Untold Myth   作:トラロック

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#2-05 オネイロス

 

 昼間に眠ると夜間目が冴えるものだ。

 【アルテミス・ファミリア】から――強引に――出向してきた(されてしまった)虎人(ワータイガー)猪獅(カリュドン)】ランテと共にダンジョン攻略に勤しむユーカリン・ナナツタエ。

 七層以降は戦闘をせず、ランテの補佐に回っていた。これは単に実力が足りないからで、ギルドのアドバイザーからも階層制限を受けていた。

 

(降りられるけれど戦えるわけではない……。うん、間違ってないけど……)

 

 仲間としてはどうなのかな、とランテは疑問を抱かないわけではなかった。

 見ず知らずの眷族と共に冒険することになったのだから仕方がない。

 ランテは資金稼ぎに邁進し、ユーカリンは安眠を得るための努力をした。

 人知れず眠りにつく頃、目が冴えたユーカリンは明るい街中に向かう。明け方近くなると人影も少なくなるが、今の時刻は様々な冒険者達で賑わっていた。

 飲食店のみならず、娼館が立ち並ぶ南方の区画も――

 歳若い女の子であるユーカリンは南方に用はなく、適当に開いている店を回った。

 本来なら性質の悪い冒険者が大勢行き交い、時には乱闘。時には闇討ちも起きるような治安が決していいとはいえ時刻だ。その中を平然と進めるのは幼き日に両親が夜の仕事に従事する時、抱きかかえられていたことが――多少は――関係していた。

 夜の喧騒は彼女にとって懐かしいものである。決して嫌なものではなかった。

 闇派閥(イヴィルス)の知識は全くないがロクデモないところというのは感じていた。

 

(……両親が死んでからようやく働きに出られると思った矢先に【ファミリア】が潰された)

 

 出先を(くじ)かれたユーカリンにとってお先真っ暗な状況だった。その時、優しい主神によって今の【ファミリア】を紹介された。

 今から思えば前の主神はそんなに悪い神様には見えなかった。

 どんな【ファミリア】でどんな神様で、誰に滅ぼされたのか。そして、自分はその復讐をするべきなのか。

 ユーカリンは暇つぶし程度でそんなことを考えていた。

 

(……オネイロス様……)

 

 言葉を交わした数こそ少ないが印象としては優しい神様だった。悪いのはきっと――眷族の方だ。

 事実、様々な神は率先して眷族をけしかけたりせず、本拠(ホーム)にどっしりと構えている事が多いという。――ユーカリンの知る限りの情報では。

 神達の目的は『娯楽』を得ること。善も悪も共通して娯楽を得る為に争い続けている。

 ユーカリンが最初に仕えた神も何かをしろとは命令しなかった。自分が知らないだけかもしれないけれど。

 

        

 

 零細【ファミリア】だったのかは覚えが無いが、犯罪を主としている事はなんとなく理解していた。そんな【オネイロス・ファミリア】に居た両親はどういう人達だったのか。

 善悪の分別がつかないまま育ったユーカリンには窺い知れない。

 物心ついた時には多くの人達に囲まれ、様々な知識と技術を教わっていた。

 

(……お腹が空いた。ここしばらく食が細かったっけ……。少しは食べないと力も出ないか……)

 

 とある酒場を見つめながらユーカリンはお腹をさする。

 まだ閉店するには余裕があるようで数人の冒険者が飲み食いしていた。

 手持ちの資金を確認し、入店を決意。

 

「いらっしゃいませー」

 

 愛想の良い猫人(キャットピープル)の店員が出迎えてくれた。

 広い店内にはテーブル席とカウンター席があるが、朝方ともなると客足が少ない。その中でカウンター席を選ぶ。

 酒場の名は『豊穣の女主人』という。

 メニューを確認し、軽めの定食を注文する。

 

(値段は少し高めか……。今の時間帯なら開いている店も限られているし、仕方ないか)

 

