Untold Myth   作:トラロック

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#5-07 伏字の冒険者

 

 いくつもの仕事を掛け持ちする団長ポラン・ブーニディッカの仕事現場の一つに【ガネーシャ・ファミリア】がある。

 新人冒険者たる白髪(はくはつ)の少年ベル・クラネルにとってその【ファミリア】の情報はまだなく、団長に詳細を教えてもらいながら向かっていた。

 迷宮都市オラリオの中で眷族数を一番多く抱えており、治安維持は勿論年中行事を担当し、住民達に笑顔を振りまくことを生業(なりわい)としている。

 規模の大きい【ファミリア】であるが探索系の中で一番というわけではない。

 

「主神であるガネーシャ様は人当たりの良い神様だから怖くないよ」

「……団長はどうしてそこで働いているんですか?」

 

 聞かれるだろう事を予測していたポランは軽く唸りつつ咳払い後に語り出す。

 昔、色々とやらかして冒険者の仕事を取り上げられた時に紹介を受けたことがきっかけだ、と。

 度々聞く団長の失態は確かに聞くのが怖いくらい多岐に渡るらしい。ギルドのアドバイザーですら口を(つぐ)むほど。

 見た目は優しそうで温和な女性なのに、とベルは疑問を抱く。

 

「受けた恩に報いるのも冒険者の務め。……私はその縁で機会がある時に顔を出すようにしている。団員達とも良くしてもらっているよ」

 

 ベルにとって謎の多い人物となっているポランだが外を出歩けないような危険人物とは思えなかった。

 普段の暮らしでも特段の異常性は確認できない。では、いったいどういう事なのか、少しずつ気になっているところだった。

 

        

 

 ポランとベルが外出している間、留守番役となっている高貴なエルフことヴェルゼッタ・オリンピアは共同ベッドの上で唸っていた。――より正確に言うならば苦しんでいた。

 助っ人のランテは定期的にダンジョンに潜ったり忙しく、ユーカリン・ナナツタエも日課と称して出掛けていた。

 必然的に残っているのは謎多き眷族ゼゼナ・シャフラーと神ヘスティアとなる。

 ――だが、今回は本拠(ホーム)に来客を招いていた。

 ベル達と入れ違いに訪れたのは腰まで長い翡翠の如き髪を持つ高貴なエルフの冒険者『リヴェリア・リヨス・アールヴ』だ。

 

「折角来てもらったのにオリンピア君の体調が悪くてね」

「……いいえ。時期的に不調だろうと予想していました」

 

 ゼゼナはヘスティアの側に居るが来客の相手はしない。なので必然的に家主としてヘスティアが飲み物やお菓子をリヴェリアの前に置く。

 このやり取りも長く続いているのでお互い勝手知ったる様子で佇んでいた。

 

(……相当苦しそう、という事だから。明日が山場……、といったところか)

「新しい眷族が来てからあの子(オリンピア)はどうなんでしょうか?」

 

 と、リヴェリアがヘスティアに尋ねた。

 定期的に訪れているとはいえエルフの感覚は人間と違い、少しの間が数か月も離れる事がよくある。

 質問を受けた幼神(おさながみ)ヘスティアはヴェルゼッタの容態を正直に告げる。

 エルフの体調はエルフが一番詳しい。そして、リヴェリアは半ば後見人のような存在である。

 【ファミリア】こそ違うが同胞(エルフ)として助力を惜しまない事をヘスティアに誓ったほど。

 

(神ヘスティア以外が出払っているからか……。この眷族(ゼゼナ)が離れないのは)

 

 敵を見るような虚ろな瞳でリヴェリアを見つめつつヘスティアの側を離れようとしない。

 必要以上に近づこうものなら威嚇してくる。

 神が居ない状態の時、一人で散歩するゼゼナであればリヴェリアが近づいても無視したり相手にしないような無関心さを見せるが身を寄せた神が近くに居るだけで随分と態度が変わる。

 そんなゼゼナも命令を受ければヴェルゼッタの面倒を見る。

 

「必要以上にベル君に近づくことはないけれど……。あれは……きっとベル君が困っていたように見えたんだろうね。他にもたくさん眷族候補が居ただろうに……」

「最初に聞いた時は驚きましたが……。失われた記憶に近しい者として感じたのか……。三人居た、という従者の一人と重なったのかも……」

「それはどうだろう。君のとこの狼人(ウェアウルフ)君のように従者の名前で呼んだことないから」

 

