白く輝く白銀の如き髪に
宿代の都合もあり、長い時間は取れないが出来るだけ多くの情報を得る。
公開されている【ファミリア】の情報によって先に向かった【エニュオ・ファミリア】がどういうところか、ある程度は分かった。
大手である【フレイヤ・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】、【イシュタル・ファミリア】、【アポロン・ファミリア】――
名だたる【ファミリア】の活動記録。探索系以外の情報も。とにかく、手当たり次第に。
(僕はやっぱり探索系かな。商業系や鍛冶系はちょっと想像つかないな)
『英雄』に憧れる少年がどうして鍛冶師にならなければならないのか。
安直ではあるが探索系に絞る事にした。だが、次の問題はどの【ファミリア】に入るか、だ。大手は飽和状態。しかも入団条件が厳しい。
有名だからといって無謀に突貫して後悔するより堅実なところから実績を積む方がいいのではないか、と。
安全志向は悪くない、とギルド職員も言っている。
「後は……運命の出会いに期待するしかない。これは意外とばかにならないものですよ」
なにせ、相手は神様だ。と職員は苦笑しながら言った。
もし、何らかの特筆すべき点があれば神自ら勧誘に来ることもありえないことはない。ただし、善悪どちらに当たるかは運次第。
どちらにせよ、ダンジョンに今は潜れない。
(……あと三日くらいで【ファミリア】を見付けないと……)
職員に大手に入る方法を試しに聞いてみた。
まず、無理と即答された。
これは実際に行って身をもって確かめるといい、という容赦ない様子が窺えた。
何処の馬の骨とも分からない田舎者が有名な【ファミリア】に行って入団させてください、と言えばどうなるか。それが予想できないベルではない。
万が一にかけるのもやめた方がいいと言われてしまった。
――同じ思考を持つベルと同じ田舎の若者がどれだけ居ると思っている、と言われれば閉口するしかない。反論できない。確かにその通りだ。
「君のような子は弱小、零細【ファミリア】から始めるのが無難だ。大手に入ってもいいことはないよ。内部で命を削り合って研鑽を積んだりするからね。特に【フレイヤ・ファミリア】は団員同士で殺し合いに近い鍛練をしていると聞く。それに耐えられるのかい? 死んでもギルドは保証なんか出来ないよ」
「……こ、殺し合い」
「
ここで『英雄』になりたい、だなんて言えない。まだそのとっかかりすら始めていないのだから。
期日までに【ファミリア】に入れなければオラリオから去るか、浮浪者になるしかない。それはそれでとても惨めだ。何の為にオラリオに来たのか、と。
†
夕暮れに差し掛かり、宿に向けてベルは帰宅する事にした。その途中でたくさんの露店に目が行き、手持ちの資金を確認しながら安い食べ物を探した。
その中で神様と思われる女神が声を上げて商品を売り込んでいた。
それはオラリオでは定番にして人気商品『ジャガ丸くん』だ。安くて腹持ちが良く、味付けが豊富な揚げ物。
「美味しいジャガ丸くんだよー」
「……えーと、種類がたくさんあるんですねー。どれがいいんだろう」
それ程期待はしていなかったが想像以上に種類が多くて驚いた。
塩味から奇抜なものまで。ただ、どう見ても真っ黒な物が一つだけ端に寄せられていた。しかもお試しということで無料という。
それを指さそうとすると女神が絶対にやめた方がいい。後悔するよ、と凄んできた。商品なのに売りたがらないとはどういうことなのか。
「これはモンスターに食べさせて倒すアイテムとして使うものだよ。とても君みたいな
「なんでそんな危険なものを並べているんですか!?」
「……いやー、なんというか。おばちゃんの押しに負けたから、かな……」
苦笑を浮かべる女神はジャガ丸くんのイメージアップの為か、触覚の様なものを生やし、先端に丸いジャガ丸くんが付いた額当てを付けていた。
