黙が現場を支配した後、その後の調査や周辺への被害状況は専門機関に委ねる事にして、それぞれに黙祷を捧げさせた。
花など綺麗なものは凄惨な歴史を持つ迷宮都市には似合わない。
冒険者はいつ死ぬか分からない仕事だ。時にはギルドの抗争で殺し合いも起きる。
それが当たり前の大都市において一人の少女の死にどれだけの価値があるものか――
神が実在する世界において、その神自身の見解は実に淡白なものだ。
死んだら魂を天界に送り届けるだけ。
事務的な手続きを除けば下界の問題に彼らも深く干渉しないし、出来ない。
神自身が取り決めた
それから天候が回復したある日、未だに包帯が取れない【片翼剣姫】が一人で『豊穣の女主人』の裏手の空き地に訪れた。
団員の報告を聞いて行くかどうか迷ったけれど――それでも行くことを決めた。
この手で確実に葬ると誓った相手は自分以外の相手に敗れ去った。
「……君は……解放されたの?」
何の恩恵ももらえなかったごく普通の冒険者だった少女。
自分と同年代の女友達、だった子。
仲良く遊ぶよりも死闘の時間の方が長かったような気がするけれど――
それでも
(……教えた技はちゃんと使えた? ……ただで負けるような君じゃないと思うけれど……)
単なる武器同士であればレベル2程度までは抵抗できる。しかし、魔法も扱う冒険者ともなれば話しが随分と変わってくる。
現場の破壊程度からも推察できる。
確実に敵は少女を強敵と認識した筈だ。たかが小さな女の子を仕留めるのに派手な攻撃を取るのは素人くらいだ。――だから敵はある程度戦える者に限られる。
(……だけど、もし君が『反転』する事態に陥っていれば……。その上で、この現状ならば……相手はレベル4くらい? そんな敵と戦ってたの?)
もし仮に強盗の類で元レベル4の冒険者ともなればギルドが黙っているわけはないし、そこまでの手練であれば『豊穣の女主人』の従業員に手出しなどするものなのか、疑問に思う。
アイズでもミアにケンカを売る度胸は無い。それほどの傑物だ。
仲間の『ベート・ローガ』も――
団長の『フィン・ディムナ』は性格的にも無理だ。というか賊に相応しくない。
いくらベートでも私怨での戦いは取らない。
性格は荒くれ者だが弱い者を率先して狙ったりはしない。相手がモンスターなら話しは変わるか、と少しだけ残念に思う。だが、それでも蹴りを主体にするベートは犯人足り得ない。
少なくとも彼を犯人に仮定すると死体は綺麗に残らない、と推測する。
色々と予想してみてもまともな答えは出て来ない。というか仲間以外の仮想敵が浮かばなかったのは気に病む事態だ。――後で他の団員達も夢想してみた。
軽く溜息をついた後、かつて存在した
†
静かな時が流れ、一時荒れた神『ヘスティア』も体力回復に努め始めていた。側に居る新しい団員『ユーカリン・ナナツタエ』の献身的な介護――のようなものを受けたお陰と言える。けれども気持ちの整理はすぐにはつかない。
初めて出来た眷属でもあるのだから当たり前だ、と声無き絶叫を上げる神ヘスティア。
そのせいもあってか、ここ数日の彼女の顔つきは険悪であった。ユーカリンは食欲不振による苛立ちではないかと思っている。
茶髪碧眼の少女は甲斐甲斐しく
「そういえば、ナナツタエ君はダンジョンに潜っているのかい? このところ聞きそびれていたけれど……」
「神様が心配で三日に一度というペースです。日々の食事代しか稼げてません」
苦笑しつつ報告する。
そこに嘘は無く、見た目の怪しさからついつい勘ぐってしまうのだがユーカリンは前の団員並みに素直で良い子のようだ、とヘスティアは感じた。
生まれた環境の違いで見た目の印象は随分と違うものだと感心する。
それ以前に彼女のような怪しい暗殺者っぽい冒険者を普通に出迎える冒険者ギルドも結構すごいのでは、と。
効率の良いモンスターの殺し方講座とか普通にしてそうで怖い。
(冒険者ギルドのアドバイザーも充分物騒じゃないか。よくよく考えたら凄い世界だよ、地上というのは……)
退屈を持て余す天界とはえらい違いだ、と嘆息するヘスティア。
安心したら嘔吐感に襲われた。
