Untold Myth   作:トラロック

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#5-04 エイナ・チュール

 

 晴れて【ヘスティア・ファミリア】の団員になった白髪の少年ベル・クラネルは赤毛の女性団員と共に迷宮都市オラリオの中心にある『摩天楼(バベル)』に向かった。

 多くの冒険者が向かう冒険者ギルドがあり、その地下には広大なダンジョンが存在している。

 眷族になりたての者はまずギルドに報告し、今後の予定などを組んでもらう。特に駆け出しはアドバイザーを付けた方がいいと言われている。

 荒くれ者は聞く耳を持たず、勇猛果敢にダンジョンに挑戦したりするが大抵は早期に挫折するか早死にする。

 

「今日は手続きだけ。後はシャワー室などの確認かな」

「分かりました」

 

 団長ポラン・ブーニディッカから簡単な説明を受け、冒険者として登録と約束事などの講習を受ける事になった。

 アドバイザーはそれぞれの冒険者が自分の希望で選べる仕組みになっている。絶対に希望通りになるわけではないが、かなりの部分は叶えてもらえる。

 

(エルフの女性でもいいって話しだけど……。獣人の人も居るんだよね?)

 

 ポランからは特に指令の様なものは出なかった。あくまで見守る役に徹している。

 分からない事は質問してもいい、とは言われていた。

 

「私は待合室に居るから。君は色々と聞いておくといい」

「はい」

 

 ベルと別れたポランは受け付けの近くにある長椅子に座った。

 手続きは書面の記入が殆どで実技などは(おこな)わない。一番の難関は冒険に赴く為の規則についてだ。

 長々とした説明が続く。罰則の厳しさや命の保証の無いこと、などなど。

 ――担当アドバイザーはほぼ希望通りになったのが嬉しかった。

 

「彼女が君の担当アドバイザーだ。質問などは彼女に聞くように」

 

 同僚の獣人の女性から紹介されたのはハーフエルフで眼鏡をかけた女性だ。

 端正な顔立ちで見た目は穏やかそうな印象を受ける。エルフは総じて気難しい、という思い込みがあったが彼女はどことなく親しみやすいとベルは思った。

 まずは挨拶から始めて、今後の方針などを淡々と告げていく。

 

「エイナ・チュールです。それでは、ベル・クラネル氏。いくつか質問しますので正直にお答えください」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 所属【ファミリア】から答えられる個人情報を色々と伝えた。その間、エイナは無表情のまま仕事を忠実にこなしていく。

 【ヘスティア・ファミリア】が問題行動の多いところだと知った上で。

 エイナ自身は特に偏見なく新たな団員の様子を窺っていた。印象としては無鉄砲な若者だ。何も知らない少年が武器を持ってこれから危険なダンジョンに挑もうとしている。

 彼女は注意は出来るが止めることは出来ないし、権利もない。かの団員のようなギルド本部の意志が働くような条件でも満たさない限り。

 

        

 

 ベルの印象では武器を渡された後、すぐにダンジョンに潜れると思っていた。しかし、実際は様々な制約がある『仕事』と化していた。

 ダンジョン内で得た魔石やモンスターからのドロップアイテムの換金方法。または取得方法。初心者にもわかりやすくエイナは説明する。

 何も知らないベルからすればアドバイザーはとてもありがたい存在だった。

 

(……もし、アドバイザーさんが居なければ僕は無謀に突っ込んで危険な目に遭っていたかも)

 

 時にそれは有効かもしれない。だとしても、いきなり命を投げ出したいとは思っていない。

 丁寧に説明してくれるアドバイザーの言葉を真剣に聞き入った。

 モンスターの種類や傾向と対策については別途資料を持ってきて指導までしてくれる。さすがに戦い方までは教われない。

 

「強くなる方法や戦い方はそれぞれの冒険者が見つけ出すもので我々ギルドの管轄ではありません。それが出来るならばギルド自らモンスターを狩りますよ」

「そ、そうですか」

「私は貴方の担当となりましたが……、安易に死なせる気はありません。生きて帰ってきてくれなければ……。それで……、方針ですが……。何かご予定はお決まりですか?」

「いえ、特には……。他の団員と相談しながらになると思います」

 

 まだ【ファミリア】に入ったばかりでポラン以下の団員の事は全く知らない。

 その辺りも含めて時間をかけるつもりであることを伝える。

 

