Untold Myth   作:トラロック

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#2-03 地に堕ちる剣姫

 

 前代未聞の珍事は秘密裏に調査が始められ、時と共に話題になるのは【片翼剣姫】の動向だった。

 相変わらず半死半生のような痛々しい姿は変わらないが、それでも熱心にダンジョンに潜り続けている。

 諦めない姿勢が駆け出しに夢を与える。それが『二つ名』を持つ冒険者の定め。

 当の本人は世間の噂など気にせず、いつも通りの感覚で十二階層にて他の仲間との連携を模索していた。

 【剣姫】『アイズ・ヴァレンシュタイン』は不自由な身を不幸とは思わず、これも一つの鍛錬だと自分に言い聞かせていた。

 

(指にかかる力がバラバラ……。これはそろそろ治した方がいいよね。再戦の約束は反故になっちゃったし……)

 

 いつまでも重傷者でいる必要性はない。けれども、折角の機会なのでギリギリまで今の自分のまま戦い続けてみる事に決めた。

 【ステイタス】も極端な乱高下は起きていないし、と。

 

(……常に万全とはいかないよね)

 

 回復アイテムを使わず、どこまで戦闘が続けられるかも分かるので、色々と便利だと前向きな発想が出来る自分に驚いたものだ。

 そんなアイズを離れた位置から見守っているのは副団長『リヴェリア・リヨス・アールヴ』で、今は黙って彼女の動きを観察していた。

 高貴なエルフの女性であるリヴェリアは(くだん)の女友達の消失に少なからず、心を痛めていた。

 アイズにとっては珍しいくらい長期間のダンジョン断ちは結果的にどうなったのか、分からず仕舞いだった。

 見た目には全く変化らしいものが見えないので。

 精神的に成長したな、とか言いたかったが、いざダンジョンに潜らせてみると大して変わっていない戦闘スタイルにがっかりした。

 

(……普段通りである事が成長なのか? ロキの話しとは随分と違うような……)

 

 お調子者の主神の言葉を真に受ける自分もどうかしていると思わないでもない。

 軽い頭痛を覚えつつ、次の階層に移行しようか思案する。

 現行のアイズであれば十七階層までは問題は無いように見えた。もちろん、仲間との連携は必要だが、と。

 

        

 

 戦闘は続けているが【ステイタス】アップや【ランクアップ】には言及せず――

 焦りも今は見せていない。

 元よりアイズが何を考えているのか分からない事もあるけれど。それでも周りが見えていない事は無かった。

 少なくともリヴェリアはそう感じている。

 

「お前の好敵手が居なくなったわけだが……。そろそろそのケガも治さなければな」

「……まだ少し色々と試したいから」

「……そうか」

 

 アイズを完全復活させるのに必要なアイテム類は既に用意が出来ている。後は――出来るだけ早めに――決断してもらうだけだ。

 前回の戦いから随分と日にちが過ぎている。――そう長くは待てない。けれども、それを急かす事もまたリヴェリアには出来なかった。

 

(……【片翼剣姫】か……。アイズをここまで追い詰める()()()()()とは……。このところ闇派閥(イヴィルス)の噂を聞かないのが……)

 

 (くだん)の女友達と何があって何が起きたのだ、と本当は聞くべきところだが――

 過保護に扱う事もまた(はばか)られた。

 少し前の血に飢えた獣であればもっと干渉していた。しかし、今は仲間を大切に思う心がある。その上で自分で決断したのだから尊重するのがリヴェリアの立場。

 何とも複雑な事情でもどかしいことこの上ない。

 

「……リヴェリア。……考え事してると危ないよ」

「心配するな。その辺りは心得ているさ」

 