 ヴェルゼッタは時々、故郷で自分の従者だった者の名前を言う事がある。

 三人共に亜人(デミ・ヒューマン)で、一人は狼人(ウェアウルフ)。名前は『リュカ・ロー』という。

 残り二人の内、名前までは思い出せなかったが猪人(ボアズ)が居るところまでは判明した。

 

「白い兎っぽいとも言っていたから……。最後はおそらく兎人(ヒュームバニー)かもしれない。……あー、早くアレスが来ないかな。もし、来たらしっかりと聞いておくれよ。報酬は出せる限り頑張るからさ」

「その点は既に承知しております」

「それで……、今回の旅は長くなるのかい? また違う里に行くそうじゃないか」

 

 里を追われた多くのエルフ達は各地の森へ散り散りに逃げ延び、腰を落ち着けた場所を新たな里として今は平和的に暮らしている。その辺りの事情をヘスティアは詳しく知らないが過去に大きな戦乱があった歴史として承知していた。

 リヴェリアはエルフの代表として度々慰問のような催しに呼ばれる。

 多くのエルフたちの希望の星として。しかし、ヴェルゼッタの出現により、取っつきにくそうなリヴェリアの代わりとして各地の里に住む多くの同胞から――最近は顕著に――招待を受けるようになった。

 ダンジョン探索を休止し、オラリオの外に出かける事にヘスティアは最初戸惑ったが人助けなら協力したいと言ったヴェルゼッタの言葉を尊重することにした。――神は眷族を応援する立場なので断ることが出来なかった。

 

「半月を予定しています。……私よりも彼女のお世話が出来ると意気込んでいるエルフが多いので心配は無いかと」

「高貴な王族(ハイエルフ)が気難しいっていうのは君のせいじゃないのかい? それとも気さくなオリンピア君が特殊なのかい?」

「……どちらでしょうか」

 

 リヴェリアは苦笑として答えを濁す。

 雰囲気から自分が気難しいばかりにエルフの仲間達が怯えているのは知っていた。そこにとても優しい王族(ハイエルフ)が現れればそちら(ヴェルゼッタ)に流れるのは必然だと言える。

 人気を取られるのは面白くないが必要以上に構われる事も好きではなかったので分かっていても利用してしまう。

 

「……なんにしてもあの眷族()をよろしく頼む」

 

 神であっても頭を下げる。それが例え下界の住民でも。

 ヘスティアの素直な礼にリヴェリアも丁寧に返礼する。

 

        

 

 廃墟の本拠(ホーム)から出たリヴェリアは【ロキ・ファミリア】から連れてきたエルフ達に手を振る。

 今回の面談はゼゼナが居るので眷族を下がらせていた。そうしないと要らぬ犠牲者が出ていたかもしれない。

 殆どダンジョンに潜らず、【ステイタス】も不明な相手にリヴェリアは最大級の警戒をしていた。

 

(……この私が脂汗にまみれるとは……)

 

 噂でしか聞いたことが無く、今は殆ど知る者が少なくなったがオラリオにて()()()脅威なのは意外と身近に居た。しかし、脅威ではあるが扱い方さえ誤らなければ――

 今でこそ都市最強と言われる【猛者(オッタル)】という冒険者が居るがゼゼナは既存の冒険者を遥かに凌駕するという。

 

(あれでレベル(ツー)というのは確かに詐欺だ。あまり相対したくないが……。【アストレア・ファミリア】や【アルテミス・ファミリア】に居た頃の奴はどうして大人しく出来たんだか……)

 

 長く生きる王族(ハイエルフ)だからこそ知る情報であるので人間(ヒューマン)や若い世代には全く知る由もない。しかし、確かにそこに居る。

 散歩気分でダンジョンに潜り、僅か一日で【ランクアップ】してきた化け物が。

 あまりの速さにギルドが大混乱。勿論、神々の間でも。

 ゼゼナが加入する当時のヘスティアは知らなかった。

 一言命令しただけで目的を達してくる、などということを。

 前に加入していた【ファミリア】の主神アルテミスは言った。

 

「こやつは命令すれば()()()()()()()()。試しに【ランクアップ】してこいと言おうものなら……」

 