「……団長であるブーニディッカ氏は噂を除けばとても信頼のおける方です。おそらくダンジョン以外では……。しっかりと準備を整えてから冒険に臨んでください」

「はい。ありがとうございます」

(いい笑顔……。でも、それがいつまで続くのか。クラネル氏は半年持つのか、それともその前に脱落するのか)

 

 冒険者は短命である。特に駆け出しは顕著だとエイナは知っている。

 【ランクアップ】出来ない彼らはいずれ焦り、無謀な行動に出る。時にそれが自分の意に沿わない事があったとしても。

 生気の無い小人族(パルゥム)達が街の片隅に居る事をエイナは知っている。夢破れて障害者と成り果てた冒険者をエイナは知っている。

 ベルもそんな彼らの仲間入りをするかもしれない。それならば最初から冒険をしない方が彼の為だ、とも思える。しかし、ギルドとして彼の行動を止める権利は無い。

 何があろうと自己責任だ。それが分かっていてもやはり――冒険者には生きて帰ってきてほしいし、笑顔をまた見たいとも思っている。

 彼女が担当した冒険者の半数以上は生きて帰らなかった。だからといって説明が無駄だと思った事は無い。

 常に真摯に向き合う。それがエイナの身上であり、エルフとしての矜持だと思っている。

 

(……いや、エルフは関係ないか……)

 

 説明を終えてベルを見送った後、どっと疲れが襲ってきたエイナは軽く眼鏡の位置を直す。

 アドバイザーが受け持つ冒険者は多い。その殆どは言う事を聞かない。素直なのは最初だけ、というのもある。

 ベルは素直な方だ。それが今後どうなるのか――期待半分、不安半分だ。

 

        

 

 エイナからの説明は今後も続く予定だと理解したベルは待っているポランの下に行き、説明できるだけのことを伝えた。

 アドバイザーの言葉はポランもある程度知っているので分からない点は無かった。

 その後、ベルを連れて摩天楼(バベル)の上層に向かう。

 

「この上は武具を売る商店や飲食、冒険者の為の様々な施設がある。ダンジョンに挑戦する前に色々と見ておくといい」

「はい」

 

 移動する時は魔石の力を用いた昇降機を使う。階段に比べて労力がほとんどかからないので楽だった。

 仮眠室やシャワー室の位置を覚え、飲み食いできる店。武具の店を一通り回った。

 更なる上はとある【ファミリア】が貸し切りにしているので一般の冒険者は立ち入りできない。間違って行こうものなら殺されても文句が言えない事を伝えられる。

 

「そういう場所もある。上におわすのは下界を一望したい神様だ、と言われている。上層階は殆ど神様の為の施設が多いって話しだから、どの道、我々は立ち入り禁止だよ。神様専用の風呂場や会議室なんかもあるらしい」

 

 実際に行っている神から聞いた話しだけど、と。

 店を回り終えた後は地上で食料と身の回りに必要な道具の買い出し。

 借金はあるが活動費用は別に保管している。

 

「クラネル君には五〇〇〇〇ヴァリスを渡しておこう。これで満足な武器は買えないけれど……。まずは寝泊りするのに必要な物を買いなさい」

「ありがとうございます」

 

 買い物の仕方や値段の見方をポランは丁寧に説明する。

 必要な物資は時に一人で買わなければならないし、時と場合によれば値段はすぐに変動する。交渉術を身に着ける事も冒険者には必須の技術(スキル)である。

 食料も【ファミリア】が出すのでベルはしばらくギルドに行ってダンジョンの勉強をする。その後、ポラン達団員と共にダンジョンに入り、戦闘を始める。そういう予定でいいか、とベルに尋ねた。

 

「最初から一人でやれとは言わない。強さに応じて潜れる階層はある程度決められている。指針という奴で。無視したところで罰則は無いけれどアドバイザーに叱られる。これから君は危険な場所に挑戦するわけだが……、後悔するならやめてもいい。眷族になったからって嫌な事をするべきじゃないからね」

「はい」

 

 店を回りながら最初にしなければならない事は寝室について。

 女所帯なので一部屋丸ごと使っての雑魚寝だった。今回新たに男子であるベルが参加する。対外的にも一緒の寝床と言うわけにはいかない。

 部屋に仕切り壁を設けても意味が無さそうなので余っている部屋を改造するしかない。

 

        

 

