Untold Myth   作:トラロック

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#2-04 アルテミス

 

 【片翼剣姫】への不意打ちはともかく、手痛い一撃を受けて昏倒したユーカリン・ナナツタエは誰もが首を傾げるほど見事な死に顔を見せていた。

 ――まだ死んではいない。しかし、この世に何の未練もない、と思わせるほどの寝顔だった。

 茶髪碧眼の少女は人ごみに紛れれば目立たない程平凡な顔ではあるが、身に着けているものが派手だった。

 花柄のローブ。それは何処に売っていたのか、と。

 

「【片翼剣姫】に襲撃をかけるとは、どこの【ファミリア】だ?」

「しかし、見事な戦いだったぜ」

「【片翼剣姫】は手負いだ。だからこそ戦えていただけだ。そうでなけりゃ、秒殺だったさ」

 

 病室の外では様々な噂が飛び交っていたが当の本人は夢の中。

 首の骨はなんとか早い処置で大事には至らないが、しばらくダンジョン攻略は無理だと担当医は結論を出した。

 それから数日後に目を覚ましたユーカリンは見舞いに来た主神ヘスティアと共に退院し、ギルド本部で盛大にお叱りを受けたりと散々だったが【ロキ・ファミリア】からは特に抗議は無かった。

 ユーカリンにしてみれば(ようや)く安眠できたせいか、いやに清々しい顔になっていた。

 不眠に陥らせたのはヘスティアなので、またアイズ・ヴァレンシュタインに特攻しないように気を付けなければならない。これはいわばヘスティアが招いた事件である。

 そうでなければユーカリンはアイズへの不意打ちはしなかった。

 

(……なんでボクが眷族の代わりに頭を下げなきゃならないんだい。……【ファミリア】の主神だからさ。……だよねー)

 

 団員が働いて主神の為に色々と尽くしてくれるとばかり思っていたが、現実は厳しかった。

 天界では好き放題出来ていたのに下界は色々と面倒ごとが多くて大変。

 一日いっぱいだらけることも出来ない。

 

(……ポランは素直でいい眷族()だったのに。どうして今回の眷族は物騒なんだろう)

 

 どんな眷族が来るのかはヘスティアには窺い知れない。ならば眷族にしなければいい。

 それはそうなんだが――黙っていても蓄えは増えない。それに一人は寂しい。

 下手をすれば何年も一人で過ごす事になっていたかもしれない。だからこそ、それほど日数も経たずに来てくれたユーカリンを追い返す考えはヘスティアには無かった。

 ぐうたらする事が何よりも優先されたので。それがそもそも間違いの元だが。

 

        

 

 【片翼剣姫】の襲撃から数日が経過した。

 ヘスティアの寝言が無くなった為か、ユーカリンはしっかりと睡眠がとれるようになり精神的に余裕が生まれた。

 気分が良いうちにダンジョンに潜り、魔石を回収していく。それだけ見れば普通の冒険者だ。

 二刀の小太刀を操る若き冒険者。ダンジョン内で他の冒険者に挑むような事は無く、せっせと資金稼ぎに邁進していた。

 

(……普通)

(定時に出勤して定時に帰るギルド職員みたい)

 

 冒険者ギルドの中でのユーカリンの評価である。問題行動を危惧して気にするようにしてみたものの普通の働きしか見たことが無い。

 担当アドバイザーから見ても素直な冒険者という印象しか受けない。

 朝の挨拶から帰りの挨拶まで毎日が一緒ではないかとさえ思うほど。

 

(同じ一日を繰り返している!?)

 

 持ってくる魔石まで一緒であったら、確かにそう勘違いしてもおかしくない。それほど規則正しい冒険者だった。

 おそらく、きちんとした生活態度であれば何の問題も起きなかった。

 それから更に日にちが過ぎるころ、ギルドに女性冒険者の集団が訪れた。

 

「あれは【アルテミス・ファミリア】じゃないか?」

「外で活動する【ファミリア】だっけ? 確か主神がえらく美人だという……」

「美人で強いと評判の処女神アルテミス。この目で拝める日が来るとは……」

 

