Untold Myth   作:トラロック

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#5-06 団員として

 

 探索系の大手と言われる【ロキ・ファミリア】に美しき【剣姫】と呼ばれる冒険者が居る。

 歳は十六。金髪金眼の少女にして第一級冒険者(レベル5)人間(ヒューマン)

 細身の身体からは想像できない苛烈な攻撃を繰り出す。

 迷宮都市オラリオにおいて有名な女性が新作のジャガ丸くんの前で立ち往生していた。

 

「……こんなに種類が……」

 

 冒険に向かう時は神ヘスティアの屋台を利用する。

 【剣姫】こと『アイズ・ヴァレンシュタイン』にとって日課とも行事とも取れる行動の一つであった。

 彼女の好物は『抹茶クリーム味』と『小豆クリーム味』である。それゆえにこの二種の在庫だけは切らさないように、と露店の責任者である『おばちゃん』は材料確保に()()()力を入れていた。

 

「付ける種類は多いけれど元となるジャガ丸くんは一緒だぜ。この人参の細切りを練り込んだ子供用のものも試してみるといい。甘いものばかり食べる君にぴったりだと思うよ」

「……でもこれ味があまりしない……」

「栄養に特化しているからね。最近はこのトマト味が流行っているよ。赤い見た目で敬遠されがちだけど野菜の甘味が好きな客には受けがいい。最初の緑色シリーズは……不評だったけれど」

 

 いつも甘い味を好んでいたアイズも健康を考え、野菜味にも挑戦していた。

 美容に良いものは女性客に大変受け、調子に乗るとすぐに不良在庫と化す。

 新商品を作るのはヘスティアではなく責任者だ。店員たる神は用意された付けダレにジャガ丸を入れていくだけ。それと客から感想を貰うこと。

 

(朝方の客足の少ない時間帯にヴァレン何某(なにがし)と二人きりになる空間はなんというか……、ほっこりするような……。普段は憎み合う敵同士っていう()()……、ボク自身にとって不健康だよな……)

 

 軽くため息をつく。

 違う【ファミリア】で敵対している、という事になっている。それでも今は店員と客という立場だ。敵対しているからと言って追い返す事は基本的に出来ない。おばちゃんに叱られてしまう。

 ヘスティアの気持ち的にアイズの事を心底嫌っているわけではない。そうならざるを得ない事情があって仕方なく、といった(てい)である。

 

「そういえば、君はたくさん食べるわけじゃないよね? 朝ごはんとか抜いてたりするのかい?」

「いいえ。ちゃんと食べます。……小食、と言われる事がありますけれど……」

「食べているのならいいよ。君、身体が細いから少し気になってたんだ」

 

 人の少ない時間帯だからか、アイズの言葉に満足したヘスティアはにこりと微笑んだ。

 アイズ自身は未だに決められない事に申し訳なさを感じた。

 このやり取りも随分と長く続けてきた。

 

        

 

 朝靄(あさもや)が晴れる頃には通りをたくさんの冒険者と住民で埋め尽くされる。

 地下に広がるダンジョンへ向かうものが大半だ。

 ヘスティアは屋台の他に『摩天楼(バベル)』の上層にある店でも働いている。

 多くの神は本拠(ホーム)で大人しくしている事が多いけれど、働いている者も居る。

 目的は色々。資金稼ぎに暇つぶし。

 不変の神にとって労働はあまり意味をなさない。けれども退屈を嫌う彼らは大人しくしている事もまた苦痛と感じる事がある。

 【ヘスティア・ファミリア】に入団して半月が経とうとしている白髪(はくはつ)の少年冒険者ベル・クラネルはユーカリン・ナナツタエと共にダンジョン攻略に向かっていた。

 言葉数が少ないが決して喋らないわけではない女性冒険者。そして、ギルドから制限された事柄が少ない。それなのに深い攻略をしない。

 ベルの力量からまだ気にするほどの事でもないけれど、謎の多い人だとは思っていた。

 

(……二刀流の軽戦士(フェンサー)だったっけ。戦う姿を殆ど見た事ないけれど……、この人強いのかな?)