 上層のおいてレベル6の冒険者であるリヴェリアにこの辺りのモンスターは驚異となりえない。

 余所見をしていても軽くあしらう自信がある。

 冒険者の【ステイタス】の恩恵は絶大で、今のアイズでもリヴェリアを倒すには死力を尽くすほどの努力が要る。

 近付くモンスターも片目をつぶったまま()()()()()()()対処している。

 高貴さを醸し出す『王族(ハイエルフ)』ではあるが歴戦の冒険者。野蛮な戦闘もお手の物。

 アイズと同じく散歩がてら下の階層に移動していく。

 駆け出しの冒険者達が見ればアイズ達が平然と軽装で降りて行くさまは奇異に映る。

 (リヴェリア)に連れられている(アイズ)と変わらないのだから。

 他の冒険者の羨望などを無視しつつ十五階層まで難なく降りて、さっそくこの階層から現われる『ミノタウロス』に取り囲まれる。

 

「八体か……。行けるか、アイズ?」

「……うん」

 

 返事のすぐ後で駆け出すアイズ。

 細身の剣(デスペレート)で的確にモンスターの核である『魔石』を砕いていく。

 瞬く間に屠られるミノタウロスの様子に満足するリヴェリア。

 手負いでもミノタウロス相手に息一つ乱さないところは問題なし、と見ていいだろうと。

 九匹目のミノタウロスがリヴェリアの背後に迫っていたが、手に持つ魔杖『マグナ・アルヴス』で打ち払う。

 魔法を主体にする冒険者だが、彼らに使うほどの驚異はなかった。

 

        

 

 見える範囲に居たモンスターを全て倒した後『ドロップアイテム』の有無を確認してから一息つく。

 戦闘を終えた後、アイズは壁伝いに移動しつつ辺りを何となく眺める。

 地下空間にしては天井が高く、見晴らしがいい。十二階層以降の特色と言ってもいい。

 時間によっては下の階層に繋がる穴が空いている事がある。

 

「……この辺りか……。()()()()()()()と遭遇した、と言っていた場所は……」

「……ううん。それは……もう過ぎた」

「そうだったか」

 

 元々は周りに迷惑がかからない事を確認してから壁を破壊し、時間経過によって戻る様子を眺める、という子供らしい好奇心がきっかけだった。

 ダンジョンを攻略するだけが仕事の冒険者にとっては無駄としか言いようのない行為――

 しかし、自分達は何も知らずに侵入し、無限に湧いて来るモンスターを倒し続けている。

 何の疑問も抱かずに。

 それが当たり前だと思い込んで。

 

(『魔石』を稼ぐならもっと効率のいい方法を(おこな)えばいい。でも、それを誰もやらなかったのは何故……、という疑問から……)

 

 発見したモンスターは未発見の新種で、後で特徴を尋ねても誰も答えられず、また資料にも記載されていなかった。

 硬くて素早く、恐ろしいほど手強い。――しかし、とても小さな身体だったので、それほど驚異とは――最初は――思わなかった。

 最終的には――踏み潰して倒したり――油断を誘ったりして撃破した。いや、それしか出来なかった。

 硬い部分は前脚のところだけで胴体部分は比較的弱かった。実際、細身の剣(デスペレート)を前脚で受け止められた時、硬いと思ってしまったから。

 

(……上層域で出現したから倒せた、ということも……。もっと下の階層で現れたらどうなっていたのか……。さすがにそれを試したいとは……)

 

 それと他にも類似のモンスターが居ないとも限らない、というところが恐ろしい。

 ダンジョンにはまだ知られていないモンスターが存在する。

 今でも滅多に現れない希少種(レアモンスター)発見の報告が届くほどだ。

 

「実際に目にするには多くの仲間が必要か」

「……犠牲が増えそうだから。……あまりオススメしないよ」

 

 アイズの警告に苦笑しつつ相槌を打つ。

 レベル6を三人揃えていれば何も問題は無い、という考えはきっと――傲慢なのだろうと――

 けれども、実際に珍しいモンスターを一度は確認してみたい気持ちもある。

 その好奇心が深刻な事態を招く引き金になっては困るけれど。

 ――リヴェリアとて無茶をする気はないが、アイズを重傷に追い込んだ原因にはとても興味があった。

 

        

 

