#4-0A プロローグ
生まれた時から彼女は忌避されていた。
神によって失望された存在として――
けれども、物心つかない少女は――あらゆることが分からなかった。当然、知識を得なければ無垢な赤子と変わらない。
新しい命は祝福される。それが世の常であり、一般常識。だが、彼女の世界はそうではなかった。
「……おうおう、こいつはすげーな。見事な
赤子を上から覗き込むように眺める神は珍しい生き物を見るように。取り立てて面白くもつまらなくもない――かといって好奇心が刺激されるでもない。
あるのはただ空虚な失望感だけ。それでも体裁というのは大事だ。周りの大人達の羨望を集めている立場でもある。
とある小さな村落にある【ヴェーラ・ファミリア】が起源だと言われている
村の生命線を守護する巫女となる為だけに待望された赤子であるというのに。
その子は見た目は
夜色の外套を寝間着のように羽織り、群青色の様な長い髪の頭部には花飾りをあしらっている。
顔に三角などの模様を施した褐色肌の女神。その表情は常に人を小莫迦にするような悪戯っ子を思わせる。
この神の特徴は『質問』を受ければどのような形であれ真実を『答え』る。――自分の知識に無いものまでは答えられないけれど。聞く人によっては聞きたくない事まで聞かされる事になるので、神の界隈では嫌われ者として扱われていた。
「……失敗、ですか……」
「紛うことなき大失敗だ。こりゃあ参ったね。また新しく作るとしても手間暇がどれくらいかかるのやら」
目的の赤子を用意するのに何十人もの女性。三〇種近い
村の住民からすれば軽く流されては困る。だが、他に頼れる存在は居ない。
「まあまあ、そう悲観するな。アタシは神だ。安易にお前らを見捨てたりはしねー。……だが、これは困ったな……。思い通りに行かないっていうのは」
言葉は悪いがヴェーラとて敬ってくれる村民に何の感情も抱いていないわけではない。
救ってほしいというから提案を出した。それが今回は失敗してしまった。話しとしてはただそれだけだ。
あまりに面白くないからつい口が滑った。
(……アタシは嫌われ者の神だから気にしないけれど……。しかし、どうしよう。前回は成功したから今回も特に問題も無く進められたのに……。誤算だ、誤算。……文字通りの『誤産』……)
失敗作として生を受けてしまった女の子は神と村民によって育てられる事になった。さすがに安易にごみ箱に捨ててこい、とは言えなかった。
――今から思えばそれが出来ればとっくにやっている、と神ヴェーラは独り
人々の期待を一気に失望させた女の子は緑色の植物に因んで『メンテ・シャフラー』と名付けられた。
当初は確かに薄緑色の奇麗な髪と瞳だった。それが時を経るごとに濁っていくことになるとは――
村民の冷たい視線にさらされながら数年が経過した。神がメンテを側に置いているので滅多なことはなかったが会話する相手の殆どはヴェーラだった。
当初はあまりにも村八分なやり方に嗤ってしまったが――長く触れ合えば愛情が湧くというもの。それは神でも起こりうる感情だ。しかし、ヴェーラはどこかで線引きをしているので見捨てる事もしばしば。
(一〇年ほど世話をしたが
血統の配合に間違いは無かった。メンテの場合は通常の作法から外れた『奇形』に分類される。
(お前はよく分かんねー生き物になっちまったな。……成長はしている。眷族にするの怖いけど【ステイタス】はどうなるんだ? 増えるのか、まさか……)
素っ裸にしたメンテをくるくる回したり逆さまにしたり、とにかく研究だけは続けた。
知能で言えば中くらい。特別、天才という事もない。育てているヴェーラからすれば少し落胆するところだ。
自分が育てているのに頭が悪い子になるのは対外的にも羞恥を覚える。
失敗作のメンテで挫折している場合ではなく、彼女が生まれた五年後には代替品たる成功例が生まれ、今も村民たちによって大切に育てられている。
成功例は今までの経験に基づいた結果なので、こちらはこちらで珍しいわけではない。だが、村人の感謝の強さは段違いだ。
その赤子こそが村にとっての救世主なのだから。
「……おめでとう」
メンテは喜ぶ村民を眺めながら言葉を紡ぐ。何がそんなに目出たいのか理解していないのに。
だが、それでも愛そうとヴェーラはメンテを側に置いて可愛がった。主神であり下界の住民は全て自分の子供も同然。当然、その愛情はメンテにも適応される。
扱いの違う子供達を眺めつつヴェーラは日がな一日寝ているか研究に没頭する。
本物の神が住んでいるというだけで下界の人間は畏れ敬ってくれる。時には養ってくれることも。
それに対して神が施すのは知識や『