 他の店があくまで数時間はかかる。それを律儀に待っている精神的余裕は無かった。

 気持ち的に早く何か食べたい。それだけだった。

 一人で外食するのは初めてではないが朝方は夜間とは違った雰囲気を感じる。

 打ち水こそないが泥酔した客があちこちで眠っていたり、商品を届けに商人達が行き交ったりしている。

 

「お待たせいたしましたニャー」

「どうも」

 

 お腹に優しめのパンを主体にした総菜の数々。肉類などの胃に重く来るものは避けた。それと温かいスープ。

 それらを料理しているのが巨漢の女ドワーフ『ミア・グランド』だ。

 

「店主、店はまだやっているか?」

 

 ユーカリンの隣に座した人物が玲瓏な声で尋ねる。

 青く瑞々しい長い髪を靡かせる神アルテミスであった。

 狩猟を生業(なりわい)とする【ファミリア】の主神は朝早くから自己鍛錬の為、早起きであった。

 神は鍛錬するような存在ではなく、仕事は全て眷族が(おこな)う。それなのに暇を持て余しているせいで、一般人と同じように身体を動かすことを良しとする。

 

「もうすぐ閉めるよ。食べるなら早く注文してくれ」

「うむ」

「……おはようございます」

 

 会話が終わるのを見計らいユーカリンは挨拶した。するとアルテミスは見知った顔に気づいて返礼する。

 不変ではあるが飲食しないわけではない。神とて下界の食物には興味があった。

 話しかけられるかと思っていたがアルテミスは始終黙っていた。そして、料理が来た後も黙々と食事を続けた。

 話題も無いのでユーカリンもゆっくりと味わった。その後にアルテミスの隣に座るのはガタイの良いドワーフの冒険者だった。

 

「その身体で椅子が良く壊れないな」

 

 アルテミスの言葉に(いぶか)し気にドワーフは眉根を寄せたが何処かの神だと分かると急に恐縮しだす。しかしこれはドワーフに限った話ではない。

 下界に住む冒険者や住人の多くは神に対して畏敬の念を抱く。それゆえに手を出そうとする者は――例え荒くれ者であっても――滅多にいない。それが【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】であっても。

 

「どこの神かは存じませんが、この店の椅子は結構丈夫なんじゃ。(わし)も長く通っておるが座った程度で壊れた試しがない」

「そうか」

「ご注文を(うけたまわ)りますニャ」

 

 早速猫人(キャットピープル)の店員が話しかけてきた。

 ドワーフの見た目はダンジョン帰りの汚らしい格好だがアルテミスは黙っていた。むしろ、食事に意識が向いていた。

 いちいち細かい事を気にしない性格かもしれない。

 

        

 

 客が集まれば会話が弾むものだがユーカリンの周りは凪の様に静かだった。聞こえるのは咀嚼音くらいだ。

 食が細いせいで少しずつしか食べられないユーカリンと違い、アルテミスとドワーフは割合しっかりと食べていた。特にドワーフの分量はアルテミスの三倍近くある。それを巻き散らすような荒々しさを出さずに丁寧に食べる様子は――周りにとって――意外に見える。

 アルテミスは処女神ではあるが男に触れられないわけではないし、近くに居てはいけない規則も設けていない。交際を禁じているだけだ。だから口を利かない事も無い。

 食事が静かなのは外敵に悟らせない為に身についたもの。

 

(……一人で食事をすることになってしまった。つい小腹が空いてしまったとはいえ、後で怒られてしまうな)

 

 そう思ったが隣にヘスティアの眷族が居るので大丈夫か、とアルテミスは軽く思った。

 神が単独で歩く回る事を団長のレトゥーサは快く思っていない。(むし)ろ心配する。

 普段であれば三人も集まれば会話が発生し、賑やかになるものだが――黙って食べ続ける景色に店員たちは驚いていた。

 無理に喋らなければならない規則は無い。それでも神を交えての食事が無言というのは経験が無かった為に奇異に映っていた。

 

「……冒険者なのにこうも食事に違いを見せるか」

 

 ふとアルテミスが言葉を漏らした。

 ユーカリンとドワーフの食事量と食べ方をちらりと見た感想だった。

 