ここ数日、精神的に疲弊していたこともあり、胃液が逆流しやすくなっていた。
ユーカリンが素早くお腹に優しい飲み物と食べ物を用意する。実に手馴れた動きで感心する。それと気遣いが今はとてもありがたかった。
――そうでなければ今頃部屋中悪臭まみれだ。
掃除が好きなのか、隙あらば部屋を片付けている。
(……そういえば折角来てくれたのにボクはこの子の事をちゃんと見てなかったな)
ヘスティアの【ファミリア】に入団する奴は物好きくらいだ、と揶揄されていた日々が思い出される。
失敬な、ボクだって魅力くらいあるぞ、と喚き散らしたい気持ちでいっぱいだった。だが、現実は残酷だ。
何故か今まで団員になろうという殊勝な子が全然現れてくれず、殆どが【ロキ・ファミリア】などの大手に取られてしまった。
零細友達の【ミアハ・ファミリア】は事情がまた違うようだが――
†
天候不順と様々な不幸な要因で
団員が一人だけだし。また、何のスキルも発現していない普通の冒険者――見た目は除く。
戦闘経験が少ないので【ステイタス】の伸びは悪いけれど、
ユーカリンは『器用』と『敏捷』が伸び易い。それ以外は微増――
(……問題はナナツタエ君が
裏家業出身者は子供も同じ道を辿るもの。けれども彼女に悪の道に進んでほしくないと個人的には願っている。
どんな子にも道を選ぶ権利があり、神にも善悪が存在する。
天界を荒らし回ったロキがいい例だ。
(苦情を受けるような仕事にだけは手を出さないでおくれよ)
怒られるのは主神たるヘスティアなので。最悪、退屈な天界に強制送還されてしまう。
のんびりと地上を満喫したいので荒事は勘弁してほしいところだ。
色々と考えていたら眠くなってきた。
このところ体力が無くて浅い睡眠を繰り返していた。それも少しずつは改善しているけれど、まだ本調子とは言えない。
神とて病気を患う。何故かは不明。
酒を飲みすぎれば二日酔いになる。
(ナナツタエ君の用意してくれるお粥とかのお陰で改善に向かっているとはいえ……、実に情けない)
唸りつつも眠気に身を任せる。
折角整えてもらった髪形もすぐに台無しになるが、すでに寝息を立て始めるヘスティアだった。
神が眠ったところで身支度を整えていたユーカリンが甲斐甲斐しく眠る神の身体に毛布を乗せる。
「……雨が長引いたせいかな。私も少し風邪気味のような……」
身体が資本の冒険者家業なので無理をしない事にした。
一日いっぱいを掃除に費やしても良かったけれど、折角晴れたので街の様子を頭に入れる事にする。
オラリオに来てまだまだ知らない地域が残っていたから。
†
ヘスティアの様子を気遣いつつ身の回りの世話に重きを置いていたユーカリンも疲労には勝てず、道端で嘔吐する事態に陥った。
稼ぎも少なく、毎日同じものばかり食べてきた為、栄養が偏ってしまったらしい。
装備類はギルドから借りられるとしても現状を打破しなければ長期戦闘には耐えられそうにない。
そんな中、いつものように定期的に浅い眠りについているヘスティアの様子をうかがいつつ、今日の献立を考えている時、珍しく
熱は無いが定期的に悶えるので、相当過去に辛いことでもあったのだな、と思い乱れる毛布を直しつつ噴き出た汗を拭う。
「……ぐうぅ……、ヴァレン
憎き仇敵としてよく出る名前だ。他には誰か居るのかと思いつつ待っていても出て来ない。
現状では一人だけ。
寝言で他人の名前が出るのはよっぽどの事が無い限り――
そうは思っても恨み言はいつまでも溜め込むものではない。ユーカリンとしてはそう思っていた。
拘りは戦闘スタイルだけで標的に対する憎しみなどは視野狭窄に陥ると先輩冒険者から教わった。――その次の日にギルドが壊滅したわけだが――
裏家業は意外と淡白で、私怨で働くものは少ない。
(折角
病弱だけど――
貧乏だけど性格は明るいと教わった。それなのに寝込む日が多くて驚いた。
それぞれ【ファミリア】には『顔』と呼べる特色がある。
ダンジョン攻略の探索系。
アイテム販売の商業系。
武具製作の鍛冶系。
作物育成の農業系――などなど多岐に渡る。その中でも犯罪に手を染める犯罪系も含まれるが――