服装は前掛け以外は薄着で。大きな胸を青い紐が両肩を通して支えていた。しかし、ベルは彼女の服装に
「それよりも女神様……ですよね?」
「そうだよー。日々の生活費を稼ぐために神も働くんだ。別にボクだけじゃないぜ」
「……商業系の【ファミリア】なんですか?」
「いいや、探索系さ。……うちは問題児が多いからねー。あんまり稼ぎが良くないのさ」
ベルは
手慣れた様子で紙袋に入れた揚げたてのジャガ丸くんをベルに渡す。
商売をしている時は神らしい雰囲気はなく、注意しなければ気づかなかったかもしれない。それくらい現場に馴染んでいた。
「君は冒険者じゃないのかい?」
「ええ、まあ、はい……。入れそうな【ファミリア】を探している所です」
「……はっきり言うけど、そんな気軽な気持ちじゃあどこも入れてくれないぜ。少なくとも【ファミリア】の眷族になるにはそれぞれの神と家族になるんだ。自分の
可愛らしい風貌の幼い女神がこの時だけは有無を言わせぬ正真正銘の『
下界に居る時は『
(……この人もやっぱり……、神様なんだ)
「ボクのところも団員募集はしているけれど……。だいたい他も一緒だ。家族になるって事は君が思うほど軽くはないぜ」
「はい」
「……仮にだよ。君がボクの【ファミリア】に入りたいとする……。それで君は後悔しないかい? はっきり言うけど、君がどう感じるかは神であるボクでさえ保証できない。君がどう感じるか、どう後悔するか。神に全てを委ねるのは危険だ。その辺りを忘れないように」
決めるのはベルであり、神はただ勧誘するのみ。
強引な神様も中には居るかもしれないけれど、目の前にいる幼い女神は微笑みだけで話しを終わらせた。
†
露店から離れて勝ったばかりのジャガ丸くんを食べる。熱々でサクサクの触感がとても気に入った。だが、やはり――黒いジャガ丸くんの衝撃が残っている。あれはいったいどうするのか、と。
(あの神様も無理に入れとは言わなかった。それくらい眷族になる事は大変なんだな。……眷族にならないと冒険者として認められなくてダンジョンに潜れない。ただの一般人では駄目だとギルド職員は明言していた)
焦る気持ちが湧くがだからと言って闇雲に【ファミリア】に入ってしまえば後悔するのは目に見えて明らかだ。
冒険者になる覚悟が自分にはまだ足りない。それは何となく理解できた。
(行き交う人の殆どが冒険者……。彼らの数だけ冒険があり、物語がある……。僕はそれに憧れていた筈だ。あの人たちのようになろうと)
なりたいではなくなるんだ、と強く思えたら――強く覚悟などを決められたらいいのに、と。
何度かため息をつくと隣りに誰かか座った。
中央広場にはたくさんの椅子がある。多くの冒険者や住民が利用するのだから別におかしなところはない。
気が付いたので顔を向けてみると物凄い美人の姿が見えた。見えたというか隣りに座っている人だった。
人――正確には耳が長い種族。おそらく森の妖精と謳われる『エルフ』だ。
透き通るほどの白い肌。長い金髪に発色の良い碧玉の瞳。目元は柔らかく、鼻筋が奇麗な女性。
――ただ、全裸だった。より正しく言うなれば殆ど脱げている状態だった。
「おわっ!?」
形の良い胸を惜しげもなくさらけ出し、無事なのは下半身の下着くらい。つい目が言ったが彼女は下の下着だけしか着ていないような状態だった。
それなりに何故、周りは騒がないのか、と辺りを見ていると気が付いた人たちも驚愕の為に言葉を失っていた。だから静かだったのだと理解する。
「ふ、服が脱げていますよ」
顔を真っ赤にしながら言うものの声が上ずってしまい、かすれ気味になった。それでも相手には届いたようで自身の姿を見る。
指摘されれば驚いたり騒ぐところの筈だが、エルフの彼女は軽く驚きの声を上げた後、すみませんと言いながら服を身に着ける。まるで服が脱げたことに今気が付いたように。
ベルの知識にあるエルフはとても高貴な存在で肌の露出を控える性質がある。現に冒険者のエルフも頭以外はかなり着込んでいた。