「お主は倹約でもしているのか?」

「……いえ。あまりたくさんは食べられないだけで……」

 

 隣のドワーフのようにたくさん食べろと言いたい気持ちがあったがユーカリンの身体は小柄だ。小人族(パルゥム)ではなく人間(ヒューマン)の少女なので無理強いは出来ない。

 自分の団員の事を思い浮かべると毎日狩った獲物で飢えを凌いでいる姿を思い出し、ついもっとたくさん食べてほしいという気持ちが湧いてしまう。それならオラリオ内で食事をすればいい。

 

(オラリオの内と外を行き来する手続きが大変だから頻繁には利用できない、という話しだったな)

 

 アルテミスはドワーフの方に顔を向ける。

 健康的で実に羨ましい。肉体的にもがっしりしていて強そうだった。

 【ファミリア】を表すエンブレムが何処かに無いか、つい探した。それはすぐ相手方(ドワーフ)が訝しむのに気づいた為に苦笑を見せて食事に戻った。

 

(……私は何をやっているのだ。男どもが居る中で……)

(見たことない神だが……。敵対【ファミリア】か?)

「アルテミス様~、アルテミス様~」

 

 自分を呼ぶ声に気づき、アルテミスは初期の目的を思い出す。つい食欲に負けてしまったが元々は団員達に何も言わずに散歩に出ていた。

 急いで料理を平らげ、会計を済ませた後は駆け足で戻った。その素早さにユーカリンは驚いた。

 

(あれが狩猟を司るアルテミス様とは……)

 

 と、ドワーフの冒険者ガレス・ランドロックは感心しながら食事に意識を戻す。

 対するユーカリンは大急ぎで食べる神の姿に呆気に取られていたが、すぐに意識を現実に戻すと席に置き去りにされた武具に気づく。

 それはアルテミス愛用の弓だった。ドワーフに取られように自分の側に移動させて食事を続ける。

 

        

 

 食事を終え、会計を済ませたユーカリンは忘れ物を届けようと思う頃にはアルテミスの姿は無く、何処に行く予定だったのかも知らない。

 今は彼女の眷族と共に行動しているので後で聞いておく事にする。

 それらを黙って考えて弓を背中に背負おうとすると食事中だった筈のドワーフに腕を掴まれた。

 

「神の武具に手を出すとは……、お主はあの神の眷族か?」

「違いますけど。眷族の方とは知り合いなので届けようかと」

 

 物取りと間違えられたのであれば仕方がない。それを伝えても信じてくれなければ逃げるしかないし、逃げると後々厄介な事態になる。

 ただ、真っ当な冒険者であればそれで済むがガレスの事を知らないユーカリンは相手が怪しい冒険者であった場合は力ずくで逃走を選ぶしかなくなる。

 神の武具を先に手に取ったのは自分だから。しかし、振り払おうとしたのだが、全く動かない。

 相当な力を持つドワーフだと判断する。

 

「何ニャ? ケンカかニャ?」

「単なる言いがかりです。……離してくれませんか?」

 

 ガレスとしても自分が届けると言って預かろうとすれば今度は自分が物取りと見做される。つい腕を掴んでしまった事を後悔しつつも離してよいのか、と迷ってしまった。そこに店員の指摘で引くに引けなくなった。

 はたから見れば孫の玩具を取り上げようとするお爺ちゃんに見えなくもない。それだけ両者の間に歳の差を感じさせる。

 ドワーフは見た目では分からないが若いうちから年寄り臭い。この見た目で十代だという事もある。

 

「ここはミャーが預かるからケンカはやめるニャ。……ミア母ちゃんにどやされるニャよ」

 

 店員のアーニャが二人の仲裁に加わる。

 ガレスも彼女なら任せてもいいと思ったがユーカリンは機嫌を損ねたのか、武器を離そうとしない。少し意固地になっているようだ。

 口を尖らせるユーカリンにアーニャは頭を撫でたりして宥めにかかる。そうしないとミアの怒りが降り注ぐので。

 

(幼いながら敵愾心は一人前じゃな。儂を前にしてその態度……。嫌いではないぞ)