 周りの喧騒をよそに戦闘を歩くのは透き通った青色の長い髪を持つ姿勢の美しい女性。

 色白の肌は一点の曇りもなく、碧い瞳は男どもの接近を許すまいと地柄強く輝いている。そして、後ろで一本に束ねられた髪は殆ど動きを見せない。

 団員は全員女性。その数は二〇――

 迷宮都市オラリオの外で長期間『狩猟』を(おこな)っていた。数か月に一度、装備品の整備と新調。団員達の健康管理。仕事の報告のため訪れる。

 団長レトゥーサの指示に従い、一糸乱れず行動する女性団員達。しかし、中には挙動不審な者が居る。

 

「ねえねえ、団長。私たち注目されてますよ。こんなに大人数で来る必要があるんですか?」

「これから治療院に行くんだから仕方がない。……それと勝手に列を乱すな、ランテ」

 

 咎められたランテという団員はすぐさま整列する。しかし、主神アルテミスは何も言わない。団員教育は団長に任せているから。

 事実、団員に指示を飛ばすのはレトゥーサだけ。だからといって団員達と口を聞かないわけではない。

 二〇人の女性たちの中で一人だけ包帯姿の痛々しい姿を晒している者にギルドに来ている冒険者達は気づいた。

 その団員は顔色が悪く、足取りも遅い。一人だけ重症なところも異常と言える。なにせ、他の団員達はケガらしいものを負っていない。

 ギルド本部の一角にて団員達が立ち止まるとアルテミスはレトゥーサに重傷の団員を治療院に連れていくよう命令する。

 

「……メンテ。お前は先に行け」

「……はい」

「では、残りの者はそれぞれ待機。その後、検診に向かう」

「はい!」

 

 全員の返事に満足したアルテミスは荷物運び数人と共に受付に向かう。残りは検診に行ったり待合室で待機することになった。

 主神の姿が見えなくなった途端に女性団員達は喋り出す。

 先程までの形式ばった堅苦しさを崩し、実に賑やかに――

 

「やっと、オラリオに帰れたぁ」

「……ここのところ狩り続きだったもんね~」

「皆さん、だらけるの早すぎますよ」

 

 ランテと呼ばれた団員が呆れた顔で言った。

 規則の厳しい【ファミリア】ではあるが、それは主神が生真面目なだけで団員は比較的、自由な性格をしている。いわゆる憧れによって。

 完全に緩いわけでもなく、それぞれ外のモンスターとの死闘を繰り広げたベテランといってもいい冒険者達だ。

 

「……あー、男がいっぱい」

「出会いを求めるなっていうのは無理がなくない?」

 

 【アルテミス・ファミリア】は男女交際を禁止されている。主神が処女神ということもあり、いつの間にか作られた規則だ。しかし、それを全員が律儀に守っているか、というと些か疑問がある。

 特にランテは男性冒険者を見る目が輝いてしまう。とても男嫌いという雰囲気ではない。

 

「ランテはコロっと騙されるタイプよね」

「メンテほどじゃないけど」

「団員の悪口はやめる。はい、そろそろアルテミス様が戻ってくるかもしれないよ」

 

 手を叩いて場を制する。そうしてメンテを治療院に送り届けた団長と換金を終えた主神達が戻ってきて、改めて団員達は整列する。

 この後は摩天楼(バベル)の上層にある武具の販売店に向かい、それぞれの装備を整えることになっている。

 

「まず武装を整えなさい。それからしばらくダンジョンに潜り、資金を調達します。……正直、外での稼ぎだけでは心許ありませんからね」

「ですが、主神様はダンジョンに潜れませんよ」

 

 神は基本的にダンジョンに潜れない。これはオラリオが定める規則でもある。

 ダンジョンに神が入ると異変が起きる、という。

 これは神フレイヤ、神ロキも守っていた。

 

「そうなんですよね……。貴女達だけでモンスターを倒さなければなりません。とても不安です」

「……というか主神様が強すぎるんですよ」

 

 外での狩りはアルテミス自身も(おこな)う。

 弓を主体に遠距離攻撃するアルテミスは冒険者並みの強さを持っていた。半分以上の団員より強いと評判である。

 その事で団長レトゥーサにとっては頭痛の種となっていた。

 

        

 