【ヘスティア・ファミリア】は探索系に属する
活動期間が短くて系統が定まっていないようだが、運営方針としてはダンジョン攻略に重きをおいている。
それに対してユーカリンは文句は無かった。
他の冒険者の事は知らないけれど、私怨による目的は無く、一日を楽しく過ごせたら満足する。
目下の楽しみは神様の世話だ。
親を早くに亡くしたせいもあり、ヘスティアを親代わりとしてもいいかな、と。
今後の活動内容が物騒にならない事を祈りつつ、廃墟の建て直しを計画する。
天候次第で
†
神様が行動不能に陥っている間、短期間だけダンジョンに潜るもヘスティアのことばかり考えてしまい戦闘に集中できない。
そんな中、二階層目で『魔石』を回収していると灰色のボサボサ髪の
ぶつけられた、というよりは軽い貧血でよろめいた拍子の事故だ。
「……ちっ」
不機嫌な顔で舌打ちする
すぐさま飛び退るも視界が急にグルグルと回りだして体勢が安定しない。
思いのほか、モンスター討伐に手間取って体力を失ったか、と。
「……そんなんでモンスターと戦ってたのか……。このところ貧弱な奴等ばかり潜ってねぇか?」
独り言を割りと大きな声で呟く
その後、ぶちぶち文句を言いつつ何所かに去って行った。
――弱い者イジメに遭わなくて良かったとユーカリンは安堵する。
冒険者の中には駆け出しをいびる
遅かれ早か犯罪系【ファミリア】は他の【ファミリア】との抗争は避けられないし、討伐対象にされてもおかしくない。
それでも何かしらの信念を持って行動していた筈だ。そして、そんな【ファミリア】を造った主神はクズの見本のような神様だった。
(といっても会ったのは三回ほどですけど)
眷属になる儀式の時と【ステイタス】更新の時――それと【ファミリア】を退団する時だ。
基本的に一度眷族となる契約を交わすと自分で契約を解く事が出来ない。必ず契約した神自身の手によって退団の儀式を受けて成功を修めなければならない。
自分は運が良かったのか、まだ年若い子供だったからなのかは分からないが、あっさりと退団できた。
(退団できないと
【ファミリア】を潰されても【ステイタス】が自動的に消滅するわけではない。
しかし、とユーカリンは疑問に思う。
前の【ファミリア】は結局のところどんなところで、誰に滅ぼされたのか、と。
†
定期的に【ステイタス】の更新を
『力』の伸びは今ひとつだが『耐久』が急に増え、それ以外は――『魔力』を除けば――順調と言える。
他は目ぼしい報告も無く――
それとヘスティアの体調も幾分か良くなってきて、一週間に一度のペースでアルバイトを始める事に決めたらしい。――決めただけでまだ外に出ていない。
――本来、神は
知り合いの殆どは働いているので。
「……そういえばナナツタエ君のような若い冒険者って珍しいんだよね。大抵は十代後半から……。ギルドに大人たちがたくさん居ただろう?」
「はい」
「一般的な冒険者は何年も仕事に従事するものだから……。若ければいいってものでもない。ロキんとこに居る団長達は古株だし、他も大体はいい歳だよ。それゆえに人生経験によって長生きし易い。反面、想定外の事に対処しにくいところがあるんだ」
眷属なって今まで出来なかった冒険者としての心構えや対話を試みた。
ずっと介護生活が続いたせいで、申し訳ないと思っていた。
格好を除けばユーカリンはとても良い子。
知り合いの神からの噂話にも悪いものは聞かれない。仮にあれば何らかの苦情がギルドから来る筈だ。――来ても困るけれど。
「ボクは眷属を束縛する気は無い。……本当はいやだけど、退団する時は言ってくれ。何か課題を出したりするような事はしないと約束する」
「ありがとうございます」
「……束縛しないからって何してもいいって意味じゃないよ。ボクの【ファミリア】は健全をもっとうとしているからね。……団員が一人だけだから大きな声で言うのは恥ずかしいけれど……」
それでも自分の【ファミリア】を選んでくれた事には深く感謝している。それとお世話を今まで続けてくれてありがとう、と。
†