 

 大人気なくユーカリンを睨みつけると相手も睨み返してきた。

 それに満足したガレスが笑うところに忘れ物をしたアルテミスが大急ぎで走ってきたのがユーカリンの視界に映った。

 それも怒りの形相で。

 

「そこのドワーフ! 幼子(おさなご)相手になにをやっておるのか!」

 

 確かに自分は幼い子供だ、とユーカリンは納得した。

 冒険者としての矜持は特段に持っていないので年齢を指摘されても気にならない。

 

「神の武具を盗ろうとしておったから掴み合いになっている所じゃ」

「そやつは私の知り合いだ。……そんな武具で諍いを起こすな」

 

 怒りから優し気な声色に変わるアルテミス。

 ガレスとユーカリンが強く掴み合う手を撫でて離そうとした。

 アルテミスが扱う武具は眷族が用意したものが殆どである。神本来の武器を安易に持ち歩いたりはしない。それに――彼女の武器は市中に持ち歩ける程小さくない。

 

        

 

 最後まで手を離さなかったのはユーカリンだった。元よりガレスに渡す気が無かったので。

 幼いとはいえ冒険者に譲るのも(しゃく)ではあったが神の手前で大暴れするわけにもいかないし、この『豊穣の女主人』で暴れるのは【ロキ・ファミリア】の幹部であっても不味いと思うほど。

 だからこそ引き下がれた。別の場所では――おそらく最後まで抗っている可能性がある、と自分(ガレス)自身が思った。

 

「すまんな、ナナツタエ」

「……いいえ。神様が忘れ物をすると若手はああいう強者に搾取されます。そうなれば……、お詫びの仕様もありません」

「……う、うむ。そうであるな。神として謝罪する」

 

 正論を言われて反論できなくなったアルテミスは素直に頭を下げた。

 大事に至らなかったとはいえユーカリンも冷や汗をかいていた。最悪、殺される程痛めつけられるので、と。

 カウンターに戻った後、気が付くとドワーフの姿が無かった。どうやら帰ったようだと後になって気づくほど興奮状態にあったらしい。

 

(……あー、怖かった~! なにあのドワーフ……。あれで盗賊だったら勝てないじゃん)

「ニャッハハ。【ロキ・ファミリア】の幹部相手によく頑張ったニャ。冷たい飲み物をどうぞ。ミア母ちゃんからのサービスニャ」

「……えっ? ありがとう、ございます」

「……あれがロキの眷族()だというのか……。なかなか……」

 

 武具を受け取ったアルテミスは店員にも騒動の原因として謝罪し、どこかに行ってしまった。そして、残ったユーカリンは客足が少なくなるのを眺めつつ時間を潰した。

 小さな女の子が一人くらい残っていてもいいとミアからの許可が出て、ユーカリンは気持ち的に落ち着くまで店にいいことになった。

 夕方からの開店に合わせて仮眠を取ったり買い出しに出かける者を眺めつつ、今日の予定を考えるユーカリン。

 しばらく目的は無く、資金稼ぎ以外は平常通り。助っ人として来たランテについては特に気にしていない。

 

(……折角冒険者になったのに目的が無い。……アイズ・ヴァレンシュタインには当分勝てそうにないし……。ここのところは安眠も出来ている。気持ちよく眠れれば【剣姫】と戦わなくてもいいんだけどね)

 

 レベル的にも勝てる見込みは無いけれど――

 思い悩むユーカリンに近づくのは店員の猫人(キャットピープル)アーニャであった。

 

「もし暇なら戦い方を教えてやるニャよ。確かおミャーは駆け出しだったはず」

「そうですよ、すみませんね、無名で」

「まあまあ、卑屈になるニャ、なるニャ。折角この店で飲み食いする客ニャんだから長生きしてくれないと給金が増えないニャ。だからもっと強くニャらニャいと……」

 

 アーニャとしてはサボる理由が欲しいだけだが、何となく気になってしまった。

 無謀な冒険者が時折見せる輝きの様なものを。

 

