Untold Myth   作:トラロック

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ゲッテルデメルング
#5-01 ベル・クラネル


 

 その少年は『英雄』に憧れていた。育ての親たる祖父と死に別れ、一念発起して生まれ故郷を出立し、昔から聞かされてきた『迷宮都市オラリオ』へと目指した。

 ここには世界の全てがある。数多(あまた)の冒険者が先の見えない深きダンジョンに挑戦する。

 そこは世界中から挑戦者が集まり、巨大な都市を形成していた。

 歴史は一〇〇〇年ほどと古く、今もって地中のダンジョンは未攻略であった。

 

(ここがオラリオ。冒険者がたくさんいる都市……)

 

 初心な少年は期待に胸を膨らませ、検問所に向かう。

 冒険者は少年の様な人間(ヒューマン)だけではなく獣人などの亜人(デミ・ヒューマン)、長寿で耳が長いエルフ、低身長の小人族(パルゥム)にドワーフ。様々な人種が居た。

 基本的に手続きさえ済めば人種問わずに冒険者に慣れる。

 ――例外があるとすれば神。

 この世界には地上に降りてきた神様が居る。『超越者(デウスデア)』である彼らは天界での規則に則り、能力の殆どを封印した状態で下界に降りる。

 無闇に下界の者に能力を行使してはならないという。

 その規則を破れば天界へ強制送還の刑に処される。神様が。

 送還された神は二度と下界に戻れない。

 

「この都市に来た目的は?」

 

 多くの旅人は検問所で同じ質問を受ける。自由な往来は許されておらず、厳しい審査があるようだと少年は内心で怖がった。

 もっと気軽には入れるものと思っていたので。

 オラリオは様々な分野で独占している物がある。それを狙う不届き者が居ないとも限らない。

 それと――少年はまだ知らないがオラリオは世界有数の暴力装置でもある。その気になればあらゆる国を滅ぼせる。それだけの潜在能力がある。

 少年の番が来て同じ質問を受ける。当然、答えは決まっている。

 

「冒険者になる為に来ました」

「……そう。頑張ってね」

 

 受け取った側は至極あっさりとしたものだ。同じ答えを聞かされれば対応も淡白になるのも致し方ないけれど。

 その後、背中を見せろと言われたりしつつも長時間拘束されるような事は無く、無事に入国を果たせた。

 小さな村から来た少年は視界一杯に広がる都市の光景に目を輝かせる。

 白い髪に赤い瞳(ルベライト)の少年の名は『ベル・クラネル』という人間(ヒューマン)だ。

 

        

 

 意気揚々と都市に入ったもののあまりに広大な為、何処に行けばいいのか分からなかった。

 まずは宿か、それとも冒険者登録か。

 それとは別に露店商で何を売っているのか確認もしたい、など好奇心旺盛に辺りを見回す。

 それと通りを行き交う通行人の多さにも驚いた。半分以上はダンジョン攻略の冒険者。それぞれ様々な服装と武器が目立つ。

 少年は大層な武器を持っていないので早く冒険者になりたい気持ちが膨らんだ。だが、手持ちの資金は心許ない。

 あまり考えなしに来てしまったので。

 とりあえず、様々な人に声をかけて情報を集める。――見た目的(めてき)に優しそうな人に。

 意外と親切な人が多く、建物や場所は早期に特定できた。

 オラリオの中心地にある『摩天楼(バベル)』の一階部分が冒険者ギルド。

 中心地を八等分し、それぞれの区画に商業施設、娯楽に様々な分野が固まっている。

 道案内の看板があるけれど想像以上の広さに驚き、少し道を外しただけで迷いそうな地上の迷路ともいうべき様相があった。

 ベルはギルドに真っすぐ向かい、受け付けで質問をぶつけた。

 冒険者になるにはまず最初にどこかの【ファミリア】に入り、そこで主神から『恩恵(ファルナ)』を受けなければならない。それから改めて受け付けまで来てくださいと言われた。

 

(……てことは……、ここに居る冒険者はどこかしらの【ファミリア】に所属しているってこと?)

