Untold Myth   作:トラロック

47 / 49
#5-10 ネーゼ・ランケット

 

 後悔と挫折は若き冒険者ベル・クラネルにとって想定内の事態ではあるが楽観視しているところは認める。

 常に気を張る生き方はとても息苦しい。だから、すぐに考えないようにしてしまう。

 だが、実際には自分と同じ境遇の数多(あまた)の冒険者が次々と脱落している現実がある。

 かつてのベル・クラネルであり、未来のベル・クラネル達でもある。

 

(後に引けない。僕は冒険者になったんだ。……という覚悟も現実では通じない)

 

 頼りの神様は応援することくらいしかできないと言っている。

 強い冒険者は神から授かった【ステイタス】の『能力値(アビリティ)』を増やし、何度かの【ランクアップ】を得たからこそ強者となりえた。そして、それは誰もが認めるところ。

 身体をただ鍛えた人とは隔絶された圧倒的ともいえる強さを持つ。

 レベル(ワン)のベルはレベル(ツー)の冒険者と戦えば十中八九負ける。――もし、それが覆ることがあれば偉業と認定される、かもしれない。

 

(焦るな、と言われれば言われる程焦ってしまう。周りを気にする僕はその影響をよく受ける。それを否定するな。認めろ。自分が弱い事を)

 

 ダンジョンの上層階にてベルはモンスターと対峙し、改めて自己の内面と向き合う。

 無限に等しく湧き出るモンスターを作業のように狩るだけが冒険者ではない。

 下層域に魅力が無ければ誰も挑戦しようとはしない。

 魔石やドロップアイテムを回収するだけが仕事ではない。そう言い聞かせて――

 

(第二級、第一級ともなれば目の前のモンスターすら物の数ではない。……でも、ただ強いだけでいいのか? いや、そうなる為に戦い続けなきゃ……)

 

 治安維持のように悪と戦うわけではなく、生き物を殺すような事が本当に冒険者の仕事なのか、と疑問を抱く。

 これはベルだけが思うわけではない、と思うけれど――かといってモンスターを倒さなくていい理由も浮かばない。

 彼らとは意思疎通が出来ない。このオラリオが出来てから一貫して変わらなかった事実でもある。

 襲ってくる敵は倒すべし。団長のポラン・ブーニディッカも言っていた。

 

「……ふぅ」

 

 ダンジョンでの戦闘にだいぶ慣れた為か、三階層までの戦闘に疲労感をあまり感じなくなった。

 閉塞感はあるものの発汗が酷くなるような事態は少なくなった。最初は緊張しっ放しで汗だくになる事が多かったのに、と。

 汗をかけばそれだけ身体から水分が抜ける。脱水症状を起こせば立ち往生してしまう。

 手持ちのアイテムを確認しろ、とはそういう意味も含まれる。

 深い階層を攻略する場合、サポーターの存在は必要不可欠と言われる所以(ゆえん)でもある。

 単独踏破がいかに無謀か、ダンジョンに潜る度に思い知らされる。

 

(【ステイタス】がいかに高くても何もないところから水も食料も出てこない)

 

 ちなみに下層域にまで行くのが難しいのでは、とアドバイザーに尋ねたところ、安全地帯(セーフティポイント)や水源のある階層があるので、そこを利用する、とのこと。

 今のベルにそこまで行くことは出来ないけれど多くの冒険者は様々なものを利用して攻略を続けている、と聞いて安心したものだ。

 

        

 

 精神統一や身体の動きを確認しつつ今日の分のモンスターを倒し終えたベルは魔石などの忘れ物が無いか通路を確認する。これは団長から癖をつけるように、と言われた作業だ。

 冒険者はただ武器を振るだけの存在ではなく、ダンジョンの資源を持ち帰る任務を帯びている、と。

 貧しさを知らぬ者は油断の脅威に恐れる、とも。

 二度ほどの確認作業を終えるころ、通路に一人の冒険者と思われる人物の姿を見つける。

 上層はとにかく多くの冒険者と行き交う場所でもある。誰も来ないわけがない。

 第二級以上はさっきと通り過ぎるし、たまに休んでいく者も居る。

 それらを踏まえても一階層はかなり広く、ベルの知る限り階層で混雑して通れなくなった経験は一度も無い。

 ダンジョンは下層に行く程、空間が広くなる傾向にある。

 

「白い髪。ここに居たんだ」

(んっ?)