「天下の往来で失礼いたしました」
「い、いえ……。でも、殆ど下着同然の様な……」
エルフにしては薄着だ。下着ではなく正装であるならば
もう少し着込んでください、と言うとまだ足りませんか、と何でもない事のように聞き返してきたのでベルは更に困惑する。
(……エルフの特徴である横に長く尖った耳……。間違いない筈なんだけど……。それにしても奇麗な人だ)
冒険者のエルフ以上に光り輝いているような清潔感があった。住民とも思えない。というより背中に何か模様のようなものがあったような――
今は薄絹で隠れてしまったが、もしかして、と。
(冒険者? いや、それならどうして……、こんなところで裸になるんだろう)
しばらく見惚れていたが彼女は不意に何かに気づいたように両手を合わせる。
仕草の一つ一つが美しい。それは女性というよりエルフという存在に対しての美を感じた。
「私……、どうしてここに居るのでしょう? それと何だか寒いのです。明日は雪が降りそうな……」
「……雪は降らないと思いますが……。迷子、でしょうか。僕もオラリオに来たばかりでどこに何があるか……」
と、言っている時に大きな放屁の音が聞こえた。もちろん、ベルではない。
あまりにもはっきりとした音なので犯人はエルフの女性――年齢は分からないが見た目の印象からはベルの四倍から五倍くらい年上――だと思った。
(……こんなに近くで他人のオナラの音を聞くとは……。それよりも着たはずの服が脱げかけていますよ)
胸から目を逸らすと足元には彼女の裸足が見えた。
女性の白い素足もまた美しい。というか靴は履いていなかたのか、と驚いた。
踊り子というわけでもなさそうだし、と疑問に思いつつ辺りに何か落ちていないかベルは探った。だが、近くには見当たらない。
「あ、あのー、冒険者の方ですか?」
「あー、はい。あまりダンジョンには行っておりませんが……」
「ご自分の所属している【ファミリア】は分かりますか?」
聞きようによっては記憶喪失の相手に問いかけるようなものだった。実際、自分の身の回りについて何もわかってい無さそうだった。
ベルは親切で話しかけているので突然、変態とか叫び出さないか気が気ではなかった。
まして相手はエルフだ。高潔な種族として知られている彼らは田舎者に対して敵意を向けないとも限らない。
「もちろん。私は【ヘスティア・ファミリア】に所属しておりますの。……あー、そうでした。ヘスティア様のお手伝いに向かう途中でしたわ。……でも、どうしましよう。私、どんな手伝いをするのか忘れてしまいましたわ。しかも靴とか服が……無くなって……。あらら、私の荷物は何処へ行ったのでしょうか」
今更自分の身の回りに気づくエルフ。それによってベルは事態が深刻であると受け取った。
彼女は物忘れが激しい。それと記憶喪失と言われる程の。
天然とは言わない。あまりにも異常だ。この寒空の下で鳥肌を立てながら笑顔で佇むなど。
通りを行き交う冒険者のみならず一般の住人ですら長袖だというのに。
例外があるとすれば
ベルは確かに田舎者である。そんな彼でも自分の理解している範囲で言えばエルフの女性はおかしいと思う。
「あっ!」
「ど、どうしました?」
エルフの女性が突然、声を上げて先ほどまでの笑顔から焦りの表情へと変えた。
服が脱げても構わないという勢いで何かを探し始める。ベルも一度地面を見たが何かが落ちていそうな気配はない。
「何を探しているのですか? 僕も手伝いますよ」
「ありがとうございます。黒い手帳なのです。あれは一番大事なもの……。どうして……見つからないのでしょう……」
「……最初から持っていないようでしたよ。途中で落としたか
「そ、そうですか? おかしいですね……。肌身離さず持っていなくてはならないものなのに……。どうしましょう……」
本当に困っているようで、【ファミリア】の入団方法より困っている人を優先する事にした。
