Untold Myth   作:トラロック

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#3-01 ホワイトエルフ

 

 迷宮都市オラリオへの道は長くて険しい。馬車での移動途中に魔物や盗賊に襲われる事が多かった。

 乗り継ぎを利用したとしても不安でたまらない金髪碧眼の少女は同胞(エルフ)の里から持たされた肩掛けのカバンを心の支えとし、必死に迫りくる災厄に耐えた。

 無力極まりない事は百も承知だ。それでも目的地に行かなければ自分はここで終わってしまう。

 後戻りはもうできない。後など既に記憶から消えている。

 帰り道のない一方通行。

 

(もうすぐ。もうすぐオラリオ。その筈です。私はここに行かなければならない)

 

 強い意志を胸に秘めるも不安の方が未だに大きい。

 救いの手をいくつ失ったと思っているのか。記憶に残らないとしても実感はある。

 自分のせいで多くの者が傷ついている事を。それらの恩義を忘れてしまう自分が憎くなる。

 

「こ、こんな私の為に……。ありがとう。……必ずオラリオに向かいます」

 

 二つの馬車を潰し――その後、無事に逃げ延びている事を願いつつ――彼女は歩き続けた。

 目的地であるオラリオまで道なりに進むだけ。ただ、何にかはかかる距離である。

 証人の馬車を捕まえれば早いのだが、厄介な人員では目的地にたどり着く確率は減ってしまう、と。

 知らない種族の馬車には乗るな、と強く厳命された。

 

(食料はモンスターを(おび)き寄せるから持てなかったけれど……。お腹が空いてきましたわ。せめて水だけでも……)

 

 その水も途中で紛失した。大慌てで逃げ出したために。

 あるのは書物が入ったカバン一つ。金目のものは無い。

 何も持たなければ盗賊も深追いはしないと見ているが、最悪人身売買の業者に捕まる事を覚悟して。

 

(娼婦でもなんでもいいから目的地にさえ着けば……。私は強い子です。復讐の為なら何だってできるんですから)

 

 意志だけ強く持ち、前を進む。

 ケガを負っても諦めずに。

 それが同族(エルフ)に報いる唯一の方法だと信じて。

 

        

 

 それからしばらく飢えと戦いつつ歩き続けたが気力と体力に限界が来てしまう。

 腹痛が酷い。幻覚も何度か見ている。

 前に進んでいるのか、戻っているのかが分からない。

 途中で血の跡に気づき、引き返すことも十を超えた。

 通りかかる馬車をモンスターと勘違いして逃げ出してしまうほど彼女は恐怖と戦っていた。

 

(……オラリオは何処ですか)

 

 何日か過ぎたころ、手持ちの書物を読む。定期的に読まないと自分は何のために生きているのか分からなくなるから。

 ここには全てが書かれていた、筈だ。空腹により字も読みにくくなってきた。元より視力が安定しない。

 頭を使わないと何もかも忘れてしまう。それだけが強く残っている。

 ある時は空腹に負けて自分の腕を食べようとした。足も一本だけ残せばいいかなと思考もおかしくなっている。

 這いずるように移動していると服は既に無くなっている事に気づいた。天気がいいし、モンスターも通らない。

 大事なのはカバンと書物だけ。

 いつしか草原に気が付いた。夢中で草花を食べていると思考力が戻り、酷く惨めな気分になる。

 それと川を見つけた。何日ぶりに水浴びを下だろうか、と。

 しかしそれも空腹と腹痛と眩暈でのたうち回る事、更に数日。

 

「………」

(………)

 

 何らかの建物。大きな城壁のようなものが見えた。

 それが何なのか、少女には理解できない。けれども、そこに行けば何かがあると思った。

 高揚する気分とは裏腹に身体は限界を迎えていて少しずつしか進めない。

 モンスターの姿は無いし、行き交う馬車を横目にただひたすらに進み続けた。

 城門前に来るのに二日かかった。彼女があまりに異様なので誰も手助けできなかったらしい。

 近づく事を躊躇わせるような悪臭が酷かった。

 周りの様子がおかしい事に気づくも少女にはどうすることも出来ない。前にも後にも進めない。

 夕方近くになり、城門前で力尽きていると何人かの人が近づいてきた。

 

「……ここまで這ってきたのか」

 