 

 ギルドのアドバイザーからも意見が貰えないほど。

 謎に満ちている、ような雰囲気を感じさせる。

 ダンジョンに向かう時は派手な外套(マント)を身に着ける。花柄だが本人は全く気にしていない。しかし、周りから注目されてしまうのでベルは自分の事でもないのに恥ずかしさを感じてしまう。

 親の形見かと思ったが本人の手作りだと団長ポラン・ブーニディッカから教えられた。

 元闇派閥(イヴィルス)系【オネイロス・ファミリア】出身のユーカリン・ナナツタエ。歳は団長と同じ。茶髪に碧眼で外見的特徴を持たない地味な印象を与える人間(ヒューマン)の女性。

 実のところ本人はその事実(ファミリアの事情)を知らなかった、というか主神(オネイロス)そう(闇派閥の一員)だと思っていなかった、という事実があるのだがギルドの資料には闇派閥(イヴィルス)の関係者だと記載されている。

 主神の知らないところで闇派閥(イヴィルス)に認定され、大手【ファミリア】に取り潰されてしまった。ある意味では不幸な出来事である。

 彼女にとって(ようや)く団員として働けると喜んだ矢先の手痛い仕打ち。そのせいか、感情を失ってしまったような有様だ。

 主神であるオネイロスは特段の悪さ(殺人など)をしたわけではないので天界への強制送還こそ免れているが彼女の事を影ながら心配し、支援を買って出ている。

 オネイロスにとってユーカリンは亡き団員の忘れ形見であり、【ファミリア】総手で彼女の誕生を祝ったほど。その可愛がりは凄まじかった。――本人(ユーカリン)は全く記憶にない出来事だが。

 

(【ヘスティア・ファミリア】は弱小だけど色々な神様たちの支援を受けているって聞いたな。……シャフラーさんもそうだったらしいけれど)

 

 今から思えば凄い事のように感じている。

 ベルの知らないところで大きな動きがある。そんな感じであった。

 

「ベル君。今日も三階層までのモンスター退治でいい?」

 

 無感動、無表情なるユーカリンの言葉。

 聞くだけで緊張してしまう。それほど真剣みを帯びているように聞こえた。

 

「は、はい。まだ四階層に挑戦するのは早いとアドバイザーさんからも言われています」

「単に君が一人で戦うことを想定しているからだよ。仲間と一緒ならより深い階層に行ってもいい。……冒険者は一人で強くなる人も居ればパーティを組んで全体的に強くなる人も居る」

 

 ベルは一人で強くなる想定で戦っていた。もちろん、それは無茶なことだと分かっている。

 オラリオに来たのは英雄になる為だ。それは複数ではなく単独でなるもの。

 実力不足であることを自覚しているので英雄というのは現時点では到達目標にすぎないし、一人でなければだめだとも思っていない。

 ただそういうものだと思っているだけだ。

 

「強くなると言っても技術や【ステイタス】の問題で解釈が変わる。君の場合はどうなんだろうね」

「僕のイメージだとモンスターを簡単に倒して深い階層を攻略する感じです」

「……そんなことが簡単に出来たら皆英雄だ。残念ながら凶悪なモンスターは君のイメージより凶暴で防備が厚い。安物の武器が通じるのは上層まで。そして、技術が無い冒険者がいい武器を持っても駄目」

「……そういうものですよね」

 

 現実的に無茶なことを言っている自覚はある。だが、強者が簡単に深い階層に行くのは楽にモンスターを倒しているように感じてしまう。

 その前段階の努力について全く知識として持っていないのも原因だ。

 大勢の冒険者は深い改装に行くだけの努力と技術を身に着けているからこそ成し遂げている。

 楽して気軽に向かえるほどオラリオのダンジョンは甘くない。アドバイザーもそう言う。

 

「強くなる指針を決めておくといい。優柔不断なままだと【ステイタス】も不安定なままだと思うよ」

 

 棒読み気味に聞こえるユーカリンの言葉だがベルの心にはしっかりと響いた。

 最近お世話になっている『青の薬舗』に居る犬人(シアンスロープ)の店員にちょっと似ている気がしてきた。

 間延びした喋り方ではないけれど似た者同士のような――

 

