Untold Myth   作:トラロック

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#5-08 メジェド

 

 【ガネーシャ・ファミリア】に職業体験に赴いたベル・クラネルは団長のポラン・ブーニディッカと共に慣れない作業に従事した。

 何日にも渡る行事の裏方仕事とはいえ殆どが力仕事だった。

 通常であれば無理そうな作業も【ステイタス】を持つ冒険者にとって比較的楽に進めることが出来る。だが――ベルはまだ『力』のアビリティの数値が低かった。

 

(細い身体のポランさんはどうして重いものを簡単に運べるんだろう)

 

 モンスター用の餌が膨大に積載された猫車があるのだが団長ポランはいつもの作業のように笑顔でこなす。そして、それを変だと思わない【ガネーシャ・ファミリア】の団員。

 レベルの高い冒険者ならではの光景がベルには異質に映っていた。

 

「この餌は奥の方に三つずつ置いてくれ」

「了解しました」

「おい新人。さっさと運べ!」

「はい! すぐ行きます」

 

 仕事量は圧倒的にポランが多いのにベルより楽に進んでいた。そして、返事の違いも顕著であった。

 【ガネーシャ・ファミリア】はダンジョンで捕まえたモンスターを飼育している。それをギルドによって許可された唯一の【ファミリア】でもある。

 団員の多くが『調教師(テイマー)』だ。

 

「クラネル君に危険なモンスターは当てないでくださいよ。まだ駆け出しなので」

「そうかい? それじゃあ、担当を調整するか……」

 

 そんなことを話していると姿勢が美しく整った長身の団員が取り巻きを連れて現れた。

 青黒い短髪。両手には武骨なガントレットを装備し、いつでも実戦に向かえる雰囲気を醸し出している。

 凛々しい顔つきに引き締まった身体。

 武闘派と言われてもおかしくない立ち居振る舞い。美しき麗人の女性冒険者『シャクティ・ヴァルマ』であった。

 第一級(レベル5)にして【ガネーシャ・ファミリア】の団長でもある。

 

「お前たち、気を緩めるな。もうすぐ開催日だ。最後まで安全確認は怠らないように」

「はい!」

 

 シャクティの言葉一つで団員達が一斉に気を引き締める。

 団長である彼女の仕事は迷宮都市オラリオの治安維持だ。普段は検問所に就いている。

 主神(ガネーシャ)の命があればどこにでも駆けつける。

 

「ん? ポランも来ていたのか。いつも手伝いに来てくれてすまんな。……そっちの奴は……見ない顔だが……、お前は何者だ?」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の団員の多くは象の仮面を付けている。分かりやすさを演出しているだけで装備品としての意味は無いらしい。

 声を掛けられたベルは姿勢を正して自己紹介する。

 

「ポランの同郷(ファミリア)か。承知した。しっかり励んでくれ」

「はい。頑張ります」

 

 一つ頷いたシャクティはすぐに違う場所に向かった。

 始めて見る人間が多いベルにとって声を聞いただけで緊張が増した。

 様々な思いも作業の方が優先されてしまい、ベルは結局一日中働き詰めとなった。

 

        

 

 普段は午前中など半日で済む仕事だが繁盛期となる時期は【ガネーシャ・ファミリア】でなくとも忙しい。

 幾許(いくばく)かの給金を貰ったベルはただただ疲労のため息を漏らす。

 団長ポランはダンジョン探索以外、このような仕事についている。

 

「後は檻の修理や逃げ出したモンスターの殺処分なんかもする。午後は『豊穣の女主人』で給仕の仕事。君の場合は皿洗いかな?」

「……それも冒険者の仕事なんですか?」

「眷族としての仕事だ。先ほどの人達もダンジョン探索に赴く冒険者でもある。ただ武器を振り回してモンスターと戦うだけじゃないんだ」

 

 ベルの想像では立派な武器を以って凶悪なモンスターと戦うのが冒険者だと思っていた。決して催しの準備をする店員ではない。

 このオラリオに住まう店員の多くは冒険者でもあった。その事実にベルは改めて驚く。

 ポランと共に(くだん)の居酒屋『豊穣の女主人』に向かった。仕事ではなく夜食を食べに。

 