 物騒な話題をしている合間に厄介な事態が生まれては困るので、昼食を取った後はさっさと地上に戻る事にした。それにアイズも了承した。

 ケガのお陰か、いやに素直な彼女が冒険者ではなく、歳相応の女の子に見えるのだから不思議だ。

 何事も無く無事に【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)である『黄昏の館』に戻ると、アイズはほっと胸を撫で下ろす。

 先日までの緊張感は(ひとえ)に未知との遭遇だ。それが未だに拭えていないのはきっとまだ弱いからだと思っている。

 そんな彼女をリヴェリアは自室に連れて行き、包帯を替える。

 

「……『耐久』が低いとしても『敏捷』でも勝てないとは……。やはり興味があったな、そのモンスターには……」

「……素早いのは確かだけど……。……私より多分……遅めだよ?」

「そうなのか?」

 

 掌に載る程度の大きさで蟻や蜘蛛に似ている。それが三匹現われた。

 素早く動き、力が強い。

 同階層にミノタウロスが居ればあっさりと蹂躙され、食い破られても驚かない。

 アイズの見立ては誤算に終わった。

 

「……実際、勝てないとは思わなかった」

 

 当時レベル3だった自分の敵ではない、と。

 そこから先は死闘の連続なので割愛することにし、リヴェリアも何が起きたか予想できたので詮索はしなかった。

 後から増援を呼ぶような事は無く、一匹は早期に討伐できた。

 残り一匹を仕留めるのに思いのほか時間がかかったのが運の尽きだったが――

 

「改めて詳細を聞こうか。感触から、どれほどの強さだと推測する?」

「……攻撃だけならレベル3から……レベル4……可能性で言えば、それ以上も……」

 

 現われた当初、一匹はすぐ倒せた。二匹目から急に様子が変わった。様子というか動きが。

 数によってモンスターの強さが変化するのか、と危惧したがそうではなかった。

 

「……とにかく一定じゃない。……あれは見つけたらすぐ倒さなきゃ駄目」

 

 今までの発見例や被害報告は未発見の為か、情報はアイズ達のみ。そこから見ても希少種(レアモンスター)である事は間違いなく、一定の条件を満たさなければ現われない。そして、それが大量に発生するおそれは現段階では無い、としか言いようがない。

 もし、それらが覆るようであれば迷宮都市オラリオの危機となる。

 ただ、そんな化け物と最強の冒険者と誉れ高い【フレイヤ・ファミリア】の団員達とがぶつかったらどうなるのか、興味が湧いてきた。

 周りの被害を考慮すれば不謹慎な興味だ。

 

「……それと、そのモンスターは確実に冒険者を狙ってた。……だから、すぐ逃げたりするような感じじゃなかった」

「それは良い情報だ。すぐに逃げてしまうようでは被害が増える一方だな」

 

 そのモンスターが現れる条件は不明――不明になった――だが、単に壁を壊した程度では出て来ない、らしい。

 その一回が特別だったのか、他にも何らかの条件が必要なのか――

 一階層から念のために十個近くの壁を破壊してみたものの脅威を感じるモンスターの気配は今日まで無かった。

 アイズに聞いた通りに団長の『フィン・ディムナ』が団員を連れて三十階層まで試してみたが、こちらも不発に終わっている。たまたま起きた奇跡――と今は思っている。

 ただ、そう思っているだけで知らない場所に発生している事も――

 

「とにかく、新たな脅威が無い内に怪我を治さなければ……。そろそろ【剣姫】として復活してくれないと……」

「……そうだね」

 

 待ち人はもう来ないと知った。

 であれば――いつまでも待っている必要はもう――

 立ち止まっている暇が無いことを思い出し、完全回復の為の準備を整えるようにリヴェリアに頼んだ。

 

        

 