        

 

 ユーカリンと共にダンジョンに潜って一時間が経過した時に小休止に入った。

 現れるモンスターを危なげに規定数倒したベルをまずは褒める。感情がこもって無さそうな声だが本人は感心していた。

 入団してからモンスターにひるまずしっかりと戦闘をこなせる者は意外と多くない。

 ケガをして恐怖を覚える駆け出し冒険者というのは多いものだ。大手【ファミリア】の団員の中にも戦闘に加わらず補佐だけしている者が居る。

 全員が優秀で強者なわけではない。

 

(戦闘に慣れたとしても一度大きなけケガをしたら戦えなくなる事もある。ベルの場合はどうなんだろうか)

 

 下層に居るミノタウロスは確実に強敵だ。調子に乗ったベルにぶつければ間違いなく恐怖する筈――逆にそれすらあっさり撃破するようであれば脅威だけれど。

 その前に大量に現れるキラーアントやヘルハウンドの攻略もあった。

 

(着実に実力をつけさせるなら地道な攻略がいい。このまま戦闘を継続するか)

 

 そう判断したユーカリンは二階層にベルを連れていく。

 今日の目標は三階層までしっかりと戦うこと。それと魔石の回収だ。

 戦闘一辺倒だけが冒険者の仕事ではない。いずれ素材採集の仕事も(おこな)うことになる。

 周りに警戒しつつ地形を把握する事は冒険者にとって必須である。

 

「【ステイタス】の数値はこうして戦っていれば上がっていくんですよね?」

 

 二階層のモンスターを倒した後でユーカリンに尋ねた。

 確かに考え方としては間違っていない。戦闘せずに数値が勝手に上がるなど聞いたことが無い。

 団長のポランはその中でも特殊だと聞いているが彼女を基準にするわけにはいかない。

 

「正確には自分にとって強敵となるモンスターと戦う事だよ。雑魚だと感じたモンスターならいくら倒しても数値は増えない。……または増えにくくなる」

 

 もし、戦闘を続けるだけで数が増えるなら今頃多くの冒険者は第一級になっている。そうならないのは数値の増加が(かんば)しくない場合が多い。

 レベル(ツー)になるのに何年もかかる冒険者がたくさんいる。ベルも一年でどれだけ数値を伸ばせるのか、()()分かっていない。

 

「下層に挑むためにはモンスターの事をしっかりと学ぶことだ。その中でも疲労は大敵。バックパックを持たないままどんどん降りていくのは自殺行為ともいえる」

「はい」

 

 今回は浅い階層での鍛錬なので二人とも身軽だった。というよりは深い階層に行かない意思表示ともいえる。

 後は――他の冒険者に襲われても何も取られないようにするため、というのもあった。

 全ての冒険者がモンスター()()を倒すわけではない。

 【ファミリア】同士の抗争や弱者いじめも起きる。中には犯罪者も。

 

(……攻撃をあまり受けていないところから彼の『耐久』は低い筈……。少し痛めつけるか)

 

 程よく能力を増やす事も時には必要だが方法は人それぞれである。

 ベルはユーカリンより弱い。このことから仲間同士で戦う事も【経験値(エクセリア)】を増やす方法の一つと考えられている。

 一通りモンスターを駆逐した後、ユーカリンは武器を構えるようにベルに指示した。

 冒険者は時には対人戦も経験する。

 

「黙って攻撃を受けるのは怖いだろうから……。適度に当てるけど、気を抜かないように」

「よ、よろしくお願いします」

「……君、痛めつけられることが怖いとかある?」

「故郷で小鬼(ゴブリン)に殺されそうになった事があります。全く無傷ということはありません」

「……そう。これから先、もっと痛い思いをするかもしれない。嫌なら早めに冒険者を止める事だ。命は大事だから」

 

 そう言いおいて体勢を低くする。

 対するベルもどんな攻撃が来てもいいように武器を身体に近い位置に置く。

 

        

 

 ユーカリンはベルにいきなり本気を出さず、彼の身体の動きに合わせて攻撃を繰り出す事に終始した。

 時には身体に当てるものの打撲程度で済ませている。

 攻撃が当たるからと言って油断だ、とは言わない。今回の目的は『耐久』を増やす為だから当たらないと困る。

 避けるだけだと『敏捷』が増える。

 痛みから逃げるのはこの先の攻略において辛くなるだけ。

 

(……黙って受けるところから相手の動きに合わせていくまでが大変……)

(的確に身体に当ててくる。動きが見えるのに……。これが本来の冒険者としての動き?)