 いくつかの言伝の後、団員をレトゥーサに任せ、アルテミスは友神(ゆうじん)本拠(ホーム)に向かうことにした。

 彼女達が滞在する拠点は既に確保されており、オラリオにしばらく逗留する事になっている。

 ただ、一人の女神が歩き回るだけで周りが騒然となるのが気になっていた。

 

(……久しぶりに来ると街並みが新鮮に映る。冒険者の顔も知らない者ばかりだ)

 

 一年の大半を外で過ごす【アルテミス・ファミリア】とて交流が無いわけではない。

 農業を司る【デメテル・ファミリア】や漁業を司る【ニョルズ・ファミリア】とはよく会っている。

 狩猟だけでは食べていけないのでそれぞれの【ファミリア】と協力することも。

 

「確かこの辺りに……」

 

 アルテミスのお目当てはオラリオの名物『ジャガ丸くん』だ。これだけは外でもなかなか手に入らない。無い事もないが本場の味というものは大いに気になっていた。

 そして――

 

(おお。あれなるは見覚えのある我が友……)

 

 天界では見知った神々も下界では出会う機会が失われている。

 更にアルテミスは目が()()()良い。

 気になる気配を感じ取れば数百(メドル)離れていようと察知できる。

 

(……なにやら意気消沈気味。何があった、ヘスティア)

 

 焦る気持ちを押し殺し、露店の一つに向かう。その歩みに迷いなし。

 声に覇気は無いが客寄せを続けていたヘスティア。このところ色々と気苦労が一気に押し寄せ、精神的にも摩耗気味だった。

 

「……へーい。いらっしゃ~い。おいしいジャガ丸くんだよー」

 

 普段はぐうたらするのが日課だった神が毎日のように働きに出なければならないのは――ひとえに自業自得。

 こうしている間も眷族のユーカリンはダンジョンに潜って上層域のモンスターを狩り続けていた。それだけなら真っ当な冒険者だ。

 ただ、毎日同じ光景にヘスティアは退屈を覚えていた。

 

(同じ階層で同じモンスターを同じ数だけ倒して帰ってくる。……何かの嫌がらせかい? それとも寝言への無言の抗議かい? 張り合いのない毎日はキツイよ全く)

 

 平坦な日常で構わない筈なのに何故か心労が積み重なっていく。

 新手の暗殺術か何かかと疑ったくらいだ。

 

「……相当、重症のようだな、店主」

「あ、いらっしゃい。何にしますかー」

 

 客に顔を向けずに対応するヘスティア。その下を向いた顔を鷲掴みにする客。

 咄嗟の事に驚きつつも力が強くて抵抗できない。

 

「こら。何をするか」

「何をするか、ではない。ろくに覇気も無く商売をしおって。どうしたのだ、ヘスティア」

「その上から威圧するような声はアルテミスかい?」

「……そなたにそういう風に言われたくはないな。うむ、久しいなヘスティア。息災とは無縁そうだが……」

 

 さっきまで闇のオーラに包まれていた様なヘスティアが光に包まれた。

 アルテミスもつい手で顔を覆うほどの変化っぷりにたじろぐ。

 

        

 

 プレーン(素揚げ)のジャガ丸くんを注文し、他の店から借りた椅子を持ち寄って談笑を始める。

 ヘスティアには慣れた住民もアルテミスの存在には目を留めるようで客足が増えてきた。

 

「そなた、眷族はどうした? ()()居ないのか?」

「居るよ。一人だけど……」

「そうか。ヘスティアも眷族を持つようになったか。……【ファミリア】の運営は……良いとは言えないようだが……」

 

 運営がうまくいっていれば露店で働くわけがない。

 アルテミスの記憶にも主神は基本的に本拠(ホーム)に構えていて数か月に一度だけ外出するような存在だ。

 外で活躍する眷族達の邪魔にならないように。

 

(真面目に働いて……いるようには見えないが……。元気のないヘスティアは初めて見る)

 

 笑って騒いでいる印象しかなかったので。

 それが今は気苦労に囚われた姿にしか見えない。下界で何があったというのか。大いに気になってしまう。

 

