Untold Myth   作:トラロック

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#5-05 アリーゼ・ローヴェル

 

 無表情で大人しいと言ってもベル・クラネルを拒否しているわけではない。挨拶すれば一言だけだが喋ってくれる。対するゼゼナ・シャフラーは聞いているのかいないのか、全く相手にしてくれない。ただし、顔は向けてくる。

 【ヘスティア・ファミリア】に入って良く会話するのは団長であるポラン・ブーニディッカと助っ人のランテ。それと神ヘスティアの三人だ。意外とエルフのヴェルゼッタ・オリンピアとは会話が少ない。

 何度か挨拶をゼゼナに試みるも無視されるように返答が返ってこない。言葉を理解しているのか怪しいが、団長が言うには普段から意思疎通が難しい眷族であるという。ベルだけ特別避けているわけではない、と聞いた。

 

「……えーと、何か話しませんか?」

 

 せっかく仲間になったのだから、と。しかし、ゼゼナは上の空のようだ。

 トイレに行っていたユーカリン・ナナツタエが戻り、会話を試みる。こちらは挨拶を返してきた。

 彼女も団長の説明によれば夜型なので昼間は眠そうにしている事が多い。本格的に話しをするならば夜間がいいという。

 ヴェルゼッタに関しては本拠(ホーム)に居る時は特に条件は無いが寝室に行かないように、と注意を受けた。寝る時は基本的に全裸になっている事が多いので。

 ランテはこの中で一番の常識人だが、寝込みを襲えば殺されても文句は言えない、と。

 

(ブーニディッカさんは働きに出かけている事が多いけど、あの人も何かあるんだろうか)

 

 ユーカリンに神様が何処に居るか尋ねると露店に働きに出かけていると答えてくれた。

 それで『ジャガ丸くん』の販売員になっている事を思い出す。

 その後、ダンジョンに潜る時やモンスターとの戦い方を尋ねてみた。すると素っ気無い返答が返ってくる。

 武器を持って倒せばいい、という大雑把なものだ。

 

(……僕、冒険者としてやっていけるかな。何度もやめようとか考えそう)

 

 前途多難な雰囲気に早くも疲れを覚える。

 【ヘスティア・ファミリア】は眷族全員での探索に経験がない。それは他の仕事によくかち合う為だという。

 特にポランとヴェルゼッタは意外と多忙だとか。

 

「ヴェルはエルフの会合によく連れていかれる。団長は『あるばいと』が多い。昔、ギルドが課した制限が今もあって深い階層に挑戦させてくれない為らしいよ」

「制限……。僕はダンジョンに入ってもいいでしょうか?」

「いいんじゃない? 悪さしていない限りは……。私は今日夜の仕事があるから夕方までしか一緒にいられないから」

 

 ユーカリンは聞けば答えてくれる。

 それ以外は全く無反応という有様だった。この状態に慣れるのは時間がかかりそうな予感がした。

 

        

 

 ポランが帰宅した時にギルドの講習が終わった事を告げる。ついでにダンジョンに挑戦する事に【ファミリア】として何か条件があるのか尋ねてみた。

 すると条件は無いと即答された。

 

「我々の制限は個人に課せられている。【ファミリア】全体の問題ではないよ。じゃあ、ランテさんと一緒に潜ってきてもらおうか」

「いいんですか?」

「いいよ。最初なら三階層までだね。じっくりモンスターとの戦い方やドロップアイテムの扱いとか教えてもらうといい。後、魔石の換金方法とか」

「はい。頑張ります」

 

 団長はすんなりと会話が成立し、思いのほか労力がかからなかった。

 変に気にし過ぎていたのかもしれない。そうベルは思った。

 ギルドから武器の貸与を受けたり、ランテと共にダンジョンに向かうにあたっての注意事項などを話し合う。

 本当ならば団長が供にしなければならないところだが、店が繁盛期に入っているらしく、しばらく手が空かない。

 ユーカリンは上層階で待つのが嫌だ、と言い出して拒否。

 