 

 相対するユーカリンは涼しい顔のまま。呼吸をしていないのではないかと思わせるほど平坦な様子だった。

 ベルは次第に額から汗が流れ始め、呼吸が苦しくなってきた。

 襲ってくる攻撃に懸命に対処しようと頭を働かせた。

 

「身体全体を使って。剣だけで強くなろうとしない」

「……は、はい」

「もし君一人だけなら誰も助けてくれない。疲労は大敵だから……。その辺りの事を忘れては駄目だよ」

 

 筋肉痛で動けない、と言ってもモンスターは平然と襲い掛かってくる。

 動けるうちは懸命に考える。諦めるのは簡単だ、と言葉が飛んでくる。

 

(今回はアイテムを持ってきていない。その上で僕は生きて帰らないといけない。敵を倒す事ばかりじゃなくて生き残る事を……)

 

 襲い掛かってくる二刀の小太刀を受けたり避けたりするベルにユーカリンは感心した。

 かなり痛めつけている筈なのに弱音を吐かない事に。

 人のよさそうな顔をしているベルはモンスターが怖いとか痛いから嫌だ、とか言わない。

 上層だからまだ気持ちに余裕があるのかもしれない。だが、だからといっていきなり下層に放り込むのは早いし、アドバイザーに文句を言われる。それはユーカリンとして面白くない、と。

 

(劇的な増強にはならないけれど、ベルはよく動けている。それに意外と積極的だ)

 

 英雄に憧れている、という言葉に嘘は無さそうだ。そうユーカリンは思い、武器を納めた。

 一旦小休止しないと鍛錬としては長続きしないので。

 常に死と隣り合わせのような鍛錬をする上位【ファミリア】から見れば甘いかもしれない。

 

(ベルに見合った戦い方というものがある。不向きな戦い方ばかりでは成長が見込めない)

 

 戦闘スタイルというものが冒険者にはある。

 魔法が得意な者。斥候のような探索が得意な者。戦わない荷物運びであるサポーターもまた大事な仕事だ。

 ベルは軽戦士系だ。大きな武器を持つ重戦士には向かない。

 攻撃を受け持つ防御型も似合わない。

 

「軽戦士は防御が薄い。だからこそ攻撃が当たってしまうと動けなくなる。攻撃にある程度の耐性があれば長く戦闘を続けられる」

「……えーと、体力はどうなんでしょうか?」

「継続戦闘の事?」

「たぶん……」

「ランクアップした冒険者は通常よりも長く戦闘が出来るようになれる。身体のつくりが変わるような感じかな。理屈までは分からないけれど」

 

 普段は物静かなユーカリンだが質問には今のところ淀みなく応えてくれている。

 全く喋らない寡黙(かもく)な女性というわけではない事をベルは理解した。

 表情の変化こそ目立たないが不機嫌になる様子を見せていないので嫌われているわけではない、と。

 

        

 

 ユーカリンとの戦闘訓練の後、一日挟んだ次の日ゼゼナとの訓練に臨もうとベルは考えていた。団長はやめた方がいいと言っていたけれど、気になっていたので無理を通してみる事に挑戦した。――が、結果は相手にしてくれなくて断念せざるを得なかった。