 

 昨日の今日で白い髪という言葉からベルは自分が狙われているような気がした。だからといって何か悪いことをしたわけではないし、よその【ファミリア】との接点で言えば【エニュオ・ファミリア】か回復薬(ポーション)の購入に向かう【ミアハ・ファミリア】くらいしか出てこない。

 若者で白い髪というとギルドのアドバイザーであるエイナ・チュールもベルくらいしか見当たらないと言った。特に人間(ヒューマン)の中では、と。

 

「あー、ごめんごめん。単なる見物人」

 

 そう言ったのは灰色の髪に褐色肌の亜人(デミ・ヒューマン)の女性で、おそらく狼人(ウェアウルフ)

 肌の露出が激しくアマゾネスとのハーフのように見えた。

 

「【エニュオ・ファミリア】のネーゼ。よろしく。それとも人違いかな?」

「……多分合ってます」

 

 相手はベルだと分かった上で接近してきたはずだ。

 第二級の冒険者ともなると情報収集をしっかりするとアドバイザーから聞いていた。

 命の危険が多くなる仕事が増えると自然と危機意識が強くなる冒険者になるという。だから、人違いするような間抜けは若手くらいだ、と。

 この言葉に何の根拠も無いけれど説得力があったので信じてしまった。

 初めて会う冒険者なので警戒は怠らない。

 

「もしかして、もう戦闘は終わっちゃった? 君の動きを参考にしようと思ったんだけど……」

「モンスター討伐は終わり……、ましたね」

 

 明るく快活な女性が落胆しつつも苦笑を見せる。

 かの【ファミリア】の団員は全て女性だが、全員の内情を知っているわけではないし、ポランも教えてくれなかった。

 逆にベルの情報も相手に教えていないと言った。

 

「近接格闘系?」

「格闘には自信がありませんが、近接系と言えばそうなりますね」

「魔法は使える?」

「……? い、いいえ」

 

 小さく『近接戦、魔法無し』と呟いていた。

 一緒に探索する参考にしようとしているらしい事を理解した。そうであれば色々と教えた方がいいのかな、と。

 それにこんな階層に居るのは大体駆け出しだ。第二級冒険者を相手にした場合、(かな)うはずもない。

 

「身体が慣れたって事はここいらのモンスターから【経験値(エクセリア)】を得るのが難しくなってきたはずだ。そろそろ下に挑戦しないとな」

「そうですね。……でも、アイテムの予備が無いんです」

「稼ぐだけなら……。なら余計に格闘を覚えた方がいい。肉体的損傷は休めば治る。特に打撲とか」

 

 武器の損耗で言えばネーゼという女性の言う通りだ。

 今のままでは武器の新調が課題になってくる。

 その後、何故かネーゼからダンジョンにおける講義を受ける事になり、断りにくいと思ったベルは素直に従う形となった。

 

        

 

 格闘戦闘は慣れなければ拳を痛めるだけ。だが、【ランクアップ】しても痛いものは変わらないという。

 肉体的な強化は確かになされるけれど過信してはいけないと真面目に言われた。

 彼女が地上に赴いて様々なアイテムを用意し、徹底的な特訓が()()()始まってしまったけれど――

 言葉と手が同時に出るような獣人らしい荒々しさで出てくるモンスターをなぎ倒していった。

 

「お前もやってみろ」

「はい!」

 