 失った部位の再生は気軽に出来るほど簡単ではない。というより結構な覚悟が本人に要求される。

 子供のアイズとてケガをしたくないし、痛いのは怖いし、嫌だった。それでも我慢しなければならない事は分かっている。

 今までケガをした事が無い訳ではないけれど――

 即日に対処するのは酷かなと思ったリヴェリアは一週間ほどの自由時間を与えた。

 その間に決められなければ強引な手に出る、と通達する。

 そうして自由な時間を得たアイズは()()ダンジョンに潜ろうとはせず、行き着けの露天に向かった。

 不自由ながらも買い物にも慣れ、金貨を取り出す動作も上手くなった。

 かといってずっと片腕というわけにはいかない。

 購入したジャガ丸くんを食べる為に中央広場(セントラルパーク)に赴く。

 今は歩きながら食べるほどには器用に出来なかったので。

 座れる場所見つけて一時の休息とする。

 

(……片手だと食べかけをしまう事もできない)

 

 そう思いつつ行き交う人々を眺める。

 人間(ヒューマン)と多くの亜人(デミ・ヒューマン)。冒険者に地元で働く住民達。

 天気がいい日は特に賑やかな様子だ。

 その下では冒険者達がモンスターと戦っていたり、深層に潜っていたりしているのに。

 

 地上はとても平和に見える。

 

 先日までの暗い気持ちも少しずつ晴れてきたとはいえ、死闘をすぐに忘れられるほどには日が経っていない。

 もし、同じ条件が揃ったら自分は無傷で勝利できるのか、と自問する。

 早期決着であれば難しくない。

 問題は手間取る事だ。――それと()()()()()()()()()こと。

 一人でダンジョン攻略すればいいのか、といえば話しが変わってくるので何とも言えない。

 

「!?」

 

 物思いに耽りつつもジャガ丸くんを堪能した正にその時、真後ろから突如として殺気が生まれる。

 咄嗟に――振り向いて防御をしようとしてみたものの片腕を失っているので意識が定まらず、混乱した。

 普段から慣れ親しんだ動きが咄嗟の時に働かなかった。それは(ひとえ)に地下のダンジョンではなく、平和である筈の地上だったから。

 とにかく、防御に失敗したアイズは体勢を崩し、暴漢から一撃を頭に受ける結果になった。

 

 ゴッ。

 

 それがもし硬い石であれば相当痛いところ――

 拳であっても痛い。

 急な事に何で打たれたのか分からないまま痛いと小さく呟く。

 

「……隙あり」

「!?」

 

 何らかの攻撃を加えてから言葉をかけてきたのは自分と同じくらいの背丈を持つ何者か。

 わけも分からず一歩で大きく飛びのき、襲撃者を見据えるアイズ。

 刺さったり、切れたりするような事が無かったので、刀剣類ではないと予想する。

 安堵はしたが痛かった。

 完全に虚を突かれた事に驚きを感じた。

 

「……何? ……敵?」

 

 万全であれば防げない筈はなく、今の失態に対して少しずつ驚愕していく。

 手に持っているのは小剣――によく似た木刀。それを確認し、安心するべきか、それとも武器は武器として身構えるかを素早く選択する。

 反撃の態勢は取れなかった。攻撃を受ける事に慣れていなかったので。いや、正確には【ロキ・ファミリア】の人間以外から――攻撃を受けた事が殆ど無かったから。

 相手は一撃では満足せず、昼間にもかかわらず闇夜に溶け込むような漆黒の服装、ではなく派手な色合いのローブを身にまとっていた。

 それも花柄の――

 かなり派手なものにもかかわらず、アイズは気付かなかった。おそらく周りに行き交う者達も――

 不審に思う暇も無く、追撃してくる相手を細身の剣(デスペレート)で受け止める。

 

        

 

 小剣程度の二振りの木刀が襲い掛かる。それを片腕しか無いアイズが捌いていく。

 最初こそ驚いたが、戦闘を開始して一分も経たずに落ち着きを取り戻し、冷静に敵の強さを把握する。

 自分と同等、またはそれ以上であれば驚異だったのだが、感覚的には駆け出し。力が全然乗っていない。

 【ステイタス】の『力』としてみれば100未満は確実――もっと低い可能性もある。

 それでも木刀で頭を()たれれば痛いものだ。不意打ちだった事もあり、血が少し出た。

 