(なにより、神様を謝らせたのは凄いニャ。……大抵の神様は我がままだし、絶対に非を認めない……。たまたまあの神様が素直なだけだったってこともあるニャけど……)

 

 理由はどうあれ、珍しい光景を見せてもらった。そのお礼を兼ねて声をかけてみた。

 それと――【ヘスティア・ファミリア】の眷族とは浅からぬ付き合いがある。それもまたアーニャの行動の原因とも――

 

        

 

 酒場の店員なのに戦い方を教えると言った事にユーカリンは特段の疑問は抱かない。元冒険者であれば腕に自信がある者の一人や二人いてもおかしくないし、見た目から強弱を判断するのは不可能に近い。

 金がかからないなら教授の剣を受けてもいいかな、と。それに安眠確保が目的で資金稼ぎはついでのような暮らしが続いていた。

 

 特段の目的が存在しない。

 

 冒険者になった後のはなってから決める。そして、それを果たした今は真っ白だった。

 安眠目的でアイズ・ヴァレンシュタインを襲撃したものの事態が解決すればそれで良し。そんな気楽なものだった。元より殺害など出来るとは思っていなかったし、そこまで相手を憎むに至っていない。――居なくなればそれはそれで良い、という程度。

 【オネイロス・ファミリア】に居た頃、人生の楽しみは冒険者となる以外の事は殆ど知らないし、教えてもらった事もない。なにより様々な事を知る前に全てが消えてしまった。自分達の居た【ファミリア】が悪の組織だったというだけで。

 ユーカリンにとっては生まれた場所以上の意味は無い。

 唐突に全てを奪われた形だが、それすら自覚できずに今に至る。

 

(……あの人も私に物事を教えようとして消える人かな……。そうだとすると【ヘスティア・ファミリア】は犯罪組織になってしまう)

 

 眷族が自分一人の【ファミリア】のようだから唐突に潰されることは無い筈だと思いつつも【ロキ・ファミリア】に因縁をつけた形なので潰される確率は――やはり――高い。

 そんなことを考えて唸っていると共に冒険するようになった虎人(ワータイガー)のランテが不思議そうな顔つきで見つめてきた。

 

「……どうしました?」

「難しい事を考えてしそうな雰囲気があった。君ってお気楽な眷族だと思ってた」

「それは心外です。私だってものを考える人間(ヒューマン)ですよ」

 

 今日も今日とてダンジョンでモンスターを倒して日銭稼ぎ。

 毎日の日課のように潜っていたけれど何が楽しいのか理解できないまま過ごしていた。今回はランテという仲間を得て一人では大変そうな下層を目指す。

 彼女はレベル(ツー)なので楽が出来るが、だからといって見物だけしているわけにはいかない。自身も今は冒険者。モンスターをたくさん倒して【経験値(エクセリア)】を得なければより深くには潜れない。

 深く潜れると魔石の価値が上がり、換金が楽しみになる。

 お金が増えれば良いアイテムと武具を購入できる。

 

(手製の外套など無いも同然。でも、私以上に薄着の人も居るんだけど寒くないのか疑問だ)

 

 女戦士(アマゾネス)ならいざ知らず、どう見ても人間(ヒューマン)にしか見えない冒険者がほぼ半裸装備でダンジョン探索をしているのを見て驚いた。

 中にはボロボロの戦闘衣(バトル・クロス)のまま。あれはいったいどういう意味があるのか、と。

 単なる貧乏とも思えない。いや、貧乏なだけというのもあるかもしれないけれど。

 

「ランテさんは防具にこだわりはありますか?」

「んっ? 丈夫で動き易ければ……。弓兵(アーチャー)は基本、重武装しないからね。身軽な方が戦いやすい」

 

 肉弾戦をする弓兵(アーチャー)なのに、と疑問を呈しそうになった。

 確かにランテは弓を使うが弱いモンスター相手であれば肉弾戦だけで事足りるし、矢の節約になる。

 元々神アルテミスから戦い方を教わった眷族だ。その実力は他の団員が妬むほどに高い。――というよりアルテミスが母親代わりとして育てた事も関係する。

 話しながら三階層まで降りてモンスターを倒す。

 戦闘自体は地味に進める。魔石の回収を終えたら次の階層へ。その単純作業のような事が日々の生活の糧となる。

 