 

 相当数の冒険者が居ると予想しているが今から自分が入る余裕があるのか、不安になってきた。

 親切な受け付けは依頼書を見るように勧めてきた。

 新人冒険者になる近道は団員募集を利用するのが良い、という。ギルドの規則では入団に口出しは出来ないからご自由にどうぞ、と。

 

「……えっと」

 

 【デメテル・ファミリア】ではオラリオの外での農業従事者を募集。

 【ニョルズ・ファミリア】は漁師希望者。

 【カーリー・ファミリア】は勇敢な女戦士(アマゾネス)限定。

 【ミアハ・ファミリア】は団員募集は他と一緒だが。男性のみに限定されている。

 【ハルモニア・ファミリア】は行事全般のお手伝い。

 【ブリギッド・ファミリア】は山間部でのモンスター討伐。

 【セクメト・ファミリア】はみんなで悪いことしようぜ、と書かれていたがギルド職員の手によるものか赤い字で『不採用』と塗り潰されていた。

 その他に【ディア・ファミリア】、【エニュオ・ファミリア】、【イズン・ファミリア】、【メジェド・ファミリア】――

 その中でダンジョン攻略に関する【ファミリア】は少なく、治安維持や商業系が多い印象を受けた。

 みんな考え事が一緒なら飽和状態になるのは仕方がない。

 

(……【エニュオ・ファミリア】ではみんなで楽しく【ファミリア】生活を送ろうって書いてあるけど……。ダンジョンの攻略はしないのかな)

 

 文字が他の依頼書より丸く、内容は年若い女性が書いた感じだった。

 その隣辺りにあった【ヘスティア・ファミリア】は簡潔な文章だ。

 団員募集、男の子希望。これと同じものが等間隔で一〇枚は張られていた。

 それを一枚持って受付に行く。それと興味があったので【ファミリア】について尋ねた。

 

「大手は優秀な人材を確保しているから新人審査は特に厳しいよ。それで挫折する人も居るくらい。こっちに貼ってあるのは商業系や治安維持。君が持っている依頼書の【ファミリア】は色々と問題があるから大抵の人は入りたがらない」

「ええっ?」

 

 問題があるからと言ってギルドが拒否する権限は無く、入団を決めるのは君だ、と告げた。

 (くだん)の【ヘスティア・ファミリア】は問題行動が多く、罰金(ペナルティ)も何度も受けている問題児を抱えている。よその【ファミリア】との抗争は何度も起こしている、とか。

 曖昧なのは『今の受け付け』が来る前の話しで、今はどうかは知らない。そういう噂があるのは事実と言った。

 最近は大人しいから大丈夫かもしれないけれど、と言いおいてやめた方がいいとベルに小声で告げた。

 手続きさえ取れば犯罪系だろうと依頼書に貼る。ただし、目に余る場合は赤い字で警告しておく。依頼を受けないのは完全に真っ黒な組織だ。

 ギルドも詳細が把握できない【ファミリア】は通称『闇派閥(イヴィルス)』と呼ばれ、過去に何度も騒乱を巻き起こした。

 

        

 

 不穏な話しを聞いたベルに受け付けの職員は真面目な顔で安易な甘言に乗るような冒険者はならない方がいいと告げた。

 冒険者は決して華やかな職業ではない。弱き者は去れ、勇気の無い者は必要ない。

 

(……つまりそれくらいの気概が無いとやっていけないってことか。……僕、まだ覚悟が出来てないからな……)

「実際に冒険者になってダンジョンに潜れば嫌でも分かるようになる。それは君の自由だよ。ゆっくり考えるといい」

「……はい。ありがとうございました」

 

 どの道、いきなりダンジョンには潜れない。ベルがまずすべきことは地上に居る神に入団の許しを貰うこと。

 神は大抵本拠(ホーム)と呼ばれる拠点に居る。中には一般人のように歩き回ったり、店で働いていたりする。

 神かどうかは見るだけで分かる。原理は不明だが『なんとなく』神々しい力を発散させている。

 ベルもここに来るまで何人かの神を見つけていた。

 姿形だけで言えば一般人との区別が難しいほど凡庸とした人間(ヒューマン)と大差がない。しかし、天界から来た『超越者(デウスデア)』は言葉にするのが難しいくらい魅力があった。