「多くの冒険者が利用する飲食店だけど、君は利用したことがあったっけ?」

「いいえ。値段が気になったのと夜間に一人で来るのが……」

 

 お酒を出す店に気軽に来る十四の少年は居ない。しかし、ベルより低身長の小人族(パルゥム)も利用するので見た目で経験するのは意味が無い、と団長に指摘される。

 料金に関して団長が出すので好きに注文しても良いと言われた。

 目的の店は夕暮れに開店する。仕事終わりの住民と冒険者でよく賑わう。

 ベル達も早速入店すると給仕担当の女性に元気よく出迎えられた。

 

「おおっ、ポランが男を連れて来たニャ」

「今回は客として来ました。あまり彼をからかわないようにお願いします」

「何を言っているのニャ。新規の客を大切にしない店員は居ないのニャ」

 

 語尾に『ニャ』と付けて話しかけてきたのは猫人(キャットピープル)の女性店員『アーニャ・フローメル』だ。

 栗色の髪と尻尾を持ち、荒くれものが集まる中をものともせず笑顔を振りまく。

 彼女はユーカリン・ナナツタエにとって戦闘技術の()()()()()でもあった。

 ポランはベルにこの店のオススメを教えて注文を済ませる。

 

        

 

 料理の大半を作るのは店主のミア・グランドという女性である。

 奥の調理場に居る筈なのに近くに居るかのような錯覚を覚えさせる存在感を放っており、先ほどからベルは気にしていた。

 二(メドル)ほどの身長があるハーフドワーフで、熱気渦巻く中に見事に溶け込んでいるように見えた。

 厳めしい顔をしている以外、何事にも真剣に取り組む姿勢にベルは自分が冒険者であることを忘れて、ただただ仕事ぶりを眺めた。

 

「ポーラちゃん、今日は仕事しないのか?」

 

 別方向から声をかけてくるのは見知らぬ冒険者の一人だった。

 ベルは首を傾げたがポランは素早く返答する。今日はお休みである、と。

 ポランはこの店で働く時、ポーラ・ニーカという名前を使う。名付け親は店主のミアだ。

 

「それは立派なサボリだニャ」

「あんたが言うんじゃないよ」

 

 働きつつ先ほどのアーニャが文句を言い、それを言い返したのはミアであった。

 初めて訪れる店にてベルは身体を小さく縮めて嵐のような喧騒が過ぎ去るのをじっと耐えた。今の自分は()()酒場の雰囲気に慣れない、と感じて。

 少し経ってから大量の料理がベル達の前に置かれる。

 

「たくさん食って明日も頑張りな」

「ええっ!? こんなにっ!?」

 

 ベルの慌てる様子に苦笑しながらポランはしっかり食べるように命令する。

 彼の場合は値段を心配したようだ。だが、団長は大人しく食べる、と強く指示して黙らせる。

 

「私も最初は驚いたけれど……。冒険者になると意外と食べられるものだよ。これも洗礼だと思って諦めるように」

「……はい。でも、とても驚きました」

「何を言っているんだい? これからも驚きの連続が待っているんだから。……それがオラリオで冒険者になるって事でもあるんだし」

「坊主。金の心配をしているようじゃ、駆け出しから脱せないよ。よく食ってよく動きな。そうすりゃあ、こんな量なんかすぐに慣れちまうから」

 

 ベルに声をかけたミアは豪快に笑いつつ料理を作り始める。

 ポランも必要以上に追い詰めるような事をせず、彼を見守った。しかし、事ある毎にアーニャが接近してからかってくるのでポランの眉間が少しずつ寄ってきた。

 この店の店員はアーニャの他にも何人か居るのだが白髪(はくはつ)の少年が珍しいのか、代わる代わる様子を窺ってくる。

 あまりに構っているとミアからの怒号が飛んでくる。その度にベルが委縮する。

 

        

 

 一人で入るには(いささ)か料金が高い酒場ではあったがベルは何とか出された料理を完食した。――そうしないとミアから怒られそうな雰囲気を感じたので頑張った。

 多少残しても料金さえ払えば怒ることは無いし、ポランが残りを片付けるつもりでもあった、と小声で告げた。

 この酒場は言わば駆け出しに対する洗礼のような場所で、ここに通うことは冒険者の箔付けの一種だと教えた。

 

