迷宮都市オラリオは広大な敷地面積を持つ円形の大都市である。
中央には天高く
このダンジョンにはモンスターと呼ばれる化け物が闊歩しており、日々『冒険者』達と戦いを繰り広げていた。
都市は塔を中心として綺麗に八分割されている。
それぞれの区画ごとに商店などが立ち並ぶ。
住人は『
更に冒険者を束ねる
街中で頻繁に喧嘩が起きているわけではなく、基本的に神々同士の性格の不一致が起こす騒動程度だ。
もちろん時には大きな戦いになったりする。
その神も見た目は
下界に降りた神々は自身が持つ万能の力を封印しているので、地上に居る時はほぼ無力な存在である。
†
廃墟同然の教会の地下で
ツインテールの髪型に青い瞳、十代そこそこの外見であるにも関わらず豊満な胸を持つ。
寝食を共にする場所としては最悪の場所に
説明ついでに髪型を己の眷属に整えてもらっているのは
最近下界に下りてきた新人の神様である。
「1000年前から生きていらっしゃるのですね」
「不変の存在だからね、ボクら神は。だからこそ地上に娯楽を求めてバカ騒ぎするのさ」
先ほどから神の話しを聞いていたのは赤毛でそばかすが僅かに見える程度の人間の少女。
ヘスティアの眷属第一号である。
当初はすぐに眷属が見つかると思っていたが
「ボクらの目的はただ一つ。娯楽さ。冒険者然り。商業に国家運営。とにかくバカ騒ぎしたいだけ。ただそれだけのはた迷惑な存在ってわけさ」
「出来ました」
お気に入りの鈴が付いたリボンを結ばれ、ヘスティアは至極ご満悦である。
「ありがとう」
神は下界の人間達を眷属にする時、彼らに『恩恵』を与える。
神自身の『
神はただ眷属の成長を見守り、時には助けつつ楽しみを得る。
言わば共生関係を築く
「毎日のように騒げるわけじゃないから、大人しく娯楽を待つことの方が多いし、無理に急かしたりはしないよ。明日までにダンジョンの最下層に行け、とか……」
「……それは困りますね」
碧玉の瞳を持つ赤毛の少女は苦笑しながら冷や汗をかく。
見た目は少女でもヘスティアは神様だ。その神から要望されれば無理難題でも叶えなければ恩恵を失うかもしれない、と思っても不思議は無い。
人間達にとっては奇跡に近い能力でもあるので。
†
眷族に意味も無くしたわけではなく、きちんと説明するのはどの神も一緒。
これから寝食を共にするのだから、とヘスティアは手を振りながら少女を宥める。
年齢で言えばヘスティアが圧倒的に上であるが外見年齢では人間の少女が上に見える。
十一歳になったばかりだという少女の名は『ポラン・ブーニディッカ』という。
人生に目的を見出したわけではなく、ヘスティアが困っていたから眷族になった。――その程度の気持ちしか無かった。
「その歳で働くことは別に珍しくないらしいけれど……。こんなボクの眷属になってくれたからには大切にしたいと思っているよ」
「ありがとうございます」
あどけなさが残る少女ポラン。
普通の家庭に生まれ、夢も希望も抱いた事が無い。
たくさんの人間達が集まる中で自分の将来を見据えようと思い立って神に声をかけた。
夢や希望の話しはこれからだ。
「……まず何をしようか、というのが問題なんだよな」
「そうですね」
ヘスティアが言っていたように子供の内から働くことは下界では珍しい事ではない。
ポランより小さい
才能や能力に秀でていれば幼いうちから働くことも出来る。ただし、神や大人の付き添いが必要な場合が大半だが。
「……君の【ステイタス】は見事なまでに白紙同然。オール0にノースキル。おまけに何の特徴も無い。見事すぎて色をつけるのが勿体ないくらいだよ」
【
神自身は『
それが【ステイタス】と呼ばれるものだ。
眷属となった者の背中に神にしか解読できない【
これらは一般には秘匿され、他人の【ステイタス】を見る事を禁じている。
書かれる内容は神自身が現地の
†
毎回、背中に大層な図を刻むわけではなく、血を一滴背中に垂らせば自動的に【ステイタス】が浮かび上がる。そしてそれは神の意思で隠せるので、普段は背中を見られても【ステイタス】まで見えたりはしない。