 と、ゼゼナことメンテを恐れていたアルテミスの言葉を全く信じなかったヘスティアはそれ(ランクアップ)を命令してみた。そして、戦慄し、後悔した。

 通常【経験値(エクセリア)】は自分より強いモンスターや強敵と戦う事で増える。それなのにゼゼナが取った方法は一足飛びで深層域まで突入し、視界に入ったモンスターを全て屠った。

 どういう方法でそれが可能になったのか、ヘスティアは勿論知らなかったし、理解できなかった。――アルテミスも推測しかできなかった。

 自分の眷族だった頃には一度も見せたことが無い彼女の『スキル』ではないか、と。

 

「……全アビリティ……表記不能……」

 

 一通りモンスターを殲滅し終わり、全身血まみれのまま笑顔のゼゼナが戻ってきた事に――当たり前のように――最初は驚いた。だが、それだけで終わりではなかった。

 戦闘を終えた彼女の【ステイタス】を確認した時、(まさ)に天啓のように眼をむき、神でありながら恐怖を覚えたものだ。

 神生(じんせい)は下界の住民より長いと自負している神にも驚くことがたくさんある、と認識した瞬間であったかもしれない。

 現在は【ランクアップ】したので『アビリティ』の数値はリセットされている。その後、彼女の【ステイタス】がどうなっているのか見るのが怖くなった。

 それと彼女が掃討した影響からか、全階層のモンスターが数日間現れなかった珍事が起きた。――一週間ほどでモンスターが再度生まれるようになったけれど、彼ら(モンスター)が何だか怯えているようだった、との噂があったとかなかったとか。

 前代未聞過ぎて恐怖を覚えたギルドはゼゼナの公式記録から様々なものを封印、または抹消する事態に――

 ゆえに現時点でゼゼナは――暫定的に、だが――レベル2でありながら駆け出し冒険者であり、到達階層は一階のまま固定された。

 

「リヴェリア様、どうぞ」

 

 ゼゼナの事を考えると第一級冒険者なのに駆け出しのような心境になってしまう。

 沈着冷静でいようとすればするほど真の化け物に対して怖気づいてしまう。そして、自分に怖いものがあるのだと自覚し、生きている事に感謝する。

 【ファミリア】の仲間からハンカチを受け取り、額の汗を(ぬぐ)う。

 

「神ヘスティアだから無事なのか? あれは野心を持つ神には渡せないな」

「そんなに凄い眷族なのですか、ゼゼナという女性冒険者は」

 

 レベルで言えば(スリー)である第二級冒険者のエルフが首を傾げつつ尋ねてきた。

 知らない相手からすればゼゼナの恐ろしさはいまいち伝わらない。それもまた仕方のない事かもしれない、とリヴェリアは嘆息する。

 

「黙っている分には害は無いのだがな。神の命令に盲目的なまで従順だという。……しかし、神ならば誰でもいいわけではない」

「確か神アポロンの命令は聞かないんですよね?」

 

 好き嫌いがあって助かった、と心の内でリヴェリアは思う。本当は好き嫌いは無い方がいい、と普段であれば言っているところだ。だが、ことゼゼナに関しては様相を異にしなければならない。

 

「神ヘスティアの側に居るあいつは私をいつでも殺そうと窺っている眼をしていた。今回加入した神を気に入っているようだから、迂闊なことを言えば……本当に殺されるかもしれない」

「レベル2の冒険者がリヴェリア様を!?」

「情報収集は大事だ。……それと聞いた情報によればゼゼナはオラリオの住人や【ファミリア】を潰そうとしないそうだ。襲ってくる敵ならば殺すかもしれんが……」

 

 信憑性で言えば実のところ怪しんでいる。確認したことが無いから。

 その情報の出所はゼゼナをオラリオに派遣した張本人であり、今も彼女(ゼゼナ)が慕う一柱(ひとはしら)の神だ。

 その神は度々こっそりとゼゼナに会い、オラリオで大人しく暮らすように、と声をかけているらしい。物騒な事態に発展する事を望んでいないともいえる。

 

        

 

 本拠(ホーム)に向かいながらリヴェリアは仲間に言える範囲を伝えた。特に新人は無鉄砲が多い。

 王族(ハイエルフ)に危害を加える人間(ヒューマン)の存在を許せるはずが無い、と思っている(ふし)があるからだ。

 