「明日から一人でダンジョンに挑戦してもらおうか。……我々がそれぞれ忙しくなる、というのもあるけれど……。自分なりに模索する事も勉強だ」

「はい」

「……みんなでダンジョンに潜れない【ファミリア】でごめんね、クラネル君。……君が良ければ【エニュオ・ファミリア】の団員と潜ってもいい。自己判断する事も勉強した方が君の為になると思う」

 

 ベルは【エニュオ・ファミリア】の本拠(ホーム)を思い出す。主神以外の眷族に会った事はないが協力してもいいなら考えてみようかな、と思った。

 確かにベル以外はまともにダンジョンに潜ろうとしないので将来に不安を覚えていた。協力者が居るなら願ったりだ。

 

「君にとってまだ知らない事が多いと思うけれど……。目標に向かって頑張って下さい」

「はい。頑張ります」

 

 ポランの言葉に元気よく返事する未来の英雄ベル・クラネル。

 その後、廃墟の教会である本拠(ホーム)に戻ると苦しみ悶えるエルフの眷族に慌てふためいた。

 外まで伝わる呻き声にベルはすぐさま駆け込み、全身汗にまみれ、ベッドの上を転がる様子と全裸であることに驚いた。

 神ヘスティアは水を入れた桶を用意している最中だったが他の眷族の姿が見当たらない。

 

「おー、酷い事になっていますねー」

 

 いつもの事のようにポランは応じたがベルは顔面を蒼白にさせていた。

 色白のエルフであるヴェルゼッタ・オリンピアに何があったのか、と。

 今までこんなに苦しむ様子を見たことが無かった。

 

「丁度いい。クラネル君。このタオルで彼女の身体を拭くように。それとヘスティア様は奥で休んでください」

「おいおい、このボクを邪険にする気かい? ……まあ、ベル君への試練も必要か……。……頼りがいのある団長が居てボクは幸せ者だな~」

 

 そう言いながら肩をすくめたヘスティアは居間の方に引っ込んだ。

 事態が切迫している筈なのに()()()落ち着いたやり取り。

 ベルはただただ慌てふためく。

 

(団長としての責務はクラネル君の教育よりオリンピアの看病だ。……全く不甲斐ない)

 

 ギルドからの制限が無ければ下層域攻略を本格的に進めている所だ。それが出来ない現状にポランは納得などしたことが無い。

 ゼゼナに命令すればおそらく【ファミリア】を取り潰される。

 残っているユーカリンはそもそも無気力だ。彼女をやる気にさせる方法があればまだ希望があるのだが――どうしてか見つからない。

 ――いや、そうではない。ユーカリンには潜在的な敵がたくさん居る。自らを無価値な冒険者であると見せかける必要があるからこそ今の現状を受け入れていた。

 やりたいことを犠牲に出来る胆力があるからこそ成り立つが、彼女自身の為になる訳が無い。

 

「クラネル君。女の裸を気にしている余裕はないよ。しっかり仕事をするように」

「で、でも……。い、いいんですか? いや、苦しんでいるのは分かっていますけど」

「団長命令が聞こえないの? やれと言っている」

「はい!」

 

 少し威圧するように言い直した。

 クネクネと動き回る身体を押さえつける必要もあるがベッドから落ちなければ問題は無い、と細かく指示する。

 オリンピアは基本的に激しい頭痛に(さいな)まれている。それ以外の部分に痛みは無い。

 初期のころは手足に痛みがあったそうだが――

 

「これから君一人で彼女の面倒を見なければならなくなる場面が来る。苦しむ女性を見殺しにするような冒険者になりたいのであれば……、それはそれで構わない」

 

 言いながらも指示は続く。

 汗を拭いたり、冷たい水を井戸から汲んできたり、通常であればかなりの重労働も【ステイタス】の『能力値(アビリティ)』が上昇しているお陰か、思っていたより楽に進んでいた。

 暴れるオリンピアは見た目とは裏腹にかなり強く、ベルの力でも抑えきれない。

 

(……この人の『力』が僕より高いからか?)