 ほぼ脅迫じみた命令に従いつつゴブリンなどを殴り続ける。

 慣れない戦闘だとしても冒険者はいずれ戦い方に身体が合ってくるという。

 最初から剣術に秀でた駆け出しは居ない。それらはきっかけがあって成立する概念だと『ネーゼ・ランケット』は力説する。

 どんな種族も冒険者として活動すれば()()()()()強くなる。

 華奢な体形のエルフですら武闘派に負けない冒険者に成長する事がある。

 それは確かにベルにも理解できる。

 武器をロクに扱った事が無い普通の証券が今は多くのモンスターを倒しているのだから、(あなが)ち間違っていない。

 

「闇雲に拳を突き出すな。足腰を低くしたり、工夫を忘れるな。怪我をするのは無駄な動きを取るからだ」

 

 様々な言葉を飛ばしつつ一撃において苦痛が感じにくくなれば、それを更に工夫したり突き詰めろ、と。

 痛いのは当たり前だ、と怒鳴られる。とにかく、熱血指導がしばらく続いた。

 

「いいか、坊主」

(いつの間にか坊主呼びに……)

「痛みの無い正義は無い。それはつまり犠牲の無い正義が無いのと一緒だ。誰も痛い思いをせず、全員を救う方法なんかありはしないんだ。理想を語る前に自分の姿を見ろ」

(……それ、おたくの【ファミリア】の信念ですよね?)

 

 ただ、言いたいことは理解できる。

 人助けを良しとするベルにとって誰もが笑顔になれればいい、と。だが、その裏では多くの痛みや血を流す結果がある。その現実に目を背けがちだ。

 英雄になりたいからと言って今自分がしているのはモンスターの虐殺なのだから。

 ネーゼは自分がしていることを忘れるな、と言いたいのだと理解した。

 

「救う事で笑顔になるのが正義なら、痛めつけて泣かす事が悪だ。モンスター側から見た我々は悪かもしれない。立場が決めるのであればそれはそういうものだ」

「はい」

「……おいおい、そう簡単に返事するなよ。断定なんかできないんだから」

(でも、返事はしないと……)

「正義の前に……我々は生きる為にモンスターを倒す。その糧をもって生かされている。食わずにいられないのが生き物ってもんだ。坊主はモンスターを倒さずに英雄になれると思うか?」

 

 今までの事を考えれば不可能だと答える。

 生き物を大切だと思うなら例えモンスターでも倒してはいけない筈だ。だが、現実はそうならなかった。いや、出来ないと理解してしまった。

 ダンジョンに潜ってたくさんのモンスターを倒せば英雄になれると――

 

 そんな事で英雄になれると信じ、それに憧れている自分を知った。

 

 知ったならば冒険を止めるべきか――答えは否だ。分かり切っている。

 闘争こそ冒険者の(ほま)れだ。その頂点こそが英雄である、と。

 

「………」

 

 熱血指導の内にベルも身体が熱くなってくる、かと思いきや現実は全く違っていた。

 ネーゼは荒々しく戦闘する女性だ。しかも露出度の激しい身なりである。更に豊満な胸を持つ。

 肉弾戦を繰り出せば大きなおっぱいが激しく揺れ、いくら気にしないようにしようとも男の子であるベルはどうしても気になって顔が赤くなってしまう。

 最後まで衣装が破けたり外れたりする事態には陥らなかったが――この手(軽装や薄着)の衣服を身に着ける健康的な女性達はどう思っているのか疑問だった。

 

(……女性の人口が多いからかえって気にならないのかな? アマゾネスで見慣れているから平気ということも)

 

 とにかく長く冒険者をしている人達は総じて気が大きく、身なりを気にしない。――だからといって裸を見せるほどではないけれど。

 少年としては目のやり場にいつも困ってしまう。

 

        

 