(オリンピアさんは急に全裸になる事に僕が我慢できればダンジョンに潜れるそうだけど……。他のエルフから襲撃を受けやすくなるっていうのが……)

 

 女性の裸で言えばランテ達も同程度の筈だが――何故かヴェルゼッタは他とは違う扱いになっている。

 ベルから見ても美しい女性ではある。しかし、ギルドからも高名な人物だとは聞いていない。

 その事を尋ねると本人から聞くのがいいとポランは言った。

 

(こころざし)は高いけれど人間(ヒューマン)だからという差別はしない。その辺りも含めて挑戦するといい。それもまた君の冒険かもしれないし」

「分かりました」

「団長の私から言える事は……、ダンジョン攻略において大事な事は生きて帰ること。あまり深く考えず、頑張ってきなさい。ちゃんと魔石は回収するように。荷物の確認は必須だよ」

「はい」

 

 ゼゼナを除けば団員はそれぞれ忙しい時期に差し掛かっており、新人教育に割ける時間が作れなかった。

 意思疎通のできない相手とダンジョンに入るのは危険なのでやめた方がいいとポランが言うのでベルは従う事にした。

 無理に時間をかけてしまうとダンジョン攻略に向かうのに数か月以上も先延ばしになってしまうので。

 

        

 

 翌日、ランテと共にギルドに向かい、武器を借り受ける。

 取り回しの良い武器がいいというランテとアドバイザーの意見を取り入れる事にした。

 初回は防具無し。身の危険がある時はランテが手を出すことになっている。

 

「まずは一階層目から。一〇匹ほどを目標に頑張ってみようか」

「はい」

 

 ランテの実力はレベル2。二〇階層以降に潜れるほど。いきなり一〇階層まではいかないとしても低い階層で大事(だいじ)は起きないと予想している。

 ベルと共に多くの冒険者が下へ続く巨大な螺旋階段を降りていく。

 上に戻る者と下へ降りる者。そのどれもが立派な武装だった。もちろん、軽装の者も居るけれど。ベルの目から見ればほぼ全員が強そうな存在だった。

 ランテはベルと同じく軽装だが深く潜らないので無駄な武装を外しているだけだ。本来はもう少し厚めにする。

 彼女は縞模様の尻尾を振りながらベルにあまり離れないように、と小声で話しかけた。

 数十(メドル)も下ればダンジョン内部だ。

 薄暗い洞窟の様な狭い通路が迷路状に広がっている。下方に行けばより広い様相になる。

 

「最初の階層は初心者向けの弱いモンスターしか出てこない。まずはここで武器の扱い方を覚える。簡単に言ってしまえば適当に振りながら身体で覚えていくしかない。ある程度、慣れたら修正していく」

「分かりました」

 

 他の冒険者の邪魔にならないところまで移動した後、ランテは手荷物から折り畳みの椅子を取り出して待機する。

 ひとまずモンスターが現れるまで小休止する事にした。待っている間、ダンジョン内のモンスターの出現方法を教えていく。

 頻繁に現れるわけでもなく、かといって二度と出てこないわけでもない。

 ダンジョンに生息する多くのモンスターは壁から生まれ出る。時には地面からも。

 階層毎に出現するモンスターは決まっているが未発見のものが居ないとも限らない。

 

「魔石の事は考えなくていいよ。どんどん倒していっていいから。ほら、早速壁から出てきた」

 

 構えて、とベルに伝える。

 小剣を構えたベルは壁から生まれ出るモンスターに見入った。

 彼らは冒険者を探知してから現れる傾向にある。それゆえに止めどもなく湧いて地上に溢れることはない、と言われている。

 そうでなければベルたちが帰宅した後も湧き続け、オラリオはちょっとした騒動に陥ってしまう。

 

「相手からダメージを受ける事で『耐久』が増える事がある。痛みを恐れずに突っ込むように。最初の階層から強敵が出る事は無いよ。……異常事態(イレギュラー)が無いとは言わないけれど」

 