「身体は汗を拭うだけでいい。頭部を冷やしてあげて。それと……今なら好き放題裸体を見物しようが構わないから、しっかりと抑え込みなさい。あまり顔を背けないこと。胸が気になるなら顔だけ見てもいい」

「はい」

 

 返事しかできない。

 何か意見でも言わなければ、とベルは思うものの的確なポランの方が上手(うわて)だった。

 元よりオリンピアとは長い付き合いがあるから当たり前かもしれない、と思いつつ。

 

        

 

 呻くエルフは何事かを呟き続けた。それはベルの耳でも聞き取れないほど小さいが人名のようだった。

 気にはなるが今は安定させるのが先なので大きく暴れないように彼女の身体に乗って押さえつけたり、濡らしたタオルを額に乗せたり、首筋を拭いたりした。

 苦しんでいる為に嫌がっているように見えるが実際は激しい頭痛と戦っているとポランは告げる。

 

(これを僕一人で押さえつけなければならない。……自身が無いけれどやるしかない)

 

 悲鳴を上げたり、呻いたり、とにかくオリンピアは人事不精のまま暴れた。

 コロコロと容体が変わる中で敵を見るような威嚇を始めたり、噛み付こうとしたりもしてくる。

 普段は温和な女性なのに凶暴な一面があるとは驚きだった。だが、それもポランにとって想定内の出来事だ。

 

「数か月に一度はこうなる。【ヘスティア・ファミリア】にとっての洗礼の一種だ。黙って逃げる事は許さないから」

「は、はい。頑張ります。……ところで……、この症状はどのくらい続くんですか?」

「ここまで悪化しているところから……だいたい一昼夜くらい。すぐ終わる事もあれば部屋中転げ回って重体に陥る事もある。……今はそこまで酷くならないけれど……。あと数時間はこのままだと思う。それと彼女は変身しないから安心するように」

 

 一部の亜人(デミ・ヒューマン)は特定の条件下で凶暴になったり、通常よりも高い潜在能力を発揮すると言われる。それをベルが思い出した。

 先ほどから端的な説明をするポランだが、苦しむ仲間を見つめる視線は熱かった。

 

「はー! はわぁ! ああっ!」

 

 白目を剥いたヴェルゼッタが頭を激しく動かしながら叫び出した。

 今は一番痛くて辛い状態らしい、とポランは冷静に告げた。これが終われば静かになる、かもしれない、とも。

 起き上がろうと抵抗するヴェルゼッタを懸命にベッドに押しとどめる。今まで一番の重労働にベルは驚きっ放しであった。

 そして、最後の一声のように叫んだ後、力尽きたのかピクリとも動かなくなった。

 やっと落ち着いたのか、と安心したのも束の間。ベルが見ている前で豪快な放尿が始まった。

 

「わあっ!」

「一気に身体から水分が無くなる。単なる生理現象だ。あまり驚いてあげないでほしい。……そこは女性として気を遣ってあげてくれ」

「そ、そうですね」

 

 放尿はまだいい方で時折脱糞もするという。そして、それもベルが一人で対処しなければならない事になる。当然、逃げる事は許されない。

 小刻みに動く裸体のヴェルゼッタを見るのは少年として恥ずかしい思いだが人命救助として意識を持ってくれと言われた。

 

「今回は早めに落ち着いたようだ。身体を拭いたらベッドの清掃だ。そこの化粧箪笥(タンス)に替えの敷物が入っているから」

「僕が勝手に開けていいんですか?」

 

 念のために確認する。

 寝室は男女別になっているが勝手に女性部屋に入る事を今まで遠慮していたベルにとって未知の空間だった。

 本来ならば咎められる事を今日はたくさん(おこな)ってしまったように感じられる。

 

「大したものは入ってない。ユーカリンの外套と間違えないようにすればいいよ。ちなみに汚れたオリンピアを担いで外に運び、軽く水洗いする事も仕事の一つだ。少し暗い今なら外に放置しても大丈夫だから」

「外に放置!? ……確かにこの辺りは人通りが少ないですけど……」

 