メンテが十二歳になる頃、他の住民と触れわせた。すると彼らはすぐに彼女を厄介者として扱い、汚れた存在のように排斥する。
神の寵愛を受けているメンテとはいえ、ヴェーラは彼らに遠慮は無用と言ってある。だから、きつく当たる事も然程時間はかからなかった。
「元々はお前らが生んだ子だ。殴るも殺すもお前らの自由。これがアタシの『答え』だ」
神は傷つくメンテと傷付ける人々を見ながら満足そうに言い放つ。
邪神ではないが人によってはそう見えてしまうのは本人も自覚している。けれどもそれを隠す気も無い。
多くの
子供達の戯れは本能の赴くままにやらせるべきだ。だから、ヴェーラは止めない。その理由もない。
(……うわっ、すっげー血ぃ出てんじゃん。棒で叩くのは無しだぜ。放っておくとどんどく酷くなるな。このまま何もしなかったら……、あいつ死ぬかな)
生死については神として様々な考え方がある。ヴェーラは運命は受け入れろ派だ。
失敗作として生まれた己を恨め、と。
時が過ぎ、普遍の神であるヴェーラは新しい顔にすげ変わる住民たちを眺めつつ今も慎ましやかな生活を続けていた。
今年で四〇は超えている筈のメンテは――今も若さを保ち生き続けている。見た目は相当ひどい有様だが――
何が酷いって年中村人にボコボコに痛めつけられているのだから顔形が元々なんであったか思い出せないくらいだ。
小さくてかわいい赤子は居ない。ここには度重なる打撃によって歪んだ顔しかない。
極端な変形は無いものの印象は当初とは別人位に違っていた。
「……お前はそういう……生き物なのか……。もっと早く気づいてやれれば良かったな。……どの道、失敗作だし、そんなこと分かるわけねーか」
「……お戯れを」
「おいおい、アタシはこっちだぜ。目が見えていないんじゃないのか?」
例え潰れても一週間ほどで完治する。その肉体的回復力は『
以前は指を落とされたのに再生した。だからといって急激な変化は起こさないから気づくのが遅れた。
肉体の再生力が強くても身体中に刻まれた傷跡までは消えない。これはどういう基準か今もって分からないが、ある特定の攻撃を受けた場合、傷跡が残ったままになる。
その影響であちこちの皮膚が引っ張られて風貌が変わってしまったわけだ。
(……あまりにのんびりし過ぎてこいつの事を見てなかったのかもな。こんな疫病神の世話を長年続けるなんてよ。嬉しくて涙が出そうだ)
本当に泣くかは分からない。心にもない事ばかり言う自分に涙は似合わないとも思っている。
だが、しかし困ったとヴェーラは本心から思った。
そして、更に時は過ぎた。
世代交代が続く村での暮らしも安定期に差し掛かり、当初ほどメンテへの風当たりも無くなってきた。ある意味、神の代わりに疫病神と言われる始末だが。
その当事者は二十歳程の妙齢の女性で成長が止まっている。見た感じなので幾分かは若いかもしれないけれど。
「懲りねーな、おめーも。神と同等の存在と化しやがって……」
「あなたのお世話をするのが私の役目でございます」
確かにそういう取り決めをしたのは事実だ。今更覆せるのか――神だから出来る。
かといって他の者だと寿命で死んでしまう。不死性を持つメンテはその点では優秀だった。
しかし、問題が無いわけではない。
神は下界に神を作らない。神は天上世界のみ君臨する『
(あわよくば撲殺で死んでくれりゃー良かったのに。無事でやんの)
それともうすぐ人の寿命の限界に差し掛かる。もし、エルフなどであればまだ猶予はあった。神の目も誤魔化せる。ヴェーラ自身がそう思っているので間違いは無い。
それに――もう潮時ではないかと。
だから、数年後言い渡した。
お前、死ねよ。
神から直接の死亡通知。
長年甲斐甲斐しく世話をしてきた者に対する仕打ちとしては最悪極まりない。けれども、他に言いようがない。
どの道、嫌われ者のヴェーラだ。悪意の正直者である。
充分な知識を持つに至るメンテはそれでも笑っていた。いや、苦笑かもしれないし、絶望した時に見せる笑いかもしれない。
「んっ? 聞こえなかったか? 死ね。とにかく、死ね。明日でも今日でも今すぐにでもいいから死んでしまえ、この……失敗作が。……ったく、もういい加減にしてくれねーかな。アタシはピチピチの二十歳気分を味わいてーんだ。老人介護はもうたくさんなんだよ」
(……我ながら胸糞悪くなる言葉だ。言ってて虚しくなるぜ)
唐突に言ったものだから歯止めが聞かない。死ね、を五〇個ほど並べたところで数えるのをやめた。
数が問題じゃない、と。
それからどれくらい経っただろうか。その間、暇を見つけてはメンテに死ねと言っている気がするし、自分でも口癖のようになってきた。