ただ、何ごとも例外があり、隠された【ステイタス】を強制的に浮かび上がらせる方法があったり、神にしか読み解けない【
それらに対抗する方法も神の世界で長い期間
例えば一部のスキルだけ故意に隠蔽するとか。
「【
ポランは駆け出しの冒険者。まだダンジョンに入ったことさえない。
それどころかギルドへの登録もまだだ。
モンスターを倒して得る資源を持ち帰り、換金する。その資金を生活費に充てたり、武器防具の購入資金となり、ひいては都市に点在する店舗の収入源となる。
「いきなりダンジョンに潜るのは危ないからギルドの説明はちゃんと聞くんだよ」
「はい」
冒険者に本登録されてすぐにダンジョンに潜れるわけではない。もちろん、付き添いが居れば可能かもしれないが、初心者はまずギルドの講習を受ける。
武器が無い場合は借りることも出来る。
「他にも眷属が居ればチームを組めるんだけど……。今日までに君以外で眷属になってくれた子が現われないからね~。でも、最初の階層で戦い慣れる事も大事だよ」
ポランより幼く見える神ヘスティアは心配で仕方が無い様子だった。
ダンジョンに潜れば命の危険にさらされるし、守ってくれる者もおそらく居ない。
階層を降れば危険度も上がる。
ギルドは冒険者の命に責任は持たない。ただ、忠告だけしか出来ない。
それでも冒険者がダンジョンに挑むのは様々な理由があるが、大方は金。生活費だったり、より良い武具の購入資金だ。
名声は強くなってから。それまでの道のりは決して楽なものではない。
冒険者の本登録自体は難しくなく、担当のアドバイザーがついてダンジョンの心構えや低階層のモンスターの情報と必要になるアイテムの知識などを教えてくれる。
未踏の深層の情報はギルドでも把握していないが一部の探索系【ファミリア】が度々遠征に赴き、情報を持ち帰ってくる。
先達の努力によって後から向かう冒険者は比較的安全に深い階層を目指す事が出来る。
【ヘスティア・ファミリア】の眷属ポラン・ブーニディッカという赤髪の少女は数日に及ぶ研修の後、必要な武具を借りてダンジョンに挑む。
とりあえず、日々の生活費を稼ぐ。
何か目標がある方が張り合いがあるというので決めた目的だ。
名声を得て有名になろうとは思っていない。
【ステイタス】オール0のポランは剣を頼りにモンスターと立ち向かう。
何でも良いから一匹だけ倒すこと。
モンスターに立ち向かうには生半可な気持ちではダメだと強く言われている。
「一階層に良く出るのは……」
壁から止め処も無く。
一度倒しきっても時間経過と共に新たなモンスターが生まれる。
これらのモンスターは基本的に上の階層に上らない。例え上がってきても地上に居る冒険者達に駆逐される。
このダンジョンも神によって監視されているので長い歴史において街がモンスターに蹂躙された事は無い。
「……ふ~、は~。あ~、緊張する……」
一層目にやたらと強力なモンスターが現われた記録は無いが油断をすればもちろん命を失う。その確率は決してゼロではない。
死なないまでも結構なケガを負う事がある。
第一階層から第五階層までに現われるモンスターは『ゴブリン』、『コボルト』、『ダンジョン・リザード』で、駆け出しでも多数を相手にしなければ倒せる程度の強さだ。
最初は一匹ずつ。と行きたいがモンスターは冒険者の都合など考えない。そして、不測の事態が起きるのもダンジョンの恐ろしいところだ。
絶対、ということはない。
命を懸けた戦いなのだから。
時には他の冒険者が敵となる場合もある。
新人潰しも長い歴史において繰り返されてきた。
「……本当に壁から出て来た」
安全の為に一階層の出口附近に陣取ってモンスターを待ち変えていると壁に亀裂が走った。
モンスターは体内に『魔石』を持ち、倒すと『ドロップアイテム』として落とす場合がある。
この魔石がモンスターの動力源となっていてそれを失えば黒い霧状になり、霧散していく。