 雰囲気的にベルが存在していないかのような感じだった。話しかけていくと自然と恐怖が募ってきて、気が付くと言葉が止まっていた。

 身体が彼女に関わるなと警告を発しているような感じになり、緊張の為か身体が汗まみれになっていた事に遅れて気が付いた。

 【ヘスティア・ファミリア】の一員となってからゼゼナに関わるな、とは言われなかった。しかしそれは関わるだけ無駄だ、という意味にも取れる。

 団長も神ヘスティアも多くを語らない不思議な団員。人間(ヒューマン)でありながら謎の多い人物だ。

 アドバイザーであるエイナ・チュールも苦笑を浮かべつつ言葉を濁していた。

 

「うーん。……シャフラー氏の事はギルドでもタブー扱いのよう……。というより詳しい情報が無くて……」

 

 権限の問題でアドバイザーに開示できないだけで情報自体は存在するはずだとエイナは予想している。

 現に【ヘスティア・ファミリア】の団員として登録されている人物だから。

 

「分かっていることは彼女は数多(あまた)の【ファミリア】を渡り歩いている……。神様なら色々とご存知かもしれないけれど……、ギルドとして情報を出すのは難しいようよ」

「そうですか」

 

 直接聞いてみたがゼゼナは無視し続けた。だからこそエイナに尋ねているわけだ。

 ヘスティアは中立を保ち、個人情報を教える気は無いと明言していた。

 

「罰則についてですが、これも非公開扱いになっているわ。余程の悪さをしたのか、それともギルドが何らかの弱みを握られているのか……。後者はあり得ないんですけどね」

 

 彼女の罰則を制定したのが神の集会『神会(デナトゥス)』だということ。ただし、詳細はギルド職員に伝えられていない。しかし、ギルド長だけ承知している気がするとエイナは言った。

 ちなみに罰則となっているが罰金ではなく、正式な手続きを踏めばダンジョンに潜れる。

 

「一階層につき一〇万ヴァリスの保証金を納める。武器の持ち込みは数人のギルド職人の確認作業が必要……。活動報告の書類の提出などですね。一般の冒険者に対するものとしては厳重とも呼べる扱いとなっているみたいです」

(僕が普段ダンジョンに行くのにそんな手続きしない……)

 

 聞いているだけでダンジョン攻略の意欲が減退してくる。おそらくそれは他の冒険者も同様の筈だ。

 気の短そうな冒険者をたくさん見かけるので。

 

「例外として第一級冒険者数人の随行がありますね。こちらの方が可能性が高いです」

 

 ベルの【ファミリア】に第一級冒険者は一人も居ない。

 自分の団員なのに正体がまるで分からない。アドバイザーの言葉を受けてより一層不安になってきた。

 ――ただ、ゼゼナが【ヘスティア・ファミリア】に入団した経緯は分かっている。

 前に入っていた【アルテミス・ファミリア】の主神が押し付けたからだ。

 

        

 

 ゼゼナ・シャフラーは普段から本拠(ホーム)に居て、時々姿をくらませる。

 彼女は大体神様の居る場所に向かう。ただ遠くから眺めるだけで近寄ったり話しかけたりしない。

 そして――

 

 神の命令に絶対服従する。

 

 逆に言えば神以外の命令には絶対に従わない。

 廃墟の教会である本拠(ホーム)に戻ったベルは居間に居たヘスティアからそう聞いた。

 本当に絶対かは分からないけれど、と。

 

「あまり他人を詮索しない方がいいよ。彼女に関してはろくなことが無いからね。仲間だとしても……」

「そ、そういうものですか」

「あと、神様なら誰でもいいってわけじゃないよ。彼女にも好みがあるようだから。ちなみにボクの言う事に関してある程度聞いてくれるそうだよ。だから言ってやったのさ。みんなと仲良くするようにって」

 

 その割に仲良くしてくれているようには思えない。

 敵対しないだけマシともいえるけれど。

 勝手に出かけた場合、問題が起きないか、という事について――

 

「たくさんの人というか神に監視されているし、外に出ても散歩しかしない。……例外があるとすれば【剣姫】を前にした時かな」

 

 ベルも【剣姫】についての情報を聞いているので知っている。

 探索系の大手と言われる【ロキ・ファミリア】の眷族で()()()美人な人間(ヒューマン)であり金髪金眼の第一級冒険者(レベル5)だと。

 街の噂の端々に出てくる人物でもあった。

 