「眷族が働かず、神が働くとはどういう事なのだ?」

「眷族は眷族でダンジョンにこもって頑張っているよ。一人だけだから資金的にも苦しくてね。武器、防具、アイテムが高いから……」

「そうか。……私にはどうする事も出来ない問題のようだ。しかし、だからといって顔色が悪すぎるぞ」

「……色々あったんだよ。【ファミリア】経営がこんなに大変だとは思っても見なかった。アルテミスのところはどうなんだい? 噂らしいのが全然聞かないけど」

「オラリオの外で狩猟をしているからな。滅多に中には来ない。私の眷族達は皆、働き者だ。それぞれ頑張っている。……一人問題児が居るが……」

 

 苦笑するアルテミス。

 天界ではありふれた神々の交流も下界では滅多にできない。

 それぞれ遠い存在のように感じられた。

 ヘスティアから見るアルテミスは昔のまま。声の質にも変わりがない。それはそれで安心した。

 

「……うむ。眷族が一人だけでは心細いのであれば……。私の眷族()を貸そうか?」

「仲間が増えるのはありがたいけれど……。いいのかい?」

 

 いいわけではないが、アルテミス側にも事情があった。

 その眷族はアルテミスにとって手を焼く問題児であり、何より仲間意識が欠如している。

 モンスター討伐もろくに出来ず、男の尻ばかり追いかけている。

 元は闇派閥(イヴィルス)から――半ば強引に――眷族に仕立て上げた経緯がある。そのせいか、現在の主神アルテミスの言う事をまともに聞かない。尚且つよくケガを負う。

 名前が似ているランテすらも匙を投げるほど。

 

「……待て待て。聞いている限りだと相当な眷族()じゃないか。問題児が二人になるだけだと思うけれど」

「いやいや。互いに何か通じるものがあれば落ち着くかもしれんぞ」

「……そうは思わないんだけどね。でも、ありがとう。気遣ってくれてさ」

 

 天界では様々な神と交流があるヘスティア。下界では単なるロリ巨乳と揶揄されているが知名度は神々の中ではかなり高い。

 対するアルテミスは下界の事に疎く、眷族によく心配される。美人であることを除けば知名度はかなり低い。

 分け隔てなく振舞えるヘスティアの姿は彼女にとって輝いて見えた。

 

「よし。もう一人付けよう」

「……そんなに簡単に決めていいのかい? しかも君は処女神じゃあないか。全員女性だと仲違いとかしそうな気がするけど……」

「女しか居ないのだから当たり前であろう。問題児を除けばそれなりに実力がある。生活費を稼ぐため、私はしばらく暇になるしな」

 

 姿勢の良い青い髪の女神は胸を張って言った。しかし、勝手に決められていくことに団員は従うはずもなく――

 午後に引き上げてきた団員達と共にヘスティアの本拠(ホーム)に向かい、外観に唖然としつつ話しを告げると不満が沸き起こった。

 

        

 

 当事者は治療院に入院が決定し、ついでとばかりに追加される予定の団員は不満を漏らした。

 団長は頭を押さえて呆れるばかり。

 それとは別に廃墟同然の本拠(ホーム)で生活したくないという意見が多かった。

 ダンジョン攻略から戻っていたユーカリンは急に大人数で押し掛けてきた【アルテミス・ファミリア】の団員達に飲み物を振舞う。

 

「外に行くまでの間だ。どうして不満を言う? 改宗(コンバージョン)しろとは言っていないであろう」

「……あのですね、主神様。相談も無しに決められる事が問題なのです。いくらご友神(ゆうじん)だとしても、です」

「困っている友を助けるのに理由が要るのか?」

「……アルテミス。ボクは別に助けてって言ってないぜ。それは君が勝手に言い出した事だ。助かるとは言ったかもしれないが……。それにみんなの顔を見てごらんよ。冥界の神も逃げ出すぜ」

 

 うんうんと団長レトゥーサがヘスティアの意見に頷く。

 しかし、団員達の不満顔など全く気にならないアルテミスは逆に睨み返した。しかし、可愛い顔立ちなので畏怖の効果は薄い。更に見慣れた顔だ。

 

「仕方ない。ランテ」

「嫌です」

「……まだ何も言ってないであろう」

「言わなくても分かりますよ。お前に【ヘスティア・ファミリア】を救う任を与えるって事でしょう?」

 