 

(まずは神様を探すところからか。大手は難しそうだよな)

 

 気軽には入れるなら団員も大勢いる筈だ。その中で目立つのはとても難しい事も理解できる。

 自分にとっての基準は優しい神様でいいかな、と軽く考えていた。

 気弱なところがあるから――そんな理由で冒険者になっても大して活躍は見込めそうにないし、呆れられて退団を言い渡されたら諦めるしかない。

 まず依頼書の中から【エニュオ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】のチラシを取ってきた。

 それぞれ正反対の位置に本拠(ホーム)がある。

 

 右か左か。

 

 人生を左右するなら丁度いい判断基準だ。

 ベルは丸文字につられてエニュオの下に足を向けた。男ならハーレムを目指せ、と死んだ祖父の言葉もあったので。

 にやけ面のまま書かれた住所に向かう。

 

「……ここら辺のはず……。……これかな?」

 

 人通り少ない薄暗い路地裏の奥に該当する建物があった。

 見た印象ではボロい集合住宅。とても豪邸には見えなかった。そして、扉にかけられた木札には『エニュオ』と書かれていた。

 【ファミリア】を表す紋章(エンブレム)らしき模様は見当たらない。それと扉が朽ちていた。

 

(丸文字のイメージがまるで無い。廃墟じゃ……ないよね?)

 

 募集期間は永遠ではなく一定期間が経つと撤収される。ゆえに【エニュオ・ファミリア】は定期的に募集を駆けている事になる。

 少なくとも既にもぬけの殻、というわけではない筈だ。あっても留守だ。

 ベルはドアを叩こうとしたが壊れそうなので諦め、声を掛けつつ中に入る。とりあえず、どういうところか確かめてから判断しても遅くはない、と。

 

        

 

 【エニュオ・ファミリア】と思われる本拠(ホーム)(かび)臭い印象があったが中はわりと小奇麗だった。朽ちた家具が散乱しているわけでもなく、生活感は確かにあるので無人ということは無さそうだった。

 

「……ごめんください」

 

 そう言いながら奥へと進む。

 掃除が行き届いているのか、床に埃は積もっておらず足跡も確認できない。

 玄関と思われる空間は何もなく、上への階段は見当たらない。ただ、矢印で入団希望者控室という案内書きを見つけた。

 その案内に従い、奥へと進む。いくつかの扉を見つけたが殆ど開かなかった。

 薄暗いので奥へと行くと不安が増大する。ここで引き返すことも出来るし、勇気を振り絞る時でもある。

 冒険者になる為には【ファミリア】の主神に会わなければならない。団員の許可だけでは意味がない。

 

(……最初に比べて奥の方がより奇麗だ。生活感があるというか……。それにしても扉が多い)

 

 多いと言っても一〇〇もない。二〇ほどといったところだ。

 途中で階段を見つけて上へと(のぼ)る。矢印も上を差していた。

 外から見た限りでは三階建てだ。

 ギルドの受け付けから注意点は特になかったけれど、どんな神様なのか緊張で先程から心臓の鼓動が激しい。

 古い家屋らしく木造の階段は一歩進む毎に軋み音を響かせる。しかし、扉とは違いしっかりとした感触があった。

 不安を抱きつつ先に進むと目的地の扉を矢印が指し示した。

 

「……ごめんください」

 