その夜、仲良く就寝しているとヘスティアが例によって魘され、何者かに対する恨み節を披露する。これは朝になると綺麗さっぱりに忘れるらしい。しかし、聞かされるユーカリンはその時だけは目が冴えて寝不足に陥る。
裏家業は就寝時が一番狙われやすい、という教訓が身体に染み付いているせいだ。
それもこれも生まれ育った環境が悪い。
ある日の事、思い切って度々言及される『ヴァレン何某』とは何なのか尋ねてみた。このままではまた体調不良に陥ってしまうので。それと正体についてはすでに調査済みだったけれど、あえて質問してみた。話題づくりの一環として。
「……まだボク、そんな寝言を言っていたのかい? ……ごめんよ」
「
又聞きですけど、と。
十二歳の子供なのに難しい言葉を良く知っているな、とヘスティアは感心する。
そういえばユーカリンは幼いながら色々と気がつくし、疑問点を指摘してくる事が殆ど無い。――せいぜい冒険者の仕事くらいではないかと。
生活において一人暮らしが出来るほどの技術を既に持ち合わせている。それは彼女の手料理からも想像が付く。
元々土台が出来ている子なんだな、と少し羨ましそうな目で見つめた。
コホンと呼吸を整え、ボロいソファの上でヘスティアは姿勢を正す。
「あんまり人様の悪口を言うのは良くないけれど……。
今は【片翼剣姫】と呼ばれている期待の第二級冒険者。
このところ活動を控えていて冒険者ギルドでもあまり噂話は聞いていない。
ユーカリンもギルドの中で噂話として名前は聞いていた、と言ってこっそり相槌を打っておく。へー、その人がヴァレンなんとかさんだったんですね、と。
ヘスティアに気持ちよく喋ってもらう為に――色々と――決して否定の言葉は――知ってましたよ、とか――言わない。
ユーカリンはヘスティアの話しに『知りませんでした』と言っていないので嘘をついている、と見透かされる事が無かった。それゆえに感心する彼女につい口が滑る。
「……その『アイズ・ヴァレンシュタイン』とうちの元団員が何か因縁があると?」
一気に話しを進めたユーカリンに対してヘスティアは目を見張って驚いた。
色々と聞かなければならない質問を通り過ぎなかったかい、と。
例えば最初は正式な名前から、とか。次に所属の【ファミリア】の詳細とか。
逆に唖然としてしまった。
寝言で他にも喋っていたようだと反省しなければならない。
「ま、まあそうなんだよ。……元団員……ね。君の前に一人居たんだけど……。訳あって退団する事になったんだ。その原因を作ったのがヴァレン何某さ」
原因というか、本当ならば礼を言わなければならないのだが、どうにも恨み言しか出て来ない。
あんな良い子をこてんぱんにしたんだから、と。――もちろん、やられっ放しにはならず、かの【剣姫】を半死半生まで追い詰めたのだから大したものだ、と思ったところで表情が綻んだ。
けれども、そんな心境を新しく入ってくれたユーカリンに言うのはさすがに抵抗があった。
†
どちらが悪いかと言えば大部分で自分達側だ。それは認めなければならない。けれども、ヘスティアは素直に悔しかった。
零細貧乏【ファミリア】としてバカにされてきた今までの鬱憤が一気に晴れた――のは紛れも無い事実――と、同時に戦いを了承してくれた【ロキ・ファミリア】にも借りが出来てしまった。
「ボクとしてはいつまでも恨みがましく言うつもりは無かったんだけどね。……夢でまだ文句を言っているのは申し訳ないな」
「……神様が命じてくれれば……、アイズ・ヴァレンシュタインを始末してきますよ」
と、あっさりと言ったユーカリン。
それに対してヘスティアは『へっ?』と、気の抜けた顔で言った。
この子は今何と言った、と。
「いやいやいや。物騒な事は無しだよ、ナナツタエ君。復讐とか暗殺とかやっちゃ駄目だから。あとうちの【ファミリア】としても不味いし」
下界に降りた神として日が浅く、早々に退屈な天界に送還されたくない。
貧乏ながらも下界の暮らしはそれなりに有意義だと思っているので。
「もちろん今の自分に第二級冒険者は屠れません。けれども、恨みだろうと何かを目標にする事は正しいと思います」
「……正しさが危ない方向だよ。それだといずれ【ファミリア】同士の抗争に発展しちゃうじゃないか」