 藍色の髪の麗人がズタボロの少女を見下ろす。

 身体の一部が腐りかけていて無事な手にはボロボロのカバンが一つ。既に肩にかけられないほど痛んでいた。

 彼らはギルドから派遣された警備隊で行き倒れを助けるような慈善事業は(おこな)っていない。けれども、このまま放置することも出来ない。

 

(一体どこから来たんだ、こいつは……。このままだとあと数日の命というところか)

 

 このまま放置して死ぬのを待つか。という薄情な気持ちは麗人には持ち合わせていない。

 何らかの目的をもって迷宮都市オラリオに来たのだとすれば願いを叶えてやらなければならない。

 見たところ日焼けの具合から女戦士(アマゾネス)という感じはしない。亜人種(デミ・ヒューマン)の特徴である獣耳と尻尾は無い。

 残るは小人族(パルゥム)人間(ヒューマン)

 髭は無いからドワーフは除外。

 

(両耳は獣に食われたのか。残るはエルフくらいだな……。それにしても酷い姿だ)

 

 耳は奇麗に無くなっていた。這っている時に削れて無くなったか、食べられたのだと判断する。

 性別は女性の筈だが痩せすぎて骨が浮き出ている。背中に()()は無かった。

 

「この紙の束を持ってろ。ボロボロになり過ぎて飛び散るおそれがある」

「そいつを入れるんですか?」

「まだ生きている。我が主神なら助けろと言っているところだ。ここまで来たものを拒んでは……」

 

 寝覚めが悪くなる。

 そう、麗人こと『シャクティ・ヴァルマ』は思った。

 

        

 

 自身の責任をもって治療に当たらせ、持ち物を調べておく。

 彼女が持っていた紙の束は既に限界を迎えていた。いくつかは失われてしまったが概ね格言が書かれている事は分かった。それと彼女の名前と他人に知らせる為の情報が。

 何処から来たのかは分からないがオラリオが目的地である事は分かった。

 

「記憶障害……。なら、ここまで来たことも目的も覚えているかも怪しいな」

 

 目的は復讐。神アレスにまつわるもの。それ以外は書かれていない。

 本人に尋ねても覚えていないと言われる可能性が高い。

 多くの助力があった筈だ。それらを失いつつオラリオにたどり着いたのは執念と言うべきか。

 このまま死なせるのは(しの)びない。主神ガネーシャもそう言っていた。

 

(このオラリオには多くの商人がやってくる。それらに頼れない所から来たのか。そうでもなければ大体は相乗りするはずだ)

 

 それが出来ない事態があり、彼女は一人で這い続けた。

 並大抵の精神力ではできない。復讐とあるように執念を糧に生にしがみ付いてきた。そんな人間を放置し、黙って死なせていいものか。

 冒険者に仕立て上げれば良い働きをするかもしれないし、別の道に進む可能性もある。

 

(……死なせるには惜しいな)

 

 シャクティはそう思い、決断する。

 読み取れる文面の中には『彼女を救ってほしい』と書かれていた。

 誰かが彼女の為に言葉を紡いだ。肌身離さず諦めなかった者を見殺しに出来るほどシャクティは現実主義な冒険者ではない。

 生きる事を諦めなかった冒険者はそれだけで勝者だ。

 治療院の手を借りつつ養子にでもしようか考えてみたが、失う悲しさを思い出してしまうので諦める。

 その代わり一つわかった事があった。

 彼女の種族はエルフだ。――それだけなら良かったと後々気づくことになるが、命をつなぎ留められたことに今は安堵する【ガネーシャ・ファミリア】団長であった。

 

        

 