 買い物を終えて【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)に戻る。

 一日目から何かが変わるわけでもなく、ダンジョンに挑戦するのはまだ少し先だというのは感じた。

 地下の広間に向かうと見慣れない女性が二人居た。それとエルフの女性も。

 

「ただいま」

「団長、お帰りなさいませ。……白髪の男子……、無事入団を果たせたのですね」

 

 現場に場違いな高貴な光りが満ちたような気がした。

 先日出会ったエルフ――服はちゃんと着ていたので安心した――が出迎えてくれた。

 胸を揉んだ光景が急に思い出され、ベルの顔は真っ赤になる。

 

「ついに異性が参加するのか。女の(その)も卒業か……」

 

 そう言ったのは虎人(ワータイガー)の女性だった。見た目から猫人(キャットピープル)と見分けが難しいが、ポランが説明してくれた。

 ランテという彼女は【アルテミス・ファミリア】から借り受けた協力者で、共にダンジョン攻略する仲間でもある。

 普段は対抗関係にある【ファミリア】も協力する事がある。

 そして――最後の一人――

 黒ずんだ緑色の長い髪がおどろおどろしい印象を与える。一目見たベルは真っ赤になった顔を一気に青ざめさせる。それくらい『怖い』人だと感じた。

 例えようのない負の側面を内包した様な危険人物。それが第一印象だった。

 

「クラネル君。我が【ファミリア】の団員が揃ったよ。改めて自己紹介をしようか」

「は、はい」

 

 ポランはベルを全員に見える位置に立たせて紹介した。その後、自分でも簡単な自己紹介をする。

 【ヘスティア・ファミリア】の団長ポラン・ブーニディッカ。レベル(ゼロ)

 ほぼ無表情で大人しい女性はユーカリン・ナナツタエ。

 エルフの女性はヴェルゼッタ・オリンピア。

 危険人物に見えたのはゼゼナ・シャフラーという。この女性だけポランは何も言わなかった。

 助っ人はランテ。唯一の実力者という。

 

「……唯一?」

「自由に行動出来て金を稼げるって意味で。探索系なのにまともに下層に挑戦しない【ファミリア】だったからね。クラネル君は私達より下に行ってもいいんだよ」

(その前に団長さんがレベル0ってどういうことだろう。レベルは最初(ワン)からじゃあ……)

 

 多くの疑問符が浮かんでいるが、まず気にかけなければならないのはエルフのヴェルゼッタだ。興味深そうな顔でベルに近づく。

 にこやかな表情ではあるが何をしてくるか分からない怖さがある。

 

「私、ヴェルゼッタと言いますが……。同じ愛称では混乱すると思いますので、オリンピアとお呼び下さいませ」

「は、はい。そうですね」

「恐縮しなくてもこのエルフのおっぱいを揉んだことはみんな知ってるから」

 

 と、ランテがとんでもないことを言い出す。しかし、事実なので否定できない。

 全員が知っているなら言い訳のしようは無いのだが――その事について彼女達はどう思っているのか気になってしまう。今後の付き合い方とか変わるかもしれない。と、ベルは一人で苦悩の深みにはまる。

 

「元々露出癖があるからいつかはやるんじゃないかと思ってたけど……。いい男を釣ったな。でかしたぞ、ヴェル」

「その愛称だとクラネル君と被ってしまいますわ」

 

 ランテは普段、ヴェルゼッタを呼ぶ時『ヴェル』であった。

 ベルの加入により今後は混乱する可能性がある。かといって急に変更するのは難しい。

 今のところ男性であるベルの印象は――おっぱいの件を知って尚――悪くないようだ。

 

(……ナナツタエさんやシャフラーさんはどう思っているんだろうか。二人共……対照的な無表情って感じなんだけど)

 

 ナナツタエは一言もしゃべらない。ゼゼナも同様だが、こちらは喋っている相手に顔を向けてばかりだ。自発的に言葉を発する場面はまだ見ていない。

 ランテという女性は健康的な肌を持ち、荒々しい印象を受ける。良く言えば快活な女性だ。

 

「とにかく、新しい団員をよろしく。明日からの行動だが……、今まで通りだ。クラネル君がダンジョンに挑戦するのはもう少し後だと思う」

「血気盛んな若者ならすぐに突撃して撃沈しそうだものね」

「折角入ってくれた男子を早期に潰しては勿体ない。彼にも強くなってもらわないと……」

 

 女性陣が会話している間、既にエルフの胸の問題は通り過ぎていた。それはそれでベルにとっては驚きだ。

 