 椅子に座りつつランテは指示を飛ばす。

 上層に出てくるのは主にゴブリンやコボルトだ。それでも複数体を相手にするのは駆け出しにはきつい。

 ここで逃げ出すかどうかの別れ道となる。

 

        

 

 ベルは武器を構え、敵に突貫する。

 それほど賢いモンスターではないので大振りであっても当たる。ただ、当てるだけでは倒した事にはならない。しっかりと致命傷を作らなければ――

 ランテが的確に武器の使い方を指示し、ベルは可能な限り行動する。

 初回は確かに凶暴なモンスターの顔に恐れたが巨大生物ではないのですぐに落ち着きを取り戻した。

 

(一匹に対して六度ほどの攻撃。でも、一度に三匹はまだ……無理か……)

 

 自己分析しつつ武器を構える。

 適度に後退する事も大事な戦略である。ランテも逃げるなとは言わなかった。

 的確に魔石を狙えば一撃で倒す事も可能だが、それだと稼ぎにはならない。しかし、今は倒す事が目的なので遠慮は無用と指示する。

 

「魔石を落とす倒し方もあるから。今は君が思う通りに武器を振るうといい。最初は誰でも数匹のモンスターで限界が来るものさ」

「はい。分かりました」

「それと技術は一日で上達はしない。これから時間をかけて研鑽していくんだから、今から上手くできた、とか喜ばないように」

 

 と、言いながらも的確に指示を飛ばすランテ。

 油断しないように。大怪我しないように気を付けながら。

 ゴブリン相手にいきなり死ぬ冒険者にランテは心当たりはない。痛みに驚いて逃げ出す者は居るかもしれないが、辛いのは最初だけだ。

 ランテも冒険者として戦い始めた頃は既に戦場だった。主に神アルテミスの活躍が多く、後を追うのに必死で努力した。それでもまだレベル2止まり。ランクアップの条件である【ステイタス】のどれかが五〇〇を超える、というのは達成済みだ。後は偉業と言える戦闘経験を積むだけ。

 主神が謹慎処分を受けてしまった今はのんびりと生活させてもらっている。生き急いで強くなる必要は感じられなかった。それらはアルテミスあってのものだと思っているので。

 だからといって日ごろの鍛錬は怠っていない。

 

「低階層の魔石は君の稼ぎにしていいけど、後で飯を奢るように」

「はい」

 

 【ヘスティア・ファミリア】に来た新しい男の子は素直でかわいい。しかし、強さにあこがれているランテにも好みがある。

 一つは足が速いこと。もう一つは自分より強いこと。

 戦闘民族たるランテは強い男性が好みだった。主神が居る間は妄想だけしていたが自分より強い男性はかなり多くいるのは知っている。

 種族に関しては特に制限は設けていない。

 亜人(デミ・ヒューマン)だからか、それとも獣人特有の習性か。

 白髪の少年を見ていると股間がむず痒くなる。いわゆる発情のような感じだ。長く禁欲的な生活を続けてきたので異性に飢えた本能が刺激されているようだ。

 

(……でも、それほど好みでもないんだけどな……。無差別なのは嫌だな。私も努力しないとダメなようだ)

 

 そんなことを考えている内に戦闘を終えたベルを労う。

 最初の戦闘にしてはしっかりと戦えていた。モンスターとの戦闘はこのまま継続しても支障はなさそうだと判断する。

 初めての戦闘では大抵、モンスターの凶暴性に恐れを抱くものだ。ベルはその点でいえば合格点を与えられる。

 

「武器の確認や魔石の回収は?」

「しました」

「よろしい。今日はこのまま帰ろうか。無茶な行軍は命を縮める。冒険者は(したた)かな方が長生きするからね」

 

 まだ戦いたそうにしているベルに対しランテは撤退を選んだ。

 そういう思い切りの判断も時には必要だ。何にしても無理は良くないので。

 

        

 

 まだ戦いたそうにしているベルを引っ張る形で地上に向かう。その後、換金方法を伝えて彼の背中を押す。

 今日の収入は決して多くない。けれどもベルが冒険者として初めて稼いだお金である。

 ギルドに提出した魔石は電灯の材料に使われる。その技術はオラリオの独占状態であった。

 