 ケガが完治した頃には季節も移り変わり、肌寒さが気になる。

 大勢の眷族を擁する【ガネーシャ・ファミリア】の助けを借りて命を吹き返した少女は団長シャクティと共にオラリオの中を見物していた。

 見た目は歳若いのだがエルフは長命である。(おおよ)そでは五十歳と言われても驚かない。

 実際のところ歳は覚えていないらしいが書かれている情報が確かなら十四歳だ。それからどれだけの月日が経過したかは分からないけれど。

 人間(ヒューマン)であるシャクティはエルフの生態に詳しいわけではない。団員からの情報と総合して判断しているに過ぎない。

 それでも不確かなのは彼女の存在にある。

 金髪碧眼で色白の肌を持つエルフ。それ自体はオラリオでも珍しくない。

 記憶障害のせいで物覚えが悪く、相手の顔や名前をすぐに忘れてしまう。それでも失わないのは言葉だった。日常会話に今のところ支障はない。

 杖を突きながら危なっかしい足取りで向かうのは事前に面会の許可を申請した他派閥の【ファミリア】だ。

 多くの【ファミリア】は基本的に競い合う敵同士。またはそれに近い付き合いだ。

 もちろん、合同でダンジョン探索も(おこな)うけれど。基本的にはなれ合いはしない。皆『らいばる』という事になっている。

 

「人がたくさん居るんですのね」

「たくさん居るぞ。それより足はまだ痛むのか?」

「そうですわね。……歩くと痛みますわ。どうしてでしょうか? 身体中が痛いと言っております」

 

 疑問に思っていても彼女の顔は不思議そうな、無邪気な子供の様な明るさがある。

 飢えに負けて食い千切った個所があるところから、身体の多くの傷は自身が付けたものだと推測している。

 今はモンスターに襲われた、という事で誤魔化しているが、そうではない気がした。

 事実、今のように出歩けるまでに自分の腕に噛み付く事が何度もあった。それも寝ている時に多い。

 二の腕の一部が腐って骨が露出していた、というのは自分で噛み千切った為に出来た傷に他ならない。

 今はシャクティの配慮で多くの傷は塞がっているが、もし――

 

(……いや、推測は止めよう。彼女は強い精神力をもってオラリオに来た。今更事実を突きつけるのは不毛だ)

 

 それに回復した今は死に損なっていた時が嘘だと思える程に明るい。

 自身のケガもしっかりと受け止めている。これ以上がっかりさせる事も無い。

 シャクティの見てきた印象では不思議な人だと思った。

 

        

 

 彼女を外に出すにあたりフードを被ってもらった。おそらく()()()目立つから。

 耳が復活したとはいえ、非常に美しい顔は騒ぎの元だと判断した。

 エルフ自体は珍しくない。ただ、何となくそうしなければならない気がした。

 

「ここが目的の【ファミリア】だ」

「……まあ、お城みたいですわ」

 

 ニコリと微笑む彼女。

 シャクティは早速門番を務めている団員に声をかける。

 ここはダンジョン探索系において有名な【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)『黄昏の館』である。

 通常であれば他派閥の【ファミリア】を通すことはしない。これは大手に見られる傾向だ。

 【ガネーシャ・ファミリア】は冒険者ギルドの要請で色々と仕事を受け持つことがあり、他派閥だろうと時には検問に赴く。さすがに叩き潰せるほど強力な存在ではない。

 手続きを終えて館に入ると多くの団員達が出迎えた。その光景に目を輝かせる少女。

 まるでお城みたいと感想を述べたばかりではあるが改めて言葉が真実であったと確信する。ただ、周りの人々の顔は険しかった。

 歓迎というよりは敵意に満ちているような、嫌な気持ちにさせられる。

 

(な、なんですの? 嫌な客が来たみたいな顔をして。身なりが悪いのでしょうか? それとも身だしなみに問題が?)

 

 先日風呂で身体を洗ったばかりだから臭くはない筈だと戸惑う。

 当初ほど腐臭はしない筈だ。今日も顔は何度も丁寧に洗ってきた。

 それとも戦闘を歩く冒険者が原因なのか、と思って匂いを嗅ぐ。多少、汗臭いかもしれないが周りに居る者達よりは奇麗に見えた。

 (むし)ろ小汚いのは貴方達の方だ、と言い返してやろうかと思った。

 

「……ここはいつも物々しいんですの?」

「そうかもな。いつも来ているわけじゃないから詳しいところは分からん」

 

 睨みつけてくる相手はそれぞれ武器を持ち、警戒している。

 客人を招く姿勢ではないことは理解した。

 建物は素晴らしくても使用者が悪いければ品位は落ちる。

 彼女にとっては品位こそ大事なものだと思った。

 

        

 