彼女がもし
†
慌てて今にも泣きだしそうなエルフの女性を宥めつつ手帳の捜索をしながら【ヘスティア・ファミリア】の
道中、彼女は裸足なので痛くはないのか疑問に思ったが顔を見る分には平気そうだ。あと、道に血が付くこともなかった。実に慣れた様子なので心配しているベルは驚きっぱなしだ。
かの【ファミリア】は有名であるため、捜索はそれほど困難ではなかった。代わりに手帳は一向に見つからない。
やはり
【ヘスティア・ファミリア】の
彼女を
「ありました。ありがとうございます」
と、上半身裸のエルフの女性が胸を揺らしながら礼を言ってきたので慌てて顔を逸らす。
見目麗しい彼女は全身が白くて美しいが歳若い娘と大差が無いのでしっかりと服は着てほしかった。しかし、それを口にする勇気はない。
とにかく服を着てください、と大きな声で言って立ち去ろうと思った。しかし、彼女は表に用がある筈なので半裸のまま出てきそうな気がした。
ここまで大らかなエルフは初めてで、どう接すればいいのか。
(恥ずかしくないのか。それとも服を着ていないって気づいていないのか)
とにかく、あまり関わるのは自分にも彼女にも良くない気がした。
特にベルを見る周りの視線がとても痛い。羨ましい奴め、とか。
「服を着てください」
何とか相手に理解してもらうよう努力する。それしか自分が生き残る道はない、とでもいうように。
ベルの言葉が聞こえている筈なのにエルフの女性は理解できていないのか、一つ一つを確認する有様だ。そうして一時間近くかけて外に出ても大丈夫な服装に仕上がった。
普段はどういう生活をしているのか、全く想像できなかった。
それとも深刻な障害を抱えている元冒険者ということもある。
「……君はとてもいい人のようですね。紳士的ではあるけれど……、冒険者としては甘いですわ」
完璧な服装で表に出たエルフは先ほどまでの天然さが消え失せ、何もかも見透かすような超然とした態度でベルを見据えた。
今までの行動が全て演技であったとでもいうように。いや、そんな筈はない、とベルは自分に言い聞かせる。
†
白昼夢を見せられたのかと
その様子だけ見るとやはり演技であったと思うしかなくなる。だが、本当にそうだろうかと疑う気持ちもある。
騙されやすいと言われた事があるベルはそれなら別に構わないと言える。相手が納得したり、満足するならばそれでいい。怒りは湧かない。
(手帳を無くした時の彼女の顔は本当に困っていた。僕にはそう見えたし、見つかった時の喜びは本物のように感じた)
真実が何であれ、済んだ事だ。次にすべきは【ファミリア】の入団だ。
試しに入団できそうな【ファミリア】の当てを表に出てきたエルフの女性に尋ねてみた。
「……うちくらいではないでしょうか。でも……団員に余裕があるとも思えませんが……。寝室がいっぱいだからという意味で」
「……そうですか……」
「貴方は冒険者になりたいのですか?」
「はい。一応、そういう方向で……」
「女性の裸で取り乱すような若者では先が思いやられますわよ。それにモンスターはとても凶暴ですし、時には命を落とします。それを分かっておられるのですか?」
最初の裸の下りで顔がまた赤くなったが、他の事柄対しては想像は出来る。だが、それらは実際に実感しなければなんともいえない。
モンスターに関しては田舎でもいくつか出てきて襲われた経験がある。
あの程度と同等とは思わないが武器や戦い方を教われがなんとかなるのでは、と。
(さっきの人と雰囲気が変わったような……。妙に通る声のせいかな)
「私が入団試験をするとしたら受けますか? つまり推薦を一票手に入れる、という意味で」
「……入団許可は神様がするんじゃあ……」
「私
三人棄権の根拠は分からないが、危険が反対と同義ならば結局無理という事になる。
それともエルフの一票がとても大きいのか。