        

 

 【ヘスティア・ファミリア】は探索系だが殆ど活動実績が無い。皆無ではないけれど。

 団長は既にギルドから色々と制限を付けられ、普段は居酒屋で働いている。

 ユーカリンは見た目から何を考えているのか分からないが、暇を見つけてはダンジョン攻略に向かうものの上層域を少し過ごしたら戻ってしまう。

 ヴェルゼッタは滅多にダンジョンに潜らない。多くのエルフ達から止める事が多かったから、とも言われている。

 ランテはこの中で一番深い階層を攻略できるので稼ぎ頭ではある。

 最後のゼゼナは活動そのものを制限された眷族で単独でダンジョンに潜ろうものなら大騒ぎになるとか。

 

(……何なんだ、この【ファミリア】……。聞いているだけで不安になってきた)

 

 まともにダンジョン攻略をしない探索系。それだけで理解が追いつかない。

 【エニュオ・ファミリア】にした方が良かったかな、と後悔し始めてきた。しかし、神ヘスティアからも言われた通り、それを織り込んで加入した。今更、引き返せない。

 団長にダンジョンに潜る時の条件を尋ねてみた。なにやら自分も何らかの制限を付けられるのでは、と思ったので。

 

「アドバイザーの言う事を聞いた上でならダンジョンに挑戦していいよ。私らは自己責任だから。連帯責任で制限を付けられたわけじゃない。そこは安心していいよ」

「そ、そうですか」

「揃いもそろって問題児ばかり。これは神の人望のなせる業かな」

 

 ランテの言葉にポランは苦笑し、ヴェルゼッタは微笑んだまま。残りは無表情だ。

 表情の豊かさならベルが一番豊富かもしれない。

 指針としてベルはダンジョン攻略に向けた講習をギルドで受けなければならない。本格的な活動はその後となる。

 【ファミリア】としての目標というものは無いが迷宮都市オラリオにある全【ファミリア】に共通した目標は存在する。

 

「ダンジョンに挑戦する時は私達も一緒に行くから。一人で寂しい思いはさせないよ」

「えっ? 制限はどうなるんですか?」

「上層なら特に問題は無いよ」

 

 話しを終えた後はベルの寝室造りについて議論が交わされる。

 荷物置き場や着替えに必要な箪笥類の調達など。そんな中でもユーカリンとゼゼナは黙って佇んでいた。仲間外れ、というより仲間の輪に入りたそうな雰囲気が感じられない。

 ランテも特に言及していないけれどベルはとても気になって仕方がない。

 

「必要な物資はユーカリンに買ってもらおうか。クラネル君と一緒に選んできなさい」

「……分かった。行くよ、ベル」

 

 無表情のままユーカリンは言った。初めて声を聞いたような気がした。

 二人が居なくなる頃、ポランは今まで大人しくしていたゼゼナに顔を向ける。

 何か気になる事があるのか尋ねると首を横に振った。それだけで納得したらしいポランは部屋の間取りの策定に入る。

 

        

 

 二日ほどかけてベル専用の寝室が出来上がる。確認に来たヘスティアも出来栄えに満足した。部屋が出来る間、ベルはギルドに通っていた。

 寝泊りも摩天楼(バベル)にある仮眠室を使わせてもらった。どうにもヴェルゼッタと一緒に居るのが恥ずかしくて仕方が無かったようだ。

 

「そういえば、ランテさんはいつまでこの【ファミリア】に居るんですか?」

「早く出て行ってほしそうな質問だねー」

「い、いえ。そういうわけではないんですけど……」

 

 慌てて否定するものの他に言いようがなかった。

 どういう経緯で手伝いに来ているのかベルは知らなかったので興味があった。

 

「いつまでだろうねー。うちの主神であるアルテミス様が謹慎処分を食らっているから実質【アルテミス・ファミリア】は開店休業状態なのよね。団長のレトゥーサさんや他のみんなも懇意にしている【ファミリア】に行ったり、店で働いたりしている」

(こっちも色々と問題があったのか)

「あれはボクも驚いた。【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)を半壊させたからねー」

「ええっ!? 神様が本拠(ホーム)を壊したんですか?」

「そう聞いているよ。ランテ君たちは止めたそうだけどね」

「激怒したアルテミス様を止められる団員が居なかった。……いやー、景気よく破壊する様をお見せ出来ないのが残念でなりませんよ」

 