 ベルは知らないが、外には隠れた神や今日の為にやってきた見張り役のエルフが潜んでいる。

 高貴な存在に危害を加える事は同胞として決して許されない。更に神の玩具(おもちゃ)にさせてなるものか、と見えない戦いが既に勃発している。

 ヘスティアは既に知っていたがポラン達が知ったのは割と最近になってからだ。どうして分かったのか、と言えば同胞であるエルフ達が教えてくれたからだ。

 この近辺での乱闘騒ぎは既に名物になっていた。

 ちなみに王族(ハイエルフ)のリヴェリアの耳にも当然のように入るが頭を押さえるだけで介入しようとはしなかった。

 頭痛から解放されると約二か月は安定する。早々頻発する症状でもないのは都市最高の『治療師(ヒーラー)』の見立てである。

 

        

 

 ヴェルゼッタを言われるがまま外に用意された簡易的な小屋に置き、すぐさまベッドを整える。それが終わり次第、彼女の身体を水洗いしてしっかりと水気を取る。

 着替えまでをベルが(おこな)ってから元のベッドに乗せる。

 女性に下着を穿かせるだけで一時間はかかったのではないか、と。

 団長から『目を背けるな』という指示があり、それが出来るまでやり直しをさせられた。

 

「女性が多い【ファミリア】において慣れる事が大事だ。もし、【エニュオ・ファミリア】に行っていても同じ目に遭っていただろう。あそこは更に女性人口が多いから」

「そ、そうですね」

「今回の事をヘスティア様にしっかりと報告するように。(やま)しい事をしたわけではないから神様も女性の身体に触ったからって怒りはしないよ」

 

 疚しい事をすればヘスティアも普通に怒る、と小さく告げる。

 ベルは女性の裸体の映像を脳内から結構な時間をかけて追い出し、気持ち的に冷静さを取り戻してからヘスティアに自分が(おこな)ったことを説明した。

 黒髪のヘスティアは多少唸ったものの最後まで説明を聞いた。

 

「……ボクはこう言ったね? この【ファミリア】に入って後悔していないかい、と。今回の事で君の気持に変化が生まれた気がするけれど……、その辺りはどうなんだい?」

「確かに何度か冒険者を止めたいと思いましたし、後悔もしています。それでも皆さんが懸命に僕に色々と教えてくれる気持ちが伝わってきました」

 

 嫌がらせのように追い出しにかかられる、と最初は確かに思ったし、感じた。

 特にゼゼナが敵意を向けているようにしているので。

 団長は積極的に勉学を。ユーカリンは普段は無関心だが戦闘は至って真面目だった。

 ヴェルゼッタは最初の衝撃が大きかったものの特に何も言わずに見守るだけ。

 

「この【ファミリア】は()()親切な部類なんだと……。それだけ僕が全然至らない冒険者って事ですけど……」

「そうだね。最初から飛ばしてくる冒険者なんか(まれ)だよ。いや(むし)ろ困るレベル(事態)だ。だけど……、どんな冒険者になりたいかはベル君が決める事だ。団長やボクが指示する事じゃあない。今までのはあくまで基礎にすぎない。これからも頑張ってくれ(たま)えよ」

「はい」

「ヘスティア様。衰弱したオリンピアの食事の用意をしてきます。側に居てあげてください」

「了解したよ、団長君」

 

 元気溌剌(はつらつ)とした笑顔をポランに見せる神ヘスティア。

 取り残されるベルに団長は休んでいいと告げた。無理に付き合うと身体を壊すかもしれない、と言いおいて作業に向かった。

 彼女が居なければ全ての判断と決断はベルがしなければならない。それが自分に果たしてできるのか、と自問しつつ自室に向かった。

 

        

 

 一日の労働量が多かったためか、あっさりと眠ってしまい気が付くと朝になっていた。

 いや、時間的には昼近くだった。

 ダンジョン攻略以外の仕事に付いていないベルにとって時間の制約は無いに等しい。それでも朝昼晩の日程を崩してはいけない、という強迫観念が働いてしまった。

 【ヘスティア・ファミリア】には時間厳守の規則は無く、食事もバラバラである。

 急いで着替えと洗顔を済ませて居間に向かうと三人の女性が食事の用意を整えていた。

 

「おはようございます」

「もうお昼ですよ」

 