と言っても【ヘスティア・ファミリア】の団員は現在一名。これで抗争を起こすのはきっとバカだ。ヘスティアですらそう思うほどに。
【フレイヤ・ファミリア】じゃないぞ、うちは、と叫びたい気持ちになった。
「原因を取り除かないといつまでも恨み言は続きますよ、神様」
それはそれで困るけれど、物騒な思想も困る。
正直に言えば私怨は嫌いな方だ。
だが、寝言で愚痴を言って迷惑をかけているからこんな話しになってしまっている。
「……仮に原因を取り除くとして、寝言は止まるものかい? 余計に厄介ごとが増えると思うんだけど……」
恨み言を肯定するとして、原因を解決しても元団員の『あの子』は帰ってこない。もう二度と――
少なくとも寝言の根本原因であるアイズ・ヴァレンシュタインは良くも悪くも『あの子』の剣の師匠でもある。よその【ファミリア】の団員だからといって仲良くする事を止める権利は
†
ユーカリンに正しさを説いたとしても根本原因が解消されたわけではない。――というより自分が原因だ。
今のままではいつまでも夜中に煩い寝言で彼女を寝不足にさせてしまう。
そうなれば暗い感情がどんどん渦巻くに違いない。まさに先日までの自分のように。――今でもまだ本調子とは言えないけれど。
「……命じるといっても駆け出しの君に倒せるような相手じゃないと思うんだけど……」
「倒すべき敵を目標として頑張ればもっと強くなれるのでは? むしろ戦いを挑んだほうが【ステイタス】の伸びが良くなると思いますが……」
「なら素直にヴァレン何某に挑戦したい、でいいじゃないか。びっくりしたよ」
どういう教育を受けて育ったのか、聞くのが怖くなってきた。
少なくとも自分の【ファミリア】から
「挑戦するのは良いのですか?」
「【ファミリア】の抗争に発展しない範囲では……。まあ……、いいんじゃないかな。軽く揉まれる程度なら……」
どのような方法でならば相手をしてくれるのか、ヘスティアには分からない。
こちら側がのこのこ行っても大手は大抵相手にしないものだ。
元団員はその点では偶然の出会いがあったからこそ親しくする事が出来た。そうでなければ普通に敵だ。――たぶん。いや、商売敵かな、と。色々と表現を模索する。
「君の場合は命じたら殺してきそうで怖いよ。そういう物騒な案件は無しで頼むよ」
試しに命じて暗殺でもしようものなら別の意味で魘される。
性格は真面目で明るいと思っていたのに――
意外な欠点を見つけてとても残念だと思った。
「とにかくだ。純粋に強くなる為の戦いであるならばボクは無理に止めたりはしない。命のやりとりはまた別問題だ。いいね?」
「はい」
返事は素直なのに――
ユーカリンの本質は神でもよく理解出来なかった。
嘘はついていないし、これはどういうことかな、と疑問ばかり浮かぶ。
正直な暗殺者ということか、と。
「……でも、敵討ちとまでは言わないけれど……。ヴァレン何某を倒せるくらい強くなってみなよ。あと、いきなり暗殺とかは無しだよ」
「はい。頑張って強くなります」
「それから、ダンジョン攻略も頑張るように。ボクも団員を増やすために頑張るからさ。一人で無理はしないこと。危なくなったら逃げてもいいんだから」
本来はダンジョン攻略の為の言葉なのだが、どうにも対人戦も含まれているような気がしてならない。
冒険者はよその【ファミリア】を潰すのが目的ではない。それはまた別の話しだ。
次の日、早速喧嘩を売りに行くのでは、と気になって眠れなくなったヘスティアと寝言が無くなった事で久方ぶりに安心して熟睡する事が出来たユーカリン。
†
安眠の為にヴァレン何某との決着方法を考えつつ大事な眷族の為に奮闘する事を新たに決意する。
さしあたってアルバイトだが、健康面も気にしなければならない。
出来るだけユーカリンにはダンジョン攻略に集中してほしかった。
曇り空の外の世界に出たヘスティアは大きく深呼吸する。いつまでも薄暗い地下生活は身体に悪い。
(飲食店か露天商か……。それより
元団員が残した資金が隠されているので。
装備品はどうでもいい。市販品だから。