 彼女の胸を気にしつつも拳での戦闘にかなりの時間が費やされた。

 骨折こそしなかったが物が持てないほど痛くなった。それらはネーゼが用意した回復薬(ポーション)によってあっさりと治癒される。

 痛みを覚えているので『耐久』が上がっているかもしれない。

 戦闘方法は多岐に渡るが上昇する『能力値(アビリティ)』の変化はそれほど変わらない。

 

「戦闘の仕方によって身につく『スキル』が変わる事がある。得意な分野を見つけたら徹底的に鍛えろ。あまり優柔不断さを見せるな。成長の妨げになるからな」

「はい」

 

 自分に何が向くか、それは人に聞くべきものではない。そして、一度決めたらそれだけに打ち込む方がいい、というのは納得できた。

 根性論も意外と馬鹿に出来ないものだとアドバイザーも言っていた。

 他人の装備に憧れているようでは自分の成長に繋がらない事も――

 

「魔法に関して知りたくなると思うが……。強く念じろ。そして、どんな魔法を使いたいか明確にな。……運が良ければ、習得できるかもしれない。大半は無理だが……。こればかりはどうしようもない。才能が関わってくることもあるし、便利な魔道具によって身につくこともあるとか……」

 

 興奮している為か、次々と教えてくれる。

 それだけ気に入られた、という事かもしれない。ただ貰ってばかりでは申し訳ないので合同探索の件を伝えてみた。

 すると彼女の熱が一気に冷めたのか、顔を赤く上気させて恥じらった。

 今まで自分は何をしていたんだと責め始める。

 元々単なる様子見できたのに気が付けば熱血指導になっていた。それは彼女にとって予定外の出来事だったようだ。

 

「私としたことが……。ついつい興が乗ってしまった。探索といっても資金稼ぎだ。それと君の成長の度合いも考えなければならない」

 

 軽く息を整えた後、余裕のある日取りをベルに尋ねた。

 他の眷族の死後のと日程も実のところ把握していないがベルは基本的にダンジョン攻略以外の仕事を持っていない。

 稼ぎとしてはモンスター退治のみと言っても過言ではないくらいに。

 

「ほぼ……予定が空いています」

「少し危険に飛び込むつもりで下層に降りてみようか。こちらから後二人ほど連れて来る。だからといって君を一人で放り出しはしないけれど……。地道な鍛錬もいいが特には冒険も必要だ。……アドバイザーはいい顔をしないと思うけれどさ」

 

 人の言う事だけ聞いて冒険するか、それとも自分の意志を表すか、という選択だと理解する。

 前者のままだと成長は見込めない。けれども安全は確保される。

 後者は命の保証が無いけれど自身の強化につながる、かもしれない。冒険者としての経験もしっかりと得られる。

 無謀を許容する気は無いが下層域にはいずれ行く予定だった。それに【ステイタス】もかなり増加している。

 あまり過信さえしなければ一〇階層までとは言わないが七階層までなら、とネーゼに告げた。

 

「なら明日だ。熱意が冷めないうちに」

「わ、分かりました」

 

 なし崩し的に決まってしまった、気がする。いや、安易に相手の要望を聞いてはいけない、のではなかったかと思ったが――もう取り返しがつかない気がした。それと色々とアイテムを使わせてしまったので。

 

        

 

 ダンジョンから出ると夕暮れ時になっていた。相当長く鍛錬に勤しんでいたことに驚く。

 帰り際、団長が働いている酒場『豊穣の女主人』に向かい、今日のあらましを伝えた。仕事中だったが終わるまで待っていると忘れそうだったから。

 話しを聞いたポランは少し呆れていた。これはベルに対してではなく、積極的に接触を図ってきた【エニュオ・ファミリア】に対してだ。

 

「……おそらく向こうは君が可愛い男の子だから気になって仕方が無いんだと思う。本当にどうしようもない連中だ」

 