「神ウラノスの前で様々な誓約書を書いた、とも聞いている。単なる私怨でちょっかいをかけてはならない」

「……はい」

「神の命令があるとしても仲間との協調性について疑問が残る。【アルテミス・ファミリア】時代はよくケガをしていたと聞く」

 

 言葉だけだと理解に苦しむ。しかし、真相を知れば納得する事がある。

 ゼゼナは神の命令に絶対に従う、という確実性が実は無い。それが(しん)だと証明されたわけではないから。

 

(神アルテミスが奴に下した命令……、というよりは会話が大事ではないかと私は思う)

 

 つまり神アルテミスは『ダンジョンに潜って痛い目に遭ってこい』と事前に口走った為に怪我をした、とも考えられる。

 それが真実かは確認していないのでリヴェリアの憶測にすぎない。

 そんな思索に耽っているとエルフの冒険者たちが騒ぎ出した。どうした、と尋ねると話題のゼゼナが来たという。

 臨戦態勢に入る眷族たちに武器を納めるように命令する。敵対【ファミリア】だとしても喧嘩を売りに行ったわけではないのだから、と。

 途中まで来たゼゼナの表情はきつめだったがリヴェリアの顔を見て頭を深く下げた。そして、謝罪を終えた彼女はそのまま来た道を引き返す。

 

(威嚇などしたことを謝ってこい、とでも言われたのか。……命令だからなのか、素直なのか……。掴みどころのない奴だな)

 

 ここ数年ゼゼナが問題行動を起こした噂を聞いたことが無い。特に【アストレア・ファミリア】からだったか、と記憶を探るがそれほど昔の事ではない筈だ、と。

 暴風のような災厄が過ぎ去った後、物陰から顔を出す人物がリヴェリアを取り巻くエルフ達に声をかけてきた。

 頭部に無数の花飾りを付け、黒いローブをまとった女神。その姿にリヴェリアは覚えがあった。

 ゼゼナをオラリオに派遣した張本神(ちょうほんにん)『ヴェーラ』その(ひと)であった。

 

        

 

 【ヴェーラ・ファミリア】の主神は迷宮都市オラリオからかなり離れた小さな村で暮らしている。物資や資金稼ぎに度々オラリオに訪れる。

 【ファミリア】の規模は下位に位置する。団員数もそれほど多くない。だが、過酷な環境で育った眷族のレベルはどれも第二級である。

 

「エルフ共、無事だったようだな」

 

 女神を前に王族(ハイエルフ)が片膝をつく姿勢を取ったので取り巻きのエルフ達もすぐさまそれに倣った。

 悪戯っ子のような目をエルフ達に向けるヴェーラは少しバツが悪そうな態度であった。

 

「ご無沙汰しています、女神ヴェーラ」

「お忍びだから堅苦しい挨拶はいいよ。……それより、なんか悪かったな。うちの(メンテ)から嫌な事でも言われたか? (育ての親)として謝罪しとくぜ」

「いいえ。彼女とは何もありませんよ」

「アタシがここに居るのは内緒な。……他のエルフ共も……。色々と思うところがあるかもしれねーが……、眷族同士仲良くしてやってほしい。正直、ロキがどうなろうと知ったこっちゃねーが」

 

 言いながらも挙動不審な態度を取るヴェーラ。

 何やら言いたそうにしているものの上手く言葉に出来ないようだ、とリヴェリアは推測する。

 郊外に存在する【ファミリア】は全てオラリオと敵対しているわけではない。その中で【ヴェーラ・ファミリア】は噂が届きにくいほど辺境に存在している。それこそギルドの古い情報を漁ってもなかなか出てこないくらいに。

 

「……神ヴェーラ。正直、あの眷族とどう付き合えばいいのか測り兼ねております。言える範囲でいいので、ご教授願えませんでしょうか?」

「そりゃあ……それはアタシが知りたいことだ。これが正しいと……言えない」

 

 手振りで立つようにヴェーラが指示したのでリヴェリア達は臣下の礼を解く。

 言える範囲でいいなら【ロキ・ファミリア】に案内してくれ、と言ってきたので了承する事にした。

 女神を守護する眷族の存在が無いのが疑問だったが、先ほどの『お忍び』という言葉から勝手に来たのだと理解する。

 リヴェリアの知るヴェーラは掴みどころのない点では他の神々と同列である。だが、今の彼女は娘の成長を見守る良き母親のような雰囲気を持っていた。

 自身もアイズの教育係として母親扱いされているので気苦労は大体共有出来るのではないかと考えた。

 