        

 

 【アルテミス・ファミリア】の他の団員は二〇階層より下に降りて活動する。それが出来る実力者揃いだ。

 それに対してランテは上層に居る。これについては楽が出来るから今は気にならないと(のたま)った。

 ダンジョン攻略より市井(しせい)巡りが目下の目的であり、ランテは女性として出会いを求めていた。神の目も今は無いので。しかも、そう考えているのは彼女だけでは無かった。

 折角迷宮都市オラリオに来たのだから、と浮かれている眷族が約半数。意外と多い事に団長のレトゥーサも頭を痛めている。

 

「いつ死ぬか分からない冒険家業より普通の幸せを味わえる人生も良いではないか、と思うのよね。別にダンジョン攻略は義務じゃないし。アルテミス様も無理強いは求めていない」

 

 最低限の規律として男女の交流――主に恋愛――を禁止にしているだけ。

 男嫌いというわけではない。不届きな男が嫌いなのは事実だが。

 しかし、会話している場所がモンスターの蔓延(はびこ)るダンジョンだ。ここに色気は介在しない。

 聞けば大体の事を答えるランテだが自身の【ファミリア】の事は小出しにする。そこはきちんとしているな、とユーカリンは感心していた。

 あまりベラベラと喋るようでは重要任務は任せられない。

 二人はそうして攻略を進めていくと何組かの冒険者の姿を見かける。仲が良かったり、事務的だったり――

 その中でも明らかにがらの悪そうな冒険者がよく目につく。

 全ての【ファミリア】が健全なところではない。中には非合法な【ファミリア】もあるし、ギルドに危険人物(ブラックリスト)として目を付けられている冒険者も居る。

 規則の裏を掻い潜った方法も中にはあり、自分の仲間を奴隷のように扱う事も。

 

「……あれは【ソーマ・ファミリア】だね。酒の為なら何でもする。弱い者いじめが多いけれどギルドとして取り締まる事が出来ない手合いだと聞いている」

「……私はそんなことを知っているランテさんに驚きます」

 

 身を隠した二人はそんなことを話していた。

 ダンジョン攻略する上で他の【ファミリア】に見つかるのは意外と危険で弱小はだいたい隠れていた方がいいと神から教わる。だが、ヘスティアはそういう冒険者としての基本常識を知らない神様だった。

 ユーカリンは既に色々と教わっていたので特に重要視する事も驚きも無かった。

 事務的にダンジョン攻略できる知識と実力はヘスティアの想像を何倍も上回っている。――でも、まだ駆け出しなのは嘘偽りのない事実だ。

 

        

 

 本日の稼ぎについてユーカリンは特に制限を設けていない。あえてあるとしても安全にモンスターを狩るという一点くらい。

 ランテという協力者がいる今はもう少し無茶な行軍も視野に入れてもいいかな、という思いはある。

 一人で潜ると討伐と回収と逃避を一度に考えなければならない。仲間が居る場合はある程度の分担が出来る。手間を一つ減らすだけでも身体(しんたい)的にも精神的にも負担のかかり方が違う。

 

(……それにしても弓兵(きゅうへい)なのに荒々しい戦い方をする人だな)

 

 ランテは背中に弓と矢筒を背負っているけれど、ほぼ肉弾戦。それが出来るように手甲を両手に装備している。

 虎人(ワータイガー)だからなのか、獣じみた威嚇からの攻撃は仲間でなければ逃げ出したくなるほど怖かった。

 戦闘は荒々しいが警戒感も人並み以上に持っている。特に他の冒険者に見つからないように潜伏する回数はかなり多く、臆病者のようにさえ思われる。けれども、諍いを起こさない為の必要な措置だと(アルテミス)から教わり、それを実践しているだけだった。

 

「私らも敵が多いからね。……あえて言えば【アポロン・ファミリア】とか【アレス・ファミリア】とか」

「……【アポロン・ファミリア】……。アルテミス様と似たような紋章(エンブレム)ではありませんでしたか?」

 