ベルには後がない。このまま滞在日数を費やして入団できなければオラリオから去らなければならない。であれば
何でもといっても犯罪は勘弁願いたかった。そこだけば間違えてはいけない問題だと強く意識する。
「ここで勇気を見せるのが男というものです。君はこのオラリオに入った時点で多くの神々に注目されています。臆病者は黙って去りなさい。それが長生きの秘訣ですわ」
すらりと真っすぐにのばされた脚。両手は腰に当てられて、柔和から得物を見定める表情へと変わっていた。
ここで逃げ出せば終わりだと言わんばかり。
「う、受けたいです。……内容にも……よりますが」
「えり好みしている内は何処にも入れませんよ。……それとも対策系ではなく制作や商業が良いのでしたら他を当たって下さいませ」
ベルの希望は探索系だ。鍛冶師などは専用のアビリティなどを既に持っていないと門前払いになる傾向がある。
多くの冒険者は【ファミリア】に入る前から何かしらの才能を得ており、一番の凡人は
探索系はこれといって必要なアビリティは無いがあった方が攻略は楽になる。無い者は無い者なりに努力しなければならない。
†
エルフの試験に合格したからといって入団が決まるわけではない。ただ、味方が増えるだけだ。
戦闘が得意ではないベルに出来る事は殆どない。
相手は華奢な姿だが神から『
冒険者は【ステイタス】によって強化されている。見た目から強さを判断するのは悪手である。
「よろしくお願いします」
「いい返事です。先ほどは意見した限り……、紳士な君に相応しい方法はこれくらいでしょうか? そこに立っていて下さい。一歩たりとも動かないように。……私が押したら、とか意地悪はいたしませんよ」
「はい」
どんな試験か分からないので緊張により心臓の鼓動が手を触れずとも分かるくらい激しくなっている。
エルフから細かい立ち方を指導された。腕を伸ばしても身体が傾かないように、とか。
(この状態で足を払われたら転ぶよな)
ベルの周りを回りつつ安定を見せたと判断したエルフは満足した。
それから武器による戦闘は無し、と告げられた。
「……私が
「ええっ!?」
「何も知らない若者は格好の獲物ですから。そういう事もあり得るんですよ。君はどうやらお人好しのようですね。人としては大変好ましいのですけれど……、冒険者としては危機意識の欠如と言わざるを得ません。この先、苦労致しますから、駆け引きくらいは出来るようにならないと……」
ベルの周りをゆっくりと回りながらエルフは彼の白い髪や耳、肩を揉んだりする。
時より近づくエルフ特有の耳が鼻先をかすめそうになる。実際には充分離れていたけれど。
間近で見る美しい女性の――しかもエルフの彫りの深い顔に身体がぐらついて仕方がない。だが、これが試験であるならば動いてはいけない。そう思って耐えた。
彼女は条件として逃げ出さないこと。瞬きしてもいいけれど、顔を逸らしてはいけないこと。
「はい」
「それほど意地悪な命令はしません。例えば……自害しろ、などは……。ですが、君にとって無理難題であることは覚悟するように。……私と結婚してください、と言ったらどうします?」
「こ、困ります」
「素直でよろしい」
微笑みつつベルの目の前で立ち止まるエルフ。その距離は四〇
決して密着せず、離れすぎず。互いの息遣いが辛うじて分かる程度。
「仮にそうなると……、我が同胞が目を血走らせて君を八つ裂きにしようとするかもしれません。それでも条件だから守ると息巻くと……、もっと事態は悪化するでしょうね。そういうことになると思うので私も婚姻などは条件に出しません」
愛の告白だと色々と問題があるのは理解できる。だが、エルフの同胞が襲い掛かるほど、というのが想像できなかった。出来ないけれど酷い状況になるのは理解できた。
苦笑を終えたエルフは改めてベルを真っ向から見据えて微笑む。
穏やかな印象を持つ碧眼は獲物を決して離さない、とでもいうのように。
†