 予想以上に可愛い、という感想を抱かれたのかもしれない。素直なところは確かにポランも認めるところ。しかし、冒険者としては褒められるものではない。

 かくいうポランも彼と共に探索に加わりたいと思っている。可愛いという気持ちは確かにあるけれど、それ以上に【ファミリア】の一員として教育したい、という気持ちが大きい。

 

「ポーラも立派な団長になったもんだね」

 

 料理を作りながらミア・グランドが言った。

 立派かどうかは、と言葉を濁しつつポランは苦笑する。

 

「決めるのはクラネル君だ。……もし、向かうなら装備とアイテムをしっかり整えるように」

「はい」

 

 待ち合わせ場所を決めるのを忘れたことに今気づいた。

 【エニュオ・ファミリア】の本拠(ホーム)には一度行った事があるので覚えているが、もし誰も居なければダンジョンの入り口で待つしかない。

 冒険者になってから急に忙しくなったような気がしたが、何もしないよりはましだ。

 なんだかんだと団長は特別な制限を設けず自由行動を許していた。そのことにまず感謝しなければならいのでは、とベルは思った。

 そして、翌日。団長と仲間から引き留められる事が無かったので、そのままダンジョンへと向かった。

 既に多くの冒険者が集まっていたり、中に突入したりしていた。その中に機能であった獣人のネーゼが腕組して待機している姿を見つけた。

 

「おはようございます」

「……ちゃんと来たな。来なくても本拠(ホーム)に行っていたところだが……」

 

 身なりは昨日と同じく肌の露出が激しい薄着。これでいいのかとベルは疑問に思う。

 探索に当たってネーゼは仲間を二人連れて来るはずだったが予定が合わず一人だけとなった、と言った。その一人は荷物の用意で少しだけ遅れるとのこと。

 

「三人パーティだが……、上層階の魔石は殆ど君に渡す事になっている。我々が欲しいのはより下層域だ。治安維持にも金がかかる。……全く世知辛(せちがら)い冒険者家業だよ」

「……確かに」

 

 こちらの危惧を言う前に相手が報酬の事を言ったので少しだけ安心した。

 大抵は上位者の取り分が多くなるものだが――どういうことなのか聞いた方がいいのか迷うところ。

 ランテの言い分だと報酬をしっかりと取るのが基本だ。

 

「仲間はドワーフのアスタ。前衛だけど荷物持ちの代わりだ」

 

 彼女達の仲間は一〇人足らず。その全てが第二級冒険者だ。

 実力だけで言えば深層域に行けるほどだが慢性的な資金不足により攻略が芳しくない。それと取り締まる対象が多くて少人数の彼女達は常に疲弊していた。

 肉体ではなく精神的に。

 そこにベル・クラネルという新進気鋭の冒険者が現れ、癒しを求めて接触を図った。

 主神が処女神で男性眷族との交流を禁止するような堅物でなかった事に団員達は()()()感謝したものだ。

 

        

 

 合流時間に僅かばかり遅れたドワーフの『アスタ・ノックス』が自身の数倍はある大きな荷物を背負って現れた。

 ドワーフといっても背はベルより僅かに低い程度。手足が太めだが全体的に可愛らしい女性だった。それと荷物の中に大きな斧や大剣が見えた。彼女達(ネーゼとアスタ)の得物にしては大きすぎる、と驚いた。

 見た目では分からない実力が冒険者には多々ある、というのも教わったけれど――

 探索期間は二日。泊まり込みを想定した。そう言ってくる相手にベルは驚く。

 

「君の団長は承知している筈だよ。初めての遠征だと思って頑張るように」

「……いえ、神様に泊まる事を伝えていないので」

「予定とは常に変わるもの。これも経験だ。子供のお使いじゃないんだ。いちいち一日の行動をきっちりと報告をしなければならない制約はない。不測の事態の連続こそが冒険者の正しい在り方だ。……ここに君の死体が加わらなければ何の問題も無い」

 