(神に対して問題のある眷族()だからベル君に何かをしようというわけじゃないと思うけれど……)

 

 仲間として色々と教えられないのは問題があるな、とヘスティアは苦笑しながら思った。

 戦闘に関してしっかりと戦えているとランテとポランから聞いている。モンスターを前にしても臆せず、逃げ出す事もない。何より――今のところ――不平不満を漏らしたことが無い。

 弱音を吐かないのはいい事だが上層階しか行った事が無いので心配は抜けていない。

 ゼゼナの事を知るにはダンジョンに一緒に潜るのが早道だ。その為には金を稼がなければならない。

 

        

 

 最後の眷族ヴェルゼッタについてベルはついでとばかりに尋ねてみた。

 戦闘しない眷族だが謎が多い人物でもある。

 色白の肌を持つ高貴なエルフの女性としか聞いていない。

 

「彼女は殆ど裏表のない眷族だよ。時たま体調を崩す以外は」

 

 月に何度か高熱を発症し、人事不精に陥る。

 戦闘経験が殆ど無いけれど【ステイタス】はベルに決して負けていない言われている。

 加入する前に様々な出来事があり、身体的に虚弱で厄介な毒に侵されている。それは今もって治癒できない病気だという。

 

「都市最高の治療師(ヒーラー)でも完治は難しいとお墨付きをもらっている程さ。だから君が頑張ったところで徒労に終わると思うよ。エルフ特有の長寿のお陰か、今すぐ死ぬような不治の病ではなく慢性的な付き合いで少しずつ病状を和らげるのが一番だと言われている」

 

 本当は戦闘経験を積んで病気に対する『アビリティ』を取得してほしいと思っていた。

 ダンジョンに向かえば危険だと言われ、他の眷族のみならずエルフのギルド職員から止められてしまう。

 その代わり【ロキ・ファミリア】に所属している本当に高貴なエルフである『リヴェリア・リヨス・アールヴ』には遠慮している。いや、声を掛けられない威厳を感じていた。

 ある意味、ヴェルゼッタに対するものは彼ら(エルフ達)の本音だと理解した。

 

「それよりベル君。質問するからにはそれなりに【ステイタス】が増えたんだよね?」

 

 ポランから聞かされた条件をすっかり忘れていたベルは盛大に脂汗を流した。

 ついつい調子に乗って尋ねてしまった。しかも団長が仕事で不在の時に。

 ヘスティアは神の特権として眷族の【ステイタス】の詳細を知っている。それこそ神にしか読めないとされる【神聖文字(ヒエログリフ)】で――

 

「ボクは出来る限り教えたいと思っているけれど……。後、君の【ステイタス】の伸びはいい方だよ。この調子で二か月くらい頑張れば充分なほどに」

 

 上層の調子から二か月だと言った。

 より下層なら期間が早まる可能性がある。

 戦闘期間が短いにもかかわらず数字伸びは眷族一高くて速い。ポラン達の教育のお陰か、それともベルの潜在的な能力の影響か。

 

「数値が増えても戦闘の実感として分かるほどじゃあないと思うけれど……。これからも頑張れるかい?」

「上層は確かに苦にならなくなってきました。もうじき四階層以降にも挑戦したいです」

 

 やる気に満ちているベルの顔を見てヘスティアはただ微笑んだ。

 神として出来る事は多くない。ただひたすらに自分の眷族を信じて生きて帰ってくるように祈るだけ。

 

        

 

 神に様々な質問をしてしまった負い目からダンジョンでの戦闘により一層真剣に取り組むことにしたベルはランテやポラン、ユーカリンと代わる代わる戦い続けた。

 自分以外の【ステイタス】について秘匿されており、仲間だとしても安易に公開されない。それについてベルは文句が無かった。

 今のところ分かっていることは四人の眷族に『二つ名』があること。それだけでレベル2以上は確実。

 レベル0のポランが『二つ名』持ちなのが少し疑問だったけれど。

 

「オリンピアさんも【ランクアップ】してたんですね」

「……さあて、それはどうかな?」

 