エルフの冒険者は至って真面目である。決してやましい気持ちはなく、ましてベルに恋心を抱いたわけではない。――可愛い男の子である印象は認めるところだ。
時々、自分の記憶が飛んでしまう事態があるが今ははっきりと意識できる。
(……白髪の
無垢な顔をしている彼は知らない。
見た目は優しそうな印象を受けたかもしれない。けれども内面は血が
目的の為ならば――自分の身など戦場に投げ捨ててしまえるくらいに。
「……試験を始めます。今より私の言葉は絶対厳守……。それを破るならばたちどころにオラリオから去りなさい。良いですね、
「が、頑張ります」
ベルの言葉を聞いた後、隠し持っていた小刀を顔の近くに持っていく。
言葉に偽りあれば首を掻き切りますよ、とニコリと微笑んで告げた。それに対してベルは恐怖心一杯で首肯を何度もした。
武器はいったん仕舞って、辺りを軽く見渡し、誰か駆け寄ってくる者が居ないか確認した。居ない事を確認してエルフは軽く息をつく。
「冒険者家業というのは楽ではありません。まして君が想像している程度の辛さでもありません。ダンジョンは我々を殺しに来ます。常に死と隣り合わせなんです。……ですから、君がここで逃げ出すようでは話しにもなりませんよ。はい、ここから君は余計な口を利かないように。呼吸はしていいですけれど……」
ベルが無言で首肯したのを確認してからエルフは上半身に身に着けていた衣服を脱いでいく。それに思わず声が出そうになったベルの顔をチラチラと確認する。
叫んでは駄目だし、目を逸らしても駄目。ただ、その場に立ち尽くすように、と。
上半身が裸になったところで腰に手を当てて下は脱ぎません、と宣言する。
「どうして目を逸らすのです? いいですか、これは試験ですよ。世の中には裸同然の
ただでさえ白い肌がより青白くなり、露出している腕はベルの位置からでも分かるくらい鳥肌が立っていた。それと鼻水が垂れている。
彼女も野外で裸になるのは辛いのだと理解した。しかし、それでも目を背けたくなる。なにせ、丁度いい位置に美乳がある。しかも、先ほどから揺れ続けている。
「おしっこが出ない内に終わりたいです。なんです、急に寒くなりませんでした? 全く今日に限って……。えっと、
ほらほらと自分の身体を揺らして挑発する。目を逸らそうものなら手に持っている護身用の小刀がベルの首元に飛んでくる。
言い分は理解できる。それに慣れるのは難しい。
何か喋りたくても即座に口を閉じさせられる。見た目によらず強引な手法に驚いた。
いや、彼女は冒険者だ。あらゆる事態を想定し、ベルを試している。それは理解できるが刺激が強すぎる。それともこの程度はまだ序の口なのか、と。
確かに序の口である。それは次の行動で劇的にベルを貶める。
端的に言えばベルの腕を掴んで胸を触らせた。
(うわっ、柔らかっ。めっちゃ柔らかい)
「目線を上げて。私の顔を見る。美しいエルフの顔をこんなに近くで拝める君は『幸運』の持ち主ですよ」
「ん……」
「仲間の中で私が一番裸になりやすい。だから、早く慣れないと駄目なのです。単なる興味で君にこんなことをさせているわけではありません。試験と言いましたでしょう?」
そう聞かれれば納得する。しかし、方法が過激だ。他に方法はないのか、とベルは独自に考えてみた。
結果は良い妙案は浮かばなかった。これくらい過激であればこそ有効的かもしれないと納得しそうになる。
可愛い女子の多い【ファミリア】であれば逃げ場はない。そんな中で冒険者として働くには彼女の言葉はとても重いと言える。
手に伝わるのは感触の他に外気で冷えた肌の冷たさだ。
可愛い顔なのに鼻水が口元を伝って触っていない方のおっぱいに落ちた。それをつい見てしまったがエルフは何も指摘しなかった。
鼻をすすりながらベルの顔をしっかりと見据えている。
