夜半に現れた凛々しい女冒険者はアリーゼ・ローヴェルと名乗った。その時、擬音までご丁寧に表現した。
言動こそ幼いが正真正銘
世間からは怪しまれているが――一応、または暫定的に――【エニュオ・ファミリア】に所属している
主神エニュオ。その名が意味するのは『都市の破壊者』――とても正義の使徒とは縁遠い存在である。
迷宮都市オラリオに
それによって正義と悪に分かれる事もあるし、単なる
「決まっているわ。私が可憐で儚い美少女だからよ」
「……うん、少し黙っていような、団長。坊主がドン引きしてるから。……あと、アタシは今すぐ逃げ出したい……」
彼女の側に居る小柄な
桃色の髪に切れ長の瞳。彼女の名はライラという。
(……これって絡まれるやつかな? 逃げ出し……でも、エニュオって……。うちの【ファミリア】とどういう関係なんだろう?)
主神には会った。だが、眷族には会っていない。だからこそ目の前に居る女性達が本当に【エニュオ・ファミリア】の眷族なのか確証が得られない。――それに【ファミリア】を表す
(……違う。【エニュオ・ファミリア】は非正規の【ファミリア】で
非正規だがギルドに認められた謎の【ファミリア】だ、と。
ギルドの上層部と何らかの取引をして存在を認められている、とエイナ・チュールは予想していた。そして、それ以上の詮索は難しそう、とも。
「おい、坊主。取って食おうってわけじゃねー。未来の話しをしようや。そちらの団長と話しは通してある筈なんだが……」
(僕が彼らとダンジョンに潜るやつか? ……なら……、聞いた方がいいのか。とても怪しい人達だけど)
「ふふん。とても、とっても怪しんでいるわね。ええ、ええ、その気持ちはわかるわよ。気軽に挨拶した相手が真っ黒な【ファミリア】で後で皆に大目玉を食らう事になったのは記憶に新しいわ」
「見た目で真っ黒かどうか分かったら苦労しねーよ。大抵は人の良さそうな顔した眷族を放ってるはずだからな。……それにまんまと引っかかるのはお調子者くらいだよ」
ライラの理屈で言うとベルも今
アリーゼは後でその【ファミリア】に大打撃を与えたらしい。ただ、それが真実かどうか、ベルには知る由もない。
†
もし、逆の立場なら人の良さそうな白髪の少年もまた怪しいのでは、とベルは思ったが黙っていた。
互いの立場でものを見るとそれぞれ違った風景に映る。それに気が付いたからだ。
あまり余計なことを言うのもお互いの為にならない気がした。
(神様の前では嘘を付けない。それを見越して言っているのか? なら、捕まえて神の前に引っぱり出せば真実が現れる……。それはそれでとても恐ろしい方法だ)
【ヘスティア・ファミリア】に入って色々なことを学んだベルは自分が意外と思考していることに驚く。
以前であれば優しい言葉を掛けられただけで素直について行ってしまうところだ。ここで立ち止まれるのは経験のお陰だろうか、と。
ダンジョン帰りなので武器はまだ携帯している。しかし、撃退できる自身が無い。
「そこの店で話さねーか。料金はこっちで持つからよ」
ライラが指し示した店は先日お邪魔した『豊穣の女主人』だった。――そして、団長ポラン・ブーニディッカが今
知らない店ならば逃走を選択する所だが、あの酒場ならば顔見知りが何人か居る。確かにそこならば都合がいいと判断し、頷いた。
本当ならばヴェルゼッタの様子を確認したかったが、素直に帰してくれそうにない雰囲気だったので考えを切り替える。これもまた冒険者にとって必要なことだと判断する。
向かった店は既に多くの冒険者でいっぱいで、夕方よりも一段と賑やかだった。
「いらっしゃいませー。壁際の席が空いていますので、そちらへどうぞー」
入れ替わり立ち代わりで挨拶に来る給仕の数は決して多くない。けれども忙しそうに動いていた。
紅白の髪を持つポランは奥の方に居た。
酒場の中は意外と広く、複数の【ファミリア】が宴会を開いていた。中には取っ組み合いの喧嘩もある。
基本的に酒場は酒と食事を楽しむところで喧嘩は許容していない。それらは気が付いた給仕が外に放り出していく。それもいとも簡単に。
「ンニャア! 白髪頭が女を連れ込んできたニャ」
(人聞きの悪いことを……)
離れた場所でも届くアーニャ・フローメルの言葉にベルは苦笑する。
店内に響き渡るほどはっきりした物言いをするので他の冒険者達が一斉に『白髪頭』を探そうとする。当然、それはポランの耳にも入る。
「大事な話しをするために来たのでしょう。余計な詮索はしないで頂きたい」