        

 

 すぐ帰るから長居しない、とヴェーラは言いつつ【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)『黄昏の館』に訪れた。それと彼女(ヴェーラ)がここに来るのは初めてではない。

 門番はヴェーラの姿に驚きつつ警戒を緩める。

 神が相手の場合は何処の眷族も強硬に出る事が難しい。

 

「お帰りなさいませ、リヴェリア様」

 

 館の中で出迎えたのは留守番役のエルフ『レフィーヤ・ウィリディス』という少女であった。

 ゼゼナとの接近により何も無かったのに強敵とまみえたような雰囲気を醸し出す御付きの眷族(エルフ)たちの様子にレフィーヤは首を傾げる。

 

「なんや、ヴェーラやないか」

 

 二階に向かう階段から彼女達の主神ロキが姿を現す。

 赤毛で少年のような細い肢体を持ち、ヘスティア達にいつも『無乳(むにゅう)』だの『絶壁』だのと揶揄されるほど胸が無い。それでも彼女はれっきとした女神だ。

 糸目と称される細い目で来客たるヴェーラを見つけ、少しだけ警戒する。

 

「おー、ロキ。邪魔するぜ。エルフ達と単なる世間話しに来ただけだ。後、酒は要らねー。悪酔いしそうだからな」

「そういうわけだ、ロキ。神ヴェーラと少し話しをする事になった」

 

 にこやかに手を振りつつ愛想を振りまくヴェーラに対し、気持ち悪いものを見るような目で唸るロキ。

 度々ヴェーラの事で【ファミリア】が混乱に陥った経験を知るロキからすれば厄介な隣人であった。

 

(うわっ、気持ち悪い笑顔を見せおって。何企んでるん、自分)

(茶菓子くらい出るかな……)

 

 ヴェーラはロキの懸念とは全く違う思考に囚われていた。

 正直者として有名なヴェーラは友神(ゆうじん)として付き合うには厄介な性質を持っている。――だが、ここしばらくはとても大人しく過ごしており、素直な面を見せる機会が多かった。

 ロキはそんな状況を全く把握していないので未だに苦手としていた。

 

        

 

 客室に案内されたヴェーラは【ロキ・ファミリア】の眷族たちに囲まれる形となった。

 エルフだけ集まるものとヴェーラとリヴェリアが想定していたがゼゼナの事に興味を持っていた眷族が()()()多い事に驚いた。

 

(どいつもこいつも第二級以上じゃねーか。……これでもまだフレイヤよりましなレベルなのか? 何人かくれねーかな)

 

 と、本音を思いつつも辺境の暮らしは楽ではない。都市の利便性を考えれば脱退はあり得ないものだと思われる。それに――見返りを用意することが出来ない。

 苦笑を浮かべていると幹部候補が姿を見てきたので周りの眷族たちが驚きに包まれる。既に入室しているリヴェリアを除けば大事(おおごと)になりつつある雰囲気だった。

 

「【剣姫】は居ないのか?」

 

 ゼゼナの友人として長い付き合いがある眷族の『二つ名』を言った。すると即座に答えが返ってきた。

 武器の資金稼ぎのためにダンジョンに潜っている、と。

 

「じゃあ、堅苦しい挨拶は抜きだ。ここではゼゼナと言われるあいつはアタシの命令を一番に優先する。度々呼び出されるんで色々と修正しているんだが……。初めての土地だからか、上手くいかねー。アタシの目的がまっとうに成功したためしがないから仕方ねーけど……」

 

 ゼゼナは普通の人間(ヒューマン)ではない。まして亜人(デミ・ヒューマン)の枠組みにも入れられない。

 多くの人々の願いが生んだ正真正銘の化け物だ、とヴェーラは告げる。ただし、これは既に語られているゼゼナの情報でもある。

 神の言葉で簡単に言えば『人間サンドバック』だとか。

 

「強い冒険者が居るオラリオなら平気か、と思って放り出したんだが……。後の祭りだったようだ。元々大人しい性格だったんだ。だからこそ、アタシも驚いたよ。何とかしてくれと言われてもどうしようもない。アタシが教えてほしいくらいだ」

