Untold Myth   作:トラロック

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ヴェルゼッタ・オリンピア
#3-0A プロローグ


 

遭遇

 

 ラキア王国の進軍により小国が滅びた。――住民が皆殺しに遭ったわけではないが地図の上では消滅した。

 国家系【ファミリア】の主神アレスによる蹂躙。

 強力な兵を持たない国は無力である。敗北の原因となる代表格が【神の恩恵(ファルナ)】を授かった眷族達で構成された軍隊の存在だ。

 何の恩恵を持たない人間にとって抗えない敵――

 もう一つは彼らが持つ武器『魔剣』である。

 一振りだけでも街を焼き払う力を持ち、王国(ラキア)はそれらを持って数多の国々を支配下に置いていった。

 ――とはいえ、魔剣は役目を終えると砕け散る。その生産もここしばらく出来ない状態だという。

 頼りは屈強な冒険者だけ。

 周りの国々に対し、大きな顔をしてきた王国(ラキア)も未だに攻められない都市がある。

 世界の中心と謳われている『迷宮都市オラリオ』だ。

 人外魔境と揶揄されている都市の攻略こそが軍神アレスの悲願である。だが――

 

 アレスは猪突猛進の男神(おがみ)であった。

 

 それと学習能力が欠如している――と揶揄される程にバカであった。

 獅子を彷彿とさせる金髪に精悍逞しい肉体を持つアレスはここしばらくオラリオに敗北を喫していた。既に年中行事のように。

 多くの兵士(眷族)達もやめた方がいいとさえ思うほどの負けっぷり。

 しかし、こんな国に敗戦の憂き目を見た者は起死回生の一手――または復讐などを胸に秘め、オラリオを目指していた。

 

 平和に暮らしていた小国の姫として暮らしていただけなのに、唐突な蹂躙劇。

 全てを奪われた彼女は虜囚となる事を否定し、一人無謀な旅路を敢行する。

 元々気が強く、負けず嫌いであった。街を焼いていったラキアに復讐してやると豪語するも遠大な旅路に今は後悔を覚えていた。

 奇麗な身なりは既に無く、道端の草を食べては腹を壊す。獣に追われたせいで髪の毛はボロボロ。ケガも酷い。

 途中で見つけた森に身をやつすも空腹と疲労で何度も死にかけた。

 もっと効率的に事を進めればいいのに、という後悔の念は浮かぶのだが自分に負けたくない一心で払い除けてきた。

 それからどれくらい経ったのか覚えが無くなった彼女はある集落にたどり着く。

 そこは王国(ラキア)の目から逃れた森の妖精『エルフ』の隠れ里――

 照り付ける太陽や極度の脱水で視力が弱まり、周りはほとんど見えていなかったが何者かの気配は感じた。

 それからしばらくどう過ごしていたのか分からない。ただ、とても温かな時間を過ごした事だけは覚えている。

 

「オラリオに向かうのですか?」

「……どうしてか……そこに行かないと……」

 

 ある日、側に控える従者らしき人物に彼女は答えた。

 胸に秘めるのは燃え盛る復讐心。ただし、それが何処に向けられてのものなのかは忘れてしまった。

 大きな力に抗うためだったような――

 とにかく、復讐を果たすためにはオラリオに行かなければならない。そして、そこで――

 

 何をすればいいのか。

 

 誰に復讐するのか、分からなくなった。もしかして、長い旅路に対する気持ちだったのかもしれない。

 衰弱する彼女は淡々と言った。

 

「……私……負けるのが嫌なのですわ」

「……そう、ですか。しかし、そのお身体では……」

「この私に諦めの文字はありませんわ」

 

 気丈に振舞おうとしてみても身体は既に限界であった。

 あるのは強い意志と復讐心のみ。

 それを無くせば自分は自分を保てないと自覚している。

 

「惨めになろうとも祖国を愛する気持ちは無くせない。そうですわ。私には取り戻さなければならない国が……。国が……」

 