 ベルはドアをノックして改めて声をかけた。しかし、待てども待てども返事はない。

 勝手に開けるべからず、などの注意書きは見当たらない。矢印には共通語(コイネー)で『うえるかむ』としか書かれていなかった。

 五分ほど待ってみたものの返事が無かったので勇気を振り絞り、ドアノブを捻る。すると鍵がかかってなかったようであっさりと開いた。

 木造のドアは開いた瞬間に壊れる事も無く――

 目的地の部屋は薄暗いが人の気配がまるでない。留守かと思ったら奥で小さな音が鳴った。

 ゆっくりと何かが動く、そんな感じの音。それは一定間隔で奏でられており激しい破砕音などではなかった。

 何度も声をかけても返事が無いのでベルは奥へと進むことにした。

 今年で十四になる少年は冒険者に憧れている為か、とても好奇心旺盛だった。もちろん、臆病なところもあるけれど。

 

        

 

 部屋の際奥と思われる扉を開ける。気分は空き巣だ。しかし、自分は物取りに来たわけではないし、神様に会いに来ただけだ。

 何度も声掛けしても――とはいえ実際の声は小さくて部屋全体に響き渡らせたわけではない。

 扉の向こうにはありふれた部屋の景色があり、豪華絢爛な仕様では無かった。まして常識外の広大な空間でもなく。

 慎ましやかで家庭的な印象を受ける様子がそこにはあった。そして、窓際に先ほどから聞こえていた音の正体があった。

 それは一定間隔で揺れる椅子。脚の部分が曲線的になっていて赤子や年寄りが良く利用するもの。

 その椅子に何者かが座っていた。そして、寝ているようだった。

 見た印象から気持ちよさそうに木漏れ日を浴びながら――

 だが、見た瞬間に理解した。その者こそが神様である、と。生物的な本能が告げたと言っても過言ではない。

 どうみてもお年寄りが寝ているようにしか見えない。それなのに神々しい雰囲気を醸し出している。

 うっすらと寝息を立てているその神物(じんぶつ)は仮面をかぶっていた。薄絹を羽織っているので性別は分かりにくい。ただ、丸文字を使っていたので女神ではないかと予想していた。

 

(こんなところに神様一人だけで……)

 

 部屋の様子から団員希望者がここしばらく来ていない事は分かる。部屋の片隅には多くの洗濯物を詰め込んだ籠があり、他の場所には衣服が何着も壁にかけられていた。

 人を招く部屋ならもう少し片付けている筈だ。

 いつ来るか分からないのであれば片づけが疎かになるのも仕方がない。窓が開いたままになっているところに気づいたり、ベルは今までの緊張が少しずつ解けてきた。

 だが、いつまでも寝かせているわけにはいかない。自分は冒険者になりに来たのだから。

 そう言い聞かせて、神様に声をかけた。時には揺らしてもみた。

 

「……あ、ああ?」

 

 完全に熟睡していた神と思われる者は身体を揺らしつつ仮面の上から顔を擦る。乱れていた胡桃色の髪を軽く手で撫でつけて。

 まだ寝足りないのか、それとも団員でも帰ってきたと思ったのか、洗濯物を片付けておいて、と言いおいて眠り始めた。

 ベルは慌てて神様を揺すり、起きるように迫る。

 

「……なんですか……、人が気持ちよく眠っているというのに……」

「すみません。あの、僕……冒険者になりたいんですけど……」

「……なればいいでしょう。……誰か居ないの? ねえー」

「留守のようですよ、神様」

 

 寝起きの為に頭がまだ覚醒していないのか、頗る機嫌が悪い神様は人を呼ぼうとしていた。そのうちに意識が少しずつはっきりしていき、異変に気付く。

 部屋に見知らぬ気配がある事に。

 

(……んー。あー、やっと来たの、団員希望者……。半年も経過してたら……、そりゃあ待ちくたびれるわ。他の団員達が居ないってことは……、ダンジョンに行っているのか。留守番も置かない程……)

 

 神と違い団員は忙しい。しかし、留守を置かない程とは思わなかった。

 椅子に根を委ねたまま伸びをする仮面の神。

 改めて侵入者に顔を向ける。すると白い髪の毛に目を奪われる。

 

(……白髪……あまりいい印象は無いけれど……。少年か……。しかも可愛い。他の眷族(子供)と取り合いになりそう。危険。うん、この子を入れるのは危険ね)

 