と、ポランの言葉に何人かは宴会の続行を敢行し、残りは興味半分で捜索を継続する。
一瞬、
ベル達は丸テーブルではなく四角い対面席に座った。最初はアリーゼが彼の隣りに座ろうとしたがライラが引き留めた。
「なに、しれっと隣りに座ろうとしてんだよ。余計勘違いすんだろ」
「知らない【ファミリア】でもないんだし、懇親会ということで……」
「……そんな言葉今まで出た事ねーけど……。とにかく、坊主。悪かったな、急に引き留めて。混乱してんだろう?」
「……はい」
ライラが給仕を呼んで三人分の飲み物を注文する。
飲み物が来る前にアリーゼ達は改めて自己紹介した。ベルもつられて名乗る。
この辺りで白髪頭というのは珍しいようで偽名を名乗ろうか迷ったが既に手遅れな気がしたので正直に言った。
あまり駆け引きについて学んでいないので自己嫌悪に陥る。
「仕事の話しをすべきなんだが……。時期的に無理そうだから。ここいらで互いの事を知っておいた方がいいかと思ってな」
「貴方は一度は我が【ファミリア】の門を叩いた。今後の事も考えて色々と交流を持つのもいいんじゃないかしら? もちろん、
確かにアリーゼが所属する【エニュオ・ファミリア】に行った。それは事実だし、否定しない。
合同探索についても
†
飲み物と次に注文した料理をポランが運んできてテーブルに並べられる。この時の団長の機嫌が少し悪そうに感じた。
ベルは身を少しだけ引くと彼女が不敵に微笑んだように見えた。
「どうぞ、ごゆっくりー」
「ありがとう。とても美味しそうだわ」
アリーゼはそう言ったがライラもベルと同じものを感じたのか、身を何とは無しに引く。そして、ポランは空になったお盆をアリーゼの後頭部に打ち付ける。
前のめりになりつつも顔面を料理にぶつける事だけは避けられた。
「痛ったー! 何すんのよ!」
「夜道を一人で歩く少年をたぶらかす赤い女狐を退治しただけよ。貴女、唐突にクラネル君を攫おうとしたでしょう?」
ポランの言葉にライラは無言で頷いた。
第三者視点から見ても人攫いだと言われてもおかしくない状況だった、と認める。
ちゃんと声をかけたわよ、と反論するアリーゼの顔面を手袋で包まれた手で掴む。その時、金属音がベルの耳に小さく届いた。
「得体の知れない人物が声を掛けたら誰でも警戒する。貴女のようなお気楽な人とは違うんですよ」
この酒場では不届きものに給仕が暴力をふるう事を許可している。なので自己判断において店員に非が無ければ店主であるミア・グランドは止めに入らない。
ここは荒くれ者が多く集まる酒場である。この程度は日常茶飯事だ。
ため息をつきつつポランはベルにアリーゼから嫌なことを言われたりされたりしなかったか尋ねた。
「……確かに怖いと思いましたけれど……。ここに来られたので……」
「新人冒険者をたぶらかす【ファミリア】が実際にあるんだから。加入済みの眷族に声をかける時はもう少し気を配りなさい」
「……痛た……。反省……してまーす」
「そこらへんで勘弁してくれ。坊主も悪かったな、無理やり連れ回すようなことをしてさ」
ライラの言葉でポランはアリーゼを開放する。
自分の知らない団長の怒りにも驚いたが――同時に大事にされていることが分かり安心した。
不安が大きかった【ヘスティア・ファミリア】としての生活の中で
†
こめかみを撫でつつ解放されたアリーゼは改めてベルに向き直る。
そして、直接的に合同探索を提示した。それはもう簡潔極まりないほどの清々しさで。
他の【ファミリア】の団員との共同探索はランテとの経験があるので無理ではないが階層数によっては難しい事を伝えた。
「我々の目的は早めにお近づきになる事であって、本格的に深層域に行くわけではないわ。君がまだ上層域での活動しかしていない事は承知しています」
「我が主神エニュオ様があれからどうなったか気にしていてな。ちゃんと他の【ファミリア】に出会えたのか、それとも悪いところに捕まってはいないかと……」
(……確かに僕から連絡はしなかったな。敵対関係、かもしれない【ファミリア】だから余計なことを言わない方がいいと思ってしまったし……。でも、団長の様子から親切にされたからといって気軽に情報を伝えるのも問題じゃないかな)
だからこそアリーゼ達は直接ベルに会いに来たのかもしれない。
連れてこれなくとも情報だけ持ち帰る為に。それに――
「
「……そうか。それもまた運命であり縁でもある」
「折角男の子が入ると思ってたのに……」
(……確かに。よくよく考えるとどうしてだろう?)