「……君は何なのかな?」

 

 口を尖らせてケガをさせてきた相手に尋ねた。

 ローブから覗く顔は仮面などで隠しているわけではなく、可愛らしい表情が窺えた。

 性別は分からないが、茶髪に青い瞳。それと初対面――全く見覚えが無い。

 もはや相手の技量は把握した。二撃目は許さない。

 ――それでも不意打ちとはいえ見事だった、とガレス辺りなら誉めそうだが、アイズは十二歳の女の子。普通に不機嫌になった。

 人がゆっくりジャガ丸くんを食べて満足していたところに水を差すような真似をしたのだから――

 

「……ヴァレン何某(なにがし)の首を貰い受けにきた」

「……木刀じゃあ……無理じゃないかな……」

 

 カンコンカンコン、小気味良い音を響かせて受身で対応するアイズ。

 攻撃しても良かったが、相手(襲撃者)()()()()()()()()だったので、様子見に転じていた。

 それに殺気で驚いたのは最初だけ。――その時の殺気はきっと自分の心の弱さが増大させたものだと解釈する。

 どう見繕っても相手から驚異と呼べるようなものは感じない。

 ド素人の暗殺者が関の山だ。――そのド素人に不意打ちされたわけだが――

 得物が木刀ではなく刀剣であれば命は無かった、可能がある。

 『耐久』によってある程度は軽減されるかもしれないけれど、それでも場所によれば充分致命傷に値する。

 

 油断は命取りになる。

 

 それを実際に体験するのは()()()()だ。だが、それとは別にこの事を【ファミリア】の団員達に――特にリヴェリア――知られたら説教が待っている。――ベートだと笑いものかな、と。

 考えれば考えるほどに不機嫌になっていくアイズ。

 雑念に囚われつつも相手の攻撃は全て捌き切っている。

 レベルや【ステイタス】の差が不可思議な現象を生み出していた。

 

        

 

 最初の一撃以外は問題なく対処できている。

 それ以外は――どう倒すか、だ。

 街中での戦闘とはいえ、木刀で挑んでいる。これが真っ当な武器であれば止めに入らなければならない事態――いや、その木刀が特別な武器であれば、だ。

 しかし、手に掛かる感触から普通の木刀のようだ。

 不壊属性(デュランダル)細身の剣(デスペレート)に特別な力が襲ってくるような事もなかった。

 見た目が暗殺者のような格好だが、それにしては弱すぎる。

 戦闘によって周りから受ける視線が多くなってきた。だが、軽い手合わせ程度にしか見えていないと思うので騒ぎになる――というよりアイズ・ヴァレンシュタインに戦いを挑んでいる時点で騒ぎは必至――

 

「………」

 

 十二歳の女の子――もうすぐ十三歳になる――とはいえ『二つ名』を持ち、有名【ファミリア】に所属する期待の冒険者だ。

 その注目度はアイズが思っているより高かった。

 ものの数刻も経たずに見物客がどんどん増えていく。

 

「……その木刀は……特別な武器?」

「手作りの木刀です。店で買えるほどの資金は持ち合わせていなくて」

 

 と、にこやかに答える襲撃者。

 出来の程はよく分からないが素直に答えてくるとは思わず、驚いてしまった。

 

(……意外と正直者なんだ……)

 

 その言葉が真実かは置いといて、尋ねた事に対して答えた部分が意外だと思った。

 不意打ちするような相手だから――

 戦闘技術はそれなりにある。しかし、レベルや【ステイタス】の差が如実に現れてしまうのが残酷な現実と言える。

 片や手負いのアイズとて駆け出しに後れを取るほどではない。

 

(……それが木刀じゃなきゃ……君は勝っていたかもね。……その後他の冒険者に倒されると思うんだけど……、後の事……全然考えてなさそう……)

 