 そう言われて驚くアルテミス。何故分かった、読心術か。と、言いだしそうな顔だった。

 他の団員に言っても同じ反応が返ってくるはずだ。それくらい主神の真意を理解していた。

 

「しかも、入院中のメンテも勝手に巻き込んで……。あの子、ますますヤバくなりますよ」

「……んー。頼める団員がお主たちくらいだから仕方あるまい。それにメンテは私でも扱いが分からぬ」

「……眷族に加えたのはアルテミス様です。今更無責任なこと言わないでください」

 

 正論を言われて気丈なアルテミスも小さく縮こまる。それに団員達に否定されているのだから尚更意気消沈した。

 誰か一人でも理解者が居ればいいのに、とヘスティアは思うものの同情はしたくなかった。

 多くの団員達に説教される神というのもかっこ悪いものではあるが、精神的にキツイなと思った。

 

        

 

 もしヘスティアならば苦境に立たされれば眷族の意見を尊重し諦める。けれどもアルテミスは違う。

 神――主神としての強権を使い実行に移す。ある意味、有言実行に移りやすい性格であった。

 天界での彼女も他の男神(おがみ)相手に一切の妥協をしなかった。荒ぶる憤怒を司る女神かと思うほどに。

 

「いいや、決めた。それに狩猟ばかりではお前達も辛かろう。男神や男共と付き合えとは言わん。一年か数年ほど……」

「長すぎますし、我がままを言わないでください」

(一年ということは……、その間に男と付き合ってもバレなくない?)

(……それともアルテミス様、分かってないで言ってるのかな。どうなのかなー)

 

 それぞれ疑問を抱いたり、激高したり賑やかになってきた。

 ここで問題なのは約一名。人知れず運命を決められてしまった事だ。ヘスティアはその眷族に同情を禁じ得ない。

 一年も預けられる眷族からすればたまったものではないが、見方を変えれば好機と捉える者が居る。何しろ主神の目を盗めるのだから。

 彼女達は決して狩猟が嫌いなわけではない。仕事に対して誇りを持っている。けれど、禁欲的な暮らしが足を引っ張っている事も自覚していた。

 主神とは別に眷族達まで男性に興味が無かったり、嫌っているわけではない。これは主神の美しさ、強さに惹かれただけだ。

 

「……メンテは確定として……、もう一人……。ランテ」

「ひぇっ」

「……メンテの説明役として残れ。そうでもしなければ主神様が半数以上をこの【ファミリア】に置いていくことになるぞ。そして、アルテミス様」

 

 団長レトゥーサが鋭い視線を主神に送る。

 妥協案を提示しなければ全て主神の言いつけ通りに進んでしまう。それは少し困ると判断した。

 

「なんだ?」

「メンテの改宗(コンバージョン)だけは認めますが……。後は駄目です。それと賃貸期間を設けてください。出来ればちゃんと……。急な仲間の脱退は困りますので」

「分かっておる。そう怖い顔を近づけるな」

「んっ? 一人だけ改宗(コンバージョン)ってどういうことだい?」

 

 話しの流れ的に聞き流しそうだったが、改宗(コンバージョン)と聞いては黙っているわけにはいかない。

 【ファミリア】と共同でダンジョンに潜ったり、共闘する事に違法性は無い。しかし、改宗(コンバージョン)は完全に他の【ファミリア】のものにする。

 【ステイタス】の更新は契約した神にしか変更できない。もし、なんらかの事情で別の【ファミリア】の眷族になりたい場合は主神の手で改宗(コンバージョン)の手続きをする必要がある。

 単に仲間を貸す、という簡単なものではない。

 

「メンテは……様々な【ファミリア】を渡り歩く眷族なのだ。……当初は面倒を見る自信があったのだが……」

「それについては後で説明いたします」

「とにかく、彼女は冒険者としては壊れておる。私でも治せなかった。……ヘスティアでも駄目かもしれないが……、お主の持ち前の明るさで変えてやってほしい」

「……そこまで言われても今はちょっとねー……」

 

 少し前までなら任せておくれよ、と言う自信があった。けれども今は前の眷族を失ってからまだ日が浅い。そう簡単に切り替えられるほどヘスティアは器用ではなかった。更に側に居るユーカリンにも手を焼かされている。