正義の使徒と言い張っていた団長が所属する【ファミリア】だ。女の園に入りたいだけの男性冒険者など誰も取りたがらない筈だ。――中には奇特なところもあるかもしれないけれど。
「……あ。もしかして、そちらの【ファミリア】って治安維持系ですか?」
「一応、そうだよ。探索もするけど」
治安維持を担当する【ファミリア】に加入する場合、疚しい存在は当然のように排除される。更に犯罪者を取り締まる事で色々と恨みを買いやすい。
気持ちや実力に自信が無ければ入団などできない。仮に入ったとしても報復を恐れる毎日だ。弱い心では長続きするとも思えない。
彼女達はその中でも実力者なのだ、と。
可愛らしい外見に惑わされそうになるが【エニュオ・ファミリア】は
(敵が多いから、と聞いたっけ)
実力者揃いで敵の多い【ファミリア】に冒険者になりたい若者が気軽に入れるとは到底思えない。事前に情報を得て、更にかなりの覚悟を持たなければ眷族として認められることはない筈だ。
そんな【ファミリア】からベルは勧誘のようなものを受けている。本来は団員自ら選定するのが正しい方法なのかもしれない。
「今の僕に……【エニュオ・ファミリア】と共に冒険するだけの実力があるとは……思えないんですが……」
「……
「……おいおい、それこそ何の根拠もない戯言だぞ。自分の事を冷静に見られるところはアタシも評価するけれど……。本音を言えば駆け出しを連れ回すのはよくねーよな。しかもよそ様の団員だ」
ライラはベルに食べていいんだぜ、と告げる。
そんな彼女をよそにアリーゼはまだ諦めていないのか、ベルに詰め寄ろうとした。――彼女が前のめりになると前方に置かれている料理に胸部が触れてしまう。ライラはすぐに団長の顔を押しのける。
この酒場では主人であるミア・グランドの料理を粗末にしてもつまみ出されてしまう。
先ほどポランが盆に乗った料理を
†
強引気味なアリーゼを気にしつつ食事を楽しむことにしたベル。用意された食事は何の気兼ねも要らない。そして、美味しい。
自分の金を使わなくていい、というのであれば遠慮する必要は無い。――とは思うものの人から奢られた経験が少ないので無視する事は出来なかった。
ライラは比較的大人しく、また理解のある女性だと感じた。
団長が側に居ると思うと心に余裕が出来たベルは気になる事を色々と尋ねてみた。――といっても他の【ファミリア】の活動内容程度だ。
【エニュオ・ファミリア】は団員数こそ【ヘスティア・ファミリア】より多いが零細【ファミリア】に数えられる。
以前聞いた『狩猟』を目的とした【アルテミス・ファミリア】と規模は大体同等。
(治安維持の為に日夜危険と隣り合わせであり、モンスターではなく対人戦を
ダンジョン探索に意識を向けているベルにとって人と戦うことに抵抗がある仕事を彼女達が
オラリオの治安を維持する【ファミリア】はベルが知る限り、多くない。以前は多く存在していたが『暗黒期』と呼ばれる時代の戦いで数を減らされてしまった。
(……この人達の他には【ディケ・ファミリア】、【テミス・ファミリア】、【マアト・ファミリア】、【シャマシュ・ファミリア】、【フォルセティ・ファミリア】……。みんな集まったら過ごそう……)
知識の一環として様々な【ファミリア】を学んでいたが――自分の想像しているよりも多くの【ファミリア】が存在し、各地で活躍している事に驚いた。
そもそもどれだけの神がオラリオに居るのか正確な数は実のところギルドでも把握しきれていない。
ある程度、天界に送還されてしまった神も居ると聞いているけれど、それでもまだ数としては膨大だというのが信じられない。
――そして、それらを内包する迷宮都市の規模もそれだけ大きいという事だ。