 と、嬉しそうに、楽しそうにランテは言った。

 聞けば今も【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)は修復中で年内の完成は絶望的だとか。謹慎中のアルテミスは暴れ出さないように全身を拘束されて独居房に放り込まれたとか。

 何をどうしたらそうなるのか。ベルには全く想像できなかった。

 五人の女性の中に男子が一人。神ヘスティアから見れば充分『ハーレム』だが、世の中そう甘くないものだ。

 

(ゼゼナ君がおとなしくしていれば良し。……後はサポーターや鍛冶師(スミス)なんかが入ってくれれば安定するけれど……。本拠(ホーム)が手狭だからな……。引っ越しもそろそろ考えないと)

 

 賑やかで楽しいだけでは【ファミリア】として運営できない。神が降臨したからとて自由気ままに振舞えないのはヘスティアにとっては計算外であった。

 下界はとにかく世知辛い。その一言に尽きるほどに。

 

        

 

 翌日からベルはギルドに行き、担当アドバイザーであるエイナからダンジョンについて。階層ごとのモンスターについての講義を受ける事になった。

 全くの無知であれば彼女達の教えはとても有効である、とヘステイアからも言われた。

 いきなりタンジョンに潜っていきなりモンスターに殺されては困る。それはギルドにとっても神にとっても。

 モンスターを倒すと魔石が落ちる。戦闘の仕方によっては魔石を砕く事でも仕留める事が出来るが魔石は手に入らなくなる。

 単にモンスターを締めたいだけならば気にしなくていい事だ。ちなみに魔石の位置は分かっている範囲はギルドの資料に記されている。それを参考に戦闘を楽に進める事も戦略の内である、とエイナは説明する。

 稀にモンスター特有のドロップアイテムが落ちる場合がある。それは地上で高値で取引されたり、アイテムの材料になる。

 

「いいですか、クラネル氏。モンスターは基本的に倒すと灰になります。それまで戦闘は継続中であることを忘れないでください。油断は命取りですから」

「はい」

「【ステイタス】の更新は最初の内はマメに確認した方がいいです。数値が増えていれば強くなった証拠ですよ」

 

 資料を交えての講義は夕方まで続いた。

 最初の内は覚えなければならなことが多い。今まで他の担当になったとしてもエイナは同じように指導してきた。

 ベルの他に何人も担当している冒険者が居る。

 

(素直なところは冒険者として危ういけど……。何事も経験を積まない事には……)

 

 いずれベルの前に現れる敵はモンスターばかりとは限らない。それはまた別の機会に教える事にした。

 まずは基本から。この時点で挫折したり面倒がったりする冒険者が多数に上る。ベルの場合はしっかりと聞く人物のようで安心した。

 エイナは戦闘方法は教えられない。あくまで知識のみだ。

 

「クラネル氏は来週からダンジョンに潜ってもらいますが……。貸与される武器にご希望はありますか?」

「……僕にはどんな武器が合うんでしょうか?」

 

 本格的な武器というものは持ったことが無い。漠然とした思いだけでオラリオに来てしまったので。

 ギルドが用意出来るのは基本武装のみ。質もそれほど良くない。

 刀剣類に始まり、杖や盾。大体の種類は網羅できる。

 ベルは基本の剣を所望した。しかし、剣と言ってもナイフから大きな剣と様々だ。

 

「冒険者の皆さんは使っていくうちに自分に合った戦い方を身に着けていきますから、焦らず試行錯誤してください」

「はい。ありがとうございました」

 

 その後、ダンジョンに潜るまでの間にエイナから基本を叩きこまれることになった。

 初日に潜れる階層はやはり一階層目。調子に乗れば痛い目に遭う。更に助けはほぼ来ないと思え、と厳しい意見もあった。

 ギルドは指針は示せるが残りは自己責任。それのみと言っても過言ではない。

 

        

 

 武装について気になったので時間のある時に武器屋に行くと良い武器の値段が途方もない事に絶望する。

 手持ちの金では到底買えない。更に手入れ費用も掛かる。

 大抵は借金して良い武器を買い、余裕が出来たら自腹で購入する。そこまで出来ればほぼ一人前と言われる程強くなっている。

 

「私らの武装も実費で購入したものだよ。君も自分の武器を手に入れるまで長い道のりかもしれないけれど……、頑張りなさい」

 