 そう言いながらも希望すれば入団させてもいいと神は思った。

 それには神が勝手に決めるより、実際に団員に面通しさせる方がいい。混乱は一度で済ませた方が経済的である。

 

        

 

 仮面をかぶる神『エニュオ』はベルから見て優しそうな印象を受けた。

 とある事情で顔を隠している、仮面以外の疑問はだいたい答えてくれた。

 女神であり、秘密工作を専門とする。表向きは探索系【ファミリア】だと。

 

「探索もちゃんとするわ。あと、工作などは任意だから強制力は無いの。君が探索だけしたいっていうならそれでいいし。名を上げても構わない。裏の顔さえ黙っててくれれば……」

「神の前では嘘は付けないのでは?」

 

 これは迷宮都市オラリオではありふれた情報だ。

 どんな者も神の前で嘘をつくと押すことが出来ない。そういう特性があるという。

 だが、神が嘘をつく場合はとても厄介な事態になる。ベルはそこまで踏み込んだ情報は持っていなかった。

 

「そうね。でも、工作と言っても治安維持に関連するものだから悪事を働く類ではないわ。……大きなところだと敵対【ファミリア】を潰す程度よ」

「……大事(おおごと)ですね」

 

 椅子に揺られながら話す内容は決して笑いごとではない。まして入団していない少年に言う事かと。

 今の話しは大丈夫なのか尋ねると、他でも似たようなことしているから平気と言って苦笑するエニュオ。

 オラリオでは敵対【ファミリア】と抗争し、日夜どこかで激しい戦いが起きる、というのは珍しくないという。

 協力関係もあるけれど【ファミリア】の規模が大きくなると他が邪魔をするようになる。冒険者は誰よりも強くなり、名声を得ようとする。馴れ合いなどしていては上には()がれない。

 

「私達の【ファミリア】はそんな中で火事場泥棒のように暗躍して悪さする者を撃退する。世の中には悪い人が多いからね。結構需要があるのよ、うちの【ファミリア】でも」

 

 そして、それで――と仮面の女神は少年に声をかける。

 君は何しに来たのか、と。

 当然、入団する為だとベルは答えた。

 正直に言えば怪しすぎる。自分達こそが悪者ではないと言えるのか。

 子供であれば騙せる問答だが、ベル相手に通じるとは相手も思っていない筈だ。

 

「入団や退団に色々と条件を付ける【ファミリア】はあるけれど、うちは割りと零細でね。今はまだウエルカムよ。……それでどうするの? 怪しいと思ったら回れ右するといいわ。私は君を追いかけない。どうぞ、好きに選ぶといい」

 

 怪しいと感じたら帰ればいい。しかし、それではどこにも入れない事にならないか、とベルは不安に陥る。

 自分の目的は冒険者になること。

 

 『英雄』に憧れて――

 

 その為には苦難を乗り越えなければならない。楽して上に行けるなら『英雄』はそこら中に居る。

 他の【ファミリア】で同様の問答を受けた場合、その度々に引き返していては前になんか到底進めない。であれば――

 決意を決めるベルにエニュオは思い出したように言った。

 

「そうそう。一度入団すると退団するのに色々と条件が付く。更に改宗(コンバージョン)は一年の縛りが付くから」

「えっ?」

「……こういう事はちゃんと勉強しておいた方がいいわよ。気楽な冒険者家業だと思って入る人は大抵、これで挫折するから。何にって……冒険者という仕事に対してよ。甘い言葉に惑わされる若い人ほど騙される」

 

 入団すれば何とかなる、と思っていたベルは退団などは考えていなかった。元よりは要ったらずっと頑張るものだと――

 もし、そこが自分の意に沿わない【ファミリア】であったなら、逃げ出すのはもちろん困難だとしても『条件』までは思い至らなかった。

 エニュオの言によれば単なる逃走で別の【ファミリア】に入る事は出来ないという。

 