 優しく応えてくれたのは苦しみ悶えていたはずのヴェルゼッタだった。

 薄着のまま笑顔で出迎える彼女は少し痩せているように見えたが元気そうだった。

 団長は居らず、ゼゼナとユーカリンが居た。こちらはお互い無関心のような無表情ぶりで何の挨拶もしてこない。ただ、これはいつもの事だった。

 

「ランテさんは居ないんですね」

 

 そういえば、とベルは気が付いた。

 彼女の姿をここしばらく見ていない事に。

 元々助っ人として来てくれた眷族で改宗(コンバージョン)の予定は全く聞いていない。

 

「他の【ファミリア】で働いているよ」

 

 素っ気無く答えたのはユーカリンだった。ダンジョン以外で喋ると新鮮で驚いてしまう。

 更に尋ねるとランテは複数の【ファミリア】に行き、今も働いているという。合同パーティの一員として。これは他の【アルテミス・ファミリア】の眷族も同様だとか。

 主神が居ない今、好き勝手出来ると口では言いつつも仕事は真面目に勤めていた。

 活動資金稼ぎは眷族共通の目的となっていて、それぞれしっかりと稼いでいる最中だ。

 

「……足りないな。ベル、今日は各店舗に行って調味料や食材確保をするように」

 

 と、団長のようにユーカリンが突如、ベルに指示する。するとすぐにヴェルゼッタが昨日たくさん働いたベルをこき使わないように、と釘を刺す。

 するとユーカリンがヴェルゼッタに眉根を寄せた顔を向ける。

 

(……あれ? いきなり険悪な雰囲気になった)

「ベル君には今日一日のお休みを与えるべきですよ。夜型のユーカリンが行くべきでは?」

「私には暇を潰す仕事がある。忙しさに使う時間など無い」

「……何を言っているのか私には理解できませんわ。夜な夜な【メジェド・ファミリア】のお手伝いに行っているのでしょう?」

(えーと【メジェド・ファミリア】は……道具制作(アイテム・メイカー)系? だったかな)

 

 迷宮都市オラリオには本当にたくさんの【ファミリア】が存在し、その全貌はベルにも把握しきれないほど。何より非登録の【ファミリア】もあると言われている。

 【メジェド・ファミリア】は噂程度でしか聞いたことがないが主神(メジェド)に物凄い人気があるらしい。――それくらいしかベルは知らない。

 制作系というのも噂の一つで信憑性については全く分からない。詳しく調べていないので当たり前なのだが。

 眷族の居ない【ファミリア】もあれば一人しか居ない場合もある。

 【ファミリア】は神様自身がギルドで登録して認定されるのが主である。その上で勝手に【ファミリア】を名乗るのは大抵ロクデモないところ、とも。

 有名なものだと『闇派閥(イヴィルス)』だ。ベルも知識として聞きかじった。

 話題に出た【メジェド・ファミリア】というのはユーカリンの元々の主神(オネイロス)が手を回して見つけた彼女の働き口の一つだ。

 【ファミリア】は違えど店員として他所に行くのは別に悪い事ではない。事実、ヘスティアも様々な【ファミリア】が運営する店で店員として働いている。

 冒険者だけが仕事ではない、という証拠でもある。

 

        

 

 いがみ合う二人を眺めつつ今日は一人でダンジョンに挑戦しようと思ったベルは早速荷物をまとめる。

 上層階ならば一人で探索する分には問題が無い。

 【ステイタス】の伸びも良い、とのことなのでモンスター討伐を中心に余裕があれば露店での買い物に向かう。そうしないと仲間の機嫌がよくならない気がした。

 

(……そういえばエルフは他の種族に触れられることを嫌うって聞いたな。……指摘されなかったけれど、オリンピアさんは平気なのかな? ……後で尋ねてみよう)

 