 シャクティの案内により辿り着いたのは広い応接室だった。

 言われるがまま来てしまったが、今回の目的は何なのか少女には窺い知れない。

 外出用の正装でもなく簡素な衣類。化粧もほとんどしていない。

 本来ならば長い時間をかけて自分を磨くものではなかったのか、と薄っすら思う。以前の自分は他人との面会に随分と気を使っていた気がした。

 どういう理由かまでは思い出せないが、相手に失礼な振る舞いはしなかったのではないかと。

 外出できるようになったとはいえ、杖が無ければまともに歩けない。傷が深すぎて治療に時間がかかってしまったためだ。それでも今日の外出を決めたのはシャクティである。

 戸惑いつつも命の恩人の要望に逆らえるわけも無く――

 

(……久しぶりのお散歩で少々具合が悪くなってきましたわ。内と外では空気が違うのかしら?)

 

 何度か胸を摩りながら一人掛けのソファーに座る。

 豪華絢爛とは程遠い質素な室内に何故だか失望を覚える。しかし、他人の住居に文句を言っても仕方がない。そうは思うが――以前はもっと派手な場所に居た気がしてならなかった。

 

「……ヴァルマさん。このフードはまだ被ったままなのですか?」

「そうした方がいい。暑苦しくて済まないとは思っている」

 

 実際、暑苦しい。熱がこもり、汗で顔は濡れていた。

 今日は一段と気温が高い。通りを歩く女戦士(アマゾネス)が羨ましいとさえ思った。

 自分が覚えている感覚では今日のような日は外に出ず、薄着で過ごす。

 肌の露出を極力控える種族ではあるが程度がある。

 

(こういう日は建物より森の中がいいですわ)

 

 故郷の事をすっかり忘れているけれど過ごしやすい場所の知識は残っていた。

 オラリオに来るまでいくつかの森の中で暑さと獣から逃れてきた。そこでの暮らしは決して悪いものではなかった。

 ――その筈なのだが、どこの森にどれだけ居たのかが思い出せない。同胞との触れ合いもあった筈だ。

 しかし、今日はその同胞から厳しい視線を向けられてしまった。明らかに敵を見る目だ。

 少女は水筒を取ろうと身体を探るが見当たらない。きっと最初から持っていなかったのだと諦める。

 側に居たシャクティは彼女が水筒を探そうとしている事に気づいた。そう思うのは何度も同じ行動を取っていたからだ。

 

 記憶障害。

 

 最初はよく分からなかったが物忘れが激しい事だと理解していた。だが、程度が想像を超えていた。

 自分達にはなじみが無いが主神や他の神々の言葉からも信じられないのだが――

 つい先ごろまで自分が何をしていたのか忘れてしまう。それも何度も起きる。

 人の名前や顔さえも覚えていない。

 何度も教えていれば身につくものだとばかり思っていたシャクティもお手上げだった。

 同じことを質問されれば腹が立つものだ。他の眷族たちも彼女の質問に嫌気がさしている。けれども、彼女自身は本当に覚えられなくて困っているという。

 こういう場合、どうすればいいのか分からない。

 

        

 

 彼女の行動について自分一人ではどうする事も出来ないので知恵者の意見を色々と貰っているが、解決策が浮かばない。かといって放り出すことも出来ない。

 その一環として【ロキ・ファミリア】に連れてきた。ギルドにも連れて行きたかったが、()()()思うところがあり断念した。

 戸惑う少女を眺めていると扉が開いた。

 一人は耳が横に長いエルフの眷族。その後で目的の人物『リヴェリア・リヨス・アールヴ』が入室してきた。

 腰まで長い緑色の髪に碧玉の瞳。氷の如き冷たさを感じさせる顔は色白の肌を一掃と際立たせている。それと外が暑いにも関わらず肌の露出の少ない魔術師風の衣装を着ていた。

 エルフは基本的に季節問わず肌の露出を極力控えたものにしている。これは種族全体が潔癖症だと言われる由縁である。

 女戦士(アマゾネス)の対極の格好ではあるが肌を見せてはならない(おきて)は無い。

 

「待たせたな」

「いや……」

 

 リヴァリアは立ち上がろうとしたシャクティを制し、エルフの眷族は来客の目の前にアルヴの清水の入ったコップを置いていく。

 霊峰『アルヴ山脈』に流れるエルフ達が好む水である。

 

「そこの貴女」

 