だからといって果敢に死ぬわけがないのは重々承知している。けれども、そうしなければ――今までのメンテの努力や苦労が『無かった』事にされる。それだけは嫌だった。
ヴェーラにとって下界の民は万民問わず愛すべき存在である。当然、失敗作だろうとも愛するつもりだ。
(そうだ。それが真実だ。メンテ……、お前が選択すべきはアタシじゃない)
だが、さすがに傷ついたのか、メンテの言葉は目に見えて少なくなった。それと同時に全身から死臭が漂うような生気を失った姿になっていった。本当に肉体が腐っているわけではないが、絶望感いっぱいなのは確か。
頼れる者はヴェーラのみ。口が悪くても良いなら、という条件で共同生活は続いている。
正直に言えばヴェーラは手詰まりだった。他の案が提示できない。
そんなある日、他の街から来た行商人から様々な情報を得た。
遠く離れた地に神々が集まって広大な地下ダンジョンを攻略していると。それも
その都市の名は迷宮都市オラリオという。
(……なんだ。アタシを辺鄙なところに左遷して
イライラが募り、メンテに言葉での暴力を加える。
かといって村を放棄する事は――彼らは遠くに移動できないし、新しい土地での暮らしも知らない。
自分が大切に見守ってやらなければならない。これは己に課した神としての責務でもある。
いかに傍若無人なヴェーラとて
死ね死ね毎日言われる日々を送りながらメンテは精神的に耐えられなくなったのか、それとも気がふれたのか何の脈絡も無く叫んだり、泣き出したりするようになった。
壁に頭を打ち付けた後は自分が何をしていたのか思い出せず、首を傾げている。
追い詰め過ぎておかしくなったか、長寿の弊害かとヴェーラは思った。
(……うるさくなったな。どうせ厄介払いするならオラリオに行ってもらおうか。どういう理由がいいか……。アタシは他人の質問には答えるが自分の疑問に答えてくれるアタシは居ない。……はぁー、難儀な神様だ)
気の触れた介添え人たるメンテ・シャフラーを手放す理由作り。これにかけた時間はおよそ五年――
ヴェーラはさすがに自分の頭の悪さ加減に絶望した。だから、こいつのような失敗作が出来上がる、と自分を責める事も少なくなかった。
正直者であるからゆえに慰めの言葉など出てこないのだから仕方がない。
(……お前は可愛いよ、愛すべき失敗作だ。……だからこそ、だ。責任……、ちゃんと取ってやらねーとな)
生を受けて一〇〇年か、一五〇年か――はたまた三〇〇年か。
あらゆる災厄を一身に受け続けた世話係を――
「お前の愛は何処にある? 無ければ探せ。アタシに出来る事は道筋を付けてやるくらいだ。なんてこたぁーない。死んでほしい相手に墓標を用意してやるくらい簡単な事さ。アタシは神様だからな」
「愛は……神から与えられるもの」
「それはもう賞味期限切れだ。新しいのを探しな。アタシの愛は寿命を持つ者にしか適応されねー」
(例外があるなら死者だ。それは嘘じゃねーよ。それが例えお前でも天界で愛でてやるさ。送還されるまで待てたら会えるかもしれねーが)
ヴェーラはメンテに新しい愛を探すよう命じる。そうすれば神の命令を絶対だと信じて疑わなければ二つ返事で
気の触れたメンテにまともな解答は望んでいないが
ヴェーラが示すのは迷宮都市オラリオ。
愛を求める相手は神、または異性。変わり種として同性も認めてやらないわけでもない、と。
とにかく、愛を知り、そこで死ね。知らなくても死ね。そう言いつけた。
「条件は神を殺してはならない事だけ。それは絶対遵守だ。後はどうしようがお前の勝手だ。住民全てを殺しても構わない。失敗作のお前を殺せる奴がいるなら見てみたいが……、アタシはしばらくこの村から出られないからな。達者で暮らせよ」
神からの一方的な通告。それに対し、血の涙を流しつつメンテは声なき嗚咽を漏らす。その顔を見たヴェーラは大層気味悪がった。
(……うわっ。キモっ! ……あー、もう駄目だな、こいつ)
その後、彼女は村人から一斉に投石を受けて追い出されるように生まれ故郷を去る事になった。その後は無理に追い立てられる事無く、オラリオに向かう事だけを念頭に歩き続けた。
見送った側であるヴェーラとしては厄介者を追い出せた重責から解放されたわけだが――心は全く晴れなかった。いや、自分がどうあがいてもメンテを救えない事は分かっていた。
(……あんな
まずは真っ当にオラリオにたどり着けるか、だが。まっすぐ歩いていれば一〇〇〇年くらいかければ着くだろう、と気楽に考え村に目を向ける。
新たな巫女を作る用意を始める時期に入ったので。
ゼゼナ・シャフラーの『【
詳細は当事者の記憶にのみ保管を認めます。
口外秘を徹底してください。