 【ヘスティア・ファミリア】に入ってしばらく経つがヴェルゼッタから何か言われたり行動を起こされたことは無い。ただ優しげに微笑んだり挨拶する程度だ。

 昨日の苦しい状況から脱した彼女から小言を言われる事も無く、外出時に挨拶をくれた。

 気にし過ぎなのかな、と思わないでもない。

 ベルはギルド本部に向かい自分の担当アドバイザーであるエイナ・チュールに挨拶してからダンジョンに向かった。

 いつものように大勢の冒険者の往来に揉まれながら下部に向かう。

 上層に収穫物はほぼ無く、モンスターとの戦闘に慣れるのが駆け出しの仕事になっている。

 出てくるモンスターも情報通り。完全にランダムという事は無いが異常事態(イレギュラー)が発生する事が極たまにある、と教えられた。

 小剣を構えて壁から湧きだしてきたモンスターを見据え、気持ちを引き締める。

 ある程度増えた『能力値(アビリティ)』のお陰か、戦うごとに動きが楽になったり早くなったことを感じた。何より活動時間が伸びている事を実感できるほど。

 

(息切れしなくなった。力も強く出せる。これが神様の恩恵……)

 

 今まで来分かったモンスターに対して恐れなくなり、武器をどう振るえば倒せるのか、今はよく分かるようになった。

 適切な位置に武器を当てればモンスターは灰と化す。さすがにドロップアイテムの落とし方までは分からない。

 下層に挑戦したい気持ちがあるが武器を変える必要がある。今のままだと壊れてしまうので。

 

(体術でも倒せるようになってきたけど、まだ実戦には向かない気がする。一人で戦う、という部分が僕にはまだ早いのかな)

 

 試行錯誤しながら教文の戦闘を終える。そして、外に出ると夜空が広がっていた。

 思いのほか時間が経っていたのは遅めの時間に潜っていた為だ。

 駆け出しのベルは一昼夜ダンジョンに籠る(すべ)を学んでいない。

 あまり遅くなると仲間達が心配してしまう。そう思ったベルは大急ぎで帰ろうとしたが露店での買い物を思い出した。

 夜間は昼間とは違い、酔った冒険者相手の店が多くなる。それに絡まれたくない店は早々に閉めてしまう。

 

(しまったな。また明日の朝来ようか)

 

 いつもであれば仲間と共に帰宅するところだが今は一人。知らない眷族が行き交う中を通るのは明るいうちならば平気だったが今は少しずつ怖くなってきた。

 数多(あまた)の【ファミリア】があり、多くの冒険者が集まっている。その全てが仲良く手を取り合っているわけではない。

 基本的に【ファミリア】は敵同士。互いに争いつつ頂点を目指す。

 仲が悪い【ファミリア】が出会うと喧嘩が発生する。それはこのオラリオにとって日常茶飯事な出来事だ。

 

「そこの白い髪の坊や。止まりなさい」

 

 と、唐突に声を掛けられれば全身に緊張が走るのも道理――

 今まで平穏無事だったのは単に『幸運』だったから、とはいえないか。

 冒険者の中で白い髪はとても珍しく、更に坊やとくれば対象は限られてくる。というよりベル以外に思いつく者は居ないし、側に条件に合う人物も見かけない。

 

「我こそは正義の使徒……、アリーゼ・ローヴェル。生ける(しかばね)のアリーゼとは私の事よ!

(……ごめんなさい。全く知りません。あと、酷い通り名を堂々と……)

「……その名乗りを恥ずかしげもなく言える団長、すげー。絶対に仲間だと思われたくねー……」

 

 ベルの行く手を遮るように仁王立ちして名乗った人物の横から少しずつ距離を置く者が小さく呟いたがベルの耳にしっかりと届いた。

 暗がりではっきりと姿を認識できたわけではないが女性らしい声色だった。

 

「フフーン。とにかく、そこの白い髪の坊や。……いえ、ベル・クラネル。立ち止まらないと捕まえるわよ」

「ええっ!? どうしてそういう理屈になるんですか」

 

 名前まで分かっていて呼び止めた相手だと察したベルは逃げに転じる算段を放棄した。おそらくここで逃げても本拠(ホーム)に別動隊が待機していれば意味が無い。――という事を即座に思い至ったので。

 アリーゼと名乗る人物がベルに近づくと店頭の明かりで姿がはっきりと見えるようになった。

 赤い髪を一つに束ね、軽戦士(フェンサー)風の装備をまとう冒険者であることが分かった。

 そんな彼女の側に居た者も冒険者仲間と思われるが――こちらは背丈が小さく小人族(パルゥム)だと思われる――こいつ(アリーゼ)とは全然関係ないよ、と言いだけな不満顔を示していた。

 

 

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