 フードを被った少女が眷族に声をかけた。するとエルフの眷族は声を聞いただけで全身に緊張が走って背筋をまっすぐに伸ばした。

 何故かそうしなければならない気がした。

 

「は、はい?」

「毒味をしなさい」

「はっ?」

 

 唐突な少女の命令。

 側に居たシャクティと眷族の少女が同時に疑問を口にする。だが、眷族の方は言い知れない畏敬の念を感じ、自分が運んできた清水を一口飲んだ。

 清く冷たい水が実に美味である、と小さく呟いた。

 

「お客に出す水に毒なんか入れませんよ」

 

 通常であれば飲まずに言う台詞だ。しかし、今回はどうしてか飲んでから言ってしまった。別に喉は乾いていないのに。

 どうしてかそうしなければならない。それはまるで――と思ったところで思考が中断する。その後の文言が出てこなかった。

 相手の様子に満足したのか少女は出されたコップに口を付け、一口清水を飲む。

 暑い気温には心地よい冷たさで満足気だった。

 

        

 

 シャクティ達の対面のソファーに座したリヴェリアは片目だけ開けて様子を窺っていた。先の少女の言葉には僅かばかり眉根が動いたのみだ。

 エルフの眷族の動揺に興味を覚えた彼女(リヴェリア)はシャクティの思惑の(おおよ)その見当がついた。

 

「今日の目的はその娘か」

「ああ。今のはよく分からんが……」

 

 シャクティの言葉と同時にリヴェリアは眷族に部屋から出るように言いつける。それとしばらく誰も入れないように、と。

 困惑する眷族が姿を消してからリヴェリアとシャクティは同時に軽くため息をついた。

 息苦しい雰囲気になった事にお互い苦笑を滲ませる。

 

「もうフードを取っていいぞ」

「はい」

 

 汗にまみれた顔の少女はようやく解放された事に安堵した。

 フードから現れる容貌は白く美しく、エルフ特有の横に長い耳が現れる。

 金髪碧眼の年若い少女はもう一口清水を飲んだ。

 

「……エルフ……、それも白妖精(ホワイトエルフ)か……」

 

 通常のエルフよりも少しばかり肌の白さが分かる程度。リヴェリアも白妖精(ホワイトエルフ)に属する。

 身体的特徴に大きな変化はない。

 

「……残念だが私は彼女に覚えがない」

 

 リヴェリアは冷淡に告げたものの興味を無くしたわけでは無かった。

 エルフの中でも希少な白妖精(ホワイトエルフ)は高貴な存在と扱われる。先ほどのエルフの眷族のように声をかけられただけで奴隷根性が蘇るような、命令に抗えなくなってしまう。

 リヴェリアが他のエルフに出会えば大体は騒ぎになる。特に彼女は顕著である。

 

「見た目から想像しか出来ないが……、私と同じく王族(ハイエルフ)かもしれない」

 

 事前にある程度の情報を得ていたとはいえ、目の前で見せられれば信じるしかない。

 【ロキ・ファミリア】の冒険者であるリヴェリアは元々は多くのエルフを従える存在であった。戦乱によって故郷を追われ、オラリオに流れ着いた。

 ただ、目の前の少女はシャクティに言ったように覚えが無い。

 自分の里の者であれば大体は把握している。

 ここで問題なのはシャクティから聞いた記憶障害についてだ。

 何処から来たのか尋ねようとも本人は覚えていない。帰るべき故郷が無い。ただ、ヒントが無いわけではない。

 彼女が復讐心に囚われている原因となったのが軍神アレスだ。この神に尋ねれば正体が判明する。

 

(……王国(ラキア)関連となると厄介だな……。しかし、一人でオラリオに来たそうだが……、何があったのか……)

 

 他人の人生を詮索するべきではないが王族(ハイエルフ)となると話しが変わってくる。

 他のエルフに影響を及ぼす存在である為、安易に見捨てる事が出来ない。かといって協力することも出来ない。――これは内容によるものだが。

 

「やはり王族(ハイエルフ)か……。見つけた時は酷い姿だったが……。我々【ファミリア】としては確認のために来ただけでリヴェリアに押し付ける気は無い。……出来れば助言は貰いたいな」

「うむ。私も同胞を見捨てる気は無いのだが……。正直、驚いている。彼女は私の知らない里の王族(ハイエルフ)のようだ。しかも王国(ラキア)が関わっているとなると……、見過ごすことも出来ん」