つまりどんなモンスターも魔石を失えば死ぬ。それは下層に現れる『階層主』と呼ばれる強大無比な力を持つ存在であろうとも。
「グアアァァ」
「ギィィ」
様々な鳴き声をあげて威圧してくる小型のモンスター達。
人間の子供くらいの大きさのゴブリンが二匹。
【ステイタス】がまだ増えていない段階ではケガも覚悟の上。
ポランは剣を振り回す。
剣術は多少、練習した程度で様にはまだなっていない。それでも実戦で経験を積むしかないポランは必死に挑む。
斬るより突く。アドバイザーに言われた事を思い出す。
ゴブリンは飛び掛ってきて爪で攻撃する以外はしてこないので動きを見れば対処は容易い。けれども実戦は想像とは違うものだ。
相手だって黙って殺されたりしない。
モンスターは冒険者を
才能もとりえも無いポランには他に選ぶ選択肢が無い。
†
もたもたすれば新たなモンスターが現われる。だからこそ迅速に、正確に。
と思いはすれど身体は素人同然。
モンスターから攻撃を受ければ痛いし、怖い。ケガして血が出れば動きが自然と鈍る。
「……ううっ」
それでも運よく当たった攻撃でまず一匹を仕留めた。
慣れない動きで身体が異常に重く、疲労が大きい。
ダンジョン内の気温はそれ程高くはないのに汗が止まらない。
ただの街娘がいきなり戦士になれるわけがない。
手が痛い。足が痛い。もう帰りたい。
やる事が無い。だから冒険者になります。
そんな軽い気持ちで始めた結果とはいえ、大変な仕事なのは身に染みて理解せざるを得ない。
どの道、大変なのは最初だけ。
そう説明を受けているのだが、その最初からして絶望的だ。
ここを突破できれば次へと進める。無理なら街中をさまよう毎日の続きが始まる。
戦闘を重ねる事で【ステイタス】の何が増えるのかは冒険者自身には窺い知れない。
数値のようなものは背中にある。感覚でも正確には捉えにくい。
何が増えているのかは戦闘を終えて神様に確認してもらわなければならない。
目の前の戦闘が終わらない限り、次には進めないという事だ。
「たぁ!」
声を張り上げて自分を鼓舞する。
そして、最初の戦闘を終えた。
多少のケガを負ったものの無事に生き延びた。
落ちている魔石を拾って、ひとまず帰還する。
ダンジョンに潜って二時間ほどしか経っていない内に戻ってきたポランに担当アドバイザーは呆気にとられた。
初心者とはいえ安全志向で素直に戻ってきたのは悪い事ではない。けれども、もう少し健闘してきたり、言う事を聞かずに下の階を目指したりするものだと思い込んでいた。
生きて戻って来たのだから、まずは誉めなければならない。
「お帰りなさい」
「ただいま帰りました。アイテムの換金をお願いします」
数個の魔石に唖然とするアドバイザー。
すぐに気がついて換金に入る。
「だ、ダンジョンはどうでしたか?」
「怖かったです」
赤毛の冒険者ポランは確かに十一歳の少女だ。モンスターに立ち向かうだけでも凄い事だ。
それなのに喜べないのは別の【ファミリア】に所属しているポランと同年代くらいの女の子が物凄い活躍をしているせいかもしれない。
安全な戦闘は否定しない。けれども物足りないと思うのはきっと不謹慎だ。
もう少し頑張って死んで来いよ、と言っているようなものだ。
他人と比べるのは失礼だし、今後の活躍に期待するのが正しい。
「はい、30ヴァリスです。余裕があればまた潜っても構いませんよ。目標を十匹にしましょうか。能力の伸び次第では数を増やしたり、下の階層への挑戦も許可します」
「分かりました。……けれど、今日は初冒険なので神様に報告しに帰ります」
素直な性格なのか。
他の金や名声目当ての冒険者とは違う清廉潔白な様子に驚きを禁じえない。
命を大切にしているところは尊敬に値する。それがこれからも続く事を願うばかりだ。
†
初冒険。初収入。
決して額は多くないけれど自分に出来た初めての仕事だ。
ポランは嬉しかった。
取り得が無い、と言われていたので正直に言えば不安だった。
一人でも生きていけるのか。