「今日の戦闘はこれで終わり。帰ったらヘスティア様に報告しなさい」

「はい。今日はご指導ありがとうございました」

「今日だけじゃないよ。しばらく君の指導をするからね。まずは【ステイタス】のどれかが一〇〇を超えるまで」

 

 それと、と呟きベルに背中を向ける。そして、尻尾を左右に振りながら触り給え、と命令する。

 元気よく振られる尻尾につい目が行ったがどうして触るのか尋ねると発情を抑えるためだと告げた。それも人が行き交うギルドの中で。

 裸になるわけじゃないし、尻を丸出しにしているわけではないから、とランテは助言する。

 

「ここで私に恥をかかせる気かい? 君に愛の告白をしたわけでもないのに」

「い、いえ。獣人の方は尻尾を触られるのは苦手なんじゃ……、と思って」

「私がいいって言っているから大丈夫。アルテミス様も付き合うのは駄目だけど触るところは特に……。もちろん、恥ずかしくないところだよ」

 

 そう言いながらも尻を向けている女をどうにかしないのかい、と。

 尻尾よりも胸がいいのか、と止めを刺すとベルは顔を真っ赤にしながら分かりました、と降参する。

 

可愛い! 愛玩動物として欲しいくらい。……でも、最後まで面倒見る自信が無いからアルテミス様に叱られちゃうなー)

 

 尻尾を撫でるように触られている間、ランテの顔は緩んでいた。対するベルは恥ずかしさで顔を赤くする。

 僅かな時間、少年の手の感触を楽しんだ彼女はすぐに真剣な顔になる。

 

「……言っておくけど……、毎回尻尾を触らせる気は無いからね」

「は、はい」

 

 ベルにとって意外な事があったけれど、その後はいつも通りだった。

 寄り道せずに本拠(ホーム)に戻るとヘスティアが嬉しそうな顔で出迎えた。

 今日の出来事の内、ランテに関する事を気にしつつダンジョンでの戦闘内容を告げる。

 

        

 

 翌日、ベルはランテと共にモンスター討伐に向かった。およそ一週間を予定し、戦い方を少しでも学ぶためだ。

 初日に増えた【ステイタス】は僅かばかり。

 数匹程度のモンスターを倒した程度で爆発的に増えるわけではない。その事を主神から告げられた。

 

(……数値が増えているという事はちゃんと戦闘経験が反映されているということ)

 

 ただ、レベル2であるランテも相当戦闘経験を積んでいる筈だと予想する。それなのにレベルアップしないのは何故なのか、という事に気付いた。

 よくよく考えればモンスターを多く倒せば強くなる。その理屈から言えば相当な人数の冒険者がかなり上位に居なければならない。

 そこには【ランクアップ】する為の厳しい条件があるのだと感じる。

 

「強くなる方法に近道はない。もしあったとしても冒険者の為にならないよ」

「……そういうものですよね」

 

 一定数のモンスターを倒した後でベルは疑問をぶつけた。

 ランテは気難しい女性ではなく、大体の事を教えてくれた。

 彼女とて何でも知っているわけではないけれど頼りがいのある人だという事は理解した。

 誰も見ていないからと言って裸になって迫ってきたりもしない。

 

「私の場合……次の段階に行くにはもっと下層に挑まなければならないんだけど……。無理して死地に行く程でもないかな、と……。強くなる理由は人それぞれだし、私は仲間や神様の役に立てればいい」

 

 個人的に強さに憧れがあるわけではない。そうランテは言った。

 アルテミスに育てられた彼女は半ば強制的に修羅の道に参加させられ、物心つく頃には冒険者となっていた事に気付かなかったほどだ。だからといって今すぐ辞めたいとは思わない。

 彼女にとってすでに生活の一部になっていたからだ。

 

「私と君の冒険は違う。いやならやめていい」

「はい」

 