よくよく考えれば【エニュオ・ファミリア】の団員数だけで都市全体を見回ることなど物理的にも不可能である。何故なら最大の眷族数を誇る【ガネーシャ・ファミリア】ですら治安維持に成功しているとは言えないからだ。
「聞きたいことがあるのですが……」
「おう。何でも聞いてくれ。……【ファミリア】の秘密以外なら答えてやるぜ」
ライラの言葉にアリーゼが不満顔になった。常に笑顔を絶やさなかった彼女にもちゃんと喜怒哀楽があるようだとベルは安心する。
ユーカリンのように表情に変化のない眷族と付き合っている為か、歴戦の冒険者は何処か感情表現が乏しく、常に敵意を振りまいているようで息苦しい思いを感じていた。
もちろん、毎日楽しく冒険に行こう、という気分になれない事は分かっている。
「オラリオの暮らしは楽しいですか?」
この質問にライラは勿論、聞こえた一定範囲の冒険者の食事などの手が止まった。それと喧噪なども。
少し離れた冒険者は急な変化に驚きと不安を覚える。
「……こいつはすげーな。核心を突くようなことを……」
「フフン。さすが私が見初めた……」
「団長は飯食っててくれよ。余計酷くなるからさ」
口を尖らせ少しだけ涙目になるアリーゼ。出番を潰されたことに彼女なりに傷ついたようだ。
ベルの質問に深い意味が無いかもしれない。けれども聞き手である冒険者の多くは即答できない事を感じ、多少の怒りを覚える。
大半は何も知らない小僧のクセに、だ。
多くの冒険者は心の底から楽しいと思ったことが無い。
長く暮らしている冒険者ほど顕著ではないか、と。
ただ、楽しいと言える者は――少数だが――居る。感じ方は人それぞれだ。
「……お前さんが聞きたいのは『後悔していないのか』だと思うんだがよ。そうじゃねーのか? ……質問を質問で返すようで
「それもありますが……。何に後悔しているのか分からないので……」
(漠然としているから当たり前だな。……坊主の言う楽しいって言葉の意味は広すぎる)
「こちとら命のやり取りをしてるんだぜ。軽はずみに楽しいって言えるわけねーだろ。……それが……きっと答えだ」
ライラの言葉に同調する者は頷き、自分は楽しいと思っているよ、と思うものは拳を強く握りしめる。
駆け出しのクセにと思いつつ一部は食事を再開し、賑やかさが蘇っていく。
「悪党を正義の名のもとにシバき倒せるのよ。楽しいに決まっているじゃない。全ては神様の為に。困っている人民の笑顔の為に。そして……
自信満々にアリーゼは言い切った。
ライラは知っている。彼女は正義を執行するようになって多くの悪党から様々なことを言われ続けた事を。
『正義』とは詰まるところ答えにくい概念だ。どうせ自己満足だろう、偽善だというのは人や神からも揶揄される。
己の主神ですら納得する答えを出すことが出来ない。
「神様との暮らしの事でも楽しいと私は言えるわ。だって見目麗しい女神を団員……いいえ、団長権限で弄り回せるのよ。頬擦りしてもいいし、一緒にお風呂にも入れる。何より『
(……そうだ。神様ですもんね。気軽に話す事なんて……、普通の人には出来ない)
うんうんとベルは納得して頷きで同意を示した。――風呂云々はベルには出来そうにないけれど。
身近に神様が居る、という事はとてもすごい事だと改めて自覚する。
「あ、でも、女神じゃない神様はどうなるんですか?」
「!?」
そうベルが気軽に言うとアリーゼは軽く呻いた。想定していなかった、と言いそうな気まずい顔をしながら。擬音で表すとガーン、だ。
全ての神が尊敬に値するわけではない。邪神の
外面のいいアリーゼにも怒りがあり、憎しみがある。
常に品行方正でいられるほど人間が出来ていない。