「では、元々は危険性について分かってなかった、という理解でいいのか?」

「化け物であることは変わりねー。それはそういうもんだとアタシは思ったし、その後の事までは知らなかった。アストレアとアルテミスも役に立たない眷族としてしか使ってなかったみたいだし、その前に所属していた【ファミリア】の神共もすぐに手放すくらいの役立たずだっていうのは理解していたはずだ」

 

 ギルドの情報にあるゼゼナが所属していた【ファミリア】は分かっているだけで三〇を超える。

 大半が一年で――改宗(コンバージョン)の条件が最低一年【ファミリア】に所属していなければならない――放り出されている。それくらい彼女(ゼゼナ)は何の役にも立たなかった、と思われ続けた。

 サンドバックに使う以外に価値のないゴミとして捨てたのだから当然だ。

 

「なんだっけ、闇派閥(イヴィルス)? そいつらすらゼゼナを使いこなせてねー。つまりその程度だった。何の脅威も無いゴミとしか認識できなかった」

「………」

 

 表現が悪いのは今に始まった事ではないが聞いている新参の冒険者は身を乗り出そうとするところまで怒りを覚えた。

 所属する神にゴミと判断される事に一言文句でも言わなければ気が済まない、とでもいうように。

 古株の冒険者は苦笑したり、呆れるだけで何も言わない。

 

「エレボス、モロス、ケール、ヒュプノス、モーモス、アパテー、ピロテース……。名だたる邪神が居たらしいが半数はゼゼナに潰されたんだっけ? その辺りは詳しく知らないんだけど」

「大量の闇派閥(イヴィルス)の眷族が倒されたのは知っていますが……。犯人が彼女だと断定されたわけではありません。あと、神の送還までには至っていないのでは? 彼女は邪神でも手にかけないのでしょう? ……正確には神に手出ししない、とか」

「アタシの(あずか)り知らぬところの惨劇について責任を押し付けられても困るが……。オラリオで皆殺しにしてこい、とか都市を潰してこい、とは言っていない。最初の命令は確か、そこ(オラリオとかいう都市)で死んで来い、だった筈だ。……だが、メンテは死ななかった。ここに来て何らかの命令を優先した、んだと思うが……。……その分岐点となる命令が何だったのか……」

 

 育ての親たるヴェーラの命令こそが至上である。――と言った当人(ヴェーラ)も思っていたほど。それなのに結果は違っていた。

 最新の主神はヘスティアだが、彼女の命令ではない事は確実だ。一周回ってヘスティアに来た、という事も予想されるけれど――

 

「あまりに化け物扱いし過ぎて付き合い方を考えてこなかった。……今は反省しているさ。陰ながらメンテの様子を見たりするようにしているし、ギルドの要請にも従っている。そして……、こうしてお前たちにも話せるようになるとは……。これも時代かねー」

 

 ヴェーラの知るメンテという眷族は不死性を持つ化け物で倒しようが無い存在だった。

 不死と言っても死なないだけでケガをしたり病気になる事がある。決して完全無敵の存在ではない。

 どうしてそんな眷族を生み出したのか、というのはヴェーラが面倒を見ている小さな村に原因があった。

 その原因を解消する為には恒久的に仕事をこなせる生贄が必要だった。不死性は偶々(たまたま)だが――

 この辺りについての事情はヘスティアにも伝えてある。問題は今現在の状況だ。

 ゼゼナは既にヴェーラの知る人間サンドバック――いや、単なる役に立たないゴミではなくなった。

 迂闊な命令一つで都市を滅ぼす爆弾のようなものと化している。というかそういう認識をギルドに持たれてしまった。

 

「そうそう、忘れるところだった。メンテの前で神の悪口は言うな。特に所属している主神はちゃんと確認しておけ。神に危害を加えるな、という命令は今も有効の筈だからな」

「はい」

 

 ゼゼナの居ないところでなら好き放題悪口を言ってもいい。

 次にリヴェリアに対する威嚇について尋ねる。

 質問に対してヴェーラは可能な限り答える。そこに嘘偽りは存在しない。

 掴みどころのない神々が多く存在する中にあってロキも認める事実だ。

 