「……本当なら一ヶ月くらいかけたいところですが……。今回は免疫をつける前段階程度に留めましょう。この後、抱き締めて接吻、まではしませんのでご安心を。今のところ逃げ出さないという事は見事ですわ。逃げるようではこの先冒険者としてやっていくことはやめた方がいい」
「………」
(この人……、本気なんだ。寒さに震えている所を除けば……)
「白髪の少年……。私の顔を見つめたまま数分ほど……。私が納得するまで胸を揉みなさい。いいですか、私が納得するやり方で揉むんですよ」
「!?」
そんなことできる訳が、と言いたいところだが不意に頬を小刀で切りつけられた。
微笑むエルフは至って真面目なようだ。
言い訳は許さない、という意思表示と受け取り、震える手を動かす。それだけで充分ではないか、と思えるのだがエルフは全く納得しない。
「エルフには『大木の心』という心構えがあります。どんな状況でも決して慌てない。冷静に物事を考える……。今の君は支離滅裂な心持でしょう。それではダンジョンに潜っても深いところにはいけませんよ。さあ……」
そう言いながら胸を掴んでいるベルの手に自分の手を乗せてやり方を実演する。
その間も顔はベルを見据えたまま。全く視線を動かさない。
「女性の胸は柔らかいでしょう。今までこんなに触った事も無い筈です。しかも美しいエルフの胸など……。自分で言うのも恥ずかしいですが……。私とて羞恥心はありますよ。しかし、
動かされるまま彼女の胸を揉みつつベルは全身が発火する程の羞恥心と戦っていた。
もし、小ぶりな胸であればどれ程よかったか。
巨乳というほど大振りでもない。手に収まる丁度いい大きさの胸が心臓を跳ね上げる。
(こ、こんなに……。柔らかいおっぱいをこんなに激しく揉まないと駄目なの? まだ終わらないの!?)
焦れば焦るほど彼女は時間を引き延ばす。条件は彼女が納得する揉み方で数分間続ける事だからだ。
ベルが甘い内は全く時間は進まない。下手をすれば夜中に差し掛かったり、大勢の通行人に見られる事態もありえてしまう。
おそらくそれでも彼女はやめようとはしない。一度、逃げ出せば容赦なく首を掻き切って来る。
†
羨ましい場面であると同時に命の危機にも立たされている。
なにより彼女は微笑みながら一切の躊躇いを見せていない。
何か喋ろうとすれば頬を切ってくる。顔をずっと見られているので兆候が読まれているようだ。
(わ、分かりました。後で文句を言わないでください)
両手で揉んでいるわけではないけれど長時間持ち上げたままだとだるくなる。おそらくそうなった場合はもう片方の腕で揉めと言ってくると予想する。
理解が及んだところで彼女はまたくしゃみをした。今度は長い金髪が
風も少しあるので見ている内に美貌がどんどん崩れていく。それでもめげずに続けるエルフは凄いと思った。
ベルは手に力を籠めようとした時、彼女の顔がのぼせたように変化した。
少し驚いたものの胸を揉んでみる。すると薄っすらと微笑んだ。
「……あー、ようやくやる気になりましたか。良いですよ、その調子……。本格的に風邪を引いたようです。君がもたもたするから……」
顔をベルに向けたまま腰に装着してあった
風対策の薬だと言ったので、寒さ対策は一応準備していたのかと感心した。だが、上半身は鼻水で汚れまくっていた。
ベルはほぼ無心の境地で美乳をこねるように揉み続けた。一度始めれば後は惰性でなんとかなった。それが免疫なのか、と。
問題は彼女が納得するやり方でどれだけ続けるか、だ。
完全に風邪をひいて判断力が衰えていたら目も当てられない。
(少年に胸を揉まれる。悪い気はしませんが……。寒くて感覚が鈍ってきましたね。……下々の者が求めてやまない女体の神秘……。これで民が喜ぶのであれば……私は平気ですわ。我が肉体は国の
感覚的に気持ちがいいかと問われればどうということもない。
他人の手の感触がくすぐったい、とは思うけれど寒さが今は勝っているので今以上の表現のしようがなかった。
無心になっているのは理解した。それでいい。しかし、それを常日頃から発揮できればもっといい。