 

 (くだん)王国(ラキア)は年に一回はオラリオに攻め込んでくる。そのたびに【ロキ・ファミリア】率いる最強の【ファミリア】で迎え撃っていた。今のところ全戦全勝だ。

 国家系【ファミリア】は数が多いだけで質は低い。それと主神はバカである。

 

「……良く分かりませんが……。私は王族(ハイエルフ)で、とても偉いのですね?」

 

 今まで大人しく聞き耳を立てていた少女が言った。

 それに対してどう答えたものか、とシャクティは戸惑う。

 全ての白妖精(ホワイトエルフ)が偉いわけではないし、リヴェリアとて偉そうに振舞っているわけでもない。

 ギルドに行けばどんな種族の冒険者も等しく平等だ。ただし、王族(ハイエルフ)は高貴さから対応が変わってしまう事もなくはない。それとて人間(ヒューマン)亜人種(デミ・ヒューマン)からすれば関係の無い事だが。

 

「オラリオに限って言えば……、偉くは無い。ただの王族(ハイエルフ)だ。うちに居る多くの眷族からみれば雑兵と大差はないぞ」

「……そ、そうなのですか。少し残念ですわ」

 

 水を飲んで気分的に落ち着いた筈なのに頭はまだ熱い。目の前のリヴェリアという人物が色々と教えてくれている事に興味が湧いているが、どうにも意識が集中できない。

 逆にリヴェリア側からは緊張の為の冷や汗のように見えていた。顔色も悪いので。

 そのすぐ後で少女の景色は歪んだ。それに驚いて持っていたコップを取り落とし、拾うおうとするも上手く掴めない。

 

「どうした? 具合が悪いのか?」

 

 慌てたシャクティが少女の額に触れると熱かった。

 自分の体温と比べても圧倒的に熱い事に(ようや)く気づいた。

 

(朝方確認した時は平熱だったのに……。ここに来て緊張が解けたとか? それとも逆か)

(……目が泳いでいるな。熱中症か。早く休ませなければ……)

 

 それぞれ対応の為立ち上がる。

 シャクティは冷たい水か、タオルを。

 リヴェリアは部屋の外で待機している筈の眷族を呼びつける。しかし、それらが整え前に少女は具合悪さから嘔吐した。その後は意識が朦朧として動かなくなる。

 

        

 

 エルフの扱いが良く分からないシャクティをよそにリヴェリアが甲斐甲斐しく身の回りの世話を始めた。

 少女をリヴェリアに託すかどうか決めあぐねていた為に【ガネーシャ・ファミリア】の眷族として迎えなかった。

 場合によれば【ロキ・ファミリア】に預けてもよいと主神ガネーシャの許可を得ている。

 

「私の予想が当たった場合、リヴェリアとの付き合いが変わるのでは、と危惧してな」

「余計なお世話だ。……だが、相手が相手だ。世間的にも体面が悪かろう」

 

 現場の清掃作業を眺めつつ横長のソファに横たえられた少女。

 慣れない環境の為に心身ともに疲弊したのでは、と予想する。元より過酷な毎日を過ごしてきたと聞いている。

 今しばらくは身体の不調が続くと二人は思った。

 

(故郷を追われた王族(ハイエルフ)か……。私の娘というわけではないし、アイズ一人でも手を焼いている状況だ。だが……、このまま帰せば色々と騒動が起きそうだな)

 

 立ち居振る舞いから王族の関係者であることは何となく予想できる。しかし、冒険者として迎え入れる事とは別問題だ。

 国元に戻せば今までの苦労は水泡と化し、相当に恨まれてしまう。かといって面倒見るのは違うと思った。

 王族(ハイエルフ)と気づいた者達が増えれば必然的に関わりを強制されるし、何かしらの事態に利用されてしまう。

 

「そちらの眷族に迎えないのであれば預かってもいい、と思っていいのか?」

「ああ。手荷物はカバンとボロボロの書物だけだ。本当に身一つで遥か遠くから来たようだからな」

 