 当人はボケーっとした顔でアルテミス達を見つめていた。興味でもあるのか、聞きたいことは自由に聞いてみるように言いつけておいた。

 

        

 

 その後、詰めの協議ということはなかったが問題児は本当に問題児らしく、ヘスティアも【ファミリア】に加入させるのに抵抗を覚えた。

 誰でもいいわけではない。そこは意外とわがままな神様だった。

 それにしても女性しか居ない現場になった。可愛い男の子を所望したくなる。そんな気持ちがヘスティアに芽生えた。

 新規加入の件はひとまず保留にしてもらい、ユーカリンの仲間として一人借り受ける事には合意した。もちろん、【ファミリア】からの脱退は無しだ。

 

「主神様の命により、ランテ……。しばらくヘスティア様の手伝いをしろ」

「……えー。私だけ?」

「多過ぎてはヘスティアの眷族の意思が働かぬ。同数が望ましい」

 

 団長レトゥーサとしてはオラリオに滞在する間、貴重な戦力を割くのは望ましくないが神助けとなれば話しは変わる。

 次の狩猟時期までであれば貸与を認める事にした。それと問題児であるメンテも同様に。

 ランテはあくまでメンテが退院するまでの間の説明役と次の狩猟期間までの繋ぎ要因であると仲間達に伝えた。

 尊い犠牲を払う事で主神の機嫌を操ろうと団長は画策している、と他の眷族たちは思った。

 

「ここに居る間、男に(うつつ)を抜かすようであれば改宗(コンバージョン)の刑に処す」

(刑罰のつもりだったのかい!?)

「オーボーだぁ!」

「諦めろ、ランテ。……アルテミス様はそういう神様だ。それとヘスティア様。ランテとメンテをよろしくお願いします。ランテは……見た目通り野性的ではありますが……」

(決断早っ!)

 

 驚くヘスティアは流されるままに決まっていく事柄に抗えなかった。

 ここには居ないメンテの事は置いといて、ランテという眷族に顔を向ける。

 軽装で背中に大きな弓を背負っている。褐色気味の肌ではあるが服装的には女戦士(アマゾネス)というよりダークエルフに近い。

 耳は猫型のものだがどちら(猫か虎)なのか判断が付かなかった。

 背は――ヘスティアより――高いが高身長というわけでもない印象を受けた。

 主神が決めたことに文句を言いつつも涙目で諦める眷族ランテはヘスティアに向かって頭を下げた。よろしくお願いします、と恨みがましく。

 

「ま、まあ。一時的なものだから。アルテミス。いきなり改宗(コンバージョン)は無しだぜ」

「うむ。私としてもランテを失うのは困るからな。拾った時から面倒を見てきた眷族をそう簡単に見捨てたりはしない」

 

 ランテは天涯孤独の眷族である。しかし、その詳細を語る事はせず、端的に話題は打ち切られた。

 軽く凄い事を聞いたヘスティアも詳しく聞こうという思いは抱けなかった。

 

        

 

 メンテは退院するまでは来られないとして、新たな仲間としてランテが加わる事になった。

 彼女のレベルは(ツー)である。最近、ランクアップしたばかりだ。

 無茶な論理で【ヘスティア・ファミリア】に――強引に――加入させられたランテは涙ながらに主神を恨んだ。そんな彼女にヘスティアも同情した。

 アルテミスは眷族と共に宿で居を構える予定で、それから長期滞在できる場所を決めていくという。

 ダンジョン内で獲得したものはランテの裁量で自由にして良いと団長から言いつかる。せめてもの詫びとして。これには主神(アルテミス)も反対しなかった。

 【アルテミス・ファミリア】が引き上げていく後ろ姿をランテが血の涙を流さんばかりの形相で見つめていたことは全力で無視した。あまりにも怖かったので。

 それからユーカリンは部屋の後片付けを淡々とこなしていく。

 彼女は物事に動じない鋼の心でも持っているのか、新しい眷族に対して何も言わなかった。ヘスティアからすれば何も言わない事が逆に怖く感じてしまった。

 本当に何を考えているのか分からない。それくらい表情が読み取れなかった。

 

(そう思っているのはボクだけで、実は物凄く同様とかしているのかな? ずっと表情に変化が無いのが怖いんだけど……)