「ヘスティアを気に入っている証拠だ。本当なら話しはそれで終わりだが、あいつの眷族もまた凄いな。アタシは驚愕したね。どうしてメンテと()()()付き合えるんだ、と」

 

 神として長く生きているが理解が追い付かない、と口に出すほどの感想を抱いた。

 度々ゼゼナの様子を見ていたヴェーラにとって【ヘスティア・ファミリア】の団員は末恐ろしい存在に映っていた。最近入った少年(ベル・クラネル)については良く知らないけれど、と。

 

「大抵、メンテを前にすれば王族(ハイエルフ)のお前でも怖気ずく。それが普通の反応だ。未知の脅威を前にしているようなものだからな。なのにあっちは四……いや、三人だな。とにかく眷族全員がメンテを普通の仲間としてしか思っていない。ランテとかいうのは特殊だとしても、だ。……あれはアルテミスの眷族だから無視している気がするが……」

 

 観察したり直接話しをしたこともある【ヘスティア・ファミリア】の団員達は総じて普通の少女としか言いようがない。一応、団長ポランが特殊なのは知っている。だが、それを踏まえても理解できない。

 

 メンテを普通の人間としか見ていない事に。

 

 【ロキ・ファミリア】の【剣姫】だけがそうなのかと最初は思っていた。だが、そうではなかった。

 元々メンテを友人と思ってくれた最初の眷族はヴェーラの知る限り【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインただ一人だけ――

 中々死なない特性を生かし、特訓相手として申し分ないのは人間サンドバックとして当然ともいえる。

 攻撃を受けるだけではなく反撃もする。元々の特性から考えれば戦えないわけではない。

 

(アタシの側に居た頃はとても大人しかったのにな。野に放った途端に色々と問題が出やがる)

 

 オラリオに来てからのメンテの動向について、ヴェーラにも分からない事がたくさんあった。それを踏まえて対処方法を伝えていく。――といっても大した方法は思い浮かばないけれど。

 元々メンテは他人の悪意を受け止める()()の存在に過ぎない。

 育ての親たるヴェーラは彼女に期待したことなどなかった。それでも彼女は神の愛を求めた。

 

(……そして発現した『スキル』が()()とは……。元々備わっていたのかもしれねーが……)

 

 【ランクアップ】した事で色々と分かったことがある。化け物はやはり()()であった、と。

 『スキル』については謎が多く、はっきりと理解したわけではない。というより神にも読めないものだったけれど、感覚として分かる事がある。

 一目見ただけで大体のことが分かってしまうような感覚とでもいうのか――

 

        

 

 ゼゼナが発現させた『スキル』は『愛●●情(ア●フ・●●●・●・ラ●ラ)』という。

 【ヘスティア・ファミリア】に所属する四人に共通した()()()()()()となっていた。

 『二つ名』ですら読めないのに『スキル』まで同様となれば『神会(デナトゥス)』でも騒然となる。

 途中までは誰もが発音できていた。だが、決定された途端に()()()()()()――きちんと発音できなくなるし、文章に起こすと()()()()()()()()――と化してしまう。

 

(ヘスティアが何かしたとしてもあからさまだ。メンテについてはアタシの責任が多いが……。原因がアタシっぽいから知らないフリしてるけど……。なんかごめんなヘスティア)

 

 名称は読めなくなったが効果は読める。それ(内容)まで『伏字』にされてはどうしようもない。

 内容は大方の予想通り――恋愛に関するものとなっていた。

 ――助っ人のランテには全く影響が無かった事を思い出す。

 

(今まで加入した【ファミリア】の奴らは……、特に何も言ってないな。ヘスティアのとこだけ特別なのか?)

 

 疑問が湧いたが今更調べても仕方が無い気もする。

 効果としては何らおかしいところは無く、単なる能力値の上昇程度だと思っていた。しかし、実際はそんな生易しいものではなかった。

 聞いたことが事実なら――いや、事実なのだが――

 ヴェーラはメンテの【ステイタス】を独自に確認する事を今までしなかった。それは単に()()と思ったからだ。そしてそれは最近現実のものとなってしまった。

 レベルこそ低いのだが能力が驚異的過ぎた。数値と現実に大きすぎる齟齬があるといった方が適切か。それくらい乖離が激しい。神と人の差程の開きを誰が予想できるのか。

 