 素直な返事に真面目な雰囲気が揺らいでしまう。

 ランテとしてはベルを安易に死なせるつもりはない。けれども、若者特有の無鉄砲さが見えて心配になる。そして――自分はあまり厳しく指導できない。

 可愛いが意見だから、というのもあるけれど――

 

        

 

 三日目は団長であるポランが指導役となった。

 人が変わってもモンスターとの戦闘に大きな違いは無かった。ベルの戦い方を離れた位置で見守るだけ。――それ以前にベルはポランの姿が気になって仕方がない様子だ。

 眼帯を付けていて常に痛々しい雰囲気をまとわせていたから。

 

「私の事が気になるようだね」

「……すみません」

「私も色々あって今に至る。君もいずれは経験するかもしれない。……ただそれだけのことだよ」

 

 相手を気遣ってもどうにか出来る訳ではない。ベルの目的は洞窟内に湧き出るモンスターを討伐することだけ。

 ポラン以外の眷族に目立った外傷はない。それを団員として聞くべきなのか、借金についても同様に気になっていた。

 ベルが戦闘に集中できない様子にポランも気付いていたが、気軽に話せるほどの仲になったわけではない。

 

(聞きたそうにしているな……。いずれ分かる事だし、今はモンスターに集中してほしいけれど……。この子はお人好しなのかな?)

 

 ポランも階層制限を受けているといっても浅いところは問題ない。それに戦闘しない限りにおいて二〇階層程の探索も出来る。

 昔は色々とあった。それは事実だ。それが今も続いている厳しいものかと言われると答えに詰まる。

 

「よそ見しながらでもモンスターを倒せるようになったのかな?」

「い、いいえ。すみません」

「謝ってばかりだね、君は」

 

 団長であるポランの歳はベルより二つ上。

 彼女というよりは【ヘスティア・ファミリア】の眷族全員についての情報は無く、ただ問題児が居る事しかベルは知らない。

 膨大な借金の原因もまだ調べていない。それを聞くべきか彼は迷っていた。

 

(……眷族同士の仲だから何でも話せる、というわけではないけれど……。大人しい彼の方から質問をさせるのは難しいか)

 

 自己紹介以外の詳細は聞かれれば答えてもいいかな、という認識だったが――日の浅いベルに不必要な情報を伝えて不安を増やす事もない、とも思った。

 主神であるヘスティアも見守る立場を取っている。

 

「……じゃあ、【ステイタス】のどれかが一〇〇を超えるたびに質問に一つずつ答えてあげよう。冒険者らしく、結果を示してくれ」

 

 にこやかにポランが告げるとベルは唸った。しかし、同時に都合も良かった。

 話すきっかけが欲しいと思っていたので。

 何の見返りも無くただただ質問だけするのは確かに卑怯である。彼女達とて言いたくない事の一つや二つあるものだ。その事に思い至ったから納得できた。

 

「が、頑張ります」

「……だからといって無茶な行動は駄目だよ。ヘスティア様が心配するからね」

「はい」

「……あー、あと……、私はそれほど大層な技を持ってないから技術に関して教えられないな。……でも、()()()頑張ってくれたらその辺りの事も考えておいてあげよう」

 

 闇雲にな努力より見返りがあった方が張り合いがあるのでは、とポランは思った。そして、その言葉を受けたベルの顔が輝くのを見逃さない。

 次々と現れるモンスターに対し、恐れる事く武器を振るえる彼は確かに見込みがある。だが、ただそれだけということもあるので過度な期待はしない。

 

        

 

 戦闘を始めて一週間が過ぎた。しかし、ベルの【ステイタス】は本人が想定していたほど増えていなかった。

 レベルが曖昧な眷族で構成されている【ヘスティア・ファミリア】の中で特別浮いた存在ではない、と頭では思っていても。しかし、男として自慢したい気持ちがあるベルとしては由々しき問題であった。

 

「上層で弱いモンスターしか倒していないからね。【経験値(エクセリア)】もそれ相応といったところだと思うよ」

 