 大きな胸を突き出し、自身満々に言い切るネーゼ。アスタも同意している所を見ると【エニュオ・ファミリア】ではいつもの日常のようだ。

 ベルは納得するものの黙っているのも悪い気がした。いや、言い分は理解できる、と頭では思った。

 

「ちょっと夜を長く過ごしたと思えば……」

「ダンジョンは夜中になっても大して景色変わらないし」

「神様や仲間に心配かけたくないので」

 

 一向に進もうとしない優柔不断男(ベル)にギルドに連絡だけしてすぐ来い、と苛立つように命令してきた。

 確かに本拠(ホーム)に戻るよりギルドに居るアドバイザーに連絡する方が距離的にも時間的にも早い。

 初回ということで見逃すが次は許さん、と今まで温和な顔だったネーゼが怒り顔に変貌する。

 狼人(ウェアウルフ)の女性が怒ると人間(ヒューマン)より迫力が出る。

 荒くれ者の冒険者の多くは短気が多い。決断力の遅い男はきっと嫌いなのかもしれない。

 今以上に機嫌が悪くならない内にギルドに駆け込み、泊まり込みを報告する。その時、秘密の探索というわけではないので他の【ファミリア】との合同探索であることも伝えた。

 ベルの担当であるエイナ・チュールは知らない【ファミリア】に騙されていないか、と尋ねてきたが団長の知り合いであると伝えた。

 

「頼まれたら断れなさそうなクラネル氏ですから……、あんまり信用できませんね。でも、ちゃんと帰って来てください。約束の日程が延びたら救援要請を出しますからね」

「は、はい。ちゃんと仕事を全うしてきます」

 

 エイナに任せれば【ヘスティア・ファミリア】に連絡が行く筈だ。何かあってもきっと大丈夫、と。

 彼女に挨拶してネーゼの下に駆け戻った。

 獣のような唸り声を発しつつ行くぞ、と頭だけで表現してきた。

 同道するアスタが苦笑しながら優しく声をかけてくれた。

 

        

 

 今回の探索は一階層からじっくりとモンスターを倒さず一気に駆け降りる予定にしている。

 取りこぼしは他の冒険者に丸投げする。

 今日と明日はベルにとって未到達領域での戦いだ。一層下る度に緊張が増す。

 途中初見のモンスターが現れ、どういう対処をすればいいのかネーゼに聞こうかと思ったが機嫌が悪いままなのでアスタに聞いた。するとネーゼが姑息なことをしたベルに再度威嚇する。

 

「あれはウォーシャドウ。あっちはフロッグシューター。どちらも物理で倒せる」

「まあまあ。上層階のモンスターはきちんと身を守っていれば対処は難しくありません。一人の場合は囲まれないように常に移動すること」

「はい。……あと、すみません」

 

 ネーゼとアスタが出会い頭に黒い影で出来た人型に似たモンスターと単眼の蛙を本当に物理的に蹴散らしていく。

 じっくり観察する暇はなかったが、どちらのモンスターもベルと同等の大きさがあった。

 毎回一匹のモンスターに時間をかける駆け出しとは戦闘の次元が違う、という事をまざまざと見せつける。

 三人は現在、徒歩ではなく走って移動している。こうする事でモンスターの出現を抑えているとか。――あくまで気分的に、だが。

 モンスターは壁と地面から湧き出てくる。何もない空中からは現れない。

 

「……あー、初見のモンスターと一応戦った方がいいか。なら、そこのウォーシャドウを倒してきな。ゴブリンより強烈で爪みたいなもので攻撃してくる」

「分かりました」

 

 今までのモンスターより強いと言っても隔絶した強さではない、と言いおいて――

 ベルは小剣を構える。本当はそんな暇があるなら駆けろ、と言われるがネーゼは黙った。

 相手の動きをよく見ろ、といつも自分に言い聞かせている言葉で活を入れる。

 ウォーシャドウは先に述べた通り、人影のような姿をしている。姿こそ人型に近いが表情などは窺えない。

 倒し方について特別な方法は必要無く、身体を切りつければダメージになる。

 動きはゴブリンなどより早く鋭く、そして強い。

 