(測定不能と聞いた時は笑っちまった。……苦笑どころじゃねーな。あれは……恐怖で身体がおかしくなった時に出る笑いだ)

 

 神同士でどうしてこうなった、と軽く喧嘩になったのも懐かしいと思えるほど。正直、現実逃避したくてたまらないと思ったのはあの時が初めてだった。

 そんなわけで危険な冒険者と分かってしまったメンテはギルドの制約により探索を禁止されてしまった。ただし、前代未聞の事なので違約金のような罰金を払えばなんとか潜れる程度には緩和できた。

 冒険者なのに一方的に束縛するのはギルド側としても都合が悪かったし、強者を欲しがるフレイヤの口利きがなければもっと騒動が大きくなっていた筈だ。

 互いに零細【ファミリア】であるヴェーラにもヘスティアにもどうする事も出来ず、ただただ指示に従う事となった。

 

 そんな罰金払えるかよ!

 

 と、大きな声で叫びたくなったヴェーラだった。元より責任を負いたくないので今はひっそりと見守る立場になっている。

 【ロキ・ファミリア】の面々は疲れ気味に話されるヴェーラに対し、それぞれ複雑な感情を抱いていた。

 無責任だと言うのは簡単だが、そうなるきっかけが女神側にある事もまた事実である。

 

「そもそもあの冒険者(ゼゼナ・シャフラー)は……作られた、という理解でいいのですか?」

「村の巫女として、という意味ならそうだ。そうしないと村が滅ぶから私が奴ら(村民)に知恵を授けたわけだ。趣味で作ったわけじゃないぜ。アタシもそれなりに責任を感じている」

 

 神の所業は時に非情である。それでも頼りたくなるのは人々の(さが)――

 リヴェリアは特段、女神(ヴェーラ)を責める気は無かった。自分が冒険者をする事になったのも様々な覚悟を決めてのこと。誰しも何かしらの目的があるものだと理解を示す。

 

(……今のゼゼナには仲間が居る。だからこそ取り上げることが出来ず、見守る役に徹しておられるんだったか……。彼女にも親心のようなものがあるのか……)

 

 そうでなければゼゼナの様子など見に来ないだろう。それも単身で。

 正しい付き合い方については模索中で、それこそヴェーラ自身が知りたいことでもあった。

 眷族に対する危害について。好戦的な性格ではなく、気に入らない事があっても内に溜める事が多いと伝えた。

 

「どんな責め苦に遭ってもメンテは仕返ししたりしなかった。それこそ村人全員の投石を受けても、だ。睨みに関して、数多(あまた)の暴力で顔形が随分と変わっちまったから険悪そうに見えるだけじゃねーか? 最初はもっと柔和な顔だったんだがな……。早死にすると思って放置したらとんでもないことに……」

 

 リヴェリア以外の冒険者が総じて険悪な顔になった。なんて理不尽な女神様なんだろう、と。

 ――だが、それでも女神は村人の幸せの為にメンテを用意した。その結果が芳しくなかっただけだ。

 

「……えーと、あたし頭が悪くて、あんまり理解できなかったんだけど……。要するにあのゼゼナって子は冒険しちゃいけない冒険者ってこと?」

 

 手を上げつつ発言したのは今まで聞き手役に甘んじていたアマゾネスの少女ティオナ・ヒリュテだった。

 彼女の言葉にヴェーラは頷く。

 

「とんでもない能力が発覚したから危険人物として認定された。アタシの権限でどうにかするのは難しいな。フレイヤですら緩和が精々だった。それ以上は……敵対者として認定されてしまう」

 

 本来であればそれで構わない事だったが――今のヴェーラはゼゼナに死んでほしいとは思っていない。ただ普通に、幸せに暮らしてくれれば、それで満足だと思えるようになった。

 良き仲間(友人)が彼女の周りに現れてくれたおかげかもしれない。

 そういえば、とヴェーラは思い出す。それはゼゼナに関係があるのかは分からないけれど――

 

(オネイロスってイケロスの兄貴分じゃなかったか? ……今更そんな事を思い出しても意味が無さそうだが)

 

 ゼゼナの話題と全く関係なさそうでいて重要そうなことに首を傾げる女神ヴェーラ。

 よその【ファミリア】ではあるがどこかが引っかかってしまった。

 

 

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