 英雄に憧れても結果として現実を突きつけられる。どこか楽観的なところがあったのかもしれない。

 自分以外にもそう思っている人間が居ないとも言えないし、その他大勢の中で自分は大した人間ではない、という意味にも受け取れる。

 渡された【ステイタス】の情報をしばらく眺めながらベルはため息をつく。

 

(この【ファミリア】の方達は現実的ではあれ、僕を笑ったりしない。他の眷族達より優しいけれど、それに甘えちゃダメなんだろうな)

 

 命を懸けて冒険者になりたい。なんて思ってもモンスターを得にすれば――やはり――怖いと思う。実際、よく武器を持って戦えたと自分を褒めてやりたいくらいだった。

 もっと下層に行きたい、と言うのは簡単かもしれない。けれども――ダンジョンのモンスターは今以上に強いものが出て来るし、現状の武器が通じないほど硬い外角を持っているモンスターが居るとも聞く。

 技だけで攻略できるなら誰もが一番だ。

 

「辛いかい? 休んだっていいんだぜ。毎日ダンジョンに行かなければいけない規則は無いんだ」

「……はい」

「焦ってもしょうがないんだけど……。やはりある程度の【ステイタス】にならないと危険なのは変わらない」

 

 ヘスティアは新しい冒険者ベル・クラネルに優しく声をかけた。だが、だからといって気の利いた助言が出来ているとは思っていない。

 神とはただ眷族を応援したり見守ったりしかできないのだから。

 気に入ったからといって特別な能力を付与する事は勿論出来ない。過度に期待されても無理なことがある。

 

(……ポラン君に言われたようにどれか一つでも一〇〇に到達する、という目標はベル君にとって良い目安となるとボクも思うよ)

 

 ただ闇雲に応援するのも時には悪手だ。眷族に要らぬ期待を背負わせてしまう。

 ベルの場合は未だによく分からない。彼に必要なものは何なのか、神であるヘスティアは掴み損ねていた。

 

        

 

 モンスターのとの戦闘を一週間やり切った。しかし、特別な能力を手に入れたわけではない。

 ただただ時間を費やしただけ。――はたから見ればそう思われても仕方がないくらい無為な時間だった、ともいえる。

 しかし、凶暴なモンスターから逃げ出さずに立ち向かい続けたのは事実だ。

 今の調子であれば一人で向かわせても問題が無い。ただし、上層付近での戦闘に限られる。これは普段、ユーカリン・ナナツタエが(おこな)っている()()と変わらない。

 

「……君、割りと度胸があるんだね」

「ありがとうございます」

 

 団長(ポラン)から意外そうな言葉を掛けられたがベルは素直に受け取り礼を言った。本人は褒められていると思っているようだ。

 彼女以外は特に反応を示していない。たかが一週間、上層でモンスターを倒していただけだから。

 素直な性格なのは見ていて分かっていたが、相当純真であるところまでは読めなかった。

 

(……そんな子にオリンピアが裸で迫ったわけだ。彼の中では未だに大きな衝撃として残っていそう)

 

 ベルの成長も気になるが本当の試練はまだまだ残っている。特に【ヘスティア・ファミリア】は他の【ファミリア】とは違う特色を兼ね備えていた。

 男子でもあるベルにとってはより一層の苦難が予想される。

 

「たーのもー!」

 

 本拠(ホーム)の居間でベル達が歓談している所に大きな声が轟いた。

 廃墟同然の教会なので気密性に薄く、外からの音はいつも地下にまで届いていた。だが、近くを通る騒音の類が少なく、睡眠に支障は――ベルが加入してから――意外と無い。

 

(あの声はアリーゼさん。会う予定は無かったはず……)

 

 ポランは首を傾げつつ階段を上り、訪問者を出迎える。

 主神であるヘスティアの顔は広く、その伝手(つて)のお陰か様々な神や眷族が来ることがある。

 おもてなしにいつも苦慮するのだが――

 地上階にてポランの姿を見た来客は顔を輝かせるような笑顔になった。

 ポランと同じく赤い髪が印象的な人間(ヒューマン)の冒険者。

 女性で構成された【エニュオ・ファミリア】の団長でり【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の『二つ名』を(たまわ)った『アリーゼ・ローヴェル』であった。