 木剣同士を打ち合わせつつ不敵な笑みを浮かべるポラン。

 虚弱なエルフであるオリンピアについてまだ不明な点が多いのは認めるところ。ベルとしてもどうやって強くなったのか気になる。

 それを教えてもらう為にはポランから課せられた条件を満たす必要があり、現在進行形で頑張っていた。

 

「君が質問ばかりすると脱退した時、こちらの情報がよそに流れてしまうから教えたくないな……。どうしてそんなに聞きたがるのか団長である私は君を疑わざるを得ない」

 

 そう言われてベルは純粋な疑問だった言葉が実がとんでもないことに繋がると気づいて申し訳なくなった。

 確かに【ファミリア】の情報は貴重で敵対者にとって宝とも言える。

 ベルが一生ヘスティアに尽くす保証はない。だからこそ、情報を出し渋る気持ちを考えてこなかった。

 

「眷族としての仲間意識はどこもあまり無いものだよ。彼らが忠誠を誓うのは仲間ではなく神だ。それ以外は形だけ仲間であって、実際には敵同士と変わらない」

「……はい」

「クラネル君。知りたがる気持ちは分からなくもないけど……、他の【ファミリア】に対しても興味があるからといって質問攻めにしないように。間違いなく武器を向けられるから」

「はい」

 

 もし、逆の立場なら確かに怪しむ。

 的なのに聞きたがるものと友情を深めようと思う者は居ない。そして、それは当然だと理解する。

 気さくに話したいだけ、という気持ちも時と場合がある。

 ベルはまだ【ファミリア】や眷族について知らない事が多かった。

 

「下層域に向かう時、帰りも考えなければならない。片道だけで体力を使い切ってはいけないよ」

 

 武器を振るいながらポランは様々なことを伝え、ベルは一つずつ理解しようと努力した。

 【ヘスティア・ファミリア】の団長としてなのか、それとも頼りない男子だからなのか。

 ベルから見てポランは頼れる人間(ヒューマン)なのは間違いない。

 

        

 

 ギルドのアドバイザーから提示された【ステイタス】の規定数値に達したので、より下層に挑戦する資格を得た。ただし、これはあくまで彼ら(ギルド)の指針であって強制力は無い。

 無視して深い階層に挑むこともできるが自己責任だ。何かあってもギルドが責任を負うことは無い。

 

「ブーニディッカ氏達の教訓を受けているお陰か、順調のようですね」

「とても親切にしていただいています」

 

 ハーフエルフのエイナにベルは日頃の様子を伝え、良い返事をもらったところだった。

 彼女(エイナ)は生傷が絶えないベルの様子に不思議と不安は無かった。それはただ単に上層域で仲間と共に訓練をしているだけだから、ともいえる。

 少なくとも彼女(エイナ)は自分が担当している冒険者に死んでほしいとは思っていない。

 職員の仕事をする上で冒険者の死は意外と身近だ。

 

「貸与している武具も取り換えが必要ですね。ここで思い切って新規の武具を購入するのも手ですよ」

「予算的に厳しいからちょっと……」

「ギルド職員が言う事ではありませんが……。時には借金をする事も未来の投資です。下層はモンスターの数も増えますし、収入も当然多くなります。まして、お一人で向かうわけではないでしょう?」

「一人になる事が多くなるかもしれません。他の方が繁盛期に入るらしくて」

 

 暇そうなのはゼゼナを除けばユーカリンだけ。

 神ヘスティアは言わずもがな。ポランはあちこちを掛け持ちしている。

 ヴェルゼッタは都市外に出る予定があって、その準備を整えていた。

 

(ランテさんは主神の面会に度々行っているそうだし)

「……そうですねー。ブーニディッカ氏は……、そろそろ【ガネーシャ・ファミリア】の催しにお呼ばれする時期でもありましたね」

 

 【ヘスティア・ファミリア】は探索系だが探索をほとんどしない【ファミリア】だと言われる所以(ゆえん)だ。

 眷族総出で何かしらの仕事に駆り出されてしまう。

 