 眼帯を付けたポランからそう言われた。

 【ファミリア】として武器を貸与する予定はなく、最初は資金を稼いで購入する事を目的とするように、と。

 ここで甘えてしまうと【ステイタス】の伸びが悪くなるらしい。

 モンスターを倒したりすることで得られる【経験値(エクセリア)】というものは楽して得られるものではなく、困難に打ち勝つことで多く貰える。

 極端な例だと雑魚モンスターだけを倒し続けていると【経験値(エクセリア)】が全く増えなくなる。

 

「だから、世の冒険者の多くは楽して強くなった人は誰も居ない。君も例外じゃないと思うよ」

「はい」

(どうやったら強くなれるか、なんて聞くのは愚問だよな。みんな努力しているから強いんであって……)

 

 才能も関係するかもしれない。しかし、その前に努力しない者に結果は与えられない。

 ベルは来週から始められる戦闘に大いに期待した。

 それとは別に【ファミリア】での生活は色んな意味で大変だった。近くに女性が神を含めて六人居る。

 共同生活する事になって最初に驚くのはやはりエルフのヴェルゼッタだ。

 ほぼ裸でウロウロする。他は薄着になる事は合っても下着はきちんと履いている。

 

「そういうクラネル君も上半身裸のようだけど?」

「………」

 

 ポランの言葉にベルは言葉に詰まる。それとユーカリンはずっと無言、無表情だ。

 共同生活するにあたって女の裸に慣れること。ポラン以外からも言いつけられた。

 ベル一人の為に急に生活態度は変えられない、という理由で。

 

(オリンピアさんがニヤニヤしているのはこういう時の為か。早くなれないと【ファミリア】で生活するのが辛くなるから……)

 

 最初の出会いこそ驚いたが、以降は積極的に近づいてきたりしない。たまに騒ぎ出すことはあるが持病の様なものとポランは説明する。

 獣人であるランテは半裸ではあるがきちんと身体を守っているので気にならない。というか引き締まった筋肉につい目が行ってしまった。

 見られて困る身体ではないので筋肉や頭の獣耳と尻尾は存分に見ても構わないと言ってきた。

 

「特別に耳と尻尾は触ってもいいよ。人間(ヒューマン)はこういうの興味あるでしょ? 仲間からもよく触られたから」

「い、いいです。そんな……。それ目当てに入ったみたいに言われるので」

「世間はそうは思ってくれないよ。ならいっそ先に触っておきな。記念だと思ってさ。虎人(ワータイガー)だからって尻尾に触られたからって威嚇はしないよ。君みたいな可愛い男の子なら大歓迎さ」

(アルテミス様が居ないお陰です)

 

 尻尾が駄目なら頭の耳だけでもどうぞ、と頭を近づけてきた。

 獣人の耳はよく見かけるが触りたいほど興味があるかと言われると首を傾げる。

 当たり前のように見てきたせいもある。しかし、触れ合いたい気持ちは理解したので彼女の耳を軽く撫でるように触れると喉を鳴らす様に喜んだ。

 

「そういえば、こうして耳を撫でられるのは久しぶりだわ。……アルテミス様、元気かな。全身拘束されたままだと思うけれど……」

 

 神は不変である。それゆえにトイレに長時間行かなくても平気、という謎理論がある。

 ついでに風呂に長期間入らなくても臭くならないとか。――さすがに下水に浸れば臭くなる。

 

        

 

 朝方は女性にとって戦場である。その代表例が一つしかないトイレの争奪戦だ。

 直接下水に流せなくもないが――解放感がある分、勇気が必要になる。それ専用の砂場もしっかり用意されている。そこから彼女達による涙ぐましい努力により本拠(ホーム)は清潔を保てているのが分かる。

 緊急の場合はご近所に借りる。これは既に【ヘスティア・ファミリア】の風物詩となっていた。

 

「行動する時は余裕を持つんだ」

 

 神ヘスティアは眷族たちにそう言った。

 ベルは【ファミリア】として何か出来る事は無いか尋ねた。答えは特に無し、だった。

 探索系は基本的にダンジョンの攻略。それ以外は個人の自由時間となっている。

 ヘスティアが神として細かな命令をすることは無い。目的のある【ファミアリ】であればまた違った様相になるのかもしれないけれど。

 

「自由といっても悪い事は駄目だよ。ボクの【ファミリア】は犯罪系ではないから」

 