「一度、【ファミリア】に入り、そこの主神から『神の恩恵(ファルナ)』を貰ったら、その主神が許可しない限り、別の『神の恩恵(ファルナ)』を受けることは出来ない。もし、いけ好かない神で何らかの事情で天界に送還でもされれば……、機会(チャンス)はあるけれど。……でもね、下界の者達は神に手を出すことは基本的に出来ない。無理ではないと思うけれど……、我々『超越者(デウスデア)』に武器を向けるというのは途方もない事なの。都市最強と謳われる冒険者でも難しいと言えるわね」

 

 あとね、とエニュオは続ける。

 この神様はかなり親切だと感じた。声といい仕草といい。好感が持てる。

 

「大手の一例で言うと退団の条件に無理難題を押し付けられる。それを突破(クリア)すれば当然、ちゃんと退団の手続きを取ってくれるわ。一般的なのは高額な資金の要求よ。八桁くらいは覚悟した方がいいわね」

「……は、八桁……。一、千万……一億!? 一億ヴァリスということですか?

「一じゃないかもよ。ちなみにうちは退団希望者を出したことが無いから条件を考えたことは無いわ。都市やダンジョンの治安維持のために働く事に、みんな誇りを持っているから。……それでも止めたい場合は……、私は何も条件を出さないつもりよ。……弱小【ファミリア】は特にそういう感じだから入りやすいけど……」

「そう、ですか。ありがとうございます」

「変わり種として……【アルテミス・ファミリア】は女性以外は入団禁止。処女神は特に顕著だから、下調べする事も大事よ。私の【ファミリア】は女性ばかりだけど男性も受け付けているわ。……でも、うちの団員はかなり厳しいから気を付けてね。……そうそう、それ大事な事だけど……」

 

 詳細に説明してくれるエニュオの印象がどんどん明るくなっていく。しかし、そんな()がどうしてボロい本拠(ホーム)に居るのか疑問にも思う。

 見た目で判断してはいけないのかもしれないし、実はとんでもない悪党の【ファミリア】かもしれない。

 

        

 

 エニュオの説明によれば口約束だけで入団が決まることは無い、という。

 入るのは何処も簡単だ。神が認めればいい。零細であればより入りやすいのも事実。

 弱小【ファミリア】の弱点は言わずもがな資金力と名声だ。

 

「当たり前だけど団員が優秀でなければ【ファミリア】は育たない。神に出来る事は何もないの。ただひたすらに団員達の無事を祈り、彼らが積み上げた【ステイタス】の更新をする事くらい。探索系だと団員が強くならないと……、【ファミリア】の格はずっと上がらない」

 

 ベルが入団しただけで【ファミリア】は有名にならない。その為には団員が努力を積み重ねなければならない。

 憧れだけでは到底不可能だ。

 端的に強くなるとしても技術がなければ――

 

(武器を持ってモンスターを倒す。それで強くなれるかは僕次第……)

 

 それしかないけれどオラリオのダンジョンは序盤からきついという。当たり前だが入りたての団員は無力に等しい。そこから上を目指す気概と努力は絶対に必須である。

 コツコツ資金を貯めて武具を揃えるのも一苦労だが、多くは自己責任だ。神は何もできないから。

 

「肉体を鍛えるのとは違う【ステイタス】というものがあるから冒険者は強くなれる。単なる数値の上昇だけではより高みは目指せないけれど……。……それでうちの【ファミリア】に入る決心はついたかしら? ちなみに治安維持は団員の決まりごとの様なもので探索もするわよ。探索だけしたいなら……、他を当たった方がいい」

 

 言葉だけ聞くとダンジョンでモンスターと遊びたいならそちらへ行け、と。

 聞きようによっては厳しい意見だ。ベルも正直、都市の治安までは考えていない。

 ダンジョンに潜ってモンスターを倒し、いずれは英雄に――

 だが、その英雄は都市を守る気が無くモンスター討伐ばかり。

 

(優しい言葉ばかりじゃないのは分かった。要所要所で心に刺さる。これがオラリオ、なのかな)

 

 本当は団員に来てほしい筈ではないのか、と疑問を覚える。だが、エニュオが欲しいのは(こころざし)の高い者のようだ。ここで引き返す者が多いから団員募集がいつまでも張られる事態に陥る。