 

「ブーニ、()()生きてたの?」

「……大きなお世話です。何しに来たんですか?」

 

 遠慮しないアリーゼに辟易しつつ用件を述べるように促す。

 彼女の性格は嫌いではないけれど言動が時々怪しい事に頭を痛める。

 

「もちろん、新しい眷族を見に。男の子が来たんでしょう? うちのアスト……じゃなかった。エニュオ様が気にしてたから」

「クラネル君はそっちに行ってたんですか?」

「そうそう。それで神様が取り逃がしちゃってさ。気にしてたわけよ」

 

 加入しようと向かったのはいいけれど即決せずに引き返し、その途中で――おそらくヴェルゼッタに捕まった。

 もし、彼女が関わらなかったら――今頃、ベルは【エニュオ・ファミリア】に入っていたかもしれない。

 ポランは運命のいたずらが働いたと感じた。

 

(……裸族(オリンピア)が居ない分、エニュオ様のところが良かったのかも……。だけれど、これは運命だ。今更返せと言われても駄目だからね)

「もう『神の恩恵(ファルナ)』を貰っているから、そっちにあげられないよ」

「……あー、やっぱりかー」

 

 あからさまにがっかりする赤髪のアリーゼ。入ったもののまだ迷っているのでは、と淡い期待を持っていた。

 加入は言葉だけで『神の恩恵(ファルナ)』は別、という事も無くはない。

 アリーゼは第二級冒険者(レベル4)ではあるが性格的に子供っぽいところがある。良い言い方をすれば純真な女性だ。

 

「あわよくば貸してもらおうかと……」

「……クラネル君は純真な眷族だから、そっちの女所帯に放り込んだら速攻で逃げ出すと思うよ」

「そうかなー? そう簡単に逃げられると……」

「こらこら。オリンピアが大人しくしているから彼は今のところ冒険者をやれている。そっちは全員が元気だから不安しか感じない」

 

 ポランは既に他所に譲る気が無く、アリーゼがどんな条件を付けようとも突っぱねる所存だった。話しぶりからも未練がある事は感じていたが彼と会わせるのは危険かもしれないと思い始めた。

 

        

 

 ポランとアリーゼは対外的には友人であり、共に【ファミリア】の団長としての付き合いがある。だからといって何でも譲れるわけではない。

 レベル的には開きがあるように思われるがポランは決して第二級冒険者に後れを取らない実力を持っている。もし、剣を抜く事態になっても一方的な敗北は無い。

 レベル(ゼロ)のポラン・ブーニディッカ――いや、ベルを除く【ヘスティア・ファミリア】()()()()()『二つ名』を賜っている事は伊達ではない。そして、その情報をアリーゼも承知していた。

 

「貸すにしても彼はまだ冒険を始めたばかりだ。いきなりそっちの本拠(ホーム)に放り込むわけにはいかないし、許可できない」

「おっ、見込みはあるわけだ。楽しみだなー」

 

 嬉しそうにアリーゼは言った。だが、ポランは不安を覚える。

 見た目にも可愛い白髪(はくはつ)の少年だ。普通に仲間として使うとは思えない。

 【エニュオ・ファミリア】は探索系ではあるが本業は治安維持だ。対人戦を主とする。――だからこそベルに行ってほしくないと思った。

 少なくとも彼は正義の執行者になりたいわけではなく、広義的な英雄を望んでいる。

 

「彼を見世物にする気は無いです。それでも見たければギルドで待ち伏せでもするんですね」

「……うーん。意外と私達は忙しいからねー。団長権限で一目だけでも見せてくれないかなーと……」

「……貴女の理屈はいつも理解に苦しみます。……三人ほど団員を貸してくれませんか?」

「……合同は駄目? そっち三人とこっち三人の六人パーティで」

 