 初手で自分(アイズ)は敗北した。それは間違いようもない事実だ。

 武器に救われたと果たして言えるのか。

 攻撃の手を止めない所から、地面に倒れ伏さないと納得しないのかなと疑問に思う。

 しかしそれでも――なんだか気持ち悪い。

 

(……この子は人を殺そうとしているのに平然としていたり、笑っている……)

 

 駆け出しにしては感情の変化がおかしい。

 かつて自分も駆け出しであった頃は色々と言われたような気がするけれど、この子もまた似たような境遇の持ち主なのかな、と。

 いや自分はもっと品が良かった、と訂正などをしつつ動きを観察する。

 アイズから見ればまだまだ『敏捷』が足りないが磨けば化けそうな気配を感じさせた。

 ――駆け出しだと思っているのは自分(アイズ)だけで実際はレベル2だったりすることも――という雑念が湧いてきた。

 そもそもでいえば相手の事を全く知らない。

 

        

 

 戦闘中にも関わらず、呼吸を整えて動きをよく観察すれば目で追えない事はない。驚かされたのは事実だが。

 それから言動と行動に差異がある。

 まだまだ技術的には拙いところが多いけれど、そんなに動きは悪くない。

 ――ただ、どうして命を狙っているのかは分からない。有名な【ファミリア】だから――という理由かもしれないけれど。

 それにしても真昼間から目立つような場所で戦いを挑んでくる度胸は大したものだ。

 

(……戦い難い。それもまた戦略だとすれば……)

 

 口を硬く結んで不満の表情を露にするアイズ。

 相手のペースに乗せられてしまったことに不機嫌となってきた。その辺りがまだ歳相応であると言える。

 襲撃者の年格好は自分と同等の人間(ヒューマン)小人族(パルゥム)。年齢までは窺えないが何処の【ファミリア】なのか。

 冒険者に喧嘩を売る場合、どこにも属していない人間であれば力量差というものがはっきりと現れる。

 特にアイズはオラリオでは有名人だ。その事を知らずに襲い掛かる場合があるのか、逆に疑問である。

 二振りの木刀を繰り出す冒険者の事がそろそろ疎ましくなってきた。

 武器を強く握れないアイズの今の戦闘方法は決定打を犠牲にするもの。それはつまり襲撃者を殺すつもりで戦うことが出来ない。しなくていいに越したことは無いけれど。

 

(……あっ)

 

 先ほど打たれた額から血が垂れてきた。

 木刀とはいえ打ちどころによっては額を切るか、と少し驚くアイズ。

 『耐久』が高くても皮膚が硬化するわけではない。それは筋肉が強固になるだけで武器が通らなくなるわけではない、筈である。

 その辺りを深く考えたことが無いので上手く言葉に出来ない。

 

「……ぶっ!?」

 

 襲撃者の木刀がアイズの頬に直撃した。

 意識が散漫なった瞬間を狙われた。首が強く揺さぶられ、焦りを覚える。

 片手――左腕――だけでは捌ききれない。見た目以上に剣術の才能があるようだ。

 

(こ、この……)

 

 表情を険しく変化させ、攻勢に転じようとした。

 一歩目の踏み出しに対し、相手はそれを見計らって膝頭を踏みつけてきた。

 なんて器用な身体捌き、と思いつつ体勢が崩れる。

 手負いとはいえレベル4が駆け出しに後れを取る。その事実を受け入れるに事は【剣姫】と呼ばれたアイズには出来ない。

 しかし、崩れる体勢を相手は戻るのを悠長に待たず、顔面に膝蹴りを食らわせてきた。

 防御担当の腕は今は攻撃に回している。それゆえに通常の戦法が(ことごと)く潰されていく。

 

「す、すげぇ……」

「【剣姫】が打ちのめされている」

 

 反撃しようにも脳が揺らされた事で体勢維持もままならない。

 ここで魔法を使うのは自身の信念を曲げる(おこな)いだ。だから、この戦いにおいて、それは出来ない。

 

「今日で貴女の伝説は終わりです。我が安眠の為に(いしづえ)とかになってください」

 