「……それはーあのー、うーん、それはとても難しい問題ね」
(……この坊主……。かなりヤベーんじゃねーか? うちの団長を困らせるとは将来が楽しみだ。……あー、他の奴らに見せてー)
「アタシは坊主が気に入った。お前、どんどん食えよ。そして、どんどん強くなれ。簡単に死ぬんじゃねーぞ」
「はい」
先ほどまで困り顔の多かったライラに言われ、少し驚いたベル。
話してみてそんなに悪い人ではないと感じた。アリーゼに関しては調子に乗らせると手に負えない人、という印象を受けた。
†
本来は金の貸し借りをするべきではないし、その辺りの経験が無いベルは迷いつつも食事代を折半する事を辞退した。というかポランに任せた。
口だけで払わないとか。取引に応じなかったから無効とか言われるかと覚悟したが、そんなことは無かった。
アリーゼ達に礼を言い、ベルは周りに気を付けながら
「……やはり強引だったと思うぜ」
「うー。何事も経験よ、経験。……でも、あの子はあの子なりの正義を執行してくれそう」
勘に関してアリーゼは根拠のない自信を持っていた。それは今までの冒険でも発揮している。
「駆け出しに声かけしても役に立つわけねーし」
「こういうのは早めにツバを付けておいた方がいいの」
(……汚い例えだな)
「その点ではエニュオ様の失態よね。懇切丁寧に冒険者の流儀を教えるなんて……。それギルドの仕事でしょうに」
「悪質な【ファミリア】に捕まらないようにっていう親切心が団長には伝わらなかったようだな」
アリーゼに呆れて新たに注文した飲み物を飲みながらライラは言った。
今は二人だけでこの程度で済んでいるが他の仲間を連れてきたら間違いなく乱闘に発展する事態だ。二人だけで今は良かったと思った。
「……あるいはブーニの教育のお陰かしら?」
「女の園に居てあの態度から察すれば……、そうかも、と言えなくもねーな。……
ベルの居なくなった空席にふと視線を向けるライラ。連れにつられるようにアリーゼも。
沢山の冒険者にベルと同じように声をかけ、その殆どは自分達の前から居なくなった。そして、今日も一人――
【ファミリア】の理念は今も昔も変わらないけれど冒険者はやはりダンジョンに潜るのがお似合いかもしれいな。それを阻んでいるアリーゼ達こそ悪ではないかと思わないでもない。
ただ――それは他の治安維持を担当する【ファミリア】も思っている事だ。
都市に住まう人々の笑顔を守る為に。ただ、それだけの目的を達成する為に。
(私も最初は駆け出しだった。正義だけでレベル
美少女と正義というネタでの勧誘には失敗したが冒険者としての付き合いがまだ残っている。そしてなにより
――という
†
翌日の朝、昨日の出来事について改めて団長ポランとベルは話し合う事となった。
勧誘と言ってもアリーゼ達が言っていたように【ファミリア】を抜けろ、というものではなく合同探索の提案だ。これはポランも承知している。
改めてベルにその気があれば許可する、と伝える。
【ヘスティア・ファミリア】はギルドから様々な制限を付けられ、多額の借金を背負っている。それを団員だからとベルまで巻き込む気は無かった。
「サポーター要員として行くも良し。戦力としては考えられていないと思うけれど、どうするかは君が決めるといい」
「分かりました」
「……ちなみに私は【ファミリア】の団長だがサポーターでもある。あまり率先してモンスターに突入するのは得意ではなくてね。ユーカリンはやる気が無いし、残りはあてにならない」
言葉だけ聞くとどうして【ファミリア】に入ったのか、冒険者になったのか分からない。
彼女も最初は冒険者になりたいと思っていた筈だ、と。