【ヘスティア・ファミリア】で共同生活をするならば彼にとって羞恥心との戦いが殆どになるからだ。嫌なら今のうちに逃げ出すべきだ。胸を揉んだ時点で見逃すつもりではあったので。
†
少年に恥じらいの試験をそろそろ終わらせようかと思った。顔は既に血だらけだし、出血量の都合で意識障害に陥っては困るので。
軽く彼の胸を押す。すると胸を掴む手に力がこもり引っ張られた。
「……おー」
すぐに手を払おうかと思ったが最後まで見定めることにした。
乳房を滑るように少年の指が移動し、乳頭に差し掛かったところで離すまいと摘ままれた。それが割と痛かった。
彼は無心で揉み過ぎて絶対に離すもんか、という意思が強く働いているようだった。
一度、指が完全に離れ、美乳がプルンと大きく揺れたもののベルはそれを再度掴んだ。
その心意気やよし、と思わずエルフの女性が微笑みからより口元を歪めて笑顔を形作る。
(そんなに私のおっぱいが気に入りましたか。好きなだけ揉みなさい……、と言いたいところだけど制限時間は過ぎましたわ)
合格者には褒美を与えなければならない。
寒空の下。唐突に半裸の女性のおっぱいを揉ませたのだから礼を尽くすのが
いや、元が付くか、と。
エルフの女性はベルを抱き寄せて頭を撫でた。よしよし、と。
「試験は合格と致します。……もし【ヘスティア・ファミリア】に入りたい場合は私が味方になってあげます。仲間内の発言権はそれほど高くないのですが……。約束は約束です」
「……あ、ありがとうございます」
頭を撫でられた時に飛びかけた意識が戻ってきた。その影響で一度は手放した彼女のおっぱいに掴みかかった事を思い出し、顔が赤くなる。しかも今も手は勝手に動いている。
お互いが離れようとする時もベルの手は胸を掴んだまま。
「大胸筋を掴んでいると思えば平気ですよ。これから好き放題揉めますしね」
「……胸を揉むために【ファミリア】に入りたいわけじゃないんですけど」
分かっています、と言いながらエルフの女性はベルの手を
意外とあっさりとした仕草で
†
人通りが多くなる夕方に差し掛かり、ベルを解放した。もちろん、顔の傷は
滞在期間いっぱいかけて他の【ファミリア】を探し、そちらに定住してもよいし、見つからなければもう一度、この
白い髪の少年を見送った後、エルフの少女は持参していたタオルで鼻水などの汚れを取り、服を着る。そして――
空に向かって両手を掲げた。
「タダで見学しようとは思わない事ですわ。私達は零細【ファミリア】なのです。いくらかのお恵みを期待します」
そう言い放つと何処からともなく革袋が飛んできた。それもあちこちから。
何者の仕業かは聞かず、異変が終わった後は一つずつ革袋を拾っていく。その中に入っているのはいくらかのヴァリス金貨だ。中にはモンスターのドロップ品もあった。
「ありがとうございます。……ですが、私とて羞恥心がございます。皆様のご期待にいつでも応える事は出来ませんのであしからず」
そう言って深く頭を下げると周りにあった気配は唐突に消えた。
それから程なく物陰から自身の身長ほどもある杖を持つ人物が姿見せた。
腰にかかるほど長い翡翠色の髪と瞳の同族の女性だった。
「……
冷徹な物言いでエルフの少女を咎める。けれども、いつものことのようにひらりを躱す。
そうだとしても、と言いおいて。
「喜んでくれるのであればしばらくは大人しくなるでしょう。
「……この問答は不毛だな。それより寒空の下で裸になって身体の芯から冷えただろう? うちの【ファミリア】の風呂場を使うといい。……後で何人かの神々にはロキ自ら締め上げてもらう」
「……ロキ様も私の胸を狙っておいでなら……締め上げますかね?」
この指摘に長身のエルフは唸った。
本人が良ければ、とは立場的にも言いたくない。けれども、事態を混乱に陥れるのは本意ではない。
彼女の答えに金髪のエルフは微笑みながら礼を述べた。