 攻撃側にしてみれば安眠を得るための戦いだ。不眠は不健康の代名詞。生活を送る上で死活問題であった為、少し狂気が孕んでいた。

 段々と本気を出していく。

 しかし、アイズとてレベル4の冒険者。こんなところで負けている暇はない。

 無理矢理自身の身体を地面に叩きつけ、意識を覚醒に導きすばやく飛び退る。密着状態では分が悪い。

 距離を無理矢理離された事で襲撃者は驚きつつも追いすがる。それは彼女にとっても逃がしてはいけないものだと思ったようだ。

 

(……追撃。彼女は……戦える人。……だけど、……だけど、これは何かが違う)

 

 アイズはわざと膝を崩して()()()()()()()()()()、という姿を演出。すると攻め手側が好機と判断。

 まんまと罠にかかった。いや、そうならざるを得ない精神状態だと見抜いた結果だ。

 妄執に囚われた敵は好機を逃さない。だからアイズはそれを利用した。そして、読み勝った。

 油断を誘いつつ身体をかなり低くし、突進してくる彼女の頭部を狙って蹴りを打ち上げる。

 高い『敏捷』をもって(おこな)う攻撃は分かってても避けられるものではない。

 傍目には足払いの要領で低い体勢のまま身体を回転させて蹴り上げに入る姿に見えた筈だ。

 

        

 

 上手く誘導されたと分かったのは顎に一撃を受けた瞬間だ。

 寝不足に悩まされていなければ決して油断しなかった。そんな強がりも言えたかもしれない。そして――

 敵に一撃を加えたアイズは足に嫌な感触を覚える。咄嗟の事とはいえ力の加減が出来なかった。

 

(……なんか首を折ったような)

 

 焦りを感じつつ相手を見据えると空を向いたまま近づいてくる。

 いや、倒れ込んでくるところだった。

 襲撃者の意識は既にない。口から血を溢れさせながら地面に向かって落ちてくる。

 正当防衛とはいえやり過ぎてしまったような気がするも、戦闘自体はわりと理に適っていた、ともいえるような――

 動かなくなった襲撃者を放っておくわけにもいかず、途方に暮れる。

 

(このままだと死んじゃうよね。……えーと、こういう時は……)

 

 まず周りに応援を要請。

 焦る気持ちを押し殺し、今すべき事を必死に考える。

 どんなに苦境に立たされても冒険者は慌ててはいけない。下準備は常に怠らない。

 

(……そうなんだけど……。いつも荷物をたくさん持ち歩かないから……。そのせいで回復薬(ポーション)の持ち合わせが……)

 

 最低限の襲撃に備えるのが【ロキ・ファミリア】の団員としての心構えではなかったのか。

 アイズは気のゆるみに自信を無くす。しかも数度とはいえ攻撃を受けてしまった。

 

 レベル4(第二級冒険者)なのに。

 

 他の冒険者に借金する形で回復薬(ポーション)を譲り受け、応急措置を施す。その後、複数人によって摩天楼(バベル)の治療院へと運んでもらう。

 途中、身ぐるみをはがされないように見張りをしながら。そして、命に別条が無い事を確認してから立ち去る。

 

(……なんか、疲れた)

 

 唐突な不意打ちから不慣れな戦闘へ。通常のアイズであれば考えられない苦難だ。

 本拠(ホーム)に戻った瞬間、気が抜けたのか、それとも出血による貧血の為か眠るように倒れ込んだ。

 次に気が付くと夜中だった。そして、お腹が鳴る音が聞こえてくる。

 

「起きたか?」

 

 怜悧な声が傍から聞こえた。

 緑色の長髪に緑色の瞳を輝かせる王族(ハイエルフ)のリヴェリアだった。

 

        

 

 昼間の事を話しつつ晩御飯を左腕を動かして食べるアイズ。

 ケガをした場所は既に包帯が巻かれている。眠っている間に色々と処置が施されていたようだ。それにも全く気が付かず眠り続けていたことに驚きはあったものの今は平静を保てている。