 他も同様であればベルも覚悟を決める以外に道はない。

 

「ちなみに……お試しに入る……、なんて気軽な気持ちはどの【ファミリア】にも持ってはいけないわ。一度『恩恵(ファルナ)』を与えてしまったら君達の人生はガラリと変わるから。神が与えるものだからね。そんなにポンポンと変わってもらっても困るし」

「……はい」

「今日はこのまま帰った方がいいわね。ギルドでまずは【ファミリア】の事をしっかりと勉強するように。改めて決心が付いたら……ここに来なさい。……他に行ってしまうかもしれないけれど……。ついでに探索系以外も見てきたらいい。商業系や制作系の【ファミリア】もあるから。彼らも必要に駆られればダンジョンに潜るけどね。……あ、どの【ファミリア】の団員も基本的にダンジョンに潜ってはいけない、という決まりはないから。ギルドから禁止されていない限り……」

 

 決心が付いたり付かなかったり、心が何度も揺さぶられたベルはエニュオの言う通り、一度引き下がり【ファミリア】について勉強すると言って引き下がる事にした。

 帰り際、引き留められることは無く温かく送り出された。それが少し申し訳ない気持ちを抱かせる。

 こんなに親切にしてもらったのに、優柔不断な自分が情けない、と。

 

        

 

 白髪の少年の姿が消えてから一時間ほど経った頃に団員が帰宅した。

 何人かはダンジョンへ。何人かは都市の情勢を観察しに。残り数人は食料の買い出しだ。

 ほぼ全員が女性。これは別にこだわりがあったわけではない。自然とそうなってしまった。

 二人が女性なら三人目も女性になる。そうすると男性が入りにくくなる。そういう理由で女性団員ばかりになってしまった。

 処女神ではないので男性団員を入れてはいけない規則は今も設けていない。だが、今更男性団員を迎えると居心地が悪くなる。

 先ほど入団希望者が来たことを告げると三者三様に困惑した。

 

「あー、取り逃がしましたね」

「いや、今更男子が来たら【ファミリア】の治安が致命的に悪くなる。しかも、その子、可愛いんでしょ?」

「いいじゃねーか。男子を入れてはいけない規則が無いんだから」

「私は入れてもいいと思うけれど……。あの子はダンジョンがあるからオラリオに来たんじゃないかしら。いきなり対人戦闘は無理だと思うから説明はしてあげたわ」

 

 椅子を揺らしつつエニュオが言うと団長と思われる女性が恭しく(こうべ)を垂れた。

 本当なら共に説明すべきなのに今日に限って全員が出払う事態に陥った。

 【エニュオ・ファミリア】は細々(こまごま)としたことも含めて意外と忙しい。見張り要員も置いていたけれど――

 

「……でも、女の子が多いから顔合わせで逃げ出すかもしれないわね」

「それはちょっと……、傷つくなー」

(本音を言えば……、あの子が入ってくれたら楽しくなりそう)

 

 仮面の中でエニュオは口元を歪める。

 神の目的は娯楽である。それはオラリオ全土に降り立った神々の共通認識でもある。その点だけは膳も悪も関係ない。

 変わり映えのしない生活を嫌い、日々何かしらの騒動を求める。それは深層域の攻略であったり、他派閥の【ファミリア】を潰したり、共闘したり。

 暇つぶしに国を挙げて他国に侵攻したり――

 

(それだと【ファミリア】の理念が揺らぎますか……。むー、個人的には入ってほしい)

 

 理念の前にエニュオも一人の女性――いや、女神である。処女神と違い、男子は(すこぶ)る好物であった。

 それとなくエニュオは自身の願望を団長に告げると苦笑を滲ませた。まるで無理難題を吹っ掛けられたかのように。

 単純に呆れただけかもしれない。

 そして、赤く長い髪を後頭部でひとまとめ(ポニーテール)にした――第二級冒険者(レベル4)――団長『アリーゼ・ローヴェル』はただ一言、善処しますと神にだけ聞こえるように言った。

 

 

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