「今日は四階層から現れるモンスターについての講義を受けに来た……、という事でよろしいですね?」

「はい。多数のモンスターを相手にする方法などをご教授できれば……」

 

 強くなる冒険者は大体アドバイザーの意見を無視しがちだ。ベルもいずれは勝手に攻略を進めるようになるかもしれない。

 仮にそうであったとしてもエイナに止める権利は無いし、無謀に降りる冒険者に対して生きて帰ってくるように祈る事しかできない。

 己の職務を全うするのがギルド職員としての責務である。

 

(ブーニディッカ氏も最初は真面目で素直な方だったそうですが……。何があって()()()()()のか……)

 

 ポランの担当ではなかったエイナに知る(よし)もない事ではあるが気にしていた。

 ユーカリンも同様だ。こちらは更に謎に包まれている。

 特段の悪さをしたわけではないのに不穏な気配が付きまとう。いや、証拠が無いだけで真っ黒な冒険者だと揶揄されている。

 嘘を見抜く神ヘスティアが何度もギルドに呼び出されたのは記憶に新しい。――結局のところユーカリンが何らかの事件を起こした、という事実は今もって無いのが現状である。

 

        

 

 四階層以降の攻略許可が下りた頃にはオラリオ全体が賑やかになっていた。

 定期的に(おこな)われる催しで露店の数が増えたり、都市外からの客が殺到したり――普段以上に人口が増えたような錯覚を覚える。

 迷宮都市は単に冒険者が地下のダンジョンに潜るだけではない。

 様々な【ファミリア】が多くの客を楽しませる。特に飲食店は稼ぎ時だ。

 

「外が随分と賑わっていますね」

 

 ベルにとって初めての(まつりごと)だ。この喧騒に多少なりとも怖気づく。

 普段は陰鬱な地下空間で戦闘ばかりしている冒険者たちも仕事を休んでバカ騒ぎに参加する。ただし、祭りには喧嘩が付きもので治安維持の【ファミリア】が総手で警備にあたっている。(むし)ろ、この時の為に彼らが存在しているといっても過言ではない。

 

「零細【ファミリア】たる我々にとっては稼ぎ時だよ、ベル君。ゆっくりとお祭りを楽しむ暇なんて無いのさ。でも、君は自由だから楽しんでくれたまえ」

「僕にも手伝えることがあるんじゃ……」

「担当する店がそれぞれ違うから無理だよ。それに……、【ファミリア】としての強制力も無い。それでも手伝いたいって言うんなら……。ポラン君と一緒に行ったらどうだい? 団長のお手伝いなら参加させてもらえるかもしれないよ」

 

 ヘスティアの提案に喜色満面の笑みでベルは頷いた。

 ポランにそのことを伝えると苦笑された。やる気があっても実際の現場はとても厳しく大変である、と。

 ましてベルはまだレベル1の駆け出しだ。争いごとを鎮静化させる実力が無い。出来る事と言えばゴミ拾いや迷子の面倒だ。

 

「あー、後【ガネーシャ・ファミリア】の一員を示す象の仮面を付けなければならないよ」

「仮面ですか?」

 

 大勢が参加するうえで所属【ファミリア】が曖昧というのは治安的にも不味いと説明する。

 半裸になる必要は無いけれど隠れた場所で悪さするのを防ぐ意味があるとか。

 例年のポランの仕事は治安維持ではなくゴミ拾いなどだ。

 

「英雄に憧れる君の場合はダンジョンに挑んだ方がいいんじゃないか? 祭りの開催中も潜っていいんだし」

「何事も経験だと思います」

「対人戦も経験だ。……それでもかい? 冒険者は君が思うほど華やかじゃないよ。ついでに【ガネーシャ・ファミリア】の団員の格好はしなくていいけど、してはいけないわけじゃない」

「は、はい」

 

 思いもかけない言葉を掛けられ返事が上擦る。

 冒険者になって単調な返事しかしていない事にベルは戸惑いっぱなしであった。だが、いつも懇切丁寧に教えてくれるのでありがたいと言う気持ちが大きかった。

 

 

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