 

 逆にランテは不平不満を早速表してくる。表情がコロコロと変わるので、こちらの方が親近感がわく。

 まずは仲間が追加されたことを喜び、それからランテを気遣う。

 期間限定だとしても急な話だ。食事で気分を落ち着けようと進言する。すると意気消沈したままではあったが頷いてくれた。

 

「……ところで君は猫人(キャットピープル)かい? 肌が浅黒いから女戦士(アマゾネス)とのハーフにも見えるんだけど……」

「肌は単なる日焼けです。地上で活動する事が多いので」

(そういえば……。ダンジョンは地下だもんな。日の光りを浴びない眷族はみんな不健康そうだ)

 

 本人は少し女戦士(アマゾネス)かも、と思った事はあった。しかし、元々は色白だった。【ファミリア】で活動を始めていたら――日焼けの影響か分からないけれど――褐色気味の肌になっていた。

 種族は虎人(ワータイガー)

 荒々しい毛並みにより獅子とも評される金色の髪の毛は首元までしかない。これは狩りの邪魔になる、と自分の事を棚に上げたアルテミスが育ての親としての権利を行使して切ったためだ。

 放っておけば腰まで伸びるが本人は長さに拘っていなかったので定期的に髪形を整えられるようになった。それも主神自らの手で。

 出自を知る仲間から羨ましがられる事が多かったが恨まれることは無かった。

 ランテはユーカリンに話しかけた。すると無視するかと思いきや、淡々と受け答えを始めた。

 機嫌がいいのか、悪いのか分からないがアルテミスはランテに任せてみる事にした。

 翌日、早速身支度を整えたランテと共にダンジョンに行くように頼むと素直にユーカリンは応じた。

 今は一つずつ確認するようにしないと不安で仕方がない。どうしてか、そう思ってしまう。

 元々は寝言が酷くて不眠症に陥らせた自分が悪いのだが――

 

        

 

 初めてパーティを組むことになったユーカリンは始終大人しかった。ランテから見てもそう思うほど。

 手続きは難なく済んだが違う【ファミリア】と行動を共にするとは思っても見なかった。

 ため息をつきつつユーカリンの実力を確認するため、上層でモンスターを狩る事にした。

 ランテの実力であれば十八階層よりも下に挑戦できるが、いきなり下層に行くのはさすがに躊躇われた。

 

(ユーカリン・ナナツタエ。近接戦を得意とし、魔法は使えない)

 

 対するランテは遠距離攻撃を得意とする。しかし、今回は近接専用の武器を用意した。

 基本的に状況に応じて戦い方を変える。特筆すべきは高い『敏捷』を生かした戦術である。

 上層では効果を発揮することは無いが、逃げ足には自信がある。

 

(へー。二刀流……。防御は捨ててるのか)

 

 ユーカリンの様子を見ながらモンスターを倒し、魔石やドロップアイテムを回収する。

 見ている限りだと問題があるようには見えない。

 戦い方も普通だ。

 仕事の時はまともに見えるだけ、ということも考えられる。

 対するランテは武器の他に肉弾戦も得意としていて、蹴り技も披露する。後はモンスターの頭を掴んで壁に叩きつける荒々しい戦法も(おこな)う。

 野生児と言われるだけあり、戦法に拘らず、あらゆる状況下でモンスターを倒す事を目的としていた。さすがにアルテミスも同じような戦法を取る事は無い。

 【ランクアップ】した時に神々から(たまわ)れたランテの二つ名は【猪獅(カリュドン)】という。

 

「この階層は大丈夫そうね。十階層まで降りられそう?」

「……はい」

 

 欠伸(あくび)をしながら答えるユーカリン。少し眠そうだった。

 不眠症の影響が抜けきらず、眠くなりやすくなっていた。しかし、ちゃんと熟睡も出来ない。そのせいで戦闘に際し、意識が散漫になりやすくなっていた。だからこそ、早めにダンジョン攻略を切り上げて神が『あるばいと』に言っている間に眠りにつく。

 ユーカリンが日中、何の感情も見せないのは眠る事ばかり考えていた為でヘスティアに対して恨みがましい気持ちは薄かった。

 

 

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