 エルフが頼れるのは同胞だけだ。人間(ヒューマン)のシャクティでは同情こそ感じても最後まで面倒を見る事は――おそらく――出来ない。

 他にも多くの眷族を抱えている。この点はリヴェリアも同じだが――

 それから少女を来客用の部屋にあるベッドに寝かせる。これは大勢の眷族を引き入れるために用意した寝台である。

 リヴェリアは他のエルフの眷族と共に環境を整備し、居心地を良くさせる。それとシャクティから荷物を取り寄せてボロボロの手記を読み込んだ。

 立ち寄った隠れ里で世話になった者達の名前や様々な風俗が記されているのが殆どで大層なものは見当たらない。

 忘れていく彼女の為に用意されたことは明らかだ。それと彼女の故郷が書かれていないのは失ったか、既に記憶から消えていたものと判断する。

 

(過酷な環境が彼女の大事な記憶を奪ったか……。多くのエルフは恐怖をその身に抱いているが、それと似たようなもの……かは分からないが)

 

 これを書いた者は少女に生きてほしいと願っている。復讐を糧にしてでも。

 だが、リヴェリアは彼女の気持ちを理解してあげることは出来ない。例え同族だとしても。

 本人も同情を目的としてオラリオに来たわけではない筈だ。

 

        

 

 治癒術(ヒーラー)を呼んで一日いっぱい面倒を見た後、熱が下がったのは翌朝になってから。

 最初に見かけたリヴェリアに対して、初めましてと言い出した。

 共に来た者の事を尋ねると数分かけてシャクティの名前を出す。おそらく忘れかけているからすぐには出てこなかったと判断する。

 

(この短期間の事もあやふやなのか。それでは故郷の事や手記の事も里の事も覚えてはいまい)

 

 一応、手帳のようにまとめられた手記を見せると笑顔が焦りに変わり、リヴェリアから奪い取る。

 記憶には無いが失ってはいけないものだと本能では覚えていたようだ。

 手記を失えばもう彼女は何も無くなってしまう。

 

(罪深い事をしてくれたな、神アレス……)

「これは大事なものなんです。……大事な想いが……たぶん詰まっている……。守らないと……」

「……ああ。取り上げたりしない。あまりにボロボロだったから装丁を整えさせてもらった。それとカバンはどうする?」

 

 手記の中身を確認しつつカバンという単語が分からなかったのか、首を傾げた。

 大事なのは中身であって他はもう忘却したのか、と。

 シャクティも手記以外は入っていなかったと言っていた。

 

「後で清書してやろう。このまま朽ちてしまえば読めなくなる」

「……そ、そうですね。字が判然としませんし……。同族の方々に深い感謝を……」

 

 手記を大事に抱え、お礼の言葉を口にした後、静かに涙を流す。だからといってすぐに手記を手放すことはしなかった。

 これはリヴェリアを完全に信用していない証しだ。

 本能の強さは冒険者に勝るとも劣らない。そう思わせる意志の強さを垣間見た気分だった。

 

「改めて名乗っておこう。私はリヴェリアだ。冒険者に身をやつしている」

 

 真剣な顔を崩し、アイズ達に向けるような柔らかさで名乗る。

 これに対し、少女は戸惑いを見せる。何度か口を動かしつつ必死に記憶を探っているような――

 自分の名前すらすぐに出てこないほど症状が悪化しているのかもしれないと思いつつ。

 

「私は……ヴェルゼッタ・オリンピア。そうヴェルゼッタですわ。高貴なる……どこかの……。……ただのエルフ。そうですわ。ええ、そうです。間違いありません……」

 

 単語を一つずつ思い出し、確かめるように少女ヴェルゼッタは言った。

 思い出せない事が多くて不安そうな顔だが自分の内に秘める思いを信じて。

 

「同胞の手を借り、オラリオまで来ました。……ここで私が何をすればいいのか忘れてしまったようですが……。恩義は忘れない……。必ず思い出してみせますわ」

「……無理をするな。その強がりは元々の個性か?」

 

 気丈な振る舞いから高貴な存在らしいのは分かったが、それは性格からなのか、掴みどころのないのは記憶の欠損だとしても不憫である事には変わらない。

 このまま追い出してしまうと確実に路頭に迷う。少なからず旅の目的も失ってしまう。

 それと名乗りで出た名前には全く覚えが無かった。余程の田舎か、偽名か。

 王国(ラキア)に関係するとすれば分からない筈はないのだが、とリヴェリアは首を傾げた。

 

 

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