 どうしてもアリーゼはベルを諦められないようだ。というより興味が(まさ)っていて帰るに帰れない、といったところに思えた。

 アリーゼ個人だけではなく主神であるエニュオの命令も含まれている気がした。

 何らかの理由をつけてでもベルを連れてきて改めてどういう人物か確認したい、というような――

 そういう眷族の奪い合いは基本的に敵対行動と変わらないものだ。だから安易に許可は出せない。――普通ならば。

 

「シャフラーに膝枕する、という条件を()めるのであれば……」

「……おう。それはちょっと難題ね」

(以前、しばらく身体の震えが止まらなくなったって言ってたし……。あの神様殺しめ)

 

 そう思いつつも当時のゼゼナ・シャフラーの姿を思い出すアリーゼ。

 かつて彼女はアリーゼ達の仲間だった。だが、脱退してからしばらく経つが今と昔が同一という保証はない。

 少なくとも以前のままであればゼゼナとエニュオを面会させる、という()()()()()を団長として許可することは出来ないと断言している所だ。

 ――ゼゼナは神を殺すような危険な存在ではなく、()()()()()危険というだけだが。

 

(当時の私でも歯が立たなかったゼゼナ……。大人しいからって弱体化したわけじゃないでしょうし)

 

 正義の執行者たる【ファミリア】において彼女(ゼゼナ)は目的から逸脱した存在だった。それはおそらく今でも変わらない筈だ。

 

 ●恋一●(●●●ラ●ー●)

 

 常人には正確に聞き取れない『二つ名』を持つゼゼナこと『メンテ・シャフラー』は今でもアリーゼを恐怖に陥れる。考えるだけで身体が震えてくる。

 一見すると弱小【ファミリア】なのにおかしい事実に混乱を覚える。

 【ヘスティア・ファミリア】はどこかおかしい。違和感を抱かれる事において有名な【ファミリア】は他に類を見ない。

 

「……そ、それは持ち帰って検討させてもらうわ」

「どうぞごゆっくり。合同の件は保留にさせてもらう。今のところ皆忙しいし、オリンピアももうじき御呼ばれされると思うから」

「お呼ばれ? ……ああ、リヴェリア案件ね。……もうそんな時期なのね」

「打ち合わせに度々来てくれている。そちらのエルフは同道するの?」

「……んー? そういう話しは聞いてないなー。……そっちに居るのが王族(ハイエルフ)だから遠慮しているとか? んっ? エルフ関連の行事は大体エルフ全体の問題よね? なんで何も言わないのかしら、あの潔癖エルフは」

 

 アリーゼは仲間のエルフの姿を思い浮かべつつ首を傾げる。

 人間(ヒューマン)亜人(デミ・ヒューマン)よりも高貴な存在だと信じて疑わないエルフと揶揄されているが仲間としての付き合いは()()()()に長い。

 里が違うという事もあるし、ただ単に遠慮しているとも考えられる。

 

(顔とか手とか物凄い傷持ちだから黙っているって事もあるか……)

 

 痛々しい姿を同族に晒したくない、というのが一番の解答のように思えた。

 怪我の程度で言えば目の前に居るポランも負けていない。何しろ頭髪の半分の色素が抜けるような酷い目に遭ったと聞いているから。

 彼女(ポラン)に関する詳細な情報は噂程度でしか聞いたことが無い。

 どこまで真実なのか、それを直接問う事も躊躇われるが言いたくない事の一つや二つ、眷族の誰もが持っているものだ。だからアリーゼは遠慮なしに聞こうとはしなかった。

 だが――嫌でも耳に入る情報というものがある。

 

 【剣姫】の利き腕を切り落とした犯人こそがポランである。

 

 どういう状況で、それがどこまで真実なのかアリーゼには分からない。だが、()()()に痛々しい姿の【剣姫】を見かけたことがあるので――噂が真実であったと思った事がある。

 ポランと【剣姫】は友人同士だ。だからこそ信じられない、と思いつつも否定もまた出来ない事を知っている。

 目の前に居る真面目なポランの本性というか影のような側面が隠れている事を――

 

 

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