大手【ファミリア】のように留守番が居ると助かるが――
出掛けるより前に資金の管理をギルドに相談する方が先だ。貸金庫とか。
大金を持ち歩くのに慣れていないヘスティアにとって賊などに狙われるとあっさり奪われてしまうおそれがある。
そんな事を考えていると見覚えのある灰色のボサボサ髪をした
この際、助っ人は多いに越した事はない、という気持ちで声をかける。すると相手側は突然の事に驚いたようだ。
「【ヘスティア・ファミリア】の神様じゃねぇか」
「やあやあ、
見た目は凶暴でも冒険者の殆どは神に手を出さない。または危害を加えない。そして、その逆に冒険者が恐れおののく対象も神は――割り合い――平然と接してくる。
貧相でも天界から降りてきた
ヘスティアが声をかけた相手は【ロキ・ファミリア】の団員『ベート・ローガ』で、現在色々と情報収集の為に辺りを散策していた。
「それなりに忙しいんだけど……」
気安く話しかけてきたヘスティアを煩わしそうに一瞥しつつ一応の挨拶をする。
これが自分のところの主神でも態度に大差は無い。
「10ヴァリスあげるから護衛を頼まれてくれないかな?」
ニコニコと――それでも目に隈が残っていたり、顔色が多少悪い状態だったが――微笑みかけつつ頼みごとを試みた。
護衛に10ヴァリスは少なすぎる、とはさすがに言わないが内容にベートは驚いた。
いきなり捕まえておいて護衛とは何だ、と。
(おいおい……。神様ってのはどいつもこいつも理解できねぇ)
ベートの目的は半分ヘスティアに関するものだったので断る選択も出来たが、後悔しそうな気持ちもまたあったので、口元を歪めつつ呆れて、困惑する。
先日の
「そんなはした金なら要らねぇよ」
「そうかい? お金は大事だよ。ギルドまで片道でいいんだけどさ。物取りに襲われると困るから、ちょっとの距離の護衛だけど頼まれてくれないかな。帰りは自分の足で戻るから」
「団員は……居ないのか?」
と、言った後で、しまった、と顔をしかめるベート。
この話題はヘスティアにとっては繊細な問題だったのでは、と思うも当の神は特に変化を示さなかった。――最悪、突然泣き出すかもと危惧した。
「早朝からダンジョンに行っててね。かといってあの子に頼むのも申し訳なくってさ。ほら、駆け出しだから
平然とした態度と団員が今も居る事に驚いた。つまりもう既に新しい団員を迎え入れた、ということなのかと思い呻く
次に出た言葉にも今日一番聞きたくない不穏な言葉が混じっていた。
先日までの事柄が無ければ断る確率が高かったのに、と残念な気持ちに捉われる。
†
――さすがに大金をふんだくれるような相手ではないので無料奉仕だ。
(貧乏【ファミリア】といつも聞かされているしな。……だから10ヴァリスなんだろうけれど……)
子供のお使い並みに酷い報酬ではあったが、神ヘスティアの場合は本気なんだろうと――
ジャガ丸くんだった場合はアイズなら即効で受ける絵が浮かんだ。それも、手負いの今でも断りはしない自信がある。
「片道でいいんだな?」
「引き受けてくれるのかい? ありがとう」
笑顔で喜ぶヘスティア。しかし、ベートにはそれがとても痛々しく見えた。
どう見ても無理をしているようにしか見えない。誰が見ても同じ感想に行き着く。
猛烈な罪悪感が襲ってきたが懸命に受け流した。
「前の子の蓄えを預けようと思ってね。しかも我が【ファミリア】にとっては大金だ。ボクは物取りに対して無力だから」
(俺がその物取りっていう考えは無いのか? 信頼されているのは悪い気がしねぇけど……)
神の笑顔は不思議な力がある。
能力を封じられているとはいえ神はやはり下界の者達にとって畏怖すべき対象――
いつもふざけた調子のロキ相手でさえ自分は力でねじ伏せるような事はしなかった――いや、出来なかった。
暴力が通用しないわけではない。
つかみどころがない。
それゆえか、相手にするのが面倒だと思わせるし、調子が狂ってしまう。
何故かは分からない。
そんな事をふと考えていると重そうに運んできた皮袋を一つずつベートの足元に置いて行く。
非力なヘスティアは一度に一袋が限界だった。――それを合計で三つほど。