 ベルの目下の目的はダンジョンに潜り、モンスターと戦うこと。最初はそこからだ。

 食料などはポラン達が用意するのでベルの仕事はほぼ無いに等しい。ベル以外にヴェルゼッタとゼゼナも仕事らしいことはしていないけれど。

 ――というか全員、どんなことをしているのかまだ知らなかった。

 

「ポラン君は酒場の給仕や……、まあ、何でも屋みたいなことをしているよ。ナナツタエ君も夜間に仕事をしているようだよ。で、オリンピア君は特殊でね。多くのエルフ達から血生臭い事はさせないようにと……、それはもう大事にされている。彼女は主に各地に挨拶回りをしているそうだ」

「……挨拶回り? それも冒険者の仕事なんですか?」

「仕事は仕事だよ、ベル君。……お土産とか持って帰るんだから。最後のゼゼナ君は……何もしない事が仕事みたいなもんだよ。彼女が単身でダンジョンに赴こうものならギルドを含めて大騒ぎになるんじゃないかな。今もかは分からないけれど」

 

 ベルは四人の女性達を改めて確認する。それぞれ特に問題を起こしそうな人には見えないし、危険な香りも――ゼゼナ以外――しない。

 それなのにまともに冒険者として行動できないのはやはり理解できなかった。

 助っ人であるランテが一番まともだ、というのは本当に間違いのない事実なのかもしれない。全く理解できないけれど。

 

(【ファミリア】ごとに特色がある、みたいなことは聞いたけれど……。僕、ここでやっていけるかな)

 

 犯罪系ではない、という所が唯一の救いの様な気がした。

 新人であるベルは本拠(ホーム)の掃除とか覚悟していたが当面はギルドでの講習。それ以外は未定。

 女性の部屋を勝手に掃除するのも気が引けるのでどうしようもないのが現実だった。

 

        

 

 何日にも渡る講習を終えた後は武器の選定。ここでベルは小剣を選んだ。

 最初は長剣を持って振り回したが上層階の通路は狭いので取り回しの観点から中くらいの剣か小剣がいいと勧められた。

 他の冒険者の真似事をしたくなる年頃かもしれないけれど身の丈に合わない装備は危険だと真剣に言われてしまった。

 

「いきなりダンジョンに挑戦するより他の団員と一緒に行った方がいいね。無理な冒険は命を縮める。……いいですか、クラネル氏。ダンジョンで冒険者が死ぬのは日常茶判事です。何の保証もされません。有名になりたいだとか甘い考えは捨ててください」

「は、はい」

「貴方がどれほどの熱意を持とうがダンジョンに通じなければ無意味と同義です。では、それを踏まえて……ダンジョンに挑戦してください。危ないと判断したらすぐ戻っても構いません。探索の時間に制限はありませんが……。最初は一時間くらいを目安にしてください。あと、モンスターに囲まれないように位置取りはしっかりと把握すること」

 

 長い注意を受けた後、いよいよダンジョンに向かう許可が出た、と思った。

 やはり単独探索が気になるのか他の団員と一緒に行くように()()命令された。

 年上の言葉に断れず、ベルは一旦本拠(ホーム)に戻る事になった。ついでに武器も一旦返却した。

 冒険者が単独(ソロ)で活動するにはそれなりの技量が必要だと言われている。ベルは完全に初心者だ。迂闊に突貫しても返り討ちになるのは目の見えて明らか。

 モンスターとの戦闘は田舎でも経験はあるが――

 ギルドからの帰り道、一緒に探索する相手を考えながら酒場に差し掛かると見知った女性を見つけた。

 給仕の格好で空いたテーブルを雑巾で拭いたり、掃除しながら開店準備に勤しむ赤毛の女性。

 見た目が痛々しいので健気に働いているように見えた。

 

(ここで働いているのか。他の団員の姿は無いようだけど)

 

 忙しいのであれば誘うのは躊躇われる。でも、冒険者なのにダンジョンに行かないのはどうしてなのか、そこは気になってしまう。

 客が居ない店内をしばらく眺めていると他の給仕(メイド)がやってきて仲良く談笑し始めた。それだけ見ると問題行動を起こす人物には到底思えない。

 その後、仕事の邪魔をしては悪いと思い本拠(ホーム)に帰った。

 講習が終わった事を神ヘスティアに伝えようとしたが不在で、大人しいゼゼナと無表情のユーカリンの二人だけ居た。

 ユーカリンはよく出かけるがゼゼナは殆ど居間と寝室を往復するだけ。本当によく分からない女性だった。

 

 

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