(強いけど、それだけだ。……エイナさんの説明だと集団で現れて囲もうとするから気を付けて、と……)

 

 大半はネーゼ達が倒したので一対一の戦いになっている。本来は複数体と相手取るのが一般的だが、楽をさせてもらった。

 パーティを組めばそういうこともある。単独走破するにはそれに見合った実力を付けなければならないし、ベルはそれを悔しいと思わない。

 彼女達も死線を潜り抜けて今の強さを得た筈だから。

 

「でえぃ!」

 

 武器を振りかぶる。相手が避けようとする。身体に武器が当たる。確かな感触があった。

 影のように見えるがしっかりと当たった感触があるところから無理な相手ではないと感じた。

 こちらの速度を上回る動きで回避してこない。つまり頑張れば倒せる。

 攻撃されたことで激高したのか腕のようなものをベルに向かって振ってきた。それを受けるべきか回避すべきか。

 瞬間的に判断して勝利を勝ち取らなければならない。

 

(一度は受けてみるべきだ)

 

 『耐久』を上げる為に。

 痛みに怯えては冒険出来ない。既にベルは多くの怪我を負ってきた。

 軽傷とはいえ痛いものは痛い。長い時間戦闘すれば筋肉痛のようなものにも苦しめられる。

 最初はもっと惨めな思いを感じていた。

 ユーカリン・ナナツタエはほぼ無表情な女性だが攻撃は苛烈だ。容赦もしない。

 

(痛みを覚えるのは冒険者にとって避けては通れない恐怖と戦う為だ。対人戦ともなれば広域魔法を使う冒険者が居る。巻き添えで死ぬかもしれない。混雑するダンジョンではそういう事も起きる、と想定すべきだ)

 

 とは彼女の(げん)だが――(しん)でもある。

 モンスターの中には炎を吐く者が居る。他にも様々な能力を駆使してくるかもしれない。

 避け切れないなら耐えるしかない。痛みを我慢して。

 頭では分かっていても実戦は本当に辛い。だが、怖がっていては前に進めない。

 ウォーシャドウの振りかぶられた腕の一撃を腕を交差して受け止める。結構な衝撃が伝わってきた。ゴブリンの何倍だ、と思わず考えた。

 僅かな階層しか違わないのに強さが数倍化した様な衝撃に驚く。だが、それでも耐えられないほどではない。

 今までが楽だっただけだ。そう思える程に弱いモンスターと戦い過ぎた。

 

(……熱いねー。雑魚戦なのに)

(駆け出しの頃を思い出してしまいます)

 

 強くなった冒険者は気が大きくなる傾向にある。そして、辛かった時代は時と共に薄れる。

 戦闘が楽になると意欲も総じて減ってくる。熱意が無いと『能力値(アビリティ)』の上昇も見込めない。

 最初のころの【ステイタス】が勢いよく上がるのは冒険者としての熱意や希望が強いからだ、というのが通説だ。

 

(新人教育が大事ってこういう事なんだよな)

 

 仲間内で平等に強くなってしまうと頭打ちになりやすい。格下は単なる足手まとい、と思っている内はきっと――

 ネーゼはベルの戦いを見ている内に両手に力が入ってきた。

 熱気を感じられる戦いこそが冒険者として求めるものではなかったのか、と。

 多少の擦過傷を作りつつもウォーシャドウを撃破。ベルにとって初めての勝利が一つ増えた。

 

「……そいつで苦戦しているようじゃ駄目だよ。あれは次々と出てくるんだから」

「はい」

(……でも、いきなり五体はきついよな。三体にしとくか)

 