「ユーカリンの例えで言えば……。上層でも魔石を集めれば食うに困らない。低ランクの【ファミリア】はギルドに収める税金が安いんだ。借金については想定外だったようで……、ああいう感じに無気力になったのではないか、と私は思っている」
「な、なんとなく分かります」
「ゼゼナは他の【ファミリア】から押し付けられた。オリンピアもそれに似たようなものだが……、彼女の意志も少し入っている。頭痛さえ起こさなければもう少し活躍できたんだが……」
そう言っているポランは【ヘスティア・ファミリア】の古参の団員にして初めての眷族でもある。
堅実な冒険者として活動していたが下手を打って色々と酷い目に遭ってきた。その後も色々とあったと言葉を濁す。
そもそもポランは眼帯を付けており、常に両手は手袋に包まれている。
聞いてはいないがベルの見立てでは義手ではないか、と予想していた。
大怪我を負っても冒険者として活動するのは凄い事だと思うが、それを自分に当てはめると恐ろしいというか怖いという感情を覚える。
今は軽傷で済んでいるが重傷を負う可能性が冒険者家業には付きものだ。
「ユーカリンもそうだが一人でダンジョンに潜る時、荷物を持って行かないと苦労する。常に
それはギルドのアドバイザーであるエイナ・チュールからも言われている。
重装備の冒険者はサポーターを引き連れる事が一般的だ。戦う一辺倒で踏破できるほどダンジョンは優しくない。時には装備品が足を引っ張る事もある。
軽装備のベルはただただ他人の装備に憧れているだけだが、実際には色々と問題がある。
武器はこまめに手入れをしなければ長く使えない。その技術もまだ習っている最中だ。
「よその【ファミリア】を信用するのは危険だ。信頼を積んでいないところは特に」
「はい」
「……アリーゼ達は……それなりに信頼できる。共に潜る事を許可する。ただし、実力に見合わない深い階層に向かわないこと。例え誰かが困っていたとしても。君に何かあれば我々が困るし、悲しむ。何より神様が心配する」
(綺麗ごとで冒険者は出来ない……。でも、僕はそこまでの覚悟が出来ていない)
「クラネル君。君は冒険者だ。殉教者ではない。何のためにダンジョンに潜るのか忘れてはいけないよ」
「はい」
英雄に顎かれて冒険者になった。偉業を成し遂げる為に死んでは意味が無い。
オラリオでは生きて帰る事も立派な仕事である。それが出来て初めて冒険者と認められる。決して素晴らしい功績を刻まれた墓石を作る為ではない。
「……あ。団長さん。エニュオ様ってどういう神様なんですか?」
「優しい神様だよ。ヘスティア様とも仲良しだ。零細【ファミリア】仲間というものがあってね。全員敵だ、という物騒なことは無いけれど、気になったら神様に尋ねること。自己判断は怖いから」
確かに神様の事は神様が一番詳しい筈だ。
冒険者から見たら神は全て
それと忘れてはいけない事がある。
神は気まぐれで下界を騒がせる。それこそ――
このオラリオを気分次第で滅ぼそうとする。
昔のオラリオでは他派閥との抗争の他に『
ポランが冒険者になる前の事らしいので詳しい事は分からない、と言った。
「悪の組織みたいなのが今でもどこかに潜んでいるかもしれないし、これから発生するかもしれない。敵はモンスターだけではない。嫌な話しだが……、冒険者は人とも争う仕事でもある」
「………」
「……基本的に冒険者の仕事はダンジョン攻略だ。そちらが本業というのは昔から変わっていない。……もし、後悔を覚えたのならやめてもいい。ここはそういうところだ」
何度も聞かされる『後悔』という言葉は色々な場面でこれからも使われる、とベルは理解した。そして、自分は何度も選択に迫られる。
団長の話しはそれだけで終わり、ベルは解放された。