「貨幣も随分と重いもんだね。君らは普段、どういう支払いをしているのか疑問だよ」
大手【ファミリア】ともなれば買い物に使われる金額は膨大だ。数百万から数千万ヴァリスは当たり前。――しかし、それをどうやって支払うのか。
皮袋であれば相当な重量になる。
実際、十万ヴァリス分の貨幣を詰め込んだ皮袋は
床が抜けるのでは、と本気で心配した。
――そんな袋をベートは片手で平然と持ち上げる。手の感触で一つ十五万ヴァリスは入っていると予想する。合計――多く見積もっても――五十万ヴァリス。
†
無駄に問いかけるのも野暮だと判断したベートは三つの皮袋を背負おうとした。だが、ヘスティアが丁寧に扱ってほしそうな顔で見つめてきたので抱える事に変更する。
よその団員だからか、信用度が低いのは仕方が無いとしても今にも泣きそうな顔で見つめられるのは苛々する。
ちゃんと運びます、と言うのも気恥ずかしいので無言を貫く。
抱え終わると安心したのか、太陽が照ったような明るい笑顔を向けてきた。思わずまぶしさで顔を逸らしたほどだ。
(……この神様の
自分達の
同じ神なのにえらい違いだ、と。
「受付までお願いするよ。後は向こうの職員に助けてもらうからさ」
「……おう」
仲間だったら『けっ』か『ふん』という返事になる。
神相手だといつもの調子が出ない。それがいい事なのかは分からないけれど。
世間話しをする気が無かったので道中はヘスティアの鼻歌を聞いているだけで済んだ。
前方を意気揚々と歩くヘスティアの身の安全だけは気にしておいた。――そうして何事も無くあっさりと現場に到着する。
ヘスティアは勝手知ったる風のまま受付まで行ったので、実質ベートの仕事は終わったも同然。ただ、ヘスティアが帰る時も気にした方がいいのか迷った。護衛は行きだけで帰りは想定していなかったので。
それとベートには本来与えられた仕事が別にある。そちらも疎かにはできない。
「そうそう、お礼の10ヴァリスだよ。それと帰りはこっちでなんとかするからもう戻って良いよ」
普通に皮袋から
満面の笑みと共に。本心からお礼だよ、と言っているようにしか聞こえなかった。
その無垢なる笑顔にベートは改めて怯む。
「金は要らねぇって言っただろう。それじゃあ……まあ……その、失礼するぜ」
「
つい、神への言葉に『ふん』と鼻を鳴らしてしまった。すぐに気付くも相手はギルド職員と話し込み始めたので訂正する暇が無かった。
小さな失態だが、次で挽回すればいいと判断し、待合室のソファに座り込む。
ベートとしてはすぐにギルド本部から出ても良かったのだが、一度請けた仕事は最後まで責任を持ちたかった。それと与えられた仕事はベート一人だけのものではない。
(本当に金を受け取っていたら守銭奴みてぇじゃねぇか。……そうじゃねぇな。10ヴァリスを受け取る事が恥ずかしいのか?)
小さな子供の小遣いみてぇ、と。
確かに傍目には恥ずかしい絵面には違いない。仲間に見られたらいい笑いものだ。――確実に自分は笑いものにしそうだ。だから余計に恥ずかしく感じてしまう。
†
迷宮都市オラリオは平和な大都市ではない。
天界から降りてきた神の中にはヘスティアのような害のなさそうな者から悪に特化した者まで多岐に渡る。
それぞれの性格を反映した【ファミリア】は都市全体に混乱を引き起こしていた。
表向きには平和そうなオラリオはそこかしこで凄惨な殺し合いが
自分達の【ファミリア】の力を誇示したり大きくしたりする為に。
我欲に忠実であれ。
闘争を好む神であれば尚更だ。
逆に都市の平和を守る【ファミリア】も存在する。
基本的に面白おかしく過ごせればなんであり――それが神の本質。その中には様々な解釈が含まれてしまう。
中には自分の趣味に没頭して他人との接点を断つ神も――
「……
「うぁ!?」
物思いに耽っていたので気配を読み損ねたようだ。
首を傾げるヘスティアの顔が凄く近い位置にあった。
資金の預け入れの手続きに時間がかかる、とのことでひとまず待合室のソファに座って待つ事にした。――丁度、ベートが腕を組んで瞑想しているようだったので、隣りに座らせてもらった。――護衛の意味で。