 盗賊系【ファミリア】だった【オネイロス・ファミリア】では敵対する【ファミリア】の紋章(エンブレム)は必ず確認するように、と主神から団員へ徹底された指示を受けていた。幼かったユーカリンも興味本位で見せてもらった事がある。

 特に有名どころは忘れないように、と。

 

(【ヘスティア・ファミリア】は(かまど)に関連したもの。【アルテミス・ファミリア】は月と弓矢でしたよね。【アポロン・ファミリア】も確か月と弓矢だった筈……)

「そうらしいね。しかも仲が悪い。私らも好きな【ファミリア】じゃないんで敵で構わないんだけど……。その辺りの事は主神様に直接尋ねな。他の冒険者が来る前に移動するよ」

「はい」

 

 姉後肌なのか、ランテは率先してユーカリンを導いていく。それに文句を言わずについていくユーカリン。

 負担の少ない戦いが出来れば彼女(ユーカリン)は特に文句は無かった。

 

        

 

 ユーカリン達が冒険者として活動を始めている頃、【ミアハ・ファミリア】が経営する『青の薬舗』において、ある冒険者が眷族ナァーザ・エリスイスの介護を受けていた。

 雨が降りしきる日に行き倒れていたケガ人。困っている者を見ると放っておけない主神ミアハによって運ばれ、世話をすることになった。

 その者がどんな素性なのか関係なく、神はただひたすらに下界の者を歓迎する。ただ、それが眷族であるナァーザにとって物凄い負担になっている事にも気づかないのが玉に瑕。

 

(あれから随分と経つ……。少しずつだけど食事をとるようになった。……どうして真っ黒な冒険者(ブラックリスト)なのに面倒を……)

 

 犬人(シアンスロープ)のナァーザは屋根裏に用意した部屋に居る者に定期的に食事の用意と包帯の取り換えをしていた。正直に言えば厄介な客人だ。早く出て行ってほしい。そういう気持ちが日に日に強くなる。

 生気を失ったような冒険者は言葉を発さず、呻くような声しか出さない。喉が潰れているのかもしれないけれど暴れ出すことは無かった。

 

(やっぱり、例の事件の犯人としか思えない。……仕方なく世話をしている私の身にもなってほしい)

 

 身体のところどころを包帯で巻いているが一番ひどいところは手と顔だ。それ以外は軽傷だった。

 何者かと戦い。負けたのか、それとも――

 とにかく命からがら逃げ伸びた印象が強い。だが、彼女は駆け出しとは思えない。その理由は所持していた武具が業物だったからだ。推定レベルは(スリー)(フォー)ではないかと。

 レベル(ツー)であるナァーザにとって彼女が暴れたらどうしようもない。押さえつける自信も無い。

 客人はエルフの女性。しかし、特徴的な長く尖った耳は片方が無かった。取り落とされたばかりのようで出血していた。後々、彼女を見付けた現場辺りをくまなく捜索してみたものの耳は見つからなかった。

 そして、もう一つは千切れかけた右の手首。これは暴れ出すのを防ぐためにあえて切り離して保存してある。何かあっても武器を持って暴れ出したり、逃げ出されてもいいように。

 もちろん、その手首は別の場所に隠してある。

 

(……こういう保身のためにも使える。あの子(赤毛の少女)は先見の明があったかも)

 

 接合や再生は【剣姫】の例があるので問題は無い。残る問題は彼女(エルフ)自身ということになる。

 暗殺者なのか、単なる怨恨か。正直に言えば関わり合いたくない、と。

 ポーラ――いや、ポラン・ブーニディッカを殺害したのは間違いなくこのエルフだ。確信と言ってもいい。

 どういう理由か聞くべきか、それとも他人事として無視するか。その判断は今もって決まっていない。

 ――お得意様を殺すような冒険者は特に嫌いではあるが――主神が助けよ、と言ったから面倒を見ている。

 ナァーザ自身も私怨で手を汚したくなかったので仕方なく――今に至る。

 

 

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