 勝利を(ねぎら)うことなく移動を開始する。

 また同じ敵が現れたが複数体を残してベルに戦わせる。

 今日の目的はベルの強化ではない。だが、彼の戦闘経験を積んでおかないと不測の事態の時、いつの間にか死んでしまう事態も充分にあり得る。

 普段の仲間とは勝手が違う探索は中々判断に迷う。

 

        

 

 モンスターを倒し、魔石の回収もしっかりと(おこな)って下層を目指す。

 殆どのモンスターはネーゼとアスタがあっさりと蹴散らすがベルは討伐に時間がどうしてもかかってしまう。

 骨折こそしないが結構血が流れた。

 故郷の村に居た時から結構ケガをしてきたが血が流れても平気な自分をあまり自覚しなくなった。それと痛い思いで泣くことも――気が付けば無くなったな、とベルは郷愁に似た感慨に(ふけ)る。

 それにもましてネーゼ達が全く怪我をしない。ほぼ無傷と言ってもいいくらいに。

 戦闘の数は二人が圧倒的に多いのだけれど――

 防具に守られているわけでもなく、武器が凄いとも思えない。

 

(無駄な動きが無く、攻撃も受けない。当たり前だけど、それが出来るから無傷が成り立つんだ)

 

 そこまでの境地にベルはまだなれそうにないが敵の動きをよく見て対処する事は大事だと教わっている。

 あえて受けているから余計な怪我を負っているともいえるが――これは【ステイタス】の為だ。――『耐久』をどうしても増やしたいので。

 

「初めての階層でもしっかり戦えているじゃないか。数こそこなせないようだけど……。短時間なら大丈夫そうだな」

「……疲れたら休みますから無理しないでくださいね」

 

 二人に言葉を掛けられて頷きで応える。

 走り通しも意外と疲れる。彼女達もかなり走ってきたのに過呼吸になっていない。

 心肺機能まで冒険者は強化されるようだ。

 

(僕よりひ弱そうな外見なのに……。【ランクアップ】すると身体がかなり強化されるのかな。凄いな冒険者って)

 

 自分もその冒険者だけれど。

 当初に比べればベルもかなり強くなっている。戦闘が楽になったと感じるほど。それに――七階層まで戦闘と走破をしているのに足腰はまだ僅かな震え程度で済んでいる。

 距離に換算すれば相当な移動距離の筈だ。数十(キルロ)を戦闘しながら、話しながら移動するというのはあり得ない。

 そもそも喋りながら走るのはかなり辛い事だ。

 人間(ヒューマン)亜人(デミ・ヒューマン)も呼吸する生き物である。心肺機能にも限界があって当たり前だ。

 

「お、お二人は普段、この辺りをどのくらいの時間で往復するんですか?」

「計った事ないから分からないな」

「……みんなでお喋りしてますから……。意識して来ませんでした……。……一時間もかかっていないんじゃないでしょうか?」

(……僕なら一日がかりだと思います)

 

 半日かけて潜り、夜になる前に戻っていたのが三階層だから。今いる階層だと完全に深夜帯になってしまう。

 今の時間はそれほど経過していない筈だ。ベルの感覚では三時間くらい。

 ダンジョンの階層は深くなるごとに広大になる。それは現在判明している階層全てに適応されている。

 それを僅かな時間で走破することなど一般人には考えられない。

 

「私らが本格的に探索するのは二〇階層より下だから気にした事ないな……」

「その辺りじゃないと稼ぎも良くないですからね。宿場街(リヴィラ)までは一気に走破するのが基本です」

 

 安全地帯(セーフティポイント)の一つである宿場街(リヴィラ)があるのは一八階層である。それを気軽に行ける冒険者に自分(ベル)はなれるのか不安を募らせる。

 何が不安なのかと問われれば二人の女性との実力差だ。明らかに圧倒的だ。

 自分の想像の中の英雄よりも強そう、と。

 ちなみに、と言いおいてネーゼはこっそりと言った。

 【エニュオ・ファミリア】の最終到達階層は三五階層より下だ、と。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。