「……言い忘れていたんだけど……。これはとても言い難い事なんだけれど……」
と、天井を見上げながらヘスティアは言った。
疑問を感じたがベートはなんとはなしに黙っていた。
相手が勝手に喋ることを無理に遮る理由が今は無かったので。
「新しい団員の子が君んとこに居るヴァレン何某君と戦うかもしれない。物騒な事は無しだよ、と念は押しておいたけれど……。君達の【ファミリア】に迷惑がかかるかもしれないから、先に謝っておくよ」
「……なに?」
迷惑、という部分がベートにとって不穏に聞こえた。
それと新しい団員という言葉――
「アイズのことを言っているのか?」
「そうだよ。あの子はまだ……万全じゃないんだろう? それはそれで構わないんだけど、駆け出しの冒険者だから大事は無いと思うけれど……。なんなら
よその【ファミリア】の団員の面倒まで見る気は無い。しかし、襲ってくる敵とは戦う。
それらを考慮すれば適当にあしらう程度には相手をしても構わないし、力の差を見せ付けて二度と立ち向かってこないようにする事も出来る。
神の手前で申し訳ないが、殺さない限りにおいて手加減や手心を与える気は無い、とはっきり伝えた。
それに対してヘスティアは困惑しつつもそれはそれで構わない、と苦笑を浮かべながら言った。
†
おかしな事態を押し付けられた気分になったベートはギルド本部から早々に立ち去る事にした。
しかし、気になる発言が頭にこびりつく。
(また厄介な事態にならなきゃいいけどな)
さすがに同じ事件は起きないと思うが、と。
神ヘスティアには申し訳ないと思いつつも
かといって問題の団員の詳細を教えろ、とヘスティアに尋ねるのは冒険者の規則に抵触する気がする。
基本的によその【ファミリア】の【ステイタス】は秘匿事項だ。よほどの案件でもない限り暴いてはいけないし、大抵は神による『
基本情報は【
(敵討ち? そっちであれば楽か……)
アイズを標的にしているところから【ファミリア】全体を敵視しているわけではないと分かる。それに――神ヘスティアが謝罪してきたのだから怒りをぶつける相手は別に居る。
神に迷惑をかける団員――まるで自分の事のようで腹立たしい。多少の自覚はベートにもある――
何にせよ、生きの良い挑戦者だと思えば迎え撃ってやらなければ――
ただ、駆け出しなら自分の出番はあまり無さそうだ。弱い者だと分かっている相手を率先して狙っても面白くない。
その後、襲撃者とヘスティアの団員の姿は確認できず、仲間と合流し
一日の調査で判明する事は少ないが平穏無事でいる事もまた大事な事だった。
外出を控えていた【片翼剣姫】にヘスティアの事を話そうかと思いつつも言い出しにくい。それは単にベートが話すのが下手だから仕方が無い。かといって仲間は詳細を知らない。
(余計なお世話だろうし、相手が勝手に来るなら嫌でも分かんだろ。……うっかり殺す事はないと思うが……)
現われた時に考える事にして自室に戻る事にした。
今日の内に襲撃に来たら大したものだと思いつつ。
†
ベートが戻ってすぐ【ロキ・ファミリア】が誇る人海戦術の結果、目的の頭部が――多少腐りかけていたが――無事に見つかり、それはすぐに神ヘスティアと『豊穣の女主人』の元に報告が齎された。その後は厳かに荼毘に付させる事が出来た。
その後、血気盛んな【ファミリア】であれば冒険者ギルドにて犯人の捜索、または討伐の
それを揶揄するのは従業員仲間の
だが、復讐したところで気が晴れるわけでも眷族が復活するわけでもない。かといって泣き寝入りする気も無い。
「……少なくともケンカを売られたからには最低限捕まえさせてもらうよ」
偉丈夫の女主人『ミア・グランド』の言葉にヘスティアは黙って頷いた。
時と場合によれば冒険者の誰もが加害者になり、被害者になりえる世界だ。
死者への祈りが終わった後、目下の気がかりは新しく入った団員の動向だった。今は大人しくしているけれど、あの子もまた危険な気配を漂わせている一人である。
それぞれが解散した後、曇天が辺りを暗くする。
誰も居なくなった後、とある冒険者が墓標に花を沿え、すぐに立ち去って行った。