 

「お前に襲撃をかけてケガを負わせるとは……。なかなか見込みのある手練のようだ」

「……笑いごとじゃない」

 

 楽しそうに言う王族(ハイエルフ)に口を尖らせつつ、しかし今は食事に専念する。

 今日も無事に生き延び、食事が与えられる。

 先の戦闘がもし――そう思わずにはいられない。

 もし、打ちどころが悪ければ、自分はここに居ない。

 

「そういえばお前は聞いていないと思うが……。例の【ファミリア】に新しい団員が来たそうだぞ。ベートがなにやら言われたようだが……」

「……例の?」

「ああ。【ヘスティア・ファミリア】だ」

 

 その単語を聞いた瞬間に背筋に冷たいものが落ちる。

 世間話しとしてリヴェリアは語る。といっても狼人(ウェアウルフ)の少年からの説明なので正確性に欠く。

 どういうわけかアイズの命を狙っている。それを適当にあしらってくれ、と主神ヘスティアからの要望だ。

 

(……意味が分からない)

 

 しかし、今日の襲撃の事が無ければ無視する案件だ。

 敵はおそらく派手なローブを身に着けた襲撃者で間違いない。それを適当にあしらう、という部分はどうすればいいのか。

 

「かの主神も手を焼く冒険者のようだ。駆け出しという事だから大事は……、と……。今日の相手はまさにその冒険者のようだな」

 

 楽しそうに言うリヴェリア。だが――どういう理由があるにせよ――軽々しく襲われてはたまらない。

 やはりいつまでも手負いのままではいけない時期に来ているのかも、と新たな決意を抱く。

 

「さて、どうする【片翼剣姫】? やられっぱなしで終わるわけはないだろう?」

「……もちろん。……でも、あの子にも理由があるんだとしたら……、話しが変わる」

 

 赤い髪の少女とは違い、不意打ちからの接触。単なる怨恨なら(ヘスティア)がベートと話をするわけがない。

 独断専行の冒険者として間違いない。そういう場合は【ファミリア】の抗争とは違う気がした。

 

        

 

 打撲程度とはいえ流血沙汰になった。一般的には数日の休憩が必要だが癒しの魔法や回復薬(ポーション)があれば傷は意外と早く治る。それに第二級冒険者の【ステイタス】

 恩恵も加わればもっと早くなる。

 聞いた話しでは団員は一名のみ。複数での待ち伏せは無い。主神は扱いに困っている。

 翌朝、鍛錬をする為の中庭にて剣を握りながら対策を練る。

 直接本拠(ホーム)に行く案もあったけれど、襲撃対策の為に時間をかける事にした。

 

「アイズー。あたしたちが手伝える事ってある?」

 

 女戦士(アマゾネス)のティオナ・ヒリュテが建物の窓から声をかけて来た。

 大勢の団員を擁する【ロキ・ファミリア】を動員すれば解決できない事は無い。けれども大掛かりな襲撃はアイズとて望まない。

 ここは一人で向かうべきだが、助言までは受けないつもりは無い。

 

「……周りへの被害対策、くらいかな」

「ダンジョンの中なら手伝うよ」

「……たぶん、外の問題……。だから、面倒ごとが多いと思う」

 

 ダンジョンに出てくる厄介なモンスターであればいいのだが、敵は冒険者だ。それも単なる名声を求める者ではない。ガラの悪いごろつきでもない。【ファミリア】と敵対している者でもない。

 言葉にするのが難しい駆け出しの襲撃者だ。

 

(でも、ヘスティア様に理由を聞いておかないと駄目だよね。怨恨であった場合は……話しが違ってくると思うし)

 

 もし、怨恨であったとしてもそれは色々と面倒な事態に発展する。

 アイズは直接手を下したわけではない。けれども、否定しきれない事があったのは事実だ。

 様々な事を考えていると剣の振り方が雑になってきた。

 いや、そもそも武器を振るのが不毛に思えた。

 自分の剣はモンスターに振るべきだ、と。

 

 

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