 振り上げる手は途中で止まる。

 気が付いてしまった。

 彼女は長い意識障害によって自分が何処から来たのか思い出せなくなっている事を。

 覚えているのは自分の名前と強い決意。それ以外はあやふやで油断すると消えてしまう儚いものとなっていた。

 

(……愛する国……、そんなものが私にあったのかしら。ある筈よね……。そうでなければ誰に復讐しようとしているのかしら)

 

 側仕えの従者は混乱した。

 何処から来たのか覚えていない事とそれ(忘却)を告げた彼女の慰め方に。

 暴れ出すことは無かったけれど、酷く落ち込んだことは理解した。

 

 ある日、長い闘病生活で完治した視力を確認する為、隠れ里を案内してもらうことにした。

 足腰は酷く弱っていたが手厚い看病に感謝の意を表す。元王族とはいえ今は零落した身だ。頭を下げる事に抵抗は無かった。

 どこの馬の骨とも分からない自分を受け入れてくれた同胞(エルフ)に恩を返したい。けれども――

 自分はそれを覚えていられない。

 理由は単純で会いに来てくれる殆どの同胞の顔と名前はあくる日には忘却してしまうのだから。

 

「……ケガのせいか……、そういう呪いか……。いずれは自分の名前も忘れてしまいそう……」

「私達が覚えておきます」

「……ありがとう。この呪いに打ち勝てたらお礼に来たいけれど……。自信が無いわ。これほどの不安も……、覚えている事はきっと……無いんでしょうね」

 

 記憶に残るのは強い意志だけ。

 もし、復讐を果たしたら何もかも失う気がした。故郷も自分も何もかも。

 旅の目的すらも。

 

「どうしてオラリオに行こうと思ったのかしら?」

 

 既に忘却の浸食は始まっている。早く目的地に行かなければここで朽ちてしまう。

 旅の目的まで失えば生きている事自体が無駄になる。

 従者は危機感を抱き、仲間を募って彼女の為に様々な物事を紙に記すことにした。覚えていること。聞いたことを。

 目的地であるオラリオの事と冒険者と神の存在を。

 

「……そうですわ。私には倒さなければならない神が居ましたわ……。名前は……なんでしたっけ? 物凄く派手な奴だったような……」

「ここらだと軍神アレスではないかと」

「……あれす? そう、あれす……。それが私の敵なのね」

 

 名前を聞いても姿形が出てこない。印象すらも。

 思い出そうとしてみたが無理だった。

 そのアレスがどうして敵なのか、思い出せない。ロクでもない奴だと認識しておく。

 

(神アレス……。我らの同法の大切な想いを奪うとは……)

(なんとおいたわしや。……ここまでの執念を無くされたらこの方の全てが無意味になってしまう)

(……しかし、ここからオラリオまでは相当な距離があります。誰ぞ、馬車の手配を)

 

 記憶を欠落しつつある彼女の為に側仕えの従者は忙しく走り回る。

 そうと知らない深窓の令嬢の如き客人は奇麗な風景を見て回った。

 

 それから一ヶ月は過ぎただろうか、親切なエルフの森の住人達によりオラリオ近くまで馬車で移動する事になり、多くの荷物を手渡された。

 言葉少なく旅立ち、そしてすぐに彼らとの交流は霧散していく。

 

(……多くの親切な人たちが居た筈……、それらの事も私はもう忘れてしまっている)

 

 途中まで突いてきてくれるエルフだけが唯一の友人のように。

 記憶からは抜け落ちているが多くの出会いを記した手帳だけは無くさないようにしなければならない。ここには集落の全てが記されている。

 旅に必要な事と目的がある。もし、思い出せない時は開くように、と毎日のように教えられた。

 軍神アレスを倒すためにオラリオで冒険者となり、名声を上げる。そうすればいつかは復讐が遂げられる。

 それとかの都市(オラリオ)には王族(ハイエルフ)の有名な冒険者が居るという。困ったことがあれば頼るべし、と手帳には書かれている。

 残念ながら彼女の記憶には無い他人ではあったが――

 

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