何も無ければ野垂れ死ぬしかない。そんな会話を聞いて育ったので。
意気揚々と、とまではいかないが改めて自分の身体を観察する。
弱いモンスターと言われているけれど、いくつか攻撃を受けて擦過傷が無数に出来ていた。
回復手段が無いので無理な戦闘は出来ない。
酷いケガをすれば周りに迷惑がかかるのはもちろんのこと、生きてダンジョンから出られなくなる恐れがある。
暗い世界で孤独に死ぬのはポランにとっては嫌だった。
誰にも頼れず、餓死する未来。
両親と早くに死別した場合の事を常日頃から考えている彼女にとって安全志向こそが自分の原動力である。
両親はまだ存命の筈だが離れて暮らす事になった今は確認のしようがない。たぶん、まだ生きている筈だ。
寄り道せずに【ヘスティア・ファミリア】の拠点である廃墟と化した教会に入る。
「ただいま帰りました」
そう言いながら地下へと降りていく。
利用者はポランと神ヘスティアの二人だけ。実に寂しい【ファミリア】である。
「おっ、もう帰ってきたのかい?」
ボロボロのベッドの上で寝転がっていた幼女体型の神ヘスティアが出迎える。
もう少し時間がかかると予想していたが、思いのほか早くて驚いた。
「無理な戦闘を続けてケガが酷くなっては困りますので。ところで……、ステイタスというものはモンスターと戦わないと増えないものですか?」
小さなテーブルの上に今日の稼ぎが入った皮袋を置く。
「『
「今のまま続けていれば……どういう風に強くなるんでしょうか?」
「それは本人の感じ方次第だよ。ボクが言葉として言うより身体を動かす君自身がどう思い、どう感じるかだね。試しに今日の分の【ステイタス】の更新でもしてみようか。どれくらい増えたのか分かると思うから」
ポンポンとベッドを叩いてポランを招くヘスティア。
見た目はボロいが洗濯はちゃんとしている。その上に乗り、服を脱いで神に背中を見せる。
†
最初の冒険があまりにも早く終わったので数値は大して増えていないと予想する。
早速、針で指先を突いて血を出すヘスティア。それをポランの背中につけて軽くなぞる。
するとまっさらだった背中に【ファミリア】特有のエンブレムが浮かび上がる。
図形はそれぞれの神を象徴するものでヘスティアは竈から炎が吹き上がる模様だ。
【ロキ・ファミリア】は
「……う~ん。……見事に平坦。……ロキの胸の如くだ」
基本【ステイタス】は『力、耐久、器用、敏捷、魔力』の5つ。
それらはランク分けされており、0から99まではI。そこから100増えるごとにH、G、Fと英字が繰り上がってAへ。そして900からSとなる。
数値の限界は999。
スキルは眷属次第で何が備わるか分からないものだが、【ランクアップ】するごとに追加されることは分かっている。
欲しいスキルを得る事は難しく、意図的に神が与えることも出来ない。
各種【ステイタス】は基本的に減る事がない。
「力、耐久、敏捷が1ずつ」
冒険者を志す者は比較的序盤から数値の増加が顕著だ。それなのに微増過ぎて逆にビックリだ、とヘスティアは苦笑する。
安全な戦闘をしてきたのであれば妥当かもしれないし、生きて帰ってきたのだから文句を言うわけにはいかない。
スキルの方も空白だ。
「耐久を増やすなら攻撃をあえて受ける……、と言われているけれど……。今の調子では強くなるまでかなり時間がかかりそうだね」
「そうですか……」
「でもまあ、これからだよ、これから。何にしてもモンスターを倒してきたんだろ? この調子で頑張りたまえ。……でも、運営費を払う為には少しくらいの無茶は覚悟してくれたまえ」
「はい。頑張ります」
うんうん、と頷くヘスティア。しかし、予想外に【ステイタス】が低い。
今の調子では貧乏【ファミリア】から抜け出すのに何十年とかかりそうだ。
(変に期待して無茶な冒険をされても困る。ボクらはボクらの冒険が出来ればいい)
他の神々から色々とバカにされそうだけど、と小さく呟きながらポランの成長を楽しみにする
何にしても【